平和のつくりかた

「戦争のつくりかた」という絵本を読み(今の平和を守るためには、何かをしなければ!)とこのブログを始めることにした。 

「ヒトラーの時代」(池内紀:著)から学ぶ

2021年11月24日 00時04分31秒 | 平和のための勉強資料

   2021年秋、当時の菅首相が総裁戦出馬を辞退。自民党総裁選に岸田・石破・高市・野田と4人の候補が出る中で、気になったことがあった。私とほぼ正反対の意見の友人の1人が、「私はなんと言っても高市さんです。私の大好きな日本を思う気持ちは彼女が1番近い」と伝えてきたのだ。高市さんは、私には得たいの知れない怖さを感じる女性。どうして、彼はそんな高市さんが好きなのか?と疑問に思い、調べてみることにした。

   すると、予想通り、すぐに高市さんが、「ヒトラー選挙戦略(現代選挙必勝のバイブル)」という本に推薦人として「選挙の)候補者と認知された瞬間から始まる誹謗、中傷、脅迫。私も家族も苦しみ抜いた。著者の指導通り勝利への道は『強い意志』だ。国家と故郷への愛と夢を胸に、青年よ、挑戦しようよ!」と書いた話がネットで出てきた(ココから)。しかも、この本に国会議員15人が推薦文を寄せていたと分かった。さらに驚いたことには、この本の著者が、自民党東京都支部連合会事務局広報部長だった小粥義雄氏で、自党の候補者に向けた選挙戦略啓発本とするために書かれたのも分かった。そういわれてみれば、この話は当時も聞いたような気がしてきた。

   麻生氏が、「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」と発言して物議をかもしたのは有名だが、野党脱出後の安倍長期政権になってからの自民党には、「自民憲法改正草案」にしても、ヒトラー(ナチスの戦略)から学んだ形跡が感じ取れ、その危うさを恐れてきた。

   そこで、「これは、ちょうどいい機会!」と、ヒットラーについて勉強してみることにした。

   この「平和のつくりかた」のブログを始めて、2017年5月から4年半になるが、このブログを開いたのは「戦争のつくりかた」という本を読んだことがきっかけだった。それなら、(ヒトラーの「戦争のつくりかた」がどんなだったかを知るのも大切だ!)と思えた。

   図書館で見つけたのは「ヒトラーの時代・ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか」という本。実は、先に書いた「ヒトラー選挙戦略」は、ユダヤ系の人権団体などの抗議により国際問題に発展しかねない情勢となり絶版・回収され、入手はもはや不可能だった。そして、驚いたことに、私の読んだこの池内さんの本も、今では「中公新書」なのに出版元からも買えない本になっていた。そして、ココに同時期に「ヒトラーの正体」を出版した舛添要一氏が、(この本が、無用の非難を浴びて価値を貶められたこと)に抗議して推薦文を書いていた。なんだか、不思議な因縁のある本を借りてきたようだ。

   ということで、まずは、舛添さんの推薦文から読んでいただきたい。

当時の世界で最も民主的な憲法を持ったワイマール共和国で、ドイツ国民が民主的な選挙でナチスを第1党に押し上げたのはなぜか。それは、過酷なヴェルサイユ条約、失業とハイパーインフレなどによる生活苦境で国民の不満が高まり、希代のデマゴーグ、ヒトラーに期待を抱いたからである。  そして、ヒトラーは1933年に政権を獲得すると、わずか3年間で600万人いた失業者を完全雇用レベルにまで激減させた。そして、労働者のための社会福祉政策、レジャーの充実、健康管理など、至れり尽くせりで、ユダヤ人迫害に無関心でいれば、ナチス政権を称賛する国民が増えるのも当然である。一方で、プロパガンダに全力をあげた側面やゲシュタポなどの恐怖による反対派の弾圧も忘れてはならない。

 以上のような点については、拙著(「ヒトラーの正体」)でも解説しているが、池内氏はドイツ文学者ならではの色彩豊かなエピソードを交えながら記述している。ヒトラー本を初めて手に取る読者にもスッと頭に入るに違いない

   舛添さんのは本屋で簡単に入手できるようなので、後で読むことにして、図書館でしか読めないこの本を読んでみた。たしかに、エピソードが豊富で、ヒトラーを知りたい初心者向けにもスッと頭に当時の時代を理解させてくれる本だった。読んでみることをお薦めする。

