おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

ペンタゴン・ぺーパーズが描く、正義の拠り所としての報道と司法

2018-04-14 | Weblog

昨年のトランプ政権誕生後、スティーブン・スピルバーグ監督が急きょメガホンを撮って仕上げた映画作品がペンタゴン・ペーパーズ(邦題)である。原題はTHE POST。米国の新聞ワシントンポストのことだ。ベトナム戦争中の1971年、国家が真実を嘘で覆い隠して戦争を継続していることを、ポスト紙が紙面で暴露するまでを描いた映画となっている。今、なぜ、この映画なのかは明白だ。自身への批判的な報道をフェイクニュースと言い放ち、意に沿わない政権幹部やFBI長官らの更迭、大統領としての資質と品格への多大なる疑問、アメリカファーストを旗印にした独善的な対外政策。まともな米国人ならば心中で思っているのではなかろうか。政治的な横暴と粗雑さが際立つ大統領で米国は大丈夫なのか。もちろん、大丈夫ではないさ、というのが陰の声ではなかろうか。

我がもの顔の政権運営を止める役割を担うのは、まっとうな報道機関と、大統領でさえ従わざるを得ない審判を下す司法機関であり、両者は大統領のためではなく、国民のためにある。そんな当たり前過ぎるメッセージが強く込められた映画でもある。現政権への直接批判を避けて、時代を1970年代、ベトナム戦争を背景とした状況にしてあるが、スピルバーグ監督が作品で糾弾しようとしているのは、もちろん今のホワイトハウスの主だ。

ベトナム戦争に関わる大統領の大嘘―勝つ見通しがないのに国民には真逆のことを伝えてきた―で米国の若者たちは戦場で命を落とし母国に戻されるために袋詰めにされて地表に横たわっている。共産主義の拡張を防ぐという大義を掲げてベトナムに軍事介入した米国。戦況から大義の実現も不透明という泥沼状態を把握しつつも、政権は国民には戦況と大義が進展しているかのような発言をメディアを通じて流す。映画は実話に基づいて構成され、ベトナム戦争の真実が綴られた国防総省の極秘文書ペンタゴン・ペーパーズの掲載を巡るポスト紙と当時のニクソン政権との攻防を軸に展開していく。

この映画の最も重要な人物は、ポスト紙の女性社主キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)と、記者たちを束ねる編集局長ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)―映画的には文字通り主役となる名優2人だが―と言うより、危険を冒して極秘文書をコピーして持ち出しニューヨークタイムズとワシントンポストに提供したダニエル・エルズバーグである。シンクタンクスタッフとして文書の執筆に関わった1人であり、ベトナムの戦場に出向いた経験がある人物である。大義の名の下で若者たちが命を落とす実態がある一方で、政権にとって不都合な戦況、表に出せない真実、国民には言えない内容が極秘文書として作成され世論の目からは隠される。大統領と政権の不正義に対する一撃、それは表沙汰にすることである。エルズバーグは人生を賭して実行した。

世界でも最大最強の権力者と首都圏にある地方紙との戦いは、エルズバーグから極秘文書のコピーを入手したニューヨークタイムズの1面スクープ(特ダネ)掲載から始まった。同じ日のポストの1面トップは社交記事という間の抜けた掲載。出し抜かれたポストはタイムズの情報源(ネタ元)探しに躍起となる。政権は国家の極秘文書を漏えいし戦争中の国家の安全保障を損なう反逆として提訴し、記事差し止めが認められる。遅れて文書のコピーをエルズバーグから入手したポストが続報の掲載を協議する。政権からは掲載への圧力の電話が入る。ポストの顧問弁護士たちは勝訴が難しいとして掲載を控えるよう説得に入る。役員らも新聞社が潰れるとして掲載反対を主張する。トム・ハンクスの編集局長は掲載することを譲らない。掲載か否か。誰が最後の決断を下すのか。社主である。

報道機関の社是・報道の自由と真実を伝える信念を試されるとともに、国家反逆罪の大ナタを振りまわして掲載を止めようとする政権との熾烈な法廷闘争でもある。新聞人の夫の急死でポストの社主となったキャサリンは地元の知名士ながら新聞編集や新聞社経営は素人。男たちが仕切る経営陣の中で傍から見てもいかにも頼りなげである。経営者として財政基盤をしっかりとしたものにすることにも頭を使わなくてはいけない。記事は書き上がり、校正、見出しなど紙面作業が進められる。掲載するのか、しないのか。朝刊印刷の時間は迫り、逡巡している間はない。新聞人だった夫の言葉、戦場に赴いた若者たちの死、新聞社の社主としての責任、さまざまな思いの中でキャサリンは判断を迫られる。そして思いを込めて決断する。掲載! キャサリンがまさしく新聞人になった瞬間でもある。

輪転機がペンタゴン・ペーパーズの内容を報じる紙面を瞬く間に刷り上げ、真新しい朝刊が市内各地に配送するトラックの荷台に積み込まれていく。真実を伝え、正義を貫く紙の束! 政権は提訴し、ポストはライバル紙のタイムズともども法廷に立つことになる。上告審の連邦最高裁判所は報道の自由を認めて報道機関勝訴の審判を下す。適法にして公正なる司法判断が正義の守護神として君臨していることが伝わってくる。編集局内で判決内容を電話で受けた女性スタッフが周りのスタッフに聞こえるようにひと節ひと節ずつ声に出していく場面こそ、判決の重みと相まって映画の中でわたしが最も感動した個所でもある。

50年ほど前の出来事を描いた作品は当時の情景を懐かしく思えるほどに映し出す。記者たちはパソコンではなくタイプライターで記事を書き、電話はスマホや携帯ではなくダイヤル式の有線電話だし、レストランでは男性客たちが煙草をくゆらして食事をしている。隔世の感である。エルズバーグが極秘文書のコピーを外部に持ち出して移動していく際、映画のポスターが貼ってある室内を通る場面がある。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが主演した明日に向かって撃て(原題はButch Cassidy and the Sundance Kid)の映画だ。スピルバーグ監督の茶目っ気に笑ってしまった。ペンタゴン・ペーパーズはニクソン大統領が辞任することになるウオーターゲート事件の始まりを告げる場面で終わる。映画大統領の陰謀(原題はAll the President,s Men)で、ニクソン大統領の犯罪を記事で暴いたのが記者役の1人ロバート・レッドフォードだった。記者魂に満ちた彼が所属した新聞社こそキャサリンが社主のワシントンポストだ。

 

 

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