脊髄腫瘍闘病記・ま~ちゃんのつぶやきエトセトラ

夫が脊髄腫瘍星細胞腫G4で、T2で脊髄を離断。残念ながら丸2年後に、亡くなりました。闘病中→その後を書き綴ります。

あ~忙しかった・・・。

2008-11-30 19:12:48 | Weblog
今朝は、目覚めてから洗濯物に追われ、掃除に追われ、、、ているうちに車のディーラーがパンクしたタイヤを取りに来て、、、友人からの電話がついつい長くなり、、、いらだったクロちゃんが電話をよこした。「今日は来れるの?来れないの?!」。私が行くからと外出届を出していたので、昼食は出ない事になっていて、クロちゃんに申し訳ない事をした。車のタイヤがパンクしたって昨夜電話して話していた時に、明日は行けないからときちんと説明しなかった私が悪かった。
昨日帰る時には、クロちゃんの所にお見舞いに来て下さった方に明日でも何かお礼の品を買いに行こうねと話していたが、私が行けなくなったから予定も狂ってしまい・・・
勝手に怒ってんじゃねーよ!と逆切れし、家事に没頭した。けど、それは私の勝手だった。クロちゃんの身になれば、電車で早くに家を出て行くべきだった。結局行かずじまいで、クロちゃんは一人で買い物に出かけ、持ち切れずに2往復もしてしまったらしい。

夫がそんなに苦労しているのに私は息子の携帯電話の契約に行った。ジュニア携帯は取り寄せないと在庫がないというので、大人(じじばば)用のゴールドの携帯に決め、息子に渡した。明日から学童に通うので、何かと帰宅するまで心配もあるし、私が留守中、何かあった時に①ママ②パパ③お姉ちゃんの順番で登録した番号にボタン一つで掛かるように設定してもらってきた。


このブログを書いている間に、な、なんと、警察から電話があった。
「お宅のお嬢さんの自転車が警察署に届いているので取りに来てほしい」という用件だった。娘は普段駅の駐輪場に自転車を停めているのだけれど、腎盂腎炎で学校を欠席中、ずっと駐輪場に自転車を置きっぱなしにしていたら、そこから誰かに盗まれ、はるか彼方の酒屋さんの前に3日ほど前から放置してあったらしく、警察に連絡があり、防犯登録により電話番号を割り出し電話をくれたそうであった。
「すぐ今から取りに行きます!」と言って受け取りに行ってきた

今日はもう何もないだろうと思ったのもつかの間、とんだ一日の締めくくりとなった


ブログもちょうど始めて1年が経つ。
その間、色々な事があった。良い事悪い事、山あり谷ありの一年だった。
ここしばらく、ペースダウンして、少しお休みをいただきたいと思います。
心の整理の時間が少し欲しいと思っています。

明日から12月。
そして来年は2009年の始まりです。
時折、余裕を見つけ、ぽつぽつと書ける時に書いていこうと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。












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パンク・・・。

2008-11-29 21:22:11 | Weblog
大先輩にお供をしていただきクロちゃんと今日は大冒険をし、イオンモールまで自走&小走りで往復して、ステーキとビールを飲んで「最高ーーー!!」と調子に乗り、その後、家の改装業者さんとの打ち合わせを終え、帰宅したのがついさっき。
所が、家の近くまで来たらハンドルを取られタイヤがゴロゴロ鳴って「パンクかなぁ~・・・」といやな予感のまま、何とか自宅の車庫に入れてタイヤを見たら、、、案の定、ペッシャンコ

