脊髄腫瘍闘病記・ま~ちゃんのつぶやきエトセトラ

夫が脊髄腫瘍星細胞腫G4で、T2で脊髄を離断。残念ながら丸2年後に、亡くなりました。闘病中→その後を書き綴ります。

脊髄腫瘍の症状が出てからのその後

2016-04-30 20:43:10 | Weblog

仕事から帰宅し、息子と夕食を食べ終えてPCに向かっている。


またまた、まとめて、夫が脊髄腫瘍に侵されてからの症状の詳細を載せる。


夫本人の証言に基づき、時系列にて症状がどのように変化していったのか、詳細を書き記したものである。

2007年7月頃
右足全体が異常に熱く感じた、けれど、夏だったためと普段から腰痛があったのであまり気に留めなかった。
この前後からひどいぎっくり腰が続き整骨院に通うようになりました。
マッサージをしてもらうと、ふくらはぎが異常に張って痛かった。

2007年秋頃
この頃から足の裏の何とも言えない様な痺れというか、じれったいような、
くすぐったいような感じが始まり、無意識のうちに貧乏ゆすりをしていて妻に注意されていた。
腰の精密検査を受けなければいけないなぁ~と思ったが、仕事が忙しくなかなか病院には行かなかった。

2007年12月
冬になり寒いはずなのに右足の暑さはひどくなり痺れも感じ始める。
和式トイレの時、立ち上がるのに踏ん張れず、ひざがくだける。
便意を感じトイレに行くが間に合わず少し出ていたりする事があった。
その時は理由がわからず自分を情けなく思った。
それでも長年の腰痛が痺れの原因だと思って疑っていなかった。

2007年12月28日
近隣の千葉西総合病院の整形外科にかかり、足の症状を訴えたが膝からばい菌
が入ったための炎症ではないかと皮膚科にかかるようにいわれた。
(年明けに念のため腰のMRI検査予約を入れた)暮れだったため、
総合病院には皮膚科医がいなく、他の皮膚科にかかり塗り薬と抗生剤をもらったが、
足の症状は全く改善しなかった。

2008年1月7日
千葉西総合病院の整形外科で予約を入れてあった腰のMRI検査を受けた結果は
「ヘルニアだけど問題ない」と言われて終わった。
しかし、本人は「これだけの症状があってなんでもないわけがない!!」と思い
その足で同じ千葉西総合病院の皮膚科に行った。
その皮膚科医は「ばい菌で足がしびれたら大変ですよ~!!」
「それより、かゆくない?」と聞かれ皮膚炎の薬を出してくれた。
会計を待っている間、待ち時間が”90分”と表示が出たのでその時間に循環器に行った。
糖尿でも足が痺れる事があるそうで、血液検査と尿検査をしてくれたが異常は見つからなかった。
循環器の医師がビタミン剤を出してくれたが「しびれではあとは神経内科かなぁ~」と言うので
神経内科の予約を入れ帰宅した。この日処方されたビタミン剤は全く効かなかった。

2008年1月中旬
神経内科の予約日がやっときて最初から今までの経緯を話たら
初めてじっくり症状に合わせた診察をしてもらえた。
結果、"腫瘍の疑い有り"と言うことでMRIの再検査の予約をいれた。

2008年1月下旬
MRI再検査(首から腰まで)

2008年2月初~中旬
千葉西総合病院神経内科(佐野副院長)の診察。
「脊髄に腫瘍が出来ているから整形外科に戻って説明を聞いて下さい。」と言われた。
この日のうちに整形外科にすぐにカルテを回してくれず、
後日自分で外来に来いと言われ本人帰宅。この時点でわたくしは大激怒、沸点は近かった(`ε´)

2008年2月中~下旬
やっと最初にかかった整形外科で病状の説明を受ける。
夫婦2人で中待合いに座っていると3~4名のDrがバタバタと走り回り大騒ぎしているのが聞こえた。
あっちこっちに電話も入れている様子だった。

この日最初に対応した若い医師は「背中の脊髄の中に"デキモノ"が出来ていてね」と
ニコニコと話してくれたが、ここでは診れないので大学病院、
しかも大学病院でも選ばないと対応不可能だから…と少々待たされた。
それから10分程Dr達の必死のドタバタが曇りガラス越しに見えた。

私達夫婦はこの日までに猛勉強しある程度資料を揃え持参していたので
「脊髄腫瘍の事を"デキモノ"だってさぁ…」と医師の方々の動揺ぶりを静観していた。
次に対応してくれた女子医大から出向していた西山医師が
「胸髄の脊髄髄内腫瘍なので慶應大学病院の中村医師に紹介状を書けますがどうしますか?」と
言って下さり、わたくしたちは、慶應病院・中村雅也医師への紹介状をもらうつもりで論文等資料を
揃え持参していたので、「慶應・中村先生にお願いします」という感じで話は早かった。

