ブログ 熊野の癒しの光の氣を!!弘祥の835号の空室・芝下(しばした)鍼灸整骨院自由診療部

熊野でセラピスト&ダウザーとして日々、皆様の「氣」と交流できる幸せを感じています「熊野 癒しの氣」を届けたいと思います。

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改 今日、うれしい便りがありました。

2006-05-31 23:43:48 | セラピー療術院 忍田 光先生

 先日、27日(土曜日)・28日(日曜日)岐阜で弘祥とご縁をいただいてから、およそ10年になる世界的に、有名なヒーラーで茨城県にお住まいのセラピー療術院の忍田 光院長先生と1年ぶりに、お会いしてきました。

 

            忍田 光先生と弘祥 

 

岐阜の長良川で開かれた第18回を数える忍田 光先生のお話し&ヒーリングに、おみえになられました。

 

              講演中の忍田 光先生

 

 弘祥、先生とご縁をいただいてから、本当にたくさんの奇跡を見聞きして参りました。そして、今回岐阜では、27日(土曜日)また、ひとつ奇跡が起きました。

下記は、本日31日届いたメールを、載せさせていただきました。ここで、お断りですが、△△の○○○○さんと、名前は、弘祥の独断で伏せさせていただきました。○○さんを、時期もそれぞれ違いますが、執刀された数名のDrをはじめ、御高診、御加療されたDr、リハビリに尽力された理学療法士の先生など、関係者がおられるからです。 

弘祥は、鍼灸整骨院をやらしていただいていますので、ヒーリング前(弘祥が、岐阜に到着したときは、すでにヒーリング後でした。)の状態を聞けばわかります。ヒーリング後の結果は、現代医学では、説明が出来ないと思います。○○さんの文中のリハビリの先生の言動から、わかると思います。しかし、自分もヒーラーです。ヒーラーの世界では、起きてもおかしくありません。自分も、過去に入院日や手術日まで、決まっていた患者をヒーリング(遠隔ヒーリングも含めて)させていただき、1回で良くなったという経験があります。

では、皆様、○○さんの文を読んでみて下さい。

 

芝下さん、

こんにちは!

岐阜での、「忍田先生のヒーリングの会」でお会いしました、△△の○○○○です。
5/27の、一度の忍田先生のヒーリングで、気(光)を通していただいて
お陰さまで、杖もなくきれいに歩けるようになりました。

この度は、不思議なご縁で岐阜へ出向く事になり、会場でも多くの方々のお蔭さまで
数々のお世話をいただいたり、心温まるエピソードを教えてくださったり
お世話を下さった皆様には、本当に心から感謝しています。

こうして5/27-28に、温かいお人柄の、忍田光先生にお会いできました事も
わざわざ岐阜まで足がおつらいなか、出向いて下さった忍田先生、
観音様のやさしい笑顔の奥様、新潟からお越しのダウザーの早津先生、皆様のお陰です。

この日は、私の一生を通して忘れることのできない、新しいお誕生日ともいえる日となりました♪


足の裏で大地を踏みしめる歓び、顔を上げて、両手を振って歩ける自由な気持ち
何もかもが新しく生まれ変わったようで、言葉では言い表せ様もないほど
嬉しさで心がいっぱいです。

重病でもなく、大げさなことで恥ずかしいような気もしますが、
私にとっては天地がひっくり返るほど。
ダウザーの早津先生にもヒーリング前に、大切な大切なアドバイスを頂きました。
「母親に抱かれる”赤ちゃん”になった気持ちで、忍田先生のヒーリングを受けてね。」

との言葉どおり、赤ちゃんに戻った様な心持でうつぶせになり
忍田先生の数分のあたたかなヒーリングの直後、スッと立ち上がった瞬間の衝撃は
一瞬で宇宙まで行って、青い地球を見て帰還したら別人になっていたような思いでした。

 

