ニュートンリング模型日和

趣味の一切を忘れたい

hiki-shop製 日本陸軍戦車帽

2018-06-10 01:08:32 | 日本陸軍 軍帽/略帽/戦車帽
ジメジメとした日が続き、いよいよ梅雨入りしたようです。
早速クーラーを入れてしまいました。

(1)概要
今回のテーマはhiki-shop製 日本陸軍戦車帽です。参考に中田製の戦車眼鏡を装着しています。
「夏用」と言われているようですが、一般公開されている仕様書や当時の着用例を見る限りでは季節の区分なく用いられていたようです。







昭和5年標題「被服、装具の制式規定の件」より図を引用します。この商品もよく特徴をとらえています。
帽体は実物と比べてやや横に広いと感じたので、太ももに挟んで何度か軽くプレスしてやりました。



帽章は戦車眼鏡との位置のバランスに違和感があったので下へ約5mmずらしました。
帽章の位置は実物でもマチマチですので、写真を集めて比較してみると面白いと思います。



顎紐はかなり長めに作られているため、おそらく大多数の人が余ってしまうと思います。
長さを変更しようか迷いましたが、当時も余ってしまう人は何か処置をしていたと思うので、資料を発見できるまでそのままにしています。
今回は同様の構造を持つ「航空頭巾」でみられた処置を参考に、金具に通した後に折り返してみました。



(2)戦車眼鏡(中田製)との併用
実物ではレンズの部分は「安全硝子」という無色透明かつ歪みのない二枚のガラスを接着したものが用いられます。
ゴムの長さを変えることができるため、大きめに造形された帽体とも問題なくフィットしてくれます。
当時の写真を見ると、折り畳み機構でおなじみの「防塵眼鏡」が用いられている例もあります。





また、戦車眼鏡のゴムバンドは、帽側面の紐によって固定されている例を度々見かけます。
紐の通し方や紐の結び目の位置(内側or外側)は人によってマチマチで、必ずしも全ての戦車兵が実施していたわけではないようです。
今回は、少年戦車兵の成長を描いたプロパガンダ映画「富士に誓ふ」(昭和18年)を参考に実施してみました。



下の図、左側の教官は帽側面の紐が通る鳩目の最下段と最上段にX字型に紐を通しています。
不鮮明ながら右側の生徒にもX字型に通された紐を確認できます。



他のシーンでも同様にX字型、あるいは最下段はー、中段から最上段にかけてXと紐を通している例もありました。
マニアの間では一般的な話(?)につき「何を今更」という内容ですが、改めて見返すと面白い着装方法です



こちらは戦中の雑誌からの引用ですが、紐の通し方と下側のゴムバンドがよくわかります。
余談ですが、耳の部分には伝声管あるいは無線機用ヘッドフォンを装着する場合もあります。



なお、仕様図には「眼鏡止革」なる部品が指示されています。(いつ頃の改正から部品に加わるのかは不明)
これは「航空帽」や航空頭巾のゴーグルを保持する部品に類似していますが、「眼鏡止革」を持つ戦車帽は見たことがありません。



参考に中田軍装本「大日本帝国陸海軍 軍装と装備」中のものを引用します。(なぜか顎紐が一般的な物とは逆向き)
現存する実物では外れてしまったのか、当時外されたのか、そもそも製造段階から取付けられていなかったのか、謎です。



(3)略帽との併用
マニアの間では「戦車帽は後ろ向きにした略帽の上から被るもの」という説が一般的なようです。
これに関して記述されたマニュアルを自分個人は見たことがないため、何とも言えません。



前述の「富士に誓ふ」でも略帽と併用しているシーンを確認できます。







ただし、同作品中の中でも略帽と併用していないシーンもあります。
画像のようにヒップのポケットに略帽が納められています。(この前に略帽を脱ぐカットが一瞬ある)





その他の資料でも略帽と併用している例はありますが、将校であったり、略帽が前向きであったり、正直よくわかりません。
そもそも、戦車帽は制定された年代的に略帽との併用を想定して設計されたのかも疑問です。
アルゴノート社「日本の戦車1927~1945」に背面から撮影されたものがあったので参考に紹介します。
一枚目は内地で撮影されたものだそうですが、略帽と併用しているようには・・・・?





