Zazen in USA-坐禅アメリカでの集い

心理学に基づく坐禅の研究-心の風景を眺め、流れていく気持ちの音を静かに聴く(英訳)

無動詞

2018年05月13日 04時50分34秒 | 生き方

私は今何もしていない。

なのに春になった。


去年の私の決心や宣言では今頃、

英訳を終えているはずだが、結果はゼロだ。

8か月間、下準備だけをしていて一歩も踏み出せないままでいる。


この状態が私自身でさえ理解できない。

今までの私は決心をしたら、その場で実行する行動派であった。

決心するまでは時間はかけるが、一旦心が決まるとまっしぐらで前進のみであった。

高速道路でなお加速するような、

目標に向かって出せるだけの速度で暴走するタイプだった。


私は後悔するという動詞を使うことを自分に許していない。

自分が下した行動はどんな結果であろうが、呑み込んだ。


英訳をすると宣言した時は、私は昔の私のように即決したら即動けると思っていた。

だが、全ての準備を整えって始めようとした瞬間、初めて怖くなった。

自分以外の人の文を他の言語に変える、そのことが怖くなった。


怖くなったのは私の能力が足りないのが原因だと思って、

知識を補強しているのだが、その怖さは増すだけで消えない。

私は怖いという体験を大人になってからはしたことが無い。

子供の時、虐待を受けていても怖いと思ったことが無かった。

なのに、簡単なはずの翻訳が怖くなったのだ。


このような自分に対する失望感は初めてなので、

自分のことなのに答えが出ない。

自分のことに答えが出せない経験も初めてなので、

肯定的に言えば新鮮かもしれない。


自分の文ならなんでも訳せるのに、

他人の文は一つの文でも何十の通り訳せるから決断ができない。


採用した単語が適切だと判断できる根拠が無い。

採用できなかった単語を捨てられるか、その根拠も無い。

その根拠が持てないのが怖いのか、私にはそれが分からない。

或いは、まだ私の心は単語を決められる心の準備ができていないからかも知れない。


兎に角、今のところはこの無動の暗いトンネルを潜っていくしか道が無いようだ。

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