脊髄腫瘍闘病記・ま~ちゃんのつぶやきエトセトラ

夫が脊髄腫瘍星細胞腫G4で、T2で脊髄を離断。残念ながら丸2年後に、亡くなりました。闘病中→その後を書き綴ります。

11-22

2010-03-30 18:32:44 | Weblog
今日、病院に向かっている時、わたくしの車の前・その前・またまたその前と
三台全部の車のナンバーが 11-22。
緩やかなカーブに差し掛かった時に3台の車のナンバーが見えて、、、

「11-22」=「いいふうふ」

かぁ~~・・・・・・。。。


かくゆう、わたくしが今乗っている車の、前の車のナンバーは

「11-22」

その時はクロちゃんと「これで離婚できないねぇ~…」
とかなんとか話した記憶が蘇り。。。

「イイ夫婦になりたいね」という夢を込めてというか、
シャレも半分で営業マンに頼んで11-22を抽選に掛けてもらいました。

その車は初車検を待たずに今の車に買い替えたのですが、
買い替えた理由はただ一つ。

クロちゃんが手動装置で安全に運転するため。
新車が村山医療センターに納車された時の事が昨日の事のように思い出されます。

今の車のナンバーは、、、

「・・・1」

健常者から身体障害者になったクロちゃんが、1から出発する。
全てをリセットするかのように「1」から始めるための希望のような
生きる、、、力に、、、

自分が手動装置で運転する車に、わたくしや子どもたちを乗せてドライブに行くぞ~~
と目標を持ってもらいたくて、松戸のディーラーに村山医療センターに一番近い小平のディーラーまで依頼をかけてもらって見に行き、松戸のディーラーの支配人・担当営業は何度もクロちゃんのリハビリ室まで足を運び、四方手を尽くしてくれて、病院への納車となったのです。

その時の写真が残っています。
前の「11-22」の車と「・・・1」の車が2台並んで、その真中に、
クロちゃんとわたくしが写っています

その後クロちゃんは自動車教習所に通い、免許センターに免許の書き換えを行いに行き、
自由自在に!?(何度か事故も起こしましたが…)車を運転したものでした。
慶應病院にも首都高を使い往復した事もありました。。。

クロちゃん、あなたが運転してくれるのを待っている車がいますよ

今直ぐには無理だけれど、いつかきっと、元気になって、、、
クロちゃんの運転する車で家族でドライブしましょう


今日も熱が38.5℃。
主治医の先生に熱の起因を確かめに行きました。

「MRSAの他にも原因は考えられる」
「腹膜炎を起こしていた事、胸に水がたまっている事など、熱の原因が特定できない。」
「バンコマイシンの投与は慎重にしないと腎臓に負担がかかるから、もっと調べてみます」
「バンコマイシンの他にも違う抗生剤を投与しています」
というお話でした。

今日でバンコマイシンを投与し始めて丸5日。
2Wを超えると本当に腎不全の可能性もあるのではないか…と案じております。
なんとか、熱の原因を特定し、より早く快方に向かう事を願うばかりです。
熱の特定と言っても、ひとつだけが原因ではなさそうですので、
全ては主治医の先生にお任せし、ご加療願いたいと思っております。


今日、ふっと目にとまったことば。


「夢はこころの骨格である。

 心の骨格を捨てたら生きる姿勢がくずれる。

 生きる姿勢がくずれたら人生そのものがくずれ去る。」


深いなぁ~……。。。
と思ったら、、、

こんなことばが、、、


「生きている限り、希望がある。

 生きている限り、希望の言葉を贈りあえる。

 そして解決の道がある。」


ほんとだ~ほんとだよね……。


”希望の星”なんだもの、クロちゃんは。。。


一緒に頑張ろうね



と言うことで、、、今日の所は、これにて……


ごきげんよう








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にもかかわらず笑う。

2010-03-29 19:47:59 | Weblog
クロちゃんは以前平熱を保てず……
バンコマイシンの投与は続いています。
今日はFLOWTRONという足に着ける空気が自動的に入ったり出たりする器具を装着しました。

塾の宿題をどうしても一人でしたくないという息子を連れて病室へ。
病室のテーブルでホームタスクを始めましたが、わたくしとのやり取りでへそを曲げ、
ガチャガチャとうるさい事を言ったらクロちゃんから一喝が

「うるさい

一瞬、静かになりましたが次の瞬間、爆笑

いろいろ大変な事はあるけれども、

”にもかかわらず笑う”

事が大切だなぁ~と感じました


夫の看病と言っても完全看護の病院に入院中だと妻に出来る事は本当に限られています。
クロちゃんの事に一点集中しようとしてもそれは無理。
逆に看護して下さる看護師さんやDrの方達に失礼だな…
と思ってしまいます。

息子や娘とかかわったり、自分のしたい事もきちんと尊重することが結果的に夫のためになっているように思えます。
そうでないと、

”にもかかわらず笑う”

ということは出来ないのかも知れません。


”笑い”
は大きな妙薬です。

息子と3人で大爆笑した後は髭剃りをする気になったようで、
鏡を見ながら、人より濃い髭を一生懸命、剃っていました
最初に電気カミソリで剃ったのですがキレイに剃れず、剃り残しが沢山あったので
T字型の5枚刃カミソリを出しました。
わたくしが剃ろうとすると……

「怖い怖い、俺が自分でやる」

と言って、カミソリを持ちました、
鏡を見るクロちゃんの目は”男”の目に
カッコマンのクロちゃんを久しぶりに見る事が出来ました。
身だしなみには結構気を使い、身につける物もうるさい人なので
髭剃りは人任せに出来ないようです
爪切りもまた然り

”身だしなみ”
”おしゃれ心”

も笑いと同じく、大事な事だなぁ~と思います。


わたくしも、クロちゃんに負けずと、、、
おしゃれしなきゃなぁ~と思いながら、すっぴんの顔を車のバックミラーで見て
反省しつつ帰宅しました。

だいたい、午前中と午後の2回、病室に顔を出すのが日課となりました。
息子の塾の春期講習が明日で終わります。
その後はもう少しゆっくりと病室にいられると思うので、本を持参してクロちゃんのベッドサイドで勉強方々クロちゃんの様子をDrとももっとゆっくりお話しできるかなと思っています。


