脊髄腫瘍闘病記・ま~ちゃんのつぶやきエトセトラ

夫が脊髄腫瘍星細胞腫G4で、T2で脊髄を離断。残念ながら丸2年後に、亡くなりました。闘病中→その後を書き綴ります。

2015年を総括して

2015-12-31 06:28:31 | Weblog

今日、2015年12月31日、大晦日にこの一年を総括して書いてみたいと思う。


ひと言で言うと、、、


  「奇跡の連続」


の一年だったと思う。


自分の限界に挑戦した一年だったとも言える。


来年、2016年に50歳を迎えるにあたり、40代最後の年とこの一年を捉え

真っ向から向かって行った一年だった。

今年の元旦に「3つの資格を取得します」と宣言した。

通常の仕事シフトに3つの資格取得を突っ込み、ほぼ、完璧に動き続けた一年だった。



アルベルト・アインシュタインの言葉に


  「私たちの生き方には二通りしかない。

   奇跡など全く起こらないかのように生きるか、

   すべてが奇跡であるかのように生きるかである。」


という言葉がある。



わたくしは間違いなく後者、すべてが奇跡であるかのように生きてきた。

そして、”奇跡”とは、、、

とてつもない、人知れない「努力」を「継続」した時に起きるものだ。

というのが、今年一年、しいては49年間生きてきて確信した事だ。


宝くじに当たるとか、何の努力もせず、棚からぼた餅的な出来事は

”奇跡”とは言わないと思っている。

それは「偶然」だと思うのだ。

簡単に「奇跡を信じて」とか言う人もいるが、、、

信じる前にこれ以上やったら死んでしまうという限界まで努力してから言って下さいって感じ。

人知れず継続した弛まぬ努力をした者には、

今度は「奇跡」は”必然”に変わる。

「必然」を手にする者は、日々の心がけが違う。

毎日毎日決まったルーティーンを地道にコツコツ続けている。そして、何があっても折れない。

人間関係に至っても、誰に対しても分け隔てなく親切に接し、誰からも信頼される人物は

決まって、人として素晴らしいルーティーンを日夜実行している。(自分が出来ていたかどうかは不明)

その姿を周りの人間は見ていないようで実はきちんと見ている。


アインシュタインのこの言葉は、「奇跡」というものを

どう捉えるか?という意味ではないかと思う。

これもまた、後者の方がキラキラと光り輝く活き活きとした人生を送るのではないだろうか。

他人から見てどうかではなく、自分自身が自分の人生をキラキラと生きるかどうか……


わたくしのこれからの人生も、

すべてが奇跡であるかのように生きたいと思っている。

どんな困難があったとしても、、、


今年最後の最後に入院手術という大きなエピソードもあったが、これもまた、

「奇跡」と「必然」だったと思う。


「これ以上やると死ぬよ」というお告げだったと思っている。

そして、そう思えるのは、入院手術に関しても自分に出来る事を探し、出来る限りの努力をし

結果どうあれ悔いはないと思った。わたくしに関わって下さった医師の皆様のご尽力、ブログのコメントで

応援して下さった方々、色々な方々の応援と支えがあったから何とか生かされている体だと思うから。


そして、何よりも何よりも、わたくしのこころのなかで湧きでるものは

死ぬ寸前までやり抜いた母を陰に日向に支えてくれた子ども達、

わたくしにまつわる沢山の皆様のご支援とお導きがあってこその、今のわたくしであること。

   「本当にありがとうございました」

   「こころから感謝申し上げます」

という感謝の気持ちで充満している。あふれ、こぼれ、、、泣けてくる。



2015年は「奇跡」と「感謝」の一年でした。


この、今の気持ちを絶対に忘れないと肝に銘じております。


明日から2016年。新しい年が始まる。

また、一から始まる。「わたくしの一年」が……




このブログをご拝読し続けて下さった皆さまにひと言。


2970日前に開設し、途中、スリープしており今年7月2日より再開いたしましたこのブログ

毎日毎日、訪問者が300前後、閲覧数2500前後をキープしており驚いております。

夫が居た頃に「脊髄腫瘍闘病記」として書いていた頃と全く変わりません。

つたない、他愛のない、小難しい意味不明と思われる内容も多々多かったと思いますが、

そんな「脊髄腫瘍闘病記・ま~ちゃんのつぶやきエトセトラ」にお付き合いくださいまして

本当に有難うございました。深く感謝申し上げます。

これからも、どこまで書けるか分かりませんが書き続けたいと思っておりますので

来年もどうぞご拝読の程よろしくお願い申し上げます。


では、、、皆さま、佳い新年をお迎え下さい。


ま~ちゃんこと 黒田まどか





    ごきげんよう




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   白猿

2015-12-29 07:04:57 | Weblog
昨日、ポストを開けると、、、

清水寺貫主でおられる森 清範氏からの届き物が入っていた(毎年清水寺で一年の一文字を筆書きする人、今年は安)