小さい頃に手術をしてからの今までの足の痛み、数年前に再手術をしてからも
治るどころか、また手術を重ねる必要のあった両足が、長い年月の間、
今にも崩れそうだった積木が、ほんの一瞬で腰から首まで全部積み直されたように、
まっすぐになってしまっていて、ついこの間3-4日前まで、首をかしげてびっこひいていたのが
どんな状態だったかも、もう真似をするのも難しいです。

三日たった今も、温かさが体を包み、足は自由に動き、腰から上に背骨が真~ッ直ぐに伸びて
しっかりと頭がのっていて、長年ゆがんでいた首、肩もとても平衡して美しいです。


昨日は、最後のリハビリでした。
今まで私の足となり支えてくれていた杖は2本とも病院に寄贈してきました :)
リハビリの先生「え~!なんで、どうして、こんなになって??なにがあったの!」
主治医の先生「う~ん。。。リハビリの成果が急に出てきたんだね。。。ふ~ん。。」


でも、足のことを考えて、今までのように、大切に筋力トレーニングだけは続けようと思っています。
    
「杖は足の負担を軽くするためにもずっと持っていてね」 
「右足の痛みは、おさえられてもなくなりません」
「腰もまっすぐに立たないうちに、左足はいつかまた三回目の手術」
「出産つらいよ~、妊娠中に足が重さに耐えれるかな~。」
こんなお医者様の言葉を聞いた先週までの事が、とおいとおい
昔の事のように思えます。

少しでも病に苦しむ多くの方がその人にとっての、ここ一番の
タイミングで忍田先生を通して癒される、その人にとっての、その時が来る事を
本当に心から心から、祈って祈ってやみません。

この両足を持って生まれたからこそ、大きな 大きな尽きない歓びを味わえる、
この足に感謝してもしきれません。本当に生きていて良かったです。

これからは、この足で感謝の気持ちを少しずつ周囲に
微力ながら、幸せをお返ししていきたいと思っています。


忍田先生にはFAX/TELもした事もなく、本もお借りしたものを
一冊お会いする事が決まってから、失礼ながら、とり急ぎ読ませて
いただいた程で、ほとんど、右も左もわからないまま岐阜の会場に
母と二人、不安で一杯でいました。
今回、一回で治癒して下さったのも、何もかも放棄したときに、
いつも肌身離さずにいた、観世音菩薩様を通して、
やっと時が満ちて、神様が慈しみの心で、もう一度感謝の心を持って
生きるのですよ、とチャンスを 下さったのだと思います。
奇跡ではなく、むしろ人として当たり前の心をすっかり忘れてしまっていて
そのことを思い出させて下さった、しっかりしなさい!!
と背中を押してくださったような気がします。

 私は何が何でも治りたいのよ~!と思っていたよりは
長い間、この足でどうしたら人の役に立てるんだ~って
かなり悩んでいました。 
むしろ、今回の忍田先生訪問は、
母の目の事が心配で心配でそのために伺うのがまずの目的だったので
まさかこんな素晴らしい贈り物を頂いて
母の喜ぶ顔を見ることができるなんて、本当に嬉しいです。
嬉しい反面、先生の横に座らせていただいても
どうしていいかわからず、むしろ、もっと大変な思いでここに来られている方
がたくさんいらっしゃる事に、こんな私の様な小さきものにも温かく接して下さる
ことに、感謝とともに恐縮してばかりでした。


今まで、数多くのスピリチュアルな本も心の慰めに読んだり
しましたが、読んで知るのと体験するのではたいそう違うのですね。
今まで読んで積み上げてきたたくさんの本は、心の中の感謝の気持ち以外
必要でなくなってしまいました。 必要とする方々にお配りするか、
図書館に置いていただくかしたいと思っています。
帰ってきてからは、不思議とおなかがむやみにすかなくなりました。
持ち物も少しずつ私の手元からは手放して、
必要なものが必要とする方の所へ行くようにしていきたいと思っています。


熊野といわれる土地へは一度も行ったことがないので(熊野大社も、熊野古道も)
今、お仕事していない時間のあるうちに、せっかく足が丈夫になったので
たずねてみたいと思います。
その時には、あつかましいのですが、芝下鍼灸整骨院を覗かせていただきますネ!

