平方録

身辺をつれずれに

春休みの大冒険

2015-03-31 05:12:09 | 日記
2泊3日の予定で、姫の入学式準備やら何やら手助けのため妻と宇都宮へ。
9:46の湘南新宿ラインに乗るつもりだったが、鶴見駅で人身事故があったとかで、ダイヤはメチャクチャ。京浜東北根岸線は全線でストップ。開通したばかりの上野東京ラインも機能せず、東海道線も横須賀線も直通運転は取りやめて、すべて東京駅で折返し運転している。
そんな中で9:43発の宇都宮行始発電車が出発するというアナウンス。ラッキーとばかりに乗り込んだ。50分近く遅れての発車という。乗ろうと予定していた電車とほぼ同時刻の発車である。こんな御誂え向きはない。如何に日頃の行いがよろしいか、しみじみ感じ入ったものである。
ところが…

物事はそう単純ではない。
新川崎までは順調だったが、その後がいけない。駅と駅の間に止まっては尺取り虫の如くちょっとだけ進む。そのくり返し。挙げ句の果てに、湘南新宿ライン経由の宇都宮行のはずが品川行に変更されてしまった。
大船ー品川間は東海道線なら35分である。それが何と3倍の90分もかかってしまった。
通常は通り過ぎるだけの東京駅での折り返しになったため、折り返しに時間がかかる。にもかかわらず、次々に電車が東京駅を目指すものだから、捌けぬ道理である。
結果、東京駅を前にして糞詰まり状態に陥ったのである。
西大井を出れば、湘南新宿ラインの線路にスルーできるのだが、それすら叶わない。
二進も三進もいかなくなった挙句に行き先を変更するなどはもってのほかである。利用者を馬鹿にするのにも程がある。
実にけしからん。
そもそも、長い距離を直通運転すれば、こういうリスクは当然増えるに決まっている。直通運転開始によって東海道線利用者の利便性が向上したという話は聞かない。
疲れて帰る勤め人の帰宅時の座席確保の確率は大幅に落ち込んだそうである。不満が渦巻いているのが現状なのである。

仕方なく品川で山手線に乗り換え、予定外の新幹線経由で宇都宮へ。発車間際のやまびこに飛び乗った。やれやれである。

春休みのためか、車内は混み合っている。空いている席を探して車両を越えて歩いていて、ふとズーッと後をついてくる子どもの2人連れに気がついた。
この時はさして気に留めたわけではないが、席に座って一息ついた後、トイレに立ったところ、デッキでリュックサックを背負ったまま突っ立っている小学生の兄妹に目が止まった。
親と一緒ではなかったらしい。
ちょっと気になったものだから、どこまで行くの?と声をかけたら「北上です」と兄が答える。
遠いじゃないの? 座らないの?と聞くと「いいです」という。それにしたって2時間半超だぜ。
「ついておいでよ。空いてる席があるよ」と言って手招きしたら、妹が兄を促して付いてきた。
おじいちゃんおばあちゃんのところに行くの?と聞いたら、妹がコクンと首を縦に振る。兄が6年生になるところ、妹が4年生だろうか。
3人掛けの2つ並んで空いていた席に座らせたら、ホッとした様子であった。しばらくするとゲーム機を取り出して遊び出し、車内販売のお姉さんからオレンジジュースを買って喉を潤していた。
発車間際の新幹線に飛び乗るなんて、通常では考えられない。この2人も東京へ来る途中であのダイヤの大乱れに遭遇し、余裕を持って家を出てきたのに、とんだ目にあったに違いない。
喉だってカラカラに乾いていたはずである。
それにしても、よく目指す列車に乗れたものである。あるいは目指す列車はとっくに出てしまい、指定席もフイになり、駅員に聞いてこの列車に乗り込んだものか。自由席というものに対する理解まで気が回らなかったんである。立っていても乗りさえすれば着く。そう考えたのだろう。心細かったはずである。