この西山医師、翌日慶應大学病院の中村医師に連絡して「手術がいつ頃受けられるか?」
と問い合わせをして下さり、「7月まで手術予約がいっぱいだそうです」
「遅くなってしまい申し訳ありません」と我が家まで電話を下さった。

千葉西総合病院で一勤務医であっても自分に出来る事を探して最大限にやって下さった先生は
西山先生ただ一人だった。深く感謝し、その後も何度かお礼を兼ねた経過報告に伺った。

ちなみに前年に症状を訴え初診で診てくれた整形外科の女医さんからは病状の説明、
病院の紹介ましてや電話の一本もありませんでした。


2008年3月中旬
紹介状とMRI画像を持って慶應大学病院の中村医師の初診外来を受診する。
MRI画像のデータが足りないとの事で血液造影検査の予約がひと月後の4月中旬に入れて
(「もっと早く、もしくは他の病院で撮って持参します」と言ったが「うちの画像でないとダメなんだよ…」
との事)た。

「こんなに症状が進んでいるのに来るのが(ここに)遅い」と言われた。

(この件については最初に行った千葉西総合病院の院長に「貴院の整形外科医は本人が症状を訴えているのに
病巣を多角的に探る姿勢に欠ける」とわたくしがクレームとして猛烈に追求した。

ちなみにこの千葉西総合病院は週刊朝日の良い病院ランキングのベスト10に入る
医療法人徳洲会の総合病院である。

しかし、「この慶應大学病院では全ての診察や治療が患者が多いためなかなか進まないが
私で良いんですか?」と中村医師に聞かれたが「全て先生にお任せするつもりで今日来ました」と言い
即日入院予約を入れ帰宅した。
この頃から背中と胸の痛みが徐々に出始めかなり痛みが強く夜は痛みで眠れない程にまでなっていたので
不安が膨らむ毎日だった。次回の外来で医師に早めに治療(手術)して欲しいとお願いするつもりだった。
(その時点では6月下旬~7月下旬の手術予定になると言われていた)


2008年4月中旬
慶應大学病院でのMRI血管造影検査。その数日後外来受診。
症状として歩行困難が進行している事、しゃがんだ状態から立ち上がるのが難しくなっている事、
胸と背中が激しく痛む事、目をつぶって片足立ちが出来ない事、MRI画像の状態から中村医師の経験上、
おそらく胸髄髄内腫瘍に間違いなく、「7月まで手術を待てる状況ではないので…」と手帳を何冊か見比べ、
5月29日に手術予約、2W後の4月30日外来での緊急入院も有ると言われた。
その日のうちに血液検査や心電図等出来る検査は全て済ませた。
ベッドが空き次第入院とも言われたのでその後は入院受付からの連絡をひたすら待った。
待って待って待ったけど電話はなかった。

2008年4月30日
慶應大学病院の外来。予定通り5月29日手術決定。
1W前頃入院して麻酔科外来を入院中受けるように指示され、27日(火)5時~家族も交えた病状・
手術等の説明を中村医師により受ける予約を入れた。

入院までの日々は家族4人平々凡々と暮らした。子ども達が毎日登校するのを見送り、
夫婦2人でその後ウォーキング、「歩けるうちに歩いておこうか…」等と言いつつも
体力作りにもなるし脚の筋力アップにもなるからと一生懸命努力した。
夫の脚は次第に悪くなっていた。まず、歩いているとよくつまずいた。

そして、温泉に行った時に水風呂に入ってみたら右側だけ(右の胸から下、脚まで全部)
全く冷たさを感じなくなっていた。
しかし、お風呂に入るとしびれを忘れられると言って喜んでいた。

ウォーキングから帰宅した時に靴を脱いだら大きな血豆や水ぶくれ、ようするに靴擦れが4つも出来ていた。
本人も全く痛みを感じなかった事にショックを受けていた。
背中と胸の痛みは次第に増し敷き布団にフワフワのかけぶとんを敷いて寝た。
ロキソニンという痛み止めが手放せなくなっていた。
転ぶのが怖かったし、症状が進んで就労不可能だったので入院までの約ひと月は仕事も休んだ。


2008年5月27日入院。
その夜、始めて家族も含めた病状及び手術に関する説明があった。
ほぼ予想通り、ただし、6:4もしくは5:5で上衣腫:星状細胞腫との話には食い入った。
この説明会はあくまでも上衣腫だった場合に限った説明で終わった。
本人も私も、まぁきっと上衣腫だろう…とわざと楽観的に考えようとした。

2008年5月29日
手術当日、朝8:30あっけなくも歩いて3人(本人、私、看護婦さん)で新棟4階の手術室へ。
じゃ、頑張ってね!と握手をした。その後私が病棟に戻ると何と、
中村医師チームの皆さんが病室の夫の所に向かっていた。「もう手術室に行きましたが…」と私。
「えーっ?9時入室のはずなんだけどなぁ~」と先生方皆さん大急ぎで非常階段で手術室に走っていった。