また、お会いできます日を楽しみにして!

 

○○さま ありがとうございました。ブログに載せさせていただきました。

2006/06/02/02:28:31に、○○さまより、前回の文章の中に、文章として大事なことを伝えていないことが、わかりましたので、 出来れば差し替えていただければとたいへん、ご丁寧なメールをいただきました。弘祥新しい文章読んでみましたが、なるほどということが、わかりましたので、差し替えさせていただきます。どうぞ、皆様、よろしくお願いします。(2006/06/02/03:51改)

 

2006年6月1日  追記

   忍田 光先生の第4回熊野講演とヒーリングの会の開催を先日忍田 光先生御夫妻、田中先生御夫妻(忍田先生娘さん御夫妻)と相談し、決定いたしました。これより、熊野スタッフ相談いたし日程調整に入ります。決まり次第ブログ上に載せます。よろしくお願いします。

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レインボー医学 その1

2006-05-26 00:57:12 | 国際レインボー醫學學會

弘祥が、今日常、臨床の診療に使っている医学に、レインボー医学というのがあります。今日は、レインボー医学の御紹介をさせていただきたいと思います。まず、療法として日本で誕生致しました。

弘祥が、どうしてレインボー医学を学んだかということを、まず、お話しします。学んだきっかけは、EMXセラミックの16種類の色のネックレスを、扱いだしたことからです。扱いだして、いろんな病氣の患者さんから、それこそ、いろんな事を毎日のようにお聞きししました。もともと、東洋医学には、「五行論」というものがあり、色と体(五臓六腑)の関係を述べております。ですから、あたまの中では、理解しておりました。しかし、この色の持っている癒しの力は、はかりしれないものがあることを、自分に氣づかしてくれました。

 ある本から、弘祥は、10年ほど前にこの療法を知りましたが、まだ、その頃は、九州などが、盛んでまたの機会と考えておりました。年数が経ち、ひょんなことから、EMXセラミックの16種類の色のネックレスを、扱いだして色の癒しの療法を思い出しました。そして、健康道場・耀康友和協会(現在の国際レインボー醫學學會の前身)に連絡を入れたのですが、その電話を取っていただいたのが、小野田順亮先生でした。先生から、「どこから、電話しているの?」「じゃ、名古屋においでよ。」「一緒に、名古屋で勉強しようよ。」と誘っていただき名古屋で、はじめて先生と御縁をいただきました。

 レインボー医学は、小野田順亮先生が、創始されました。今から14年前の1992年のことです。

先生が、どうしてこの治療法の誕生を得たのか、左側の本の『色で病気が 治った!』医療ジャーナリストが見た驚きの「色の治癒力」の43ページから抜粋させていただきます。

 「中医学を発端にしてさまざまな療法を研究して突き詰めていった結果、人体にとって最も優しいのは氣や色による療法であるという結論に達しました。

 どこまでも広がる青い空、緑の大草原、鮮やかな紅葉、真っ赤な夕日……こういった色に癒されたことのない人はいないと思います。どうして人は色に癒されるのかということに思いを巡らせていた時に、ふと氣づいたのが還暦に贈られる赤いチャンチャンコです。どうして赤でなければならないのか? という疑問に直面した私は、還暦に赤いチャンチャンコを贈るのは『循環器系に氣をつけて長生きしてください』というメッセージではないかと直観したのです。」

中略

 五行の色体表では、万物を、木、火、土、金、水と五つの性質で捉えますが、そこでいう火は臓腑でいうと心臓、色でいうと赤に対応しています。つまり、還暦の赤いチャンチャンコについて私の直観と正しく一致していたのです。」

