中小企業の「うつ病」対策ー人、資金、時間、情報に余裕がない

企業の労働安全衛生、特にメンタルヘルス問題に取り組んでいます。
拙著「中小企業のうつ病対策」をお読みください。

自発的健康診断

2022年12月21日 | 情報

〇安衛法では、事業者に健康診断を全員に実施することが義務付けられています。
この「全員」が難題でして、産業保健職のみなさんには、ご苦労が多いのが現状です。
一方で、労働者には健康診断の受診義務があります。ただし、医師の選択は可能であることを付け加えます。

〇さて、今日の本題は、「自発的健康診断」です。(安衛法第66条の2、第66条の3~第66条の5)、(安衛則第50条の2~4)

安衛法第66条の2 事業者は、有害な業務で、政令で定めるものに従事する労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、
医師による特別の項目についての健康診断を行なわなければならない。
有害な業務で、政令で定めるものに従事させたことのある労働者で、現に使用しているものについても、同様とする。

3 事業者は、有害な業務で、政令で定めるものに従事する労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、
歯科医師による健康診断を行なわなければならない。

4 都道府県労働局長は、労働者の健康を保持するため必要があると認めるときは、労働衛生指導医の意見に基づき、
厚生労働省令で定めるところにより、事業者に対し、臨時の健康診断の実施その他必要な事項を指示することができる。

5 労働者は、前各項の規定により事業者が行なう健康診断を受けなければならない。
ただし、事業者の指定した医師又は歯科医師が行なう健康診断を受けることを希望しない場合において、
他の医師又は歯科医師の行なうこれらの規定による健康診断に相当する健康診断を受け、
その結果を証明する書面を事業者に提出したときは、この限りでない。

安衛則第50条の2

法第66条の2の厚生労働省令で定める要件は、
常時使用され、同条の自ら受けた健康診断を受けた日前六月間を平均して一月当たり4回以上同条の深夜業に従事したこととする。

3 前条で定める要件に該当する労働者は、第44条第1項各号に掲げる項目の全部又は一部について、
自ら受けた医師による健康診断の結果を証明する書面を事業者に提出することができる。
ただし、当該健康診断を受けた日から三月を経過したときは、この限りでない。

4 法第66条の2の書面は、当該労働者の受けた健康診断の項目ごとに、その結果を記載したものでなければならない。

〇加えて、事業者は、結果の記録、医師の意見聴取(以上の所見ありの場合)、事後措置を実施しなければなりません。
(発基第54号、平11.5.21付)

〇自発的健康診断とは、
常時使用される労働者で、過去6ヶ月を平均して1ヶ月当たり4回以上深夜業に従事した者が、
通常の定期健康診断とは別に、自ら健康診断を受けてその診断結果を事業者に提出できる制度です。

事業者は、医師から意見を聞き、事後措置を講じるように義務付けられています。

検査項目は、定期健康診断と同じ11項目で、医師が必要と判断した項目も追加されています。

深夜業は、昼間に働く労働に比べて、生活のリズムが異なり、労働者の負担は重くなります。

そこで、健康に不安があり、次回の定期健康診断まで待てない時に、早めに診断ができるように、
費用の一部を助成する「自発的健康診断受診支援助成金」の制度がありました。

しかし、自発的健康診断受診支援助成金制度は、平成23年(2011年)3月18日で終了しました。
これが原因なのでしょうか、自発的健康診断が忘れられているようです。

〇ここで強調したいのですが、助成金制度の復活を望みます。

〇深夜業とは
労働基準法でいう、午後10時から午前5時までの夜間に行われる労働のこと。
厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については
午後11時から午前6時までのこと(労基法第37条の4)

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夜中に目が覚めるようになったら要注意

2022年12月20日 | 情報

リーダー、管理職も人間ですものね。

部下に仕事をうまく振れず、「過緊張」から夜眠れなくなった
第2回 仕事のことが頭から離れず、夜中に目が覚めるようになったら要注意
2022.11.17 日経ビジネス
奥田 弘美 精神科医(精神保健指定医)・産業(労働衛生コンサルタント)・株式会社朗らかLabo代表取締役