クロちゃんはクロちゃん自身が。
わたくしはわたくし自身が。
娘は娘自身が。
息子は息子自身が。
それぞれのやりたい事とやるべき事を決めて、自分のペースでやって行く事が
一番良いのではないかと思う今日この頃です。

それぞれの人生はそれぞれしか生きられないのだから。。。

助けが必要な時だけお互いに力を出し合って助け合うしかないなぁ~我が家は。。


娘に頼む事も多かったのですが、、、
今日は、頑張ってお台所に3回立ちました
明日からも一生懸命ご飯を作ろうと思います

ということで、今日の所はこれにて、、、



ごきげんよう







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熱の正体。

2010-03-28 08:48:48 | Weblog
クロちゃんの熱の正体がわかりました。。

MRSA。

3月5日に発熱し、熱があまりにも長く続いた時に
在宅の主治医の先生がMRSAを疑い尿の培養検査をして下さった時も、
東松戸病院で培養検査を再度して下さった時も「陰性」だったMRSA。

しかし、胆嚢全摘出手術を受けた時、首に管を入れまして、
そこからMRSAが検出されたそうです。
バイコマイシン(強い抗生剤)が血中濃度を計りながら点滴投与されています。


メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus)

抗生物質メチシリンに対する薬剤耐性を獲得した黄色ブドウ球菌で、実際は多くの抗生物質に耐性を示す多剤耐性菌だそうです。
この菌が免疫力が低下した患者に感染すると、通常では本菌が起こすことはないような日和見感染を起こすこともあるそうで、一旦発症するとほとんどの抗生物質が効かないため治療は困難。
特に、術後の創部感染、骨感染(骨髄炎)、感染性心内膜炎(IE)、臓器膿瘍は難治性化し、適切な治療を受けられないと後遺症ばかりか死の転帰をたどる事になるんだって。。。

感染者が判明した場合、感染を広げないことも重要であり、標準予防策に基づく適切な感染管理が必要となり。MRSA の場合、接触感染予防策が必要で、子どもや老人などに感染しやすいとの事で、、、。
わたくしや子ども達(息子は当分の間、病室には連れて行かないつもり)、はマスク着用、うがいと手洗い・消毒は必須になってしまいました。

わたくしが昨日行った時は、クロちゃんは玉の汗が額と頬、口の周りから首筋まで吹いていて、タオルでおさえてもおさえてもあっという間に玉の汗が出てきました。
バイコマイシンが効き、解熱されないと、苦しい。
早く、お薬が効いてくれることを祈っておりましたが、今日もこれから病院に向かい、
様子を見て参りたいと思います。
クロちゃーーーん
待っててねーーー



わたくしは、昨日、ある本を読みました。

「おとなの いのちの 教育」  著 水野治太郎・日野原重明

「ほも・ぱちえんす」~死別の悲嘆~ (大切な人と死別した方達のmy story集)



ずっしりと重かったけれど、いろいろな事を自分の体験と重ねる事が出来て、
とても、読み応えがある、充実した気持ちにさせていただける2冊でございました。

あと、4~5冊注文している本があって、それが届くのが楽しみです。

わたくしも、クロちゃんも娘も息子も、大の”本好き”。
読みだすと、寝食を忘れます

わたくしの楽しみが増えました。
本、早く届かないかなぁ~……


と、待ちつつ、、、

これから一日が始まります


それでは、みなさま、、、



ごきげんよう







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学ぶ気持ち

2010-03-27 06:56:03 | Weblog
2W前ころだっただろうか…

麗澤大学のオープンカレッジの案内が来て、数日後に申し込みをしました。

それは、5・6・7・8月に4回、特別講演(質疑応答あり)会の方式で400名の募集を募るものでした。

「国の行き方・私の行き方」という総合テーマで

・マラソンの ”宗 茂 ”氏
・政治家の ”仙谷 由人”氏
・「生と死を考える会」全国協議会副会長の ”水野 治太郎”氏
・麗澤大学教授・警視庁初代国際部長の ”大貫 啓行”氏

この四方の講演。
速攻で申し込みを致しました。

そして、「生と死を考える会」に興味と言うかこころが引っ掛かり、
調べたところ、地域に根差して終末期の患者さん達へ様々なボランティアを続けている会だと知り、つい4~5日前に会員になりました。

「東葛・生と死を考える会」
がんの終末期の患者さんの所にアロママッサージをしに行ったり、話し相手になったり、
定例会を定期的に行い、顧問の医師達やがんセンターの緩和ケア科の医師、地域の医師を講師として招き講習会等を行っているようです。

わたくしが、”何を”この会で学ぶことが出来るのか?
わたくしに、”何が”できるのか……

ぜんぜん、わからないけれど、、、
この地で生活する限り、地域に根差してこうした活動を何年も続けてきている団体に
”何か”を学ばせてもらえる、教えていただけるのではないか。。。

この歳になって、「勉強したい」という欲がふつふつと湧いてきて。。

「医者になりたい」と思った夢(思い付き)は、あっさり消え去ったけれど、

「今のままの自分ではダメだ。」という気持ちは変わらなかったの。

だから、今できる、
自分に出来ること。

そして、これからきっと、、、
役に立つであろうと思える事に挑戦してみたいと思っております。


もうすでに、気分は「女学生」

大学の講座を聞きに行くだけなんだけれども、、、

気分は「女学生」でございます。



クロちゃんは38℃代の熱が続いていたため、昨日は点滴で抗生剤の投与をしたようです。
わたくしが行った時点では平熱に下がっており、髭剃りをしました。
「夕方、もう一度入れる」と言っていたので、昨夜の体温がどの位だったか気になる所です。

