脊髄腫瘍闘病記・ま~ちゃんのつぶやきエトセトラ

夫が脊髄腫瘍星細胞腫G4で、T2で脊髄を離断。残念ながら丸2年後に、亡くなりました。闘病中→その後を書き綴ります。

   健康診断

2015-09-27 00:00:00 | Weblog
わたくしは、乳がんの定期検診には定期的に行っているが

いわゆる「健康診断」は年に2回、受けている。


ひとつは、市の健康診断で、レントゲン・胃カメラ(本来バリウムだが
私は胃カメラまで自費で受けている)・大腸がん・子宮癌がメニュー。
乳がんは、この市の検診で見つかった。
マンモも毎年自費で受けていた。にも拘らず、北斗晶さんと一緒で
一年で3センチの悪性腫瘍が出来、リンパ転移していた。


あと一つは、介護職をしていると、事業所の義務で受けなければならない
健康診断がある。


心電図・血液検査・レントゲン等、一般的な健康診断。

その結果を各事業所に年に1回、提出義務がある。
ご利用者は高齢者だったり、小児だったり、特に医療的ケアを行っているご利用者に
感染させてしまうような病気を持っていないか証明しなければならない。

わたくしは10月25日(日)に、所属する事業所の健康診断を集団で受ける予定(無料)
この結果を、在籍する事業所4社にコピーで提出する。
今までは自費で¥13.000位で受けていたが、無料で受けさせてくれる事業所にたまたま
雇用契約したため、ラッキーだった。


娘も、昨日から健康診断を受ける病院探しを始めた。

東京医科歯科大学にいる娘は、大学病院と言う場所に出入りするにあたり
一般的な健康診断の内容よりはるかに、検査項目が多い。

「医科歯科で受けられないの?」と聞くと、

「医科歯科の中に健康診断はない。みんな、よそで受けて、提出してる」
とそっけなく言った。娘の健康診断は毎年¥20,000位かかる。


健康診断は自由診療だ。
病院によって、料金の開きがかなりある。
安い所でも、¥10,000が相場かな、、、

会社勤めしている人は会社で健康診断していると思う。
その健康診断で、思わぬ病気が見つかる事があると聞く。

わたくしも、毎年、乳がん検診を欠かさずやっていたにもかかわらず、
一年後には3センチの悪性腫瘍が出来てしまった。
一年ではなく、半年に一回、検診を受けていればよかった、、、と思った事もあった。
しかし、健康な40代前半で半年に一回、検診を受ける人がどのくらいいるだろうか?


今は、乳がん検診(骨転移を見るアイソトープ・マンモグラフィー・CT・血液検査)は
年に2回、定期受診(触診のみ・投薬の処方箋)は3カ月に一回。

健康診断は年に2回。
市の健康診断と自費での健康診断(事業所提出用)

と言う事は、、、

年に4回、検診を受けている事になる。


手術した時は、「術後5年」が目安と言われた。
しかし、3年目で「術後10年」に延びた。(卵巣に腫瘍マーカーが出た)
10年生存。が乳がんの今の主流らしい。
わたくしは、10年間、ホルモン治療薬とはまた違う抗がん剤を飲み続ける。


”10年”

を目標に、ひとまず、がんばって、、、

その後の人生は、”おまけ”だと思う事にしている。


「健康診断」

めんどくさいかもしれないけれど、、、

みなさん、受けて下さいね。。。



では、、、


    ごきげんよう







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  生涯忘れない言葉

2015-09-26 06:20:14 | Weblog


  「闘病とは病そのものと闘うことではなく

   病に打ち砕かれそうになる自分自身と

   闘うこと である」


この言葉、、、

  わたくしの格言である。


自分が乳がん闘病していた時に念仏のようにこころのなかで
復唱していた言葉だ。


闘病とは、、自分自身と闘う事。


闘病生活を振り返った時(今も)、まさに、この言葉通りだった。


この言葉は松戸市立病院 整形外科部長だった丹野先生の言葉だ。

夫が足の痺れを訴え千葉西総合病院に行ったのは、市立病院の丹野先生の
外来が休診続きだったからだ。
丹野先生に診察をして頂きたかったが、病院にいらしていなかったので
仕方なく千葉西総合病院を受診した。

後に分かった事だが、丹野先生自身が脳出血で倒れ入院中だった。
そして、左利きなのに左半身に麻痺が残った丹野先生。
丹野先生がご自身の闘病記を公にした。

その闘病記の中にこの一文


「闘病とは病そのものと闘うことではなく

   病に打ち砕かれそうになる自分自身と

   闘うこと である」

が入っていた。

「本当だ、先生の言う通りだ」と夫が言った。

わたくし自身が癌を患い治療中も

「本当だ、先生のおっしゃる通りだ」と思った。


TVでお馴染の 北斗 晶 が乳がんで右乳房を全摘出した。
ロングヘアーの彼女が、ボブにばっさり髪を切った。
これから、過酷な治療が待っていると思う。
ボブをベリーショートにするかも知れない。。。
術前術後の心境と体の変化、その後の長い治療期間の体と心の変化。


他にも世の中には沢山の人達が色々な病を患い”闘病”していると思う。


”病に打ち砕かれそうになる自分”と日々向き合っておられると思う。


「なるようにしかなならない」と達観の境地に行きついている方の居るかも知れない。


「苦しみ」は本人にしか分からない。

けれど、そっと、見守ってくれている人が必ずいると思う。

そっと、支えてくれている人が居ると思う。



病気と闘うのは医者。


どうか、、、どうか、、、


打ち砕かれそうになる自分から目をそらすことなく、、、

”今”