その9時間後、夫は看護室に戻ってきた。

腫瘍摘出術後は直後から足の指はピコピコというかグルグルというか良く動いた。
術後2日目には膝から下がビュンビュン動いた。
しかし、左右の自覚感覚に差があり、痺れは右足が強く、左足は全くの無感覚だった。

術後4日目に離床。車椅子に乗った。けれど、調子に乗りすぎトイレで起立性低血圧で気絶!
沢山の先生方や看護士さんに助けられてやっとの思いでベッドまで運んでもらった。

本人いわく「便器でウンコがしたかっただけ、でも、もう無理はしません、オムツでいいです・・・」
とかなり気弱になった。
病理検査結果が出るまでの間、と言うか、出てからも再手術の前日まで毎日(土日は休み)
リハビリは頑張った。車椅子の乗り降り、足のストレッチ、立つための器具
(平らなベッドに身体を数箇所マジックテープで固定し角度を上げていく)、
手と腰を使った移動、、、毎日毎日少しずつだったけれど前進・進歩が嬉しかった。

リハビリの先生一人介助で立った。立った後はほぼ支え無しで立っていた。


これが、2度目の手術、脊髄離断術の前日。


翌日、離断術により、「この一切の機能を失った。」


痛さ痒さ熱さ寒さは感じないのだけれど、症状として今まで長くあった”しびれ”だけが
今もあると本人は訴えていた。

生物学的にはもうありえないことなんだけど、脳が覚えていて幻視痛であった。


この幻視痛は本人いわく「まんりきで締め上げられるような強烈な痛み」だそうで

その後、24時間エンドレスに苦しめられ、フェンタニルMTパッチ(モルヒネパッチ)

による緩和ケアを受けられるようになるまで、長い間、様々な治療薬を試した。

どれも、劇的に効くよりもさきに「副作用」に苦しみ、フェンタニルに行きついた時は

どれだけの安堵をもらったか知れない。夫の生活の質が劇的に変わった。



脊髄腫瘍について、普通の方は知識が無くて当たり前である。

わたくしも、夫が脊髄腫瘍になって、勉強して勉強して、やっと辿り着いた。

そして、その知識と経験は今のわたくしの礎に確実になっているのではないかと思うし

その知識と経験によって、多くの医療従事者や経験者、これからの人達と

やり取りできるまでになったと思っている。。


何でもそうだが、「突き詰める」事は大きなエネルギーと膨大な時間を費やす。

しかし、費やしただけの事はある。

と、思っている。




では、、、まだまだ、脊髄腫瘍は続きます。。。




       ごきげんよう







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星細胞腫アストロサイトーマの画像

2016-04-30 09:04:25 | Weblog
アストロサイトーマ(星細胞腫)の画像です。



夫の脊髄腫瘍が見つかるまでの”主訴”は、


「足がしびれる」「砂の上を歩いているような感じ」


だった。右脚だけの症状で、よく、貧乏ゆすりをしていた。

近くの大きな総合病院(千葉西総合病院)で、整形外科から始まり小児科と婦人科以外は
全部受診したが、確定診断が出なかった。
最後に、神経内科(副院長の佐野先生)にダメもとで行ったら……
MRI検査を全身細切れであってもしてくれたおかげで「脊髄腫瘍」が見つかった。

初診から数える事4ヶ月後であった。

それから、佐野先生に「脊髄腫瘍は整形外科だから整形外科で説明してもらって…」と言われた。

夫とわたくしは、整形外科の説明を受ける時には、調べに調べ、
四方に手を尽くし(並々ならぬ死闘の努力だった)

”慶應義塾大学病院・整形外科・中村雅也先生”へ紹介状をもらうと決めていた。

そして、直ぐに慶應・中村先生の初診に向かうのであった。

下記のMRI映像を持って、慶應に行った。

「ここに来るのが遅い」と中村先生に言われた。

 慶應での再検査と並行して直ぐ、ベッドの確保と入院手続きに追われた。






     ↑

胸の上の方にT5・6・7 に出来た3~4センチ大の腫瘍が見えるだろうか?
胸髄(脊髄)の中に出来た

”脊髄腫瘍、星細胞腫(アストロサイトーマG4)”である。

その後この脊髄は、T2・3・4のマージンを取って
T1とT2の間で真っ二つに切り分けられる。(離断術)


慶應でもらった画像CDがどこに行ったか見つからない。

探して、また、UPしたいと思う。


脊髄腫瘍のそこのあなた。

もし、夫の映像で何かお役に立てるなら、夫も本望だと思います。
亡くなって5年が経ちました。。

5年経っても人様のお役に立てる、そんな事をこころから望む人でした。

脊髄腫瘍については今後も書き続けようと思っています。




では、、、


     ごくげんよう




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昨日のアクセストップは”脊髄腫瘍”

