平方録

身辺をつれずれに

米沢ABCの真打ち登場!

2016-01-31 03:53:39 | 日記
前夜に降り積もった雪を重ねても積雪が30センチ前後しかなく、例年の3分の1か4分の1だという米沢の2日目は米沢城本丸跡に建てられた上杉神社からスタートした。
城跡も神社境内も、雪景色の中ではひときわ厳かに感じられるから、寒さは感じるものの印象としては悪くない。
謙信公にしても鷹山公にしても、その銅像に雪をまとっているのだから、見た目はよほど良いはずである。

神社からさほど離れていない所にある上杉家歴代藩主の墓所を訪ねる。
ここも雪をまとった杉木立の中に謙信公を筆頭に歴代12代の藩主と鷹山公の19歳で亡くなった世子を加えた13の廟が整然と並んでいて、上杉ファン、歴史好きにとっては必見の場所の一つである。

今回の旅の目的は去年の同じ時期にルーツを調べにやってきて、合間に食べた米沢牛のスキヤキの美味しさに、来年はぜひ妻を連れてきてあげようと神輿を挙げたわけで、グルメツアーなのである。

米沢郊外の小野川温泉には温泉の熱を利用して栽培している「豆モヤシ」という、長さ15センチもある針金のように細くて、なおかつシャキシャキと絶妙な食感を持つモヤシがあって、これの入ったラーメンを食べに行く。
例年だと7、8人は入れるかまくらが並び、その中でラーメンをすするのもオツなんだそうだが、建っていたのは雪不足で1つだけ。それも強度不足なのか使用不能状態だった。
かまくらの中と違って店内では地酒がにっこりと微笑みかけ、隣の豆腐店が作る薄緑色の冷奴もあり、この微笑みと手招きに素直に応じたのだから昼飯から実に良い気分である。

林泉寺にある直江兼続の墓所も訪ねたが、奥方のお船さんと同じサイズの墓石を仲良く並べた珍しい墓だった。
兜に「愛」を文字を掲げた型破りの武将の面目躍如といったところか。

夜は今回の旅の目的、米沢牛のスキヤキを城跡に建つ上杉伯爵邸の座敷で食べる。
昨夜は米沢名物ABCのうちのC、つまり鯉料理を堪能したが、今夜は待望のB。つまりビーフ、米沢牛の登場である。
プロレスでいえば、本日の、いや、今回のメーンエベント!

1年ぶりの米沢牛の美味しさは改めて書くまでもないだろう。何よりも、食べ物に関しては味を描ききれる表現力も持ち合わせていないんである。
建物の豪華さと落ち着き、部屋から眺める雪景色などなど、この夜のすべてが味を引き立ててくれた。おかげで、肉の追加までする豪勢さだったということだけ書き添えておこう。

ところで積雪の少なさ、地元の人に暮らしやすさから見れば結構じゃあないですか?と尋ねたら、確かにそういう部分もあるが、建設会社や除雪作業に従事して生計を立てている人が案外大勢いて、その人たちが悲鳴をあげているんだそうな。
なるほど、一つの歯車が狂うとそれに影響される人が必ず出てくるということですかね。
ここでは、雪は大いに積もるべし、の存在らしい。





上杉神社と上杉伯爵邸



上杉家歴代藩主の墓所


小野川温泉の豆モヤシラーメン。さっぱりしたしょうゆ味で細くて縮れた麺とモヤシの食感が絶妙。



甘さを感じさせる冷奴と地酒。


直江兼続夫妻の墓所。





米沢牛のスキヤキと伯爵邸の玄関。





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鶴の恩返しの里

2016-01-30 04:12:35 | 日記
むがしあったけずまなあ

機織川のほとり ここ新山さ 金蔵ていう正直ものぁいだっけど
いつだったか 宮内のまちがら商いの帰りみち
別所前あたりで 腕白やろこめら 大きな鶴一羽いじめったけど
金蔵 もございがって 財布はだいて その鶴助けだんだど

この「鶴の恩返し」の民話が生まれた山形県南陽市を訪ねた。
「夕鶴の里 資料館・語り部の館」という瀟洒な建物があり、ボランティアの語り部が昔ながらに物語を語ってくれるそうで、地元に伝わる民話を大切にし、広く伝えようという意思を感じさせる。
せっかくだったが語り部は頼まず、人形を使った映像で見て聞いたのだが、改めて見返してみると現代人が忘れてしまったような、心にしみじみ染み透る話に引き込まれてしまった。
帰りがけに、ここで編纂した民話集を買ってしまったほどである。

この物語に登場する金蔵は「機織りをしているところを覗かないでくださいね」という約束を破ってしまったばかりに、鶴に去られてしまうのだが、助けてもらったお礼に鶴が織った布は人手を経て再び金蔵のところに戻り、金蔵は出家する。
その珍しい布を納め、金蔵が出家した先が「鶴布山 珍蔵寺」。名前そのものが民話に由来したものになっている曹洞宗の禅寺で、室町時代の創建であるという。
雪深いことで知られる地方だが、例年の3分の1か4分の1しか積雪はないとはいえ、境内はひざ下までズボリとはまってしまうほどの雪の量である。
本堂に掲げられた「鶴布山」の額がやたら印象的であった。