今日から息子の塾の春期講習が11時から4日連続であるので、息子の送り迎えの時間に合わせて、病院に行くつもりです

4月3日は娘の18歳の誕生日
3日か4日には息子を鎌倉の鍛冶屋修行に連れていく予定

春休みもあっという間に終わりそうです

でも、こうして、時が着実に進んでいて、経っている。

毎日、毎日が過ぎ去って行く。

過ぎ去って行った日々を振り返るのではなく、わたくしを待っているこれからの時間を
追いかけて、追いかけて、、、毎日を進むのみ

と太陽が燦々と輝く朝に、思いました


では、では、、

みなさまの未来が輝いている事を祈って



ごきげんよう




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本日の朝刊。

2010-03-26 07:53:24 | Weblog
本日の朝刊、千葉版に「東松戸病院存続」の記事をみ~つけた

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” 市、閉院案を撤回 ”

財政的な負担が大きい事などを挙げ事実上の閉院を意味する「機能停止」にする考えを示していたが、市議から異論が続出したうえ、誘致のメドも立たず現状のままでは市議会の了解を得られないと判断し、東松戸病院と介護老人保健施設 梨香苑 は新病院開院後、上本郷の跡地に残る耐震性に問題の無い建物を改装して移転させる予定で、担当部署での検討に入った。

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と言うことです。

東松戸病院存続!!!
嬉しい限りです。
がーーー、、、
今、東松戸病院が松戸市高塚の敷地。
ここから、東松戸病院と梨香園が移る???

もったいない。。。

広い広い敷地、緑あふれる、花々が季節ごとに順番に花開く、
あの土地から移転して欲しくないなぁ~~……

と言うのがわたくしの希望です。。。


とにもかくにも、東松戸病院が存続されるという一報が入ったので、

今日も、朝から縁起がいいねぇ~~

爽快


今日はこれからわたくしの年に一度の健康診断の結果を聞きにクリニックに参ります


2日降り続けた雨が、今日はあがり、お天気が良くなりそうな気配

みなさまの今日一日が佳き日になりますように


では、では、、、


ごきげんよう





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励まし、励まされ。。。

2010-03-25 19:02:24 | Weblog
今朝、ある闘病記を目にしました。

ざっと目を通して、日常生活に追われ今、再度熟読した所。。。

グッと来た。
運命の無情さと、そして、大きな勇気と。

以下にご本人の了承を得たのでご紹介したいと思います。


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2008年2月22日PM8:30、病棟へ向うエレベーターの中で左足がしびれ、手すりにつかまって立ったいたが一歩踏み出すと転倒することは明らかだったエレベーターが開くと前方に回転し倒れた。脳出血。左上下肢はピクリともしなかった。

2008年3月5日東京湾岸リハビリテーション病院へ転院。現場復帰に向けて死闘のリハビリ始まる。

2008年6月30日 発病130日目、入院115日間を経て、東京湾岸リハビリテーション退院。

2008年8月21日 身体障害者2級の診断書を主治医に書いてもらい申請。
手帳が来れば名実共に私は50歳の身体障害者2級、死ぬまであと何年この体、左半身緊張と闘いながら装具を付けてやっと右手だけ(元来、左利き)の不自由な生活をしていかなければならないのだろう?家内にも苦労をかけ続ける。

2008年8月31日 私の50回目の特別な夏が終わった。明日からいよいよ人生最後で最大の試練に立ち向かう。「神は超えるに足る人物にだけその試練を与える」という言葉は真実だろうか?


以下省略

***************************************


この闘病記を書いた方は、、、

松戸市立病院 整形外科医 丹野隆明 先生です。

黒田が丁度、脊髄腫瘍を発症し他病院で確定診断が出来ずにいた時(足の痺れと灼熱を訴えた時)に、市立病院の整形外科部長であった丹野医師の診察を希望いたしました。
しかし、当時、丹野先生はご自身の脳出血の発病により外来は休診で、先生の診察を受ける事は叶いませんでした。

その丹野先生が、本日、黒田の病室を訪ねてくださいました。

丁度1年前、黒田が村山医療センターの退院の目途が立ち、在宅生活に入る時に、色々な相談に伺った病院に丹野先生がおいでになり、アドバイスを下さいました。

まさか、1年後に市立病院で再会できるとは・・・
そして、今日、たまたま、先生の闘病記を目にしたわたくしは手帳に、一番心に残ったことばを書き写しておりました。
それを、1Fの外来前を通りかかった先生にお見せしたのです。

以下が、その走り書きです。

*************************************

「闘病とは病そのものと闘うことではなく
 
 病に打ち砕かれそうになる自分自身と

 闘うことである」

*************************************

先生を呼びとめて、このことばをブログに書いても構わないでしょうか?
とおたずねした所、ご快諾賜わったのですが、その1時間後位に黒田の部屋のドアがノックされ、、、丹野先生がお部屋にいらして下さったのです。

1年前は、わたくし一人での家族受診でしたので、丹野先生と黒田は初対面。
ところが、もうずいぶん前から知っているように、一瞬にして打ち解け、
痙性の話や、脊髄腫瘍の話し、お互いのリハビリやスポーツの話し、これからの事。
いろいろ、いろいろ。。。

特に整形外科医として頸椎のOPを執刀してきた丹野先生の経験から
黒田に大変心強いエールを賜りまして、本当にありがたい時間を頂戴し、、、
先生に「また、来てください!」と言った黒田。。

嬉しくて嬉しくて、、、

お互いに、、、

「励まし、励まされ。」

と言った感じで、本当に大きな大きな力をいただいた次第です。


*****************************************

「このまま楽な道を選ぶより、また異なった環境に身を置く事で、障害者として自立の精神が鍛えられると思う。それが余生を考えると必要だと思う。
 目標がないと走り続ける事は到底不可能である。逆に辛い今を乗り越えれば、次も頑張れる。本当にまるでこの人生上り坂マラソンである。
私はただ幸せで楽しい人生を送りたかった。
死ぬ間際に、この50歳からの第2の人生が幸せだったと言うことが出来るだろうか?障害受容はいつまでかかるのだろう?」

