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松陰先生のことば、6年生2学期

2011年10月31日 | 教育よもやま話
冊子を披繙すれば
嘉言林の如く躍々として人に迫る
顧うに人読まず
即し読むとも行わず
苟に読みて之れを行わば即ち
千万世と雖も得て尽くすべからず



さっしをひはんすれば
かげんはやしのごとくやくやくとしてひとにせまる
おもうにひとよまず
もしよむともおこなわず
まことによみてこれをおこなわばすなわち
せんばんせいといえどもえてつくすべからず


本には、よいことがたくさん書いてある。
よいことを知るだけではだめです。
知ったことは、実行することが大事です。
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松陰先生のことば、5年生2学期

2011年10月27日 | 教育界のマジックワード
道は即ち高し
美し
約なり
近なり
人徒らに其の高く且つ美しきを
見てもって及ぶべからずと為し
而も其の約にして且つ近く
甚だ親しむべきを知らざるなり



みちはすなわちたかし
うつくし
やくなり
きんなり
ひといたずらにそのたかくかつうつくしきを
みてもっておよぶべからずとなし
しかもそのやくにしてかつちかく
はなはだしたしむべきをしらざるなり


人の道は高大で又美しく、同時に簡約であり、手近いものである。
しかし、人はその高大で美しいのを見て、
とても自分にはできないことだと、
始めから決めてかかるが、(それは間違いであって)
道徳というものは簡単なもの、手近い物であり、
又最も親しむべきものであるということを知らない。
(日常生活と離れたものではない。)

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松陰先生のことば、4年生2学期

2011年10月26日 | 教育よもやま話
人の精神は目にあり
故に人を観るは目においてす
胸中の正不正は眸子の瞭眊にあり



ひとのせいしんはめにあり
ゆえにひとをみるはめにおいてす
きょうちゅうのせいふせいはぼうしのりょうぼうにあり


人の善し悪しを判断するには、その人の眼を見つめて、
そのひとみに注意するより、ましな事はない。
人の心に悪い事があれば、ひとみは隠す事ができない。
心中正しければ、自然ひとみもはっきりしている。



元は「孟子」の言葉だそうですが、いつの時代にも変わらず通用する、
正しいこと、というのはあるものですね。

このようなことは是非、子供達に伝えていきたいものです。

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松陰先生のことば、3年生2学期

2011年10月25日 | 教育よもやま話
志を立ててもって
万事の源となす
書を読みてもって
聖賢の訓をかんがう



こころざしをたててもって
ばんじのみなもととなす
しょをよみてもって
せいけんのおしえをかんがう


何事をするにも志(心のゆくところ・心ばせ)
がなければ、なんにもならない。
だから、志を立てることが第一である。
書物(道徳の教えに関する)を読んで、
聖人・賢人の教えを参考として
自分の考えをまとめることが大切である。
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松陰先生のことば、2年生2学期

2011年10月24日 | 教育よもやま話
一己の労を軽んずるにあらざるよりは
いずくんぞ兆民の安きをいたすをえん



いっこのろうをかろんずるにあらざるよりは
いずくんぞちょうみんのやすきをいたすをえん


自己一己の事も骨身を惜しまず働くようでなければ、
どうして多くの人のために尽すような立派な人間になれようか。
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生徒に話すネタ

2011年10月21日 | 教育よもやま話
ニュースからです。


数学、物理得意だと高所得=「国語」と180万円差―大卒就業者1万人調査
(時事通信社 - 10月20日 22:05)

 文系、理系を合わせた大卒就業者約1万人(平均年齢43歳)の得意科目と平均所得(年収)の関係を調べると、数学が得意な人の所得が約620万円と最も高く、2番目は理科が得意な人の約608万円だったと、同志社大や京都大などの研究グループが20日発表した。数学が得意な人と国語が得意な人とでは、約183万円の差があった。

 理系の就業者約3200人では、理科4科目の中で物理が得意な人の所得が約681万円で最も高く、生物が得意な人が約549万円で最低だった。こうした傾向は世代を通じて共通していたが、学習指導要領が変わり、「ゆとり」や「個性」が強調されて学習内容が減るにつれ、理数が得意な人が減っていた。

 同志社大経済学部の八木匡教授らによると、数学や物理が得意な人の所得が高いのは、論理的な思考能力が仕事の役に立っているだけでなく、理数が得意な人が減少傾向にある中、労働市場での評価が相対的に高まっている可能性がある。 



私の教えている、数学・理科がいかに重要か、格好のネタです(笑)

数学が苦手、という人は多いのですが、最近では小学校の「算数」から
つまづいていて、結果、中学・高校で数学がさっぱりできない、
というパターンが、かなり多いのではないか、と感じています。

小学3年生と4年生が、つまづく学年です。なので、最近、ウチの塾では
算数を特に重要視してます。

小学3年生までは、入塾金を無料にしたので、来てくださいね~(笑)
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松陰先生のことば、1年生2学期

2011年10月20日 | 教育よもやま話
世の人は
よしあしごとも
いわばいえ
賤が誠は神ぞ知るらん



よのひとは
よしあしごとも
いわばいえ
しずがまことはかみぞしるらん


(海外渡航の企てについて)世間の人は、
私のとった行動をよくないという人もいるだろうが、
私の国を思う真心は神だけが知っているだろう。
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うぇ~ん (泣)

2011年10月19日 | 日々の徒然



とある中国の会社の男子トイレの写真なのですが・・・

Wen って(笑)

うぇ~ん、と泣きたいですよね。

勉強は大事ですねみなさん(笑)