2016-04-30 07:21:30 | Weblog

昨日のアクセスに脊髄腫瘍の患者さんらしき人のアクセスが多かった。
多分「脊髄腫瘍」について、お調べなのではないかと思い、下記に
2009年9月17日に記した”脊髄腫瘍の種類”についての記事を
貼り付けてみたのでご拝読頂ければと思う。

わたくしのブログはカテゴリーで分けていない。内容が混ざっており分けるのが難しいのもある。

脊髄腫瘍の方が訪問して下さった時に、膨大な記事の中から、必要な情報のみを抜きだすには

大変苦労されると思う。申し訳ありません。

参考になればいいのですが……


今日はこれから18時までのロングケアに入るので夜、また、これがイイかなと思う記事を

載せたいと思っています。

以下の内容は理解できるようになるまでボリュームがありますので、じっくり他の情報と照らし合わせ

消化しておいて下さい。



===================================================


脊髄腫瘍の種類について。
2009-09-17 08:57:45 | Weblog

前回は、脊髄腫瘍の中でも星細胞腫(Astrocytoma)のグレード4・膠芽腫についてのみ触れた。

今日は脊髄腫瘍全般について少し書いてみようと思っている。

脊髄腫瘍は硬膜外腫瘍・硬膜内外腫瘍・髄内腫瘍に分かれるが
髄内腫瘍について大まかな私の知る限りの知識を書いてみる。


髄内腫瘍は上記の3つの中で約10%の確率で発症し、その多くは神経膠腫(Glioma)でした。

Ependymoma(上衣腫)Astrocytoma(星細胞腫)のようで、小児の方が星細胞腫である事が確率として多いと言われている

(若年の方がAstrocytomaの確率が高いということで、一応、夫も若年だと思っている)。

次に、血管芽細胞腫・転移性腫瘍・海綿状血管腫・悪性リンパ腫などがある。

Ependymoma(上衣腫)は頚髄から馬尾まで発症するが、馬尾になると粘液乳頭状状衣腫の方が多いようだ。

粘液乳頭状上衣腫に関しては、きれいに袋ごと摘出できれば、生命予後にかかわる事はないと聞いているが、

後遺症として排尿排便機能障害、歩行困難が残る事もあるようだ。

袋が破れると全脊髄に細胞が散り、その後、放射線治療が必要となるとされている。

Ependymoma(上衣腫)に関しては境界がはっきりしているという事もあり、良性と位置付けられ、

摘出してしまえばその後のMRI検査を断続的に続けることにより、腫瘍を取った部位の空洞等の観察により

生命予後を心配する事はないようだ。ただし、脊髄にメスを入れた時点で”脊損者”になるので、

痺れや痛み、歩きにくさや握力など色々症状は個々それぞれ違うようです。

Astrocytoma(星細胞腫)これは悪性。

境界が不明瞭で(夫のMRI検査の映像はボヤっと霞がかかったような、天の川みたいな腫瘍像でした)

全摘出出来るのは低悪性、しかもグレード1くらいではないかと思う。

ここで、グレードという言葉が出てくるが以下にAstrocytoma(星細胞腫)のグレードを表にして記してみたいと思う。


Astrocytoma(星細胞腫)

*Astrocytic tumor:星細胞系腫瘍(以下に関しての病理判別基準は脊髄腫瘍は脳腫瘍と同じである。というWHOの腫瘍判別基準に基づく)

グレード1
・Pilpcytic astrocytoma:毛様細胞性 星細胞腫 
・Subependymal giant cell astrocytoma:上衣下巨細胞腫性星細胞腫

グレード2
・Pilomyxoid astrocytoma:毛様粘液性星細胞腫
・Pleomorphic xantho astrocytoma:多形黄色星細胞腫
・Diffuse astrocytoma:び慢性星細胞腫
・Frbrillary astrocytoma:原線維性星細胞腫
・Gemistocytic astrocytoma:肥胖性星細胞腫
・Protoplasmic astrocytoma:原形質性星膠細胞腫

