藤子・F・不二雄先生の命日に

 本日、9月23日は、藤子・F・不二雄先生の命日。1996年の「あの日」から、もう8年も経ってしまった。時の流れは速いものだ。いい機会なので、今日は、この8年間の藤子ファンとしての自分自身を振り返ってみたい。
 まず、1996年8月までさかのぼる。「コロコロコミック」で大長編ドラの新作「のび太のねじ巻き都市冒険記」の第1回を読んで、非常に嫌な予感がしたのを覚えている。明らかにこれまでの藤子・F・不二雄とは異なる絵が、そこにはあった。その時、想像した事は二つだった。一つは、あまりに体調が悪くなったために本人が絵を描くことができず、アシスタントが無理に真似て書いたのではないかと言う事、そしてもう一つは、やはり体調が悪いために本人のタッチがまるっきり変わってしまったのではないかと言う事。結局、これは両方とも正解だった。カラーページは藤本先生が描いており、それ以降の一色ページはアシスタントの絵だったからだ。しかし、当時コロコロの大長編新作は立ち読みですませていたせいもあり、そこまで見分けるほど、じっくり読んでいる心の余裕はなかった。
 さらに、8月の終わり頃に発売した、てんとう虫コミックス「のび太と銀河超特急」を読んで、いやな予感はさらに大きくなった。いつもなら最低でも190ページになるように描き足しが行われるのに、「銀河超特急」は歌詞の見開き2ページと、ヤドリとの戦い1ページが描き足されただけで、計182ページ。アストンたちとの和解も描かれず、あっけなく終わったラストはそのままだった(映画の方では、その場面もしっかり描かれていたので、まだ救われるが)。
 9月、相変わらず変な絵の「ねじ巻き都市冒険記」第2回を読んでから約一週間後に、その日はやってきた。初めて藤本先生の死を知ったのは、夕方のニュースだったと記憶している。画面に、なぜかアニメ「ドラえもん」の一場面が流れているのを見て、「????」となってしまった。実は、ドラえもんが出ていたせいで、最初は大山さんに何かあったのかと思ってしまった。
 そして、その後に知らされた厳しい現実。ある程度覚悟はしていたが、やはり容易には受け入れがたいことだった。この日一日、「ドラえもん」をはじめとする藤本先生の作品を読みかえし、「T・Pぼん」「チンプイ」など未完となってしまった作品に思いをはせた。
 藤本先生の告別式は、多くの人が出席できるようにと言う配慮から、日曜日となる29日に行われた。もちろん、何としてでも参加したかったのだが、大学の必修単位となっている3泊4日の実習とまともにかぶってしまい、参加することはできなかった。今思えば、家庭の事情で途中で帰った人もいたので、私もそう言って抜け出せば良かったが、後の祭りである。告別式に参加できなかったことは、後々まで私にとって大きな心残りとなり、2002年夏に初めて藤本先生のお墓参りをしたことで、やっと一つの区切りを付けられた気分になることができた。
 その後の私自身の藤子ファンとしての活動だが、皮肉なことに藤本先生の死(及びインターネット上のファン活動の活発化)が契機となって、それまではただ作品を読んで楽しんでいただけだったのが、ドラえもんファンサイト「ドラちゃんのおへや」の運営をはじめとして、オフ会やファンサークル上映会、ドラえもんオールナイト、藤子・F・不二雄の世界展や夢たかおか祭など、イベントにも積極的に参加するようになり、またネットやファンサークル会合を通じて藤子ファンの知人が増えていった。1996年9月23日を一つの節目として、私の人生における「藤子不二雄」の存在は、それまで以前よりはるかに大きくなった。
 そして、現在に至る。「ドラちゃんのおへや」はまだ続けているし、相変わらず藤子関係のイベントには、可能な限り参加している。当時と比べると、社会人になったために趣味にかけられる予算も少しは増えたたため、藤子関連の支出は増えているだろう。その反面、ネット上での活動は、以前と比べるとパワーダウンしてしまった感は否めない。社会人となると、どうしても仕事をはじめとして、色々と時間を割くべき事が増えてきて、なかなかネットに時間が取れないのだ。それに、サイトの方も長年つづけていると、どうしてもマンネリ感が出てきてしまう。しかし、現在は1996年当時にあったサイトの多くがなくなっており、寂しいの状況なので、せめて私は続けていきたい。
 今後、「藤子不二雄ファン」が、どうなっていくか、ファンである私自身、わからない。最近の低年齢層の「ドラえもんファン」が、そのまま「藤子ファン」になっていくとは、ちょっと考えにくいと思っているからだ。しかし、私自身ファンであるから、多くの人に藤子作品の面白さを知って、ファンになって貰いたい。そう思っていなければ、いままでサイトも続けていなかっただろう。
 藤子Aランドの復刊によって、A先生の作品の多くは、容易に読めるようになった。F先生の作品も、てんコミや文庫だけでなく、もっと多くの作品が、誰でも読みたいときに手に入れられるような状態になって欲しいと思う。藤本先生の命日に、そんなことを思った。

(25日追記)
 読み返すと、「8年を振り返る」と言っている割には、1996年9月23日までの流れに半分くらい使ってしまっていて、バランスの悪い文章だ。こうなったのは、以前の日記で書いた「藤子サイトの歴史と現在」とネタがかぶってしまう事を避けようとしたためだ。それに、ネタがかぶらなくても、8年分を一回で書いてしまうのは不可能なので、ざっと振り返ろうとして、あのような駆け足の文章になってしまった次第。私自身の藤子ファンとしての活動については、いずれ幼少期から振り返ってみたいと思っているので、詳しくはそちらをお読みいただきたい。いつ書くのかは全く未定だが。
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