とはいえ、このhiki製戦車帽はかなり大きめに作られているので、そのままではブカブカで「學童の一日少年戦車兵」になってしまいます。
ゆえに、サイズ調整の意味も込めて略帽と併用するのが望ましいと思います。これは海外製の複製品にありがちなことなので仕方がありません。
また、内部の調節機構を用いて浅めに被るようにして、帽の下端が眉毛よりやや上にくるようにするとそれらしくなります。

(4)戦車防寒帽
こちらが戦車防寒帽です。革張りの帽体に内側には毛皮が貼られています。
1932年03月31日官報中に戦車用防寒被服の一つとして記載があったので、戦車帽と同じく昭和初期には登場していたようです。
こちらもネットや中田の軍装本で閲覧可能なので写真は省略します。



(5)富士に誓ふ
記事の最後になってしまいましたが、「富士に誓ふ」のDVDを紹介します。
この作品はドキュメンタリーとしてだけではなく、軍装の考察をする上でも非常に参考になる資料です。
ラストシーンで♪希望輝く東雲の 富士に誓って大和魂・・でおなじみの「富士に誓ふ」が挿入曲として用いられています。





オマケ:運転用手袋(中田製)
中田製の運転用手袋です。手首から上の部分には「骨」が入っており補強されています。
戦車兵の基本装具と思われがちですが、軍手の方が一般的だったようです。使い道が限られる一品です。





以上で紹介を終わります。
最近は陸軍航空隊なども集め始めたので、「機械化」の波が押し寄せています(笑)



ではでは。


■参考書籍
・アーマーモデリングVol.88頁18,19「実写版日本の軍装ー南方戦域の戦車兵たちー」(大日本絵画)
・アーマーモデリングNo.132,133,134,135「日本陸軍戦車兵「生」図鑑」(大日本絵画)
・吉川和篤著「八九式中戦車写真集」「日本の豆戦車写真集」(イカロス出版)
・パンツァー2018年7月号頁32~56「特集 九七式中戦車」(アルゴノート社)
・「中国大陸の機械化戦争と兵器」(デルタ出版)
・「日本の戦車1927~1945」(アルゴノート社)

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アメリカ的教養

2018-06-01 18:35:39 | 日記
あっという間に6月になってしまいました。
就活もいよいよ天王山、全力で力を出し切って欲しいと思います。
自分からのアドバイスですが「媚びるやつ」は間違いなく落とされます。
「自分はこう生きる」という確たる信念があるのであれば、迷わずぶつけてみたらいいと思います。
日本の就活システムは賛否両論ですが、大勝負の土俵に立つというのは人生の素晴らしい経験になります。
世界はあなたの登場を待っています。

さて、今回も前回に引き続き出張の土産話です。
アメリカといえば銃社会として名高く、誰でも銃を所持できる国です。
それゆえに痛ましい事件も発生していますが、銃はアメリカの文化の一つとして強く根付いています。
そんな「銃の国アメリカ」を体験すべく、シューティングレンジに行ってきました。



■サバゲー用品店ではありません
こちらはシューティングレンジの併設されたガンショップです。
店内はサバゲー用品店あるいはスポーツ用品店のような雰囲気です。
平日の夕方にもかかわらず老若男女問わずにぎわっています。
ところ狭しと銃が陳列されていますが、これらは全て実銃です。
親子連れも来ており「お父さんが息子と釣り竿を見に来た」くらいの感覚なのでしょうか。
値段はピンキリですが、物によっては「買えない金額ではない」とだけ申し上げておきます。





■安全講習
まず、安全教育のビデオをみて、内容を理解したかチェックシートにサインをします。
このショップには「教室」も併設されており、子供たちに銃の安全な扱い方を指導しているようでした。
日本で言えば「交通安全教室」のようなものでしょうか。(内容的には銃の所持を推奨するものではない)
そして、いよいよカウンターで銃を選びます。拳銃、ライフル、マシンガンまで幅広く扱っています。
銃のレンタル料、銃弾(今回は20発)、シューティングレンジ利用料で40ドル程度だったと思います。
今回選んだのは「M14」でした。(M1かと思って注文したら違っていた・・・)
他にもPPSh-41やトンプソンもありました。



シューティングレンジに入る前にもう一度安全のための説明を受けます。
身分証明書としてパスポートを提出し、いざ射撃!!

■歩兵の戦は射撃にて
バン、バン、と破裂音のする中、自分の指定された場所に行きます。
耳栓をしていても結構大きな音が響きます。マシンガンの連続的な射撃音も聞こえてきます。
雰囲気は完全にバッティングセンターですが、スタッフが防弾チョッキを着ています。
マガジンに丁寧に銃弾を込めていきます。♪大和魂~弾に込めて~



マガジンを銃にセットするとこのような感じになります。
見た目はまるでモデルガンですが、殺傷能力のある実銃です。



上からみるとこのようになっています。
安全のために弾を抜いて撮影していますが、機構がよくわかります。



トリガーガード前面の穴の開いたツマミがセーフティーとして前後し、写真では射撃状態を示しています。
こういった機構があるにせよ、弾が入っていない状態が一番安全なのです。



射撃反動は大きく、軽快な破裂音と共に上に向かって大きく銃身が跳ね上がります。
ターゲットとの距離は機械で自由に変更でき、今回は20m~50m程で狙ってみました。
最初の5発は外しましたが、後はそこそこ命中していました。
特に肩が痛くなることもなく無事に終了しました。


■まとめ
こういう遊びができるのはアメリカならではだと思います。
さて、次はパイロットのライセンスでも取りましょうか・・・?