を大切に、、、と思わずにいられない。


そして、わたくしも、、、

”今を大切にする”と誓う。


丹野先生、この言葉を下さって、、、

本当にありがとうございました。



では、、、


    ごきげんよう









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  膠芽腫に自家ワクチンが効く?うそでしょ・・・

2015-09-25 00:00:00 | Weblog
たまたま、このブログにくっついてた広告に食い込んだわたくし。

「悪性膠芽腫(グリオブラストーマ)に自家ワクチンが劇的な効果を出している」

という広告だった。


【脳腫瘍は、その悪性度によって、グレードI~IVに分類されています。
特にその中でもグレードIVの多形膠芽腫( Glioblastoma multiforme )は、
ガンの中でも最悪中の最悪といわれ、 旧来の治療法では、患者の90%以上が
5年以内に死亡しています。】

そりゃそうでしょ。。。


【悪性脳腫瘍(膠芽腫)の手術後に自家がんワクチン+テモダール+放射線を行った臨床研究において
膠芽腫の3年生存率は38%でした。この成績は最先端医療の中でも期待出来るデータと考えられます。】

ほほぉ~~。


【悪性脳腫瘍(膠芽腫)の手術後、放射線、抗がん剤を2コース実施。以後、ワクチン投与のみ実施。
じわじわと腫瘍が縮小し、術後24ヵ月以降は消失、完全寛解となり、社会復帰しています。】

なにぃ??


【症例0029 (筑波大学附属病院・臨床研究)
初回術後に再発した多型膠芽腫(GBM、グレードIV)。放射線81.2Gy照射、抗がん剤ACNU2コース実施。
2回目の手術後、自家がんワクチン接種開始。10週間後には脳腫瘍の体積が25%縮小(MR)。
9ヵ月後には、ピーク時に比べ半分以下の部分寛解(PR)に。約半年後に退院して自宅で日常生活。
04年7月再増大したためテモゾロマイド投与開始。初回術後31.8ヶ月、ワクチン接種後からは20.3ヶ月も生存。】


【症例0039 (筑波大学附属病院・臨床研究)
多型膠芽腫(GBM、グレードIV)。手術、放射線61.2Gy照射後、抗がん剤ACNU2コース実施。
以後、自家がんワクチン療法を施行。2回目の免疫反応テストは陰性だったが、腫瘍体積減少を認める。
04年2月までは一部縮小(MR)。その後部分寛解(PR)、術後24ヵ月以降は完全寛解(CR)となり社会復帰、
2013年3月現在CR継続中。10年生存例となった。】


【症例0764 (つくばセントラル病院)
初回術後も残存している多型膠芽腫(GBM、グレードIV)。
「放射線+抗がん剤テモダール治療」後に再発したため、「
自家がんワクチン+テモダール」併用開始7週間後には半分以下に縮小(PR)、
7.2ヵ月間無再発状態が続いた。ワクチン接種後からは15.4ヶ月生存。】


【症例0769 (つくばセントラル病院)
再発した多型神経膠芽腫(GBM)。下図で、A:2回目の手術前、B:2回目の手術後でも大型GBMが残存、
C:「自家がんワクチン+テモダール」併用開始5週間後、矢印部分が劇的に減少、
空洞ができ半分以下(PR)となった、D:12週間後(さらに減少、下段も縮小)、
E:20週間後(上段はさらに減少したが下段で増大、この時点で再々発と診断)、
12.6ヶ月生存(再発症例の中では長期生存した例)。】


【症例1142 (銀座並木通りクリニック)
2007年10月グレード Iの手術、再発、09年12月に再手術、
グレード III(Anaplastic oligodendroglioma)に進行していたため放射線照射。
以後、ニドラン(ACNU)と併用し10年5月自家がんワクチン接種、
約4年後の2011年8月に至るも全く問題なし。】


「うーーーん。」と、、唸ったわたくし。。。


脳腫瘍ではなくて脊髄腫瘍でも、これだけの効果があるのか?


脊髄腫瘍の抗がん剤はテモダールを使用する。
手術で摘出後、放射線治療後、テモダール使用しているが、自家ワクチン治療を入れると
効果があるのだろうか???


つくばセントラル病院て、確か、重粒子・素粒子の放射線治療をしている数少ない病院だったはず。。
筑波大学付属病院も周知されている病院だ。


脊髄腫瘍のアストロサイトーマ グレードⅣ(グリオブラストーマ)の生存率は
半年から一年と言われている。(平均8カ月と言われている)

これを食い止めるために”脊髄離断術”があったわけだ。
確かに、脊髄離断して2年(24か月)は夫は生きた。
が、2年(24か月)後に死んだ。

自家ワクチンは、他臓器の治療法として耳にはしていたが、

まさか、まさか、、、

グリオブラストーマにも効果があるとは知らなかった。

この広告の内容が本当ならばの話だが・・・

しかし、症例と病院名を明記している事を加味すると、多分、有効あのでだろう。。。


医療は、日進月歩だ。

難病と言われる不治の病の治療法が、一日も早く発見される事を願ってやまない。


では、、、


     ごきげんよう






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  原付バイク

2015-09-24 00:21:16 | Weblog
訪問介護の仕事を始めて1年程、ボルボで移動していたんだけど、、
大きいし、、燃費も悪いし、何よりご利用者がビックリするので、、
さすがに、ボルボではご利用者宅に行けないな~~…と思って、

”原付バイク”