毎年恒例、年末に贈って下さる「干支色紙」である。来年は猿年という事で、


お題は  「白猿」


無病息災吉兆を念じます。と「白猿」の由縁の但し書きが入っていました。


それがこれ

↓↓↓↓

   



来年は娘が年女なので、元旦までには額装して飾ろうと思っている。

毎年毎年、頂戴するが、家族の干支でない年は、そのまま、しまってしまう。

この際、今まで頂戴した干支色紙を全部出してみようかと思っている。

夏に頂く詩をたしなめた短冊も同数ある。

干支色紙に関しては、茶道をしていた頃は床の間の掛け軸に挟み込み(色紙用の掛け軸がある)

日の目を見ていた頃もあったのだけれど、今は、全て頂いた色紙の包み紙(和紙)に

入れたまま山積みになっている。


まさしく、「宝の持ち腐れ」である。

一度、表具屋さんに見せたら、欲しい欲しいとねだられた事があったが、流石に手放す訳にはいかなかった。

森清範氏のわたくしへの”気持ち”をわたくしが有難く頂戴する。これしかないと思っている。


どんな時にも、わたくしという人間に、ちょっとでも気にかけて下さる貫主の慈愛に感謝しかない。


今、この状態のわたくしに「無病息災吉兆」を念じて頂いたのも、以心伝心かとも思えるし、

人と人との”縁””ゆかり”を説明しようのない目には見えない大きな力と感じる。


やはり、人は、こうした、切れ目のないお付き合いの連続により、とても大切な「何か」を

積み重ねていき、そして今まで生きて来られた事に、頭を垂れることしかわたくしには出来ない。



では、、、



    ごきげんよう



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でーきたできた。。

2015-12-28 06:23:02 | Weblog
お飾りが出来た==

蔦が満丸ではなかったので、ちょっといびつなリース型のお飾り。


   
 


右下の鶴を作るのとリースに付けるのにちょっと手間取った割に、鶴の存在感が無い

沢山あった松ぼっくりは、デザイン上、使うのをやめた。

水引は色々な色があったが、白いドアに映える緑にしてみた。

出来栄えは、、、どうかと思うけど、まぁ、作っている間は楽しかったのでヨシとしよう。


2時間で出来あがってしまったので、息子と買い物に行った。

新年に着る洋服と年明けにある銚子駅伝(部活)に必要な物を揃えた。

わたくしは、ついでに、毛糸を買いこんで来た。

こんなに時間があるんだから、なにか編もうと張り切っているが、

「手編みのセーターはもういらない。小学生の頃は腹巻にベスト毎日来てたけど、もういらない」

と息子に言われてしまった

娘はというと、セーターと言うものを一切着ない。部屋では薄着でコートはカシミヤ。

どこに行ってもエアコンで暑いもんね、、仕方が無いか。。。

で、仕方が無いので、、、自分の足カバーでも編もうと思ったら¥100均で売ってた

今は何でも¥100均で買えちゃうんだなぁ~、、で、そこそこ品もイイ品が揃ってる。

毛糸もひと玉¥100で売ってたのでひとまず20個買ってきた。

鍵編み棒やら編み棒を探したら、昔の毛糸が結構残ってた。

全部合わせたのがこれ

 ↓↓↓
 


結構な量があるので何でも出来そうだ

わたくしと子ども達それぞれに「椅子に敷く薄いクッション」を編もうと思った。

けど、、、作ってから「いらない」と言われるのが嫌なので、ひとまず、自分の膝掛けを編んでみようと思う。

鍵編みなら、早々失敗はしないだろうから、軽くて暖かい自分の膝のサイズにピッタリの物を編もう。

今日からはひたすら、編みに編む

燃えながら編む必要はないんだけどね~~

ゆっくりのんびり、、、そんな風に時間を使いたいと思っている


では、、、


    ごきげんよう




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  お飾り

2015-12-27 08:07:54 | Weblog
少しずつだが手術の傷の痛みが軽減してきた。

でも、、くしゃみが一番きついかな…

でも、お陰で、家でごろごろ、ゆっくりしている

今日は玄関にぶら下げる”お飾り”を手作りする

クリスマスリースは、わたくしの父の手作り(ゴルフ場で拾ってきた松ぼっくりと蔦で
カラーペイントとポインセチアの造花や赤や金のリボンを使った本格的リース

父の遺品の中に、丸く型取りしてゴールドのペイントを施した蔦があった。
松ぼっくりも沢山あった。これは、わたくしが全部もらって3Fの物置きに入れてある。

今日は、それを使って、玄関にぶら下げる「お飾りを作ります

どんなのが出来上がるかなぁ~~

時間も材料もたっぷりあるので、あれもこれもと追加に追加を重ね…・・・

めちゃくちゃ「ド・ハ・デ」なお飾りになるような気がする

新年に備えて着々と準備だ


大掃除は今年は諦めて、娘と息子が出来る範囲の中でやらせ、、わたくしは口だけ出す事にした

今日は子ども達がそれぞれ自分の部屋の大掃除をすると言ってたから、わたくしは

食事の支度をする程度。(正確にはわたくしはしない、口を出すだけ)