*****************************************

障害を受容することは、そう簡単なことではないけれども

丹野先生に沢山の事を教えていただいた、整形外科医として、一患者としての
立派な”闘病記”で頭が下がる思いでございます。

全く、時を同じくして黒田と丹野先生が病気の種類は違えど発病し、そして又、
リハビリを行っていて、同じ病院で医者と患者として奇遇にも出会った事に
「ドキッ」と、しかし、何か運命的な出会いであったのではないか…
と感じて居ります。


丹野先生の整形外科医としてのご発展とご健勝を、
そして、ご主人様、お父様として、、
ご子息様、弟様として、、、
ご家族様皆さまのご多幸を心より心よりお祈り申し上げます。

本日は、お忙しい中、黒田のベッドサイドにお越しくださいまして
本当に本当ににありがとうございました。

      
              黒田まどか
    
   2010年3月25日

丹野隆明 先生





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Vancouver パラリンピック

2010-03-24 08:38:30 | Weblog
遅ればせながら、昨日の新聞を今朝読みました。

パラリンピックの事が未だかつて、こんなに記事として沢山新聞に載った事があったか??
とビックリいたしました。
いつも、小さな枠に、ほんのちょっとだけ、申し訳程度に記載してあった障害者スポーツ。

日本では車いすテニスをはじめ、多数のメダリストを輩出してきた成果と、
障害者スポーツ(オリンピック級になるとスポーツではなく格闘技に近いかもしれませんが)への関心がうかがえました。


アイススレッジの遠藤主将に、最も印象深い選手に贈られる
”ファン・ヨン・デ功績賞”が選ばれました。

「この賞をもらっただけで終わらせるのは罪になる。
 経験で得た自信が生きる力になるというメッセージを、
 これからも伝えたい。」

同じく、今季のパラリンピックを最後に競技から退くジョットスキーの長田選手。
21歳の時に交通事故で脊損に。腹筋以下、麻痺。

「ジェットスキーに出会って僕の人生は豊かなものになった」

最後のレースは34位。
「頼れる後輩が出てきてくれて、穏やかな気持ちでレースを終える事が出来た」

46歳。


お疲れ様でございました。
長田選手の長年のご苦労と努力を長い、しずかな思いで想像した時、、、
なんとも、表現しがたい、わびさびのような、、、
じゅわ~~~っと、胸の奥に涙がにじんでくるような、、、
感動とたましいの震えを感じてしまう、わたくしでございます。

少しずつ、少しずつですが、こうしたパラリンピックの選手の方々が築いてきた礎。

これからパラリンピックを目指す方、また、障害をもちながら日々、
悪戦苦闘している者、また、それを支える家族にとって、
大きな目標に、そして、大きな勇気と希望を頂戴しました。


4年に一度のオリンピック・パラリンピック。

冬季種目の選手団の今後のご発展とご健勝を
こころよりこころより祈願させていただきたく存じます。



今日は朝から、爽快


今日も、一日、頑張ります


みなさまの一日が佳き一日になりますように




ごきげんよう











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石。

2010-03-23 18:02:58 | Weblog
昨夜から咳き込んでいた息子がついに、、、

発熱

花粉症のピークと風邪が混ざったような症状で今日は学校も塾もお休み
(今日が修了式だと思ったら明日でした日にちと曜日の感覚が無くなってます

確信犯の様な気もするけれど……

この数週間の激動の毎日の疲れが子どもなりに出たんだと、
今日はゆっくりと傍に置いておきました
本当は”べったりと”傍にいたかったのだけれど、息子の方が
「No Thank You」のようで……
わたくしは、ボケーッと鶴を折っていました

それでも、夕方、クロちゃんの所に少しだけ顔を出しました。
すると、、、

小瓶に入った”石”が=====

胆嚢に入っていた多数の石が小瓶に入って枕元に置いてあった=====

しげしげと凝視したわたくし。

で、いただいていいそうで、持ち帰りまして、、、
今、その”石”を横に置いてブログを更新しています。

その石は、全体的には緑っぽい色なんだけれど、石自体は白。
白い小さな粒が(仁丹くらい)寄せ集まって黒コショウ位(ビービー弾位)の大きさになっていて、
その黒コショウ位の大きさの石が約50個位あります。
そして、その中にひと際大きな石が(ビー玉位)一つあります。
これも、白い石が寄せ集まってひとつになっています。

これは~~痛いよね。
こんなに胆石があったら、、、通常は激痛、ガマの油の如く脂汗を垂らして
苦しむはず。

クロちゃんの父も30代の頃から胆石に苦しみ、薬で散らしていたそうです。
DNAというか、遺伝なんでしょうかねぇ~……
よくわかりませんが、一時の緊迫した状況から考えると、
こうして石を見ながらブログを更新する事が出来るなんて
ほんとうにほんとうにしあわせな事でございます。

今日のカレンダーの言葉は


「こころから 感謝 感謝。」



そして、目の前に置いてあるポストカードの言葉は


「感謝 感謝 すべてに 感謝。 」 


ほんとだ~ほんとだ~~。。。


今、クロちゃんが生きている。
熱は相変わらずあるけれど、
首の管も外され、口から食事を採ろうと頑張っている。

すべてに感謝。

こころから感謝。


ありがたいことです。。。



わたくしは、これから、、、
また、少々手仕事をして。。。

ゆっくりと過ごします


クロちゃんとわたくしと、子ども達と、マキコさん。

みんな揃って我が家で過ごす日を夢見て……


では、これにて


ごきげんよう






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富山つながり。

2010-03-22 20:41:33 | Weblog

あっという間に、お彼岸が……

父のお墓参りをしようと思っていたけど、、、

クロちゃん緊急手術のため延期を余儀なくされました。。。

お彼岸にはお参りに行きたいと思っていた人がいっぱいいたの…

クロちゃんの父は富山出身で、亡くなった時に富山の本家のお墓に分骨したのです。
富山に分骨した義父のお墓にもお参りに行きたいと思っていました。

”富山”はなんとも”縁”がある土地。

わたくしの母方の祖父は富山出身。
クロちゃんの本家も富山。
主治医の先生の実家も富山。
在宅の皮膚科医の先生は富山の医大出身。
そして、緊急手術をして下さった消化器外科の先生は先週、富山で学会。。

周りを見渡すと”富山”つながりの先生ばかり。。。

お互いがお互いに”富山”とつながりがある事を知らず、、、
わたくしが「富山」と口にすると一同ビックリ。
という事が度々ありました。

”縁”とはこういうことを言うのでしょうか……

”人”と”人”とが織りなすドラマがそこにはあるのです。


時を見て、必ず、必ず、、、
お墓参りの旅に出たいと思っております。

クロちゃん、早く元気になってね!


