平和のつくりかた

「戦争のつくりかた」という絵本を読み(今の平和を守るためには、何かをしなければ!)とこのブログを始めることにした。 

感動ストーリーズ9「平和への思い」を読む

2017年06月17日 22時33分52秒 | 平和のための勉強資料

   感動ストーリーズのシリーズ本の1冊「平和への思い」を読んでみた。
   平和を知るには、戦争を体験した人に聞くことが大事。

   ここでは、実際に子供の時に日本で戦争を体験した児童文学作家・高木敏子さん、元特攻隊員・江名武彦さん、広河隆一さんなどの話が載っていた。高木さんや、江名さんは、戦後30年を経て、戦争で体験したことを書いて人々に伝えだした方だ。戦争体験を知らない者にとって、その話はとても有益な情報だと思った。

   ただ、私の中で1番注目したのは、広河さんの話だった。
   広河さんは、「DAYS JAPAN」というフォト雑誌の編集長。
   広河さんの話は、過去形だけでなく現在形の戦争の話をしているところが強く私たちを惹きつけ、身に迫るのだ。

   「DAYS JAPAN」を購読していたおかげで、事前に地震の時の原発事故の怖さを私は知ることができていた。東日本大震災で福島原発事故が起きたと知って、どう行動するか、「リスクをとらない。安全を第1」を柱に考えられた。
   今も、国内外の情報を人々に提供し続ける広河さんの話は、下記のようなものだった。

   1943年中国の天津生まれ。敗戦で日本人と中国人の立場が突然に逆転。命からがら幼い広河さんを連れて日本に戻った両親は、中国とは違い貧しい暮らしをしいられたという。だが、高度成長の中でどうにか貧困から抜け出すことができ、広河さんも早稲田大学に進学。

   当時の大学は学生運動の盛んだった。写真を撮るサークルを立ち上げた広河さん。
   周囲の学生の多くが卒業後、大学での活動から身をひるがえし就職していった中で、イスラエルの「キブツ」に理想をもとめて移住した広河さん。

   ところが、住んでいる内に、迫害されたユダヤ人の築いたユートピアのはずが、実はその理想郷が、そこに住んでいたパレスチナ人の痛みの上に成り立った国だ、という矛盾を知るに至る。
   帰国して、普通の商業写真家として生きようとするが、世界の動きと流れるニュースの違いに違和感をぬぐえない。

   それから世界の戦場を飛び回る生活がはじまる。

  「大手のメディアは、ミサイルが発射されたところの映像は流します。でも、それが着弾しているところは報道しない。本当はそこにこそ、戦争の本質があるのに」

  「正しい戦争も、正しい兵士、立派な兵士などもありえない。人間から人間性を奪うもの、それが戦争なんだ。もし戦地で、兵士たちと同じ立場に追い込まれたら、俺だってきっと、生き残るために残虐な行為をするようになるに違いない」
  それを、彼は戦争を自分の目で確かめていく中で確信した。

  広河さんの写真はいつも、戦争の悲惨さを生々しく世の中に突きつける。しかし、その写真を通じて真に訴えかけているのは、平和の尊さに他ならない。
  広河さんは、戦争のむごたらしさや悲惨さを広く知ってもらうことで、この想像力を多くの人に持ってもらい、戦争の抑止力としたいと考えているのだ。

  (平和を伝えるために、大切なこと。それは、戦争の悲惨さを伝えること)とこの本を読んで、私は学んだ。

  
  多くの人が広島や長崎の原爆記念館を訪ねたり、被爆者の体験談を聴いたり、読んだりすること。
  戦争にまつわる資料や話に触れて、自分のこととして戦争をしっかりイメージし、知ること。

  戦後72年を経て戦争体験者が減る中で、今戦争を語り継ぐ大切さを再認識した。
  そして、戦争は72年前のことではなく、今も世界のあちこちで起こっていること。テロという戦争も増えていることを思った。

  人間が殺しあうこと。戦争を正当化することは許されない。
  戦争の中にあっても、人を殺してしまうなら、「殺人する罪」に重い軽いの差に変わりはないのだ。
  人間にとって、生まれてきて得る命はひとつ。失った命は戻らない。