なので、”没頭して”お飾りを作る


では、、、


   ごきげんよう

追記、元来、わたくしは何か物を作るのが大好きだ。
   夫が居た頃はこの時期必ずセーターやカーディガン、ベスト、ショール等を編んでいた。
   朝からパンを焼いたり、お菓子作り、娘の子ども服はほとんどが手作りだったし
   趣味の吹きガラスの作成に工房に通ったり、、、
   その、”もの作りの血”が、、、みょーに騒いでいる



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新年の準備

2015-12-26 06:33:52 | Weblog
昨日、退院して帰宅し、今日は何をしようか?とちょっと考えた後

電話を持った。

我が家の愛犬、豆柴の万起子(6歳)の
↓↓↓↓↓↓↓↓



シャンプー&トリミング、セットの予約を入れようとしたら

「年内は予約でいっぱいで、今日これからの朝一なら大丈夫ですが」と言われ

「今日お願いします。お迎えには行きますので」と言って万起子を連れ外で待った。

万起子は、ここの店主のお兄さんがだーい好きだ

ペットサロン ハッピーって言うんだけれど、

「ハッピーさんはどこかな?」と聞くと、いつも、クンクンと鼻を鳴らし、窓際でじっと待つ

昨日はお外できちんとお座りして、ハッピーさんが来るのを待っていた

ハッピーさんの車が停車した途端に、お兄さんに飛びついて喜びを表現した

「よろしくおねがいします」と言って、万起子を預けた。

その後、息子と2人、洗濯物を乾燥予防に部屋干しに、リビングに掃除機を掛け(両方わたくしは口出すだけ)

銀行に行き、ハッピーさんからの「お迎えお願いします」の電話を待った。

ハッピーさんは、いつもは、送迎付きである。しかし、年末は混雑するため送迎は無しなのだが

昨日に限ってはお迎えにだけは来てくれた。迎えに行ったわたくしと息子にご機嫌の万起子が

戻ってきた毛抜けも綺麗に整えシャンプーのいい香り、つやつやの毛並みが立派

「来年もどうぞ万起子の事、宜しくお願い致します」と言って帰宅した。

クリスマス気分は味わえなかったが新年を迎える準備は抜かりが無い

近くの商店では毎年自家製ののし餅を予約制で受け付ける

で、歩いて2分の所なので予約に行った。

佐々木の爺さんに電話した。元旦のお墓参りどうするかって話し。

ここ数年、毎年子ども達と一緒に佐々木の爺さんも黒田家のお墓参りに行っていて

とても楽しみにしている。ひとまず、わたくしの入院手術の事を心配していたので説明し

元旦は、娘に運転させて牛久浄苑(茨城県牛久市)のお墓まで行くことにした。

30日か31日にもう一度連絡するから、体調悪かったら中止ねってことで話はまとまった。

夕食を昨日も息子と2人で作った。

ホタテとほうれん草のクリーム煮(牛乳少々)、チキンカツ、卵焼き、しじみのお味噌汁、

大根と人参の生酢、グリーンサラダ。

わたくしは卵焼きを焼いただけ。あとは口だけ出して、息子にやってもらった

19時前に娘が帰宅し、みんなで夕食。娘が研究室での裏話と言うか愚痴を延々としゃべり続けた。

「そのまま30過ぎたら、お局よ。早く結婚して20代の内に子ども産みなさい」と言ったら

「当たり前でしょ!!24歳で婚約、25歳で結婚、26歳で出産。これが私の未来予想図よ」と娘

「ちょっと、、、それって、ママじゃん。24でパパと婚約25でパパと結婚26であなたを出産」

「そーーーです。それが理想なんです!!」と娘の開き直りで話は終わった。

来年年女で24歳になる娘。来年婚約出来ないと予定通りに行かないもんね~~~……

がんばってくださーーーい


来年元旦に、なんと一年の抱負を発表しよう。。。

いよいよ、真剣に考え出した


今年もあと6日で終わる。6日間の内に真剣に考えよう。なんてったって、子ども達の前で宣言するんだから。

半端な気持ちじゃいられない。来年一年の母の抱負を乞うご期待。こどもたちよ



では、、、



      ごきげんよう







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入院から退院まで

2015-12-25 05:17:50 | Weblog
☆入院当日より退院まで、時系列でメモ書きした内容をまとめました。


18日(金)、9:30、慶應義塾大学病院入院。9階の消化器外科病棟。Cチームが担当と告げられる。
       入院直後(一人で入院した)、13時~術前カンファレンスあるため島田医師より
       家族を呼ぶように言われる。娘に電話入れ13時に来てくれるように頼む。
       この日は娘の研究室の大掃除、夜は忘年会により多忙な中、娘を呼び出す。
       12:30娘到着。待っている途中チームの中野医師が「今しばらくお待ちください」との事
       所が14:30になって、中野医師に「明日の13:30に変更になりました」とトッポク言われる。
       娘、激怒。「チーム10名いて篠田先生を頂点に全く情報の共有が出来ていない。」ごもっとも。。
       採血・レントゲン撮影後、富士山をず~っと観ていた。
       19時からTVを観て10時過ぎに就寝。室温が暑くて参る。パジャマを脱いで寝る。