今日のクロちゃんは、昨日、富山から帰った執刀医の先生に
「早く、首の管を外してあげたいから、少しでも食事を採らないとね」
と言われた事を忠実に忠実に守って、一生懸命5分粥とおかずに手を伸ばしておりました。
お粥は、お昼も夕ご飯も完食

エライ

明日は排便日なので、なお一層、”食べる”事に一生懸命でした。

しかし、朝と夕方、38℃を超える発熱が…
38℃あっても、お粥を完食!
エライぞがんばれ~~


痛みに乗っ取られると、顔面蒼白で脂汗をだらだら流し、
傍で見ていられない程ですが、痛み止めが効きだすと順調に色々な事が
できるようになりました。
髭を剃ったり、歯磨きしたり、、、
今日は、食前食後にテレビを見る事が出来ました
わたくしはこの2W強、全くテレビを見ていなかったので、、、
「なんで今頃スピードスケートやってんの?」と聞いたら、、
クロちゃんに「冬季オリンピックこんなことも知らないのか?」
「あなたはお気楽でいいねぇ~~
とバカにされました

「へぇ~~そうなんだ~~」と訳も分からず答えましたが
今に至っても、オリンピックがこの時期にあったとは信じられません
確かに、そう言われてみると、新聞の一面にスケートの選手の写真が載っていたことがあったっけな~~…という程度

わたくしは、それどころではなかった
クロちゃんの体調が激変していて、他の事には全く意識が向かっていなかった訳です


それにしたって、時事記事くらいは目を通さないと……
と反省しきりです

明日は息子の終業式
春休みに入ると毎日毎日ご飯作りに追われます
朝ご飯を食べると「お昼ごはんなぁに?」と聞かれ…
お昼ごはんを食べると「晩ご飯なぁに?」と聞かれる生活が待ってます

春休み中は、お弁当でも作ってクロちゃんの病室で家族揃ってご飯を食べたいなぁ~


疲れもいつの間にか遠のいて、”次”へ向って色々考え出しているわたくしです

ではでは、、、

今日もこれから、手仕事(折り紙で小さな籠を作っています)をちょっとしようと思います
静かな時間がゆっくりと流れます
そんな時間がわたくしの至福の時

じゃぁ、今日の所はこの辺で……


ごきげんよう




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今頃になって……。。。

2010-03-20 22:28:26 | Weblog
この2Wの忙しさと言ったら表現のしようがない忙しさだったのだけれど、、、

今頃になって、、、

ついに、、、

わたくしのエネルギーは、、、

エンプティーに近付いているようです。。。

ガックリと疲れが出てきました


日中、何気なく椅子に腰を下ろしたら、そのまま眠りについて
目が覚めたのは2時間後でした。。。

息子の塾に行く時間30分前。

「急げーーー!!」と車に乗り込みました

今のわたくしは、立っていても眠れる。
状態

我が家のTV画面には薄い布が掛けてあり、、、
TVのリモコンもガラスケースの中
誰一人、テレビの電源を入れる者はなく、、、
黙々と自分の事に集中しておりました

唯一、遊びらしい遊びをしていたのは息子だけ
何をしていたかと言うと、、、
分厚いマンガ本を読みふけっておりまして、、、
(マンガ本を読んで大爆笑できる息子を見るのは面白い)
少しはお勉強しないかなぁ~と声をかけようかと思っても、
まっ、そのうちやるだろう…と遠巻きに横目で見ている母でございました


今日のクロちゃんは昨夜に続きよく眠れたようで、
お昼ごはん(5分がゆとおかず)を少しずつ食べる事が出来ました。
それでも、疲労はまだとれず、目をつぶっている事が多かったです

息子を塾に送った足で、豆柴の万起子さんを3回目の予防接種に連れて行きました
動物病院でのマキコさんは……
とにかく、見るものすべてが珍しい様で……
あっちこっちに動く動く
所が「マキコさ~ん」と先生に呼ばれると腰を引いて一歩も動かず…
待合室にいる皆さんに大爆笑いただき、、、
必死の思いで診察室に入ったのでございます
「ひと月後に狂犬病の予防接種ですね」
「もうそろそろ、お散歩に出してもいいですよ」
と先生がおっしゃったので、来週早々から毎日のお散歩が日課になりそうです
息子と娘も春休みなので、みんなで家の近くをマキコさんと一緒に歩きたいと思っております

明日は、リフレッシュ日にしたいなぁ~と思っておりますが、
かといって何をしようとも思いつきません……
今日は昼間に2時間も寝てしまったので、今は眠くないし……

それでも、これから床に入ってみようと思います(多分、お布団に入った途端に爆睡)


蓄積された疲れが、どういった形で解消されていくのか???
自分で自分の体の変化が面白くもおかしくもあり、、、
おっかない様な気もいたしておりますが、
ひとまず、今日の所は「寝る」事で少しは解消される事を祈って

眠る事に致します

では、では、、、みなさま、おやすみなさい


ごきげんよう






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あぁ~~、ヨカッタヨカッタ。。。

2010-03-19 10:21:34 | Weblog
今日は朗報が3つ。


まずは、クロちゃん。
3月5日から39℃前後の熱が続いていたクロちゃんは、
この2W、十分な睡眠をとることが全くできませんで
「ねむりたいーーー」と必死の訴えをしておりました。
一昨日、昨日と緩和ケアのDrに長い診察時間を取っていただき
綿密なカンファレンスを続けておりました。