宇都宮では、じゃあ気をつけてね、と言って別れたが、しっかりしたお兄ちゃん振りだったし、妹も負けずにしっかりしていたようだから無事についたことだろう。
いいなぁ、春休みの大冒険。北上の春はまだ浅いんだろうなぁ。


姫の家の東側のサクラは満開であった
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花曇りの二合会

2015-03-30 04:30:14 | 日記
29日はわが句会「二合会」の定例会を横浜の三渓園で開いた。

前日までの青天とはうって変わり、曇天の下での花見になったが、花曇りの言葉もあるくらいだから雨になるよりはまし。上出来である。
三渓園のサクラ、それも満開時期に訪れたのは記憶にない。
正門をくぐってすぐ左手の池に三重塔の影が架かり、サクラの梢がこぼれおちるように揺れる様はなかなかの景色である。
園内は雨の予報にもかかわらず、適度に込み合っていて、やはり桜と言うのは梅見と違って華やいだ雰囲気がある。

与謝野晶子の歌に「清水へ祇園をよぎる桜月夜 今宵会う人みな美しき」がある。
妖艶で胸のときめくのを感じる歌で大好きだが、こういう感情を抱いて花の下をそぞろ歩きをしてみたいものだ。
もちろん胸のときめく人との待ち合わせ場所に出掛けるのである。
そして2人の世界に浸りきる…
そんな心躍るような春の宵もあったなぁ。忘却の彼方だけれど。
夜桜もよさそうだなぁ。

句友の提出した句の中に「とつくに(外国)」という表現を使って外国語が乱れ飛ぶ花見の情景を詠んだものがあった。
上野公園の花見の輪には日本語が埋没しそうなくらいに、様々な国の言葉が飛び交っているそうな。
花の下で車座になって酒を飲んで騒ぐ日本流が、外国の人たちには羨ましくも憧れにもなっているようで、外国人に花見をさせるツアーなんぞも登場して人気なんだとか。
人気スポットの花見は場所取りが命だからね。それを代行してくれるらしい。
外国人も一緒になって大いに花を愛でる。良い光景じゃあないか。
そういうのを“積極的平和主義”っていうんだよな、本当は。誰か教えてあげてくれよ。

会処は歩いて10分ほどのところにある魚屋の2階。
昔市電が走っていた道沿いの満開の桜が窓辺にかかって、これまた風流である。
もう少し盛りだくさんの魚料理を期待したのだが、車エビの踊りや毛ガニはそれなりに値が張るのだろうが、句会にカニは不都合である。
黙って黙々とカニをほじっていては句会にならないのである。

酒は持ち込みなので、しかも都合のよいことに目の前に酒の安売り屋がある。めいめい好みの酒を持ち込んだが、一升瓶を提供してくれた御仁がいてそれのご相伴にあずかり、すっかり良い気持ちになってしまった。
肝心のわが句には支持が集まらず、それは仕方ないことではあるが、花と酒は堪能した。


花見来て鼻腔くすぐるいぶし煙

姫と二人南下の列車に春霞む

寒と初夏江戸っ子仰天春立ちぬ

草餅という名の息吹食いにけり

草餅や日増しに太く若の声



三渓園は花曇り




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山はまだアルカイックスマイル

2015-03-29 04:00:09 | 日記
わが家からほど近い広町緑地の様子をのぞきに行ってきた。
ここには種類はよくわからないが、ヤマザクラかオオシマザクラの巨木が何本かあって、このサクラの具合を見に行ったのである。
そのうちの1本は“ご神木”のように幹の周囲5~6メートルを立ち入り禁止にして柵で囲い、根を踏みつけられないように大切に守られている。

胴回りはどのくらいなのか。大人6~7人ぐらいが手を広げてつながなければならないくらいに太い。
花の咲いている梢の先は10メートル以上の上空はるか彼方に広がっている。
肝心の開花具合は5分咲きと言ったところである。
淡い薄茶色の葉も開き始めて花と一緒に競っている。

