オバマ大統領の就任演説 「全文(日本語翻訳)」と 「要旨」 21日

2013-01-23 00:23:55 | アメリカ
「我々の旅は終わらない」という オバマの美しいリベラルな演説は、米国の政策の現実(の醜さを)を糊塗できるものではない。
オバマの 新政権からは、女性やマイノリティの多くが去った。
CNNは「ボーイズクラブ」と揶揄し、白人・男性の「お友達」起用と 新聞各紙は伝えている。

*以下の 要旨・全文は 新聞各紙によるもの。
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要旨

・この国を団結させているのは肌の色でも宗教でも出身でもない。独立宣言に示された理念への忠誠だ

・戦争の10年はいま終わろうとしている。(米国の)景気回復は始まった。米国の可能性は無限だ

・米国の繁栄は中間層の双肩にかかっている

・医療保険にかかる費用と財政赤字を減らすという厳しい選択をしなければならない。しかし、国を作ってきた世代への手当か、未来を作る世代への投資か、という選択はしない

・医療保険や社会保障の充実は、我々の推進力を弱めるのではなく強くするものだ

・気候変動の脅威に立ち向かおう。再生可能エネルギーへの道は長く険しいが、米国はこの変化に逆らえない。我々が先導しなければならない

・安全保障と平和に果てしない戦争は必要ない

・アジアからアフリカ、米州から中東まで民主主義を支える

・同性愛者が誰とも同じに扱われるまで、米国を「希望の地」と考える移民受け入れの方法をみつけるまで、(乱射事件のあった)ニュータウンで子供たちが安心して過ごせるようになるまで、我々の旅は終わらない

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要旨

一、大統領就任式に集まるたびに、我々は憲法の不朽の強さの証人となる。我々の民主主義が約束したことを確信するのだ。我々は、この国を一つに束ねているものが肌の色や信仰、名前ではないことを思い出す。我々が特別なのは、我々が米国人たるゆえんは、200年以上前の独立宣言に明確にうたわれた思想への忠誠である。

 一、ムチや剣で流れた血によって、我々は、奴隷制と自由社会が併存する国家では、自由と平等の原則が維持できないことを学んだ。我々は自らを一新し、共に前進することを誓う。

 一、時代が変われば、我々も変わらなければならない。建国の理念に忠実であるために、新たな課題には新たな対応が必要だ。我々は、今こそ一つの国家、一つの国民として行動せねばならない。

 一、戦争の10年は終わりつつある。経済の回復も始まった。米国の可能性は無限であり、境界がないこの世界が求める全ての資質が我々にはある。若さとやる気、多様性と開放性、リスクを取る無限の包容と刷新のための才能だ。

 一、我々は一部の人が豊かになり、より多くの人が困窮している状態では国家は発展しないことを理解している。米国の繁栄は、中間層の双肩にかかっている。

 一、医療費用と赤字幅を削減するため、難しい選択をしなければならない。この国では幸運な者が自由を、少数だけが幸福を得るのだということを、我々は信じない。誰もが仕事を失ったり、急病になったり、暴風雨で家を失ったりすることを、我々は知っている。

 一、高齢者の医療保険制度や低所得者の医療費補助制度、社会保障制度などを通じ、我々が互いに確約することは、我々の自発性をむしばむのではなく、我々を強固にする。この国を良くするためにリスクを冒すことができる。

 一、我々は気候変動の脅威に対して責任を果たす。失敗すれば子供たちや将来の世代を裏切ることになる。持続可能なエネルギー源への道は長く、時に困難なものとなるだろう。だが、我々はこの移行期を主導しなければならない。

 一、米国は世界のあらゆる場所で強固な同盟の要であり続ける。我々はアジアからアフリカ、中南米から中東まで、民主主義を支援する。我々の良心は、自由を望む者の代表として我々が行動することを求めている。

 一、我々の旅は、妻や母、娘が努力に応じた生活を営めるようになるまで終わらない。我々の旅は、同性愛者が法の下で平等に扱われるようになるまで終わらない。我々の旅は米国を好機に満ちた土地とみなす移民を受け入れるためのより良い方策を見つけるまで終わらない。我々の旅は、全ての子供たちが常に危害から守られていると分かるようになるまで終わらない。

 一、我々は決断すべき時にある。遅れは許されない。見せ物の政治や、非難合戦をしている場合ではない。行動の時だ。

 一、私が今日、行った宣誓は、党に対してではなく、神と国家への宣誓だった。任期中にこの誓いを誠実に実行しなければならない。皆さんと私は、市民として、この国の針路を定める力を持つ。

