平方録

身辺をつれずれに

黄昏ってる

2016-12-31 05:32:00 | 随筆
今年は冬の訪れが例年になく速かったが、そういうこと以上に寒さを感じてならない。
さすがにズボン下とかタイツの類は身に着けていないが、外出するときなど長袖の下着に厚手のシャツ、その上から薄手のダウンジャケットを羽織るだけだったのが、今年は薄手のセーター1枚を余計に着込む結果になっている。
これまでだって寒がりの部類に入っていたように思うのだが、体質が変わってしまったのではないかと思えるほどに寒さが身に染みるのである。

この現象が自分一人にとどまっているのなら「あぁそうなんだ」で済むのだろうが、他人が混じるようになると話はややこしくなる。
昨日はわが家の20畳ほどのリビングに大人5人、子ども3人が集まって食事をし、子どもたちは大騒ぎをしていたのだが、8歳の姫は暑い暑いとしまいには下着姿になってしまうほどだったのだ。
暖房は床暖房で床からじわじわと温める方式のものだから、それほど温度が高かったわけでもないと思うのだが、人いきれも加わって暑さを感じたようである。
姫の父親も羽織っていた薄手のフリースを脱ぎ、腕まくりをしている。

それでもこちらはセーターを着込んだまま「え? 暑いの?」と半信半疑である。
結局床暖房も切り、暖房なしで過ごすことになったが、なにか釈然としない気持ちが残ったのである。
体感温度に個人差があることは理解できるが、片やセーター、こなた下着1枚なんて差にまで広がるものなのか…

考えつくことは、ジジイになってしまったということである。
温泉などに行くとたいして寒いとも思えない冬の始まりくらいから厚手のラクダのシャツを着こんだり、股引をはいている爺さんを見かけることがある。
ああいう爺様になってしまったのではなかろうか。だとすると、これをどう受け止めたらいいのだろう。
やっぱり「あぁ、そうなんだ」「そうですか」と受け入れるしかないんだろうか。

しかし、強がろうが弱音を吐こうが、寒いものは寒いんである。
伊達の薄着なんぞはもう過去のものである。風邪でもひいて肺炎にでもなったら一大事で、それこそ家族に迷惑が掛かってしまうだろう。
手の指だって、爪と皮膚の境目が乾燥してだろうと思うのだが、ひび割れてしまって痛くてしょうがないのである。
あんまり痛すぎてキーボードを打つのにも注意を払わなければならない。
10本のうち、無傷のままの指は2、3本に過ぎないのだ。
脂っ気が抜けて、肌がカサカサしてきているのだ。血行が悪いせいでもあるのだろう。

何とも情けない思いで啄木のように、じっと手を見るばかりである。
これではまるで黄昏ではないか。流行語風に言えば、黄昏ってしまっているのだ。
そんな思いで2016年の大晦日を迎えているのである。



わが家の「空蝉」(5月31日)



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シマアジの口福

2016-12-30 05:56:44 | 随筆
正月休みを利用して姫の一家がやってくるというので、魚の買い出しに行ってきた。

海から離れた北関東の街に暮らしているので、特に姫の母親には好物のピッチピチの新鮮な刺身を食べさせてあげたいという親心からなのだ。
で、国道134号線を南下し佐島漁港まで車を走らせた。
わが街にも漁港はいくつもあるが、一昨年の大みそかに腰越のなじみの魚屋が店じまいしてしまって以降、地魚を手に入れようとすると手っ取り早いのが佐島漁港に面した2軒の魚屋なのである。
少々距離が離れているのが難点だが、海沿いをドライブしてくるのも悪くないと思い、片道40分前後のドライブをしてくるのである。

暮れも押し迫ってくると街の魚屋の多くは鮮魚などロクに扱わず、かまぼこやら冷凍のカニの足やら、正月向けのものが幅を利かせていて、種類も鮮度も疑問符付きのものしか並んでいないのである。
漁はいつまであるのかよくわからないが、そろそろ正月休みに入ってしまう頃だろう。
29日などと言うのは、最後の漁に近かったのではないか。
そういう意味では最後のチャンスだったわけで、これからしばらく鮮魚とはしばしのお別れのはずである。
だからか魚種は比較的多くて、大きめのアジを5匹、南蛮漬け用に小アジを一山、そして白眉は体長40センチ超のシマアジで、いささか小ぶりではあるが、店の人に「どうなの?」と聞いたら「そりゃあもう、刺身にしたら絶品ですよ」というので、迷わず手に入れてきた。