グレード3
・Anaplastic astrocytoma:退形成性星細胞腫

グレード4
・Glioblastoma:膠芽腫 ←これが夫。
・Giant cell glioblastoma:巨細胞性膠芽腫
・Gliosarcoma:膠肉腫


と、書き残しておく。

他の腫瘍(血管芽細胞腫・海綿状血管腫・粘液乳頭状上衣腫など)に関しても、細かな基準はあるらしいが、むずかしい。

===================================================



脊髄腫瘍の知識がない方にとっては意味不明な内容だと思う。

しかし、わたくしは、夫が脊髄腫瘍になってから、猛勉強した。

「わたし、医者になれないかな??」と真剣に医大を受験しようと思ったほどだ。

 夫に相談したら……

     「医者になるって、独り立ちするのは今からだと…60歳になるな…」
      
     「って言うか、、俺の面倒を誰が看るの?」だった。


即座に医者になる事は断念した。。。トホホ……


昔のブログには医学的な内容が多く出てくる。遡って読んで頂くのは嬉しいが
長すぎるブログ・膨大な量なので、恐縮至極でございます。。





では、、、行ってまいります。。。





   ごきげんよう






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移動時間

2016-04-29 20:19:38 | Weblog


今日はゴールデンウィーク初日とあって、道路が混んでいた・・・

仕事に向かった先は隣の市、しかも、逃げ道の無い一本道しかない。

踏切が計5か所

家を出てから到着まで一時間かかった


今帰宅したが20時まで仕事をして20分で帰宅できた。

帰りはす~いすい、線路も信号も引っかからず、あっという間に帰宅した。


この仕事をしていると(車移動で)、移動時間が読めないのが一番困る。

余裕を持っていつも出発するんだけれど、予想を反して30分以上前に着いてしまう時もあるし

「ぎりちょ」と言う時もある。こんな時は生きた心地がしない

距離数じゃないんだなぁ~……

距離があっても、田んぼのあぜ道だったりすると、時間はチョーかからない。

直ぐ目の前なのに、、、渋滞に捕まるとにっちもさっちも行かなくなる。。


明日は、田畑のあぜ道なので片道9キロあるが15分で着くお宅である。


あぁ~~~特に時間が読めないのがゴールデンウィークと年末だ。。。


このゴールデンウィークは全部仕事で埋まっていて、2日のみ休み。


道路さんよぉ~~~、頼むから、渋滞しないでおくれよぉ~~


訪問介護ヘルパーの叫びでした



では、、、




       ごきげんよう







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長湯

2016-04-29 08:01:32 | Weblog


昨日はブログ更新して遅い夕飯を食べて、寝よっと思ったら、、、

足が冷たくて、寒くて、、、

これは、お風呂に入らないとダメだなぁ~・・・とお風呂に入った。


わたくしは、”カラスの行水”で、長湯はしない。


普段は朝と夜の2回、カラスの行水しているのだけれど、、、

昨夜は仕事が遅かったのと今日の朝、入ればいいや、みたいに思っていたんだけれど

あまりの寒さに、湯舟に浸かった。


いつもは44度に設定したお湯に短い時間入るんだけれど

昨夜は子ども達が入った後だったので多分41~2度の湯温だったと思う。

最初は「ぬる~~~」と思ったけれど、ぼけ~~~~っとしながら長湯になった。

リラ~~ックスするには、この位の時間湯に浸からないとダメなのねぇ~・・・

と感じた。


わたくしのカラスの行水は、熱いお湯にザブンと浸かり、が====っと髪と体を洗い

また、ザブンとお湯に浸かり、サッと出て、パパッと着替える。


「おやじかよ」と夫に昔言われた事がある。

「おやじかよ」と今では息子に言われている。


長湯の娘の事が理解できなくて(だって、お風呂で本読むんだもん…)


「早く出て===、ママが入れないじゃん」と言うとめっっちゃ機嫌悪くなるし(汗)


要するにわたくしにとって自宅でお風呂に入ると言う事は”作業”みたいなものなのだ。。。



でも、昨夜は、「長湯もイイなぁ~~」と発見した。


今日は広島に居る妹の誕生日。昨日初めてコメントをくれた。

あとで、「お誕生日おめでとうコール」の電話をしよう。

あとは、わたくしの大学時代の恩師、菊池初美先生の97歳のお誕生日。

あとで、「お誕生日おめでとうございます」の電話を入れよう。


ゴールデンウィークだけれど、夕方から仕事。

2日がかろうじて休みだが、その他は全部仕事が入っている。

2日は成年後見人を受けている佐々木の爺さんとランチする約束になっている。


と、まあ、こんな感じの動きです。。


ゴールデンウィークとは無縁の生活だけれど、頑張って行こう===!!!

6月は息子の関係で休日願いを何日出すか定かではないので(昨日事業所にも頼んで来た)