ここから上杉鷹山で知られる米沢はすぐ隣である。
鷹山公と雪深さを除けばABCが有名だという。
Aはアップル、Bはビーフ、Cがカープ。そのCを食べに行ってみた。

付き出しから凝っていて、コイせんべいにコイボーン、ボーンは言わずもがなの骨、これは山形が産んだイタリアンの名シェフ奥山某の監修だという。そして卵を散らした吹き寄せ。
メーンに移って鯉こく、あらい、塩焼き、鯉節、薄造り、うま煮、鱗せんべいーというフルコース。

鯉を正面切って口にするのは初めてだが、偏見は消えましたな。
白味噌のみを使った鯉こくは上品でコクのある西洋料理のスープを思わせ、薄造りはふぐ刺しを連想させるほどに見た目も美しく、味も鯉の刺身とはこういう味なのかと知れるほどに脂もそこそこに乗って、「へ~」「ほ~」の連続でありました。

このほかにも、個人的には去年から続くルーツに関する事柄で、これについてはいつか改めて書くことになると思うが、事実は小説よりも奇なりーを地で行く劇的な展開を見せつつあるのだ。
不思議な空間に足を踏み入れた思いである。





「鶴布山」の金色の文字の額が印象的な珍蔵寺


鯉こく


あらい


珍しい塩焼き


薄造り


うま煮
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奥州平泉の中尊寺へ

2016-01-29 04:08:29 | 随筆
東京駅9:08発の東北新幹線に乗り、昼少し前には平泉駅に降り立った。
駅前にはわずかだが雪が残り、空気はさすがにキリッとしているが、ナニ、ずーっと南の鎌倉でも氷点下4・6度を体験してきているんですぜ、ちょろいもんですな。

電車の到着を待っていたように、中尊寺を中心にした世界遺産を巡回するバスが発車するから、芭蕉の「つわものどもが夢のあと」の句碑が残る毛越寺の山門をくぐったのはほぼ正午である。
当時の伽藍は焼けてしまって何も残っていないのは芭蕉の時代となんら変わらない。
しかも往時の栄華をしのぶ縁もあらばこそ、の白一色の世界である。

そそくさと巡回バスに乗り、中尊寺へ。
バスを降りて坂を登って行くと、今回の目的である中尊寺の金色堂に行き着く。
ここまで来ると芭蕉が「五月雨の降り残してや光堂 」と詠んだ意味が突如、焦点を結んで来るから不思議である。
いろいろ読み方はあるんだろうが、第一義的には、なんと言っても金色に輝く嘘のような光堂のまばゆさが、鎌倉時代からずーっと堂宇に覆われていることの写生なのである。

そ~だったんだ ! 芭蕉ちゃん。ってな気分である。
変な例えだけれど、楽屋裏をのぞいてしまったような。
もちろん、写生以外の芭蕉の思いも伝わって来るけれど…

でもインパクト十分だなぁ、光堂 !
すごいや。
東北ってところも、すごいや。



栄華は雪の下 ! いずれも毛越寺







以上、中尊寺


仙台で見つけた居酒屋のまるでケーキのような鳥のつくね。植物繊維が練りこまれていて食感も良く美味しかった。



セリを根っこも一緒にしゃぶしゃぶして食べる仙台名物「セリしゃぶ」。シャキシャキした食感がとても良い。根っこって美味しいんだ ! 珍しいのか、隣の客がじっと目線を投げてよこしていた。合わせた日本酒は気仙沼の「水鳥記」、古川の「宮寒梅」、塩釜の「阿部勘」、村田の「乾坤一」、一迫の「綿屋」、加美の「山和」。阿部勘がすっきりした辛口で好きな部類ですな。満足満足。







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サルビアが力尽きてしまった

2016-01-28 04:21:31 | 随筆
沖縄本島で観測史上初めての雪が観測されたり、奄美大島にも115年ぶりに降ったり…
あの坂の町の長崎にも17センチもの雪が積もり、ちょっと油断をすれば長崎港まで直滑降になりかねず、さぞや彼の地の人々は身動きが取れないんだろうと、いたく同情するんである。

鎌倉だって他人ごとではないのだ。
25日の朝は、なんと-4・6度!を記録したんである。
これにはびっくりポンだったが、その後も-1・9度、-1・5度と、3日連続の氷点下だったのだ。
沖合を黒潮が流れる比較的温暖な相模湾沿いにだって、毎年のように雪が降るし、氷点下の気温を記録することも珍しいことではない。
しかし、-4・6度というのは、そうざらに味わえる寒さではない。
しかもこれが暖冬予想の冬に記録されるのだから、何をかいわんや、である。

さいわい人間サマには異変が起きなかったが、植物には大打撃が待っていた。
越冬記録を更新中だった真夏の植物のサルビアとキンレンカがついに力尽きてしまったんである。
昨年の夏以来、健気にも花を絶やすことなく、サルビアは緋色、キンレンカはオレンジ色の花を咲かせ続けてきたのに、ついに強制的に幕が下ろされてしまった。
-4・6度を記録した日、2階の日当たりの良いベランダに置いておいたそれぞれのプランターの中で、葉を黒ずませ、チリチリになった無残な姿で打ちひしがれていたのである。