ロードサービスに電話し、到着を待っているところです

あ~~、一日の終わりにとんだ事が

スペアタイヤに変えてもらったら、早く寝て気持ちを切り替えよっと





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ツーリング

2008-11-28 19:48:27 | Weblog
ツーリングと言えばバイクで走ることしか思い浮かばなかった私である。
クロちゃんが車椅子生活になって、はじめて、「車椅子でツーリングをする」という言葉を知った。
クロちゃんはリハビリ室でのリハビリはほぼ筋トレ中心で”車椅子を漕ぐ”というメニューは無い。かろうじて外で段差(ベニヤ板で作った一畳ほどの箱を数段高さを変えて階段風にしてある)をウィリーにより上ったり下がったりの練習が少々あるだけ。ウィリーで数分バランスを取る事も出来るようになったが、車椅子操作の専門メニューがなぜないのか不思議だった。しかし、昔は車椅子専門のPTさんがいたけれど、いなくなったと聞き(人件費問題かな・・・)憤慨していた。だって、車椅子を漕ぐ練習が一番実践的のように感じるから・・・。車を運転して移動しても、基本的に自走で車椅子で動き回る事ができないと、体力面からも体によろしくないと私は思う。電動車椅子なら別だが、手が動くなら自走が基本でしょ、やっぱり。車椅子テニスをしたいなら尚更だと思う。

 クロちゃんはおなかの調子が悪いのが原因だと思うが、車椅子を長くこぎ続けると気持ちが悪くなり、なかなか自走の距離が伸びずにいた。
しかし、明日は先輩にお供してもらい、往復3キロほどの自走に挑戦する。
もちろん、私は息子と2人ジョギングで伴走する予定である。
伴走するはずが、車椅子を押して往復するのは何とか避けたい。
クロちゃん、がんばっておくれ

夕方には家の改装業者の1級建築士さんが家の図面を持って病室まで来てくれると今日連絡が入った。

購入したボルボもナンバー抽選で”・・・1”もゲットしたと営業さんから連絡も入ったよ

さぁ、前へ前へ前進しましょう





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慢性疼痛。

2008-11-27 20:13:53 | Weblog
ためしてガッテン。おかげさまでやっと観ました。
ツボおさえてましたね~~内容。。。女性アナウンサーの説明が一番わかりやすかったです。
確かに、おっしゃる通りなんだけれど、JR病院の先生ちょっと軽いですよね。
肩こりや腰痛がペインを訪れる患者の8割を超すんですから、もうちょっと難治性の痛みの対処法に触れてほしかった・・・。 


今日は雨の中、息子のマラソン大会が。
私は役員を受けていたので、完全防備で路地の角に旗を持って8時半~12時まで立った。その間、他のお母様たちとお話をしていたら、学童保育にお子さんを預けている方が一人いて、色々お話を伺えたので思い切って学童の(NPOなんだけれど)の代表を紹介してもらい、一気に話を進め来月1日からお世話になることにした。附属の幼稚園から公立の一年生になったばかりの息子を学童保育に入れる勇気がなく、実家の母を頼りに今まで来たが、娘が病気(腎盂腎炎)になって、根本的な我が家の問題が浮き彫りになり、どうしたらいいかと思いを巡らせていた。
ここはやはり、息子の安全第一と私や子供達の健康維持を第一に考え、時間に追われて無理するのをやめる事にした。
4時か5時まで学校に息子がいてくれると安心してクロちゃんの所にも行けるし、息子も家で寂しく待つ必要もない。習い事は学童から通える所は通わせ、私の送迎が必要な所は私が学童に迎えに行きおけいこに直行すれば時間のロスがない。
ということで、来月からは新しい生活が始まる。

明日は娘の病院に検査結果を聞きに行き、一日終わるだろう。
明後日、母は盛岡に帰る。

頑張らなきゃね
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痺れと睡眠の関係。

2008-11-26 17:32:18 | Weblog
今日クロちゃんの所に行ったら「眠れると痺れがらくだ~~」と言っていた。
夜中の12時に自己導尿をしなけれまならないので、眠剤を飲んでしまうと目が開かず大変らしいが(昨夜は導尿中に居眠りしておしっこでパンツを濡らしてしまったらしい)熟睡できると翌日の行動が充実しQOLを上げてくれると喜んでいた。
確かに、健康な人間でも数日睡眠不足が続くと物事の理解力低下や、注意力も散漫になり、やる気さえ出なくなってくるものだ。
そして、肝心なのはクロちゃんの”痺れの度合いが”睡眠により変化するという事だ。先日、飴の入った籠に隠し入れてきたマイスリー(眠剤)は副師長に見つかり取り上げられたそうで(絶対に見つからない場所だったのに、よく見つけたよ、ホントあっぱれ)その時クロちゃんが「僕がお願いしたらちゃんとすぐに出してくれるんでしょうね??」と半ば怒り気味に(あんたたちがしっかりしないから、自己防衛のために隠し持って居たと言わんばかりですね)言ったら「はい、必ず」と答えたそうなので、ひとまず今日は問題にはしなかった。
患者にそこまでさせる病院の(看護者の対応ってどうなの???)体質にびっくりである。管理することには敏感だが、介護することには鈍感としか言いようがない。KOから来ている医者たちにもさぞ待遇が悪いだろうと気の毒にさえなる。
でも、何年か我慢すれば良い事があるもんね!先生たちは・・・。