今回の「お悩み」
部下を持ったらストレスから眠れなくなってきた

40代女性です。今年の4月からあるプロジェクトのグループリーダーに任命され、数人の部下を持つようになりました。

当初は張り切っていたのですが、チームは初めて一緒に仕事をするメンバーがほとんどで、リモートワークが中心のせいか意思疎通がなかなかうまくいかず、プロジェクトの進捗が思わしくありません。

遠慮しがちな自分の性格もあるのですが、部下に仕事をうまく振ることができず、つい自分でやってしまうため、夜10時を超えて残業する日が増えました。また仕事を終えてからも、寝るまでずっと頭の中で仕事のことを考えており、最近は寝つきも悪くなりがちです。

夏の暑さのせいもあったのか、仕事の夢を見ては夜に数回目が覚めてしまうことが増え、そんな日は朝目が覚めても体の疲れが抜けず、頭もスッキリしません。

先日も部下とのウェブミーティングで、顔出しもせず何も発言しようとしない部下に対してイライラして、ついキツイ言い方をしてしまい、あとから自己嫌悪に襲われて涙が出てきました。

それを見ていた同居のパートナーからも「最近、気分のアップダウンが激しいんじゃない? 眠れない日もあるようだし、一度メンタルクリニックに行ってみたら?」と言われてしまいました。

確かに以前ほど仕事が楽しくなくなってきて、つらさを感じることが増えてはいますが、やる気が全くないというわけではありません。メンタルクリニックに行ったほうがよいのでしょうか?

 

交感神経の緊張が続くと、心身に悪影響が出る

仕事上の責任や仕事量が増えて、次第に仕事のことが頭から離れなくなり、睡眠に影響が出たり、気分の変動が激しくなったり……。これは典型的な「過緊張」の状態だと思われます。

過緊張とは、正確に言うと「自律神経のうち、交感神経(*1)の過度の緊張が続いている状態」です。ストレスによって交感神経が過度に興奮してしまい、リラックスを司る副交感神経の働きが弱まるために、精神面や身体面に様々な症状が出現してきます。

*1 体の機能を調整する自律神経のうち、血圧を上げて体を活動的にするのが「交感神経」、体をリラックスさせるのが「副交感神経」

ストレスが解消されず、適切な対処がなされないと、だいたい次のような段階で悪化していき、仕事や生活に影響が出てきます。そして最終的には「自律神経失調症」や「抑うつ状態」、「適応障害」などと診断されるケースも少なくありません。

 

ストレスから過緊張が悪化していく段階

1.仕事のことを頻繁に考えてしまい、プライベートの時間を楽しんだりリラックスしたりできなくなってくる。

2.夜寝るときにも仕事が頭から離れず、寝つきが悪くなったり、寝ついても仕事の夢を見て途中で目覚めたり、早朝に目覚めて眠れなくなったりするなど、睡眠障害の症状が出てくる。

3.睡眠障害が頻繁に起こるようになり、十分に睡眠で休息がとれなくなる。朝起きても疲れがとれず倦怠感が強くなる

4.体がだるく頭がすっきりしないため、感情の制御がうまくいかなくなり、イライラしたり落ち込んだりアップダウンが激しくなっていく。集中力に影響が出てきて、ケアレスミスが発生しやすくなる。

5.十分に休めず疲労が蓄積するため、体調不良も出てくる。肩こりや首こりを感じやすくなり頭痛が出やすくなる、胃もたれによる食欲低下、便秘や下痢、腹痛などの消化器系の不調が出てくる場合も多い。めまい感や動悸、息苦しさ、原因不明の身体の痛みなどを感じる人もいる。

6.上記のような睡眠障害や、心身の不調が悪化していくため、仕事に対する意欲・集中力が失われたり、人間関係が悪化したりして、憂鬱な気分に苛まれるようになる。

全ての人がこの順番通りに進行するわけではありませんが、過緊張状態を放置していると、睡眠障害に加えて、(4)(5)(6)あたりの症状が出て心療内科や精神科を受診し、何らかの診断が付く場合が多いように思います。

今回のお悩み相談は、まさに(3)の睡眠障害と、(4)の感情のアップダウンが激しくなる症状が出ていますね。

 