3枚におろすか5枚におろすかで少々悩んだが、切り分けたところの見た目を考慮して3枚におろすことにし、大小2本の出刃包丁を使って、これはもうほれぼれするくらい上手に背骨から身を分離させたのである。
こういう手技を持っていれば十分、板前の資格はありそうである。
🎵包丁ぉ~いぃっぽん~、さぁらしにまぁ~いぃ~ぃ~てぇ~

味の方はさすがに高級魚ですナ。
見た目の美しさは言わずもがな。白みを帯びた小片の背に赤い縞模様がとても鮮やかで、見るだけで素晴らしく食欲をそそるのである。
口中に入れれば、ねっとりとした食感で歯ごたえもあり、かむと甘みがにじみ出てくる。しかも、乗っている脂がくどくなくて上品なのである。
舌の肥えた姫が喜んで口にしていたのが何よりである。
ジイジの家に来たら、ごちそうは目の前の海で獲れたばかりの新鮮な魚の刺身なのだ。
よおっく舌におぼえこませなければならない。それが年長のものに課せられた責任というものでもある。
そのデンで行くと、昨晩の食卓は十分に合格点ではなかろうか。

姫の一家は一旦外泊して大みそかに戻ってくる。そして翌元旦には妹君ともども帰ってしまうが、姫だけは6日まで残ってジイジとバアバに甘え放題の天国を謳歌するのである。
もちろんジイジはそのシモベとなって相好を崩しっぱなして奉仕するのだ。
正月というのはそういう季節なのである。



相模湾で獲れたばかりのシマアジ


どことなく荒々しい感じの相模湾と富士の姿は珍しい
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記憶に残る年

2016-12-29 06:40:44 | 随筆
今年も押し迫り、残すところは今日を含めて3日。
いろいろのことがあったが、わけても7月に富山で暮らす友人が闘病の末に旅立って行ってしまったのには、いささかショックを受けた。
しかし、何といっても最大のインパクトは、6月に勤務先と完全に縁が切れて完全無職の「自由人」の仲間入りをしたことだろう。
まぁ、そういうシチュエーションに身を置くことになるということは、わかっていたことで、時期が来たからそうなっただけで、珍しいことでも不思議なことでもないし、残念がるような話でもない。
いつだって特別の感慨もなく朝を迎えているように、「その時」だって毎朝の中の一つの朝と同じに過ぎなかったのだ。

こういう気持ちでいたということは多分、未練というものから遠ざかっていたからだと思うのだ。
自分の心理分析など改めてする気もないが、おそらくさばさばした気持ちが勝っていたからだろう。
「応無所住而生其心」
金剛経の一説で乱暴に一言で言ってしまえば「何事にもとらわれない心」というくらいの意味合いだが、40代の後半にこの言葉を知って以来、座右に置いている。
そんなわけで、大概のことは「あぁそうか」で済ませてきたのである。済んでしまうんである。

海の向こうではイギリスが6月に実施した国民投票でEUからの離脱を決め、グローバリズムに背を向けたと思ったら、11月のアメリカ大統領選ではもっと極端な候補が大統領選に勝利してしまって唖然とさせられた。
しかし、なにも驚くにはあたらないのが、わが足元で、アベなんちゃらなんぞという極めて右翼反動的な政治家が権力を掌握したまま「権力を縛るための憲法」など眼中にないかのように、勝手し放題しながらも、依然として高い支持率を得ているのが現実である。
英米の影響も加わってこれから先が危ぶまれるけれど、一人の力でできることは限られているのだ。運命共同体のところが恐ろしいのだが、こればっかりは見守るしか手はないのである。

アベなんちゃらと同じ空気を吸いたくない人だけで暮らせる場所を作ってくれないかね。
例えば北海道とか四国とか九州とか…。まぁ、独立国ですな。軍備に頼らず、カジノなんてギャンブルもなし。喜んで移住するけどね。