もし、わたくしが「14日間、眠るな」と言われたら……

それは、、、

”拷問”です。むり、2W寝ないなんて、、、死んじまう。

クロちゃんは目をくぼませ、、、目の下にクマが。。

「なんとか、今夜は寝かせてあげて欲しい。」
「眠剤の変更を試していただきたい」
とお願いした所、昨夜はお薬を一つ追加してくださって、
眠れたか心配で心配で8:30に病院へ向ったわたくしです。

「昨日は眠れたよ~・・・」
とのクロちゃんの言葉にホッと胸をなで下ろして帰宅した所です。

ヨカッタヨカッタ。。。


病院に着いて売店にいる時に、クロちゃんが愛用している

LARRY(ラリー)http://www.move-inc.jp/

という車いすを製造販売している会社の社長さんから電話が

クロちゃんが乗っているタイプが標準仕様になっていて、反響が多く、
現在8台を製作中で注文に製造が追いつかないとの事。
海外からの注文も入ってきているそうで、
「うわ~~、すごい!!うれしい===」とわたくし。
社長さんにクロちゃんの現在の状況を話すと腰抜かさんばかりの驚きよう。
しかし、ひとまず、一命は取り留めてヨカッタヨカッタ。。。と。
でもって、うちの息子が芸大志望だと寒中見舞いに書いた事を覚えていて下さって、、
この社長さん、芸大出身のデザイナー。。。
本当に世間は狭うございますね。
芸術(鋼鉄・彫刻)話に花が咲いてしまいました。
LARRYの車いすは本当にカッコイイのです

クロちゃんが出没する場所では冗談交じりに

”白馬の王子様”とクロちゃんの事を呼ばれたこともあります

お時間がある時に是非HPをご覧になって見てくださいませ



脊髄腫瘍患者の知人が後遺症等ありながらも、自分の体と折り合いをつけながら
目標に向かって頑張っているとの一報が入りました。
脊髄腫瘍を患った患者さんは一見、人目にはなんでもないように見えてしまいます。
しかし、本人にしか分からない後遺症やこころの闇を抱えて孤軍奮闘されている方が
実は多いのです。

そんな、友人達がどうしているかといつもいつも気になっていますが、
クロちゃんが緊急救命手術を受けたりしていて、どうしても連絡を取れずにおりました。

痛みや痺れ、呼吸、排尿・排便その他もろもろの症状を持ちつつ、
必死に自分の生と言うものを模索し続けている。
そんな友人達が前を向いて頑張ろうとしている事を知り、本当にヨカッタ。。。
大きな大きな”安堵”と”元気”を頂戴した次第です。

みんな、みんな、、、
がんばろう
こころ豊かに、自分にやさしく。
そして、お互いに頑張っている事がわかれば、ただただそれだけで、嬉しい。

そんな気持ちの今のわたくしです。


今日は午後から息子の学校の保護者会に行って参ります

夕方、クロちゃんの所にもう一度行こうと思っています


では、ヨカッタヨカッタ。。。

とこころの中で何度もつぶやいている ま~ちゃんでした



ごきげんよう





 
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小論文。

2010-03-18 07:15:52 | Weblog
昨夜はブログを更新する時間が無くて……

何故、時間がなかったかと言うと、、、

調べものをしていたの。


火曜日に息子の塾の塾長先生との会話の最後に「国語」の宿題の話題が出て、
「ご子息には宿題の中に”本”を一冊渡します。」
「その本を読んで”自分はどう感じたか?”」
「自分の言葉で自分の気持ちを話す事が出来るか。」
「自分はどう思ったのか?」
「これが正解。というのはありませんので、お子様が言った感想を聞いてあげてください」

と言われた事を日中ちょっと考えていたら、娘が帰宅し、友人知人の大学合格速報を語り出し……

そういえば、わたくしも大学受験の時に”小論文”の試験があったなぁ~…
と思いだし、色々な大学の小論文の過去問を調べてみたのです。

以下はとある大学の過去3年間(今年のはまだ公表されていない)の小論文試験問題。


************************************************************************
2007年  後漢書・楊震伝を原出典とする逸話を読んで、
「天知る地知る子知る我知る」という言葉の意味を解釈し、
このときの楊震の対応と王密の気持ちについて自分の考えを述べる。

**************************************************************************
2008年 最近、連絡が取れない親友は、ひどく落ち込んでいるようだ。
何度か連絡を試みた結果、明日親友と会って話すことになった。
そこでは、どのようなやりとりが二人の間で繰り広げられるか。
2人のやりとりを対話形式で解答用紙のA欄に、そしてそのやりとりの中で自分が
意図したことをB欄に述べる。 600字 50分

***************************************************************************
2009年 次の三つの問いに答える。
1.5年後の自分はどうなっているか。
2.15年後の自分はどうなっているか。
3.もし願いがかなわなかったら、20年後の自分はどうなっているか。 600字 50分

****************************************************************************


600字かぁ~…
少なすぎて、わたくしには書ききれないなぁ~。。。

でも、この問題、面白いし、すごくいい設問だなぁ~。。。
自己を見つめること。
想像すること。自分の気持ちを表現する事。
コミュニケーション能力を具体的な会話方式で試すとは・・・。


実は、これはある医大の小論文の過去問。

小論文が無い大学も結構あることもわかりました。
しかし、医師と言う仕事は、仕事の相手が”人”であるわけで、
コンピューターや機械製作するならば必要とされないことが必要とされる訳で、、、
看護師さんも同じなわけで、、、相手は、患者。”人”なんだよ。。。


息子の塾の先生に今求められている”学力”の方向性を示していただけたことで
子どもたちや、自分に求められている事も深く考えさせていただけました。
また、それらは本来、あったもの。
遠い昭和の時代には自然に身に着いていたもの、の様な気もいたします。
しかし、”今”改めて、あって当然と思われる事を求められている。
と感じた次第です。


今日は小学校の卒業式なので、息子はAM8:50下校。
直ぐ帰ってくるので、息子と2人でクロちゃんの所に行きます


では、この辺で。。。

そうそう、今日のカレンダーの言葉は、、、



「こつこつ 積み重ねた 善行は

 こころを 豊かに みたして くれます。」


心を満たしてくれるような、自分のこころが満たされるような、
イイ事。

一日一善!!!