を購入した。

いつも、自転車を買っているお店で買ったんだけれども……

「奥さん、本当にイイんですか?」

「大丈夫ですか?乗れますか??」

と、再三、店主に言われたが


「だいじょーぶよ~~!!」と言いながら、手続きを済ませ会計して
そのまま、買った原付バイクに乗って帰宅した。

しかし、自転車屋さんを出たのもつかの間、左右に大きくゆらゆらしたわたくしを見て、
店主が大声で

「まだ、間に合いますよ!戻ってきてもいいですよ」

と言ってくれたが、振り切って帰ってきた


新車の原チャリ見て、よーし!これから、このバイクで頑張るぞ~~!!
と気合を入れた。

子ども達はというと、、、

「ママには似合わない」それに「ママには無理!」と娘

「パパが入院してた村山病院にはバイク事故で車椅子になった人がいっぱいいたよ」
「ママ、バイクは危ないよ」と息子


確かに~~~、、、

バイクって体がもろ出しだから事故ったら一巻の終わりだよね、、、
原チャリで事故って死んだ。なんて、シャレになんないよね~。。。と一瞬思ったが
その思いを振り払うように、バイクで颯爽と移動していた。

最初のひと月ほどは慎重な運転で何の問題もないと自分では思ってた。
ちょっとした買い物や銀行・郵便局に行ったりするのには本当に便利だった。

しかし、雨の日など、危ないなぁ~。。。と思う事が多くなった。

その日も、雨がぱらぱら降っていた。
ゆるいカーブの陸橋で、道路と道路のつなぎ目の鉄の部分に差し掛かった時に
雨でタイヤが滑ってバランスを崩して転倒した。
バイクは左側、自分の体が右側(反対車線)に投げ飛ばされた。。。

がーーーーん

ヘルメットごと頭と顔を打ち付け頬っぺたが痛かったが、そのままでは
通行中の車に迷惑なので、バイクを起こし、道路の左端に一旦駐車した。
それでも、ご利用者宅への訪問時間を気にし、直ぐに訪問先へ急いだ。

この日は、仕事を終え帰宅して、、、色々考えた。
あの時に反対車線から車が来ていたら私は完全に跳ね飛ばされていた。
安全運転のつもりでも、やっぱり、バイクは危ない。
と思いながら、打撲して腫れた頬っぺたに湿布を貼った。

もう、バイクはうんざり。。。


で、軽自動車を買う事にした


丁度、娘が自動車教習所に通い出したので、車は娘の好きな車を選ばせた。

スズキの”ラパンショコラ”

確か、西島秀俊という俳優がCMで「チョコはいかが?」とか言ってた車だ。
色も、CMに出ていた「シャンパンピンク」で、フル装備にしたら、、、
これまた、軽自動車ってこんなに高いの???
という金額になってしまった

友人知人に聞いた所、「今の軽自動車は高くて、売る時は安い」と
教えてくれた。


痛い教訓として、原付バイクにはもう乗らない。と決めた。

ラパンショコラの一年間の走行距離は約10,000㎞。
娘は週末ちょっとしか乗らないので、ほぼわたくしが仕事の移動で使用している。
来月で購入し丸2年なので来年初車検だ。


そして、わたくしが乗らなくなった原付バイクは・・・

今は、弊社の事務長にあげた
事務長は、脊髄腫瘍アストロサイトーマ グレード1 を全摘後、放射線治療を受け
右脚に感覚麻痺があるため車は運転できないが、原付バイクなら手しか使わないので
軽快にバイクを走らせ、事故を起こす事もなくバイク生活を満喫している

そのバイクにとっても、その方が幸せだと思う



では、、、また、、、



     ごきげんよう








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   シフト作り

2015-09-23 05:32:02 | Weblog
来月10月のシフトを作っている。

今現在、4つの事業所に籍があるわたくしは自分で、シフトを調整し作成している。

マックスで働いていた頃はひと月160時間、移動時間を含めると
200時間、稼働していた。日々に追われ、ただただ、ひたすら頑張っていたが
今となっては”殺人的な”仕事量であったと恐ろしくなる

今は100~120時間で調整している。(移動時間を含めて140時間を目安に)

どこの事業所も「早い者勝ち」状態。
シフトを先に出した事業所から仕事を埋めていく。
お陰様で、ご利用者様や事業所から必要とされているようで
直ぐにシフトはいっぱいになり、お断りする件数がかなりある。

休みの確保もするようになった。

しかし、第一号喀痰吸引の実地研修を最優先にしているため
身動きが取れないというのが現状だ。

フリーで仕事を請けるヘルパーは沢山いると思うが、4社から契約で
仕事を断続的に請けているヘルパーは未だかつて、会った事がない。
わたくしは至極、珍しいヘルパーだと思う。

契約する事業所には、その旨を説明してから雇用契約をするが、たいていは、かなり、驚かれる。

しかし、わたくしの仕事の仕方を分かってくると、非常に簡潔に対応してくれる。

黒田さんは、分かりやすい。頼んで請けてもらった仕事を完璧に遂行してくれる。
他のパートさんは、急に休んだり、定期の仕事を請けているのに休み申請が多かったり
ご利用者の文句ばかり言う人が多いから・・・
と言われるが、、、

わたくしにしてみれば、「へっっ?そんな人がいるの?」って感じ。
なんちゃってヘルパーが巷には多いらしい
わたくしは”プロ”として、誇りとプライドを持ってヘルパーの仕事に従事しているつもり。
だって、ケアに入っている時間は、ご利用者の”命”をお預かりする仕事だもの……