「痺れは過去最高に達し、痺れを通り過ごして痛みの他に表現がない!」とクロちゃん。眠れぬほどの痺れか痛みではなかったら薬は飲まない方がいいと思うが、眠れぬほどの苦しい状況ならQOL(生活の質)のために、必要だと思う。
あくまでも、主観的な感じ方であるので、一概にここからここまでと分ける事は出来ないが、自分の中での基準を決めないと、意味なく不必要な苦しみを我慢し続けることになる。切り替えとチャレンジの繰り返しだね、クロちゃん



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かわいそうな誕生日???

2008-11-25 19:27:05 | Weblog
今日は息子の7歳の誕生日だ。
普通に登校し、普通に宿題を済ませ、普通におやつを食べ、いつも通り空手の稽古に行き、夕食も特別いつもと変わらず、、、
娘が「かわいそうな誕生日だね・・・」というセリフを5回は言った。
娘も急性腎盂腎炎の後で食事と服薬以外は一日中布団の中で横になって過ごしていたので、弟の誕生日を祝うどころではなかったのだけれど、私は、ぜんぜん可哀想だなんて思っていない。楽~~の一言である。
娘が入院騒ぎになったおかげで、母がヘルプに来てくれたのを良い事に、今日は一日好きなように過ごした。追われていた仕事もあったのだけれど、その事のみに没頭するとすぐ終わる事が出来、普段車で動く場所(銀行や役所・郵便局など)を走って移動した。お天気もよく、気持ちよかった。
我が家の周りは急な坂が多く、以前はふーふー言いながら歩いたり走ったりしていたが、今日は全然苦しくなかった。何でだろう???
ここ2~3Wほどで3キロ体重が落ちたせいもあってか、体が軽い。
食事はしっかり摂っても3キロ落ちた事自体が奇跡だ。
今まで、痩せたい痩せたいとクロちゃんとよく言っていたのが嘘のように、ストンと落ちた。だからかなぁ~・・・。


クロちゃんは自分の日記に大変な間違いを記していた。
息子が産まれた時に娘が小学校1年生だったと書いてある。
真っ赤な嘘だ。
娘は小学校3年生で、息子と10歳年が離れているのだ。
だから、もうすぐ娘は17歳になる。

男の人は自分でおなかを痛めて産んでないから、こんないい加減な事が言えるのじゃ
昨日の後ろ宙返りも、実は一昨日もやらかしていたとバレた。
一言も私にはそんなこと言わなかった。

息子の方が可愛いや
息子とは血がつながっているけど、クロちゃんとは血はつながってないもんね
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雨…滑った??

2008-11-24 18:08:06 | Weblog
連休最後の今日の天気予報は晴れのち雨。朝、家を出る時は「本当に雨ふるのかしら…」と思う位、晴れ間が見えていたのにやっぱり本降りとなってしまった。

クロちゃんはベルトが皮の時計しか持っていなくてリハビリには不向きで汗でベルトが変色したりしていたので、いつか立川駅周辺で時計を購入したいと言っていた。
そこで、今日、雨が落ちてくる前に…と出掛けた。立川駅周辺の駐車場をクロちゃんが詳しく良く知っていて、なんでやねん?と思ったら、なんと、以前クロちゃんの会社が丸井の内装工事を請け負っていたらしく(今は丸井はなくなって、テナントビルになっていた)
隅から隅まで路地を知っていてビックリ!カーナビはいらなかった。