19日(土)、7:45までぐっすり寝る。スタバでコーヒー買い”下町ロケット ガウディー編”読破。
      翌日の下町ロケットに備える。東野圭吾の「人魚の眠る家」読み始める。
      10:30、Cチーム回診。13:30~術前カンファと確認。
    
      12:30娘到着、13:30~カンファレンス開始、内容は既に聞いた内容であった。
      こちらからの申し出3点。
    
    1、お手を煩わせて恐縮だが摘出した胆嚢から結石を全て摘出し渡して欲しい。
    2、摘出した胆嚢の病理検査は病理診断部の三上修治医師にお願いしたい。
    3、乳腺外科の担当医 関医師に入院中に一度病室に顔を出して欲しいと伝えて頂きたい。

    1、に関しては、ご快諾賜わる。2に関しては「病理医まで指名するんですか?」と言われたが
     「無理なら誰でもイイです」というと「わかりました、三上医師に依頼掛けます」との事。
     3に関してもご快諾賜わる。

    14:30カンファレンス終了。娘と病院脇にあるレストランで昼食を取り娘帰宅。
    東野圭吾の本読破時間の問題と判断、駅前の本屋に3冊本を買いに行く。
    16時、シャワー浴びる
    18時夕食、19時~TV観て21時就寝

20日(日) 午前中に弊社事務長が面会に来る(決算の相談)12時に息子が来る。息子と2人で駅横のプロントで昼食。
     息子はパスタ2人前、わたくしもパスタ1人前しっかり食べる。
     息子は6歳の時から慶應病院に出入りしていたため、ここ最近の建て替えで院内が随分変わったと
     探検しに行った。一番ショックだったのが「オアシス」という11階にあったパレスホテル直営の
     レストランが無くなった事だと言った。(ここで食べたいものがあったようだ)
     14時息子帰宅。ほどなく東野圭吾の本読破。ナチュラルローソンで水とアクエリアス買い込む。
     16時シャワー浴。18時夕食。19時~22:15「下町ロケット」観る。
     下剤プルゼニド2mg×2服用後就寝。下剤の必要性あるのか?OPは9時からだから必要ないのでは?
     と、担当チーム医と激論交わすも結局服用し就寝。

21日(月)手術当日。7:20起床。下剤効かず(「だから言ったじゃない」の言葉に先生返す言葉なし)
     8:15娘到着。8:45、4F手術室へ移動。麻酔科の若い女医、点滴入らず。へたくそ。
     「ダメ、そこは無理、痛いから早く針抜いてちょーだい!」と一撃。むっとした顔が見て取れた。
     「ここに入れて下さい」と血管の指示出すと一発で入る。余程頭に来たらしく、数字も数えさせずに
     直ぐにひと言もなく麻酔薬がシリンジから投薬され(この麻酔科医の態度と対応は大問題、患者に告知せず投薬した)
     わたくしは、全身麻酔に沈む。これより先の何の記憶もない。
     12時、OP終了。娘に篠田医師より手術の詳細の報告。麻酔が効いていて、娘から聞き及んだが全く覚えておらず
     後で(夕方)再度、執刀した篠田医師より直接説明される。

   ※ 胆嚢はステーキ肉の様に分厚く、胆管との結合部位をクリップで留められないほどだったため糸で縫合。
     癒着もあり、3~40分で終わると術前カンファで言ったが結局3時間かかる。開腹には至らず腹腔鏡で行けた。
     結石は70個程、その他は砂の様な結石だったため洗い流したとの事。
     摘出した結石がこれ。一番大きいもので直径1センチ。

   ↓↓↓↓

  


   おへそが一番傷が大きく、胃の上部に一か所、右腹に二か所、計4か所の傷。
   痛くて痛くて身動きできず「眠らして~~~」と懇願し、睡眠薬と痛み止めの連打。
   仰向けで酸素5ℓマスク吸入により唇も舌もカサカサで生きた心地がしなかった。
   ちょっとでも身をよじると激痛が走り、咳もくしゃみも鼻をかむ事も出来ず、尿カテーテルも入れっぱなしで
   一夜を明かす。

