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「次は誰だ」ク・ハラ自殺でも終わらない韓国ネット民の狂乱

2020-01-18 16:31:20 | 日記
「次は誰だ」ク・ハラ自殺でも終わらない韓国ネット民の狂乱

『竹嶋渉』 2019/12/06


竹嶋渉(元在韓ジャーナリスト)

 去る11月24日午後、韓国の女性アイドルグループ「KARA」の元メンバーであるク・ハラさん(28)が自宅で亡くなっているのが発見された。すでに広く報道されているが、ク・ハラさんの死は、韓国国内はもちろん、日本を含む海外の韓流ファンにも大きな衝撃を与えた。特に、ク・ハラさんの自殺の40日前には、同じく韓流スターであるソルリさん(26)が自殺していたため、その波紋はさらに大きいものとなった。

 ク・ハラさんは1991年、韓国西南部・光州生まれ。2008年にKARAに加入し、芸能界デビュー。2016年までシングル12枚、アルバム5枚を発表。韓国と日本で活発な活動を繰り広げた。この時期、「少女時代」「東方神起」らと共に「第二次韓流ブーム」の中心となった。2016年にKARAが実質上解散した後もバラエティー番組や音楽番組などで高い人気を誇っていた。

 ク・ハラさんは日本でのライブツアーを終え、22日に韓国に帰国した。自宅に到着した時刻は24日午前0時35分だったとみられている。24日の午後6時になって、家政婦が自宅の1階で冷たくなっているク・ハラさんに気付き、警察に通報した。警察は6時9分にク・ハラさんの死亡を確認している。ク・ハラさんは前日の23日には写真共有アプリ「インスタグラム」に自分の写真を掲載し、写真とともに「おやすみ」という書き込みを残していた。予期されなかった自殺であったため、衝撃は大きかった。

 警察の捜査によると、監視カメラの映像を分析した結果、ク・ハラさんが帰宅してから、同日の午後6時まで、外部の人物が訪ねてきた痕跡はなかったとしている。他殺の可能性がなかったことから、遺体の解剖は行われなかった。

 当初、彼女の死因についての詳しい報道はなかったが、その後、自筆メモが発見され、自殺の可能性がささやかれ始めた。このメモは自宅1階の居間のテーブルの上に置かれていたもので、短い内容であったが、自分の身の上を悲観する内容であったと言われる。その内容は公開されなかったため、自殺の原因についてさまざまな臆測がなされることになった。

 まず、原因と目されたのが、「アクプル」と呼ばれるネット上の書き込みである。「アク」は「悪」の韓国漢字音、「プル」は「reply(リプライ)」の略。要するに他人を誹謗(ひぼう)中傷するアンチ・コメントのことである。

再始動第1弾シングル「Midnight Queen」の発売記念トークショーを行った韓国女性グループ、KARAの元メンバーで歌手のHARA=東京・東池袋のサンシャインシティ噴水広場
再始動第1弾シングル「Midnight Queen」の発売記念トークショーを行った歌手のク・ハラさん=2019年11月8日、東京・東池袋のサンシャインシティ噴水広場
 韓国のネットニュースには、配信元を問わず例外なくコメント欄が設けられている。日本同様、注目度の高いニュースには数百、数千のコメントが書き込まれる。韓国はネット・インフラの整備がアジアで最も早く進んだことから「ネット先進国」「オンライン強国」を自負しているが、残念ながら、ネット利用者の意識やモラルはお世辞にも先進的とは言えない。
 人種や特定地域に対する「ヘイトスピーチ」顔負けの酷(ひど)い書き込みが行われることなど日常茶飯事だ。時には政治的な目的や商売上の利益のために、アルバイトを雇って大量の書き込みを行い、世論を誘導しようして発覚するという「事件」もたびたび発生している。
 ク・ハラさんの死後、韓国の公営放送KBSは、彼女の関連記事に書き込まれたコメントの内容を分析している。韓国の大手ポータルサイト・ネイバーに書き込まれたク・ハラさんの私生活と関連した記事5件を選び、記事に書き込まれた1万3700件の書き込みをすべて分析したものである。分析の結果、全体の19%に当たる2600件が「悪質コメント」と見なされるものだった。

 韓国ではさらに、こうした根拠があやふやな書き込みをネタとして報道する慣習がある。もちろん元ネタに対する事実確認などはなされない。あくまで「ネットニュースにこうした書き込みがなされた」との「事実」を報道しているだけ、という言い訳が通るからだ。結果として、事実無根の「流言飛語」がニュースとして再生産され、拡散する悪循環を招く。もちろん、こうした悪質な書き込みや報道は刑事事件や裁判沙汰にもなっており、警察庁の統計によると、ネット上の名誉毀損(きそん)・侮辱に関する事件は2012年に5684件、14年に8880件、16年は1万4908件と急増している。

 KBSの調査によると、ク・ハラさんに関する悪質コメントには「顔」「整形」「手術」など、主に容貌を卑下する用語が用いられていた。中には「整形に失敗して自殺を試みたのではないのか」といったものもあったようだ。これは、昨年に彼女が受けた眼科手術をネタとしたものだ。彼女の自殺未遂をネタとした悪質コメントもあった。実は、ク・ハラさんは去る5月にも自殺を試みたことがあり(この際にはマネジャーが早くに発見したため、大事には至らなかった)、この事件の後、悪質コメントの内容はさらにエスカレートしていく。その中には「次は自殺に成功しろ」という人格を冒瀆(ぼうとく)する内容もあった。