もう一つ泣きそうになった写真ですが、公園で子供とバスケをしていて・・・



ゴ~ル?(笑)
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松陰先生のことば、6年生1学期

2011年10月18日 | 教育よもやま話
体は私なり
心は公なり
私を役して公に殉う者を
大人と為し
公を役して私に殉う者を
小人と為す



たいはわたくしなり
こころはおおやけなり
わたくしをえきしておおやけにしたがうものを
たいじんとなし
おおやけをえきしてわたくしにしたがうものを
しょうじんとなす


人間は精神(心)と肉体の二つを備えている。そして、
心は肉体より神(神性)に近いが、肉体は動物に近い(自己本位)。
ここでは、精神を公とよんで主人とし、肉体を私とよび、従者とする。
すなわち、人間は公私両面を備えている。
なお、精神を尊重するのは、良心を備えているからである。
主人たる心のために従者たる肉体を使役するのは
当然のことで大人(君子)の為すところ。
これに反し、従者たる肉体のために、主人たる精神を
使役するのは、小人(徳のない人)の為すところ。
同じことを繰り返すが、肉体(私)を使役して、
徳を修め、道を行うことに心がける者は大人、
反対に、道心、天理(公)を犠牲にして肉体(私)の欲望を
満足する事を目的とするものは小人。



もう6年生ともなると、すごいですねえ、ここまでの内容のことを朗誦するのですね。
朗誦している言葉の、訳が分からずとも、将来、絶対に、

「嗚呼、あれはこういうことだったんだ」

と思うときが来るのでしょうね。
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松陰先生のことば、5年生1学期

2011年10月17日 | 教育よもやま話
誠は天の道なり
誠を思うは人の道なり
至誠にして動かざる者は
未だ之れあらざるなり
誠ならずして未だ能く動かす者は
あらざるなり



まことはてんのみちなり
まことをおもうはひとのみちなり
しせいにしてうごかざるものは
いまだこれあらざるなり
まことならずしていまだよくうごかすものは
あらざるなり


誠というものは人のつくったものではなく、
天の自然に存する所の道である。
この誠というものに心づいて、これに達しよう、
これを得ようと思うのは即ち人の人たる道である。
学んでこれを知り、つとめてこれを行うのは
人たるものの道である。
このように、誠の至極せる心に会っては、
何物も感動されないものではない。
誠というものはすべての元になるものである。
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佑学塾では今日も朝9時からテスト対策補習

2011年10月16日 | 塾でのできごと
明日17日と明後日18日は、6中。
木曜20日と金曜21日は、7中と10中、
が2学期中間テストです。

今日もみんな、頑張って、テスト対策勉強してます!

みんな頑張れ~
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松陰先生のことば、4年生1学期

2011年10月16日 | 教育よもやま話
凡そ読書の功は
昼夜を舎てず
寸陰を惜しみて
是れを励むにあらざれば
其の功を見ることなし



およそどくしょのこうは
ちゅうやをすてず
すんいんをおしみて
これをはげむにあらざれば
そのこうをみることなし


読書の効果をあげようと思えば、
昼と夜の区別なく、
わずかの時間でも惜しんで、
一心に読書に励まなければ、
その効をみることはできない。
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松陰先生のことば、3年生1学期

2011年10月15日 | 教育よもやま話
凡そ生まれて人たらば
宜しく人の禽獣に異なる所以を知るべし



およそうまれてひとたらば
よろしくひとのきんじゅうにことなるゆえんをしるべし


人間として生まれてきた以上は
動物とは違うところがなければならない。
どこが違うかというと、
人間は道徳を知り、行うことができるからである。
道徳が行われなければ、人間とは言われない。




これを、小学3年生が毎朝唱えるんです。
声をそろえて。本当にいいですよね~。
授業参観で見てみたいです。
可愛いでしょうねえ。

このようなことを子どものときに叩き込まれたら、
将来まっとうな大人になる【確率】は
かなり高くなるのではないかと推測します。
我が子を虐待なんて、絶対にしませんよね。
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松陰先生のことば、2年生1学期

2011年10月14日 | 教育よもやま話
万巻の書を読むに
あらざるよりは
いずくんぞ
千秋の人たるをえん



まんがんのしょをよむに
あらざるよりは
いずくんぞ
せんしゅうのひとたるをえん


多くの本を読み、勉強しなければ、
どうして名を残すような
立派な人間になることができようか、
しっかり勉強しなさい
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山口県萩の明倫小学校「松陰先生のことば」

2011年10月13日 | 教育よもやま話
山口県萩市の明倫小学校では、毎朝、松陰先生(吉田松陰)のことばを、
各学年、朗誦しているそうです。

ところで、山口県の人は、吉田松陰と呼び捨てせずに、「松陰先生」と
呼ぶ人が多いように感じます。
「松陰先生」と言う人がいたら、たいてい山口県人です(笑)

さて、この毎朝の朗誦ですが、各学年・各学期に一つずつ朗誦するそうです。
よって卒業するまでに、3×6=18の松陰先生の言葉を暗記することになります。

それで、この試みがあまりに素晴らしいと思うので、紹介しようと思います。
まずは、1年生1学期の松陰先生のことばです。


今日よりぞ
幼心を打ち捨てて
人と成りにし
道を踏めかし



きょうよりぞ
おさなごころをうちすてて
ひととなりにし
みちをふめかし


今までは、親にすがり甘えていたが、
小学生となった今日からは、
自分のことは自分でし、
友だちと仲よくしよう。


どうですか?
これを小学1年生が、毎朝、大きな声でみんなで朗誦するのです。
素晴らしいと思います。

もしかしたら、全く意味が分からず、ただそらんじているだけかもしれませんが、
必ずや将来に、その素晴らしさが分かると思うのです。
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