  正義の戦争は存在しない。抑止力のための武力を正当化する国が多いが、そのおかしさ、詭弁に気付けない人間がおかしいのだ。
  知恵ある人間は、軍備縮小にこそ尽力していくべきだ。
  PKOについても、「平和維持」の名の下で行われる「戦争」で、殺人行為をすることになるリスクを考えなければならない、と思った。

  「もうそろそろ、いいですか。先ほどイスラエルについて語りましたが、イスラエルの歴史を検証するDVDの編集作業が、大づめなんですよ」
  という広河さんに、インタビュアーが問うた(自身の活動を使命と感じているか)の問いに、広河さんの答えは「使命とか、そういうようなものとは違うと思います。戦争でもたらされた人々の苦しみを、他人事とはとても思えない。戦争の真実を知ってしまった以上、それと無関係に生きることは、僕にとっては不可能なんですよ」だった。

   私も、戦争やテロのむごさを映画、ニュース、写真、本などを通して、自分の身体で追体験して理解した者として、それと無関係に生きることはできない。

   自分の愛する家族や友人が戦争という名の下でも人を殺す状況や、人に殺される状況にさらされる事は断じて起こってほしくない。だから私も、平和のためにできるかぎりの自分の力を尽くして行動しながら、生きていこうと思っている。

   

      

「世界を平和にするためのささやかな提案」(河出書房新社)

2017年06月08日 09時30分23秒 | 平和のための勉強資料

   「戦争のつくりかた」(リンクしておいたので、クリックするとウェブでもこの本は読むことができます)を読んで、それでは「平和のつくりかた」というサイトがないかと探してみましたが、見つかりませんでした。それで、自分でこのサイトを立ち上げて、少しずつ記事を書いています。
   正解はまだ模索中ですが、多くの方と一緒に少しずつでも考えていきたい。1歩ずつでも考えを進めて、平和のための努力をしてみたい。そう思っています。

   「平和のための勉強資料」では、平和に関することを書いている本を中心に、私が拾ったヒントをご紹介しています。
   今日は、「世界を平和にするためのささやかな提案」を取り上げてみます。

    この本では、「世界を平和にするためになにができるのか?」ということで、 黒柳徹子、伊勢崎賢治、中川翔子、加古里子、最果タヒ、木村草太さんをはじめとする22人の方がいろいろな提案をしています。それぞれ6ページ前後の長さで、非常に凝縮した形で語られています。
    この本で素敵な言葉に出会ったら、今度は本格的にその人の本を深く読み進めていくのもいいですね。そうしたきっかけにもしてほしい本です。
    
    
    読んでみると、正直言ってとても心に響くものもあるし、いろいろでした(笑)

    まずは、ここでは2つの特に私が面白いと思った方の提案について紹介させていただきます。
    (短くするために、文章をアレンジしています)

    提案003・タレント中川祥子「やさしさを添えて」

    周囲になかなか溶け込めない自分があった。でも、13歳の時にパソコンを買ってもらって、インターネットを始めたことで世界が広がった。
    その頃は、学校やその周辺の場所が世界のすべてだったから、どうやって生きていけるか悩んだりもした。でも、人生は1度きり。好きなことを突き進むことを大事に、自分の人生の残り時間で「大好き」をたくさん見つけて積み重ねていこうと思った。

    争っている時間はない。

    「やさしさを添える」のは人間にしかできない。人がイヤだなって思うことじゃなくて、嬉しいなって思うことを考えて言葉で言ったり書いたりできる人が素敵だなって思う。されてイヤなことはしない延長上に世界平和もあると思う。人を傷つけるだけの人生はイヤだから、みんなが自分の時間が超有限なんだって意識する。そして、みんなが「やさしさを添える」ようにすれば、小さなことから大きなことへつながっていくのではないか。
    
    提案004:フリーライター永江朗「本を読んでフマジメになろう」

    平和のためにフマジメ?ってびっくりしちゃうかもしれないけれど、不真面目な人のかける迷惑はたかがしれている。テロとか戦争とかで平和を壊すのはマジメな人たち。ふざけて戦争を起こす人はいない。「これが正しい道なんだ」と思い詰めてみんな行動している。原爆も「戦争を終わらせるにはこれしかない」と思い詰めて落とされた。だから、いまだに結果的によかったと考える人がいる。