 その直観は氣の世界へと小野田氏を導いた。中医学は、氣の医学とも呼ばれているため、色が氣を導くのではないかと小野田氏は考えたのだ。

 「氣の重要性については、いろいろな文献で学ぶと同時に、私自身も体験的に実感していました。そこで、人体に有益な氣を強力に放射するレインボーパワーという健康器具を開発し、同じく色テープと組み合わせることで、効果的に氣のとどこおりを流すことが可能になったのです」

 色と氣による療法     これが現在のレインボー医学の前身となったレインボー療法である。  

 

つづく

 

 ここで、おことわりですが、弘祥が扱いのEMXセラミックの16種類のネックレスとレインボー医学は、一切関係が、ございません。その点は、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 

amazon アマゾン のスタッフの方、ありがとうございました。

実は、この記事を草稿の際に、このブログの左端とこのページにお載せしている本「色の治癒力…小野田順亮著」及び「色で病気が治った!…森川誠一郎著」の、写真(イメージ)がありませんでした。そこで、また、amazon アマゾンのスタッフに連絡をさしあげました。写真(イメージ)を、アップしていただきました。その節は、たいへん、お世話になりました。ありがとうございました。

  

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お陰様で、熊野川カヌーマラソン無事終わりました

2006-05-23 19:37:04 | 熊野川カヌーマラソン

 5月21日 日曜日 快晴の中第18回熊野川カヌーマラソンが、開催されました。弘祥もスタッフの一人として、20日の土曜日より参加して参りました。

 20日は、午前中テントやイスや旗を立てたりと準備を行い、また、参加選手に渡す書類の用意等を行い、受付が始まる時間までに、スタッフみんなで昼食を取りました。

 その時に誰彼となく話題になったのは、土曜日の早朝まで、ここ熊野に激しく降り続いた雨で水かさが増えた熊野川の事でした。その時点で、東牟婁振興局のホームページの中の熊野川の日足(ひたり)地点・〔カヌーマラソン出発地〕の水位が2mを越えておりました。カヌーマラソン開催が微妙な水位です。しかし、熊野の神仏の御利益でしょうか、雨は完全に上がりました。

 昼の1時から受付が、始まり名前を確認させてもらい、カヌーの検艇を行います。カヌーの長さで、エントリーしていただくところが、かわりますので申し込みどおりか1艇づつ慎重にたしかめていきます。その後、浮力体(カヌーの前後に、だいたい1個づつ入れます。これがないと、いったん水中に沈んだカヌーは、引き上げることが、不可能になります。つまり、浮力体のぶん、水が、カヌーの中に入ってこないということです。)の確認、PFD(ライフジャケット)、ヘルメットなどの確認をしておりました。

 3時過ぎ、実行委員長の要請で、自分と副実行委員長の二人が、インフレータブルカヤックで実際の川の様子をみるために、選手と同じコースを下りました。スタッフの誰もが、上の国道から、川を見ていたのですが、いざ下ってみると、出発してまもなく激流となっている場所がたくさんあり、ちょうどラフティングのようでした。激流の連続の後、瀞場で副実行委員長が実行委員長に連絡を取り、川船が2隻あるので一度は、みあわせていたジェットスキーの投入を即断いたしました。ジェットスキーだと、レスキューの際、小回りがきくためです。それから、連絡を取り合いながら、新宮のゴール地点まで、下りました。

 その後、熊野川の受付会場に、スタッフに迎えに来てもらって車で戻ったところ、すでにジェットスキーは着いておりました。が、ここで、問題が生じエンジンがかかりませんでした。バッテリーは、外していたのですが、バッテリーがあがってたみたいです。最初、それに氣付かず、途方にくれていたのですが、バイクショップと船外機のお店を、勝浦でやっている身内を思い出し、スタッフみんなに話しをしたら、ぜひ、連絡を取って欲しいと言われ連絡を取り、的確な判断をしてもらい、エンジンがかかるようになり、みんなで新宮に戻り食事をして家に帰りました。

