国際的な原子力組織
ICRPとECRRの成立の歴史を踏まえ、
「放射線被ばくの基準値」の
歴史の背景を明らかにした、
重要な整理です。
(以下、転載です)
.
「基準値」の正当性を問う
~ICRPとECRRの基本的観点の相違
「季論21」15号 2012冬 (本の泉社)吉木健
.
1936年生まれ、ISO/JISプラスチック専門委員、
環境・環境教育研究会会員。共著「環境リテラシー」
リベルタ出版「地球環境の未来を創造する」旬報社等
撒き散らされた放射性の微粒子は身辺のどこかに潜んで、
やがては誰かの身体に癌を引き起こす。
そういう確率論的な死者を我々は抱え込んだわけで、
その死者は我々自身であり、
我々の子であり孫である(池澤夏樹『春を恨んだりはしない』よ り)
はじめに
福島第一原子力発電所の事故後、福島県内の校庭の利用にかんして、
文部科学省が4月19日に出した「通知」では、
校舎・校庭の暫定的放射線被ばくの基準値は年間1~20ミリシーベルトであった。
児童が遊びまわる校庭の「基準値」が年間20ミリシーベルトでは、
あまりにも高すぎる。
父母の抗議で、年間1ミリシーベルトを目指すことに変更された。
この「基準値」は、国際放射線防護委員会(ICRP)の
「緊急時の被ばく状況における公衆の防護のための助言」
(Publication109, 2008年)によるものであると、「通知」に記されている。
日本政府は、 基本的に、ICRPの基準に依拠している。
場合によっては、ICRPよりも基準が甘いのではないかと思われるところもある。
それにたいして、
低線量の放射線による内部被ばくのリスクを重視しているのが、
欧州放射線リスク委員会(ECRR)である。I
CRPもECRRも非政府系の国際組織であるが、
ECRRは、低線量による内部被ばくを軽視するICRPを批判して組織されたものである。
本稿では、被ばく線量にかんする、
ICRP、ECRRの、「基準値」の考え方を問うことによって、
ICRPとECRRの立ち位置の違いを明らかにしたい。
「基準値」という概念は、
マスコミなどによって一般に使われているが、
ICRPもECRRも、この概念を使用しているわけではない。
ICRPは、
基準については、被ばくの「耐容線量」「許容線量」「等価線量
線量当量」「実効線量」「緊急時の参考 レベル」等々、
歴史的に変遷を重ねて使用している。
ECRRは、
低線量被ばくを重視するが、
「低レベルの被ばく線量を…定量化することの難しさ」を指摘しながらも、
「最大許容線量」として年間0.1ミリシーベルトという
数字をあげている(ECRR2010年勧告)。
これらの放射線被ばく線量にかんする用語として、
「基準値」という言葉を本稿では使用することにする。
「基準値」は、
告示や通知などに一旦設定されて使用されると独り歩きをし、
それ以下ならば安全であるという暗黙の了解を生み出し、
無用な放射能被ばくを容認することにもなりかねない。
とくに低線量被ばくでも、
細胞分裂が激しい幼児や子供たちが、
将来のガンなどのリスクを背負うのできわめて重要である。
「基準値」は、それ以下だと安全であることを意味するものではない。
この放射線被ばくの「基準値」について、
ICRPとECRRの歴史と活動およびその性格を省みることによって、
その正当性を吟味することは喫緊の課題である。
本論考は、主として両組織の関係文書や情報を整理して、
放射線被ばくの基準、 外部被ばくと内部被ばく、
などを「基準値」の正当化の観点から概括し、
また補 足するものである。
1 国際放射線防護委員会(ICRP)の基準値の変遷
ICRPは非政府系組織であるにもかかわらず、放射線汚染を考えるさいに、多く
の国がICRPの基準値に依拠していることもあって、放射線の基準値を考えるさ
いの国際的な「権威」となっている。1956年に、国連科学委員会(UNSCEAR)
が医療における放射線被ばく問題でICRPに報告書作成を依頼したことから始
まって、ICRPは、世界保健機構(WHO)や国際原子力機関(IAEA)とも密接な
協力関係を築いてきた。
だが、ICRPが成立してきた経緯や考え方をみれば、無条件にICRPの基準値を受
け入れてよいのかどうか疑問である。ICRPが成立してきた経緯については、中
川保雄『放射線被曝の歴史』(増補版、明石書店、2011年)が詳述しているの
で、おもにそれによって、ICRPの歴史を概観しておきたい。
(1) ICRPの成立と1950年勧告
第二次世界大戦勃発後の核兵器開発のマンハッタン計画開始で原子力産業が誕
生し、放射線の被ばくをこうむる労働者が多くなった。既存のアメリカX線及
びラジウム防護諮問委員会にマンハッタン計画の関係者を加えて、1946年に米
国放射線防護委員会(NCRP)が成立した。NCRPは、マッハッタン計画にかか
わったイギリス、カナダの三国協議で協力を得て、国際的放射線防護基準作づ
くりの「国際放射線防護委員会」(ICRP)を誕生させた(初の公式会議、1950
年)。
第二次世界大戦前の職業人の放射線外部被ばくの防護基準は、米国X線および
ラジウム防護諮問委員会が定めた年間約500ミリシーベルトである。この基準
が原爆開発の被ばく管理にも適用された。しかし、ショウジョウバエの実験で
放射線による突然変異が発見されたことに端を発し、放射線被ばくが遺伝的影
響を起こすこと、またその影響が被ばく線量に比例することに強く懸念を抱い
た遺伝学者が、ICRPの基準値の「耐容線量」の高さを強く批判した。この批判
によって、この値より以下であれば放射線は何らの生物学的・医学的悪影響を
及ぼさないと考えられた「耐容線量」は10分の1に引き下げられた(1940年)
が、原爆の開発体制の本格的構築とからんで、マッハッタン計画にかかわった
人たちの強引な巻き返しにあい、年間500ミリシーベルトに戻された(1946
年)。
NCRPの外部被ばく許容線量の小委員会は、その後放射線突然変異の発見で、閾
値の「耐容線量」を放棄して、新たに「許容線量」の考え方を導入して、線量
値を約3分の1(年間150ミリシーベルト相当)に引き下げた。「許容線量」は
被ばくを前提にして、許容できるとみなされる被ばく線量のことである。「許