 また、彼女が光州出身者であったことも、攻撃の対象になった。日本ではあまり知られていないが、韓国国内には、光州が位置する全羅道に対する根強い差別意識がある。

 例えば、韓国のネット上では全羅道出身者を「ホンオ(紅魚)」と呼ぶ。これは、発酵させたエイ(「紅魚」)を食べる全羅道地方の人々を罵(ののし)る地域差別用語である。もちろん、タブーとされる表現だが、いかなる差別や罵倒も許されるネット空間では使い放題。韓国のネット上で「ホンオ」を検索してみれば、韓国における全羅道差別がいかに酷いかが瞬時に理解できるだろう。ク・ハラさんもこうした差別感情の標的になった。書き込みの中には「全羅道出身者を排斥するのがグループの生きる道」といった心ない内容もあったようだ。

 こうした悪質な書き込みに対して、生前のク・ハラさんは「私の精神的健康のためにも、皆さんが美しい言葉、きれいな視線を持つ方々だったら、と思います」「悪質コメントに対する善処はありません」などというコメントを寄せてもいる。

韓国の女性グループ「KARA」の元メンバー、ク・ハラさん(聯合=共同)
韓国の女性グループ「KARA」の元メンバー、ク・ハラさん(聯合=共同)

こうした悪質コメントはク・ハラさんの死後にも続いている。あきれたことに、彼女の死を自分の動画の視聴者数増加や、商売に利用しようとする輩(やから)も登場。ク・ハラさんの死後、韓国の大型掲示板サイトには「ソルリ、ク・ハラの次の打者は誰だ」とのタイトルの書き込みがなされたが、これはオンラインゲームの広告を目的としたもので、ネット上で耳目を集めるために2人の死が利用された(この書き込みはネットユーザーの非難を受けてすでに削除されている)。

 ユーチューバーたちも負けてはいなかった。ク・ハラさんの死亡原因に対する「分析」「陰謀論」をネタにして、注目度を上げ、アクセス数稼ぎに熱を上げていた。「故人をアクセス数稼ぎに利用するな」という批判も、視聴者数が収入に直結しているユーチューバーには大した効果があったようには見えない。ソルリさんの死後には、彼女の交際相手を自称するユーチューバーの動画や、ソルリの霊が降臨したと称する霊媒のユーチューブ映像が批判を浴びたが、結局同じことが繰り返された形だ。

 ク・ハラさんの自殺に関連して、悪質コメント以外の原因として指摘されているのが、元交際相手による暴行・リベンジポルノである。

 ク・ハラさんは昨年9月、元交際相手に暴行され、リベンジポルノを公開するといった脅迫を受けたとして、元交際相手であった男性を刑事告訴。法廷での攻防の末、今年の8月29日、ソウル中央地方裁判所は、この元交際相手に対して懲役1年6月、執行猶予3年を言い渡した。元交際相手は判決を不服として、高裁に控訴している。

 これは暴行に対する判決であって、リベンジポルノに対しては「性関係のある両人の合意のもとに撮影された」として、無罪が言い渡された。この男性は有名美容師で、裁判の最中に自分の美容室を開業している。ク・ハラさんが自殺未遂を起こしたのはその直後のことだ。

 この裁判に対しても数多くの悪質コメントがネット上で書き込まれ、ク・ハラさんは自分の会員制交流サイト(SNS)に「辛(つら)くても辛くないふり」「一言の言葉が人を生かすこともできるし、殺すこともできる」「幸せなふり、大丈夫なふりは、もうやめたい」といった真情を吐露している。

 この裁判に対しては、去る11月29日、女性団体が裁判所の前で一審の判決に抗議する集会を開いている。リベンジポルノを公開するとの脅迫を裁判所が無罪としたことに対する抗議であるが、司法判断を糾弾して済む問題ではない。

 この裁判を散々ネタにしてきたイエロージャーナリズム(扇動的なニュースを売り物にする報道機関)、それを面白がって大量の悪質コメントを書き込んでいた一般大衆も同じく糾弾の俎上(そじょう)に上げられるべきだろう。彼らがク・ハラさんを死に追い込むのに一役買ったのは、厳然たる事実だからだ。

 実は、ク・ハラさんの自殺が報じられた後、元交際相手が公開を予告していたリベンジポルノをネット上で販売するとの書き込みがあちこちでなされた。彼女の死後にも、故人の死をネタにして、モラルの欠如した大衆相手に金もうけをたくらむ輩が存在したのである。

第40回ベストドレッサー賞2011発表・授賞式。元KARAのク・ハラ=東京・渋谷のセルリアンタワー東急ホテル(撮影・戸加里真司)
第40回ベストドレッサー賞2011発表・授賞式。元KARAのク・ハラ=2011年11月30日、東京・渋谷のセルリアンタワー東急ホテル(戸加里真司撮影)

 今回のク・ハラさんの自殺の原因を巡っては、この他にもさまざまな臆測がささやかれている。その決定的な原因が何であれ、無責任な報道と、その報道に扇動された大衆、そしてその大衆を相手に一儲けを企む輩が、手を組んで起こした「社会的殺人」であったことに疑いはない。

 ク・ハラさんの自殺後、韓国国内ではその死を悼む声が大きいが、彼女が死に至った過程を徹底して検証し、報道の在り方とその受け止め方を真摯(しんし)に自省しなければ、第二、第三のソルリ、ク・ハラが生まれるのは必定(ひつじょう)であろう。謹んで彼女の冥福をお祈りするとともに、こうした事件が再発しないことを切に祈りたい。

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