岩波・大江「集団自決」訴訟 元隊長ら請求、二審も棄却/琉球新報

2008-11-01 10:54:25 | 沖縄
【大阪】沖縄戦中、座間味渡嘉敷両島で起きた「集団自決」(強制集団死)をめぐり、両島に駐留していた日本軍の戦隊長が住民に自決を命じたとの記述は誤りだとして、座間味島元戦隊長の梅澤裕氏や渡嘉敷島戦隊長の故赤松嘉次氏の弟、秀一氏が「沖縄ノート」著者の作家大江健三郎氏と版元の岩波書店に出版差し止めなどを求めた訴訟の控訴審判決が31日午後、大阪高裁であった。小田耕治裁判長は請求を全面的に棄却した一審・大阪地裁判決を支持し、梅澤氏側の訴えを退けた。原告は上告する。
 一審・大阪地裁判決は両島での「集団自決」について「梅澤、赤松大尉が関与したことは十分に推認できる」と判断。元戦隊長が自決命令を発したか断定できないとしながらも、大江氏らが両隊長の命令を信じるには相当の理由(真実相当性)があったとして、名誉棄損には当たらないとした。
 争点の隊長による自決命令の有無について、被告岩波側は自決命令の事実を証言する座間味村住民の陳述書を新たに提出。これまでの証言や関係資料と合わせ、戦隊長による自決命令があったのは明らかとした上で「真実と信じる相当の理由があれば名誉棄損に当たらない」と主張。書籍については軍の責任など事実や評価が公共的事項に関した内容で公益性があるとし、表現の自由の権利から「差し止めの要件が欠けている」と指摘した。
 原告の梅澤氏側は控訴審で一審判決が「合理的資料もしくは根拠がある」として隊長命令を推認したことについて「原判決が事実として認定したのは、軍・隊長の関与までで、これと同一性を有さない隊長命令を真実とするのは誤り」と反論。
 元戦隊長の梅澤氏が住民の自決を止めたとする座間味村住民の証言を新たに提示して隊長命令を否定し、一審判決の取り消しを求めた。その上で「沖縄ノート」について、隊長命令という真実性が証明されない不確かな事実を基に人格非難を行っているとして、名誉棄損を訴えていた。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-137678-storytopic-101.html

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岩波・大江訴訟 県民納得の妥当判決だ2008年11月1日 沖縄戦時に座間味・渡嘉敷両島で起きた「集団自決」(強制集団死)に旧日本軍はどう関与したかなどをめぐる史実論争に再び司法判断が示された。
 沖縄戦体験者の証言をはじめ歴史研究の積み重ねなどを踏まえた妥当な判決だ。結論を導く筋道が分かりやすい。歴史的事象に対する客観性や普遍性に主眼を置いた解釈、明快な論理展開で言論・出版の自由へ踏み込んだことも特筆される。
 訴えていたのは、座間味島に駐留していた同島元戦隊長の梅澤裕氏、渡嘉敷島戦隊長の故赤松嘉次氏の遺族で、戦隊長が住民に自決を命じたとの記述は誤りだとして「沖縄ノート」の著者・大江健三郎氏と版元の岩波書店に出版差し止めや慰謝料などを求めていた。
 大阪高裁の小田耕治裁判長は原告請求を全面的に棄却した一審・大阪地裁判決を支持し、元戦隊長側の控訴を退けた。
 地裁判決では両島での「集団自決」を、元戦隊長が自決命令を発したか断定できないとしたものの、日本軍の関与を認め、両戦隊長の関与は「十分に推認できる」と断じた。
 小田裁判長は「軍官民共生共死」の一体化に言及。「総体としての日本軍の強制ないし命令と評価する見解もあり得る」とした。惨劇で肉親らを失った遺族らの証言に沿っており、沖縄戦研究の蓄積とも合致する解釈だろう。
 注目したいのは、名誉侵害と言論の自由とのかかわりを述べた点だ。名誉侵害を主張する者は「新しい資料の出現ごとに争いを蒸し返せる」とし、著者へのこれらの負担は「結局は言論を萎縮させることにつながる恐れがある」と指摘した。
 高裁が大多数の県民にほぼ共通の理解と認識に立って、司法判断を下した意味は重い。
 判決は、同時に私たちに沖縄戦史実を継承し、新たな事実を掘り起こすなど地道な努力を促したとは言えないか。一人一人が歴史と正しく向き合うきっかけにしたい。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-137709-storytopic-101.html
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判決を受け座間味村では31日、当時の助役の故宮里盛秀さんの仏壇がある義妹の宮村文子さん(82)宅に遺族や関係者が集まり、涙を浮かべ仏前に喜びの報告をした。また村内で体験者の聞き取り調査を続けている平和ガイドの宮里芳和さん(60)が、判決内容やこれまでの聞き取り調査の報告会を開いた。宮村さん宅には、盛秀さんの妹の宮平春子さんや宮里正太郎座間味村遺族会長らが集まった。盛秀さんの次女の山城美枝子さん(67)=宜野湾市=にも電話で報告した。
 裁判では原告の梅澤裕氏が故宮村幸延さんから「隊長命令はなかった」との「証言」を得て念書をもらったと主張していたが、幸延さんの妻の文子さんは「当日、夫は酒に酔って訳が分からない状態だった」と陳述していた。今回の判決で大阪高裁は、梅澤氏が幸延さんの「証言」と題する親書の作成経緯を意識的に隠していると断じた。文子さんは「夫は病気になってからもずっと、このことを気にしていた」と話し「夫が言っていたのが本当のこと。(裁判で証明されて)うれしい」と喜んだ。
 控訴審で被告側から証拠提出された「新証言」を語った垣花武一さん(78)=糸満市=は「(裁判に)負けるのではないかという危機感から証言した。われわれの真実が認められた。小さな声がヤマト(本土)に届き、反映された結果だ」と喜んだ。
 一方、「集団自決」の体験者の吉川嘉勝さん(70)=渡嘉敷村=は「一審の判決が支持されたことはうれしい」と話した。その上で「教科書検定意見はまだ撤回されていないので、課題が大きい。文科省が高裁の判決を受け検定意見をどうするか注目している」と語った。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-137689-storytopic-101.html
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集団自決訴訟の判決要旨 大阪高裁判決
 沖縄集団自決訴訟の31日の大阪高裁判決の要旨は次の通り。