鳥の目はこのくらいにして今度は虫の目になって…
11月にこれまで一度も記録されたことのない1センチくらいの積雪に見舞われ、赤く色づいた実が白い帽子をかぶらされてしまったわが家のミニトマト。
どうせなら元旦の食卓に乗せようと、成らせたままにしておいたら、何と10数個も鳥に突かれて落果してしまった。
まだ十分に熟しきっていない3個の実を「保護」したが、これはお飾りですナ。

鳥がトマトを突っつくなんて初めて知ったが、餌がなくなる冬場に貴重な甘味だったんでしょう。
干し柿を吊るしていて鳥を呼び寄せてしまったのが遠因ではないかと思っているのだ。
突っついた傷跡の大きさから見ると、犯人はくちばしの小さな小鳥。おそらくは干し柿を狙いに来ていたシジュウカラであろう。
カラスやヒヨドリだったらお仕置きするところだが、まぁ大目に見よう。

秋の天候不順で十分に咲いてくれなかった秋バラだが、晩秋から初冬にかけて体力を復活させたらしい。
つるバラの「伽羅奢」と木立の「ノリコ」で、ちょっと前は「空蝉」も絶好調だった。
おかげで冬枯れのわが庭が明るくなったのである。
あまり株を疲れさせると、来年初夏の開花に差しさわりがあってはいけないので、年が明けたら早々にせん定して休ませようと思うが、しばし華やかな色合いを楽しもうと思う。

記憶に残る1年ということになるのだろうね。





伽羅奢(上)とノリコ

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太平洋経由芦ノ湖行きポンポン船

2016-12-28 06:54:25 | 随筆
まるでごみ溜めのようになっていた机の上をきれいに片付けたり、書斎を大掃除していたらローソクで走らせる昔懐かしいブリキのポンポン船が出て来た。

浅草で見つけ、ただただ懐かしくて買って来たものの、本棚の一角に数年間放置したままだったのだ。
小学生の時に遊んだ記憶があるが、もう60年も前のことになってしまった。
ロングロングアゴーなのだ。

で、こういう時はちょっと以前だったら大掃除をほったらかして、すぐに遊び始めたものだが、風呂に入る時に持って行って走らせてみようという気になったのだ。
だから、大掃除の手が止まることもなく、書斎はきれいに片付いたのである。
おまけに机の上に上って、天井のレールに取り付けられた3連のライトの掃除までやってしまった。ライトの位置や首振りの角度を自由に調節できる仕組みのスポットライト風のものである。

ただ、やり方が悪かったと見えて、何と3つとも電球が切れてしまった。
もっとも、かれこれ20年近くもいじったこともないし、電球を替えた記憶もない。振動でフィラメントが切れてしまったのではないかと思っている。したがって死亡原因は老衰と思われるのだ。
ともあれ、一斉に討ち死にされてしまっては、いささか当惑せざるをえない。
書斎は北西の隅にあって、西側の窓に触れるようにナンキンハゼの葉が生い茂ってくれるので夏は涼しくてとても快適なのだが、暖房がないので冬は最悪である。

60ワットのクリプトン球3つである。都合よく買い置きなどないのだ。しかも、書斎の大掃除の前にリビングの食卓の上の電灯の傘を掃除したついでに、間も無くやってくる姫のために電球を新しいものに交換したばかりである。
その使い古しを配置転換し、1個だけ残っていた新品とで急場をしのいだが、如何せんせん暗いのだ。照度を変えられる仕組みが付いているのだが、最大にしても暗いのである。
ま、冬場は寒いし、暗くなって書斎にこもるなどということはあり得ないので、暗いお古でも我慢することにしたが、余計なことをしてしまったのかもしれない。

さて、風呂である。ポンポン船である。
60年前は洗面器に浮かべて遊んだような記憶がかすかに残っているが、今回は太平洋に浮かべるようなものである。
大いに疾駆してくれる…、波を蹴立てて…。そう期待したのである。
ストローで中のたらいに水を送り、ろうそくに火をつければというところで、濡れないようにと風呂場のドアの外に置いておいたライターを手にとって、身体を湯船に沈め、いざ点火、のはずだったのだが…
ポチャン! 何とライターを湯の中に落っことしてしまった。まさか、ライター君も一風呂浴びたかったとは⁉︎

