真夜中の血糖

HbA1c13.3からの、完全無投薬の血糖値コントロール
(最新HbA1c5.8/2018.1)

書いた事は自分にブーメランする

2018年10月28日 | 喧噪の外で

どーも、プーカプカです。

 

自分は、取捨選択の上で糖質摂取量による血糖値コントロールを実践していますが、糖質制限という手段への気持ちは、前に書いたとおりです。

メリットとしては、

●ノードラッグで済む

●投薬が無いので、食事時間に縛られない(=従前どおり働ける)

●投薬が無いので、低血糖を心配して血糖値を計測しなくてすむ

●医療費も血液検査代だけですむし、献血もできるので益々検査代節約ができる

 

ただし、続けるための条件としては、定期的な検査(献血含む)で、自分の取組みと体の反応を医師と連携して注視していく必要がある。

また、食事療法が成功しているからこその、血液検査が一見、全くの一般人のように中央値に出ているだけです。

これがステロイドパルス治療の必要な病気に罹患したり、意識不明でブドウ糖点滴を受けたりすると、ノードラッグは命にかかわる事も、自覚しておかなければならない。

 

総合的に勘案して、糖質制限が、サラリーマン生活期間では一番、自分にメリットがあると判断しております。

こういう判断が出来たのは、発病した時点で、患者として一番優位な立場だったから。

優位、というのは、糖尿病のコントロール方法に、先行者利益は無いと思うからです。

 

いつだって、一番新しい患者、一番新しい療法の実践者が、最もメリットを受けられる立場に居ると存じます。

多くの先陣たちが、人体実験を自らかってでて、たくさんの情報を、良い事も悪い面も含めて、公開してくださっています。

一番新しい患者は、後発者利益バッチリです。

 

ただ、先行者利益をガッツリ得たい群が、どの業界とも同じく少なからず存在しており、それが、糖質を摂る患者に対して、「じゃぁ癌で死ねばいーよ」とかいう、オモシロ発言に繋がっているようです。

医療者であれば、それは治療のイニシアチブを争っており、実践者であれば、患者業界?のオピニオンリーダーと認めさせようとしており、どういう社会でも起こってくる事象ではあると存じます。

 

医療者の、覇権争いは、それは普通に想像もできて、理解もできる事柄なのですが、患者側が同じように行動してしまう事は、自分には興味深いことです。

残念ではあるが、療法の種類を問わずに次々誕生するそういう群が居る事は、人間とはどういうものかを示唆しているように感じます。

 

患者側で、他者を貶めなければ自分の主張を展開できない強烈な残念なヒトというのは、糖質制限、肉体改造、その他含めて、一度は血糖値コントロールに成功した場合がそうなっているのがオモシロい。

ということは、自分もそうなり得るという事か。

 

たまたま見ていた、デンマークのテロに遭うドラマで、興味深い解説がありました。

戦場の兵士は、体内で(脳かな?)アドレナリンを放出させて、生き延びる術を行使するのですが、戦地への派遣を繰り返す、また激戦地で常に命の危険にさらされた場合、安全な母国に帰任した後も、アドレナリンを出す事をやめられなくなるそうです。

それがいわゆる戦争PTSDらしいんですが…

経験した事がないので実感わきませんが…

 

もし、真面目に血糖値コントロールと取り組んだヒトが居て、命の危険があるほど重篤だったとか、社会的立場が糖尿病という状態を許さない職種だったとか等、必死のパッチで、自分が信じた療法を実践して、ものすごく良好な状態、或いは寛解状態に至ったとしましょう。

その間、ずっと、アドレナリンが出っぱなしだったんじゃないのかな?

自分も、戦士の気分が抜けたのは3年目くらいになってから、やっとです。それまでずっとファイティングポーズでブログも書いていたような。

 

熟練兵士期間に突入して、平和になってみると、今度はつまんないんですよね。

自分は、3年目辺りから1日3食写真という、ハードなノルマを課して、気を引き締めたように記憶してます。

そうやって、ちょっとずつ、アドレナリン放出で己を鼓舞する事をやめていって、普通に暮らしていても普通に血糖値コントロールできるように、また、病にアタマと人生を乗っ取られないように、徐々にクールダウンしていきました。

 

それで冷静に思う事ができるようになったのですが、血糖値コントロールには、先行者利益など存在しておらず、常に、新しい闘病者、新しい療法が優位にあるのです。

先行者利益の存在を信じていて健康を得た人間であれば、もうイニシアチブを取れない事に我慢がならないとしても不思議ではありません。

しかし、常に、新しい考え方、新しい考え方をする患者、新しい自分以外の何かといったものに、アドレナリンを放出していても、周囲は残念感が増すばかりで、残念なヒトがどんなに良いことを云ったとしても、それは常々自分も実践しているように、周りは全力で逃げるだけの対応がごく普通の反応かと存じます。

 

新患では無くなった患者は、血糖値のコントロールが良いのであればある程、自分がアドレナリンを放出していないか、病に人生を乗っ取られていないか、別の側面から見つめ直す必要があると、ひしひし感じております。

まるで会社のお局様みたいやな。

あ、どっちもそれはまさしく自分のことやった

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3 コメント

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お局さまは貴重な存在ですわ💕 (しみ)
2018-10-28 16:52:30
病にアタマと人生を乗っ取られないように!
これからもチクチクと刺激をお願い致します。
自分のことを言われているようで (ホリデー)
2018-10-28 23:00:05
もう少しで糖尿病発覚1年、まだまだ新参者のつもりですが、いつの間にか先行者利益を確保したい気分になっているのかもしれません。気を付けます。戒めになりました。ありがとうございます。
ただ、まだまだ血糖コントロール成功しておりません。成功して、先行者利益バリバリになりたい気もします。他人に対してではなく自分に対してです。
心に染みます。 (すぱ郎)
2018-10-29 11:01:09
もう何というか本当にありがとうございます。ごく最近、宣告を受けて病気について調べるうちに絶望的な気持ちに陥ってしまった若い人を知りました。私は彼より数ヶ月早く宣告された新米ですが、彼の辛い気持ちが解って何もアドバイスできなかった。何を言えば良かったのか。前の記事も含めてこの記事を読めた事に感謝です。本当に握手してもらいたい気持ちで一杯ですw ありがとうございます。

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