 一、皆さんに神のご加護のあらんことを。神が永遠にアメリカ合衆国を祝福しますように。

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全文

バイデン副大統領、連邦最高裁長官、連邦議会議員の各位、高名なゲストの方々、そして市民の皆さん。

 大統領の就任式に集うたびに、我々は合衆国憲法が持つ不朽の強さの証人となる。
我々は米国の民主主義の約束を支持する。
この国の結束を可能にしているのは、肌の色でも信仰でも名前の起源でもないということを思い起こす。

我々は、2世紀以上前に作られた独立宣言に明記された理念への忠誠によって、米国民という特別な存在になった。
「我々は以下の真理を自明なものとみなす。
すべての人間は生まれながらにして平等であり、生命、自由、そして幸福の追求という侵すべからざる権利を与えられている」

 今日、我々はこれらの言葉の意味と現実をつなぐため、終わりのない旅を続けている。
これらの真理は自明なものかもしれないが、決して自然に実現するものではないと歴史が教えているからだ。
また、自由は神からの贈り物だが、地上にいる人間が守るべきものだと歴史が教えているからだ。

 (独立宣言が採択された)1776年の愛国者たちは、王の圧政を少数の特権層や暴徒の支配に取って代わらせるために戦ったのではない。
彼らは我々に共和国、つまり「人民の人民による人民のための政府」を与え、後世に建国の精神を守る務めを託した。
そして200年以上にわたり、我々はそれを守ってきた。

 自由と平等の理念の上に立つ連邦が、奴隷制と自由が入り交じる状況では成り立たないと、我々はムチや剣で流された血によって学んだ。
我々は自らを刷新して、共に前進することを誓った。

 我々は、迅速に移動したり商取引したりする近代経済には鉄道や高速道路が不可欠だと判断し、労働者の訓練には学校や大学が必要だと決めた。
競争と公正な活動を保証する規則がある場合にのみ、自由な市場は繁栄しうると発見した。
偉大な国は弱者を気遣い、最悪の危険や不幸から市民を守らなければならないと、我々は決意した。

 我々は一貫して中央の権力への疑いを決して放棄せず、政府だけで社会の病巣を全て治癒できるといった虚構に屈しなかった。
独創力と進取の気性をたたえること、勤勉さや個人の責任へのこだわりは、我々の変わらない国民性だ。

 しかし、時代の変化とともに我々も変わらなければならないということも常に理解してきた。
建国の精神への忠誠は、新たな挑戦への新たな対応を求めている。
個人の自由を守るためには、最終的に集団行動が必要となる。
米国民が今日の世界の要求に単独の力で応えられないのは、米兵がマスケット銃(旧式歩兵銃)や民兵組織でファシズムや共産主義の勢力と戦えなかったことと同じだ。

 たった一人の人間では子どもたちの将来に欠かせない数学や科学の大勢の教師を訓練できないし、米国に新たな雇用や事業をもたらす道路やネットワーク、研究所もたった一人で築けない。
我々は一つの国、一つの国民として、今まで以上に協力して取り組まねばならない。

現代の米国民は、幾つもの危機に見舞われてきたが、強い決意で回復する力を証明してきた。
10年間にわたった戦争は終わりつつある。
経済の復興が始まった。米国には限りない可能性がある。
なぜなら、我々はボーダーレス化する世界が求める全ての資質、若さと活力、多様性と開放性、危機に対応する無限の力と改革する才能を備えているからだ。
米国民の皆さん、我々は今この時のためにいる。我々が協力して取り組めば時機をつかめるだろう。

 なぜなら、一握りの少数派しか豊かな生活を享受できず、かろうじて生活している人々がどんどん増える状況で、米国が成功することはありえないとわかっているからだ。
米国の繁栄は、台頭する中間層の広い双肩にかかっていると信じる。
全ての人が自立して仕事に誇りを見いだせる時、誠実な労働者の賃金が家族を苦難の瀬戸際から救う時、米国は繁栄できると我々は理解している。

 極めて貧しい家庭に生まれた少女でも、米国民であれば他の誰とも同じく成功するチャンスがあると自覚できる時、神だけでなく我々も彼女が自由で平等であると感じられる時、我々は信念を守っていると言える。

 使い古した制度は現代のニーズにそぐわないと、我々は知っている。
だからこそ政府を再建するため、新たなアイデアと技術を活用すべきだ。
税制を見直し、学校を改革し、市民が懸命に働き学んで、自らを向上させるのに必要な能力を身に付けられるようにしなければならない。

しかし、手段が変わっても、我々の目標は変わらない。
それは全ての国民の努力と決意に報いる国をつくるという目標だ。
それこそが時代の要請であり、我々の信念に真の意味を与えるものだ。