この“ご神木”の北側にも、向かい合うように巨木が枝を広げている。
こちらは“ご神木”に似ているが、まだ葉の展開が少ないから違う品種のような気がする。
咲き具合は6~7分咲きと言ったところで、“ご神木”より、やや早いようである。
2本とも見ごろはこれからだが、下から見上げると空一面を花が覆っているのがわかる。
見える空は花で覆い尽くされてしまっている。
「春の女神たち」が宿っているに違いない、そんな雰囲気が漂う。

この緑地は住宅街に四方を囲まれているが、生活騒音は届いてこないから、花の下にしばらくいても辺りはシーンと静まり返ったままである。
深山幽谷に分け入ったかのようでもある。
男女のカップルがひと組、花の下で弁当を広げているほか、リュックを背負った女性が1人やってきただけで、ひっそりとしている。
巷の花どころの喧騒とはまったく無縁なのである。
代わりにこの森を住みかにしている小鳥たち、ウグイスをはじめ、シジュウカラや名前の知らない鳥たちの透き通った鳴き声が響き渡っている。

広町緑地の広さは約48ヘクタールもある。
複雑に谷戸が切れ込み、急傾斜の谷戸を形作っていて、見た目以上に険しいところである。
谷戸の奥からは水が湧きだし、流れ出た水は平らなところで湿地を形成していて水生生物にも恵まれたところである。
夏はホタルの名所だろう。
今や鎌倉市内でも貴重な緑地なのである。

この緑地は10数年前、あわやのところで開発計画から逃れることが出来たのである。
今、知事選が始まったばかりだが、現在の知事の前の前の知事の時だった。
48ヘクタール中一部は鎌倉市が所有していたが、多くは開発業者に買い占められていたのである。
鎌倉市は何らの手立ても打てず、手をこまねいていた。

かつて、東京オリンピックが開かれたころに、鶴岡八幡宮の裏手に当たる御谷地区が宅地開発されそうになったことがある。
ここが宅地開発されるとどういうことになるか。
それは段かずら方面から社殿を見上げると、その堂々とした立派な社殿の奥に現在の屏風のような緑の代わりに、ちまちました住宅が立ち並ぶことになるはずであった。

これに仰天し、かつ憤慨したのが作家の大仏次郎らを中心とする鎌倉市民で、反対運動が巻き起こり、買取のための募金活動が始まったりして大騒動に発展したのである。この結果、開発計画は撤回され、現在も前と変わらぬ姿を保っているのである。
日本におけるナショナルトラスト運動の草分けであり、開発から歴史的な環境風土を守るために「古都保存法」が出来るきっかけとなった先駆事例なのである。

そんな先駆事例も踏まえて、保全を求める市民たちの熱意に件の知事がひと肌脱いだのである。
県の緑地保全基金やそれに類する積立金の充当が検討され、同時に土地を所有する民間事業者の理解を得るべく説得作業をして回ったのである。
基金の充当こそ議会に掛けられたが、地権者に対する交渉はすべて水面下で行われた。
こうした努力が実り、行政による全面積の買い取りが実現し、県は気前よく鎌倉市に権利を譲り、後の管理を委ねたのである。
日本で初めての先駆事例に続いて、珍しく、スマートに保全の形が出来上がった好例ではないかと今でも思っている。

ヤマザクラは健在だったが、照葉樹と落葉樹が共存する混交林の芽ぶきは、ようやく始まりかけたところである。
「山笑う」という俳句の季語がある。
芽ぶきの始まった春の山の躍り上がるような明るい感じを指す季語だが、3月末の広町緑地の表情はまだ大笑いには程遠い、「アルカイックスマイル」と言ったところである。