容線量」は、原子力を積極的に推進するために被ばく者に一定程度耐えさせる
「がまん線量」といえよう。
NCRPの中の重要な小委員会には、外部放射線被ばくの限度に関する第一委員会
と内部放射線被ばくのリスクに関係する第二委員会の二つがあった。第二委員
会は、内部被ばくのリスクについては、体内の臓器や細胞への内部被ばく源と
なる各種の放射性同位体(アイソトープ)による被ばく量やリスクの値が正し
いとみなすのがきわめて難しく、その解決に時間がかかっていた。これにしび
れを切らしたNCRPは、第二委員会の審議を打ち切ってしまった。ECRRは、この
審議打ち切りが、その後「放射線リスクのブラックボックス(すなわち内部被
ばく)が封印された、まさにその瞬間であった」とみなしている(ECRR
2003年勧告)。
*1 シーベルト(Sv)は人体などが吸収した放射線の生物学的影響度を数値化し
たものである。放射線は物質を通過するときにそのエネルギーが吸収される
(ただしすべてではない)。吸収された生物学的影響のエネルギーの尺度が
「線量当量」で、人体が吸収した放射線のエネルギー(単位グレイ(Gy)を放射
線の種類毎に定めた放射線荷重係数を掛けて算出される。影響を受ける体の部
位ごとの乗数を掛けて算出されるのが「実効線量」である。いずれも単位は
シーベルト(Sv)。
成立したICRPでは、遺伝的影響の評価については内部対立があったが、最終的
に妥協が図られて職業人の10分の1の年間5ミリシーベルトで合意が図られ
た。だが、アメリカの原子力委員会(AEC)は、これを承服できないとしICRPの
1950年勧告には一般人の「許容線量」は盛られず、「被爆を可能な最低レベル
まで引き下げる努力を払うべきである」とされた。
1954年に、アメリカの広島原爆の1,000倍の破壊力を持つ水爆の実験を行い、
ビキニ環礁の住民243人が被ばくした。米原子力委員会は、ビキニ環礁のロゲ
ラップ島民が外部からのガンマ線だけでも1750ミリシーベルト以上をあびたこ
とは認めたが、140ミリシーベルトの被ばくを受けた島の住民157人は、ICRPの
1950年勧告の職業人の許容線量150ミリシーベルト以下であったために「安
全」とされ、被ばく者扱いを受けなかった。
日本のマグロ漁船第五福竜丸の乗組員も被ばくし、通信員の久保山愛吉さんは
急性被ばくで帰らぬ人となった。漁船の乗組員23人の外部からの被ばくは、ガ
ンマ線だけでもおよそ2ミリシーベルトであり、ロゲラップ島民の被ばく量に
比べて数値は小さいが、それでも死者をだしたほどの高濃度の放射線汚染がア
メリカの水爆実験であった。
「安全」とされたビキニ環礁の被ばく住民には
流産・私産の急増や甲状腺異常やガンの転移が見られ、米原子力委員会はこの
事実を認めた。住民は外部被ばくだけでなく島で栽培された食品を食べて内部
被ばくも受けた。
水爆実験の結果の影響を受けて、ICRPは1954年勧告で、一般人の外部被ばくの
「許容線量」として年間5ミリシーベルトを勧告した。1958年勧告では、「原
子力発電所時代の幕開け」に照応する放射線被ばくの哲学=「危険な被ばく
も、原子力応用から得られる利益のために、容認され正当化される」とするリ
スク-ベネフィット論を導入した。
リスク-ベネフィット論は、ベネフィットのためにはある程度リスクを容認し
なければならないという考え方であり、さらに、このリスクとベネフィットの
バランスをコストの観点から決めようとする「コスト-ベネフィット分析」が
ICRPにも取り入れられ、1977年勧告で明示されることになった。これにはリス
ク-ベネフィット論ではリスクの定量的説明がなければその有用性は皆無に等
しいとの科学者からの批判が背後にあった。
被ばく基準の変遷:職業人500mSv (1934 ) ・ 50mSv (1940) ・ 500mSv
(1941 ) ・150mSv (1950)
一般人 15mSv (1949) ・ なし(1950) *1 mSv=ミリシーベルト
(2) 1977年勧告から1990年勧告へ
― 二重基準による「基準値」の緩和
コスト-ベネフィット論に従って被ばく基準の緩和を質的に違った形で進める
ために、ICRPは、職業人にも「許容線量」に代えて「線量当量」を使用するこ
とにしたが、リスク評価を変えなかったので、その限度はそれまでの「許容線
量」の値とされた。さらに「許容線量」に代えて「*2実効線量当量」の新概念
も導入された。これによって、例えば原子力発電所建屋内等の空気中の放射能
の濃度基準がマンガン54では13倍緩和され、それだけ多くの被ばくの増大を許
すことになった。
*2 「実効線量当量」は体の各部分の被曝を総合的に表すために、各臓器に合
わせると1になる「臓器加重係数」を割り振り、各臓器の被曝線量に加重係数
を掛けて、さらにそれらすべて加算したもので不均一や部分的な被曝を、全身
均等換算にした被曝線量といってよい。単位はシーベルト。
1977年勧告における線量当量限度
職業人は年間五〇mSv
一般人は、年間 五mSv
アメリカのスリーマイル島原発の過酷事故が1979年に発生した。また広島・長
崎の原爆投下の40年後のガン・白血病急増の事実や原爆から放出された中性子
線やガンマ線の推定値の誤りが分かり、原爆による被ばくの放射線量が大幅に
少ないことが明らかとなった。これを受けてリスク評価の見直しは必至の状況
となり、ICRPは1985年に一般人の被ばく基準を年間5ミリシーベルトから1ミリ
シーベルトに引き下げた「パリ声明」を出した。だが、「パリ声明」では、
「主限度は1年につき5ミリシーベルト」としながらも、「生涯にわたる平均の
年実効線量当量が主限度を超えることのないかぎり、1年につき5ミリシーベル
トという補助限度を用いることが許される」という二重基準が導入されている。
スリーマイル島原発の過酷事故に続いて1986年には、チェルノブイリ原発の過
酷事故が起こった。原発の過酷事故の広範囲な汚染で、ソ連は避難の基準値を
年間5ミリシーベルトと設定、これを国際原子力機関(IAEA)、世界保健機構
(WHO)、ICRPは全面的に支持した。その結果一旦原子力発電所事故が発生す