 21日は、午前3時50分起きで用意をして、4時50分近所のサークルKで、副実行委員長と落ち合い、朝食を買って熊野川町までの道中の車内で食べ、5時40分から、この日はカヤックesukimoの2人艇にて道の駅まで下りました。川の様子を、副実行委員長と一緒に、実行委員長はじめスタッフに伝えた時点で、水位は、2mきっており協議した結果、カヌーマラソン開催に決まりました。最後のレスキューの打ち合わせをして、弘祥は、川船に乗ることになりました。6時30から、また、受付を手伝いそろそろ、受付が終わる頃、副実行委員長から川船とジェットスキーを、代わって欲しいと言われ、弘祥は、ジェットスキーでレスキューを手伝うことに、なったのでした。

その後熊野カヌークラブの友人と新宮まで3人乗りのジェットスキーを牽引して移動し、オイルとガソリンを10リットル携行缶に入れ、新宮河原より友人と2人で上流に向かい走らせました。それから上流から下りながら場所場所でレスキューを行い、約3時間後新宮の河原に戻りました。事故もなく無事大会は、終わりました。

 

今までこの大会は、行政がやっておりましたが、今回より民間の実行委員会にて行いました。参加された選手、それを見守ったご家族の皆様、またスタッフとしてお手伝いいただきました民間ボランティアの皆様ありがとうございました。また、陸上スタッフと水上スタッフの皆様ご苦労様でした。スタッフの1人として厚くお礼申し上げます。ありがとうございました。

引本実行委員長様、本当にご苦労さまでした。ありがとうございました。

皆様、来年また、第19回目でお会いいたしましょう。

あ(^○^)り(^。^)が(^∇^)と(^O^)う(^ー^)ノ 

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EMのネックレスについて

2006-05-17 21:57:03 | EMXセラミックネックレス

EMのネックレスについて、注文方法が、どこを見たらよいのかわからないのですが…?  と問い合わせがありましたので、本日カテゴリーを整理いたし、注文方法をカテゴリーのトップに作りました。見てみて下さい。

 

また、皆様からの、EMXのセラミックのネックレスの使用報告も、カテゴリーの中に2番目として作りました。現在EMXセラミックのネックレスご愛用者の方で、その御使用感等お氣づきの事がありましたら、どんどん、ココでコメントを投稿して下さると弘祥うれしいです。

 

よろしくお願いします。

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改 日本サイ科学会大阪例会(3月18日 in 大阪)出席して来ました

2006-05-10 13:12:56 | セラピスト&ダウザーのひとり言

      記事を書くのにとまどり5月になってしまいました。先日ここのブログに書きましたが、3月18日に開かれた日本サイ科学会の関西日本サイ科学会 3月例会に出かけてきました。サイ科学会には、自分は、はじめて出席致しました。日本サイ科学会は、故関 英男先生が、1976年に「日本PS学会」の名称で創立され、1982年「日本サイ科学会」に変更されました。
弘祥にとって、関先生は、お会いしたこそなかったのですが、御師匠様の1人だと思っております。先生が、書かれた本によりその昔、弘祥は、助けていただいたことがあります。これについては、またの機会に書いてみたいと思います。

その例会の講演は、日本ダウザー協会の関西支部長をつとめておられる津野式びわ温灸療法学院院長であり奈良療法院院長の津野晃玄斎先生と日本ダウザー協会の堤裕司会長が、お話しをされました。演題は、ダウジングの基礎とびわ温熱療法についてでした。お二人の関係は、ダウジングに関しては、堤会長が師匠で、津野先生が弟子になります。またびわ温灸に関しては、津野先生が師匠で、堤会長が弟子という関係になります。

 津野晃玄斎先生は、2002年の5月18、19日と堤裕司会長がここ熊野を訪れたことがあり、その際に会長と一緒にお見えになったことがあり4年ぶりの再会でした。自分は、その際に、堤会長にお願いして新宮にてダウジングの初級セミナーを健康の店 ハレルヤ の田中様と一緒に開催させていただいたことがあります。