キンレンカは屋内に取り込んで越冬させたことがあり、その時は春も夏も通り過ぎて秋まで花を咲かせたことがあるのだが、今回は外気にさらしたままにしておいてその変化を見たんである。
元々が1年草である。1年と言ったって、まるまる1年と言うわけではなく、得意の季節が終われば次第に弱り、枯れていくものなのである。
それにもかかわらず良く頑張ってきたのだが、さすがに氷点下は無理だった。

葉っぱだけなら比較的簡単に越冬するゼラニュームは宿根草だから、この寒さも持ちこたえているが、株いっぱいの花はさすがに萎れてしまって見るも無残だったが、やられたのは花びらだけ。つぼみは無事だったから寒さが緩めば再び三度、花開かせるはずである。
パンジーは平気な顔をして花を咲かせているし、愛しのバラも葉芽を膨らませてきているのがはっきり見てとれる。
寒さに耐え、一歩一歩着実に歩みを続けているんである。

凍える日々が続いているものの、日脚は着実に伸びてきているし、第一、寒い寒いと言ったって、陽の光は目に見えて明るさを増してきているのだ。
晴れ渡った日の日中の光はまぶしさを増していて、景色がやたらに輝いて見えるのだ。
そう、「光の春」なのである。
来週はもう節分。立春だぜ!



地植えしているクリスマスローズがうつむいてひっそり咲いている。
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「鍋」にしみじみ思うこと

2016-01-27 04:50:58 | 随筆
ここのところの寒波襲来で、夕飯を2日続けて「鍋」にしてもらった。
冷え切った体を内側からも温めようという寸法である。
一昨日が「カキ鍋」、続いて昨日は「鳥つくねとネギの鍋」。

わが家の鍋は味が濃くないのが特徴と言えば特徴である。
例えばカキ鍋。ポピュラーなのは鍋のふちに味噌を土手のように盛り上げて、少しずつ溶かしながら食べる土手鍋だが、わが家ではやらない。
わが家では昆布でだしを取ったところにマイタケやシイタケ、シメシなど、たっぷりのキノコをいれ、ネギや豆腐と共にカキを加える。
いわばキノコ鍋にカキを加えたようなものなのだ。
おまけに、醤油も化学調味料なども一切使わないから、素材だけで味を出しているのである。

そんなものがうまいのかと問われれば「食ってみろ」としか言いようがない。
そもそも耳には絶対音感というものがあるが、舌が判別できるのは甘いとか苦いとか大雑把な相対的なもので、その甘さが糖度いくつの甘さかなんぞは判別出来っこない。
ゆえに味覚は個人の生まれや育ち、日常口にする食べ物に左右される曖昧なものなのである。とどのつまりは食べる人にとってどうなのかということで、とりあえずは十分なのである。

味噌を使わないこの鍋のミソは昆布とキノコからにじみ出るエキスに海のミルクといわれるカキのエキスが混じり合ったところにある。
これをポン酢につけたりして食べる方法もあるのかもしれないが、私は鍋からすくった汁につけて食べるだけである。時として、そこに煎り酒1、2滴か、あればレモンとかユズを数滴絞って入れるが、つまり、素材からにじみ出るままを口に運んでいるのである。
できるだけ人工の味を遠ざけて食べるのだ。

そして最後に残った汁が濃厚で、これにご飯を加えておじやにすると絶品である。
結局このおじやを目当てにしていると言ってもいいかもしれない。わざと焦がしたりして、そのお焦げもたまらないのだ。

昨日の鳥のつみれとネギの鍋は鳥のひき肉にシイタケとレンコンのみじん切りを混ぜ、日本酒と塩、コショウを加えて団子にし、このつくねをゆでた汁を裏ごしした中にまた日本酒、みりん、薄口醤油、ごま油を適量入れ、つくねと焼きネギ、ひも状に削ったダイコン、ミズナを加えただけのシンプルなものである。
3センチほどにぶつ切りした焼きネギを大量に入れるところもポイントかもしれない。昨夜はミズナの代わりにハクサイを使った。
卓上に置いたコンロに掛けて熱々を食べる。これもさっぱりとした健康的な鍋である。

最後に細めの生ラーメンを入れると、麺に出汁が絡まって、これまた絶品なのだが、昨夜は生ラーメンがなく、インスタントラーメンの麺で代用してみたが、あれはいけない。
インスタントラーメンにはかんすいや化学調味料などが加わっているためか、何か雑身を感じてしまい、それぞれの食材が持つ「素」の味だけで作り上げた素朴で柔らかく絶妙な味加減がぶち壊しにされてしまった。
加工食品の普段は気づかない側面が、「自然のまま」という素材の集まりの中で、図らずもあぶりだされたといえようか。
思えば恐ろしい話である。



近所の自然公園にマユミが実をたくさんつけたまま陽を浴びている。今朝の鎌倉の気温は-1・5度。3日続きの冬日である。
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