れば、もはや1985年の「パリ声明」における一般人年間1ミリシーベルトが適
用されないことが明らかとなった。それにもかかわらず、1987年の「コモ会
議」の声明では、被ばく限度は、年間1ミリシーベルトに引き下げたので続い
て引き下げる必要がないとみなして、事実上の二重基準のままに据え置かれる
ことになった。
「コモ声明」を受けて出された1990年勧告は、職業人の「実効線量当量限度」
は二重基準で、年間50ミリシーベルトに据え置きながら5年で100ミリシーベル
トの積算線量限度を併設している。一般人の「実効線量当量限度」にかんして
も、年間1ミリシーベルト、または特別な状況では5ミリシーベルトも許容され
るが、5年平均で1ミリシーベルトを超えないというかたちで、二重基準が踏襲
され、定着されることになった。1990年勧告は、現在でも、ICRPの被ばく基準
となっている。1990年勧告では、「確率的影響」にかんしては、「おそらく閾
値がない」とみなしている。一般人の年間1ミリシーベルトという「実効線量
当量限度」は、10万人に5人がガンで死亡する割合であり、容認されうるとみ
なされた。
福島原発事故が起こるとICRPは、3月21日に議長と科学幹事名で文書を配布し
た。文書は個別の事象にコメントすることはないと断りながら、ICRPの2007年
勧告に従うことを実質的に勧告してきた。
この2007年勧告は、基本的には1990年勧告を踏襲したものであるが、緊急時の
被ばく基準が「参考レベル」として具体化されている。その「参考レベル」
は、年間100ミリシーベルト以上の高い線量はガンなどの「確定的影響」があ
るとし、年間100ミリシーベルトを閾値とみなしたたうえで、被ばく低減にか
かわる対策が崩壊している状況の原発事故などの場合は年間20~100ミリシー
ベルト、事故後の復旧段階などの場合は年間1~20ミリシーベルトを設定して
いる。4月19日に文科省が出した「通知」は、このICRPの2007年の「参考レベ
ル」に基づいているのである。
2 低線量被ばくを重視する欧州放射線リスク委員会(ECRR)
(1)ECRRの誕生と勧告
ECRRは、欧州議会が欧州原子力共同体の放射性廃棄物をリサイクル利用する指
針を審議したさいに、欧州議会内の緑グループによって開催されたブリュッセ
ル会議における議決にのっとり、1997年に設立された非政府系組織である。
ECRRは、検討課題として、
(1)放射線被ばくがもたらすリスクの全体について、独立に評価すること、
(2)放射線被ばくがもたらす損害について、最良の科学的予測モデルを開発
すること、
(3)科学的知識の現状や生きた経験、予防原則に基づいて、政策的勧告の基
礎を形成す
る倫理学的分析と哲学的枠組みを生み出すこと、
(4)リスクと損害のモデルを示すことをあげている。
そのために、国際放射線防護委員会(ICRP)や国連科学委員会(UNSCEAR)、
欧州委員会、またEU加盟国のリスク評価機関から独立性を保たなければなら
ないと自己規定している。
一九九〇年勧告における実効線量当量限度
職業人は、規制機関が定める5年平均20mSv、または1年最大50mSv
一般人は、年間1mSv、または特別な状況では5mSvも許容されるが、5年
平均で1mSvを超えない
ECRRは、2003年勧告「放射線防護のための低線量電離放射線被ばくの健康影響
―規制当局者のために」、およびその改訂版である2010年勧告「低線量電離放
射線被ばくの健康影響―規制当局者のために」、および両勧告の間の2006年に
『20年後のチェルノブイリ――チェルノブイリ事故のもたらす健康への影響』
を出版している。ECRRが「勧告」で関心を向けたのは、「もともとICRPの批判
ではなく、現代的な低レベル放射線にたいするリスクモデルを歴史的な脈略の
なかに位置づける」ことにあった(ECRR
2003年勧告)。このような観点から、放射線の低線量被ばくについて、「ICRP
のリスクモデル」にたいして、「ECRRのリスクモデル」を対置したのである。
(2)ECRRの2010年勧告の概要
2003年の勧告の改訂版で、『20年後のチェルノブイリ――チェルノブイリ事故
のもたらす健康への影響』も取り入れ、電離放射線被ばくが人間の健康に及ぼ
す効果に関する概要とリスク評価についての新しいモデルを公表した。モデル
の開発では、普及しているICRPの現在のリスクモデルを分析した。ICRPモデル
は体内に取り入れた放射性同位元素による被ばくに適用するのには、基本的に
欠陥をもっている。しかし、歴史的に作り上げられてきた現存の被ばくデータ
を扱っており、実際に使用されているので、ECRRは、例えば内部被ばくにたい
しては、同位体と放射線毎に特別な加重係数を定義して、ICRPモデルにある誤
り修正してより正しく使えるようにしている*3。
*3 実効線量計算でICRPの低線量被ばく(内部被ばく)における同位体別の、
経口摂取と呼吸器経由の吸入摂取に対する線量係数を年齢別に示した表を付録
Aとして添付している。一般的な全実効線量は、外部からの実効線量とこの表
の線量係数を用いた個人別、年齢別の内部からの実効線量の和として計算でき
る。
主な要点は、次の通りである。
(1)人間活動にかかわる放射線源によって体内に取り込まれた放射性同位元
素で被ばくした集団において、とくにガンや白血病などの疾病のリスクが増加
している疫学的証拠と「ICRPのリスクモデル」との間には不一致があることを
確認し、「ICRPのリスクモデル」は、科学的方法で作成されたものではないと
の結論に達した。とくにICRPは、急性の外部放射線被ばくの結果を、複数の点
線源からの慢性的な内部被ばくにも適用し、もっぱら放射線作用の物理的モデ
ルに頼っている。これは平均化によるモデルであり、細胞レベルで生じる蓋然
的な被ばくには適用できない。細胞は放射線にヒットされるか、されないか
で、最小の衝撃は一回の命中(ヒット)であり、その影響は命中の回数が増え
ることによって増加する。体内の線源からの放射線リスクの評価は、内部被ば
くの疫学的証拠を、物理的モデルよりも優先させなくてはならない。
(2)コスト-ベネフィット分析に基づいて、放射線被ばくの問題にアプロー
