脊髄腫瘍闘病記・ま~ちゃんのつぶやきエトセトラ

夫が脊髄腫瘍星細胞腫G4で、T2で脊髄を離断。残念ながら丸2年後に、亡くなりました。闘病中→その後を書き綴ります。

万起子が落ちた……

2010-04-06 08:48:45 | Weblog
今日は朝から大騒ぎの出来事が……

昨夜、お風呂に入りそびれたわたくしは、朝風呂に。

豆柴の万起子さんがお風呂場に侵入
お風呂のお湯(大高酵素のバスコーソ入り)を飲むのが大好きなマキコさん
自然風呂入溶剤だから、大丈夫だけれど、、、
なんと、わたくしがシャンプーをしている時に湯船に落ちた

当のマキコさんも大慌てするし、わたくしもシャンプーで泡だらけの状態で
必死に目を開け湯船からマキコさんを救出
ビショビショのマキコさんは……
自分に何が起こったか理解不能のようで、しばし、茫然
ひとまず、バスタオルで体を拭いてあげたけれど、直ぐ次の瞬間リビングに逃げてった

なんとか自分の入浴を終わらせ、マキコさんを見ると、、、
リビング一帯水浸しにして、素知らぬふり

や・ら・れ・た


しかし、そんな万起子さんを見ながら、、、
全然違うことに思いが進んで行ったの。。。


クロちゃんは昨日、また、発熱。39.9℃。

主治医の先生からは「貧血も良くなっているし、内臓的に出血しているような所見は見当たらない。
白血球も高くないのにここまで高熱が続くとは、理由がわからない熱が続いているけれども、このままでは治療方針が立たない。炎症が起こっている事は間違いないと思うんだけれども、特定できない。情報提供書を書くので慶應病院の主治医の先生に相談して来てください。」

と提案があり、今日、情報提供書をいただいて、明日、慶應病院の主治医の先生の外来に行くつもりです。


「一難去ってまた一難」

今まで、わたくしは何度、山を越えて来たのだろう。。。
その度に、こけた。
何度もこけた。
転んで転んで、、、傷だらけになった事もある。
けれど、直ぐに立ちあがって、前にそびえ立つ山に向かって登って行った。


「万回転んでも起き上がる子」になって欲しいと願いを込めて豆柴の赤ん坊を飼う時に

”万起子”さん、と名付けた。

その子が、わたくしに「転んでも起き上がればイイじゃん」と
言っている。そんな目をして、こちらを見ている。


昨夜、スペースシャトル ディスカバリーが打ち上げられた。
松戸出身の山崎直子さんという方が乗っている。

宇宙から見た地球はどんなだろう。
わたくしや、我が家で起きている事など、ちっぽけで米粒どころか見えるはずはないと思う。
しかし、ちっぽけな事が輪になって大きな大きな自然や地球、宇宙の中にある。

大きな宇宙の中に自分が存在する事。


に、誇りを持って、今日一日頑張ろう。

万起子さん、大切な事を教えてくれてありがとう



では、また。。。


ごきげんよう







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”to do”  より  ”to be”

2010-04-04 15:33:04 | Weblog
クロちゃんの状態は変わらず、、、
体温はほぼ36℃代。
35℃代が平熱のクロちゃんにとっては多少、微熱気味かも知れないけれど、
顔色はだいぶ良くなってきました。

食欲は、、、
あまり無いなぁ……
一枚の食パンを食べるのに一仕事。
ゼリー状の栄養補助剤も、あまり好まず、
アイスクリームをホットココアに入れてみたり、、、
子ども用のサイズのリンゴジュースは100mlと飲みきりサイズなので
重宝しています。

茶色の鉄剤は点滴で投与が続いています。
明日、月曜日には再度血液検査を行うようです。


何かわたくしにしてあげられる事は……
ない。

「to do」

は、ないです。

できる事としたならば、、、

「to be」

黙ってそこにいるだけ。
傍に居るだけです。

実は、これがとても大事なことではないかと思う今日この頃です。

30日の晩に一夜、ベッドサイドに寄り添いました。

「いつもそこに居る事。」

これは、夫であるクロちゃんにとっても、妻であるわたくしにとっても
とてもイイ時間でした。

そこに居るだけで、安心する。
目を開ければ、そこにクロちゃんがいて、寝息を立てている。
それを確認すると、そこに居る自分自身が安心する。
寝苦しそうにしているクロちゃんに「どうした?」と声をかける。
「う~ん、夢を見ていたよ」とクロちゃんが言う。
「そうか、、、夢見たの。。」とわたくしが言う。