22日(火)痛み止め断続投与。点滴はずっと入り続けている。流動食が出るが全く飲めず。
   尿カテーテル外される。ここからが地獄。トイレまで行くのに、まず、ベッドから起き上がれない。
   必死の思いで立ち上がると腹部に激痛、足をそろりそろりと前へ進め便座に座るも、今度は立ち上がれず。
   点滴が入っているため、排尿間隔は短く、2時間置きにトイレに行く。この時点で絶食も重なりゲッソリとやつれる。
   子ども達にも「やつれたね」とけんもほろろに言われる。
   夕方から頭がガンガンしてきたので「熱が上がるよ」「解熱剤頂戴」と看護師に言うも無視される。
   案の定、38℃の熱発。アイスノンとロキソニン処方。チームの医者が入れ替わり立ち替わり来る。
   「だから、わたくしは言ってました!熱が出るよって」医師軍団撃沈。退院延びますね。だって。。

23日(水)朝の時点で37.3℃に解熱。しかし、平熱が35.8℃のわたくしにはキツイ熱。
   食事全く喉を通らず。傷の痛みも全く変わらず。横を向くと内臓が一気に傾き激痛走る。
   昼頃からチームの医師がバタバタとわたくしの所に来る。「黒田さん、心臓疾患あります」だって。
   24時間モニターが装着される。不整脈と遅脈、一分間に50しか心拍ない。しかも、飛び飛びだとのこと。
   循環器内科の医師が呼ばれる。色々聞かれ、検査の必要性ありと診断される。
   病名、「右房室ブロック」ペースメーカーも視野に入るとの事。
   退院後に初診外来で循環器内科の金澤医師の受診予約入る。
   えぇ===!!!って感じで、胆嚢の事はどこかへ飛んで行きました。不思議と心臓疾患の話を聞いたら平熱に解熱。

24日(木)予定通り退院。息子が9時前に到着。車椅子を持ってきてもらい、文書窓口、支払窓口に連れて行ってもらい
   ベッドで医師軍団を待っていると、”教授回診”。わたくしを前に「本日退院される黒田さんです」
   「手術は成功、予定通りですが心疾患が見つかったため紹介状を循環器内科に回してあります」と軍団リーダー。
   「あぁ、向井先生の患者さんでしたね。大丈夫、きちんと対応させて頂きますのでご安心下さい」と教授。
   ほんとかよ!と内心思うも、「ありがとうございます。宜しくお願い致します。」と言った。
   で、その後、今後の各科の再診・初診・検査予約をリストにした紙をもらって退院した。

   息子と、久しぶりに2人で電車に乗った。
   並んで座っていると、いつの間にか息子がわたくしの肩に頭を乗せて寝てた。
   息子と、こんな風に体を寄せ合った事、最近ないなぁ~と感慨深かった。息子もわたくしが居ない間
   息子なりに頑張ったと思う。力の抜けた息子の頭を肩に感じつつ「幸せだな~」「長生きしなくちゃなぁ~」と
   まじで思った。最寄り駅まで着いてタクシーで帰宅した。夕飯は息子と2人でカレーライスを作った。
   娘も帰ってきて、クリスマスイブだったけど、カレーを3人で食べた。事務長がケーキの差し入れをしてくれたので
   かろうじて、なんとなく、クリスマスっぽい雰囲気にはなった。ありがたかった。


と、こんな感じの一週間でした。

胆嚢全摘出手術を受けたのもつかの間、今度は心臓が悪いんだって。。。
右房室ブロックって、心房から心室へ電気が伝わらなくなるため脈が遅くなるらしい。スポーツ心臓とも言われるらしい。
サッカー選手やカヌー選手の様に走っても走っても脈が上がらない心臓に訓練する人の心臓だと言われた。

わたくしは、サッカーもましてや、カヌーなんて生涯一度もやった事が無いのに、なんでスポーツ心臓になるんじゃ???


1月22日に消化器外科の再診と循環器内科の初診が入ったので、それまでは、もう、あまり色々考えず
ゆっくり過ごそうと思っている。1月15日の浅草新春歌舞伎に娘と行くのを目標に、ゆっくりリハビリしようと思う。
腹腔鏡は直ぐに退院できるとか、仕事復帰が早いとか言われているが、実はそんなに甘いもんじゃないんだという事を
思い知った。慶應は日本で初めて腹腔鏡術式を取り入れた病院である。20年前から普通に行われている。
その慶應でさえ最低4泊5日、わたくしは一週間の入院になった。日帰り入院なんてありえないと思った。

みなさん、腹腔鏡で日帰りさせる病院は怪しいので、くれぐれもお気をつけください。


と、わたくしの入院日記でした。


では、、、



   ごきげんよう






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退院しました

2015-12-24 14:00:01 | Weblog
ご心配をお掛けしております。

長らくお待たせいたしました。

本日24日クリスマスイブに、無事、退院致しました。

入院した18日から毎日あった事を全部書き残しておりましたが

今日の所は、詳しい事は明日以降に書かせて頂きたいと思います。

いろいろ、いろいろ、、、ありました。。。


ビックリたまげる事もありました。。。


ひとまずは、慶應病院の9階から毎日眺める事が出来た富士山に感謝です。




MaryXmas


では、、、また、、、



 ごきげんよう





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入院します

2015-12-18 06:08:07 | Weblog
今から身支度をして入院します。

しばらく、ネットから離れます。


手術受けて、多分24日には退院できると思っております。


退院して帰宅するまでブログはお休み、

コメントは承認制にさせて頂きフリーズします。

あしからず、ご了承お願いたします。


皆さまも、健康に留意しご自愛ください。


では、、、

また、、、


   ごきげんよう



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来ました。電話。パート2.