チするICRPの功利主義的な態度を批判する。ECRRは、「すべての者は、生命、
自由および身体の安全についての権利を有する」という「国連人権宣言」の第
三条や、科学的データの細部に不確かさが残るとしても、「深刻なまたは不可
逆的な被害の恐れがある場合」には予防的対策をとらなければならないという
予防原則にしたがって、放射線被ばくの問題を考える必要があると主張する。
ECRRは、同意のない放射線被ばくは、最低の線量であっても、致死的な危害の
確率があるので倫理的に正当化できないことを主張する。
(3)国連が発表した1989年までの人口に対する被ばく線量を元に、ICRPのモ
デルで計算すると、原子力のためにガンで死亡した人間は117万6300人とな
る。一方、ECRRのモデルで計算すると、6160万の人々がガンで死亡しており、
また子ども160万人、胎児190万人が死亡していると推された。さらに、ECRRの
モデルでは、世界的に大気圏内で核実験が行われ、その降下物で被ばくした
人々が罹患した全ての疾病をすべて合わせると、10%が健康状態を失っている
と推測する。
(4)ECRRは、一般人の被ばく限度を年間0.1ミリシーベルト以下に引き下げ
ること、原子力産業の労働者の被ばく限度を年間5ミリシーベルトに引き下げ
ることを勧告する。
(3) 功利主義ではなく権利にもとづく被ばく問題の考え方
国際的権威がある組織の地位を獲得したとされたICRPの歴史は、アメリカの原
爆や原発の開発までさかのぼる。この歴史をもつICRPの勧告の放射線被ばく基
準は、功利主義にもとづいて原子力推進を妨げぬ範囲で決められてきている。
当初は原子力産業従事の労働者の基準を平常時で年間500ミリシーベルトとし
ていたが、遺伝学者のなどの外部からの批判に会い、またビキニの水爆実験に
よる死の灰について、日本から世界へ向けた抗議のアピール、スリーマイル島
やチェルノブイリの原発の過酷事故による被ばく問題などから、職業人の被ば
く基準は、年間150ミリシーベルト、さらに年間50ミリシーベルトへと引き下
げを余儀なくされてきた。
一般人の基準は、職業人に遅れて一九五四年に勧告された。「基準値」の引き
下げはつねに原爆投下とその実験や原発の事故等による被ばく者の犠牲などの
うえに行われてきた。しかも、引き下げとはいえ、「耐容線量」から「許容線
量」への変更や「等価線量」「実効線量」「実効線量当量」の導入など、基準
を複雑化させて実質的には引き上げになるごまかしをおこなってきたのが実態
である。ICRPの「基準値」は、このような用語や概念の歴史をたどれば、けっ
して正当化できるものではなく、その歴史は、放射線被ばくの過小評価の歴史
でもあった。
職業人と一般人の被ばくの基準が一桁以上異なるが、生命や健康を守るという
人権の観点からみれば、その根拠はあいまいである。ベネフィットのためには
やむを得ないとみなす功利主義的見地に基づいているからである。
それにたいして、ECRRは、「ICRPのリスクモデルは、DNAの構造が発見される
以前につくられた」(「レスボス宣言」2009年)ことを指摘し、低線量被ばく
による内部被ばくを重視し、勧告のタイトルに示す、「低線量電離放射線被ば
くの健康影響」にかかわる新たなモデルを提出した。ECRRの放射線防護は、人
間の生命と健康を大切にするという人権を基礎にしているのである。
おわりに
ECRRの2010年勧告では、一般人の被ばく限度を0.1ミリシーベルト以下とし、
原子力産業の労働者の被ばく限度を年間5ミリシーベルトに引き下げることを
勧告しているが、厳密に言えば、ICRPの基準と同様、全ての基準はその時点の
暫定的基準であり、今後もつねに暫定基準であり続ける。もし「高線量放射線
を瞬間放射するより長時間、低線量放射線を照射する方が容易く細胞膜を破壊
する」という*4ペトカウ効果を、予防原則を適用して認めれば、唯ひとつ「限
りなくゼロを目指す」ことが基準とならなければならない。
放射線で被ばくした福島では、放射能ゼロの米作りが始まり、2011年に収穫さ
れた米は暫定基準値500ベクレル/1キログラムをはるか下回る*5検出なしだっ
たが、ゼロではない。消費者は、ゼロ以外は受け入れない。ゼロを目指した厳
しい米作りがすでに始まっている。
*4 カナダのアブラム・ペトカウが1972年に牛の脳にX線を照射して発見した
効果で、微量の放射線=低線量で細胞膜は容易に破壊され、長時間照射で細胞
膜に欠陥ができやすくなるとする。米プルトニウム工場の労働者が最小限の低
線量被ばくにもかかわらずガン発生が高く、最大許容量を20倍引き下げる勧告
された等の研究事例などを引用して、人間へのペトカウ効果が立証されたとさ
れている。(「人間と環境への低レベル放射能の脅威」
ラルフ・グロイブ/アーネスト・スターングラス あけび書房 2011)。
*5 測定限界は測定器、測定時間などの測定条件等により異なり、不検知
(ND)は測定器の能力限界を示している。なお日本の暫定基準値は、極めて高
く設定されており、その是正が俎上に上っており速やかにこの基準に沿って実
施されることが望まれる。
原発で撒き散らされた放射性物質は、確率的に、ガンなどの疾病のリスクを与
えてしまった。これを冷静に受け止めて消費者も生産者もこれからの時代を生
きていかなければならない。消費者も生産者も、できる限り放射線被ばくを回
避し、また免疫力を高める生活(肥田舜太郎氏が言うように、バランスのとれ
た食事、ストレスを少なく、早寝早起きなど)を心がけて未来のリスクを最小
限にすることが重要になるであろう。
*「パリ声明」では、
「主限度は1年につき5ミリシーベルト」としながらも、
「生涯にわたる平均の年実効線量当量が
主限度を超えることのないかぎり、
1 年につき5ミリシーベルトという補助限度を用いることが
許される」という二重基準が導入されている。
___の最初の「主限度」は、5→1ミリシーベルトだと思われます。
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ICRPとECRRの成立の歴史を踏まえ、
「放射線被ばくの基準値」の
歴史の背景を明らかにした、
重要な整理です。
(以下、転載です)
.