ストレスから眠れなくなる日が続けば医師に相談を

 もし寝つきが悪くなる「入眠障害」や、夜中に何度も起きて熟睡できなくなる「中途覚醒」の症状が、週に約2回以上あるようならば、心療内科か精神科で相談したほうがよいでしょう(*2)。

一般的に、働く人が心身の疲れをとるためには、最低でも6時間以上の連続した睡眠が必要とされています(理想は7~8時間の連続睡眠)。

途中で何度も目覚めているということは、深い睡眠がとれず、心身のメンテナンスが完了しないまま起床し、脳や体に疲れを蓄積させてしまっていることになります。

この状態を放置するのは危険であり、仕事上のストレスが劇的に改善されない限り、心身の症状はどんどん悪化して進んでいきます。

集中力が落ちて大きなミスに発展したり、感情の制御ができず人間関係のトラブルが勃発したりして、本格的なうつ状態になってしまう人もいます。また、体調不良が続いて仕事ができなくなる人もいます。

このような負のスパイラルに陥らないためにも、睡眠障害が頻繁になってきた段階で、心療内科や精神科を思い切って受診したほうがよいでしょう。

もし心療内科や精神科の敷居が高いと思うようであれば、まずは内科でも構いません。ぐっすりと深く眠れる方法を医師に相談してみましょう。

*2 厳密には、心療内科はストレスなどが要因で体に現れる症状を扱い、精神科はうつや統合失調症など心の病気を扱う。しかし町のクリニックでは、精神科医が便宜上、心療内科も標榜していることが多い

 

仕事の量・質・環境を調整しなければ抜本的な解決にならない

医師に相談するのと併せて、上司にも不調が生じていることを打ち明けて、相談することが大切です。現在の仕事のストレスを緩和しなければ、根本的な解決にはならないためです。

リモートワークで部下とのコミュニケーションがうまくいかないことや、仕事の割り振りがうまくできずに抱え込んでしまっていることなどを相談し、適切な助言を受けたり、仕事量の軽減などを検討してもらう必要があります。

過緊張は仕事の質や量がその人のキャパを逸脱しているために発生する、交感神経系の過度な緊張です。そのため、仕事の質や量に関する問題を改善しないと、医療機関でいくら治療をしても根本的に治癒しません。

まずは、当面の間、残業を極力しなくてもよいように仕事量を軽減してもらったり、負担となっている責任の一部を免除してもらったり、ストレス源となっている人間関係を調整してもらうなどの、対策が不可欠なのです。

もし会社に産業医や保健師、衛生管理者などの衛生管理スタッフがいるならば、そちらにもぜひ相談してください。精神科医や保健師は、労働者の心身の不調の相談を受けて、管理者側に仕事量や人間関係の適切な調整・助言を行うプロフェッショナルです。衛生管理者も労働者の心身の健康に関する知識を持っていますので、ぜひ活用してください。

 

ストレスを緩和するセルフケアも有効

もし、相談者さんの睡眠障害が頻繁に起こる状況ではなく、月に数回だけというレベルであり、感情が不安定になる症状も常態化していないのであれば、上司や衛生管理スタッフに相談したうえで、自分自身で交感神経の緊張を緩めてリラックスできるような時間を増やすことを意識しながら、様子を見てもよいでしょう。

筆者は過緊張の症状が出てきた社員には、産業医として次のようなセルフケアをアドバイスしています。

 

ストレスを緩和するセルフケア

・ONとOFFのけじめをしっかりつけて、緊張を緩和する時間を確保する必要があるため、仕事が終わったあとは、仕事に関することに一切触れない。パソコンやスマホ、資料などが気になっても見ない。時間外のメールや電話には、基本的に対応しない。

 もし時間外に突発的な連絡が入ってくる場合は、上司に相談して改善してもらう。休日や時間外の突発的な仕事の対応は、確実に過緊張症状を悪化させる。

・リモートワークでは、ONとOFFのけじめがつけにくいため、仕事が終わったらパソコンから離れて、外に散歩に行く。もしくは、ジョギングやサイクリング、ヨガなど、軽めのスポーツで体をほどよく動かして、意識的にOFFに切り替える。