その繰り返しがわたくし達夫婦の約20年の積み重ねだったように思えます。

子どもたちを育ててきた(今も継続していますが)時も、
いつも、二人で育ててきました。
子どもが熱を出すと、二人でおたおたしながら、一生懸命協力しました。
娘は昨日で18歳になりましたが、娘が生まれた日の事を鮮明に思い出す事ができます。
クロちゃんとも、今日午前中にその時の話になりました。
「あの日は春爛漫でポカポカ温かい桜満開の日だったなぁ~」
「今日みたいに寒くはなかったわね。。。」

息子がうまれて4日目に心肺停止になって岩槻の小児医療センターに運ばれ生死をさまよった時、この時も必死に、一生懸命、父親・母親として協力して頑張りました。

子育てにおいては「to do」を二人で喧嘩しながら、、、
でも実はなかよく、してきたと思っています。

二人の子を授かったしあわせも大変さも共に分かち合い、デコボコ夫婦の割には
「to be」であり続けたわたくしとクロちゃん。


これからも「to be」のまま、、、
行きましょうね!!!

では、これから、また、クロちゃんのベッドサイドへ…

娘と息子も連れて、、、にぎやかに行って参ります~


三寒四温とは申しますが、みなさま風邪など召しませんように…



ごきげんよう







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ありがたきかな・・・

2010-04-02 20:04:32 | Weblog
みなさまには本当にご心配をおかけしております。。



ゆっくり寝た後のわたくしめは……

通常通り、クロちゃんのベッドサイドに通いました。

今日は顔色も良く、少しずつだけれど食事も採ろうと努力。
髭剃りもできてサッパリした顔に。

主治医の先生がお昼過ぎにベッドサイドに来て下さり、
「タケプロン飲んでますか?」とお聞きになりました。
「血液検査の結果、貧血がひどく、数値6。
 成人男性の半分なので、どこかから出血している可能性がある。
 緊急手術から今までの経緯を考えても、相当なストレスがあるため胃潰瘍か十二指腸潰瘍 等考えられる。
 便の色が黒くはないですか?」と質問されましたが排便は看護師さんにすべてお任せしていた事もあり確認をお願いしました。

「輸血には抵抗があるかもしれないけれど鉄剤を投与する治療だと時間がかかるので、輸血を視野に入れたい所です」とのお話で、あまりに貧血が進むようなら輸血する事が一番いいのかも知れない。と2人で話しました。

息子連れだった(息子も父親を心配して「病院へ行きたい行きたい」と付いてきました)事もあり、一旦自宅に戻り再度病院へ向おうとしていたらケースワーカーさんから電話が。

「今からご主人の所に伺おうと思うのですが…」と言っていただき、
わたくしも直ぐに家を出ました。

病室に着くとケースワーカーさんが一足早くいらして下さっており、
久しぶりにお顔を合わせる事が出来ました。
クロちゃんもいつになく饒舌。
いろいろ、わたくしには手に入れる事が出来ない栄養補給剤を沢山持参し、
わたくしの事まで気に掛けてくださり、絶品のババロアが……

ありがたきかな…
ありがたきかな…

ほんとうに、ありがたく、、、
ご心配をおかけしてばかりで申し訳なくさえなってしまいました。
本来、在宅でなければケースワーカーさんとかかわる事はできません。
入院中は医療保険になるため、介護保険ではなくなるので、事実上のケースワーカーは家族になる訳です。
しかし、クロちゃんについて下さったケースワーカーさんは根気よく、患者・利用者であるクロちゃんとその妻であるわたくしに、多岐にわたるご尽力と知恵を授けて下さいます。

感謝。

の他に表す言葉がございません。

また、在宅医療。松戸の医療について、深く深く多角的に物事を捉えておいでで、
これからの松戸市の介護保険・自立支援・在宅医療・看護体制・介護事業所の担う行く末を案じつつ、日々、日夜努力努力を惜しまない素晴らしい方。

ケースワーカーさんも世の中色々な方がおいでと思いますが、
「このひと====!!!」
という方に巡り合えた事に、感謝する毎日でございます。


クロちゃんも、そんな素敵なケースワーカーさんとゆっくりお話しする事ができて、
幸せそう~~~でございました。

今日の所は、一安心。という感じ

土日はフリーズの市立病院。。。

わたくしは明日は娘に(明日は娘の18回目のお誕生日)クロちゃんを任せ、、、
(娘と二人っきりもたまにはイイでしょう~…)息子と二人で日中は過ごすつもりです。

夕方(夜になるかな…)、個室でひとりさみしげなクロちゃんの所に顔を出すつもり。。。

「へっっ?きたの~~?」

というクロちゃんのビックリする顔を見にね……


では、そろそろ、この辺で。。。


ごきげんよう





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おはようございます!!