 

まず、最初に、津野先生の簡単な略歴のご紹介の中で、先生が若い頃レーサーで、鈴鹿などで、走っておられまして、26歳の時、カースタントの仕事でアクシデントに見舞われたこと。また、その際、確かに軽い衝撃はあったが、からだには、異常はみられなかったこと、ちょうど1年後の27歳の時に、原因不明の左半身マヒにて、車椅子生活になってしまったこと、それから、国内はもとより、諸外国まで治療に出掛けたこと、その数は、80ヶ所にのぼること、そんな中で、脈診の大家に、29歳の時ご縁をいただいて、毎日(ほとんど、毎日5年間)診療に通う間にその脈診を体得してしまったこと、そして、車椅子生活10年を経た30代半ばにさしかかった暑苦しい日の朝、奇跡が起きて左半身マヒが治ったこと、マヒが治った時に出会った「びわ灸」で、ご自身の治療の仕上げをして、「びわ灸」に魅せられ3年ほど全国をまわられ体得し、現在その普及として学院も開校して日々診療にたずさわれておられることなど話しをされ、「びわ灸」についてお話しがあり、「びわ灸」は、骨折以外オールマイティに手当てができる。という話しに始まりびわの葉について、どういう葉っぱが良いか、取る時期や産地などのお話しがあってから、具体的な方法についてお話しをされました。

そのあと、ビワの葉の薬効は、ビタミン17=アミグダリンであること、そのビタミン17=アミグダリンと「ガン」の関係、びわ葉の焼酎付けや栄養 のお話し、アメリカの医学のお話しなどじつに奥深いお話しでした。司会の方も、おっしゃられておりましたが、先生は、患者さんにDrが多いことでも有名な方で、そのうちの1人の関東から、患者さんとしておみえになったDrから先生の脈診について、「平成のMRI」と呼ばれておられるのが弘祥よくわかりました。(詳しくは、奈良療法院のホームページからトピックスに入っていただければ、わかります。)先生のところにお見えになった患者さんが数年前に、どのような病氣(およそ700種の病氣が、わかるそうです。)をされたか、現在それが、どのようになっているか、等全てわかるそうです。その脈診で、先生の所にみえられて、先生の指示で西洋医学的精査を行い、先生の指摘されたところから早期に癌が見つかったケースは、数百例にのぼるそうです。ですのでDrの信頼も厚いと言うことです。弘祥も将来機会を作り「津野式びわ温灸療法」を、ぜひ、体得したいと思いました。皆様、よろしければ、下記に先生の著書の紹介つけました。読んでみて下さい。この療法のすばらしさが、わかります、先生のホームページを訪れた方が、695、000という数字もうなずけます。そのあと、、質疑応答があり、堤裕司会長(東京方面は、会長が津野式びわ温灸療法を、施術されております。)にバトンタッチです。

 

津野晃玄斎先生から、堤会長との出会いとダウジングの第一人者でダウジングを本当に語る数少ないうちのお一人です。 と紹介がありいよいよ堤会長の登場です。

最初に、先生のDVDについて説明があり、次に熊野でもお聞きしましたコロイダルシルバーのお話しがありました。そして、会長現在注目のおばけ探知機 ゴーストレーダーの説明紹介があり、会長いわく本当に良くできているそうです。休憩時間に結構売れておりました。弘祥もホワイトとブラック両方買いました。これ、ダウジングにも使えます。

この日はじめてダウジングをする人から自分のような経験者まで、ダウジングの初級から上級までのいろいろなお話しがありました。(また、次回機会を見て、このブログに書いてみます。)

弘祥が、印象に残ったことは、堤裕司会長が紹介された外国のダウザーが言われた次のことばの御紹介でした。

あなたのダウジング能力は、あなたのダウジングの道具の光に対応しますよ。道具を大切にすることです。

 