・過緊張のときは消化器系が弱っていることが多いので、油の量を控えたバランスの良い食事メニューを選び、できるだけゆったりと食事時間を楽しむ。

 あまり食欲がないときも、心身の疲労を悪化させないために食事をスキップしない。特に夏場は、そうめんや蕎麦、スイーツなどの簡単なもので済ませがちになるが、できるだけ栄養のあるものを食べる。例えば、卵料理(つるっと飲み込める温泉卵もお勧め)や、豆腐、サラダチキン、白身の魚、野菜ジュース、たんぱく質やビタミンなどが入ったゼリー飲料などを活用して、栄養のバランスを極力整える。

・夜は精神的な緊張を悪化させる恐れのあるSNSやゲームなどから離れ、ゆったりと音楽を聴いたり、趣味の雑誌をパラパラ見たり、家族と団らんしたりして、できるだけリラックスを心掛ける

・夏場の入浴は、体が温まりすぎると眠気がなかなか訪れないため、ぬるめのお湯でさっと汗を流す程度を心掛ける。

・寝室は暗く静かな環境に整え、エアコンを活用して快適な温度をキープできるように工夫する。

・休日には、自分の気の向くままに過ごせるような、時間に縛られないリラックスした過ごし方を心掛ける。

朝から遠出するようなレジャーや、ハードなスポーツの予定を入れるのは、体の疲れを悪化させるため避けたほうがよい。また気を使う人との付き合いも控える。

過緊張で心身が疲労しているときは、たとえ気の置けない友人や家族との遊びの予定であっても、当日「気が進まない」「行きたくない」という気分が湧き起こることもあるので、極力キャンセルできるような体制を作っておく。

以上、過緊張状態を改善するためのセルフケアを列挙してみました。

これらのセルフケアを試しても、不眠症状や倦怠感が緩和されず、メンタル面や身体面の不調の症状が悪化していく場合は、心療内科や精神科、もしくは身体症状の該当する科を受診して相談してください。

※筆者が本文で取り上げた事例は、実際にあった例から個人情報保護のため設定や内容を一部変更したものです

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19日は、休載します

2022年12月16日 | 情報

19日は、出張しますので当ブログを休載します。
再開は、20日(火)です。
よろしくお願いします。

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労災事故が起きたら

2022年12月16日 | 情報

◎労災事故が起きたら、事業主・企業は、決められたルールに従って実務対応しなければなりません。

安衛則第97条、労基法施行規則第57条
事業者は、労働災害等により労働者が死亡又は休業した場合には、
遅滞なく、労働者死傷病報告等を労働基準監督署長に提出しなければなりません。

◎しかし、精神疾患の事案だけは、事案が惹起した段階では、労災なのか、私傷病なのかをにわかに判別することができません。
ですから「べつもの」というのが現状です。

ご承知のとおり労災申請の多くは、会社側が代行して手続していますが、
精神疾患の場合は、私傷病であるとして労働者に申請手続きを委ねているのが現状です。
しかし、労働者やその遺族から請求書に関する証明を求められた場合には、基本的に、会社側は協力する度量があることを示してください。

労災保険法施行規則第23条2項(事業主の協力等)
保険給付を受けるべき者が、事故のため、みずから保険給付の請求その他の手続を行うことが困難である場合には、
事業主は、その手続を行うことができるように助力しなければならない。
2 事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない。

◎なお、原則として会社側は協力することが求められますが、納得できないことまで協力する必要はありません。

◎請求者(本人または、遺族)は、労災であると考えたら、労災の保険給付を受けるために、
当該労働者が働いていた会社の地域を担当する労基署に請求することになります。

労災発生に関わる事業主の責任・義務(厚労省HPより)

 事業主には、労働災害の防止義務・補償義務・報告義務があります。

事業主は、労災を防止するため、労働安全衛生法に基づく安全衛生管理責任を果たさなければなりません。
法違反がある場合、労災事故発生の有無にかかわらず、労働安全衛生法等により刑事責任が問われることがあります。