まぁまぁ気に入った時計を見つけ駐車場に向かった時に雨がポツポツ降り出した。そんな時、運悪くマンホールの上を通ってしまったら最後、ステーンと車椅子が後ろにひっくり返った。クロちゃんが今乗っている車椅子は後ろにストッパーも車椅子を押すための取っ手も付いていなくて車椅子を押すのも背もたれを鷲掴んで押していたので私も一緒にしりもちをついた。起こそうとしてもぜんぜんダメで、大通りまで走って行き、行き交う人の腕にすがって「夫が車椅子から落ちて困っているので助けて下さい!」とお願いしたが一人目の男性に完全無視された(もしかしたら日本語が通じなかったのかなぁ)すぐまた側にいたお子さん連れの男性に頼んだら一緒に走って駆けつけて下さり、たまたまひっくり返っているクロちゃんの所を通りかかった男性と2人で車椅子を起こしクロちゃんを乗せていただいた。ありがとうございます、ありがとうございますとクロちゃんと2人でお礼を言いまくった。息子はただそこで呆然と心配そうになりゆきを見ていた。(と思う)
クロちゃんも私も最初は何故ひっくり返ったのか理由がわからず「なんだぁ~ひょえ~っ」って感じだったけれど、通りすがりの方に助けていただき駐車場の車に乗った途端にザーザー雨が降り出したので間一髪で濡れずに病院に戻って来た。
あぁ~…私もせめてクロちゃんを起こせる位の腕力を付けなければと反省しきりで帰宅したY(>_<、)Y
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生きてるってすごい!

2008-11-23 17:41:35 | Weblog
今日のクロちゃんは眠剤が幸をそうしたらしく、久しぶりに6~7時間続けて眠れ朝から一時間散歩してきたらしい。日中はお向かいのベッドのTさんといなげやの向かいの薬局まで買い物に行って来たから、明日は買い物してこなくて良いよ!とメールをよこした。質の良い睡眠は痺れだけではなく、気持ちを充実させる。NHKのトップランナーのDVDを観て勇気と感動をもらったのかも知れない。生きてるってすごい!

私は私で"生きてるってすごい!"と思う体験を今日はした。K大学病院で同室だった頸椎アストロサイトーマの方ご夫妻と頸椎~胸随のアストロサイトーマを20年前にに放射線で焼き尽くし生き続けている方のお宅にお邪魔した。共に宮城県ご出身で必然と思わせられる出逢いの橋渡しが出来た。内容は色々な枝葉に分かれて行ったのでなんとも書ききれないが、生きる生き続けてお互いに頑張ろうと励まし合った。生きてるってすごい!命あっての不安だよとの言葉は20年間、再発の不安を抱えつつ生き抜かれた方の言葉はとても重かった。人との出逢いに感謝…感謝。
あ~私は幸せだ。

クロちゃん、そんなお土産話しを持って、明日は朝一番でそっちに行くから待っててねぇ~
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あ~良かった佳かった。

2008-11-22 18:29:49 | Weblog
昨夜、というか深夜に「地獄の痺れだ!」とクロちゃんからヘルプのメールが入ったので、娘は母に任せクロちゃんの所に大急ぎで向かった。
マイスリー(眠剤)を2時過ぎにやっと出してもらい7時には起こされたといって眠そうな顔でベッドで火傷の処置をしてもらっていた所に、不意打ちに私が息子連れで顔を出したので、びっくりしていたがチョー嬉しそう。実は自宅にあったマイスリー5mgを4個持参して密かに飴の入っている籠に隠し入れてきた。。。
初めの摘出術後よりも劇悪的な痺れがお尻から脚にかけて襲っているらしい。
それでも、息子の誕生日も近いので食事を外の”とんでん”で蟹の盛り合わせとお寿司を食べ、(蟹は息子がほとんど完食した)「これが”人”の生活だよな~・・・」と吐息交じりに言って病室に戻り、ベッドに横になって、私が上肢のマッサージをしたらグーグーいびきをかいて眠ったので、そのまま手紙を置いて帰ってきた。明後日また来るからねって。