“ご神木”扱いされている大きな古木



“ご神木”に向かい合って枝を広げるもう1本の古木の圧倒的な太い幹と梢の先の空を覆う花


外周からヤマザクラの点在する緑地を見る


こうした小さな流れが緑地のすそにはたくさんある


樹林下の日だまり辺りでは早くもウラシマソウが咲いている



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良いかも! ハリルジャパン

2015-03-28 03:08:40 | 日記
20度まで達したのかはともかく、昨日の日中はとても暖かい1日になった。
空は青く晴れ上がり、富士山や箱根連山は春霞に包まれていた。
ただ、午後になると南の風が強まってきて、相模湾には白波がちらほら立つほどであった。
真横から風を受けているうちは良いのだが、ちょっと自転車の鼻先が南を向くようなところでは風をまともに正面から受けるような感じになって、こぐのに往生するくらいでもあった。

家を出るときに思い切って短パンにはき替えてみた。
今年初めての短パンである。
今までは暖パンにくるまれていた足を直接空気にさらすだけで、万倍の解放感というわけである。
この感触を待ち望んでいた。実に気持ちが良い。
身体全体に春風が行き渡るような、沁み入るような気分である。

上は長袖のTシャツ1枚にウインドブレーカーをはおっただけの軽装である。
まったくの春バージョンである。
夏になればウインドブレーカーは捨て去り、Tシャツを長袖から半袖に替えるだけである。
冬はどこへ行ったのかという感じすらするから現金なものである。
サクラの花も随分と目に付くようになってきた。

春になると家にじっとしているわけにはいかない。
どうしたって太陽のもとへ飛び出したい誘惑にかられる。
街を歩こうとは決して思わない。
あくまで自然に触れていたいのである。それが可能な季節なのである。

サクラを愛でるにしたって、わが家の周囲にはちょっと尾根筋の小道さえたどれば所々に思いがけないヤマザクラの大木にお目にかかれる。
周囲からは見えにくくても、近くに寄ってみれば山全体を覆うかのように、他の木々に交じって咲き誇っている姿は感動的である。
そんな秘密めいた場所や古木たちがいくつも存在する。これまでは、ひとシーズンのうちにそれらの銘木を何本も愛でることは不可能であった。
今年は時間的な余裕をもって迎える初めての春である。
ぜひ、これらの古木、銘木を訪ね歩いてみたい。
山の中でひっそりと咲いている、知らなかった銘木に、これまで以上に出会えるかもしれない。
来週以降がそのピークのはずである。
何とも心騒ぐ時期になってきた。

春風に誘われて自転車をこいで戻る途中、家の近くのノビルがいつも顔を出す土手でノビルを採取して帰った。
ノビルの球根部分を洗って味噌をつけて食べると酒の肴になる。
野趣に富んだ、この時期だけの野性味たっぷりのほろ苦いような、舌にぴりっとした刺激を感じるような味である。
野生のものだから食べ過ぎると腸などが過剰に反応することがあるが、ほどほどならオツである。

ハリルホジッチ監督率いる新生ジャパンのサッカーをTV観戦しながらノビルをかじり、日本酒を流し込む。
若手中心の前半にも得点チャンスがあって、決めていれば随分とアピールになっただろうに、無得点だったのは何とも惜しい。
何かを“持っている”奴が飛び出てくることを期待したが、そういう新星の登場にはまだ時間がかかるということか。

後半残り30分辺りから出てきた真打の香川、本田、岡崎あたりはさすがである。
特にW杯で不調だった香川に切れが戻ってきたのが心強い。
ハリルホジッチというオシム元監督と同じボスニアヘルツェゴビナ出身の監督は規律と管理を重視するという。
日本人にはそういう監督が向いているのではないか。
ちょっと期待が膨らむ。監督にも代表選手たちにも。



腰のあたりに春霞を纏う山々



野趣に富んだノビルに味噌をつけて酒の友にする



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「二部授業」と言うのがあったなぁ

2015-03-27 05:27:16 | 日記
2月17日に誕生して病院を退院して以来、わが家で過ごしていた若殿が昨日、自宅に帰って行った。
小さく生まれた赤ん坊ゆえ、最初は泣き声もか細かったが、その声も次第に太くなってきて、顔にも表情というものが生じ始めてきた。