            堤裕司会長と弘祥in奈良療法院  例会終了後、津野院長先生の奈良療法院で、テレビなどでおなじみの堤会長と弘祥。

 

            津野晃玄斎院長先生と弘祥in奈良療法院    津野晃玄斎院長先生と弘祥。

   

     喫茶店内でくつろぐ堤会長  このあと、弘祥一人の為に、たくさんのマジックを披露してくれました。

 

    スプーン曲げの最中です。  堤会長は、プロのマジシャンでもあります。スプーン曲げの最中です。観客は弘祥だけです。

  

    堤会長と弘祥   会長とツーショットを撮りました。

 

     マッチを使ったマジックの最中その1です。 マッチを使ったマジックの最中です。不思議です。ええっ どうして

     

         マッチを使ったマジックの最中その2です。

 

    トランプカードを使ったマジックを披露してくれています。  トランプカードを使ったマジックの最中です。

     

         思わず見とれる津野先生 会長のマジックに、津野先生も うーん ふしぎ  

 

      堤裕司会長in新大阪駅  これから、我が家のある東京に帰るところです。右手にお持ちの物、トレードマークの外国製マント

                     

ビワ葉・話灸療法の秘訣 ビワ葉・話灸療法の秘訣 知玄舎 このアイテムの詳細を見る

 

津野 晃玄斎先生略歴

1948年、大阪府生まれ、。20歳代に、突如襲われた左半身マヒによる車椅子生活を奇跡的に克服して、1985年、「ビワ葉療法」の治療、指導のために奈良療法院開院。現在、奈良療法院院長。闘病を通して、名医、良い療法の評判を頼りに、日本全国はもとより、アメリカ、韓国、インド、フィリピン等世界中をかけめぐり徹底的に体験。その数、80カ所以上に及ぶ。中でも、脈式療法の陳陽晃先生との出会いにより、治療を通して中国式脈式療法を体得。後に、「ビワ葉療法」に出会い全国を回って秘術を体得。療法院開院後は、これまでの体験を通じて病苦に悩む人々を救うために、脈式、カウンセリング、ダウジング等を取り入れた。究極の「ビワ葉療法」を実践。たくさんの人々の病苦を救う。ガンの苦痛までその場で和らげることで評判。カウンセリングの手法を取り入れるため、「話灸」(わきゅう)として親しまれている。1998年、「ビワ葉療法」の真髄を伝えるために、津野式びわ温灸療法学院開校。

 現在奈良療法院院長、津野式びわ温灸療法学院院長、NPO日本ホリスティック医学協会会員、日本代替・相補・伝統医療連合会員、社団法人石川県療術師会正会員、日本ダウザー協会関西支部長バーチャルホロン大学講師、シェアーライフ代表。

〒541-0054  大阪府大阪市中央区南本町1-3-9サンコービル7階。709号室

電話番号 06-6261-8138 (電話受付、相談等は17時ー18時)

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引き受け氣功教室第8回in熊野新宮

2006-05-09 13:15:15 | 引き受け氣功教室

引き受け氣功の6月の案内です。  

引き受け氣功 藤谷康允先生の教室が熊野新宮で開かれます。 今回で8回目です。

2006年6月30日(金曜日)  午後1時より  

場所  新宮市福祉センター 1F 正面畳の部屋です。

参加費 3,000円    NPOワンダーライフ会員 2,000円

申し込み連絡先  0735-22-2772   角様まで お電話にて,お申 し 込みして下さい。

 

  ちなみに東京では、6月2日(金),3日(土),4日(にあります。

 

 他の都道府県の開催日程は、個別にお問い合わせ下さい。

 0942-84-2492 ワンダーライフ研究会  

 