帰宅すると、娘が丁度点滴を終え帰っていた。私がこれまでの経緯を書いた手紙を持たせていかせたので今日診てくれた医師は「急性腎盂腎炎です、2日前の時点で入院させなかったのはこちらのミスです。申し訳ありませんでした。」と娘と母に詫び、今後の治療方針として「熱が下がっているので、抗生剤を1w服用しその間に血液検査の結果を聞きに来る事、また来週いっぱいは自宅静養し、学校は欠席すること」との指示だったそうです。この病院はクロちゃんの脊髄腫瘍を”できもの”といった病院で、心臓カテーテル手術では症例数日本一の病院だし、科によっては非常に優秀な医師がいるのだけれど、病院の体質として医師同士、看護師と医師の連絡疎通が非常に悪のでもったいないですね。あとは、日本一と言われてはよその病院に搬送することがなかなかプライドとして許されない体質(麻生さんが言う事も一理あると思う)があるように感じる。
総体として”ヤブ”と言わせる所以であると思う。


そんなわけで、本来の私の動きを取り戻し、元気はつらつの私。
明日からまた、もーれつにがんばりまっせ








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ひとまず落ち着いた。

2008-11-21 17:28:07 | Weblog
昨夜入院させたかった娘が少し熱が下がり落ち着いた。
入院できない代わりに通院で点滴(抗生剤も)500ml×2本。
明日も行くが今日は医師は一度も娘の顔を見に来なかった。看護師が点滴の針を刺し、抜いただけで終わり。。。信じられない。
しかし、熱が下がってきた事と、お小水が出始めて楽になったようで、帰宅後におうどんを食べ、私の傍で横になって息子と一緒にテレビを見ている。息子は今日は3時間授業で午前中に帰る日課だったので学校は休ませて病院に一緒に連れて行った。
病院で点滴している間に実家から母が来てくれて(盛岡は雪が降っていたそうだ)こまごました家の用事を済ませていてくれたので助かった。これで、クロちゃんの所にも行けるし、外出できる。あ~~助かった。

親になったのに娘のままだなぁ~と恥ずかしいが、立ってるものは親でも使えが如く、都合のいいように使いまくっている親不孝娘である。
こうしてPCに向かっている傍で夕食作りに精を出す母は、どこかイキイキして輝いている。普段一人暮らしだから娘や孫のために台所に立つのがまんざらでもなさそうな感じ。。。いつもすみませんね。ありがとう。


クロちゃんも娘の事が心配とあって、さっき電話を寄こした。
私の説明もそこそこに、娘の声を聞き安心したようだ。
息子もすかさず電話を替わり「僕の誕生日忘れないでよ!(25日)」と訴えていた。

クロちゃんは昨夜、痺れの極致に達し、主治医に相談。
急遽、一時的にロキソニンを処方してもらったそうだ。
しばらくロキソニンもポルタレンもカットしていたので、今飲めば効きそうな気がする。痺れに押されて、胃の調子がどこかに散っていったみたい。気持ち悪さより痺れが勝ってしまったのだろう。眠れぬほどの痺れだと言っていた。

昨日だか一昨日、MRIで離断上部を撮影したら異常無し!とのお墨付きをもらい、手のしびれが出ていたので”再発”に怯えていたが、その心配は払拭され安心安心。本当に安心した。命の安心が確保されて痺れに気が向いたのかも知れないし、理由はわからないけれど・・・・・・


そんなやり取りを何度も行ったり来たりして、痺れや痛みに関しては自分で対処法を(薬の管理なども含めた)見つけ、医者任せ、医者頼りを卒業していくのだと思う。医者に何とかしてもらおうと思っているうちは、この世界ではまだまだ”ひよっこ”扱いされる。
医者も逃げるのが上手くなるしね・・・。言いくるめられているうちはそれまでよ・・・。これがこの半年の実感です。

と、いうことで、明日から私は通常に動く。
朝一で娘を点滴に連れて行ったら、入院か通院かはっきりするし、どちらにしてもクロちゃんの所に行く事が出来る。

一時はどうなるかと思ったけれど、なんとか切り抜け、先手必勝とばかりに母をこき使う人使いの荒い娘ということで許しておくれ。








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地域では大病院。

2008-11-20 11:56:53 | Weblog
一昨日から寝込んでいる娘の経過があまり良くないので(2日続けて40℃近い熱で、嘔吐や下血も出て来た)気が進まなかったが他に診てくれそうな病院がないので、渋々近隣の大病院(300床以上)に連れて来た。朝から受け付けして未だに診察の順番が回って来ない。
どこもここも病院はいっぱいだ。
熱が高いから起きて居るのも苦しそうだから車椅子に乗せて移動、横になれるベッドを探してもらったのはいいけれど、ほったらかしだ。
問診表には詳細を書き込み、緊急早急に受診願いたいと書きラインをひいても聞き流されているよようだ。その間に0.1~2℃ずつ熱が上がっている。もう我慢の限界だ!
内科医め~看護婦め~今からそっちに行くからねー)`ε´( 