10月は118時間になりそうだ。(移動時間を入れると130~140時間)
(木)(金)(土)が5週目まであるので、その分が加算されている。

喀痰吸引実地研修が6~7回、90分ずつ。この時間の前後は仕事は受けられない。
10月は調整シフト内の目標のマックスに近い

水曜日は一番きついかも。
朝8:30(家を8時には出る)~21:00(帰宅は21:30)まで仕事だ。
松戸駅方面から始まり最終は鎌ヶ谷で終わる。


12日は千葉の美浜文化ホールまで友人のRecitalに娘と行く

14日は千葉教育会館まで児童発達支援管理責任者の合同講義

25日は事業所に提出する健康診断

29日は慶應義塾大学病院の定期検診

この4日間を仕事を入れず休日扱いにしている。
かろうじて10月4日は完全休日。家でゆっくり過ごすつもり

12日も、弦楽四重奏のコンサートだから、こころの洗濯が出来ると思っている

これでも、週に一日、休日をとる様になった。
”無休”からはおさらばだ

今年いっぱいは、なんとか、このペースで頑張る。
11月も児童発達支援管理者の演習が2日間ある。
12月20日までは、第一号喀痰吸引実地研修のラストスパートだ。

2016年は、、、

ウサギだった自分をカメに戻す

ゆっくり、のんびり、自分の目標に向かってコツコツと進んで行こうと思っている


またまた、ま~ちゃんはそんなこと言っても無理でしょ

という声が聞こえてきそうだけど(午年なので、競馬馬のように颯爽と走り抜ける気質)


今は、そういう気持ちでいるので、、、



では、、、



       ごきげんよう







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 パン屋さん

2015-09-22 05:37:51 | Weblog
久しぶりの休日だった昨日、娘にパンの作り方を教えた

な、なんと!!!

58個の調理パンと大玉のパン2個


「パン屋だよ~」と息子


昨日作ったパンがこれ

   ↓



チョコチップパン
   ↓



ツナとコーンパン
   ↓


ベーコンと玉ねぎチーズロール
   ↓


シナモンロール
   ↓


アルセスト
   ↓


その切り口がこれ
   ↓




娘と2人、捏ね機を600gずつ3回回し、発酵、形成、2次発酵、焼き上げ。

と、休む暇なく丸4時間格闘した。

今は室温が高いので、発酵時間が短く済んだから4時間で終わったが、
冬場だったら、6時間はかかったと思う。

焼きあがったパンの匂いに誘われて、、息子が2階から降りてきた。

「もう食ってイイの?」と息子

「だめ=====!!!」とわたくしと娘

「写真撮影してからだよ」と娘


わたくしも、ブログにアップしようと、携帯で写真を撮った。

息子は、おあずけ状態

「よし」のわたくしの掛け声で、一斉に食べだした

「やっぱり、焼きたては上手いなぁ~~」と息子

「あたりまえじゃない」と娘

「もう一人で作れる?」と娘に聞くと

「んん~~、、、焼きがいまいち自信ないかなぁ・・・」と娘

「パパの仏壇にはパパが好きだったチョコとベーコンロールを供えよう」と娘

「ママママのチョコブレッドが食べたいよ」と息子

「えぇ~~、あれは冨澤商店にチョコシートを注文しないと作れないよ~」とわたくし

「チョコブレッドは幼稚園のバザーで売ってたじゃん」と息子

「お友達のおうちに遊びに行く時、必ずチョコブレッドを持たせてくれて
 友達やお母さん達から絶賛されて、私も嬉しかったなぁ~・・・」と娘


要するに、”チョコブレッドを作れ”って事ですか……


まぁ、その時間と気力体力が残っていたら、、、

つくりましょーかね

と、昨日は”パン屋さん”になっていた、わたくしでした


では、、、


      ごきげんよう





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   老衰死

2015-09-21 10:31:37 | Weblog
昨夜の21時、久しぶりに、TVを観た。

NHKのドキュメント番組で

”老衰死”

というテーマだった。


実際、世田谷の芦花ホームという老健施設、100名の入居者がいた。

80代~90代の入居者の中の、、

「老衰による看取り」がリアルに粛々と流れる時間を追って行った。


老衰死に至るまでの肉体的な経緯や家族の心の葛藤。
食べ物をだんだん摂取できなくなっていった方に胃ろう等による
経管栄養をするかしないか・・・
自然のままに・・・
次々と、決断を迫られる。

TVで見る限り、食事を採れなくなり、眠っている時間が徐々に増え
最後の一週間程は呼吸が荒くなり、それでも、口の中が乾いてしまうので
スポンジで、りんごジュースをふくませたり、アイスクリームをほんの少し
唇に乗せてみたり、、

そんな時、ご本人の表情が明らかに変わった。
可愛がっていたお孫さんの写真を見せると、目をしっかり開けて
見入っていらした。この方の息子さんは呼吸が荒くなったお母様を見て
医師にこころの内を吐露した。苦しんでいるのを見るのが辛いと。


アメリカでの研究では、老衰は身体の組織が消滅し、その消滅した組織が
周りの組織細胞も消滅させていくとの報告があったそうで、その細胞組織の消滅は
脳にも及ぶため死に至るまでのご本人の”苦しみ”の調査及び検査結果がはっきりと出ていた。

ご本人は、まず、ほぼ、、、

「苦しさを感じずに旅立つ」



イギリスでは

”QUALITY of DEATH ”

が、世界一高いそうだ。

「死の質」

誰もが、いつかは死ぬ。

死ぬにあたっての”質”ってどんなこと?

苦しまない事?