    大人はよく子供に「マジメにやりなさい」と叱るけれど、マジメな方が楽。マジメであるためには、他の人が決めたルールをコツコツやればいいから。コツコツやって、人をいつの間にか不幸に落とすのがマジメな人。

    だから1人1人がマジメにならないように、「この道しかない!」と思い詰めずに「この道もいいけど、あの道の方がいいな」って迷うのがいい。自分で感じて考えてそのつど判断していく。フマジメになるのは結構努力も必要だ。油断するとマジメになっちゃうから。
    たくさん本を読んで、右へ左へふらふらフマジメにやっている人が増えると、世の中はきっと平和になる。 
   
    そして、22人にいろいろな違いがあるのを感じつつ、この本の中の香山リカさんの、「もちろん、こういう私の意見だって、必ずしも正しいかどうかはわかりませんよ」と書いてあるのを味わうのがいい。

   「誰かに言われたことをそのまま信じない。おかしいなと思ったら疑ってみる」と書いた精神科医・香山さんの話に従って、永江さん流にフマジメに「これかな?あの意見の方がいいかな?」と自分で考えていくこと。中川さんが言うように、「自分の時間が超有限であること」を意識して、大事に今の時間を使って、日々を過ごすこと。私は、そんなことを学びとりました。

   世の中の誰一人として永遠の命を持っている人はいない。すべての人が儚い命をもって、地球の上で暮らしているという他者に対する想像力が平和につながるのではないか。無駄な争いで時間をつぶさないで、共に生きる道を模索していくのがいい。

   22人の人の話がすべてよくて読む価値がありますとはいえませんが、それはあなた次第。
   でも、これだけは言える!
  「いろいろな人の話に耳をかたむけるのは大切!」

   口は1つしかないけれど、耳は人間にその2倍の2つもある。

   人の言葉に耳を傾けずに、かたくなに耳を閉ざして強気な発言をする人、要注意です。
   フマジメな柔らかい心をもって生きていきませんか。  
    


    








自前電気のみで暮らす?電気代0円の生活!!!

2017年06月05日 23時53分34秒 | 平和のつくりかた

   私は、「生活クラブ」という安全食品の宅配を利用している。
   生産者の安定した生活を保障して、良いものを正当な価格で買い取る。消費者も安全・安心な商品を手に入れる。

   そんなフェアトレードの精神をコンセプトにした生協のような組織だ。この生活クラブについての話はまたいづれ書くとして・・・
   
   今日の話は、その生活クラブの機関紙「生活と自治」5月号に掲載されて私が衝撃を受けた<自前の電気で暮らしているご家族の話>について書くことにする。

   電力会社の送電網のことを一般的に「グリッド(grid)」というそうで、浜松駅から車で20分の下澤嶽・未希さんご夫妻の家が「オフグリッド住宅」を2015年に建てて暮らしているという。

   生活と自治さん、すみません下記に転載させていただきました。

        


       



   ちょっと読みにくいでしょうか?
   読みづらくて困った方のために、大まかな内容を拾ってみると

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   下澤さんご夫妻はちょうど家の建て替えを考えていたので、震災をきっかけに「これだけ重大な事故が起きているのに、今まで通り何もせずにいていいのだろうか」と過去を反省していたこともあり、思い切って<電力会社と契約せず、240万円で発電設備を購入して、2015年からオフグリッド生活をする決意>をした。

   国が原発の再稼働を始めているが、(子供たちのためにも、持続可能な社会を!)と思いがあったからだ。

   ご夫妻ともバングラデッシュに住んだ経験があるので、電気のない生活体験があること。未希さんがもともと省エネの生活をしていて、使用電気が少なかったこともあり、不安はなかったようだが、周囲の人には無理だろうといわれた。

   ところが、実際生活を始めてみたら、心配に反して意外と順調。屋根に取り付けた太陽光パネル(写真で見ると4枚?)と電力をためる再生鉛バッテリーだけだが、天気のよい時は掃除機や洗濯機も使える。オフグリッドにしたら使えないだろうと思って1度しまった炊飯器も電気ポットも取り出して、今は活用しているようだ。 電気が余るような天気のいい日に、オーブンでパンを焼いたり、長時間の煮物に挑戦したりもできる。そんな生活を送っている。

