葉山町インサイダー

のどかでゆったりとした毎日が過ぎてゆく。All has gone. 葉山の人のぬくもりが感じられる今日この頃です。

横山すみ子 畑中由喜子 葉山町の”知性派議員” 去る。議会人生の評価はいま開会中の活躍で決まる。

2019年02月12日 | 葉山町▼行政 議会

         

Mrs yokoyama                       Mrs hayanaka 


人は長年務めた職場を去る時は感慨無量な感情を抱き 反面 強い寂しさを感じる。

議員とて同じ感慨にふける。

今期 平成の終わりの葉山町議会から2人の“知性派議員”が去る。

横山すみ子 76歳 8期 32年を務めた。

畑中由喜子 73歳 7期 28年を務めた。

2人とも全国にまれな女性議員が過半数をとる葉山町議会で最もその知見を備えた

知性派議員であった。

2人とも昭和の40年代、大学には行かず社会に飛び込んだのである。

横山は日本最高といわれた都立日比谷高で学び 隣にあった国会事務局に飛び込んだ。

畑中は「西郷どん」の畏友大久保利通の系累に連なる名家。鎌倉の名門清泉女学院を出て

そのまま船に乗ってヨーロッパへ行った勇気ある女性である。

葉山町は御用邸があるため皇室ゆかりの人々が別荘を建てそれで有名になったが、昔は漁師のまちであった。

2人ともリベラルではあったが、決して世にいう“左翼”ではなかった。

その時々の町長の施政に賛成もしたが 反対もした。

私からみれば 2人は“中道”にしか見えなかった。

2人が傑出した条例を先導したという話は聞かない。

だが2人が議会にいることで、妙に安心感があったのは確かだ。

無茶なことはしない。町長を“よいしょ” しない。適当にアンチ町長であった。

歯止め役であった。

その議会のストップ役が平成最後の議会でその活躍を待望されている。

1 山梨町長が人口減を食い止め、税収を確保しようと進めているとしか自分にはみえない土地の開発。葉山町が作ったまちづくり条例を骨抜きにする決定を「町長権限」の名前の下で決められつつある。そしてその反対陳情「町民の立場に立ったまちづくり条例の遵守を願う陳情」が否決されれば、大型車が幅6Mもない車道を保育園に通う園児を押しのけて毎朝 毎夕同じ時間帯にひしめき合うのを可能とする陳情である。町民のために作ったまちづくり条例が町民の生活をおびやかす建設を議会が先導しようとしている。この陳情が否決された場合は山梨町政は本格的にゴーを出すと思われる。

決定的な意味をもつ陳情である。

葉山町議会には「違法」を承知で条例改正案を議決した前例がない。議

員の報酬に関わるほんの些細な改正であり、改正された場合でも誰も損はしないし、実害がない条例だ。

だが違法は違法だ。議会の自殺行為とみなされる。議会の知見が試されている。

 お二人の行動 発言が注目を集める と自分は思っている。


人は 社会的活動の最後の局面でその人の長い人生の評価が決まることが多い。

葉山町議会を去るにあたり 「あのとき あーすればよかった」と振り返って後悔することがないように、

少しばかり長く生きている人間として このことはいえるのである。


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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2019-02-12 23:03:57
番町小学校、麹町中学校、日比谷高校、東京大学の学歴は日本の支配階級に入る一番切符の学歴でした。悪名高い「小尾通達」により1967年に都立高校入学に学校群制度が導入され、一高校の入試で無く群単位の入試となった。二次希望での入学が出来なくなった事。本人の希望無しに群の中の高校振り分けられ、同じ群の中に男子系、女子系高校が含まれていた為、希望しない高校振り分けられた事を考え、国立校や有名私立校への入学や、有名私大の付属高校に進学し始めた。この様な事で日比谷、小石川、新宿、上野等の都立進学校からの難関大学への進学率は低下した。現在の私立中学校受験を型作ったと言っても過言は無いでしょう。事実私の従兄妹も中大杉並から入学試験なしに中央大学を入学し卒業した。

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