「基準値」の正当性を問う
~ICRPとECRRの基本的観点の相違
「季論21」15号 2012冬 (本の泉社)吉木健
.
1936年生まれ、ISO/JISプラスチック専門委員、
環境・環境教育研究会会員。共著「環境リテラシー」
リベルタ出版「地球環境の未来を創造する」旬報社等
撒き散らされた放射性の微粒子は身辺のどこかに潜んで、
やがては誰かの身体に癌を引き起こす。
そういう確率論的な死者を我々は抱え込んだわけで、
その死者は我々自身であり、
我々の子であり孫である(池澤夏樹『春を恨んだりはしない』よ り)
はじめに
福島第一原子力発電所の事故後、福島県内の校庭の利用にかんして、
文部科学省が4月19日に出した「通知」では、
校舎・校庭の暫定的放射線被ばくの基準値は年間1~20ミリシーベルトであった。
児童が遊びまわる校庭の「基準値」が年間20ミリシーベルトでは、
あまりにも高すぎる。
父母の抗議で、年間1ミリシーベルトを目指すことに変更された。
この「基準値」は、国際放射線防護委員会(ICRP)の
「緊急時の被ばく状況における公衆の防護のための助言」
(Publication109, 2008年)によるものであると、「通知」に記されている。
日本政府は、 基本的に、ICRPの基準に依拠している。
場合によっては、ICRPよりも基準が甘いのではないかと思われるところもある。
それにたいして、
低線量の放射線による内部被ばくのリスクを重視しているのが、
欧州放射線リスク委員会(ECRR)である。I
CRPもECRRも非政府系の国際組織であるが、
ECRRは、低線量による内部被ばくを軽視するICRPを批判して組織されたものである。
本稿では、被ばく線量にかんする、
ICRP、ECRRの、「基準値」の考え方を問うことによって、
ICRPとECRRの立ち位置の違いを明らかにしたい。
「基準値」という概念は、
マスコミなどによって一般に使われているが、
ICRPもECRRも、この概念を使用しているわけではない。
ICRPは、
基準については、被ばくの「耐容線量」「許容線量」「等価線量
線量当量」「実効線量」「緊急時の参考 レベル」等々、
歴史的に変遷を重ねて使用している。
ECRRは、
低線量被ばくを重視するが、
「低レベルの被ばく線量を…定量化することの難しさ」を指摘しながらも、
「最大許容線量」として年間0.1ミリシーベルトという
数字をあげている(ECRR2010年勧告)。
これらの放射線被ばく線量にかんする用語として、
「基準値」という言葉を本稿では使用することにする。
「基準値」は、
告示や通知などに一旦設定されて使用されると独り歩きをし、
それ以下ならば安全であるという暗黙の了解を生み出し、
無用な放射能被ばくを容認することにもなりかねない。
とくに低線量被ばくでも、
細胞分裂が激しい幼児や子供たちが、
将来のガンなどのリスクを背負うのできわめて重要である。
「基準値」は、それ以下だと安全であることを意味するものではない。
この放射線被ばくの「基準値」について、
ICRPとECRRの歴史と活動およびその性格を省みることによって、
その正当性を吟味することは喫緊の課題である。
本論考は、主として両組織の関係文書や情報を整理して、
放射線被ばくの基準、 外部被ばくと内部被ばく、
などを「基準値」の正当化の観点から概括し、
また補 足するものである。
1 国際放射線防護委員会(ICRP)の基準値の変遷
ICRPは非政府系組織であるにもかかわらず、放射線汚染を考えるさいに、多く
の国がICRPの基準値に依拠していることもあって、放射線の基準値を考えるさ
いの国際的な「権威」となっている。1956年に、国連科学委員会(UNSCEAR)
が医療における放射線被ばく問題でICRPに報告書作成を依頼したことから始
まって、ICRPは、世界保健機構(WHO)や国際原子力機関(IAEA)とも密接な
協力関係を築いてきた。
だが、ICRPが成立してきた経緯や考え方をみれば、無条件にICRPの基準値を受
け入れてよいのかどうか疑問である。ICRPが成立してきた経緯については、中
川保雄『放射線被曝の歴史』(増補版、明石書店、2011年)が詳述しているの
で、おもにそれによって、ICRPの歴史を概観しておきたい。
(1) ICRPの成立と1950年勧告
第二次世界大戦勃発後の核兵器開発のマンハッタン計画開始で原子力産業が誕
生し、放射線の被ばくをこうむる労働者が多くなった。既存のアメリカX線及
びラジウム防護諮問委員会にマンハッタン計画の関係者を加えて、1946年に米
国放射線防護委員会(NCRP)が成立した。NCRPは、マッハッタン計画にかか
わったイギリス、カナダの三国協議で協力を得て、国際的放射線防護基準作づ
くりの「国際放射線防護委員会」(ICRP)を誕生させた(初の公式会議、1950
年)。
第二次世界大戦前の職業人の放射線外部被ばくの防護基準は、米国X線および
ラジウム防護諮問委員会が定めた年間約500ミリシーベルトである。この基準
が原爆開発の被ばく管理にも適用された。しかし、ショウジョウバエの実験で
放射線による突然変異が発見されたことに端を発し、放射線被ばくが遺伝的影
響を起こすこと、またその影響が被ばく線量に比例することに強く懸念を抱い
た遺伝学者が、ICRPの基準値の「耐容線量」の高さを強く批判した。この批判
によって、この値より以下であれば放射線は何らの生物学的・医学的悪影響を
及ぼさないと考えられた「耐容線量」は10分の1に引き下げられた(1940年)
が、原爆の開発体制の本格的構築とからんで、マッハッタン計画にかかわった
人たちの強引な巻き返しにあい、年間500ミリシーベルトに戻された(1946
年)。
NCRPの外部被ばく許容線量の小委員会は、その後放射線突然変異の発見で、閾
値の「耐容線量」を放棄して、新たに「許容線量」の考え方を導入して、線量
値を約3分の1(年間150ミリシーベルト相当)に引き下げた。「許容線量」は
被ばくを前提にして、許容できるとみなされる被ばく線量のことである。「許
容線量」は、原子力を積極的に推進するために被ばく者に一定程度耐えさせる