首が据わらないのが面倒で、一度も抱いたことがなかったが、今日を限りに帰ってしまうと言うので、抱き上げてみた。
ちょっとむずかっていたものが、抱き上げて腕の中で揺すってあげると機嫌を取り戻すところなどは、赤ん坊も心得たものである。
将来のスポンサーに愛想を振りまいておこうという魂胆と見た。
なかなか、したたかなところもあるようである。
そのくらいでなければ、昨今の住みにくさが増す日本では生きていくのも大変であろう。

途中5日間は姫も泊まりに来ていたし、その喧騒が過ぎ去って夫婦2人の生活に戻ってみると、若干の寂しさというものが漂うのは仕方ないことか。
四六時中と言ってよいくらいに泣き声を聞いていたのだから、それもムべなるかなである。

入れ替わりに、山形の友人のところの初孫は今日、病院を退院して友人夫妻の家にやってきてしばらく過ごしていくそうな。
初孫は女の子で、愛おしさと慌ただしさで、ようやくやってきた春がずんずん深まって行くように、立ち止まる間もなく、時が過ぎ去って行くことだろう。


 春宵一刻直千金
 花有清香月有陰
 歌管楼台声細細
 鞦韆院落夜沈沈


蘇東披の「春夜」である。

春の夜は、ひとときが千金に価するほど。
花には清らかな香りがただよい、つきはおぼろにかすんでいる。
高楼の歌声や管絃の音はにぎわいも終わって、今はかぼそく聞こえるだけ。
人けのない中庭にひっそりとぶらんこがぶら下がり、夜は静かにふけてゆいく。

この漢詩がぴったり当てはまるような春である。

この間、姫の母親に2人目が出来たらしく、つわりがひどく、卒園した姫の面倒をろくに見られないというので、泊まりに来ていたのである。
長女が帰って行ったので、妻は転戦である。手伝いに行ってあげなくてはと張り切っているのである。
姫の小学校の入学式準備も怠れない。
こういう忙しさは大歓迎である。春の芽ぶきと競争である。心弾む忙しさと言ってよいだろう。
特に妻の張り切りぶりが際立つのである。

姫の入学式は4月10日である。楽しみにしていた父親は生憎、海外出張と重なって出席できないため、ぜひ出てほしいという意向のようである。
それならば、と妻と2人で参列することにした。
娘2人の入学式には1度も立ち会ったことはないから、自分の入学式以来である。
1955年以来、60年ぶりの小学校の入学式である。

自分自身は小学校の入学式のことは覚えていない。
正確に言うと、どんな風な式だったのか、式そのものをまったく覚えていない。
しかし、式が終わって、自分たちの教室になる部屋に入って机の前に座って先生が来るのを緊張して待っていると、痩せぎすのキリっとした顔の女の先生が、確か高井先生と言った、その高井先生がさっそうと教室に入ってきて、いきなり戸棚の戸をかがんだ姿勢でガタピシ閉め直したりしてから、こちらに向き直ったことだけ覚えている。これは鮮明な記憶である。
そして、高井先生はグレーのツーピースを着ていて、唇が薄くすっと伸びた美人だったと思う。

もう一つの記憶は、毎日毎日、朝の決まった時間に登校するのではなくて、ある日は朝から、ある日は昼ごろから学校に通ったのである。
ベビーブームの真っただ中。教室が足りず、校庭に掘立小屋のような、今でいえばプレハブ校舎だが、粗末な仮の建物が出来ていて、それでも教室が足らないので「ニ部授業」とかいう午前と午後に分かれた窮屈な小学校生活のスタートを切ったのである。
翌年に、この小学校から分離独立して建設が進められていた新校舎が自宅近くに完成して、ようやく2年生から正常な時間に授業を受け始めたのである。

忘却の彼方から、そんなことどもが蘇ってきた。




いつもの場所で、気がついてみれば、既に土筆がこんなに群生していた



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