〈検証Ⅲ〉なぜ口蹄疫パンデミックを防ぐことができなかったのか

4月28日、PCR法による遺伝子診断で日本で初めて「豚」の口蹄疫が確認されました(公式発表10例目)。豚は牛に比して口蹄疫ウイルスの感染伝播力が極めて強く、豚への感染は今回のパンデミックを左右した激震のひとつでしたが、その「最初に感染した」豚が、地域の豚の飼養管理を行い家畜ふん尿処理施設を持つ「宮崎県畜産試験場川南支場」の豚であったことは驚くべき事実です。今回の防疫体制のガバナンスとリスクコントロールを検証する上で、なぜ県の畜産試験場の豚が最初に感染したのか、その感染ルートを解明することは非常に重要です。

FAO「口蹄疫緊急時対策の準備」には、口蹄疫感染ブタが呼気に排出する空中ウイルス量は、ウシの3,000倍に達し、その潜伏期間は10日前後で、感染後ウイルスの排出は臨床症状が現れる最大4日前から始まるとあります。すなわち、日本で初めて口蹄疫陽性が確認された畜産試験場の「豚」は、遅くとも4月17日頃までには感染し、4月23日頃から大量の口蹄疫ウイルスを撒き散らしていたことになるのです。口蹄疫を疑い検体を採取したのは4月27日午前10時なので、4月23日頃から数日間、本来地域の防疫の拠点となるべき畜産試験場で、感染豚は牛の3,000倍もの口蹄疫ウイルスを放出し続けていたことになるのです。

ところで、公表された情報によると、要請に応じ県の公務員である家畜防疫員(獣医師)は、3月31日水牛農家を訪問しました。このとき家畜防疫員は口蹄疫を疑わず「普段の下痢」と判断しましたが、3週間以上が経過した4月23日、この水牛の検体は口蹄疫陽性と確認されました(公式発表6例目)。

また4月9日にも要請に応じ、県の家畜防疫員は別の農家を訪問しています。その際「経過観察」としましたが、4月17日再度訪問した時も口蹄疫を疑わず、4月19日20時にやっと口蹄疫の検査を実施するための検体を採取しました。その結果翌20日、陽性と確認されました(公式発表1例目)。

いずれも宮崎県家畜保健衛生所の家畜防疫員が現場に出向いていますが、結果的に、潜伏期間を考慮すると3月25日頃から水牛(6例目)が、4月3日頃から牛(1例目)が既に口蹄疫に感染していたこと、また、少なくとも3月31日、4月9日、17日の三度にわたり、口蹄疫との認識のないまま家畜防疫員が口蹄疫ウイルスに曝露していたということがわかります。

今となっては、1月7日の韓国での口蹄疫発生を知らせる農水省動物衛生課長通知と2月19日の台湾での口蹄疫発生を知らせる農水省プレスリリースが、なぜ宮崎県の家畜防疫員や関係者に周知徹底されなかったのか、大きな疑問です。これが今回の口蹄疫パンデミックを防ぐことができなかった理由の一つであり、国と宮崎県に大きな責任があることは言うまでもありません。

極めて感染力の強い口蹄疫が1月・2月と隣接する韓国・台湾で発生した以上、国が定める「口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針」に従い、宮崎県の家畜防疫員は口蹄疫を疑った防疫体制をとらなければなりませんでした。同指針では、確実な診断が得られるまでは農場を閉鎖し防疫関係者以外の立ち入りを禁止しなければならず、その場で口蹄疫が否定できない場合には家畜保健衛生所は都道府県畜産主務課に連絡するとともに、家畜防疫員(獣医師)は独法・動物衛生研究所に検体を搬送し検査を受けなければならないとしています。

一方、ジャーナリスト横田一氏の取材レポートにもあるように、4月25日に口蹄疫陽性が確認された企業経営型牧場の殺処分が行われた4月26日、殺処分にあたった約50人の人々は壮絶な光景を目の当たりにすることになりました。牧場にいた725頭の殆どの牛が酷い感染状態にあり、現場の人々は上司の指示を仰ぐまでの数時間、手をつけることができなかったということです。この牧場は4月24日午前9時、口蹄疫様症状を示す牛がいると県に通報していますが、状況からいって、それよりもずっと以前から症状を示す牛がいたことは明らかで、そのことを隠ぺい・放置していたとなると、それは家畜伝染病予防法違反(13条の届出義務・14条の隔離義務等)であり刑事罰に値する犯罪です。

3月頃の発生当初、なぜ「家畜伝染病予防法」や「口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針」に則った防疫体制がとられなかったのか、今回の口蹄疫パンデミックを検証する上で、最も基礎的な疑問であり、また最も重要な要素です。感染ルートの解明と併せて、この間に宮崎県の関係各所・農場・農家で起こったことすべてが情報開示されなければ、周辺地域の防疫体制にも影響します。真実が公表されなければ、将来に教訓として生かされません。

鹿児島大学・岡本嘉六教授も指摘しているように、有効な防疫体制には、獣医師による未感染地域の積極的発生動向調査が不可欠であるとFAO「口蹄疫緊急時対策の準備」に書かれています。宮崎県では殺処分に大半の獣医師があてられ、未感染農場に立ち入り調査をする積極的発生動向調査が行われてきませんでした。現地で対応にあたっていた経験をもとに就任早々の山田農水大臣は、6月10日都城で口蹄疫陽性が確認された直後の13日、周辺地域での積極的発生動向調査を開始しました。今回の口蹄疫パンデミックによる隣接各県のダメージを最小限にとどめるためにも、農水省は、家畜伝染病予防法やガイドラインに則った防疫体制がとられているかどうかの確認を、今後はしっかりと行っていかなければならないと思います。

「1月7日農水省動物衛生課長通知」

「2月19日農水省プレスリリース」

「家畜伝染病予防法」

「口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針」

「口蹄疫対策特別措置法」

鹿児島大学・岡本嘉六教授HPより抜粋

 「FAO口蹄疫緊急時対策の準備:第2章この疾病の特徴」

 「発生農家周辺の調査が始まった」

〈検証Ⅱ〉獣医師の配置を間違えた宮崎県:鹿児島大・岡本嘉六教授に学ぶ口蹄疫対策(はたともこブログ)

〈検証Ⅰ〉「1/7付『韓国における口蹄疫の発生について』農水省動物衛生課長通知」は周知徹底されたのか(はたともこブログ)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 〈検証Ⅱ〉獣医... 〈検証Ⅳ〉「口... »