   中央公論新社のHPにこの本の「正誤表」というのがあった。これを使いながら読むとよい。そして、この本のあとがきに池内さん自身が(自分の有効期間が尽きかけている。ここで、常にドイツの人々の背後に存在する「ヒトラーの時代」について書くのを義務と思ってきた)と言い残していたが、実際にこの本の発行1ヶ月後の2019年8月に78歳で病死されている。

<ドイツ国民はなぜ独裁者(ヒトラー)に熱狂したのか>

1.まずは、時代背景「第1次大戦の敗北の結果のとてつもない賠償金」ヒトラーは、演説で「未来か滅亡か」と(誇りある未来か、負け犬の滅亡)の二者択一を分かりやすく迫った。これは、マルクの下落と並行していた。往来では、右翼と共産党員が衝突を繰り返し、新聞にはゼネストの大見出し。ヴェルサイユ条約は過酷な賠償金だけでなく、一切のドイツの軍備を禁止していた。でも、当時のドイツには軍服姿の人が溢れかえっていた。ナチ党だけでなく、どの政党にも軍服姿の暴力を厭わない護衛隊がいた。生きがいの喪失と将来への不安の中、卍マークが増えていったが、そこに最初の頃のヒトラーの後の声とは違う魅力があったことも指摘している(1938年頃のヒトラーの声を宮城道雄が「ライオンが吠えるようなドイツ人独特の声」と表現している引用あり)。大戦中になると、その声は強圧的な独裁者の声に変容したとみる。

2.1930年代、弱小だったナチ党が躍進する背景は・・・・「強いドイツの活」「無法な賠償金を拒否(ヴェルサイユ条約破棄)」のスローガンの大合唱。一糸乱れぬ親衛隊の隊列。荘重な音楽のなかに、党首ヒトラー登場の演説会。1930年7月国会解散に伴う総選挙。猛烈な小型飛行機を使い移動し、ビラまき。一貫した反共、反ヴェルサイユ条約。「金権貴族征伐」「全ドイツ人に職とパンを」などの明快なキャッチフレーズ。ナチスが第2党に躍り出る。1931年には、地方選挙でもナチスが躍進。経済では、ドイツ5大銀行の一つが破綻。取り付け騒ぎが起きる。金融恐慌の始まり。1932年失業者600万人。1933年ヒトラー首相に指名される。ナチスが第1党ではあったが、憲法改正の3分の2は制しておらず、内閣にはナチ党員は2人。良識ある政党人が要職を占めていた。しかし、首相就任後にヒンデンブルク大統領に要請して、他政党や党内外の政敵を弾圧できる大統領令を出させ、やがて報道の自由も規制。

     (表にはあまり出なかった裏の顔)首相就任の直後の演説で、ヒトラーは、(自分たちが原理的に議会政党でないこと。強いられて議会的政党になっているに過ぎない)と語り、(「独自の国家対抗形態」とし て確立されていく)といったようだが、国民の多くはまともにその主張を受け取らなかった。ゲルマン民族の精神的・肉体的純粋性を説き「ナチスの聖書」とされたローゼンベルクの「20世紀の神話」が刊行され、そこには「異質民族ユダヤ人の排除」もうたわれていた。

       1933年ナチスの親衛隊・ゲシュタポ(S)が誕生。200~300人。1940年にはそれが1100人、標的は共産党員。拷問。 

3.「ナチス文学」とも言われる多くの作家、詩人の登場。ナチス幹部たちも、ヒトラー「わが闘争」(1925年~)を始めとして 著書を著した。音楽界もしかり、   権力に従ったものは、「いい目」をみた。(トーマス=マンやデートリッヒは、亡命)

4.1936年、ベルリン・オリンピック開催。政治利用。オリンピック前後に、一時的に反ユダヤ人スローガンを降ろし、非アーリア人規制を解除。(エピソード:ドイツ人妻をも写真家・名取が、1936年の様子を「ドイツ・1936年」と名をつけて残していた。少数民族の街で意図的に民族衣装が着用され、脇にナチ党員が2人が肩をそびやかしているものを掲載して、「当時は発表されなかったこれらの写真が、名取の後世へのメッセージだったのではないか?」と池内は解釈をつけている。他の同僚たちは、ナチスが好んだ「真のドイツ」実は「偽りのドイツ」写真を送っていた)