 【判断の大要】

 当裁判所も1審同様、梅沢元守備隊長らの請求はいずれも理由がないと判断する。

 「太平洋戦争」の記述は梅沢元隊長、「沖縄ノート」の記述は梅沢元隊長と赤松元隊長の社会的評価を低下させる内容だが、高度な公共の利害にかかわり公益を図る目的だったと認められる。

 座間味島と渡嘉敷島の集団自決は日本軍の深いかかわりを否定できず、日本軍の強制、命令と評価する見解もあり得る。しかし、両隊長が直接住民に命令した事実に限れば、その有無は断定できず、真実性の証明があるとはいえない。

 集団自決が両隊長の命令によることは戦後間もないころから両島で言われてきた。書籍出版のころ、梅沢命令説、赤松命令説は学会の通説で、各記述は真実と信ずるに相当な理由があった。また「沖縄ノート」の記述が公正な論評の域を逸脱したとは認められず、出版は不法行為に当たらない。

 書籍は昭和40年代から継続的に出版され、その後資料で両隊長の直接的な自決命令は真実性が揺らいだ。しかし、各記述や前提の事実が真実でないと明白になったとまではいえず、出版の継続は不法行為に当たらない。

 【証拠上の判断】

 梅沢元隊長は1945年3月25日に本部壕で「自決するでない」と命じたと主張するが採用できない。村の幹部が自決を申し出たのに対し、玉砕方針自体を否定することなく、ただ帰したと認めるほかない。

 控訴審で出された、梅沢元隊長が本部壕で自決してはならないと厳命し、村長が住民に解散を命じたとする島民の供述は明らかに虚言。梅沢命令説、赤松命令説が援護法適用のために作られたとは認められない。

 時の経過や人々の関心の所在など状況の客観的な変化にかんがみると、梅沢元隊長らが本件書籍の出版等の継続で、人格権に関して、重大な不利益を受け続けているとは認められない。

 【法律的判断】

 高度な公共の利害にかかわり公益を図る目的で出版された書籍について、発刊の時は真実性や真実相当性が認められ、長年出版を続け、新資料で真実性が揺らいだ場合、ただちに記述を改めなければ出版継続が違法になるとするのは相当でない。

 違法になるとすれば、著者は、過去の著作物にも常に新資料出現に注意を払い再考し続けねばならず、名誉侵害を主張する者は新資料の出現ごとに争いを蒸し返せる。著者に対するそうした負担は言論の萎縮につながる恐れがある。

