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京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

INF全廃条約米離脱問題,トランプ政権中間選挙共和党下院敗退後のポピュリズム外交政策

2018-11-08 20:10:50 | 国際・政治
■非合理的なINF全廃条約脱退
 日米関係は重要である故に、アメリカ政治の安定と熟慮を求めたい一方、現在はポピュリズム的政策が主流となっている。先日の議会中間選挙後、潮流はどう動くか。

 アメリカ議会中間選挙が開票され、連邦議会上院は本日日本時間0800時時点で100議席中民主党46議席と共和党51議席、与党共和党が過半数を確保しました。議会下院は民主党224議席に対し共和党201議席となっており、過半数を割り込んでいます。改選前の下院は民主党193議席に対し共和党235議席、開票作業中ですが議席数を大きく減じています。

 上院での優勢は、しかしアメリカ連邦議会上院は半数を改選する為、非改選組では民主党23議席と共和党42議席と倍近い優勢を有している為、民主党が上院において共和党を上回る事は今回の選挙では厳しい状況でした。一方、下院では民主党票数が当初予想ほど伸びなかったとはいえ過半数を確保、連邦議会は今後捻じれ状態として進められる事となる。

 大統領任期半ばのトランプ大統領は議会下院において与党共和党が過半数を割り込む状態において、今後は公約について議会下院の民主党に対し妥協や譲歩を求める事となり、内政以上に外交と通商政策に軸を置き、残り任期を務めてゆく事となるでしょう。条約批准には連邦議会上院三分の二の賛成が必要となりますが、外交指針は大統領権限でも可能だ。

 中距離核戦力全廃条約脱退、米ソ間で締結されたこの画期的な軍縮枠組からのアメリカ脱退、中間選挙前のアメリカがすでにロシアに対しボルトン国家安全保障大統領補佐官を通じてロシアのプーチン大統領へ通知したこの施策も、大統領権限において進める事の出来る外交政策に含まれます。内政の混乱を避け外交重視、しかしこの施策についてはどうか。

 アメリカの中距離核戦力INF全廃条約離脱、アメリカが離脱を掲げる理由は、第一に現在ロシアがこの条約に違反する新兵器を開発しているとの主張、第二に米ロ間の二カ国条約である為に中国等が批准しておらずアメリカがこの分野で後れを取る事への懸念との主張、この二つが離脱根拠としています。ただ、二ヶ国条約からの一か国離脱は破綻を意味する。

 INF条約脱退を掲げるアメリカなのですが、アメリカとしてINF全廃条約が米ロに保有を禁じた射程500kmから5500kmまでの地対地ミサイルを開発装備する可能性があるのか、という。トマホークなどは射程が2200kmあり、一見INF全廃条約に抵触しそうですが、INF全廃条約の対象は地上発射型に限られ、艦載型が主流であるトマホークは対象外です。

 何をしたいのか。アメリカの装備体系を考えますと、アメリカがこの条約枠組から離脱して如何なる恩恵を受けられるのかが全く分かりません、こう表現する背景には陸上配備の中距離運搬手段が制限されている為であり、アメリカは地対地中距離弾道弾を必要とするような状況にない為です。そして必要性も考えにくく、離脱後に開発するとも考えにくい。

 中国などINF全廃条約に加入していない諸国がアメリカが保有できないINF該当の長距離打撃力を配備し、アメリカの安全保障に大きな制約が加わっている、という論点があり、更にロシアもINF全廃条約に違反する兵器を配備している為、アメリカが離脱する、という論調です。しかし、現段階では離脱を政権が表明したのみ、まだ枠組有効ではあります。

 ロシアがINF全廃条約違反の兵器を開発している、という批判が、アメリカのトランプ政権、特に条約脱退を掲げるボルトン大統領補佐官の主張です。その筆頭はカリブル巡航ミサイルコンテナで、カリブルミサイルはロシア版トマホークといった巡航ミサイル、しかしミサイルモジュールがコンテナ化、トラックに乗せ、艦船などに配備できるというもの。