   下澤さんは「まずは一人でも多くの人にオフグリッドを知ってもらいたい」といろいろ考えている。
   すでに賛同して始めた家族も2件ある。

   初期費用とか修理代を考えると、電気代よりは今の計算してみると高くなるが、もし多くの人の賛同を得て本格的に太陽光パネルによる自前電気で暮らす人が増えたら、初期費用のコストダウンが可能にきっとなるだろうと将来の予想図も描く。

   オフグリッドの家が増えていくこと。それが安全な電気を手にしていく近道かもしれない。 


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   あ~、この記事を読んで、なんだか私は自然と対話して生きているご夫妻の生活の豊かさを羨ましく感じた。
   人は、昔そうやって生きてきたのだ。今だって、技術の発展でさらに安全で豊かな心がやすらぐ平和な暮らしができるんだ!

   先日、「原発その4年後」というDVDを見た。河合弁護士が「日本と原発」の続編として作った映画だ。
   その中で元キャスター・木元教子さんが「今の電気を使う生活をあきらめられますか」というような発言をしていた。

   反原発を願う人に対し、彼女と同じような言葉を投げかけて、疑問を呈するひとは多い。

   <今の現状の豊かな生活をあきらめられるなら反原発もいいが、あきらめられないだろう。だから電気の安定供給のために原発は仕方がない。不可欠だろう>や<電気の節約といっても、いまさらクーラーや、洗濯機、明るい夜の生活をやめられない。後戻りはできない。産業の発展のためには、やむを得ない>という見方だ。

   本当にそうだろうか???

   このご夫妻のような生活こそ、豊かな暮らしなのではないか。
   外に熱い空気を吹き出して、部屋を涼しくしてひざ掛けを必要とするような冷房の中にいる生活が豊かと考えられるのだろうか。
   (窓をあけられないような高層ビルは別として・・・)

   
   日本が第2次戦争の泥沼で獲得を目指していたのは資源・石油。
   もう戦争を起こさないようにするには、自前で暮らせる能力をみんなが育てていくことはとても大事なことだろう。
   人々は屋根の下に暮らしているのだから、屋根に太陽パネルをつけるのはすごく単純でいいアイデアだろう。

   ひとり、ひとりが自分のできることからスタートしていくという姿勢も素晴らしい。
   (太陽パネルは集合住宅に住んでいる家では、簡単にはいかないだろうが・・・)

   ところで、そんな下澤夫妻とはどんな方なのかと思って、「バングラデッシュに暮らした経験」ということから検索で調べてみたら、記事にはその紹介はまったくなかったが、どうやら下記のようなご経歴のご主人とわかった。そうか、フェアトレードにもつながる考えと思っていたら、まさにそのような国際協力に携わっていた方だったのだ。

     *下澤嶽さん:日本青年奉仕協会、世田谷ボランティア協会を経て、1988年にはシャプラニール(市民による海外協力の会)の駐在としてバングラデシュへ。1998年より同会事務局長。2002年に退職し、平和構築 NGO ジュマ・ネット代表を務める傍ら、2006年からは国際協力 NGO センター (JANIC) 事務局長を務めた。2010年4月より静岡文化芸術大学文化政策学部国際文化学科准教授に就任。(wikiのココから転載)

    大震災で、電気の送電線の先で電気を私たちに供給してくれていた人々の故郷を奪ってしまった電気について、深く考えたご夫妻の生活の在り方。非常に納得でき、共感しました。残念ながら、すぐに我が家が実行に移すことは集合住宅で難しいのですが・・・・。

    幸せのかたちは人それぞれ。
   「原発反対って、それじゃ今の電気のある生活をあなたは捨てられるの!?」そういいつのる人より、私は下澤さんご夫妻の生活にこそ豊かさを感じました。

    私としては、まず電気をできるだけ少なく使い、電気会社の選択を考えてみることにした。
    原発の電気を使わない電力供給をしてくれるところの説明会があるので、そこに行ってみますぅ!
    
    自分の幸せのかたちを考えて、ひとりひとりが自分の生活を考えること。
    ここにも、平和のつくりかたの大事なメッセージがあると気づきました。

    あなたは、自分の生活でどう考え、どう暮らしているでしょうか。
    私が受け取ったように、あなたにも下澤ご夫妻のメッセージが届きますように!

      
    
   

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