我々は、全ての米国民が基本的な安全と尊厳を保つ権利を持つと信じる。
医療費と財政赤字の規模を減らすため、厳しい選択をしなければならない。
だが、この国を築き上げてきた(高齢者の)世代を大切にするか、未来を担う世代に投資するかという二者択一の考え方には反対する。

 貧しい老後を強いられたり、障害を持つ子どもの親に行き場がなかったりした、過去の教訓を我々は忘れていない。
この国において、自由は幸運な人々だけに限られたものではなく、幸福は少数の人々だけに保証されるものではないと信じる。
どんなに責任感を持って生きていても、職を失い、突然病気にかかり、ひどい嵐で家が押し流されることは誰にでもありうると、我々は知っている。

 メディケア(高齢者向け医療保険)やメディケイド(低所得層向け医療保険)、社会保障制度によって互いに支え合う仕組みは、我々の自発性を弱めるものではなく、我々を強化するものだ。
これらの制度は「ただ乗り」する者を許すものではなく、国を繁栄させるためのリスクを自由に取れるようにするための仕組みだ。

 自らのためだけでなく子孫のために、米国民としての責務を果たすべきだ。
我々は気候変動という脅威に対応していく。
それに失敗すれば、子どもや未来の世代を裏切ることになると知っているからだ。
科学が示す揺るぎない証拠を拒む者がいるかもしれないが、荒れ狂う森林火災や深刻な干ばつ、脅威を増す嵐による壊滅的な衝撃は、誰も避けられない。

 持続可能なエネルギー源(の確保)への道のりは長く、時には困難をもたらすだろう。
しかし、米国はこの変遷に逆らうことはできない。
我々が導かなければならない。
新たな雇用や産業を生み出す技術で他の国々には負けられない。
それを主張すべきだ。
それによって米経済の持続力や、米国の宝である森林や河川、耕作地や雪に覆われた山々を維持していく。
神が我々に命じた通りに、地球を保全していく。それは我々の父祖が宣言した信念に沿ったものだ。

永続的な安全と平和のため、絶え間なく戦争をする必要はないと信じる。
戦火によって鍛えられた勇敢な米軍の兵士は、勇気と技能において誰よりも優れている。
戦火により失った人々の記憶は米国民の脳裏に焼き付いており、自由のために払った代償を痛いほど理解している。
彼らの犠牲を認識するからこそ、米国に危害を加えようとする者への警戒を永遠に緩めない。
だが、我々は単に戦争に勝った人の子孫であるだけでなく、平和を勝ち取った人や敵を確かな友人へと変えた人の子孫でもある。
その教訓を今に生かさねばならない。

我々は強固な軍事力と法の原則の下に米国民を守り、米国の価値観を守っていく。
他の国々との紛争を平和的に解決するよう試みる勇気を示そう。
それは我々が直面する危険についての考えが甘いからでなく、(武力衝突は)疑念や恐怖が永続しかねないからだ。
今後も米国は世界中のあらゆる地域の強力な同盟の「錨(いかり)」であり続ける。

 そして、今後も我々は海外の危機に対処する能力を強化する諸制度を刷新していく。
世界で最も強力な国である米国ほど、平和な世界に関心を寄せる国はないからだ。
アジアからアフリカ、中南米から中東にいたるまで、すべての民主主義を支援する。
米国は自由を待ち焦がれる人々の代表として行動せずにはいられないからだ。

 我々は、貧しい人や病める人、社会から取り残されたり偏見の犠牲となったりしている人にとって、希望の根源であるべきだ。
それは単なる慈善の心でなく、この時代の平和のためには寛容と機会、人間の尊厳と正義という我々共通の信念が示す原則を、絶えず進化させる必要があるからだ。

 我々は「すべての人間は生まれながらにして平等である」という最も明白な事実こそ、なお星のように我々を導く指針になっていると断言する。
それが我々の先達を(女性解放の権利に関する初の集会を開いた)セネカフォールズや、(キング牧師ら黒人公民権運動の始祖が大行進した)セルマ、(同性愛者擁護運動が始まった)ストーンウォールへと導いた。
この指針の導きにより、数多くの有名無名の男女がキング牧師の言葉を聞いた。
「我々は独りで歩くことはできない。個人の自由は地球上の全ての魂の自由と密接に結びついている」という言葉を。

先駆者たちが始めたことを引き継ぐのは、我々の世代の仕事だ。
我々の旅は、妻や母や娘たちが努力に見合う生活を営めるようになるまで終わらない。
同性愛の兄弟姉妹が法の下で他の人たちと平等に扱われるようになるまで終わらない。
なぜなら、我々が本当に生まれながらにして平等ならば、互いへの愛も平等でなければならないからだ。