老衰死により昇天されたお母様を看取った息子さんが

「優しい母だった。母らしい死にかただったと思う」

とおっしゃっていた。


それでも、男性にとって”母”を失う悲しみはいかばかりか・・・
さみしさを、、大きなさみしさに包囲されている息子さんの姿が目に焼き付いている。

わたくしの母方の祖母がやはり”老衰死”でこの世を去っている。
最期まで、家で、家族に静かに看取られた。

母も叔父叔母達も、「自然な死だよ」「これが、本来の死に方だ」と言っていた。
自分達もお袋のように、お母さんの様に死にたい。とも言っていた。

”どう生きるか?”を追求してきたわたくしだが、

”どう死ぬか?”も同じくらい大事なテーマだ。

自分の思い描く死に方が出来るかどうかわからないけれど

一応、子供達には、「ママがどんな風に死にたいか」と言う事を
意識が無くなる前に、伝えねばならないと思う。



では、、、


     ごきげんよう










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   脊髄離断術が消えた……

2015-09-21 06:38:11 | Weblog
慶應義塾大学病院には患者向けに「医療・健康情報サイト、KONPAS」と言うのがあって
病院入って左側にPCが数台用意され、誰もが閲覧できるスペースがある。

このサイトは、ネット上でも簡単に読む事が出来る。

昨日、久しぶりにこのサイトの整形外科・脊髄腫瘍についての情報をを読んでみた。


ビックリ。


以前は明記してあった脊髄腫瘍星状細胞腫 高悪性 の治療術式症例として

「脊髄離断術を行っている」という一文と説明が削除されていた。

以下が、コピーした一部分だが

*******************************************

星細胞腫(astrocytoma)
上衣腫に次いで多く、頭蓋内に発生した場合と異なり低悪性度であることのほうが多いです。
MRIではT1強調像で等~低信号、T2強調像で高信号を呈します。上衣腫と比較して、
腫瘍の境界は不明瞭で浮腫も存在し、び慢性の脊髄腫大をきたします。
造影剤投与による増強効果は様々で、班状や不整型に増強されるものや全く増強されないものも存在します。
また、上衣腫と異なり時に髄外にまで広がることがあります。

特に脊髄腫瘍の手術には、術前の画像診断に基づいた的確な術前プランニング、
最新の手術器機と顕微鏡視下での確実な手術手技、術中脊髄モニタリングなどが要求され、
さらに数多くの治療実績に基づいた治療体系の確立が必要です。
中でも髄内腫瘍の摘出術は難易度が高く、高度な技術を要しますが、
当院では既に300例を越える治療経験があり、上衣腫、星細胞腫、血管芽細胞腫、海綿状血管腫など、
星細胞腫を除いたほぼ全症例で腫瘍全摘出が可能であり、機能的予後に関しても概ね良好な成績を
あげております。
これまでほとんど摘出術が困難とされてきた星細胞腫であっても低悪性度の場合は、
約7割の症例で腫瘍全摘出が可能となってきています。
また、脊髄内嚢腫性病変(類上皮嚢腫、類皮嚢腫、上衣嚢腫、神経腸管嚢腫、くも膜嚢腫)の
治療経験も豊富にあり、安定した治療成績を得ています。

硬膜内髄外腫瘍では神経鞘腫や髄膜腫が多く、特に他施設から紹介頂く症例には
上位頚髄発生例の砂時計腫や髄膜腫の腹側発生例や再発例などの難易度の高い症例が
多くなっていますが、術中モニタリングなどを駆使して、良好な成績を得ています。
その他にも、比較的稀な粘液乳頭状上衣腫も50例にのぼる症例の経験があり、
手術的治療は腫瘍全摘出が原則ですが、被膜を破ると腫瘍が髄腔内に広がる可能性があるため、
手術には細心の注意が必要です。術前に被膜が既に破れている場合は、術後全脳・全脊髄の
放射線照射を行うことで再発を防止できています。★

さらに、当施設では患者さんからの貴重な手術検体提供や遺伝子採血などのご協力のもと
脊髄腫瘍の病態解明とより優れた治療法の確立ための基礎研究も行っています。

**********************************************

夫が生きている時には、★の部分に「また脊髄離断術という術式があり、当院では行っている」と
確かに書いてあった。(詳しい説明ではなかったが、大筋の説明文も入っていた)
わたくしが乳がんで入院した時にも病院のPCで読んだら明記してあった。

いつの間にか、”脊髄離断術”という文字と内容が抜かれている。。。

これって、なんでなんだろう???

当時、この文章を作成し、掲載したのは石井先生だ。(石井君が書いたと雅也先生が言ってた)
中村先生は今年の4月に准教授から教授に昇進された。
石井先生は講師のはずだが、この文章を引き継いで書いた先生は
渡辺先生かなぁ~・・・・・・。。。。。。
岩波先生かなぁ~・・・・・・。。。。。。
やっぱり、石井先生かなぁ~・・・・・・。。。。。。

いずれにしても、慶應義塾大学病院整形外科の誰かである事は間違いない。


この件に関しては、後日、調べる。
来月は慶應病院にわたくしは乳がんの定期検診に行くので、
その時に整形外科の医局を訪ねようと思っている。



今日は久しぶりの全休だ。
娘に前から「パンの作り方を教えて欲しい」と言われていたので
2人で強力粉1.8キロ分の多種多様なパンを作ろうと思っている

娘の子育て中に幼稚園で知り合ったママ達とパン教室に長い事通った。
子ども達も夫もわたくしの焼いたパンを喜んで食べてくれたっけな~~。。

娘にも息子にも「最近、ママのパンを食べてない」と言われていた
パンを焼くには発酵時間を入れて最短でも4時間かかる。
この2年間パンを焼いている時間はなかった

今日は、頑張って、数種類織り交ぜ60個は作ろうと思っている
焼き立てが一番美味しいけれど、冷凍して、明日から少しずつ食べるかな…
多分、3日で完食するのでは、、、と予想しているが…