2015-12-17 16:56:27 | Weblog
病院からの電話の後、全身マッサージを受けて速攻帰宅。

ブログにお知らせを入れた後、あっちこっちに連絡のあらし。。。

娘からは立て続けにメールや電話が入り、、

母や学校等、方々に「明日入院します」と連絡を入れ、、、

それから、入院が決まらないと出来なかった入院の準備を整え、ひと段落した所だ。


待って待って待っての日々が嘘のようだ。

午後の電話で「明日」と言われると、「へっっ」て感じだが、、、

まぁ、考えてみれば篠田医師は「6日の週か13日の週には・・・」

と言っていたので、予定通りの日程になるのか。。。

「ギリギリセーフでねじ込んだ」というのが本当の所だろう。

向井先生には今日電話が無かったら連絡するように言われていた。

篠田先生、ヨカッタね。。向井先生の逆鱗に触れる寸前でしたよ……

クリスマスイブに退院予定だけれど、開腹手術に切り替わると退院は年末ギリギリだ。。。

篠田先生に、感謝だ。年内に何とかして下さって、、、

先生に明日お目にかかったら、こころから「ありがとうございます」と申し上げたい。



さて、明日入院するので、しばらくブログはお休みです。

携帯からの投稿が15日でストップしたみたいだし、わたくしはスマートフォンも

アイパッドも持っていないので、ネットから隔離される。


と言う事で、、、


皆さま、大変、ご心配お掛け致しました。

また、本当に親身になって一緒に一喜一憂して下さった皆様に心から感謝申し上げます。

ありがとうございました。

入院、手術中のエピソードは退院してから、一気に書き上げますので、

どうか、楽しみにしていて下さいませ。


わたくしの一番の心配と気がかりは、、、

摘出した胆嚢を病理検査に出した時に、、、

「normal」と出るかどうかの一点です。

癌を患っていると、病理診の結果が何よりも気になる。


明日、家を出る前に、また、ブログ更新します。


では、、今日の所は明日に備えて過ごしますね。



   ごきげんよう


と、思ったら、、、

先週わざわざ、わたくしの携帯にお電話下さった今井先生から17:50に

またまた、携帯に電話がかかってきました。。

「お待たせして、大変申し訳ございません」「手術が週明けになってしまって大変申し訳ございません」

だって。。。間に挟まれ、、、今井先生、、、かわいそう。。。

でも、お電話頂き、本当に有難うございました。

明日、お目にかかったら、お礼を申し上げなくちゃ・・・





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来ました。電話。

2015-12-17 13:57:46 | Weblog
お陰様で病院から電話ありました。

明日、18日(金)入院、

21日(月)手術、

退院はクリスマスイブの24日(木)となりました。

土日が挟まるため丁度1Wの入院となります。


高島屋でぶらぶらし、、、

 

クリスマス気分にどっぷり浸かり、、、

来年のお年賀にと

 

を爆買い。。。

デパ地下で、いろいろ見繕い、、、

家路に向かう「もみほぐし¥2980」につられ、入店。

うつぶせになった途端に、、、

慶應入院センターからの電話に飛び起きました。

で、そのまま、マッサージしてもらって今帰宅した所です。


皆さまには大変、ご心配をお掛け致しました。

応援メッセージいつもありがとうございます!


取り急ぎ、ご報告のみにて、また、更新します。



では、、また、、、



   ごきげんよう


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ロケットスピード失速・・・

2015-12-17 06:57:26 | Weblog
がーーーん。

ロケットスピードの大掃除が失速した

長いホースを2階に持って行こうと持ち上げた瞬間……

やっちゃったーー

腰が、、、

火を噴いた

腰痛が胆嚢から来ているかも知れないと言われたけど、本当かな?

