農ある暮らしの中で

片田舎で過ごす 静かな農ある暮らしを色々な思いをこめながら日々綴っていきたいと思います。

羊と鋼の森

2016年09月22日 | 読書


 
 書店に陳列してある、沢山の本の中
静謐な文の運びに、
思わず手にした 一冊の本

 この本には
いったい どんな世界が広がっているのだろうか



 

 これではいけないと思いながら
最近 本から遠ざかっていた

 言葉を求めている

 言葉に飢えている



 まるで、乾いた砂が水を含んでいくように
本の中の言葉が 
私の身体の中に
ゆっくりと沁み込み 
豊かな水を湛えるように
満たされていく

言葉がイメージを広げ 
思考が張り巡らされていく

 一方では、
稲刈りを目前に、降り続く雨に
田んぼの事が気になりながら・・・ 

 作者に共鳴し
静かな 雨の日を過ごした



 
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ばね指

2016年09月14日 | 日記

 半年くらい前から 夜、右手を曲げると思う様に曲がらなくなってしまった
曲がらないからなのか・・・なんとなく 腫れぼったい気がする
ひょっとしてリュウマチ?1だろうかと
恐る恐る病院に行ってみると・・・
診断は ばね指だった。

「手の使い過ぎでなります。なるべく使わず休ませるのが一番です。」
と言われた。

 保育士をしながら 
お米もたくさん作って 畑もあって庭もあって・・・
右手を休ませる~???? それは 絶対無理 無理 無理~

あれから
イスに打ち付けた足の調子も良くなって 
ようやく早足でも歩けるようになった。

日曜日は たまっていた草取りをしたりお米をお届けしたり 
沢山の仕事が待っていた。

 夜は 横になって 曲がらない右手指を揉みほぐしているけれど
一向によくならず 

 あ~ なんで~ 

    やんなっちゃう~

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 充足感

2016年09月07日 | 陶芸

 粘土で表情を作り出していくのは とても難しい

 目 鼻 口元と 
全体のバランスを見ながら
一つ一つを慎重に丁寧に 
親指と人差し指を使って
粘土を足したり 削いだりしながら作り上げていく

 時間にして一時間半くらいだろうか
神経を一心に集中させて行うこの時間が好きだ
雑念がなくなり無になれる時間

 最初は 興福寺で魅せられ
思わず息をのみ立ち尽くした
あの阿修羅像の表情を作ってみたいと
挑戦したつもりだったのが
作っていくうちに
全く違ったものになってしまった

 釉薬をつけて焼きあがってみると
また味わい深いものに仕上がっていた

 今度は 黒土で阿弥陀如来にとりかかっている
先生が 傍にきて
「うん うん ○○さん いいですよ いいですよ。」
と頷いて下さっている

 その言葉がまたとても嬉しい




 ゆっくりとしたペースで作品が 仕上がっている

 この充足感は
深い山に足を踏み入れた時と
似ているかもしれない


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一抹の不安

2016年09月06日 | 日記
 

  あれから どうしているのだろうかと
十時過ぎ 長女に電話してみると
「今から 帰るところ。」
と 電話口の向こうから
コツコツとハイヒールの音が響く

 小さな会社に勤め始めて二年
毎晩のように帰りが遅く 疲れ果てている様子 
 
 少ないお給料の中で 車も持たず、慎ましく
一人暮らす長女
人と関わるのが苦手な娘は彼は愚か 
友人も殆どおらず 
一人静かに孤独に暮らしている

 この先 この子はどうなっていくのだろうか・・・
と ふと一抹の不安に苛まれる時があるが
あの子の選ぶ生き方なのだからと納得する。

 親というものは いつまでたっても子のことが気にかかり
子が辛い思いをすれば それ以上に親はつらくなる

 切ろうとしても切り離すことの出来ない
それが親子というものなのだろうか・・・

 人生を 
 誰かと共に寄り添い
 共に歩んでいく喜びを
 どうか 娘に味わって欲しいと 
 心から願うのである


 


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負傷

2016年09月04日 | 日記


 三日前、保育園で園児の小さな椅子の角に
足を思いっきりぶつけてしまい
薬指と周りが紫色に腫れ上がってしまった。

 痛くて歩くのもままならず、
園では 片方はサンダルを履いて
ぶざまな格好で園庭を動き回っている

 今日はやっと 一日休み
草取りや、やりかけの庭仕事も出来ずに・・・・
悶々と家の中で過ごしていた。
これじゃあ 草刈り機も持てない。

 古くて広い段差の多い我が家
トイレまでの長いこと
台所も20センチの段差

 ああ、不自由になって初めて気づく なんと不便なこと。


 明日からまた仕事・・・

少し 休息したいなあ
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