追記
今、午後5:40。
どうやら風邪ではなく尿路感染の確率高しとの報告。一瞬耳を疑う。クロちゃんならわかるが娘が何故???
パパのが娘に移った?クロちゃんの母、娘にとっての祖母も腎臓結石による尿路感染で敗血症で生死をさまよった経緯があるので、遺伝かなぁ…
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娘に寝込まれて・・・

2008-11-19 14:31:37 | Weblog
昨夜から39.1℃の熱を出しダウンした娘、10時過ぎに37度台になったので病院に連れた行った。インフルエンザが出始めているからと検査をしたけれど、陰性。風邪との診断で処方箋で薬をもらって車に乗ったら、ガタガタ震えだした。
家に着き、寝かせようとした途端に激しい嘔吐。急激に熱が上がったためだと思い、ひとまず着替えさせ寝かせて熱を計ったら39.7℃!!こりゃ~吐くわ・・・。かわいそうに。。。
でも、スースー寝息を立てたので若いから回復も早いだろうと側を離れてPCに向かった。

脊髄腫瘍の勉強を始めた頃の私のノートが残っていたので、少しここに書き記してみる。

とある文献より
★1年以上経過した脊髄髄内腫瘍の経過観察をした時の腫瘍の増大と症状の進行を検討した時、Lipoma型,hemangioblastoma型,cavernous hemangioma型は増大はなかった。
★cavernous hemangioma型は腫瘍が増大しなくても腫瘍内出血のため麻痺が悪化した。
★Ependymoma型は約3年で1,2倍に、glioma型は2年で1,09倍に増大した。
★Astorocytoma型は一年で腫瘍の体積が1,52倍になり、症状が悪化した。
★Lipoma型,hemangioblastoma型,は数年の経過観察では増大が見られず症状が改善するものもあり、必ずしも早急な手術を要しない。

この文献を読んだとき、ふ~ん、なるほどね~緊急手術しなくても大丈夫な脊髄腫瘍があるなんだぁ~・・・と思って、クロちゃんは一体どの型なのだろう??と
猛勉強が始まった。

このノートには左に腫瘍のスペル、右に日本語訳を書き記してあった。
今思えば、これだけじゃないんだよね。。。腫瘍の種類。
無知の恐ろしさを今になって痛感させられる。

しかし、このノートにはこれしか書いてない。最初はきちんと整理して書き続けるつもりで居たのだろうけれどその後、少ないながらも読まなければならない文献や資料に飲み込まれ”書き記す”余裕がなかったのだ。
そして、どうやら、astrocytoma だろう。と否応なく知り始めてから他の腫瘍の情報は切り捨てて行った。

K大学病院に初診外来で行った時に診察の最後に私の口から衝いて出た言葉は
「最悪の場合、夫はどの腫瘍ですか?」だった。
N先生は「そんな無責任な事、今の時点では申し上げられませんよ」とあしらった。しかし、あの眼の険しさから、この時点でastrocytomaだろうと予測していたはず。それだけ同じ患者を診てきた経験があるのだから。。。
でも、そこで明言しない所にいかにも自信のようなものが感じられ、プライドを見せつけられた気がした。