施術する側からすると「病的胆嚢」を持っている人に施術するのは怖い事だとは思う。


結局、窓の掃除はホースを持っただけで終わった

スピードロケットが失速した瞬間に爆発した感じ


しょぼーーーーんのわたくし。


腰が痛くて、お風呂場や換気扇の掃除をする気は完全に失せた


せっかく、やる気満々だったのにーーーー


がっくり


まぁ、人生こんな事もあるさ。。。

問題ない。

娘が大学の研究室から、長野のリンゴとカレンダーを持ち帰ってきた。

りんごが半端じゃなく美味しかった

カレンダーは卓上の物だったので、KAKEN(科研製薬株式会社)の大きいのを

絶対に「ゲット」してくるように、檄を飛ばした

とばっちりもいい所である・・・ごめんよ。娘よ。。。


腰痛持ちに、大掃除は拷問である。

ぎっくり腰特有の激痛は一瞬で、今は、前傾姿勢ではあるが歩ける。

大掃除からも少し離れ、、、今日は高島屋に買い物に行ってこよっと。

弊社の決算は10月なので、最終期限が12月末だから、税理士さんへのお礼を兼ねたお歳暮を

選んでこようと思う。担当者と大先生(松戸商工会副会頭)の2人分。

わたくしは決算等、事務仕事は一切ノータッチだ。事務長が全てやってくれる。

事務長が持ち運びに苦労しない品で先生方に喜ばれる品を吟味して選んでこようと思っている。

高島屋に行くと、ついつい色々買ってしまうんだけれど、、、

娘と息子にクリスマスプレゼントも探してみようと思っている。

本当なら、行きつけのうなぎ屋さんがあるんだけれど油制限あるからグッとこらえて素通りし、

デパ地下で、よさげな物を見繕い買って帰るつもり。

年末の百貨店は華やかですてきでしょ?人が多いとは思うけれど、気分転換にはいい場所だ。

GUCCIの新作もチェックしてくる。エスティーローダーのクリスマス限定商品はもうないかなぁ~…

今年は本当に忙しくて、百貨店に行く暇もなかった。

今日は、ゆっくり、ぶらぶらしてこようと思う


では、、、また、、、



   ごきげんよう






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 ”激落ち君”て知ってる?

2015-12-16 07:38:55 | Weblog
昨日は、網戸を外そうと孤軍奮闘したが、、無理やり外したら

今度は、はめる事が出来ないなぁ~と怖くなり網戸を洗うのは断念した。

で、洗面所2か所の掃除を始めたのだが、、、


「激落ち君」て知ってる???

激落ち君てすごいんだよ===!!!

擦るだけでピカピカにきれいになるの

擦っているうちにポロポロと細かくなって、だんだん小さくなって行くんだけど

とにかく、よく落ちる。

名前の通り、「激落ち」である。

水垢も綺麗になり洗面台もピカピカになった


さて、今日は、、、どこの掃除をしようか。。。

今日は晴れると言っていたから網戸と窓を外からホースを伸ばし一気に洗ってみようかな

窓の内側は、いつでもできるから。夫が居る時は窓を全部外してもらって洗ってた。

2Fの洗面所にホースを持って行って繋ぎ、2Fの窓も一気に洗ってしまおう。

1Fの天窓は2Fからでないと洗えない。どの窓にもベランダがあるので外から洗える。

よーーーし!がんばるぞ===


ロケットスピード

こうじゃなくちゃねわたくしは

午年(丙午)なので、颯爽と走り抜ける”サラブレッド”を目指して


今日も一日走り抜けます


では、、、


   ごきげんよう


追記、今年の一文字が「安」と決まった。一文字を一気に筆書きにする清水寺の貫主 森 清範氏。
   ちょっと我が家とお付き合いがある。夫と結婚した時には結婚祝いに「平常心之道」という
   直筆の大きなお軸を頂戴した。会社設立の折は、屋号を幅1メートルに筆書きし額装の後、頂戴した。
   毎年暮れには翌年の干支の文字が入っている色紙を、夏には詩を短冊にしたため贈って下さる。
   来年は娘が年女なので、鶴首で届くのを待っている。暮れのお忙しい中、この25年間、忘れることなく
   我が家に贈って下さる森氏に心から感謝申し上げる。





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 清く 正しく 美しく

2015-12-14 13:54:41 | Weblog
昨日はユーチューブの動画を観て過ごした。

元、安全地帯の玉置浩二。この人は天才だと思う。

わたくしの中では、”日本で一番歌が上手い人”と位置付けている。

かと言って、いつも聴いている訳ではなく、、、

きのう、本当に久しぶりに自分の意志で彼の曲を探した。

素晴らしい曲を見つけ、そして、出会った。


「清く 正しく 美しく」という作詞作曲も玉置浩二の曲。

魂を揺さぶられた。また、「一から頑張ろう」と思った。。。

彼は、世間では色々言われているが、、、

”天才”とはストイックなので紙一重と言った感じではないかと思う。

芸術家の世界は、ひとつの作品を産み出すのに、自分を追い込むのが仕事である。


****************************************

悲しいときは空を見て
誰も悪くないと言おう

淋しい時は海に来て
もう自分を責めなくていいと言おう

嬉しい時は風になり
麦を鳴らしてたたえよう

やさしい時は「あの人」に
「ゴメンネ」「ありがとう」と言おう

くるしい時は山を見て
もう逃げたりしないぞと言おう

虚しい時はふるさとの
母(だいち)を想い泣けばいい

何もできなくなってしまった時は
清く正しく美しく
清く正しく美しく
ただきみの手を握り締めていよう

****************************************


歌詞に注目して、彼の心の魂をぜひ、お聴きください。



玉置浩二 ”清く 正しく 美しく”