労災事故が発生した場合、当該事業主は、労働基準法により補償責任を負わねばなりません。
しかし、労災保険に加入して いる場合は、労災保険による給付が行われ、事業主は労働基準法上の補償責任を免れます
(ただし、労災によって労働者が休業する際の休業1~3日目の休業補 償は、労災保険から給付されないため、
労働基準法で定める平均賃金の60%を事業主が直接労働者に支払う必要があります)。
したがって、労災保険に加入し ていない場合は、労働基準法上の補償責任を負うことになります。

また、場合によっては、労働基準法上の補償責任とは別に、当該労災について不法行為・債務不履行(安全配慮義務違反)などの
事由により被災者等から事業主に対し民法上の損害賠償請求がなされることもあります。
なお、この場合には、二重補填という不合理を解消するため、上記の労働基準法に基づく補償が行われたときは、
その価額分は民法による損害賠償の責を免れることが労働基準法で規定されています。

その他、労働災害が発生した場合、労働基準監督署にその労働災害を報告(労働者死傷病報告)しなかったり、
虚偽の報告を行ったりした場合にも、刑事責任が問われることがあるほか、刑法上の業務上過失致死傷罪等に問われることがあります。

◎疑問が残る場合には、所轄の労基署に相談してください。

労災保険給付の不服申し立て(厚労省)

https://jsite.mhlw.go.jp/tottoriroudoukyoku/content/contents/28rosai_fufukumo.pdf

 

 

 

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(参考)アプリで病気治す時代

2022年12月15日 | 情報

アプリで病気治す時代
WAVE スクラムベンチャーズ代表 宮田拓弥氏
日経産業新聞 2022年12月12日

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC290YY0Z21C22A1000000/

スマホやウエアラブルが普及する以前、「どのくらい歩いたのか」「今日の睡眠状態は」「心拍数はどの程度か」など、自分の行動や状態は特別なデバイスを装着するか病院に行かなければ、把握することは難しかった。

自分の体に関して容易にかつ多様なデータが簡単に把握できるようになった今、さらにデジタル技術を活用することでヘルスケア、そして医療を進化させようという取り組みにさまざまなスタートアップが取り組んでいる。

これまでに10社を超えるヘルスケア、医療関連スタートアップに投資をしてきた我々が今注目しているのは、「デジタル治療薬」「OMO医療」「メタバース医療」という3つのキーワードだ。

一つ目の、「デジタル治療薬」とは、医師が薬の処方の代わりに、アプリを使用するという新しい医療技術のことで、デジタルセラピューティクス(DTx)とも呼ばれている。2010年に米国で認可を受けた糖尿病の疾病管理プログラムをスタートに、日本でも20年に禁煙治療補助アプリが認可を受けている。

弊社では頭痛治療のHedgehog MedTechとメンタルヘルスのBiPSEEという二社に投資をしている。いずれもまだ新しいスタートアップだが、多くの人が悩む頭痛や心の病気を、デジタル技術で治療できる時代が来ることを期待している。

二つ目の「OMO医療」は、オンラインとリアルのいいところを統合(OMO : Online Merges with Offline)した医療だ。

基本的には遠隔診療での診断をメインとし、初期の症状の切り分けなどが済んだ段階で予約制で病院に通院する。病院ではすでに事前の情報の登録、診断が済んだ上での予約制での通院であるため診察前に待たされることもなく、効率的、効果的に処置ができるという仕組みだ。

弊社では脳ドックのSmartScan、ペット病院のDr TreatというOMO医療スタートアップに投資をしている。

最後は「メタバース医療」だ。スマホの次の大波として期待されているメタバース。コンピューターの処理性能や通信速度の向上により、多くの人が3次元の仮想空間でさまざまな活動をすると考えられている。

通信の遅れが極めて少ない5G通信を使えば、新幹線のように高速に移動する交通機関の中でも、精緻な手術をメタバース上で行えるようになると考えられている。まだ手術そのものとはいかないが、弊社が投資をしているOssoVRは、メタバース上で手術のトレーニングを行うソリューションを提供することで、世界中の医者の手術の成功率を上げることに寄与している。