ではでは。
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B-17 Flying Fortress【G】

2018-05-23 20:21:35 | 日記
話がぶっ飛びますが、出張先で偶然にもB-17を発見したので特別に許可をもらって取材させてもらいました。
この機体はアメリカでは当たり前ですが、日本では極めて貴重な飛行可能な大戦機です。
今回は定期整備のためにハンガーに入っており、立入禁止の措置が取られていました。
しかし、ここまできて引き下がっては一生の悔いになると思い、思い切って交渉することにしました。



まずは仲良くなるところからスタートし、キーパーソンの”おっさん”と一緒に他の展示機体を見て回ります。
「ごめんよ、今整備中なんだ」と何度か話題を変えられそうになっても話を続けます。
B-25(飛行可能)に案内されようが、目の前でテキサンがエンジンを始動させようがそれどころではありません。
やがてVIP仕様に改造されたC-47の機内に案内され、「もう満足したかい?」的な雰囲気になってしまいました。

最後は泣き落としで、大戦機を愛していること、勤務中につきすぐ帰らなくてはいけないことを猛アピールしました。
言いたいことを全部言い終えると、なんとなく分かってくれたのか、ようやく「ついてこい」と一言。
ハンガーに戻り、おっさんが現場の作業員と何やら話し合っています。
こちらは合格発表を待つ受験生並みのドキドキで待っています。
すると、ガイドがやってきて案内してくれました。

この記事では「その時見た物」をありのままに紹介していきます。
言うまでもありませんが、画像の無断転載はご遠慮ください。
左舷側はともかく、右舷側は立入禁止区域にて撮影しています。
機体はイベントなどでも公開されていますのでその機会にご自身で撮影してください。


■機首
機体はG型の特徴であるチン・ターレットがあります。
左右には米軍機特有のノーズ・アートが描かれています。







■エンジン
左翼側はカウルが外されており、そのディテールがよくわかります。



エンジン下部には高高度性能向上のため過給機が設置されています。(過給機の画像は右翼側)



■垂直尾翼
E型以降、大型化と銃座の設置など大きく設計が変更されます。





■機内
機体後部の入り口から機内に入り、右手が機首方向になります。



円筒形の機内には、両舷に防御用の機関銃が設置されています。
外観に比べてそこまで広くはなく、自分(身長175cm程度)はもう少し高さが欲しいと思いました。
中央奥、黄色いタンク(酸素タンクだったか??)の下の丸いものは「ボール・ターレット」です。



左舷側の機関銃です。ドラム給弾式の日本軍機とは異なるアメリカらしいベルト給弾式です。
操作しようと思うと中腰の上にかがまないといけないので姿勢がキツイです。





▲ボール・ターレット
胴体下部の防御を担っています。搭乗員の間では「最悪のポジション」と言われていた場所です。
機体と比較して位置や大きさがお分かりいただけると思います。スターウォーズに登場するマシンのようです。
日本では九六式陸攻一型が特徴的な胴体下部銃座を備えていたと記憶しています。







ボールターレットを超えて、さらに奥の区画にはラジオ・オペレータ等(左側の席)の席があります。



ラジオ・オペレータ席からは主翼上面のゴツゴツした感じがよくわかります。
エンジン部には機内に反射した太陽光が入らない様に防眩塗装(アンチ・グレア塗装)が施されています。
これは日本陸軍機でいえば「呑龍」にも見られる処置です。



さらに奥へ進むと爆弾倉があり、その向こう側が操縦席です。
操縦席はさすがに立入禁止でした。



最後に、垂直尾翼側を写真に収めて終了です。




■まとめ
ここでは機体の整備は全てボランティアで行われているそうです。
彼らは本当に大戦機を愛しているのだと会話をしていて伝わってきました。

70年以上前の機体が今も飛行していることは奇跡としかいいようがありません。
あの時代を生きた人達からの贈り物を人類の財産として次の世代に受け継がなくてはいけないと思いました。
そう思うと、アメリカにいて価値の分かる人(理解する気のある人)に大切にされている方が幸せだと思います。