楽しみながら頑張ります


ではでは、、、みなさま。



ごきげんよう











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目が……。。。

2010-03-16 20:24:12 | Weblog
最近、老眼が進んで来たわたくし。。。

眼鏡がないと大騒ぎに……

「めがね、めがね!!」

クロちゃんと一緒にあつらえた眼鏡はフレームが上の部分にしか無いので
いつの間にか、下の端っこが欠けてしまって、直したばかり。

所が、、、その眼鏡、、、
まつ毛が長すぎて耳にかける長さが最長に調整してあるものだから、
高さ(奥行きというのかな???)が結構あって、眼鏡ケースがドデカで、、
バックに入れると幅を取って困ってたの

今日は、息子の塾の日で(実は土曜日だったんだけれどクロちゃんが緊急OPになってしまって、休んだ分の振り替えを今日して下さった)、時間調整がてらイトーヨーカ堂に息子と2人で息子の下着を買いに行ったついでに眼鏡屋さんで眼鏡ケースを物色

わたくしの眼鏡がピッタリサイズで合うコンパクトなケースをみ~つけた

色は白

やっと、これで、バックに入れるのがおっくうでなくなるわ

塾の送り迎えも結構大変だなぁ~……
娘の時は、息子が1~2歳児だったから、それはそれで大変だったけれど、
クロちゃんが健常だったから送迎してくれたこともあったし……

”大変”の内容が違うんだよなぁ~~……

でも、息子の”これから”がかかっているんだから、頑張らないと

娘も今年は大学受験生。

今年は、色々な意味で大きな山場を迎える年になる事、間違いなし

眼鏡ケースを買って塾へ向う時に娘から電話が
「駅に着いた」と言うので、息子を塾に送ってその足で2人でクロちゃんの所に

午前中に行った時には酸素も外れていて、これから点滴が外れるって言ってたのに、
また、熱が上がってしまって、、、
腸閉塞かも…と言うので、困ったねぇ~~と話していたら先生がキタ===
「レントゲンも撮ったけれど、ガス抜きが必要ですね。かんちょーしましょうか…」
と言う事でした。

完全麻痺のクロちゃんは腸の動きも薬で調整しているからOP後は内服薬をストップしていることもあるし、体位交代も頻繁には出来ないのでガスが出ていなかったのだ。
お昼には重湯が始まり、やっと内服薬を飲めるようになったわけで、、、
自力でガスを出すことは不可能。

「じゃ、宜しくお願いします」

と言って娘と2人、息子を塾まで迎えに行って帰宅しました

点滴はまだ外せないですね……
両下肢の痛みも半端じゃないようで、8.4mを一枚追加してもらったそうで、
先生にも幻肢痛のモルヒネの使い方について質問されました。
マイカルテが本当に役に立っています。

クロちゃん自身が他の医師にフェンタニルMTパッチだけではなく、内服の麻薬を勧められましたが断固として断ったそうです。
今まで色々な薬を試して副作用にやられた末に、MTパッチに落ち着いた経緯から、
やはり、MTパッチで調整していくのがbetterだとわたくしも思います。

その事を執刀医であり、主治医である先生に説明しました。
先生も、うぅ~~ん、なるほど。。。と納得して下さいました。

ということで、開いて動かした内臓が定位置に落ち着くまでは(いや、もしかしたらそれからも)両下肢の激痛との戦いも続く。

クロちゃん、がんばれーーー!!!
と思う反面、切ない気持でいっぱいです。。。


めげない、へこたれない。

がモットーのクロちゃん。。。

きっと、前を向いて、歯を食いしばって、頑張る事でしょう。

そして、そんなクロちゃん、夫が大好き。のわたくしです。


わたくしもクロちゃんに負けないように、

めげない。へこたれない。精神で頑張ります


では、今日はこれから息子の塾の宿題の○つけに入りますのでこれにて、、、


ごきげんよう






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通りすがりは知り合いばかり・・・

2010-03-15 18:13:27 | Weblog
金曜日に松戸市立病院に入院したクロちゃん。

土日が入ったため、今日、入院手続きをしに行きました。

入院手続きの窓口は外来待合の目の前。
沢山の患者さんで埋め尽くされていまして、絶句。
土日しか、しかも病棟しか知らないわたくしは、市立病院がこんなに
混んでいるとは全く知りませんでした(今まで市立病院に来た事がない)。
番号札は26番。
と言う事は、25人の方が本日入院手続きをされているわけで…
もちろん、わたくしの後にもどんどん手続きに来る患者さんや家族の姿が…

手続きを待つ間にキョロキョロしていると……

知っている顔ばかり……

合言葉は。。。


「なんでここにいるの?」

お互いにお互いの状況をざっと話して、「じゃ、また」と言うと…

また誰かに会う。

合言葉は。。。

「なんでここにいるの?」

斯く斯く云々。。。知り合いばかり。。。

入院手続きを終えて病棟に行くと同じ町会の、しかも一緒に役員をした方が。

またまた、合言葉は。。。

「なんでここにいるの?」

信じられない~~~。

通りすがりは知り合いばかり
お互いに顔も、もちろん様々な身の上も知る者同士。。。
無視できるはずもなく、話しこんじゃって
知り合いに会う事は嬉しいけれど、場所が病院だとね…
なんだか複雑な気持ち。。。
でも、みんなわたくしの顔を見ると小走りに寄って来てくれるの
ここにも、すでに、わたくしの居場所が出来てる


東松戸病院でのわたくしのあだ名は……

「ねえさん」

どこを歩いていても

「ねえさん!」

「やぁ、ねえさん、なにやってんの?」

と呼びとめられて来たわたくし


通りすがりは知り合いばかり

イイのか悪いのか???