「がまん線量」といえよう。
NCRPの中の重要な小委員会には、外部放射線被ばくの限度に関する第一委員会
と内部放射線被ばくのリスクに関係する第二委員会の二つがあった。第二委員
会は、内部被ばくのリスクについては、体内の臓器や細胞への内部被ばく源と
なる各種の放射性同位体(アイソトープ)による被ばく量やリスクの値が正し
いとみなすのがきわめて難しく、その解決に時間がかかっていた。これにしび
れを切らしたNCRPは、第二委員会の審議を打ち切ってしまった。ECRRは、この
審議打ち切りが、その後「放射線リスクのブラックボックス(すなわち内部被
ばく)が封印された、まさにその瞬間であった」とみなしている(ECRR
2003年勧告)。
*1 シーベルト(Sv)は人体などが吸収した放射線の生物学的影響度を数値化し
たものである。放射線は物質を通過するときにそのエネルギーが吸収される
(ただしすべてではない)。吸収された生物学的影響のエネルギーの尺度が
「線量当量」で、人体が吸収した放射線のエネルギー(単位グレイ(Gy)を放射
線の種類毎に定めた放射線荷重係数を掛けて算出される。影響を受ける体の部
位ごとの乗数を掛けて算出されるのが「実効線量」である。いずれも単位は
シーベルト(Sv)。
成立したICRPでは、遺伝的影響の評価については内部対立があったが、最終的
に妥協が図られて職業人の10分の1の年間5ミリシーベルトで合意が図られ
た。だが、アメリカの原子力委員会(AEC)は、これを承服できないとしICRPの
1950年勧告には一般人の「許容線量」は盛られず、「被爆を可能な最低レベル
まで引き下げる努力を払うべきである」とされた。
1954年に、アメリカの広島原爆の1,000倍の破壊力を持つ水爆の実験を行い、
ビキニ環礁の住民243人が被ばくした。米原子力委員会は、ビキニ環礁のロゲ
ラップ島民が外部からのガンマ線だけでも1750ミリシーベルト以上をあびたこ
とは認めたが、140ミリシーベルトの被ばくを受けた島の住民157人は、ICRPの
1950年勧告の職業人の許容線量150ミリシーベルト以下であったために「安
全」とされ、被ばく者扱いを受けなかった。
日本のマグロ漁船第五福竜丸の乗組員も被ばくし、通信員の久保山愛吉さんは
急性被ばくで帰らぬ人となった。漁船の乗組員23人の外部からの被ばくは、ガ
ンマ線だけでもおよそ2ミリシーベルトであり、ロゲラップ島民の被ばく量に
比べて数値は小さいが、それでも死者をだしたほどの高濃度の放射線汚染がア
メリカの水爆実験であった。
「安全」とされたビキニ環礁の被ばく住民には
流産・私産の急増や甲状腺異常やガンの転移が見られ、米原子力委員会はこの
事実を認めた。住民は外部被ばくだけでなく島で栽培された食品を食べて内部
被ばくも受けた。
水爆実験の結果の影響を受けて、ICRPは1954年勧告で、一般人の外部被ばくの
「許容線量」として年間5ミリシーベルトを勧告した。1958年勧告では、「原
子力発電所時代の幕開け」に照応する放射線被ばくの哲学=「危険な被ばく
も、原子力応用から得られる利益のために、容認され正当化される」とするリ
スク-ベネフィット論を導入した。
リスク-ベネフィット論は、ベネフィットのためにはある程度リスクを容認し
なければならないという考え方であり、さらに、このリスクとベネフィットの
バランスをコストの観点から決めようとする「コスト-ベネフィット分析」が
ICRPにも取り入れられ、1977年勧告で明示されることになった。これにはリス
ク-ベネフィット論ではリスクの定量的説明がなければその有用性は皆無に等
しいとの科学者からの批判が背後にあった。
被ばく基準の変遷:職業人500mSv (1934 ) ・ 50mSv (1940) ・ 500mSv
(1941 ) ・150mSv (1950)
一般人 15mSv (1949) ・ なし(1950) *1 mSv=ミリシーベルト
(2) 1977年勧告から1990年勧告へ
― 二重基準による「基準値」の緩和
コスト-ベネフィット論に従って被ばく基準の緩和を質的に違った形で進める
ために、ICRPは、職業人にも「許容線量」に代えて「線量当量」を使用するこ
とにしたが、リスク評価を変えなかったので、その限度はそれまでの「許容線
量」の値とされた。さらに「許容線量」に代えて「*2実効線量当量」の新概念
も導入された。これによって、例えば原子力発電所建屋内等の空気中の放射能
の濃度基準がマンガン54では13倍緩和され、それだけ多くの被ばくの増大を許
すことになった。
*2 「実効線量当量」は体の各部分の被曝を総合的に表すために、各臓器に合
わせると1になる「臓器加重係数」を割り振り、各臓器の被曝線量に加重係数
を掛けて、さらにそれらすべて加算したもので不均一や部分的な被曝を、全身
均等換算にした被曝線量といってよい。単位はシーベルト。
1977年勧告における線量当量限度
職業人は年間五〇mSv
一般人は、年間 五mSv
アメリカのスリーマイル島原発の過酷事故が1979年に発生した。また広島・長
崎の原爆投下の40年後のガン・白血病急増の事実や原爆から放出された中性子
線やガンマ線の推定値の誤りが分かり、原爆による被ばくの放射線量が大幅に
少ないことが明らかとなった。これを受けてリスク評価の見直しは必至の状況
となり、ICRPは1985年に一般人の被ばく基準を年間5ミリシーベルトから1ミリ
シーベルトに引き下げた「パリ声明」を出した。だが、「パリ声明」では、
「主限度は1年につき5ミリシーベルト」としながらも、「生涯にわたる平均の
年実効線量当量が主限度を超えることのないかぎり、1年につき5ミリシーベル
トという補助限度を用いることが許される」という二重基準が導入されている。
スリーマイル島原発の過酷事故に続いて1986年には、チェルノブイリ原発の過
酷事故が起こった。原発の過酷事故の広範囲な汚染で、ソ連は避難の基準値を
年間5ミリシーベルトと設定、これを国際原子力機関(IAEA)、世界保健機構
(WHO)、ICRPは全面的に支持した。その結果一旦原子力発電所事故が発生す
れば、もはや1985年の「パリ声明」における一般人年間1ミリシーベルトが適