        1935年 ユダヤ人排除を意図した「ニュルンベルク法」成立。アーリア人種でなければ、正規の仕事につけなくなった。

5.1937年「歓喜力行団」手軽に国民が旅行に行ける豪華客船の進水式。夢の船旅のための船は1938年には13隻に及んだ。ナチズムが支配した12年間。異常性や狂気が強調されるが、戦時体制に入る前は、失業者は600万→100万人に減少。多数党でバラバラになった国を「国家統一」する公約も果たされた。窮屈さはあるが、将来に希望ももてた。若い人は、組織化され、民族共同体意識が高まった。ヒトラーは、私利私欲のない清潔な人物とみなされた。1934年のSA(ナチ突撃隊)の77名の粛清も、党の腐処置した処置したものと見られ、ヒトラー神話にすらなった。ヒトラー自身が禁煙をして肺癌征圧のために禁煙キャンペーンを行った。アスベストへの警告、有害着色料禁止・・・「健康国家」の側面に、人々はおずおずと「よい時代」の到来を信じ始めた。

6.ヒトラーは自動車の生産に力を入れ、首相になるや「国民のための車」構想を発表。通勤・通学・買い物に使える市民のための車。デラックスな憎むべきわがもの顔の大型車でない小型の国民車(フォルックスワーゲン)。この話は1933年のヒトラー政権成立12日目に発表された。走らせる道としてのアウトバーン構想。<米国実業家・フォードは反ユダヤ主義者で、ナチに共鳴を示し、米国でナチのために反共の名の下に献金の音頭を取ったとされている>1938年、国民車の製造工場の起工式。→アウトバーンの建設などに労働者が当てられ、雇用が改善。

      1938年 ユダヤ人に対する弾圧が、ユダヤ人と分かるように名前のミドルネームに男は「イスラエル」女は「サラ」を付け加えること。ユダヤ人の所持するドイツ国旅券には、赤でJの文字を押すなど、びっくりするような法律の数々が紹介されていた。

7.「国民ラジオ」の普及。ラジオは当時の10年前1920年から放送開始(日本は1925年)。富裕層では所有が始まっていた。でも、ドイツ全土でも10万の届け、未届けをいれても数十万の人が聞いていた程度。ナチスは、「19世紀は新聞、20世紀はラジオの時代」として、普及を目指した。受信はドイツの放送のみ。格安で国民が買えるようになった。音楽やスポーツの実況を放送すると同時に、年頭や政局の折々に荘重な音楽と共に、「ドイツ国民に告ぐ」放送がなされた。

  ナチスは政権掌握時の最初の数年は「主権在民に基礎づけられた力」によった。やがて、国民国家に組み込まれ、「国家への帰属感に訴える国民運動」をもたらし、規律のとれた、御しやすい大集団に変えた。民衆の服従は、みずからの熱意に基づくものでなくてはならず、自由意志から生じなくては強固な集団にはなりえない。

8.強制収容所での大量なユダヤ人殺戮がどうして生じたか。それに先立つ数年前にドイツのマルクが本来の価値の1兆円分の1に下落するインフレを体験してなければ、ドイツ人もこれまでの行為に駆り立てられなかっただろう。

9.ヒトラーの使った仕掛け

  ・性能のいいマイクロフォン、大音響でも明晰な音がでる可動式マイクと特殊スピーカーを優秀な技術者に作らせた。

  ・短い言葉を繰り返す。知識人には冷笑されるような単純な語りの繰り返し。

  ・ジュタリーン文字 ドイツでは「ドイツ文字」と「ラテン文字」が混在していた。エリートは「ドイツ文字」を使い、職人などは「ラテン文字」が使われた。「わが闘争」はドイツ文字を使ったが、ナチ党の若い人間には「ラテン文字」でないと読めない者もいた。そこで、ラテン文字をドイツ文字風にデザインした「ジュタリーン文字」が使われることで、ポスターやチラシが一目でナチスのものと分かり、ドイツ文字風の風格が備えられた。

10・選挙でなぜナチスが勝てたのかの分析

   ・世界恐慌、ドイツ経済の破綻、社会不安で~と言われるが、民主勢力の支持者はナチスの膨張でも奪われていない。ナチスが膨張できたのは浮動票の獲得によった。わかりやすさ、不満をユダヤ人を名指しで繰り返し非難する手法。中産階級は、概ね健全な政治感覚を持ち続けていた。だから、強引に法を通して、共産党を潰した。知恵を使った巧妙な弾圧で新聞社なども潰した。あとは、ナチズム一元化へ1938年、ドイツはオーストリア併合など領土を拡大し「大ドイツ帝国」と名を変え、経済も安定し、束の間の平穏を国民は味わえていた。ナチ党員のユダヤ人いじめは目に余るが、立派な軍隊を持ち、自国への誇りを取り戻せた