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消化器内科

2008-11-18 14:14:54 | Weblog
私の胃痛が治らないので、今日は消化器内科に薬を変えてもらいに行ってきた。
と、その前に。。。クロちゃんに電話して今現在飲んでいる胃腸関係の薬を確かめた。その薬と症状を話し、適切であるかどうか私の主治医に聞いてみたかった。
あまりに状態が改善しないようなら、この先生に外来で診てもらおうと思った。
クロちゃんも、「うんうん、聞いて来てよ」というので、せっかくのチャンスだから先生に聞いてみた。
まず、私の診察。「あなたの胃炎は神経性だから、出す薬はないなぁ~・・・今のものが効かないなら変えてみましょう」ということで、あっさり終わった。
「先生、ちょっとお訊ねしたい事があるのですが・・・」と言ったら「なんでもどうぞ」と先生がおっしゃったので・・・
クロちゃんの事をあらまし話し、今現在飲んでいる薬について、今後連れてきたら外来で診てくれるか?と座っている椅子をぐいぐい前に進めて詰め寄った。
「も、もちろん診ますよ!プロトンポンプ阻害薬が少なすぎるね・・ファモチジンも朝だけでは少ない、ガスコンとガスモチンは効果が別の薬だから両方必要、酸化マグネシウムの処方は妥当でしょう」ということだった。
「あなたも大変だろうけど、胃が痛くなる前に休みなさいよ。」と言われて帰ってきた。出された薬を確認してプッと笑いが出た。クロちゃんが飲んでいるガスモチンが入っていた。後は、プラミール錠・ランソラールカプセル・ブコスタ。
夫婦で同じ薬飲んでたら笑われちゃうね。。。


クロちゃんの足のしびれが益々ひどくなってきたようだ。今朝、先生が来てくれた時に、今までに止めた薬を再開したらどうなるか?と質問したらしい。
先生の答えは「出す事はすぐ出来ますよ(K病院のペインが出した薬だから)せっかくカットしたのに、今、たまたま痺れの波がピークに来ていてこれから落ち着くかもしれないし、薬を飲んだ事で少しは楽になるかもしれないし、まったく変わらないかも知れない。飲んだ後のこともどうなるかわからない。また、それをカットした時の症状も予測できない。」ということだったらしい。
症状の予後も2~3年経たないと落ち着かないのだ。機能予後とは知覚異常を含めて術後2年以上経たないと機能予後とは言わない、という事だ。だから、術後半年のクロちゃんはまだ急性期の部類に入るのだと思う。
 私、個人的な意見は、薬は今はやめておいた方がいいと思う。なぜなら、胃腸の状態が落ち着く方が優先順位としては高いと思うから。おなかの調子が整い、リハビリも安心して進められるようになり、この時にどうしても痺れが耐えられないようなら、その時に考える。そして、睡眠不足が続いているクロちゃんは眠剤を服用すべきだと思っている。短くても質の良い睡眠が痺れや痛み対策には欠かせないと思う。そういった、条件をクリアしてから(そうしているうちに痺れの状態も変わっていくと思う)でないと、また同じことの繰り返しになるのではと思っている。

明日、クロちゃんの所に行くのでもう少しじっくり話をしてみよう。

脊髄腫瘍は取ってからが大変だ。
取るのも大変(先生)だけど、取った後(クロちゃんの場合切った後{離断})が非常に難解、、、だって、ひとりひとり症状が違うから、医者もひとくくりに対応できないでいる。切ったその後を診てくれる医者の方が、もっと勉強し、親身になって治療法を探って欲しいと思ってしまう私は贅沢者なのだろうか???

整形外科医のみなさん。
消化器内科的な事や泌尿器的な事や麻酔科的な事も幅広く知識を広げ、ただ何となくずるずると患者を不安にさせないよう、どうか、どうか、お願いします。






*追記
  クロちゃんに痺れについて再度電話でさっき話してみたら
  「やけど」が引き金になった事は間違いない!と明言していた。
  その根拠は今の症状は、やけどの直後から出てきたものだから。だそうです。
  そして、もう我慢の限界に来ている・・・と言っていた。
  私は術後最初の冬だからじゃないか・・・、季節の変わり目だからじゃないか・・と言ったが、  
  「いや、火傷だ。引き金は」と一歩も引かなかった。
  






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インフルエンザ

2008-11-17 16:25:12 | Weblog
今日は息子が代休で学校が休みだったので、娘を送り出したらクロちゃんの所に向かうつもりで朝支度をしていた。
所が、ネットオークションでクロちゃんの希望の商品を(ボルボ関係)落札してしまったらしく、メールの受信ボックスに返信しなければならない相手が数名いた。対応しているうちに10時ごろになってしまい(その前にTOP RUNNERのDVDを観てしまった)病院に行くのを断念した。
しかし、この休日を無駄にするわけにはいかん!と息子を連れてインフルエンザの予防接種を受けてきた。昨年はギャーギャー大泣きした息子が、今年は針を凝視し、泣かなかった。ほ~~、成長したジャンと帰宅した。