用されないことが明らかとなった。それにもかかわらず、1987年の「コモ会
議」の声明では、被ばく限度は、年間1ミリシーベルトに引き下げたので続い
て引き下げる必要がないとみなして、事実上の二重基準のままに据え置かれる
ことになった。
「コモ声明」を受けて出された1990年勧告は、職業人の「実効線量当量限度」
は二重基準で、年間50ミリシーベルトに据え置きながら5年で100ミリシーベル
トの積算線量限度を併設している。一般人の「実効線量当量限度」にかんして
も、年間1ミリシーベルト、または特別な状況では5ミリシーベルトも許容され
るが、5年平均で1ミリシーベルトを超えないというかたちで、二重基準が踏襲
され、定着されることになった。1990年勧告は、現在でも、ICRPの被ばく基準
となっている。1990年勧告では、「確率的影響」にかんしては、「おそらく閾
値がない」とみなしている。一般人の年間1ミリシーベルトという「実効線量
当量限度」は、10万人に5人がガンで死亡する割合であり、容認されうるとみ
なされた。
福島原発事故が起こるとICRPは、3月21日に議長と科学幹事名で文書を配布し
た。文書は個別の事象にコメントすることはないと断りながら、ICRPの2007年
勧告に従うことを実質的に勧告してきた。
この2007年勧告は、基本的には1990年勧告を踏襲したものであるが、緊急時の
被ばく基準が「参考レベル」として具体化されている。その「参考レベル」
は、年間100ミリシーベルト以上の高い線量はガンなどの「確定的影響」があ
るとし、年間100ミリシーベルトを閾値とみなしたたうえで、被ばく低減にか
かわる対策が崩壊している状況の原発事故などの場合は年間20~100ミリシー
ベルト、事故後の復旧段階などの場合は年間1~20ミリシーベルトを設定して
いる。4月19日に文科省が出した「通知」は、このICRPの2007年の「参考レベ
ル」に基づいているのである。
2 低線量被ばくを重視する欧州放射線リスク委員会(ECRR)
(1)ECRRの誕生と勧告
ECRRは、欧州議会が欧州原子力共同体の放射性廃棄物をリサイクル利用する指
針を審議したさいに、欧州議会内の緑グループによって開催されたブリュッセ
ル会議における議決にのっとり、1997年に設立された非政府系組織である。
ECRRは、検討課題として、
(1)放射線被ばくがもたらすリスクの全体について、独立に評価すること、
(2)放射線被ばくがもたらす損害について、最良の科学的予測モデルを開発
すること、
(3)科学的知識の現状や生きた経験、予防原則に基づいて、政策的勧告の基
礎を形成す
る倫理学的分析と哲学的枠組みを生み出すこと、
(4)リスクと損害のモデルを示すことをあげている。
そのために、国際放射線防護委員会(ICRP)や国連科学委員会(UNSCEAR)、
欧州委員会、またEU加盟国のリスク評価機関から独立性を保たなければなら
ないと自己規定している。
一九九〇年勧告における実効線量当量限度
職業人は、規制機関が定める5年平均20mSv、または1年最大50mSv
一般人は、年間1mSv、または特別な状況では5mSvも許容されるが、5年
平均で1mSvを超えない
ECRRは、2003年勧告「放射線防護のための低線量電離放射線被ばくの健康影響
―規制当局者のために」、およびその改訂版である2010年勧告「低線量電離放
射線被ばくの健康影響―規制当局者のために」、および両勧告の間の2006年に
『20年後のチェルノブイリ――チェルノブイリ事故のもたらす健康への影響』
を出版している。ECRRが「勧告」で関心を向けたのは、「もともとICRPの批判
ではなく、現代的な低レベル放射線にたいするリスクモデルを歴史的な脈略の
なかに位置づける」ことにあった(ECRR
2003年勧告)。このような観点から、放射線の低線量被ばくについて、「ICRP
のリスクモデル」にたいして、「ECRRのリスクモデル」を対置したのである。
(2)ECRRの2010年勧告の概要
2003年の勧告の改訂版で、『20年後のチェルノブイリ――チェルノブイリ事故
のもたらす健康への影響』も取り入れ、電離放射線被ばくが人間の健康に及ぼ
す効果に関する概要とリスク評価についての新しいモデルを公表した。モデル
の開発では、普及しているICRPの現在のリスクモデルを分析した。ICRPモデル
は体内に取り入れた放射性同位元素による被ばくに適用するのには、基本的に
欠陥をもっている。しかし、歴史的に作り上げられてきた現存の被ばくデータ
を扱っており、実際に使用されているので、ECRRは、例えば内部被ばくにたい
しては、同位体と放射線毎に特別な加重係数を定義して、ICRPモデルにある誤
り修正してより正しく使えるようにしている*3。
*3 実効線量計算でICRPの低線量被ばく(内部被ばく)における同位体別の、
経口摂取と呼吸器経由の吸入摂取に対する線量係数を年齢別に示した表を付録
Aとして添付している。一般的な全実効線量は、外部からの実効線量とこの表
の線量係数を用いた個人別、年齢別の内部からの実効線量の和として計算でき
る。
主な要点は、次の通りである。
(1)人間活動にかかわる放射線源によって体内に取り込まれた放射性同位元
素で被ばくした集団において、とくにガンや白血病などの疾病のリスクが増加
している疫学的証拠と「ICRPのリスクモデル」との間には不一致があることを
確認し、「ICRPのリスクモデル」は、科学的方法で作成されたものではないと
の結論に達した。とくにICRPは、急性の外部放射線被ばくの結果を、複数の点
線源からの慢性的な内部被ばくにも適用し、もっぱら放射線作用の物理的モデ
ルに頼っている。これは平均化によるモデルであり、細胞レベルで生じる蓋然
的な被ばくには適用できない。細胞は放射線にヒットされるか、されないか
で、最小の衝撃は一回の命中(ヒット)であり、その影響は命中の回数が増え
ることによって増加する。体内の線源からの放射線リスクの評価は、内部被ば
くの疫学的証拠を、物理的モデルよりも優先させなくてはならない。