患者各位

6月30日金曜日は、藤谷先生の引き受け氣功の氣功教室が、新宮の福祉センター

で午後1時から、開かれますので当院の診療を、午後は臨時休診にさせていただきます。

患者の皆様方には、ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞ、御理解と御協力のほど、

よろしくお願い申し上げます。

                                                        芝下鍼灸整骨院

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2000名すでに越えました。

2006-05-08 01:24:01 | EMXセラミックネックレス

ありがとうございました。

EMXセラミックのダウジングをして、お渡しした方が、記事を書いた翌日の4月24日に、2000名を越えました。本日まで、神戸のフォーラムに参加したり、月末の保険請求、お茶摘みなどで、多忙をきわめ更新出来ませんでした。申し訳ございません。また、ぼちぼちとですが、書いてまいります。 m(_ _'')mヨロシクおねがいします… 

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本日、6日は、立夏です。

2006-05-06 10:14:50 | EMXセラミックネックレス

EMXセラミックのネックレスに、黄色の色の含まれるの方々には、たいへんご苦労様でした。本日、立夏になりましたので、土用は終わりました。今日からは夏です。夏を表す色は、東洋医学では、赤色となります。 次にかかげる色の方は、大切な季節になりました。お氣をつけて、お過ごし下さい。 

 

夏を表す赤色を含む各色 

 

つまり

レッド(赤) ( レッド(赤色) =(赤色) )

オレンジ(橙) ( オレンジ(だいだい = (赤+黄) )

ディープレッド(濃い赤) ( ディープレッド(濃い赤) = (赤多い+黒少し) )

ブラウン(茶)( ( ブラウン(茶) = (赤+黒半々) )= 

ピンク(桃)  ( ピンク(桃色) = (赤+白) )

バイオレット(むらさき)   ( バイオレット(むらさき) = (赤+青+白) )

 

以上の6つの色の方は、夏は、心の氣が、旺盛になる時期なのですが、旺盛になれない方がみられます。

心の氣には、からだの氣を引き締めて、固める作用があります。心の氣は、陰性な性質を持ちまた、寒性の性質を合わせ持っています。そして、心の働きを引き締めて固めております。心は、人間生れると、死ぬまで動き続けることになります。かたときも、休むことなく動いているわけです。臓としては、熱の多い陽臓に分けられますので、暑くなってきますと、心に負担がかかって来ます。なぜなら、夏に入ると、まわりの自然界の陽の氣も、最高のレベルに達して来るからです。そうしますと、自然と体のまわりの暑さから、普段から熱の多い心は、さらに熱が多くなります。その為、そこで、陰性と寒性の性質を持つ心の氣が、活発になって心の熱を、低く抑えるように働いて来ます。ですから、心の氣が、旺盛にならないと、心の臓に、熱がこもってきます。

また、暑くなり痛みやすくなるところは、東洋医学では、脈(みゃく)です。同じく疲労をおこしてくるところは、血です。心の臓が、病んできた場合出て来る五液は、心は汗になります。上記の6色の方は、普段から、人一倍汗をよくかいている方か、もしくは、ほとんど汗をかかない方が、多いと思いますが、寝起きや日常生活で普段かかないような汗をかいた場合は、特に注意が必要です。早めに休むとか、遠出を控えるとか、下記のものを、摂ったりして下さい。

東洋医学では、東洋医学の五行学説から、心を選んだ場合、五味(五臓を養う味)は、苦い味、五穀(食べると良い穀物)は粟(あわ)、五果(食べると良い果物)は杏(=あんず)、五肉(食べると良い肉類)は羊肉となります。したがって、心の氣が、旺盛になれない方はは、心の氣を旺盛にするために、羊肉やアンズ、粟などをとるのが良いとされています。

(;´д`)ゞあちぃ~(;´д`)ゞあちぃ~沖縄などの方が、ゴーヤを食するのは、じつに理にかなっていることと言えると思います。

 

どうぞ、赤色の色が、構成として含まれる6つの色の方は、夏のこの時期を、大切にお過ごし下さい。

 

参考文献 東洋医学全書

 

 追記:2006/05/17  心の氣の文章の中、心の五液(汗)について、加筆いたしました。

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