はせがわクリニック奮闘記

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若山牧水と園田小枝子

2018年09月21日 | 読書



牧水は早稲田大学に通っていた21歳の時に、神戸で偶然にも園田小枝子と出会います。
同郷である友人日高園助の恋を成就すべく、牧水は神戸の赤坂家に乗り込んだのですが、そこに親戚である小枝子がいたのです。
小枝子は広島出身ですが当時は結核の療養のために須磨に来ていました。

この偶然の出会いが牧水の人生を悲惨なものにしますが、この出会いがなければ牧水の様々な恋愛の短歌は生まれなかったかもしれません。

小枝子はその後広島へは戻らずに、東京で勉学に勤しんでいた赤坂家の三男である3歳下のいとこの庸三と同じ下宿に住み始めます。
こうして牧水と小枝子の恋愛が始まりました。
その後二人の交際は5年にも及ぶことになるのですがその大半を牧水は寂しさと不安とジェラシーとで過ごしました。

当初小枝子はなかなか心を開こうとしません。
実は、小枝子は人妻で広島に夫と二人の子供までいたのです。
そのことを隠している後ろめたさが小枝子にブレーキをかけさせたのでしょうが、牧水ならずとも男は返ってのぼせ上りますよね。

このころに詠んだ歌ですが

幾山河越え去り行かば寂しさの果てなむ国ぞ今日も旅行く

白鳥は哀しからずや海の青そらのあおにも染まずただよふ


付き合い始めて一年以上になるのに肉体関係は無かったのですが、牧水にチャンスが訪れます。
明治41年の正月に房総半島の根本海岸へ泊りがけの旅行に行ったのです。
ただし、二人きりではなく、庸三も一緒の三人旅でした。
小枝子にしてみれば姦通罪もあったような時代ですので、庸三を伴ったのはアリバイ作りであったのかもしれません。
この旅行中に牧水と小枝子は初めて結ばれます。

そのことで牧水は有頂天となり多くの情熱的な歌を詠みます。

山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇を君

海哀し山また哀し酔い痴れし恋のひとみにあめつちもなし

山ねむる山のふもとに海ねむるかなしき恋の落人の国

ともすれば君口無しになりたまふ海な眺めそ海にとられむ


さて牧水の有頂天ですが一か月も続かなかったようです。
小枝子をゲットした牧水は、彼女を奪われることを恐れ始めます。
庸三が敵のように思われてきたのです。
以後、結婚を求める牧水でしたが、叶うはずも無く、どろどろした三角関係が続きます。
後年牧水は酒と旅の詩人と称されますが、実態は苦しさから酒に走り、東京から逃げ出すような旅の繰り返しに過ぎなかったのです。
やがて、小枝子は妊娠し出産しますが、牧水の子か庸三の子かは当時では判定できません。
その子は幼くして命を落とすのですが、牧水も深く落ち込み哀切な歌をいくつか詠みます。

牧水の恋を振り返ってみれば、小枝子って性悪女ですよね。
故郷に夫と子供を残して出奔し、そのことを隠して牧水とつきあい、さらにはいとこともできてしまうのですから。



小枝子は美人だったようです。
牧水は性悪美人に翻弄されながら多くの歌を詠んだのです。

さて最後に私が好きな牧水の歌をアップしておきます。

白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ



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