スマホやウエアラブルの普及で今の健康状態を把握することは以前より容易になりつつある。医療の進化とデジタルの進化が融合することにより、ヘルスケアや医療はまだまだ進化をしていくと期待したい。[日経産業新聞2022年12月8日付]

 

アステラスなどプログラムを医療機器に 効果や課題は
日経産業新聞  2022年12月9日

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC296DJ0Z21C22A1000000/

スマートフォンを病気の悪化防止に役立つ医療機器に変える。そんな「医療機器プログラム」の開発が進んできた。アステラス製薬は2023年3月末までに臨床試験(治験)を始める。ソフトウエア開発のサスメドは不眠症の治療用アプリの承認を申請済みだ。投薬や手術などと並ぶ選択肢として定着すれば、生活の質向上や医療費の抑制につながる。

医療機器プログラムとはスマホやパソコンに人工知能(AI)などで機能を追加し、病気の治療や予防につなげるものを指す。治療用アプリが代表例だ。薬事法が医薬品医療機器等法(薬機法)に改正されたことに伴い、医療機器に組み込まれていないソフトウエア単体も医療機器として認められるようになった。

血糖値を測ってスマホに入力すると「危ない!低血糖の危険があります。今すぐリンゴジュースを飲むなどして、15分後に血糖値を再計測してください」と表示される。そんなアプリがある。デジタル医療関連事業の米ウェルドックの「ブルースター」だ。

これは10年に米国で承認されており「世界初の治療用アプリ」と呼ばれることもある。リンゴジュースについての文言は、治療薬が効きすぎて低血糖による意識不明などを起こすことを防ぐ警告だ。

アプリは単純に警告するだけでなく、専門家へ相談できる機能なども備えている。

アステラスの岡村直樹副社長は、同社として初めての治療用アプリを日本で開発する意義について「薬がアプリなどに代替される未来が来る可能性があり、ノウハウを蓄積したい」と語る。

常に更新が可能

毎日の歩数や運動量を記録する「健康管理アプリ」とは異なり、発売には厚生労働省から承認を得る必要がある。アステラスでブルースターのアジア向け開発を指揮するRx+事業創成部の神田直幸ビジネスプロデューサーは「発売後に機能をアップデートできるのが特徴だ」と語る。

グローバル市場でみれば、医療機器プログラムの実用化は米国が先行した。AIに強いスタートアップが多く、規制当局も企業を支援してきたからだ。これに日本も追いつき始めている。

「料理の塩分を抑えるために、調味料ではなく薬味を使いましょう」。医療スタートアップのCureApp(キュア・アップ、東京・中央)は食生活などを見直して高血圧の悪化を防ぐスマホアプリの提供を9月に始めた。

医師が患者にパスワードを発行し、入力して個人のスマホで使う。独自のアルゴリズムで食事内容や血圧の推移などを分析し、一人ひとりに最適化した助言を表示する。患者は6カ月間、日々の血圧などを入力し医師の指導を受ける。医療費3割負担の場合で、負担額は月2490円(初月のみ2910円)だ。

医療機器プログラムには医療費抑制への期待がかかる。日本で糖尿病の治療にかかる年間費用は20年度の時点で約1兆2千億円、高血圧は約1兆7千億円ともいわれる。症状が悪化すれば日常生活や仕事にも影響を与える。キュア・アップの佐竹晃太社長は「心疾患や脳卒中などの罹患(りかん)防止にもつながり、医療費削減のポテンシャルは大きい」と強調する。

医師の「目」を補助

プログラム医療機器の用途は病気の治療だけではない。「AIの目」による画像診断など、医師の技能を手助けするものも登場してきた。

ここは内視鏡検査の現場。医師は横たわった患者の口からカメラを入れ、胃の内部を慎重に確認していく。そのとき「ピコン!」と電子音が鳴り、医師も気付かなかった病変部の存在を警告した。

これは富士フイルムが開発した胃と食道のがんを検出するソフトウエアだ。9月に承認を取得した。内視鏡システム部の佐伯達彦部長は「AIを活用することで、熟練した内視鏡医がいない地域でも質の高い医療を提供することができる」と意義を語る。