掌中の珠を愛でようとしたまさにその矢先、両手に持った珠がスルリと逃げて行く。その瞬間の驚き。続いて湧き上がってくる悔しさ、悲しさ、絶望感…。そして虚しさ…。ボクの人生ってこういうんだったんだ…

当然だが火はつかない。妻は買い物に出かけてしまって留守である。代わりのライターを持って来てもらうこともできない。
湯船から出て裸のまま取りに行くなんぞの選択肢は、寒くてまっぴらごめんである。
仕方なく風呂から上がった後、洗面所のシンクに水を張って浮かべたのだ。
これじゃあまるで太平洋経由芦ノ湖行きである。

何ともドジでさえない結果になってしまったが、ポンポン船の方は威勢よく、しかしポンポンという音ではなく、蒸気がたぎるシュシュッという音を立てて健気にグルグル走り回ってくれたのである。





芦ノ湖を行くポンポン船
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メザシ、シラス、ジョウビタキ…

2016-12-27 06:26:06 | 随筆
鎌倉・腰越の龍口寺門前にある干物屋をのぞいたら、その店で一番安くて一番おいしいメザシが姿を消したままである。
体長が10センチほどと決して大きいわけでもなく、言ってみれば一口サイズなのだが、コンロで焼くと小さな火柱が上がるほど脂が乗っているのである。
塩は使っているはずだが、口に入れても塩を感じることがないくらいに薄塩である。

ちゃんと竹串に通されていて、5、6年前までは一串5匹並んでいたものが4匹に減ってしまい、実質的な値上げになってしまったが、100円で売られていた。
こいつをあぶって脂をにじみださせ、醤油ではなくオリーブオイルにつけ、白でも赤でもいいのだが、わが家では安物の赤ワインの肴として食べるのを無上の楽しみとしてきたのである。
しかるに、2月に店先から姿を消して間もなく1年になるというのに、いまだに漁がないのだそうだ。獲れないのだという。
どこに消えてしまったのか、原因は何か。店の人も満足に答えられないでいるが、寂しい限りなのである。
手に入らないとなると、必要以上に恋い焦がれる思いは募るものなのだ。

木枯らしや目刺にのこる海のいろ 芥川龍之介

シラスの方は波があったものの、年間を通して獲れていたようである。
去年は不漁続きで、シラス料理を看板に掲げる鎌倉や江の島の飲食店では、よその海から運ばれたシラスを使って切り抜けていたようだが、今年はそんなこともなかったらしい。
わが家でも、まあまぁ口にできたのである。

さすがに生シラスは赤ワインというわけにはいかないが、冷えた日本酒との相性は抜群で、これが食卓に上る夕餉は大いに楽しませてもらったものだ。
このシラスも相模湾では資源保護のため年内いっぱいで禁漁に入る。
再開は東日本大震災と同じ3月11日である。しばしのお別れなのだ。

つぶらなる瞳がにらむシラスかな 花葯

庭にジョウビタキがやってきていると妻が言う。
カツラの木に取り付けたものの、空き家のままの巣箱をのぞいたりして気にしている風情だったという。
残念ながら目撃できていないが、巣箱ならどうぞお使いください、家賃はタダにしておきますから、という気分である。

冬になると越冬のためシベリヤや中国東北部辺りから渡ってくる冬鳥である。
スズメと同じかそれより小さいくらいの大きさで、メスは全体に薄茶色の羽毛をまとっていて地味だが、オスは頭に白い帽子をかぶり羽と尾が黒、胴体がオレンジ色の衣装をまとった、なかなかおしゃれな鳥なのだ。
オスメスともに羽の一部に白のアクセントが入っている。
人が近づいてもなかなか逃げないので、よく観察できるのである。

今年もいつの間にか冬鳥が渡ってくる時期になってしまった。
数日前、バラのトゲとの格闘を終えて家に戻ったらユズ湯が用意されていて、それで初めて、あぁそうか、今日は冬至だったのかと気づいたほどである。
今年は忘れがたい年になった。
一陽来復。日はまた力を取り戻してくるのだ。

水洟(みずはな)や鼻の先だけ暮れ残る 芥川龍之介



横須賀の立石海岸からの富士山(12月17日)

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