日本の飛行機を零戦しかしらない日本人は、実は「機械としての航空機」には興味がないというか、理解できないのです。
事実、MRJを見て「零戦の再来」などと言っているのがいかに幼稚な発想かよくわかります。
戦後の日本では米軍機の整備事業に始まり、海外メーカーのライセンス生産や国内・外共同開発で技術を培ってきました。
その積み重ねの集大成の一つがMRJであって、いきなり零戦からMRJが登場するはずがありません。

航空機は自動車とは違い、設計から製造、運用まで莫大な費用と時間を必要とします。
しかし、日本では航空機市場が乏しく、新規開発をしても儲けが期待できないというのが現状です。
さらには原価削減を要求され、常にコストカットとの闘いを強いられています。
戦前の日本であれだけ活発に設計開発ができたのは、不謹慎ながら時代の恩恵であったと思います。

さて、そんな色の無い時代に産まれた大戦機は何を託されて戦場におくられたのか?
それを考えながら現代を、未来を見つめることが本当の「平和学習」ではないでしょうか。
こういう話は長くなるのでここらへんでやめておきます。

余談ですが、B-25を紹介しておきます。
この機体に搭載されているノルデン照準器は実物だそうです。
ドゥーリットル空襲の折、祖父が名古屋上空でB-25を目撃しています。
存命の間に見せてあげることが出来てよかったです。
またお盆にでも詳しく話を聞き直そうと思います。




ではでは。


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雨の骨董祭

2018-05-03 02:38:51 | 日記
今日は雨、帰省中の一大イベントである名古屋骨董祭に行ってきました。
学生時代は研究室を抜け出しては、毎月2回の大須骨董市とあわせてよく通っていました。
目を凝らしてみるとそれなりに出物があるので侮れないイベントです。
今回の一番の戦果は三色迷彩の身体用ギソウ網でした。
複製品も持っていますが、買わない理由もなかったので確保しておきました。

会場を歩いていると、見覚えのあるリュックサック姿を発見したので声をかけてみると・・・。
それは、軍装界隈のポプテピピックこと宇佐美寛永君でした。



今日は久々にまともな軍装の話が出来てよかったです。
東海地区で収集メインで新しく軍装会をつくれたらいいなーと思いつつも、ハードルは高いと感じます。


ではでは。








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再発見 岐阜かかみがはら航空宇宙博物館

2018-04-30 23:57:20 | 日記
「覚悟を決めた二ヶ月」を乗り越えて、待望のゴールデンウイークに突入しました。
今日はリニューアル工事を終えた「岐阜かかみがはら航空宇宙博物館」に行ってきました。
リニューアル前は子供向けのショボい展示が多かったのですが、見違える様に展示が充実していました。



展示の目玉はなんといってもレストアを完了した「飛燕」と、実物大模型の「十二試艦戦」です。
三菱の堀越二郎、川崎の土井武夫、そして中島の小山悌は自分が最も尊敬する航空機のエンジニア達です。
零戦、飛燕、疾風は日本の航空工学の結晶であると同時に、日本の工業力の限界点でもあったと思います。
長島 芳明著「銀翼のアルチザン」を読んだ後にこれらの展示を見ると、作者の言いたいことがより理解できる気がします。



十二試艦上戦闘機は飛行状態での展示でした。
飛行機は飛んでいる姿が最も美しいと思うのは自分だけではないはずです。







飛行服と第二種作業衣袴が展示されていました。
軍装趣味のおかげでこういうものにも目が行くようになりました。
教養(?)が増えて良かったね。



戦前~戦中の展示だけではなく、戦後の機体も年代ごとにわかりやすく展示してありました。
「ジェットエンジン」と「複合材」の登場は、航空機の進化を加速させました。
今後は空力設計よりも「アビオニクス」が重要になると思います。
設計だけではなく、生産技術や品質保証、部品の調達なども重要なポイントです。
そして、今後日本の航空機産業の「切り札」と成り得ると個人的に思っているのが「ヘリコプター」です。
”回転翼機”は比較的新しい飛行技術でありながら、救命活動や防衛力強化に欠かすことのできない存在となっています。
日本国内のみならず、海外でも各完成機メーカーが事業の奪い合いをしています。



現在、中部地区では航空機産業発展のために人材育成に注力しているようです。
海外メーカーとの協力関係強化、あるいは国際的な競争力強化のためにも、航空機産業のボトムアップは急務だと思います。
国内に市場の少ない日本の航空機関連メーカーがいかに勝負をしていくか、今後の動向に目が離せません。



ではでは。
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