老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

681;彼岸雑想

2018-03-21 09:09:19 | 阿呆者
我想う 何故に想う

彼岸雑想

雑草ならぬ雑想
とりとめもなく想ったことを
雑想として書き留めてみた
《彼岸雑想》


雑想壱 
「思想」と表現すると難しくなる
例えば仏教思想 東洋思想 西洋思想などなど
哲学的になる

思と想を切り離して考えると
少しは「おもう」ことの意味がわかってくる

思う は自分がどう思うか、どう思っているか
つまり自分の問題として捉えることができる

想う は「相」と「心」で成り立つ
それは相手に対する心づかい
相手を「想う」意味が込められている
あなたを想う
父、母が住んでいる故郷を想う
(誰か故郷を想わざる)


雑想弐
暑さ寒さも彼岸まで というが
私は寒さ彼岸まであり
彼岸が過ぎ 日毎に暑くなってくるほうがいい


雑想参
屑箱が目に留まった
燃える屑は燃料となり価値はある
人間の屑と言われた私
生きる価値無しの烙印を押され
牛馬豚の家畜以下
同じ屑なら
星屑がいい

星屑は浪漫があり希望の星がある

雑想四
彼岸の朝
「もう人生に疲れた」とこぼしたら
妻の耳に聴こえてしまった
「年下の妻を前にして そのような言葉は聴きたくはなかった」と
たしなめられてしまった


雑草五
子どもは 未来があり希望がある
老人は 死が待っている
懸命に生きている老人に失礼かな
最近の私
スマホの置き忘れが目立ち始め
集中力が希薄になってきたのか
認知症の兆しなのか
スマホが無いことに気づき
引き返す時間の無駄に落ち込む

老人介護は重い
人生の重み
動けなくなった体の重み
灰色の霧のようなもやもやした心の重み
そんな重みに疲れた心
時間のなさに焦りを感じている私
時間がないのは死と隣り合わせに生きている老人
老人介護の重さを感じ
重さの半分を背負っていかねば
一休みの彼岸


雑感六
私にはひとつ年上の姉がいる
統合失調症で
いま精神病院に「暮らす」
時間を気にせず突然「公衆電話」が点灯し
スマホが鳴り出す
「いつ面会に来る」
「いつ外出できる」
と 縋る様な声
他人様に時間はとれて
姉にはなかなか時間がとれぬ
四十年余り姉の病とつきあい気にかけてきた
内臓が元気な姉
私より長生きしそうな感じ
私は姉より長生きせねばならない
そう思いながら
今日の午後 病院に行き 
外出許可をもらい「買い物」に行く


雑感最後
我家には
妻の他に息子 beagle犬 元気 がいる
妻は私よりも元気が大事と公言する
人間は裏切るが
犬は人間(ご主人様)を裏切らない
『星守る犬』の小説を読んだ
余りにも悲しく切なく眼が滲んでしまった
来月の八日で五歳になる元気
お釈迦様の日に生れた元気
何も無い普通の日に生れた私
お釈迦様の使い犬なのか
元気に導かれるのは散歩のときだけにして
雑想を書き終えたいまから、頑張るとしよう・・・・
もう少しで私の好きな花 貧乏草に出逢える


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