カンムリワシ、ワシは名ばかり、言うばかり

アグネスの「差別」

アグネス・チャンの「米国と差別」論です。


長男が「行きたい」と選んだのは、馬の世話をする高校 思い切って行かせてみたら:朝日新聞社 2020/10/24(土) 11:34 


差別を見抜けなかった私 スタンフォード大が教えてくれたこと:朝日新聞 2019.11.20 


ある考え

「差別に気づかないのは、差別を見逃すのと一緒」

が正しいかどうかは別として

人は差別したがるもの」であり、それは「自分の主義主張がある」からなんでしょう。

      • 人の「主義主張」を認めないならば、ある考えを押し付けることができ
      • 人の「主義主張」を認める限り、ある考えを押し付けることはできない、のでしょう。
      • アメリカの「人種により人数割りした入学制度や雇用制度」は、それが永続する恐れがあるから正しくないのです。これを逆差別といいますが、そうしてでも解決せねばと思うほど現在がひどいとも言え、それが永遠に固定化されることを防ぐ何らかの方策が必要でしょう。

私は、いい主義主張悪い主義主張があるとは思いません。

そうとらえない国もあり、それは「独裁国」「弾圧国」とされます。ある一定の考えに基づき「いい主義主張と悪い主義主張」を区別する一方的な国が生まれるのです。

どの国を想定して言っているか、賢明な読者ならば、もうお分かりでしょう(笑)。

人は

「主義主張」がある限り「差別したがる」

もの。そのうえで

差別を受け止め、それに負けない道を歩む」のがいいと思うのです。

差別反対論者が、別の場面では差別賛成論になり得るからです。

無理に「差別反対」を訴える場合もあるでしょうが、やむを得ずそうする場合も、あるのです。

私は

自分なりの価値観をもっていたら差別に負けない」という考えには賛成します。

ただし自分なりの価値観をもてる人に限られるだろう」という不安はありながら・・・・

ですから

そういった条件を課すことなく「無条件に正しい真理と思われることを述べる資格」は、私にはないのかも知れません。

無条件ではなく、あくまでも「ある条件下」でしかものを言えないからです。

「区別」は確かに続くでしょうが

「差別」を主張しない時代がくることを願う次第です。

さてさて、皆様はどう思われますか。

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