古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

発信5年目の3月、ブログを毎日書いてみました。

2014年03月31日 06時29分39秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 70歳からはじめた『田舎暮らし』を発信しようと、2009年3月に『古希からの田舎暮らし』を書きはじめました。あれから丸5年が経過しました。計算してみたら1100回、約6割の日々、何か書いてきました。でも丸々一か月、「一日も欠けることなく書いた月」はありませんでした。そこで6年目の最初の月・3月は、毎日何か書いてみようと思い立ちました。別に深い意味はありません。
 きょうがその月末になります。
 「一日も休まないで書く」ことにそれなりに気をつかいましたが、無事に一か月が終わりました。また元のペースに戻って、5割になるか6割になるか、自分のペースで発信しようと思います。
 またよろしくお願いします。

ところで『余生』といいますね。ぼくみたいに定年退職した人が死ぬまでに過ごす年月のことを。あくまでも「余り」ですから日々残り少なくなるはずです。でも終着点=寿命が当人にはわからない。だから余生がいくら残っているかもわからない。
 で「ぼくは余生で田舎暮らしをしよう」と移り住んだ。一年が無事に過ぎ、3年が過ぎ、5年が過ぎ、8年目ですから、「このたび田舎暮らしをはじめました……」と手紙を書くのも気恥ずかしいほど根が生えてしまいました。
 裏山を借りて《里山復活》を目指し、竹を切り、木を植え、たき火場をつくり、……。一反三畝(400坪)の休耕田を借りて大き目の家庭菜園をつくり、「自給自足を目指して頑張ってみよう」と考えたり、「大工仕事が好きだから家のまわりに小屋やパントリーをつくってみよう」とあれこれ細工をしました。一応あれこれやって、一息ついて、さてと、「オレの余生は残りどれくらいになってるのかな」「次は何をするかな」というようなことに77歳=喜寿の頃にはなるわけです。
 ぼくはことし喜寿です。「数え」で祝うのか「満」で祝うのか知りませんが、10月で満77歳という通過点に達します。
 はて、街に暮らす同じ年頃の人たちは「何してるんだろう」。
 若い時からやってきた職人仕事のある人はまだ精進してるかな。商売してる人はまだ現役だろうな。勤め人はほぼいなくなるだろな。
 医者通い・リハビリ・趣味の教室・老人スポーツ・市民農園・子や孫の世話・ボランティア・自治会や老人会の役員や世話役 ……。みんなが携帯とかもって(ちょっと気の利いた人はスマホとかもって)、打ち合わせのときは「えーと、この日は……」と手帳を開いたりして。そういえばぼくは手帳を持っていません。壁の大きなカレンダーに書き込むだけです。
 そうそう、三木には《コープ協同学苑》という素晴らしい趣味・スポーツのセンターがあります。一度「体験教室」に参加しましたが、ありとあらゆるサークルができています。車で15分ほどで行けます。
 ああ、思い出した。ぼくは母親がいまだ健在で5月には101歳になるんです。
 やっぱり日本は長寿社会ですな。どうも失礼しました。
コメント
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