では、、、また、、、


     ごきげんよう







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    大役

2015-09-20 07:25:19 | Weblog
我が家の娘と息子は年齢が10歳離れていて学年では9学年違う。

娘が通った小学校に3年空けて、息子が入学した。

わたくしは、

”保護者”

として、その小学校に通算12年間通い続けた事になる。

娘は第一子だったので、まぁ、若い母の部類に入り、4年生で息子が産まれるまでは
一人っ子の女の子のおか~さん。って感じのママしてたと思う。ちょぼちょぼ役員も受けた。

息子が入学した時には、ベテランお母さんって感じ。既に夫が発病し途中で亡くなった事
自分自身も闘病していたこともあり、学校の役員は「係り」しか受けられなかったが、
6年生の役員決めで最後の最後に

”大役”

が回ってきた。


”卒業対策委員長”である。


末っ子が卒業するにあたり、今まで何も出来なかったという自責の念と
今まで、本当にありがとうございました。という気持ちで引き受けた。

あとは、前年度の委員長だった方から「来年はあなたよ」と釘を刺されていた事もあった。
この方は、夫の訪問診療医だった先生の奥様。
よって、最初から、引き受けるしかないなぁ~…と思っていた。

担任の先生へのお礼の品や、アルバム作り、レクレーション、謝恩会等
他の卒対の役員さんがみんな協力して下さり、なんなく、卒対の皆さんの仕事は終わった。


がーーーーー。

わたくしだけ、大きな仕事が残された。


卒業式で保護者代表の

   ”謝辞”

を述べるのが、歴代の委員長の仕事だった。

「保護者代表謝辞」と司会に呼ばれ「はい!」と立ち上がり、、、
檀上脇までしづしづと歩き、マイクの前で一礼。

持参した巻紙の表には”謝辞”と書かれ、その巻紙を広げながら
来賓や地域のシルバーボランティアの方達や歴代の校長・教頭先生、
今現在の先生方へのお礼の言葉から始まり

「わたくし事ではございますが、」と前置きし

娘の入学から息子が卒業するまで、社会情勢や子どもを取り巻く環境、学校、先生方、
保護者の在り方について毛筆で巻紙にびっしり書いた謝辞を読んで校長先生に渡した。
(持ち時間は6分。びっしり書いて丁度6分だった)

子ども達にとっては非常に難しい内容だったと思う。
しかし、お世話になった先生や地域の方達への謝辞なので、しっかりと御礼の気持ちを
込めてと思い、読み上げた。


この大役のお陰で緊張し、、、

息子の卒業式にどっぷり浸かって、涙したかったが、、、

出そうになる涙は引っ込んだ

この、ワンシーンは、卒業生全員の卒業アルバムと共にDVDとして配られ
わたくしが謝辞を述べている姿が、ドアップで入っている。。。

これって、、、、どうなのかなぁ???

わたくしの映像なんていらない気がするんだけど、、、


今となってはイイ思い出だ。

また、誰も、やりたがらない卒業対策委員長をわたくしが引き受けた事で
お世話になり続けた他のお母様たちへのお礼にもなったのでは、、、
と、勝手に思っている。


学校の役員は、面倒だと思うけれど、終わってしまうと、、
子どもとのイイ思い出。
子どもとのイイ関わり。

だったと、しみじみと思う



では、、、


    ごきげんよう




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  早寝早起き朝ご飯

2015-09-19 06:13:13 | Weblog
仕事と資格取得の時間に追われ、毎日忙しく動いているが
最近、帰宅し、椅子に座ると立ち上がるのが億劫になる。

”腰が重い”

とはこんな感じかな。。。
座ってしまうと、一気に疲れが増す気がする。
一回座ってしまうと動けなくなるので、帰宅すると家事を
一気に終わらせる。

朝、起きてコーヒーを飲み、PCに向かいブログの更新をして
一気に家事を終えて、仕事に向かう日々だ。


もともと、”早寝早起き”の習慣があり、遅くまで起きていられない体質。
瞼がとろんとしてきて、起きていられない。



「早寝早起き朝ご飯」


これって、子育てしている時の我が家の合言葉だった。

昨今、幼い子を夜遅くまで眠らせない親御さんが多いと聞く。
また、朝ご飯を食べない子供が多いとも聞く。

親の都合なのか、なんなのか、わからないけれど、、、

やはり、”規則正しい生活”が子育ての基本ではないかと
わたくしは思う。

わたくしの両親は「子供の時間は20時まで」
と言って、小学6年生までは8時には布団に入れられた。
起床は6時。
目覚まし時計が無くても6時には目が覚めて兄妹4人並んで
洗面所で歯磨きしてた。

わたくしが起きると、もう既に母は朝食の準備、
父はお茶を飲みながら新聞3紙に目を通していた。

自分がそうやって育ったせいか、自分の子ども達にも
同じ生活をさせた。
夫も仕事に出かけるまでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。