(2)コスト-ベネフィット分析に基づいて、放射線被ばくの問題にアプロー
チするICRPの功利主義的な態度を批判する。ECRRは、「すべての者は、生命、
自由および身体の安全についての権利を有する」という「国連人権宣言」の第
三条や、科学的データの細部に不確かさが残るとしても、「深刻なまたは不可
逆的な被害の恐れがある場合」には予防的対策をとらなければならないという
予防原則にしたがって、放射線被ばくの問題を考える必要があると主張する。
ECRRは、同意のない放射線被ばくは、最低の線量であっても、致死的な危害の
確率があるので倫理的に正当化できないことを主張する。
(3)国連が発表した1989年までの人口に対する被ばく線量を元に、ICRPのモ
デルで計算すると、原子力のためにガンで死亡した人間は117万6300人とな
る。一方、ECRRのモデルで計算すると、6160万の人々がガンで死亡しており、
また子ども160万人、胎児190万人が死亡していると推された。さらに、ECRRの
モデルでは、世界的に大気圏内で核実験が行われ、その降下物で被ばくした
人々が罹患した全ての疾病をすべて合わせると、10%が健康状態を失っている
と推測する。
(4)ECRRは、一般人の被ばく限度を年間0.1ミリシーベルト以下に引き下げ
ること、原子力産業の労働者の被ばく限度を年間5ミリシーベルトに引き下げ
ることを勧告する。
(3) 功利主義ではなく権利にもとづく被ばく問題の考え方
国際的権威がある組織の地位を獲得したとされたICRPの歴史は、アメリカの原
爆や原発の開発までさかのぼる。この歴史をもつICRPの勧告の放射線被ばく基
準は、功利主義にもとづいて原子力推進を妨げぬ範囲で決められてきている。
当初は原子力産業従事の労働者の基準を平常時で年間500ミリシーベルトとし
ていたが、遺伝学者のなどの外部からの批判に会い、またビキニの水爆実験に
よる死の灰について、日本から世界へ向けた抗議のアピール、スリーマイル島
やチェルノブイリの原発の過酷事故による被ばく問題などから、職業人の被ば
く基準は、年間150ミリシーベルト、さらに年間50ミリシーベルトへと引き下
げを余儀なくされてきた。
一般人の基準は、職業人に遅れて一九五四年に勧告された。「基準値」の引き
下げはつねに原爆投下とその実験や原発の事故等による被ばく者の犠牲などの
うえに行われてきた。しかも、引き下げとはいえ、「耐容線量」から「許容線
量」への変更や「等価線量」「実効線量」「実効線量当量」の導入など、基準
を複雑化させて実質的には引き上げになるごまかしをおこなってきたのが実態
である。ICRPの「基準値」は、このような用語や概念の歴史をたどれば、けっ
して正当化できるものではなく、その歴史は、放射線被ばくの過小評価の歴史
でもあった。
職業人と一般人の被ばくの基準が一桁以上異なるが、生命や健康を守るという
人権の観点からみれば、その根拠はあいまいである。ベネフィットのためには
やむを得ないとみなす功利主義的見地に基づいているからである。
それにたいして、ECRRは、「ICRPのリスクモデルは、DNAの構造が発見される
以前につくられた」(「レスボス宣言」2009年)ことを指摘し、低線量被ばく
による内部被ばくを重視し、勧告のタイトルに示す、「低線量電離放射線被ば
くの健康影響」にかかわる新たなモデルを提出した。ECRRの放射線防護は、人
間の生命と健康を大切にするという人権を基礎にしているのである。
おわりに
ECRRの2010年勧告では、一般人の被ばく限度を0.1ミリシーベルト以下とし、
原子力産業の労働者の被ばく限度を年間5ミリシーベルトに引き下げることを
勧告しているが、厳密に言えば、ICRPの基準と同様、全ての基準はその時点の
暫定的基準であり、今後もつねに暫定基準であり続ける。もし「高線量放射線
を瞬間放射するより長時間、低線量放射線を照射する方が容易く細胞膜を破壊
する」という*4ペトカウ効果を、予防原則を適用して認めれば、唯ひとつ「限
りなくゼロを目指す」ことが基準とならなければならない。
放射線で被ばくした福島では、放射能ゼロの米作りが始まり、2011年に収穫さ
れた米は暫定基準値500ベクレル/1キログラムをはるか下回る*5検出なしだっ
たが、ゼロではない。消費者は、ゼロ以外は受け入れない。ゼロを目指した厳
しい米作りがすでに始まっている。
*4 カナダのアブラム・ペトカウが1972年に牛の脳にX線を照射して発見した
効果で、微量の放射線=低線量で細胞膜は容易に破壊され、長時間照射で細胞
膜に欠陥ができやすくなるとする。米プルトニウム工場の労働者が最小限の低
線量被ばくにもかかわらずガン発生が高く、最大許容量を20倍引き下げる勧告
された等の研究事例などを引用して、人間へのペトカウ効果が立証されたとさ
れている。(「人間と環境への低レベル放射能の脅威」
ラルフ・グロイブ/アーネスト・スターングラス あけび書房 2011)。
*5 測定限界は測定器、測定時間などの測定条件等により異なり、不検知
(ND)は測定器の能力限界を示している。なお日本の暫定基準値は、極めて高
く設定されており、その是正が俎上に上っており速やかにこの基準に沿って実
施されることが望まれる。
原発で撒き散らされた放射性物質は、確率的に、ガンなどの疾病のリスクを与
えてしまった。これを冷静に受け止めて消費者も生産者もこれからの時代を生
きていかなければならない。消費者も生産者も、できる限り放射線被ばくを回
避し、また免疫力を高める生活(肥田舜太郎氏が言うように、バランスのとれ
た食事、ストレスを少なく、早寝早起きなど)を心がけて未来のリスクを最小
限にすることが重要になるであろう。
*「パリ声明」では、
「主限度は1年につき5ミリシーベルト」としながらも、
「生涯にわたる平均の年実効線量当量が
主限度を超えることのないかぎり、
1 年につき5ミリシーベルトという補助限度を用いることが
許される」という二重基準が導入されている。
___の最初の「主限度」は、5→1ミリシーベルトだと思われます。
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