では、、、



     ごきげんよう




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  待つわ・・・・・・

2015-12-13 09:16:34 | Weblog
もう、、今のわたくしには、、、

何も書けない。。。

何も頭に浮かんでこない。。。

わたくしが20歳位の時のヒット曲、、、聴いて下さい(泣)

「待つわ」 あみん





では、、、また、、、


   ごきげんよう
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暇だ……

2015-12-12 06:00:00 | Weblog
昨日も病院からの電話はなかった。。。

昨日の朝は土砂降りだったので息子を学校へ、娘を駅に車で送った。

ひと通りの家事を終えると何とも手持無沙汰で、、、

時間を持て余してしまったので、美容院に行った。

一昨日行った美容室とは違う美容室。もともと、同じ経営者だったんだけれど

別れてしまったので、髪の毛は先生(経営者)、エステとまつ毛エクステは若い子

と使い分けている。

カットとパーマ。

伸ばし放題だったので、毛先を揃えてもらい、全体にゆるいパーマをかけた。

今年の初めはショートだったんだけれど、今は髪の毛が肩にかかる位のセミロングだ。

で、仕事には髪の毛をまとめてひっ詰めているが、お出掛けする時は必ずホットカーラーで

巻いてボリュームを出しエレガントになる様にセットしていた。

今回も根本から大きなロットでパーマを掛けてもらったので、巻髪のセットが長持ちするようにやってもらった。

この先生の所には夫が元気だった頃からのお付き合い。

わたくしが癌治療する前の髪質もよく知っているし、生え変わった毛質もよく知っている。

で、絶秒のバランスでいつも髪形をバッチリ決めてくれる。今回もバッチリだ。

美容室は「ここだ!」と思うまで、探すのに苦労するが、この先生との出会いは

わたくしにとって、かけがえが無い。それほど、技術も人柄も素晴らしい。

以前、わたくしの母が来た時に、先生の所に連れて行ったら「あの先生は天才だ」とべた褒めしていた。

この道、50年。大ベテランであるが、常に最新のスタイルとスキルを身につける努力を惜しまない人だ。

そして、今時の美容師さんが出来ない、日本髪を結いあげる事が出来、着付けは天下一品である。

娘の成人式の時は、誰もが振り向く様なアップと着付けで、伊勢丹写真館のカメラマンに

「どこでお支度したんですか?」と聞かれたほどだった。

この先生が来年1月に背骨の側湾の手術を2度に分けて受けるという。。。

年齢的に言っても最後のチャンスだ。美容師という職業病かも知れない。立ち仕事だから…

手術に8時間はかかると言われたそうで、不安そうにわたくしに色々聞いてきた。

整形外科に関しては詳しい方なので、質問には答えたけど、、、

「ひと月の入院だから退院後一カ月でお店でられますよね?」と聞かれた時は

「それは、無理だと思う。だって、リハビリもするでしょ?」

「曲がった骨をまっすぐにするのよ?完全に医者に大丈夫と言われるまで

 お店には出ない方がいいと思いますよ」とわたくしが言うと、、、

「えぇ===!!!困る===」と先生

「大丈夫よ、先生に付いたお客様は先生が戻ってくるまで絶対に待っててくれるって」とわたくし

「そうですかねぇ~、こんなに長期で休むの初めてだから、、、」と先生

「無理して、逆戻りしたら、ご両親の介護誰がするの??」とわたくし
(90過ぎのご両親を一人で介護しており、入院中はショートステイに入所させる予定と言っていた)

「ショートステイも、2~3ヵ月に伸ばしてもらった方がイイわね」とわたくし

「そうですかぁ……」と考え込んだ先生。

「多分、コルセットすると思いますよ術後しばらくは」

「ボルトが入るから、そうですよね・・・」と先生

「自宅に帰っちゃうと介護もあるし、無理しちゃうからリハビリ病院に2~3ヵ月入院を勧めるわ」

「執刀する先生に、リハビリについてとか、術後の見通しをしっかり聞いた方がいいわよ」とわたくし

「はい、そうします。でも、私、先生の前に行くと何も言えなくなっちゃって、気が付くと
 診察終わって診察室出てるんですよ・・・」と先生

「次回の診察いつ?その時までに聞きたい事を全部箇条書きにして、その紙を先生に見せて」とわたくし

「はい!!それはイイ!!そうします!!!」と先生。

「とにかく、わたくしも手術だし、一緒に頑張ろうね!」と言って握手をし

「佳いお年を!」と言いあって別れた。


診察室に入って出てくるまでの短い時間に、どれだけ簡潔に話しをできるか。

これに、全てかかっている。

医師も、要領を得ない質問には答えようがない。

また、自分の状態や要望を正確にきちんと伝える事が出来ないと、自分も困るし、医者も困る。

「見込み」で診察できるのは風邪くらいだ。


と、改めて、そんなことを考えている。

今日は土曜日だから、、、電話は無いな……

次に電話がかかってくるとすると、最短で月曜日だ。。。


それにしても、、、「暇だーーー」


では、、、


   ごきげんよう










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