 特に公共の利害に深くかかわる事柄では、その時点の資料に基づく主張に対し、別の資料や論拠での批判・再批判が繰り返されるなどして大方の意見が形成され、その意見も時代を超え再批判される。その過程を保障することこそが民主主義社会の存続基盤をなす。特に公務員に関する事実にはその必要性が大きい。

 そうすると、仮に後の資料から誤りとみなされる主張も言論の場で無価値とはいえず、これに対する寛容さこそが自由な言論の発展を保障する。

 従って新資料の出現で記述の真実性が揺らいだからといって、ただちに出版継続が違法になるとは解釈できない。

 もっとも(1)真実でないことが明白になり(2)名誉等を侵害された者が重大な不利益を受け続け(3)発行が社会的な許容限度を超える場合、出版継続は不法行為を構成し差し止め対象になる。

 本件では、両隊長は戦争後期に公務員に相当する地位にあり、記述は高度な公共の利害にかかわりもっぱら公益を図る目的であるから、出版差し止めなどは少なくとも(1)内容が真実でないことが明白で(2)重大な不利益を受け続ける時に限り認められる、と解釈するのが相当だ。

http://www.47news.jp/CN/200810/CN2008103101000622.html
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で、産経新聞は・・・

「沖縄ノート」差し止め訴訟 上告審では真正面から判断を
2008.10.31 21:37
 沖縄集団自決訴訟の控訴審判決で大阪高裁は1審判決と同様、元戦隊長らが集団自決を命じたとする『沖縄ノート』の記述の真実性は否定したものの、著者の大江健三郎氏が真実と信じる相当の理由があったとする「真実相当性」を根拠に原告側の請求を棄却した。

 ただ、控訴審で原告側が問うたのは、出版時の大江氏の認識ではなく、元隊長による“直接命令説”が揺らぐ現在も、当時の記述のまま増刷を続けることが許されるのかどうかだ。その争点について、「表現の自由」という別次元の論理を楯に、原告側請求を退けた高裁の判断には違和感を覚えざるを得ない。

 軍命令説をめぐっては、これまでに作家の曽野綾子さんが渡嘉敷島の現地取材を経て出版した『ある神話の背景』で疑問を呈し、座間味島の生存者が年金を受け取るために軍命令と偽証したなどと否定的な証言も多く存在している。

 しかし、2審判決は「仮に後の資料から誤りとみなされる主張も、これに対する寛容さこそが自由な言論の発展を保障する」などとし、大江氏をいかに救済するかという姿勢だけがにじみ出ているように映る。

 さらに、座間味島の村の幹部から自決用の手榴(しゅりゅう)弾の提供を求められた元戦隊長が断り、解散を命じたとする新証言についても、枝葉末節部分での矛盾を理由に「虚言」と一蹴(いっしゅう)した。上告審では真正面からの判断を期待する。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/081031/trl0810312138023-n1.htm

【主張】沖縄集団自決訴訟 判決と歴史の真実は別だ
沖縄戦で旧日本軍の隊長が集団自決を命じたとする大江健三郎氏の著書「沖縄ノート」などの記述をめぐり、大阪高裁も同地裁同様、大江氏側の主張をほぼ全面的に認める判決を言い渡した。

 訴訟は、大江氏らが沖縄県渡嘉敷・座間味両島での集団自決は隊長の命令によるものと断定的に書いて隊長を断罪した記述の信憑(しんぴょう)性が問われた。

 大阪高裁は「狭い意味での直接的な隊長命令」に限れば、大江氏らの記述に「真実性の証明があるとはいえない」としながら、出版当時(昭和40年代)は隊長命令説が学会の通説であり、不法行為にはあたらないとした。つまり、広い意味では、集団自決は日本軍の強制・命令とする見解もあるのだから、元隊長らの名誉を損ねていないという趣旨である。

 しかし、裁判で争われたのは、あくまで「直接的な隊長命令」の有無だったはずだ。判決は論理が飛躍しているように思える。

 大阪高裁は、産経新聞などが報じた隊長命令を否定する元防衛隊員や元援護担当者らの証言を「明らかに虚言」「全く信用できず」などと決めつけ、証拠採用しなかった。証拠に対する評価も、かなり一方的な判断といえる。

 この種の歴史的な叙述をめぐる名誉回復訴訟では、原告側は「一見して明白に虚偽である」ことを立証しなければ、勝訴できないといわれる。東京で争われた南京の“百人斬り”報道の信憑性をめぐる訴訟でも、原告側は敗訴し、朝日・毎日新聞に対する名誉棄損の訴えは認められなかった。