 カリブル巡航ミサイルはシリア内戦ロシア軍事介入に際し、カスピ小艦隊の艦艇上から垂直発射装置3S14-UKSKより投射され、当初は射程300km程度か長くとも500km程度と考えられた射程がイランを越えシリア反政府勢力拠点へ命中した事で射程1500kmを越える事が判明し、大きな衝撃となりました。輸出型が射程300kmに抑えられていた為尚更だ。

 コンテナモジュール化されたカリブル巡航ミサイルは、ヘリコプターを発着させるだけの水上戦闘艦の飛行甲板や多目的区画へ搭載、いや積載というべきか、コンテナごと艦船に載せる事で海上運用が可能となります。基地から基地への移動はコンテナですので鉄道でもトレーラーでも可能です。しかし、アメリカが寄せる疑義はトレーラー牽引や貨物列車からも発射できる、というもの。

 シリア内戦への投入により、地上発射型カリブルについても射程500km以遠のINF全廃条約違反の疑いが突き付けられた訳ですが、逆の表現ではロシア側はINF全廃条約を尊重するからこそのシリア内戦というロシア本土からの陸続きの紛争地へカスピ小艦隊のコルベット艦上からカリブルを発射したものであり、条約枠組軽視ならば行動は違った筈です。

 ロシアの短距離弾道弾、改良によって中距離弾道弾と出来るとの疑義もアメリカは有しています。アメリカ陸軍は第一線火力から短距離弾道弾を廃止し久しく、現在は空軍の打撃力が地上戦闘に影響を及ぼしたことでこの種を全廃し射程350kmのATACMSロケット弾が野戦火力での最大射程のものです。しかし、ロシアはイスカンダル短距離弾道弾のような短距離弾道弾を火力支援用に運用を続けています。

 イスカンダル短距離弾道弾、射程は500kmとなっていますが、輸出型は700kmまで延伸できる事を兵器見本市にて提案しており、これもアメリカがロシアのINF全廃条約違反懸念の一つとなっています。しかし、イスカンダル短距離弾道弾は射程延伸にMiG-31戦闘機からの空中発射弾道弾転用という離れ業を提示し2000km以上へ射程延伸に成功しました。

 キンザール空中発射弾道ミサイルは射程2000km以上、Tu-22M爆撃機から高高度発射した場合は射程3000kmに達するという新兵器ですが、INF全廃条約の禁じた地上発射型はあくまで射程500kmであり、高高度からの発射により射程を延伸するという手法も、ロシア側がINF全廃条約枠内での長距離打撃力確保を期す条約枠組尊重の表れと言えましょう。

 SS-N-33 /3M22ジルコン極超音速対艦ミサイル、ロシアが2012年に開発した最大速度マッハ8の空対艦ミサイルの地上発射型については、実はINF全廃条約違反となる可能性があります。2015年に地上発射試験に成功していまして、地上発射型は500km以内に射程が抑えられているとされますが、高高度を巡航させた場合の射程は750kmに達するとも。

 欧州は最大の影響を被ります。元々INF全廃条約はレーガン大統領とゴルバチョフ大統領の米ソ間での核軍縮条約であった為、西欧諸国にはこの制限がありませんでした。しかし、INF全廃条約発効前では、元々ソ連の中距離核戦力はアメリカ本土まで届かず、欧州NATOの戦略拠点を照準していた為、この条約は欧州にとり非常に大きな意味があったのです。

 欧州におけるINF全廃条約は、チェコスロバキア領内へソ連軍が前方展開したSS-12弾道ミサイル撤去等実際に重要な軍縮機能を有していましたし、その無力化もダミーの廃棄等の偽装が行われないよう、破壊前に米ソ両国の査察官がミサイル本体を実物であると内部検査を行い破壊しました。しかしアメリカの脱退が、欧州核軍縮を御破算にしかねません。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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