熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ニューヨーク・タイムズの戦略的イノベーション・デジタル電子版

2007年01月11日 | イノベーションと経営
   何か世界的な動向をチェックしたい時には、必ずニューヨークタイムズ(NYT)の電子版を開いて読むことにしている。
   最近読んだハーバードBSPのB.ゴビンダラジャン&C.トリンプル著「戦略的イノベーション」に、NYT社が、この電子版を発行している独立採算会社であるNYTDを如何に立ち上げたかを戦略的イノベーション論的に取り上げていて興味深いので多少考察を加えてみたい。

   この本は、ベンチャー等ではなく、大企業が戦略的イノベーションを追求する為にはどうすれば成功するのか、と言った視点から書かれた経営学書。
   戦略的実験事業は、社内の独立事業部門にする方が良いとして、この新規事業部門と既存のコア事業部門との関係などを分析しながら多くの観点から成功戦略を提言している。

   面白いのは、総ての生命体が持っている生物学的DNAと同じ様に、企業も組織的DNAを持っており、戦略的イノベーションを追求し新規事業を立ち上げる時に、これが益になったり害になったり、コア事業が維持しているDNAに如何に対処するかが大きな問題となると言う指摘である。

   NYTの場合は、デジタル電子版は、本紙とは多くの違った側面を持つ事業であるにも拘らず、当初はタイムズ本紙の組織的DNAをそっくり受け継いでスタートした。
   ところが、本紙の影響が強すぎて途中で不都合であることが分かったので、殆ど完全にDNAを入れ替えた。NTYとは全く独立したIT、人事、財務機能を、自前で確立して独立した経営を志向したのである。
   その結果、遥かに高い独立性を持つようになったのだが、その為に新境地を切り開いて黒字転換し、今日では全体の30%近くの貢献度を持つに至っていると言う。

   NYTの電子版事業は成功した例ではあるが、多くの大企業は、コア事業を営む本体の組織的DNAが強力すぎて、戦略的イノベーションである新規戦略的事業を見殺しにしてテイクオフに失敗するケースが多い。
   雨後のたけのこのようにIT革命に沸いた頃には他の新聞社もデジタル事業に参入したが、その後のITバブルで失敗して、辛くも事業統合を免れて独立会社として残ったのはNYTDだけだと言う。
   
   ワシントンポストやロサンゼルスタイムズ等の電子版も良く読むが、やはりNYTの電子版は、動画やアーカイブの扱いなど充実していて実に素晴らしく、英国のファイナンシャルタイムス(FT)の様に購読者のみに解放して殆どの記事をブロックして見せないと言う馬鹿な戦略はずっと以前に放棄している。
   このFT戦略だが、Googleが何故これほどまでに成長発展したか、そして、マイクロソフトがリナックスの追い上げに苦しみ、ブリタニカがWikipediaにお株を奪われつつある等オープンソースの追撃が示しているビジネスモデルの変化が分かっていないのである。
   電子版が、これまでの報道機関としての新聞紙事業とは全く違った別な革新的な報道媒体であると同時に、新しい別な事業である側面に早く気付いたNYTDの勝利と言えよう。

   日本の場合は、日経が遅ればせながらNYTDを後追いして電子版事業の新規展開に踏み切ったが、日本語と言うバリアがあるので競争には晒されないだろうが、早ければ早い方が良い。
   それにしても、他の日系総合紙のホームページは、本紙の宣伝媒体と言う程度にしか思っていないのか、本紙関連のごてごてした総花的な項目は多いが、肝心の記事については客受けするお粗末な記事のダイジェスト版ばかりで殆ど役に立たないし、それに記事掲載が遅すぎる。
   
   ところで、重要なのは本紙と電子版との関係、言い換えれば、本社とNYTDとの関係で、NYTDにとっては、NYT紙のコンテンツ、ブランド力、信用等活用できるのだが、ネットでNYTの記事を無料公開するのであるから、NYT社の販売部門とは大変な軋轢を引き起こしし、広告部門との競合も問題があった。
   しかし、電子版の強みは、「コンティニュアス・ニューズ」機能で、印刷版の出版サイクルに縛られずに、世界中から絶えず最新のニューズを集めて流し続けられることで特ダネを抜かれる心配がなくなった。
   それに、印刷版はローカル的で古参の広告主主体だが、電子版の読者は全世界で、ネット公告専業の代理店を立ち上げてハイテク企業中心の公告を取った。また、本紙の読者は全セクションを総覧する傾向があるが、ウェブ読者はより絞り込んだ情報を検索する傾向がある。
   変幻自在のインターネット環境にあるために、NYTDの事業計画やビジネス戦略も頻繁に書き換えられておりイノベーションは日進月歩で、これがNYT本紙の強力な刺激となっている。
   
   本紙と電子版の協力関係は、本紙のコンテンツ借用、公告のセット販売、コンテンツの共同開発、案内公告での協調等前向きの協力関係が相乗効果を上げており、新規の戦略的イノベーションであったNYTDが、一人立ちしてコア事業に貢献しつつある。

   戦略的イノベーションの場合は、当初は本体にとって大変な重荷であるが、成功すればコストが縮小して利益に貢献をする。
   しかし、このNYTの場合は、ニュース媒体が多様化してきて、既に印刷版日刊紙が頭打ちになって来ている現在、IT革命の波に乗って、NYTDに本体の比重が移って行くのではないであろうか。
   GoogleやyouTube等の動きを見れば今後の方向性は明確であるし、報道機関の豊かな情報量とコンテンツ、それに全世界に張り巡らされた膨大な組織体制を考えれば、革新的なビジネスモデルの構築次第では、それを凌駕する事業の展開は可能だと思われる。
   


      
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