 だが、“百人斬り”が真実として認められたわけではない。報道に立ち会った元従軍カメラマンらの証言で、“百人斬り”はなかったことがほぼ証明されている。

 今回の沖縄戦集団自決をめぐる訴訟も、大江氏らに対する名誉棄損の法的な訴えが認められなかったに過ぎない。歴史的事実として集団自決が旧日本軍の隊長命令だったと確定したのではない。訴訟の勝ち負けと歴史の真実は、全く別の問題である。

 集団自決をめぐっては、作家の曽野綾子氏が渡嘉敷島などを取材してまとめたノンフィクション「ある神話の背景」で大江氏の記述に疑問を提起したほか、その後も、隊長命令説を否定する実証的な研究が進んでいる。これからも、地道な研究や調査が積み重ねられることを期待したい。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/081101/trl0811010338001-n1.htm


読売新聞・社説
集団自決判決 検定の立場は維持すべきだ
結論は1審判決と変わりはない。しかし、受け止め方によっては、沖縄戦の集団自決をめぐる歴史教科書の記述に、新たな混乱をもたらしかねない判決である。

 集団自決を命じたと虚偽の記述をされ名誉を傷つけられたとし、旧日本軍の守備隊長だった元少佐らが、作家の大江健三郎氏と岩波書店に出版差し止めと損害賠償を求めた控訴審で、大阪高裁は1審判決を支持し、原告の控訴を棄却する判決を言い渡した。

 裁判では、隊長命令説が長い間定説となっていた渡嘉敷島と座間味島の集団自決について、軍命令の有無が争われた。

 控訴審判決は、集団自決に日本軍が深く関(かか)わっていることは否定できず、「これを総体としての日本軍の強制ないし命令と評価する見解もあり得る」とした。1審判決にはなかった見解である。

 集団自決の背景に軍の「関与」があったこと自体を否定する議論は、これまでもなかった。

 昨年春の教科書検定では、沖縄の集団自決に日本軍の「関与」はあったが、「強制」「命令」は明らかでないとする検定意見が付けられた。「関与」と「強制」「命令」を混同した議論など、決してあってはならないことだ。

 一方で判決は、隊長が集団自決を命令したという事実の有無については、断定することはできないとした。

 渡嘉敷島の集団自決の隊長命令説をめぐっては、生存者を取材した作家の曽野綾子氏が1973年に出した著書によって、その根拠が大きく揺らいだ。

 座間味島の守備隊長に、自決用の弾薬をもらいに行って断られたという証言を盛り込んだ本は2000年に刊行されている。

 判決は、新資料が出現して、従来の主張の真実性が揺らいだ場合でも、「社会的な許容の限度を超えると判断される」などの要件を満たさなければ、直ちに書籍の出版を継続することが違法になると解するのは妥当でないとした。

 公共の利害に深く関わる事柄については、論者が萎縮(いしゅく)することなく、批判と再批判を繰り返していくことが、民主主義社会の存続の基盤だとも指摘した。

 「言論の自由」を守るということでは、その通りだ。

 しかし、控訴審判決でも日本軍が集団自決を命令したと断定されなかった以上、「軍の強制」といった記述は認めないとする教科書検定意見の立場は、今後も維持されるべきだろう。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20081031-OYT1T00856.htm

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大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会
http://okinawasen.web5.jp/

大江健三郎コメント
ベルリン自由大学での講義のためにベルリンに滞在しており、判決を直接聞くことができませんでした。いま、私たちの主張が認められたことを喜びます。

 私が38年前にこの『沖縄ノート』を書いたのは、日本の近代化の歴史において、沖縄の人々が荷わされた多様な犠牲を認識し、その責任をあきらかに自覚するために、でした。沖縄戦で渡嘉敷島・座間味島で七百人の島民が、軍の関与によって(私はそれを、次つぎに示された新しい証言をつうじて限りなく強制に近い関与と考えています)集団死をとげたことは、沖縄の人々の犠牲の典型です。それを本土の私らはよく記憶しているか、それを自分をふくめ同時代の日本人に問いかける仕方で、私はこの本を書きました。

 私のこの裁判に向けての基本態度は、いまも読み続けられている『沖縄ノート』を守る、という一作家のねがいです。原告側は、裁判の政治的目的を明言しています。それは「国に殉ずる死」「美しい尊厳死」と、この悲惨な犠牲を言いくるめ、ナショナルな氣運を復興させることです。

 私はそれと戦うことを、もう残り少ない人生の時、また作家としての仕事の、中心におく所存です。


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