葬儀を通して日々考える、鈴木葬儀社社長BLOG

葬儀を通して日々思ったことや感じたことを書いてます

お経の本を読んでいます

2005年12月17日 14時05分41秒 | Weblog
現在、私は華厳経を読んでいます、故中村元氏の書籍で漢文からの翻訳とサンスクリット文からの翻訳の両方がのっています
このシリーズは7巻まであり、読み応えは私にはあり過ぎで何時終わるのか心配です^^;

残念なのは各巻で解説しているお経ですが全文ではないのを購入してから気が付いている愚か者なのですがページ数に限りがあるので難しいのは致し方ありません

この書籍は漢文とサンスクリット文からの翻訳で実は多少ですが違いがある事を知って実は驚いています、中国人やインド人が翻訳しているのですが意味が中国人向けにされていたりとか、その当時の時代背景を知らないと本当の意味を理解出来ないのかと心配しています

例えば
一一の微塵の中に、仏国海が安住し、仏雲が遍く護念し、弥綸して一切を覆う。

一つの微塵の中に於いて、仏は自在力を現じ、一切微塵の中に神変することも亦是の如し。

諸仏及び神力は盧舎那の示現したもうなり。

この塵という訳はサンスクリット語では「anu paramanu」という言葉で「非常に小さい微細な物」という意味だそうです、中国人はこれを塵と訳し西洋人は「アトム・原子」と訳しているそうです

塵の中と原子の中ではニュアンスが異なると私は思い、やはり当時のインド社会を勉強してサンスクリット語から直接日本語に訳すのが必要なのではないかと思ったのです

仏教は日本人に馴染みの深い宗教の割にはその内容を良く知らない方、または知っていると思っている方が多いと(私も含めて)思います

少し文献を紐解くと広い世界が開けます、葬儀=仏教などと単純な事ではなく本来宗教と葬儀は別物という事も直ぐに理解出来ます、しかし更に大きな疑問を自らに突きつけてしまいますが....

仏教は成立してから約2千5百年の歴史があり原始仏教から大乗仏教そして日本仏教と見ていくと同じ仏教と言えるのか?との疑問があるくらい変化しています
大乗仏教は「方便の肥大化だ」で原始仏教とは明らかに異なると言われる学者の方もいます

大乗非仏説論なのか???? なら大乗仏教がベースの日本仏教は仏教なの?と考え込んでしまいます

しか~し現在では葬儀と仏教は切っても切れない関係なのは現実の事です、葬儀を通してしか仏教を私は見ていませんが葬儀の本質を突き詰める為にも今後も仏教に関しては研究をして行かなければならないと思っております

本を読んでいると「社長~仕事してよ~」とのシロイ視線を
感じつつ日々過ごしております
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