2010-04-02 08:43:36 | Weblog
昨夜は疲れのピークで泥眠いたしました。

7時まで一度も目が覚めず、、、約10時間爆睡。
しかし、直ぐに床から起き上がれず、、、
掛け布団の上に大の字になっていたら、、、
8:30まで又、寝てしまいまして……

所が起きたら生まれ変わったようにわたくしのエネルギーは満たされておりました。

今日は何からやろうか?
まずは、身支度をして子どもたちと朝食を
そして、クロちゃんの所にぶっ飛んで行くぞーーー

外は、台風の様な気味悪い風が吹いていますが、
その風に乗って、、、クロちゃん待っててねーーー


「眠り」の威力を今更ながら実感しています。

40も半ばになると、なかなか復活力が低下してくるものだと最近感じていた今日この頃ですが、健康診断では「優良」のお墨付きを頂き、”健康体”のわたくしめですので、、
12時間近く眠れる事も健康の証。
と受け止め、今日も一日頑張りまーーす


「今どう生きるかも大事ですが、命あるかぎりこれからどう生きるか」

そうそう、わたくしも命あるかぎりこれからどう生きるか?
この2年間、貫いてきたもの。
それを、これからも変わらず続ける事です。
自分の信じる道をまっしぐら。
(時に立ち止まって考える事もあるけど…)

前進あるのみ

それが、結果的にみんなのためになって来たし…
そして、またそれがわたくしの原動力に


さて、それでは、今日一日のはじまりはじまり。


みなさまの今日一日が佳い一日になりますように


では、これにて、、、



ごきげんよう










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では、また明日。

2010-04-01 19:43:18 | Weblog
30日の夜から40℃の発熱。
昨日の午前中クロちゃんは玉の汗をかき、シャンプーでもしたようにびっしょりの髪の毛で苦しそうに寝込んでいました。

3月5日から40℃近い熱が断続的に続いているわけで、食事ものどを通らなお日が続いているし、どうしたものかとクロちゃんの傍をウロウロしていました。

看護師長さんと1時間程お話をさせていただき、主治医の先生(その時間はOP中)への伝言を頼み、一度帰宅して又病院へ。
その後又帰宅して子ども達を連れ病院へ。
6時は過ぎていたけれど、この時点でクロちゃんの体温は34℃。
低体温にも程がある……
と心配して、看護師さんに何度も体温を計ってもらう。
何度計っても34℃代。
発汗により首筋の下の枕や寝間着の襟の部分がびっしょりだったので、着替えをお願いして首の下にバスタオルも一枚追加で入れてもらいました。

顔色も悪いし、子ども達もただ事ではないと承知し、わたくしが病室に泊まる事にしました。子ども達には洗濯物を持ってタクシーで帰宅させ、2人で協力して明日のママの帰りを待つようにと言ってタクシーに乗せました。

最初はパイプ椅子を並べて横になったんだけれど、パイプが背中に当たって痛いので
クロちゃんの顔が見える場所にバスタオルをひいて直に床に横になりました。
クロちゃんもわたくしが傍に居るのが心地良さそうで、寝息を立てていました。
明け方に何度かうなされていたので声をかけると夢を見ていたようです。
7時過ぎに外を見ると丹野先生が坂を上ってくるのが見えました。
クロちゃんに「丹野先生、もう出勤だよ」というと、「早いねぇ~…」と答えまして、
「今日は調子がだいぶいい。」とも言いました。
朝食は食べられず、栄養補助食品のゼリーを半分飲みました。
この時点で体温は35.8℃。
「一旦、帰るね」と言って自宅に戻りお風呂に入って仮眠をとり、お昼ご飯の時間に又病院へ。お昼ご飯は少し食べられましたが、ジュースを1本飲み終わったら寒気がすると言って布団をかぶり寝込みました。
わたくしの疲れもピークに達しており、再度帰宅し仮眠。
夕方、夕食の時間に合わせて病院へ。
一度上がった熱がまた発汗を呼んでいましたが、汗をかく事で少々解熱されホワイトシチューをパンにつけてロールパンを一つ食べる事が出来ました。

「じゃ、また明日。」
と言って帰宅した所です。


”ではまた明日”という本を昨夜読破していました。
西田英史君という千葉では屈指の進学校である東葛飾高校の3年生(卒業間近)で脳幹部グリオーマを発症、その年の12月20日に亡くなった青年の闘病記を読んでいました。

いろんな事を考えさせられる闘病記でした。
重厚すぎて押しつぶされそうでしたが彼の

「あと、どれだけかということは誰にもわからない」
「大事なのは、今、何ができるかということではないのか。」

という”はじめに”の中の「絶望の底で」という題の日記の言葉に、

見えない風に背中を押されたような、、、
そんな気配を感じながら昨夜は長い夜を過ごしました。


今日はこれからもう寝ようと思います。

とにかく、疲労が体全体を襲っているので、
寝るしかない。


わたくしに今できる事は

「寝る事」。


では、みなさま、おやすみなさい。




ごきげんよう





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