5月は、めいいっぱい、頑張るつもりだ



では、、、皆様、よいゴールデンウィークを





        ごきげんよう






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ハンドルネームも書けない人・・・

2016-04-28 21:07:46 | Weblog

今日は事業所に提出書類があって、事業所まで行った後にケアに行き

さっき帰宅した。


わたくしは朝と仕事から帰宅してブログを開くのが日課になっている。


長い事ブログを続けていると、いろんな人がいるなぁ~~と実感する。


わたくしの場合、実名を出しているけれど、ネット社会って言いたい放題の

ある意味恐ろしいものだと思う。

ハンドルネームも入れずに自分の主観だけを「怒り」としてぶちまける人がまま居る。


不愉快なら読まないでくださいって感じ。。。


何を感じてもその人の自由だし、読む権利はあると思う。

しかし、そこでのやり取りを全て理解していない状態で、「そこ」だけを

つまみ読みして、匿名でコメントに書く側も、多数の読者がそのコメントを読む事が

まったく視野に入っていない一方的な書き込みは止めて欲しい。

わたくしが書いた記事にご本人から「記事にして下さってありがとうございます」

とコメントが入っている事を確認していない。。


こんな事を感じたのは今に始まった事ではない。

随分昔、夫がまだいた頃、俗に言う「あらし」という書き込みにやられた事がある。

で、仕方がないので、その時は、コメントを承認制にした。

読者同士のバトルと攻防がわたくしのブログのコメント欄で起こったのだ。


今回も、同じ事が起きると予想出来るので、しばらく、承認制にしようと思う。


平素、ご愛読頂き、読者同士、和気あいあいと、やりとりしているこのブログなので

甚だ、納得できない所ではあるんだけれど、承認制にさせて下さい。


「脊髄腫瘍」と言う病は、人を変えてしまうような病である。

後遺症も人それぞれ、、、あまりの辛さに自分が一番つらいんだ…とさえ思わせてしまう病である。

充分、充分、わたくしは、その事を理解しているつもりだ。



「脊髄腫瘍闘病記」とタイトルに入れてあるわたくしのブログは、

多くの脊髄腫瘍患者さんが閲覧している。

わたくしは「妻」の立場で「脊髄腫瘍」について、夫の闘病とその後について書いている。

そして、そこでのやり取りは、決して他者を非難する事ではなく、「前向きに生きて行こうよ」

という思いで書いているつもりである。



と、こんな事を書きたくは無かったが、残念ながら、そういう読者がいたので書きました。



今日はこれから夕飯を食べて寝ますzzz



では、、、皆様、今後共変わらぬお付き合いの程、宜しくお願い致します。






         ごきげんよう












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こころに余裕かぁ~・・・

2016-04-28 06:37:51 | Weblog


息子は毎朝、朝風呂に入る。


「今日は調子がいいわ」とさっき息子が言った。

「どこが調子がイイの?」と聞くと

「全体。自分で分かる。目もパッチリしてるし」と息子

「あと、一番はこころに余裕がある」


「へぇ~~・・・」とドッキリして答えた。。。



ぼけっと起きて、コーヒー沸かしていた母は不意を突かれてドッキリした。。。


”こころに余裕がある”


この言葉を何の疑いもなく素直にサラッと言葉にする息子に


「やられた!」って感じ~~~。。。



あと、こんな事も言ってた。


「今、体育の時間女子も一緒で、めんどくさいしうるさい」

「今まで男女別だったのに、、体育祭もあるし、困る。めんどくさい、うるさい」


「じゃぁ、やっぱり男子校だね?」とわたくし


「それが、担任が君は男子校じゃないよ共学がイイ。何で寮生活するの?ってうるさい」と息子


「先生は学校生活を見ていて、単純にそう思ったんじゃないの?」

「まぁ、決めるのはあなただから、ママはどっちでもいいのよ」とわたくし



既に学校見学したい学校には6月に見学に行きたい旨の日程調整の依頼をかけてある。

返事待ちの状態である。まずは、見学して、息子がどう思うか。これが今のところの全てだ。



「こころに余裕がある」と言い切った息子。


何気ない朝の会話の中で我が子の成長をひしひしと感じる母である。。。




では、、、また、、、





         ごきげんよう












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合掌

2016-04-27 19:43:01 | Weblog


今、帰宅した。


12:30頃にわたくしはこの前と同じ公園で、、、


空を見上げていた。。。


今日は、曇り。どんよりとした曇り空だった。。


空を見上げていてわたくしの目尻から、、


すぅ~~~っと涙がこぼれた。。。




            




  雲と雲の切れ間が、、、

何故か、、、

煙の様に見えた。。。


空は大きい。


広い広い空から、見ていてね・・・・・・


あなたに、負けない様に、、、


これからの人生を、生きて行きます。


さようなら、


そして、、、


ありがとう。。





     合掌






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2016-04-27 05:39:08 | Weblog
昨日は、ず~~っと呑んでた。