そのほかAI開発企業のAIメディカルサービス(東京・豊島)も、胃の病変ががんになる腫瘍性かどうかの確率をパーセント表示するソフトを開発中だ。

海外で医療機器プログラムは「SaMD(ソフトウエア・アズ・ア・メディカルデバイス)」と呼ばれることもある。厚労省は医療機器プログラムの実用化を日本でも進める戦略「DASH for SaMD」を策定し、企業を後押しする姿勢を示す。

医療機器などの審査を担うPMDA(医薬品医療機器総合機構)に企業への助言を担う相談窓口を置き、今後の申請増加にも備えている。

調査会社のグローバルインフォメーションによればSaMDの世界市場は27年までに864億5162万ドル(約12兆円)と、19年の184億8800万ドルと比べて約5倍となる見通しだ。これからは日本企業もグローバル市場で通用する製品を開発できる可能性がある。

一方で「治療効果」を的確に判定する手法や、病気を見落とす可能性を減らす方策といった課題もある。定着させるには製薬会社などが医師や患者に効果やリスクを丁寧に説明する努力が欠かせない。

VRゴーグルを活用

医療機器プログラムで治療に使う道具はスマートフォンやパソコンだけではない。仮想現実(VR)用のゴーグルを使い、うつ病など精神疾患を対象とした研究開発も進んでいる。今後は製薬会社や医療機器メーカーに加えて高度なソフトウエア技術を持つIT企業の新規参入も考えられる。承認申請が増えても対応できるような審査体制の整備なども必要になってくる。

「私の名前はアリ。お会いできてうれしいです」。VRゴーグルを装着すると、球体の形をしたキャラクターが目の前に現れる。導かれるままにゲームを進めると「自分にとって大切な価値観」に気づくことができる。そんなコンテンツの配信を住友ファーマとVRコンテンツ開発の米ビヘイビアが11月に米国で始めた。これも医療機器プログラムの一つの形だ。

現時点では医療機器プログラムではなく、誰でも使える一般向けコンテンツだ。しかし27年3月期をめどに、人と対話すると発汗や頭痛などが起きる「社交不安障害」を治療する目的で、米国での承認取得を目指す。

医療機器プログラムは、こんなウエアラブル端末での活用も進んできた。帝人ファーマはVRコンテンツ開発のジョリーグッド(東京・中央)と協力し、うつ病を治療するVRコンテンツの臨床研究を日本で11月に始めた。米国では慢性腰痛の治療を助けるVRプログラムが医療向けに実用化されている例もある。

単語の使用傾向を解析

医療機器プログラムを診断支援に使う取り組みでも新たな動きがある。これまでは内視鏡や磁気共鳴画像装置(MRI)などの画像をAIで分析するのが主流だった。これに対し、音声データを分析対象とする企業が出てきた。

「最近どうも物忘れが増えてきているようなんです」といった患者と医師の15分程度の会話音声をAIが分析する。具体的には患者が使う単語の傾向を解析し、認知症の重症度の判定につなげる。AI企業のFRONTEO(フロンテオ)は25年の発売を目指し、そんなソフトウエアの開発を進めている。

同社は新型コロナウイルスの流行に伴って少しずつ広がっているリモート診療も念頭に置いて「過疎地域の遠隔診療につながる可能性もある」と開発の意義を説明する。

一方で、医療機器プログラムを保健医療でどのように位置づけるかは定まっていない。まだ新しい技術で診療報酬の対象になっている製品が少なく、販売後の収益を予想しにくいのが実態だ。参入企業を増やすには収益性の「透明化」も必要になる。

官民でルールの協議を

医療機器プログラムの普及が進むドイツでは、一定の安全性と有効性のあるものは規制当局が柔軟に審査し、早期に発売できる仕組みがある。国際医療福祉大学の田村雄一教授は、「治療用アプリは柔軟な審査制度を用いるのが妥当だ」と指摘する。

審査の姿勢を緩め、危険性のある医療機器プログラムが発売されることを許してはいけないのは当然だ。それと同時に、大手企業からスタートアップまで幅広い企業が開発の意欲を高められるルール作成も重要になる。製品ガイドラインの拡充や最適な審査体制などの課題をどのように解決するかについて、官民が協議すべき時期が来ている。

 

 

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