    だが、穏な時代の底流は、まっしぐらに戦争へと向かっていた

 この池内さんの本は、こうやって纏めてみて、時間が途中でまた行きつ戻りつしたりもあり、戻った部分を本とは違って、前の時代で書いたところに加えたりもした。私は、もとよりドイツの専門家ではないし、ナチスについても初心者。充分理解せずに、上に書いた中に間違った記載もあると思う。また、正誤表の話を最初に書いたが、私自身だけでなく池内さんが15年と書いて正誤表で12年になっていたのもある。だから、引用を12年に直したものもある。

 正誤表が2枚にわたり多数あった。だから、確かに出版物としては、本人がすぐ亡くなられたこともあり、修正して出版とはいかなかったのかと推測された。そのため、この本から私が知り得たことがまったく無意味か?といえば、あなたが、その要約をここで最後まで読んで、きっと私同様「知らなかった」「そういう側面もあったのだ」と知り得たことはあったと思う。私は、心から読んでよかったと思った。舛添さんが最初に書いていたように、読みやすかったし、勉強になった。

 この本で初めて、ヴェルサイユ条約のあまりに過酷な賠償金やインフレの激しさ、世界大恐慌の中で、国民車やアウトバーンの建設で雇用を生み出し、ラジオ、マイク、特殊文字、規律と征服など、国民に実際に恩恵を与えながら、国民にドイツ人の誇りを取り戻させた知らなかった側面をたくさん知ることができた。

 最後の力を振り絞って、池内さんがこの本を書き残して下さったことに感謝したいと思った。

 今、コロナという予想もしなかった病気が全世界に蔓延し、世界は未曾有の混乱の中にまだいる。日本も含め財政出動は多額を極め、将来それがインフレや大恐慌、経済的大混乱を引き起こす可能性は否定できない。自分の金融財産が、いつ紙くずになるかさえ、誰にもわからない。その時、救世主のように現れた人に、日本の国民が飛びつくか、歴史に学んで踏みこたえられるのか。それが、「日本の未来の鍵」となる。

  この本を読んで、現在も続く日本の長期政権の人たちが、ヒトラーの時代に倣って、雇用拡大をまず重視し(非正規であろうが見せかけの数字であろうが)、「悪夢の民主党時代」というフレーズを飽きもせず繰り返し国民にすり込み・「中国・北朝鮮」などを敵視し、自国を誇れるための教科書の書き換えを図る、などなど・・・・重なるものを感じるのは私だけだろうか。まさに、高市さん始め、長期政権の人たちは、ヒトラーの選挙戦略に学んだことは推薦文で明らかだ。でも、「過去に学ぶ」というのに、そんな小手先のヒトラー時代の独裁政権への道をなぞる政権を選んでよいのか。 過去の大きな不幸を横に置いて、そんな小手先のヒトラーの知恵を学んで進むものは、再び大きな過ちを犯した歴史を繰り返すことになる。実際、今、与党が言い出しているのは何だ!自衛隊を軍隊に!日本の防衛強化、「敵基地攻撃能力」を!

  高市さん始め与党の人々が過去に学んだのは、小手先の知恵だけのようだが、そこにナチスのユダヤ人虐殺や残忍な戦争へ進む悲劇への学びが全くないのが恐ろしすぎる。だから、そのままヒトラーの「独裁」、「ドイツ人の誇り」に似た道を進み、「日本人の誇り」というのだろう。だから、進んできた道を間違えて、日本人の「謙虚」「誠実」「正直」をかなぐり捨て、「恥の文化」を日本社会から失わせる行為ばかりを残してきたのだ。

  そもそも、ナチスの最大の間違いは、(ドイツ人以外、アーリア人以外の排除、否定)だ。多様な人種がいる世界で平和を築くには、(自分以外の人々、人種・国を超えた人々やその文化への理解と尊重)が1番重要なことなのだ。日本だけが平和になるなんてことは、今の世の中ではあり得ない。

持続可能な開発目標を世界が共に目指す「SDGs」。他の国の人を敵視して武器を抱えた手でけん制し合う?そんな先に平和が訪れる訳がない。武器を抱えた手は、他国と友好の手をつなぎ合えない。武器を捨て、互いに違う文化や言葉を超えて理解しあうしかない。持てるものは、分かつ。ひとり勝ちを許さない社会を目指すしかないのだ。誇れる日本になるのは、もちろんだ。でも、それは日本が一番になるためではなく、(誇れる日本の技術や良さを、世界に広げられる時にこそ誇れる)のだろう。

      「世界の平和に貢献できる日本」こそが、私たちの目指すべきゴールだろう。

   


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