スーパークリークが29日夕方老衰のために死亡した。25歳だった、冥福を祈ります。
このスーパークリークは、あの武豊が始めてのGⅠを勝った馬として記憶に残っています。しかし、この馬は存外強い馬としては皆さんの記憶に残っていないようなのが残念です。
第100回の記念すべき天皇賞(秋)の勝ち馬でもあるし、オグリがあの連闘でのJC激走後の有馬記念ではイナリワンとともに3強を形成した。競馬ブームがその頂点に向かうあたりで抜群の強さを見せた馬なのにです。実際に戦跡を見ると記憶以上に強かったことが分かると思います。
ただ、長距離血統の上に地味な血統だった為に種牡馬としても大きな活躍馬も出せず、また現役時代も長距離だけという印象が彼を現在の低評価にしてしまっているのでしょう。
私にとってのスーパークリークの一番の思い出は、やはり1990年の春の天皇賞。京都競馬場の史上最高観衆の中に身を置いたことでしょう。面積も東京競馬場ほどでなく、内馬場も無い中(池だから)での13万3千人はとんでもない混雑でした。
実は、13万3千人はもう一回記録されていて、確か1991年の金杯だと思うのですが、こちらは馬券を買って帰る人も多いレースなので、レース時の混雑は文句無しにあの天皇賞が一番でした。
とにかく、場内は午前中から人でごったかえして、午後にはパドックで馬を見てからでは馬券を買うだけでも出走ギリギリというとんでもない状態に。天皇賞の時には、もはやパドックは放棄して、前のレースが終わるとすぐに馬券売り場の列へ。
しかし、列は遅々として進まない。そう、当時は自動販売機ではなくて、おばちゃんに口頭で発券依頼をして買っていたのです。笑うぐらい列は進まなくて、パドックが終わり本場場入場が終わってもまだ買えません。並びだして30分以上経っているのにです。
そして、馬たちがゲートの後ろで輪乗りを始めだした頃、ようやく馬券購入。本当にホッとしましたね。
馬券は何を買ったかというと、スーパークリークの単勝一万円でした。本当は枠連を買うつもりだったのですが、本場場入場後の彼がひと更にクビを高くして周囲を威圧するようなしぐさをしきりにしているのを場内TVで見て、これは堅いと思い買ったわけです。配当はたったの150円ではありましたが、これほどの爽快感はありませんでした。
それにしても、今この時の出馬表を見れば、よくこんな堅い競馬にこれだけの観衆が集まったものだと思います。本当にブームだったんだなあと実感しますね。
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追伸
クリークとは関係ありませんが、当時の記録を見ていると、1989年イナリワンと1990年オグリキャップの、天皇賞秋・JC・有馬記念の着順が 6着⇒11着⇒1着と全く同じ。当時に気付いておれば・・・。