量はビールひと缶とチューハイひと缶。

ビールは暑かった昼に一気に呑んだ。

チューハイは、ちびちび、呑んだ。

それでも、ほろ酔い、、、ぽけ~~~っとなった。

ぽけ~~っとしながら洗濯物を畳み、布団を敷き、夕食を作った。

沢山は呑めないんだけれど、たまには、こんな日もイイなぁ~~と思った。

ちなみにお酒を買いに行ったついでに車は洗車機に入れピカピカになって帰宅した。


昨日は本当にイイお天気で日が照り暑かった。


今日は曇っている。


今日は11時から13時位まで空を見上げよう。

何度も何度も空を見上げよう。。。

16歳の少年が天に昇って行くから、、、

昨日は独りでお清めしてた。そんな気持ちで昼から呑んでた。

暑かったから一口目のビールは美味しかったが2口目からはにがかった。


さぁ、寝ようか・・・と思う時間に姉弟喧嘩が始まった

詳細は書かないが、間に挟まれながら思った。

2人居るから喧嘩も出来るんだよなぁ~~~って。。。


わたくしが車を洗うと雨が降る。というジンクスがある。

もしかしたら、今日は雨が降るんじゃないかな……



今日は午後から仕事帰宅は19;30頃だ。

ゴールデンウィークも仕事。介護は365日、24時間休みがない。

もちろん、休みを取る事も出来るがわたくしは、基本通常通り仕事をしてきた。

シフト表を見ると5月2日のみ休み。あとはフル稼働である。

息子も部活があるので動いていると思う。娘は暦通り。

と、3人それぞれであるが、家族なんだから、仲良く暮らそうよ。。。

たまには、喧嘩もいいけどね。

とりあえず、今回は双方大人になったみたいで、警察沙汰にならず終決してヨカッタ。。。



では、、、また、、、




        ごきげんよう












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あ、あつい、、、

2016-04-26 11:22:05 | Weblog


洗濯物とお布団を干し、、、

市役所の支所に住民票を取りに行き、、、

家の周りの草刈りをしたが、、、


あ、、あつい、、、

春の日差しは紫外線が強いと言うが本当だ


ひと休みに、家に入ってアイスコーヒーを飲んだけど・・・


ビールが飲みたい気分だ====


車の洗車は、もう止めた

洗車機でもかけに行く


家にお酒の買い置きが無いので、これから、買いに行って、、、


呑むぞ~~~~



イイ休日だ



こんな休みの使い方もたまにはイイよね



では、、、これから酔っ払いになります




      ごきんげんよう





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こころを洗う・・・

2016-04-26 07:24:49 | Weblog

さっき、ゴミ出しに行った。

「行った」と言うほど、貯まってた。

一週間分のゴミを出し忘れて、外のコンテナに入れっぱなしになってて、、、

今日こそは、、と思って車に積み込んだゴミ袋5袋。。。

プラゴミは毎週月曜日なので、貯めた事は無いんだけれど、

生ごみ・紙ごみは(火)(木)(土)の三日間あるので、

(火)に忘れても(木)に出せば、、、(木)に忘れても(土)に出せば、、、

と引き延ばしてしまう。。。

日中だいぶ気温が上がってきて、臭いも悪臭だし、虫がブンブン飛んでた今日。。。

ひぇぇ~~~~って感じでこれからはひと袋ずつきちんと出そうと反省した。


今日は完全なる休み。


市役所に住民票を取りに行くだけで、なにも、これといって予定は無い。

我が家のフェンスにもっこう薔薇が満開になっていて綺麗だ。

家の周りの草取りやお花を買って来てガーデニングをし、土いじりをしたいと思っている。

土いじりは、こころを癒す。不思議だ~~~~・・・・・・

ついでに洗車もし、玄関周りや駐車場の掃除もしよう。

こころを洗う様に、きれいにきれいに、、、


そんな気持ちの朝です。。。



では、、、また、、、




       ごきげんよう






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光り

2016-04-25 07:37:14 | Weblog


昨日の悲しい知らせから一夜明けた。。。


どんなに悲しい事があっても、、、

どんなに苦しい事があっても、、、

どんなに悔しい事があっても、、、


日は昇る。。。

そして、日は沈む。。。


毎日がその暮らしの繰り返しである。


昨日、休憩時間に公園で空を見た。


思わず写真を撮った。。


さっき、思い出して画像を見た。



そこには、未来を照らすかのような、、、



「光り」が映っていた。



     




今日一日、今、この時間がどれだけ貴重な時間なのか……



この一枚の写真に救われた思いがする。。




では、、、また、、、






       ごきげんよう






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悲しい悲しい訃報・・・

2016-04-24 17:44:10 | Weblog
今、仕事から帰宅した。


朝、自分のブログ更新した後、必ず訪問するブログがあって、、、

わたくしのブログの読者で、時々コメントを下さって、、、

夫と同じ病気と闘っている16歳の息子さんのお母さんのブログ、、、

読んで、気付いたり、知っている事をコメントに入れ続け、、、

ずっと、ずっと応援していた。。。

状況から、かなり厳しい状態だと言う事は手に取るように分かり、、、

でも、折れそうになる気持ちを奮い立たせて、頑張っていた、、、

16歳の少年のがんばり。。。

そのお母さんのがんばり。。。

16歳の少年の悲しみと苦しみ、そして希望と、、、

息子を奪われてしまうお母さんの絶望と苦しみと、、、

そして、息子さんのがんばる姿に、自分を奮い立たせ勇気をもらう日々、、、


残酷だ。。

なんて、残酷なんだろう。。。

今朝、「23日の未明に亡くなった」という更新があった。


わたくしは、PCの前でガックリと頭を落とし、、、

このお母さんと息子さんに思いを馳せた。

2人の姿が見える様な、そして、実際見ている様な錯覚に堕ちた。。。


わたくしは夫を同じ病気で失った。

それも、筆舌に尽くしがたい悲しみであった。


しかし、息子を脊髄腫瘍で亡くす???

