熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ユヴァル・ノア・ハラリ著「ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来」(1)

2018年10月27日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   「ホモ・サピエンス」の著者の新しい本。
    「ホモ・サピエンス」の時には、あまり気にせずに読んだのだが、文明論的な著作になると、どうしても、著者のバックグラウンドが気になったので、Wikipediaを開くと、ハラリは、世俗的なユダヤ人と言うことで凝り固まった敬虔なユダヤ教徒でもなさそうだし、
   それに、学業は、Hebrew University of Jerusalem、Jesus College, Oxford(PhD)で、
   キリスト教文化文明には、批判的だとしても、思想背景や宗教的にはかなり客観的だと思えるので、先入観を気にせずに読めるのが良いと思った。
   この本で、「レビ記」の同性愛行為の禁止は、古代エルサレムの少数の聖職者と学者の偏見を反映したものだと厳しく糾弾しているのだが、著者も同性愛結婚で、パートナーは、ハラリのIOTでありマネージャーだと言うのが興味深く、キブツに似たモシャブ(家族労働力のみで構成された家族経営の農場)に住んでいると言うのも面白い。
  それに、Jared Diamondに影響を受けたと言うのにも興味を感じた。
   
   本の原題は、Homo Deus: A Brief History of Tomorrow
   この本で、ハラリは、将来、人類・ホモサピエンスは、幸福、不死、神性を求めて熾烈な試みを行うとして、過去と現在に基づいて未来に向かって、これらの野心を実現するために如何に戦うか、色々な挑戦について検討して、人類の将来におけるビッグデータを崇拝する哲学や思考態度を展開している。

   かって、人類は、幾世代にもわたって、あらゆる神や天使や聖人たちに祈り、無数の道具や組織や社会制度を考案してきたが、多くの思想家や預言者は、飢饉と疫病と戦争は神による宇宙の構想にとって不可欠の要素であって、この世の終わりまで我々はそれから開放されることはないであろうと結論していた。
   しかし、今日では、飢饉や疫病や戦争は、殆ど解決済みで、これらで命を落とす人の数、旱魃やエボラ熱やアルカイダによる攻撃など、この3悪で死ぬ人の数よりも、マクドナルドでの過食がもとで死ぬ可能性の方がはるかに高くなっている。

   前例のないような水準の繁栄と健康と平和を確保した人類は、今や、成功は野心を生むもので、過去の記録や現在の価値観を考えると、次には、不死と幸福と神性を標的とする可能性が高くなった。とハラリは説く。
   飢饉と疫病と暴力による死を減らすことができたので、今度は、老化と死そのものを克服することに狙いを定め、人々を絶望の淵から救い出したのであるから、今度は、ハッキリと幸福になることを目標とし、人類を残忍な生存競争の次元から更に引き上げたのであるから、今度は、人間を高みにグレードアップして、ホモ・サピエンスをホモ・デウスに変えることを目指すであろう。と言うのである。
 
   ハラリは、この不死と幸福と神性の追求について、多方面から検討を加えているのだが、果たして、この理想の実現が、人類にとって、真に望ましいことなのかどうかと問題提起をしている。
   たとえば、人類が、脳への電気刺激や遺伝情報を遺伝子工学で操作するなど科学技術を駆使して生化学的な幸福の追求を進めているが、エピクロスは、2300年も前に、快楽を過度に追求すれば恐らく幸せではなく惨めになるであろうと言っており、ブッダは、快楽は儚い気の迷いに過ぎず、快楽の追求は実は苦しみのもとにほかならない、至福の感覚や胸躍る感覚をどれほど多く経験しても、決して満足せず、益々、渇望するだけだ。と言っている。
   資本主義と言う巨人にとって、幸福は快楽であり、科学研究と経済活動が、益々、生化学的な幸福の追求を求めて突進して行く。
  何故か、この資本主義と市場経済にドライブされた人類の幸福と不死への追求は、ミダス王の悲劇を思い出す。手が触れたものすべてが黄金に変わるという願いが叶ったものの、食物までも黄金に変わり困り果てた王様のことであり、人間の欲望に限りがなければ、はずみ車のハツカネズミのように、益々、早く走らなければ振り飛ばされるのである。

   今や、医学の驚異的進歩で、人生100年時代だと言われているが、不死となって、プーチン政権が100年以上続くとなれば、どうするのか。
   不死や幸福や神性の追求途時に、コンピュータープログラムが人間を越える知能と空前の力を獲得して、AIが自らの必要や要求を満たすために、人間を搾取したり、殺したりし始めたらどうするのか。
   飢饉と疫病と戦争を克服した過去の人類の挑戦とは、次元がはるかに異なってしまっているのである。

   ハラリは、不死と幸福と神性の追求が、人類の次の課題だと述べているのだが、何が人間にとって、真の幸せなのか、人間の目的とする世界は何なのか、何処に向かって人類は進んで行くべきなのか、この上巻では、明確にしていないので、下巻の課題であろう。
   
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