わからないけれど、声をかけていただける事は幸せな事でございます


今日は2度病院に行きました。
一度目は午前中朝一番。
入院手続きに少々時間がかかりましたが、クロちゃんの様子は朝の時点では
鼻の管が抜かれ、少し楽になったようでした。
しかし、昨夜遅くに熱が上がり、主治医の先生が来てくれてお薬を投与して下さったそうで、
「大汗をかいたよ」と言っておりました。
開腹したせいか(刺激)、両下肢の痺れ(痛み)が極限にきたようで、
「デュロテップMTパッチを貼り替えて欲しい」と言い、医師の許可をもらって看護師さんが貼り替えて下さいました。
「血中濃度が上がるころには少しは楽になるといいね」と言って昼過ぎに帰ってくる息子を出迎えるために帰宅しました。

帰宅後は、掃除機・ダスキン・洗濯物畳みマキコさんのお世話を猛スピードで終わらせ、病院へ。

「お水を少しなら飲んでもいい」と言われたそうで、吸い口から少しだけれど
お水を飲んで、色んな話をしました。

「先生来ないかなぁ~」と言うので

「先生は当直の後、外来続行で、さっき、OP室に向かったよ」
と言うと……

「外科医は体力・気力・技術・頭脳、全部を兼ね備えていないと出来ないなぁ~~」
と感慨深げに言っておりました。

「そうだね、できる、イイ先生に執刀してもらえてヨカッタね」
と言いました。本当に先生に執刀していただけてありがたいと思っております。

先生、本当にありがとうございました。
救急、救命のための迅速なご決断、そして断続的にOP執刀。
チームの先生方のご尽力に心から感謝申し上げます。


今後とも、どうぞ、宜しくお願い申し上げます。


娘がそろそろ帰宅する時間です。
今日の晩御飯は腕によりをかけてスペシャルメニューにしようと気張っております

とにもかくにも、「食べるにかぎる」

エネルギーの源は”食”であると思いますので、わたくしも、息子も娘も、、
一生懸命「食べます」

そして、みんなみんな元気で居ないとね


と言う事で、これからお食事の準備に入りますので・・・


ごきげんよう











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ICUから個室に戻りました。

2010-03-14 20:30:16 | Weblog
ご心配お掛けしております。申し訳ありません。





午前中はこまごまとした雑用に追われ、PM2:30~のICUでの面会時間に合わせて動いていた所、ICUの看護師さんより電話が入りました。

「経過が順調で呼吸器を外した所です。PM2:00に個室に戻りますので病院に着いたら部屋を確認して下さい」

との知らせに、大急ぎで支度をしPM1:30に病院へ。

エアマットを入れ替えるために部屋のベッドをICUに運び出しが直ぐに行われました。
時間通りPM2:00ちょっと過ぎにクロちゃん到着。

元気。

良好。

に見えました。
昨夜ICUにて付いていた先生と看護師さんに夫の顔を見たわたくしが

「大丈夫、これなら、死にません。今まで修羅場を何度もくぐって来た夫です。

 全部、その全部をわたくしは見てきました。これしきの事で死ぬ夫じゃないです」

と言ってしまった事を後悔していましたが、その後悔が吹っ飛びました。

鼻から管が入っているため思うように話せませんが

「うがいする」
と言うので手伝うと

「違うって!」
と突っ込みが入る。。。

(全然、元気ね…と内心思いながらハイハイと答える)

昨夜見た石と胆嚢の様子を話すと・・・

「俺も見たい…」と言うので

「そりゃ見たいよね、先生に聞いてみようね」とわたくし。

その後も、管を抜く時間指定をICUでされたからと時計を見ては看護師さんに
何度も指示だし。。。
質問も頻繁で、伝書鳩の様にナースステーションを往復する。

が、息子連れだった事もあり、一度帰宅。

家事を手早く済ませ、必要なものを用意し、ひとりでPM5:00過ぎに再度病院へ向う。

わたくしが家に戻っている間に義母と義弟が面会に来てくれていた。

病院に着くと「おふくろと○ちゃんが来たよ」と言っていた。
やはり、身内の顔を見るだけで元気になる。と確信しました。
”親”だなぁ~…おばあちゃん。
明日は自分の大学病院の外来日なのに、、、
長男であるクロちゃんの心配が先なんだ……
息子であるクロちゃんも、「明日の外来に備えて来ない方がいい」
と母を心配をしていたもの。。。

でも、お互いにお互いの顔を見るだけで安心するんだなぁ。
親が子を思い、子が親を思う。。。

わたくしの人生の鏡です。
ありがとう。おばあちゃん。


最初に病院に着いた時の体温は37.5℃。
しかし、2度目に行った時は38.4℃。
熱が上がっていました。

まだまだ、予断は許さない状況であると思います。
お気楽な事ばかり書いてしまいましたが、ICUを出たばかりの急性期であり、
これから、どんな合併症が起こるかはわかりません。

医師と看護師さんに全てはお任せし、わたくしの出来る事を探して動いていきたいと思っております。

昨夜から断続的に胃痛に悩まされておりますので、これから少し養生したい所ですが
まだまだ、やらねばならないことが山積みの状態。。。。。

全てを終えて床に入る時間は……

未定でございます。

明日から子ども達も通常通り登校ですし、
母としての仕事も山積み。。。


こうして、一日が、、
あっという間に終わる日々でございます。


今、単純に思う事。。。

「これから勉強して医者になろうかな?」
「お姉ちゃんと一緒に受験生してチョー集中すれば、どこかの医学部はいれるかも?」
「でも、6年は長いから、3年で飛び級で国家試験受けられないかな?」
「いや、そんなことしているうちに60歳ぐらいになっちゃうから、止めた。」
「時間がもったいないし、わたくしの天職は”主婦”だもんな・・・」


ほんとに、発想が……おかしなわたくしめでございます。。。
右脳しか使ってないね^^。
実際、左脳は全く機能していないと思います。


では、これから、またもやマイカルテの記述に入りますので、ごめんください。


ごきげんよう









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