耐えられない。。。この世の終わりである。。

あとを追って死ぬかもしれない。。。

息子に死なれたら、気がふれて、狂乱し、なにもかも放りだす。。。

泣いて、泣いて、泣き叫び、息子の体と顔にしがみつくだろう。。。

そして、離れない。と思う。。。



今日は一日仕事だったけれど、この親御さんの事が頭から離れなかった。

26日通夜、27日告別式と書いてあった。。。


こんなに悲しく辛い、お見送りは無い・・・無念。。。


改めまして、ご子息、享年16歳のご冥福をこころからお祈りいたします……




合掌








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お祝金・・・

2016-04-24 07:05:41 | Weblog

雨が降っている。。。

昨夜はタケノコを茹で、煮物やタケノコご飯の下準備をして寝た。

今、炊飯器のスイッチを押しタケノコご飯を炊いている所。

8;00過ぎには家を出るので、タケノコご飯をお弁当に持って行くつもり。

9:00~12:00、14:00~17:00の仕事で2時間休憩。

同じお宅に2回行く。

(障害者総合支援法は一回の支援はマックス3時間で間に2時間空けないと

入れない決まりになっている。)

(重度訪問介護になるとその縛りが無いので8時間でも14時間でも続けて入る事が出来る)

この2時間のうち、1時間は「移動費」として1時間分の時給が支給される(今在籍している事業所は)

なので、実働6時間で、稼働時間は7時間と言う事である。


実は3月中旬に、ある大手の事業所と雇用契約を交わした。

昨年までお世話になった管理者がその大手に転職し、新規オープンするので来ないか?と言われ

まぁ、パートだし席を置いておき、受けられる仕事があれば・・・と思っていた。

しかし、新規オープンはなかなか大変そうで仕事は入ってこない。

そんな中、今月中ごろ、その会社から¥59.000、わたくしの口座に振り込みがあった。


な、なんと、、入社のお祝い金と処遇者改善加算の手当てだと聞いた。


入社の条件に「お祝金」を出す会社が今、増えているというのは聞いた事があるが

わたくしが、お祝い金を頂く事になるとは……

ビックリした。


このお金は、今日、わたくしがその会社を辞職しても返金する必要は無い。

「お祝金」だから。。。


介護業界は常に人手不足である。

その人手不足を解消するために苦肉の策が「お祝金」という餌になるとは・・・

なんか、方向が違うんじゃないの??と言いたくなる。


お金で釣られてくる人はお金の問題で辞める。とわたくしは思う。


わたくしは「お世話になった前の管理者」に付いて行ったらお金が出ちゃった。って感じだが

効率よく、イイ仕事が入ってこない様なら、仕事が落ちてきても断る事にしてある。

これは管理者の上の統括部長にも伝えてあるので、1年後位にならないと、新規オープンの

事業所が、円滑に仕事が入って来るとは思っていない。

また、むちゃぶりしたら、檄が飛ぶ事も両者よく分かっているので、わたくしには

そんな仕事を落としてこないと思っている。


しかし、「お祝金」ねぇ~~、、、


この求人でヒットした人員はたった3名。。。


¥50.000出しても全然足りない。。。

非常勤のパートさんは10人は居ないと回らない。社員は3人は居ないとね……


大東建宅が母体だから、コサージュやデイや施設系だけやっていればいいのに・・・

というのがわたくしの感想だ。



では、、、今日も一日、仕事頑張ります!





       ごきげんよう













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タケノコ

2016-04-23 20:11:34 | Weblog
18時に仕事を終えると、ご利用者のご主人が裏庭で採ったタケノコを

好きなだけ持って行って~~と言って下さった。


新人ヘルパーさんと最初は遠慮してたけど結局4本ずつ頂いて帰宅した。

今、採りたてのタケノコは、圧力鍋の中。。。

今日収穫したタケノコを今日中に手を加え、下ごしらえしようと格闘していた。

タケノコの皮が……半端じゃなくて息子にゴミ袋に入れてもらった。


今夜は娘は学会で帰りが遅いので、帰宅して直ぐに息子と外食。

サイゼリアで、息子はたらこスパゲッティーのダブルとドリア。

わたくしは魚介のスパゲッティーを注文した。

息子の食べっぷりを見て、「足りるの?」と聞くと

「追加でぺペロンチーノのダブル」と言うので直ぐ注文し、あっという間に

平らげて帰宅した。要するに5人前を食べた事になる・・・・(汗)


で、わたくしはタケノコと格闘した訳だ。


これから炊きあがったタケノコでタケノコご飯にタケノコの煮物、、、

我が家はタケノコ料理がしばらく続きそうだ。

昔はタケノコ堀に息子をよく連れてったけど、今はそんな時間もないし

息子もついては来ないだろう……


明日も朝から夕方まで仕事だ。

ささっと、タケノコを煮て、寝ますzzz



では、、、




      ごきげんよう






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