朝日新聞・子ども新聞・日本経済新聞・建設新聞と
4紙の新聞をとっていた。娘が中学生になると中学生ウィークリーが
加わり、5紙になってた。

当時の我が家は、息子は子ども新聞を、娘が中学生ウィークリーを
わたくしが朝日新聞を、夫が日本経済新聞を、そして建設新聞は
夫が出勤する時に持っていった。


今は、朝日新聞を3人で回し読みする。

静かだが、とてもイイ時間だ。

「なんだよ==、安保法案決めちゃうのかよ~~」と息子。

「今日の天気は…」とわたくし。

「読みたい新刊が発売になった~~」と娘。



朝はTVでニュースをかけるが、夜は一切TVはつけない。
特段、見たいと思う番組もないし、息子はPCに向かったりゲームしたり
本を読んでいる。娘も、本を読んでいる事が多い。

わたくしはというと、最近本を読んでいない。
これは、老眼が進み、夜は特に文字に焦点が合わないのが原因の一つかも。。。

読みたいと思う本は特にないんだけれど、娘と息子に

「この本イイよ。読んでみて」と言われ、机の上に山になっている。


”早寝早起き朝ご飯”

娘が23歳になっても、息子が13歳になっても、変わらず続けている。



では、、、


    ごきげんよう













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    ”組織” 対 ”個人”

2015-09-18 06:38:15 | Weblog
夫が障害者になり、わたくしが役所と死闘を繰り広げていた頃に、、、

わたくしは、このブログにその理不尽な怒りをぶつけた事がある。

対応した職員の事を名前こそ出さなかったが

「ぼんくら職員」

と書いた。

本当にぼんくらだったから……


所が、その記事を読んだ向井先生に激怒され、、先生の所に行った。


「ばっかもーーーん!!」

と雷が落ちた。。


しかも、「こんな記事を書くあなたの品性を疑う」と突き放されてしまった。



がーーーん

しょぼーーん


不特定多数の誰もが読むであろうブログにネガティブな、しかも、
読めば分かってしまう人に対しての攻撃をするなど言語道断。

「直ぐに、削除せよ。」


「それとね、、、

  ”組織” 対 ”個人”

 では、絶対に個人が負けるよ。」


「僕も昔若かりし頃は、色んな意味で尖がってて、後先考えずに言いたい事言ってたけどね、

 その頃の事を思うと、穴があったら入りたいよ。」


そして、最後に、、、


「しばらく、謹慎処分」


と言い渡された、、、


わたくしは、先生の所に出入り禁止になった。

何度か、詫状を書き、数回、研究室にお詫びに行き、、

先生不在の時には、、先生の弟子である研究室の方々に

「先生は相手の事を思うから叱ってくれるんですよ」とドンマイコール。

助教の三上先生には「僕も何度も同じような事ありましたよ」なぐさめられ、、、


しばらくして、やっと、許してもらう事が出来た。


”組織”の強さとはなんだろう?

”個人”の弱さとは何だろう??

と考えたけれども、実際、”個人”が”組織”を相手に裁判等をしても
最終的には、”個人”は傷つき、勝訴を手にしても、決してその間、幸せな時を
過ごしてはいないと想像できる。


「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」

という、きれいな言葉があるけれど、この言葉を使うには時と場合による。


子どもが幼い時は「正しい事」「悪い事」「間違っている事」を
口酸っぱく、言い聞かせていた気がするが、、、
教えていたわたくし自身が、その、本当の意味を理解して口伝していたのか?

と、、、

今更ながら、、、苦悩している。



では、、、



      ごきげんよう







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8.4%

2015-09-17 07:01:40 | Weblog
 
 またまた、息子の話し

昨夜、「あんた、臭いからお風呂入んなさい」と
わたくしに言われて、お風呂に入った息子。

とにかく痩せているので、体重計に乗らせたら、、、

身長170㎝、体重51kg。

そして、、、

体脂肪が======


   ”8.4%”

だった

確かに、陸上部で走りまくっている息子なので、、
分からないではないが、それにしても、低すぎないか???

マラソン選手って痩せているけど、うちの息子もそんな感じ

一日8合のお米を平らげ、ラーメン4袋が1食分、パスタ500gが1食分の
大食漢なのに、、、いったいどこに、そのカロリーは消えていくのだろう???


本人も「もっと太りたい」と言ってるけど、、、
どうしたらいいのかなぁ~~


夫も、結婚した時は178㎝、体重58kgだった。。。

息子は骨格が夫にそっくりだ。

このまま25~6歳までは、細身かも知れない。
わたくしも、決して太っている方ではないし、、、
先祖をたどっても、みんな細身だったみたいだし・・・

しかし、夫は結婚後、すこーしずつ太り続けた。
お酒をあまり飲まない事もあり、「食べる事」に集中した結果、、、
5年で10kg、10年で15kg、、、
脊髄腫瘍が見つかった時は、76kgあった。

独身時代から計算すると18kg太ったって事
特に、お腹周りはすごかった。

脊髄離断してからは、脊髄損傷者特有の

”せきそんばら”(脊損腹)

ぶよんぶよんしたお腹を排便日には、まるでエスティシャンのように
マッサージしたわたくし


息子よ、大人になったら、イイお嫁さんを見つけて
美味しいご飯を作ってもらうんだよ

愛妻の作ったご飯をたーんと食べて、、、

パパみたいに太っておくれ


では、、、また、、、


     ごきげんよう






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    キーワード

2015-09-16 06:23:42 | Weblog

ブログを書き出してかれこれ9年が経とうとしている。

途中、中断した時期もあるので、正味、6~7年だろうか・・・


わたくしがPCに向かい、ブログの新規更新をする時、、、

何を書こうか?

