曲がり角の向こうに・・・

毎日の暮らしの中でフと心に留まった人やもの、そして風景を描きとめています。 

気になる・・・本「触れもせで」

2020-01-28 | あれこれ

昨年の秋も深まった頃、NHKBSの「プレミアムカフェ」で放映されていた「没後20年 向田邦子が秘めたもの」(初回2001年)の番組を、見るとはなしに見ていました。 向田邦子が飛行機事故で1981年に亡くなった後、遺族によって発見された、ある男性宛の数通の手紙と、その男性が記した日記から、向田邦子の恋と葛藤の日々が明かされ、その手紙と家族などの証言をもとに制作された3部構成ドキュメントの番組でした。

脚本家として、小説家、エッセイストとして広く知られた人とはいえ、何故か向田邦子という人は私にとって遠い存在でした~~ 彼女の切なく苦しい恋・・・お相手は妻子ある報道カメラマンの男性・・・しかも、病をもっている・・・ 彼女にとって「空白の1年」と言われている悲しみに満ちた時を資料に基づいてドキュメンタリー番組化したものでしたが、今一つピンとこないナ~~というのが正直な感想でした。

ところがその後、「向田邦子との交流の本」についての紹介をどこかの番組でチラッと見て、アレ・レ?? 秘めたる恋のお相手が本を書かれたのかしらん??と気になり、いつもの図書館に出掛けたのです。 作者も分からず、ただ「向田邦子が親しくしていた男性が彼女との交流について書いてある本があるらしいんですけど・・・調べて頂けます??」と。 無理かな~~無理だよね・・・ ところが・・・さすが・・・プロ!! 見つけてくれました~~

久世光彦著 「触れもせで」向田邦子との20年・・・素敵な本でした~~ 久世光彦さんは秘めたる恋のお相手ではなく、演出家として脚本家の向田邦子さんと組んで、数々のヒット作(父の詫び状、7人の孫、阿修羅のごとく等々)を世に送りだした相棒だったのです。 久世さんは向田さんの死後10年経ってこの本を世に出したのでしたが、まるで亡き恋人に捧げた恋文を読んでいるような、素敵な文章でした~~ 昨年の暮れに借りたのに、借り続けて、未だに返せずにいます・・・ もう買うしかないですね。

向田さんを、遅刻常習犯だと腹を立て、嘘つきだと怒り、悪筆で読めない字を書くと迷惑顔をし・・・それでも、それらのすべてを受容し、愛しいと思っている様子が読み取れます。

遅刻常習犯についての記述を少し、ご紹介します・・・

「彼女が死んだあと、誰かが書いた追悼文を読んでいたら、約束の時間に一度も遅れたことがない礼儀正しい人だったというのがあって驚いたことがあるが、それはとんでもない話で、あんなに約束の時間にいい加減な人も珍しかった。 でも、もしかしたらそれは私に対してだけで、他の人には律儀だったのかもしれない。そう思うと、あの人がいなくなって十年も経った今になって急に腹が立ってくる。 私はいつもあの人を待っていた。 もう約束の時間を30分も過ぎている。 いつも遅刻の言い訳は決まっていた出がけに電話があって、というのか、猫が逃げてしまって、というのか、他にもう少し知恵がないのかと思うくらいこの二つの言い訳で一生を賄った人だった。・・・・略・・・・

私はあからさまに嫌な顔をしてみせたつもりだったが、彼女はしらばっくれてにこにこ笑っていた。 (略) 向田さんはほんの2,3分遅れたような顔で私の前に格好よく足を組んで座る。 取り立てて長い足とは言えなかったが、足の組み方の上手な人だった。 そして、その日も素足だった。 (略)・・・手に持った裸の財布と、キーホルダーもつけないやはり裸のドアの鍵を、何気なくテーブルの上に投げ出し、格好よく足を組んでみせるだけで、相手に30分も待たせたことを忘れさせてしまう、そんな狡くて可愛い人を私は彼女以外に知らない。 向田さんは、人生のすべてにおいて、あの雨の日の〈素足〉のような人だった。・・・」

どうですか、実に細やかで温かく愛に溢れた表現ではないでしょうか・・・ 全編こんな調子で彼女のあっけらかんとしたチャッカリ屋の側面などを、日常の些細な仕草や言葉を拾い上げながら、生き生きと描いてくれています・・・ 底に哀しさを漂わせながら・・・

タイトルの「触れもせで」についてはこんな記述があります。

「くどいようだが考えてみて欲しい。冗談めかして女の人の手を握ったとか、チョッと品の悪いからかい方をしたら女の子から肩のあたりをぶたれたとか、任意の人について思い出してみれば、誰だって必ずそんなことがある。それがこんなに長い間親しくしていていくら考えても向田さんについてはそういう記憶がないのである 毎晩のように仕事だか遊びだかわからない、いい加減な話を二人でしていたし、今だから言うけど、単身向田さんのアパートに泊まってしまったことだって何度もある。・・・(略)・・・何も私は、邪気のない友情をひけらかしているわけではない。ただ、不思議だと思うのである。 …(略) あの人が生きているときは、そんなこと意識したこともなかったのに、いなくなって十年経ったら、おかしなもので急に気になって仕方がない。いま、向田さんの何が懐かしいと言って、そのことがいちばん懐かしい。」と。

何年か前に、ソウルメイトという言葉が流行ったことがありました。 この本を読んで、この二人は確かな絆で結ばれたソウルメイトなのだ、と思えてきました。 久世さんは向田さんが亡くなって25年経った2006年に70歳で亡くなりました。 今頃はまた、仕事だか遊びだか分からない話をしながら二人で楽しく過ごしているのでしょうか・・・

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長々とお付き合いいただいて、有難うございました。 今日、図書館に行って本を返却してきます。 そして、向田さんの本を1冊借りてこようと思います。 久しぶりに心に響いた本でした・・・

 

 

 

 

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