奈良県田原本町で高校1年の長男が自宅に火をつけ家族3人を殺害した事件があった。彼のいろいろな供述内容が明らかになっていますが、親としてまた報道のありかたについても考えさせられる事が多かった。
報道では、いろいろと親の落ち度?についての報道がなされています。「勉強ICU」「母親の告げ口」 このような報道をされてしまうと、一元的なものの見方に誘導されてしまう。しかし、実際にどの様なレベルの強制だったのかは、外からではわからないのではないでしょうか。
「勉強ICU」勉強が出来るように、父親がつきっきりで勉強させていた。そして、時には鉄拳もあった。でも逆に見れば、多忙な仕事の中で時間を割いてまで勉強を教えるいい父親ともみれる。要するに私が言いたいのは、「紙一重」なんだと思うのです。
この長男は、小学校時代成績優秀で自信に満ち溢れていましたが、超進学校に合格した為にその学校では優等生になれずに、性格に陰りが現れてくる。それが、1番のこの事件の遠因だと思うのです。野球なんかでも、地元の高校でスーパースターだった選手がプロに入って高いレベルの中に入って自信をなくしてしまうのと同じなのではないでしょうか。
この父親との勉強でまた成績が上がっていれば、恐らくはこの様な事件は起こしていなかったのではないでしょうか。そういう意味でも紙一重だったと思うのです。「母の告げ口」についても、父が家族の出来事に無関心であるよりも、むしろ良い事のように思えるのです。 「厳しく説教し、殴る父に憎しみを持っていた」 全てを両親の責任に起因しているといってしまうのは簡単ですが、上っ面だけではなく考えてみて欲しいと思います。
「事件当日の保護者会で中間試験の成績についてのうそが発覚する」うそをごまかそうとする為に、物事の軽重を考えずにムチャクチャなことをしでかす。昨年のJR福知山線の事故と全く同じ構図が浮かび上がってくる。バレなければ、何をしてもいい。そこで、バレないためだったら何でもするということに単純にいってしまう。そこには、熟考というものはない。金も持たず、行く当てもないけどとにかく逃げる。W杯が見たい、ハリーポッターを読みたい。さっぱり訳がわからない。
それにしても、本当に最近は余りに短絡的な事件が多すぎる。個人的にはマスコミなんかが、事件の加害者を守りすぎて「事件を起こしてはいけない」というプレッシャーが弱まってしまった事が大きいのではないかと思う。もっと、事件を起こしたら家族まで生活がメチャクチャになる事も教えた方がいい。少年は刑事で罪は問われない場合でも、民事で賠償責任を負うという事を教えるべきだと思います。