病院広報(はとはあと)評価支援情報

「はとはあと」は、市民の暮らしに必要な、誠実で適切な医療情報を評価し、支援することで参加施設の透明性と“信頼を高めます。

経営者を“育てる”間違い

2012-05-19 14:21:01 | はとはあと最新情報

兎角、「経営」というものも、広報と同様に誤解を生みやすいようです。

やってみないと判らないし、運不運もかなりのものです。

僅かな講義や書籍の知識なんかでは、どうにもならない代物です。

病院経営においてプロの経営者の登場が切望されているからか、

経営者を育てようという試みがあったり、経営塾なる高額な会も花盛りです。

私も、さるコンサルタントから誘われて行ってみたことがあります。

その雰囲気に、驚きとも異様とも言い難い印象をもちました。

熱気で溢れかえっているのですが、型どおりが称賛されていました。

これは新興宗教とも軍隊ともいえそうな雰囲気がありました。

その後も執拗に誘われましたが、どうしても参加する気にはなれません。

そんなところで経営者が“育つ”のでしょうか、疑問です。

 

20歳のころでした、私は経営の神様、松下幸之助さんの後について、

工場見学のお客の案内をした時のことです。

「キミはそこにゴミが落ちていることに気がついているか?」と聞かれました。

松下さんだけでも緊張しているのに、高名な方々に囲まれた若い私が、

廊下の片隅に小さな黒いゴミに気がつくはずもありません。

もうよく覚えていませんが、不思議なことにその言葉に「叱り」の響きがなく、

どちらかいえば、芯に優しさを感じました。

仕事とは小手先ではなく全身でするもの、全身で聞き全身で見るものとの理解につながっていきました。

それが「社会から生かされること」であり仕事であると知った貴重な思い出になっています。

 

その松下さんのことが先日の新聞に載っていました。

昭和55年4月2日、松下政経塾の1期生に向かっての講話で松下さんは、

人間を(まるごと)認識しようと訴えたそうです。

同じころ、神戸大経営学気鋭の教授・三品和広さんは、産経新聞の取材に答えて

「経営者を育てるという発想がダメ」といい、

「教えられないと気がつかない人に教えてもムダ」と話したそうです。

松下や本田は、誰かから経営者として育てられたでしょうか、いえそんなことはありません。

志を高く、自らの夢と情熱をもち、常に目の前の人間理解の基に行動したはずです。

最近流行の、赤子でも育てるように、何でも誉めてその気にさせる

場当たり的な人使いとは全くちがうのです。

ヒントはゴミだけではありません、取るに足らない小さなこと、足下に、

経営力や生命(神)は宿っているのだということです。

育てるのにマニュアル発想もダメだと思います。

「徹底的に任せること(権限委譲)」が本来の松下の流儀です。

育てるなら、それしかありません。

しかし、任されるよりも、任すことの苦労には計り知れないものがあること、

その英断・覚悟にも大変なものがありますから、ま、順送りですね。

この話、失敗が許せない医療の場では少し乱暴な発想であるでしょう。

しかし。「人間理解」は自らの“うりもの”のはずです。お手の物ではなかったのでしょうか。

医療経営・・・

「はとはあと」のやり取りの中で、ともに考えていきたいですね。