『カラー完全版 ふしぎな少年』発売

 先日、『カラー完全版 ふしぎな少年』が、発売された。






 『ふしぎな少年』と言えば、手塚治虫の「少年クラブ」最後の連載作品であり、NHKテレビドラマの原作としても知られた作品だ。と言っても、テレビドラマが放送していたのは私が生まれるよりもずっと前なので、観たことはまったくない。また、テレビドラマ版は小説家・脚本家として知られる辻真先氏が演出として関わったことでも有名だ。
 手塚先生曰く「フワフワしたシャボン玉のような作品」(「手塚治虫漫画全集」版のあとがきより)である本作が、どのようにドラマ化されたのか一度観てみたい気持ちはあるが、テレビ黎明期の作品であり、現在映像が残っているという話は聞かないので、まあ観るのは不可能なのだろう。

 今回発売された「カラー完全版」は、これまで刊行されていた単行本バージョン(底本は小学館ゴールデン・コミックス「手塚治虫全集」版)とは異なり、「少年クラブ」の連載初出版を元に復刻しており、今まで単行本未収録だった300ページほどが単行本初収録されているのが最大の特徴と言っていいだろう。
 未収録300ページの大半は、「時限爆弾」「鬼が島」の二つのエピソードであり、これは従来の単行本の「おまえが放火犯人だ」と「人間の皮を着た人間」の間に挟まっている。それ以外に、主に別冊付録の巻頭で、四次元や時間についての解説が多く描かれている。それらの一部は単行本では第一章の「そもそも神かくしとは」として収録されているが、大部分は単行本でカットされていたものだ。これを読むと、手塚先生が時間や四次元と言ったとっつきにくい題材をどうやって読者に伝えるか、苦心していたのがうかがえる。

 もう一つ、この本の大きな特徴としては、いわゆる「差別用語」を初出のまま(だと思う。初出誌は未確認なので断言はしないが)で復刻している点があげられる。これまで、小学館クリエイティブから多くの手塚作品が復刻されているが、私の知る限りでは、このような方針で出された本は、他にはない。
 なにしろ、『ジャングル大帝』の漫画少年版ですら、「土人」を「住人」に変えるということをやっているのだ。これがあったから、私は『ジャングル大帝』の復刻は小学館版だけでなく同人誌として出たヒョウタンツギタイムス版も全巻揃えている。他の本でも、「色盲」を「色弱」に変えたり、「気が狂った」を「気がふれた」に変えたりと、不自然な言葉の置き換えは多かったので、今回の方針は大歓迎だ。

 それにしても、なぜ今までの方針を覆して「差別用語」をそのまま復刻したのだろうか。想像するに、講談社から刊行中の「水木しげる漫画大全集」の影響ではないだろうか。水木全集では、「著者に差別的な意図がまったくない」などの理由から、「差別用語」はほぼ初出のままで収録しており、それは『貸本版 墓場鬼太郎』における鬼太郎の父親(目玉になる前)の病気の名(ここではあえて伏せる)にまで及んでいるのだ。
 これを見て、「水木作品でできることが手塚作品ではなぜできないのか」と言った意見が小学館に届いたとしても、不思議はない。これが直接の影響とは断言できないが、一つの要因ではあると思う。その結果として、「差別用語」を残すこととなったのではないか。巻末の断り書きでも「あえてこれらの表記を残すことで、差別の実態を明らかにし、今も残る差別を克服する一助にしたい」と書かれている。
 この方針が、別の出版社や別の漫画家の作品にも広がることを期待したい。復刊ドットコムの『三つ目がとおる』《オリジナル版》大全集は従来の方針のままなので、「生きがいじゃなくてキチガイだ」と言ったセリフが変更されてしまっており、残念だからなあ。

 また、先ほども書いたように、今回の本では「時限爆弾」「鬼が島」の2編が単行本初収録されている。特に注目したいのはこの2編のつなぎとなる部分で、なんと「時間ループ」のアイディアが使われているのだ。今でこそ時間ループもののSFは多くの作品が発表されているが、当時としては非常に珍しいことだったのではないかと思う。この作品で描かれていても、確かに不思議はないが。
 このようなことが発見できるのも、完全収録版ならではだろう。何しろ、全体約1000ページのうち300ページが未収録だったのだから、結構な割合だ。単行本2冊に納めるためだったとはいえ、これが「手塚治虫漫画全集」版でも復活させられなかったのは不思議でもある。

 ともかく、読みどころ満載の本であり、はっきり言って高額ではあるが、買ってよかったと思う。こういう本は発売時に勢いで買ってしまわないと、なかなか後からでは買いにくいので。
 万人に勧められる価格ではないが、手塚作品の単行本バージョンで読める本は一通り読んでしまった、と言う人には是非お勧めしたい。そんな人が、果たして何人いるのかはわからないが。
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