その後も、印鑑証明を取りに行ったり、○障の10月分の申請に行ったり、銀行、あとは、クロちゃんと私の名刺の発注に(私が長い事ボランティアに行っていた肢体不自由児の施設にTちゃんという女の子が居て、バイトでいつも作ってくれる)行った。ここの代表者が介護保険の認定員をしていて、いろいろ相談に乗ってもらってきた。頼もしい彼女は、長男のT君が出産時の事故で肢体不自由に(知的も)その後、行政や地域と戦いながら、味方を探しながら、高校まで養護学校(今は支援学校というのかな)を卒業し、その後の受け皿となる場所がないことから、わが子が通うための施設を自分で作ってしまった人だ。在学中から”作る会”を立ち上げ、足かけ5年程で実現させ今は同じ学校の卒業生を数名受入れ、職員も数名、他ボランティアさんも抱える大所帯となっている。(クロちゃんは賛助会員で小銭を少々毎年寄付し、この中のボラの一人が私だった)
何かを立ち上げる、やりきるには、人一倍の努力と馬力が必要だ。ストレス耐久力も相当ないと出来なかったはずだ。
彼女をあそこまで突き進めたものは何なのか?と時々ふと思う事がある。
もちろん、総体的な力があるのだけれど・・・勢いが落ちない。これがすごい。
今度、ゆっくり、聞いてみよしかし、私と彼女はなかなか予定が合わず会えないのが現状きっと、いつか、とてつもないタイミングで会えることを願っている


おっと忘れるところだった
以前からずっとやってみたいと思っていた”まつげのエクステンション”をエステサロンに予約した。20日の木曜日、朝一でばっっさばっっさのまつ毛に・・・変身~~(歳と共にまつげが短く薄くなってきた)

それから、これから、クロちゃんの所に出張でオイルマッサージをしてくれるエステシャンを探す。立川付近ならきっとあるだろう。問題は、病院の許可を取れるかどうか病院まで来てもらうのが無理なら、外出許可をもらって連れて行くのみだけど・・・ヘッドスパもいいなぁ~
クロちゃんには”リラクゼーション”が必要だ

間違いない←古っっ







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今を生きていると良い事が・・・

2008-11-16 20:48:40 | Weblog
クロちゃんが気持ち悪いだとか、食欲がないだとか、手が痺れて不安だとか・・・色々言ってはいたけでど、今日は小平の焼き肉店まで行ってきた。
気持ち悪い人がビール飲むか???焼き肉やお寿司、最後の〆に、アイスクリームまで食べるか~~??
なんだかんだ言っても、その日その日を重ねて過ごしていると、それなりに身体が対応していくのだな・・・と感心した。

今まで、めまぐるしくクロちゃんの闘病を傍で伴走してきたが、その時その時精一杯の全力で過ごしてきたと思う。
泣き言をいう余裕さえなかったし、本人が一番辛いと思えば私ごときが一言でも愚痴を漏らしてはならぬと思ってきた。また、その姿勢を通すことがクロちゃんやその周りの人達、子供たちのに私の決心を心底承知してもらう手段だと思ってきた。それは、今も変わることはない。

「今、自分に出来る事を出し惜しみしない」というモットーは父に教えられたことだと思う。もう天国にいる父に、今更ながらそういった習慣を身に着けさせていただいたことに本当に感謝している。習慣になっているので”苦”ではないのだ。
 よく、ま~ちゃんは偉いねとか、行動力があるねとか言われるけれど、全然そんなことはない。私はぐーたらなただの主婦だ。
しかし、最優先順位がはっきりしている時に、いらないことをそぎ落とす勇気はあるかもしれない。また、後で後悔するのが嫌いなのだ。だから、とりあえず行動する。結果、失敗しても悔いはない。ひとまず、”やってみた”のだから・・・。



病人を支える家族の在り方は、人それぞれだと思う。
しかし、支える側が、”苦”だと思うか?本人の病気を可哀想と思うあまり、自分も可哀想になってしまうか?
これが、運命の分かれ道、、、介護する側の心は患者本人に敏感に通じる。
患者本人は自分の写し鏡と思うと、支える側の意識も変わるかもしれない。





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