と一瞬考える。

すると、頭の中にいくつかの

”キーワード”

が浮かぶ。

そのキーワードを軸に、何を書くか頭の上にボウルか鍋の様なものを乗せ
その中に言葉を次々と入れていく。(2~3分かな)
その入れ物がいっぱいになった時に一気に、ザ--ーッと、流し込むように
PCのキーを叩き続け、、、一切読み返すことなく、、、

「投稿」

ボタンをクリックする。

誤字脱字も一切直さない。

この書き方で約10年通してきた。

考えながら書くと、きれいな文章になるかも知れないけれど

”体温”が伝わりにくいのではないかと思う。



しかし、医者であり作家でもある向井万起男先生に

「あなたは、どんな書き方するの?」と聞かれた時に

「一切、書き直しません。一気に書いて終わりです」と言ったら

「林真理子と一緒だね」
「僕は、何度も何度も読み返して書き直すんだよ」
「作家、物書きにも、色々なタイプがいてね、あなたみたいな人は少数だよ」

と言われた。

そうですか…って感じ。。。

でも、わたくしは、考え出すと手が止まってしまい、書けない。

医療的な専門用語を入れる時はスペルを間違ったら大変なので
参考文献等を確認しながら書き込むけれど、それ以外は
書く内容さえ決まっていれば、勝手に手が動くのだ。

ただし、ひとつだけ難点がある。

ピアノをやっていたせいか、、、

キーを叩く力が強すぎる。
キーを叩く音も半端じゃない。
結果、PCのキーを壊す。
「ポロン」とキーがはじけて壊れる。



色んな、ブロガーがいるけれど、みんな、どんな書き方しているのかなぁ~???


わたくしはわたくしの書き方しかできないので、、

このまま、進んで行くしかないんだけどね……

では、、、


     ごきげんよう







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 脊髄腫瘍ってなあに?

2015-09-15 06:10:07 | Weblog
随分前にも今日と同じタイトルでブログを書いてあるが、

その時とは、また違った意味で今日は一筆書きたいと思っている。



昔は、「脊髄腫瘍」について、必死に勉強し、情報収集していたので、
”病気”そのものの真髄の様な、「これだ!!」という病気の詳細を
知る事が大事だった。



今は、色んな人に

「脊髄腫瘍ってどんな病気?」

と聞かれる事の方が多い。

脊髄腫瘍を知らない人に簡単に分かってもらう説明の仕方は?????

と頭をひねったわたくしは、チョー簡単にこう説明する。


「脳腫瘍が、脊髄の中に出来た様なもの」

すると、ほとんどの人が理解してくれる。

続けて、

「脊髄と脳は繋がっているでしょ?」

「脊髄は神経の束なのよ」

「だから、脊髄に腫瘍が出来ると出来た場所によって症状は違うけど麻痺になるの」

「脳腫瘍は、目や耳や記憶や、ありとあらゆる中枢でしょ?」

「だから、大変な病気なのよ。よく”神の手”とかいうDRがテレビでも出てくるジャン」

「脳腫瘍にも良性と悪性があるでしょ?」

「脊髄腫瘍にも良性と悪性があるのよ」


ここまで話すと、だいたい、みんな理解してくれる。


実は、この説明。。。

何人もの医者にした事がある。

医者でも専門分野でない医者は……


”脊髄腫瘍”を知らない。

言葉は知っていても、どんな病気→どんな後遺症→脊髄腫瘍で死ぬ。
ってことを知らない医者が結構多い。

良性でも10万人に1人の発症。

夫のアストロサートーマG4=グリオブラストーマは500万人に1人の発症率。

しかも、脳への浸潤を防ぐために「脊髄を離断する」という治療法なんて
極々わずかな医者しか知らないと思う。


そういった意味では、夫は日本で最高峰の技術と情報を持っている病院・先生に

”巡り合えた”

と思っている。


わたくしも、その病院の患者。

来月は、受診予約が入っている。

信濃町まで3カ月に一度通っている。

はい、慶應義塾大学病院です。


もう、7年のお付き合い。
わたくしは、、、多分、、、
ずーっと、これからも、お世話になる病院だと思う。
建て替えも進んでいるので、行く度にどこかが変わっているんだけれど、、、

来月行った時は、どこが変わっているのだろう??

期待半分、、”残念”な気分半分だ。。。


では、また、、、


       ごきげんよう










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  必勝

2015-09-13 06:45:15 | Weblog
娘と息子が受験の時に履かせていた真っ赤な靴下の足の裏に大きく

    
     ”必勝”


という文字が白字で入っている。

験(げん)を担ぐ意味での親心で買った靴下だが

受験を終えると用なしになり、今はわたくしが履いている。

しかし、ご利用者宅に行って、何気にその靴下の裏を見たご利用者や
そのご家族に

「くろださーん!そのくつしたなーに???」

と指摘される事が良くある。

その都度、その靴下の経緯を話すのだけれど、、、

いつしか、わたくし自身、、、

「ここ一番

という時に、この靴下を手に取っている。


  その靴下がこれ

   ↓




勝負下着ならぬ「勝負靴下」である

この靴下の他に、「僕は落ちましぇん」というものがあったが
どこに行ったか、、、不明


50歳を目の前に昨今、「必勝」なんて言葉を使う事はもうない。

が、、、

気持ちは、いつも「必勝

のわたくしだ

思い起こせば、いつも、、、

「必勝」を掲げていた気がする。

今更、性格は変えることは出来ないので、仕方がないけど、


まぁ、、、これでイイのだ


では、、、


    ごきげんよう








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