我々の旅は、投票権の行使に何時間も待つ人がいなくなるまで終わらない。
まだ米国はチャンスがある国だと信じる、勤勉で希望に満ちた移民たちを受け入れる良い方策を見つけるまで終わらない。
優秀な若い学生や技術者が米国から追い出されず労働力としてとどまれるようになるまで終わらない。
すべての子どもたちが、デトロイトの路地からアパラチアの丘陵、(銃乱射事件で小学校の児童らが犠牲となった)ニュータウンの閑静な小道まで、行き届いた愛情を受けて、暴力から安全だといつも感じられるようになるまで終わらない。

 生命や自由、幸福の追求――。
こうした言葉や権利、価値観が、すべての米国人にとって現実のものとなるべきだ。
これは我々の世代の仕事である。
(独立宣言など)我々の礎となる建国の文書に忠実であるためには、人生のすべてが一致しなければならないわけではない。
皆が全く同じように自由を定義し、全く同じ幸福を追求しているわけでもない。
前に進めるためには、政府の役割に関する何世紀にも及ぶ長い議論を終わらせる必要はない。
我々の時代に合った行動をすればよい。

 我々は決断しなければならない。
もう一刻の猶予もない。
絶対主義を理念と取り違えたり、政治を見せ物にしたり、他人への中傷を合理的な議論であるかのように扱ってはならない。
我々の仕事が不完全だとわかっていても、我々は行動しなければならない。
今日の勝利は部分的なものでしかない。
(独立宣言を採択した)フィラデルフィア議事堂で我々に託された不朽の精神を前進させる役割は、4年後、40年後、400年後に、この場に立つ者に委ねられていると知ったうえで行動すべきだ。

 米国民の皆さん。
私が皆さんの前でした宣誓は、米国連邦議会議事堂で働く者の誓いと同じく、神と国家への宣誓であり、政党や派閥のための宣誓ではない。
任期の間、我々は誓いを誠実に実行しなければならない。
だが、この誓いは兵士たちの任務のための誓い、移民たちの夢を実現するための誓いとそう違わない。
私の誓いは我々が星条旗に向かってする誓い、我々の心をプライドで満たす誓いと、そう違わない。
これらは国民の言葉であり、我々の最も偉大な希望を代弁する誓いだ。

 皆さんと私は、市民としてこの国の道筋を決める力を持っている。
皆さんと私は、市民として我々の時代の議論を形成する義務がある。
投票するだけではなく、古くからの価値観や不朽の理想を守るために声をあげよう。

 我々一人ひとりが厳粛な義務と畏敬に満ちた喜びとともに、生まれながらの権利を大切にしよう。
共通の努力と目的、情熱と献身によって歴史の呼びかけにこたえ、自由の尊い光を不確かな未来へと掲げていこう。

 ありがとう。皆さんに神のご加護を。そして、アメリカ合衆国に永遠の神のご加護がありますように。

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全文

バイデン副大統領。連邦最高裁長官。連邦議会のみなさん。すばらしい来賓のみなさん。そして、国民のみなさん。

 私たちは、大統領の就任式に集うたびに、合衆国憲法の不朽の強さの証人となっています。
私たちは民主主義の約束を確認します。
私たちは、この国を団結させているのは肌の色や信仰、名前の由来ではないことを思い起こします。
私たちを比類なきもの、米国人たらしめているのは、2世紀以上前に独立宣言に明記された理念への忠誠なのです。
「我らは以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているということを」

 今日、私たちは、この言葉の意味と、私たちの時代の現実とをつなぐ終わりのない旅を続けています。
これらの真実は自明のことだが自動的に実行されるものではないことを、また自由は神からの贈り物だが人々が守っていかなければならないことを、歴史が教えているからです。
1776年の愛国者たちは、王の専制を少数者の特権や暴徒による支配に置き換えるために戦ったわけではありません。
彼らは私たちに共和国を、人民の人民による人民のための政府を与え、後々の世代に建国の理念を維持するよう委ねたのです。

 そして200年以上の間、私たちはそれを守ってきました。

 むちによって、剣によって流れされた血を通じ、私たちは、自由や平等の原則のもとに築かれた結合は、半分が奴隷で半分が自由という状態では生き残れないことを学びました。
私たちは生まれ変わり、共に前進しようと誓いました。

 私たちはともに、近代的な経済には旅や通商を加速する鉄道や高速道路、従業員の育成を勧める学校や大学が必要だと考えました。

 私たちはともに、自由市場は競争や公正を確保するルールがある時にのみ繁栄することを発見しました。

 私たちはともに、偉大な国家は弱き者を世話し、人命を脅かす最悪の障害や不幸から人々を守らなければならないと決意しました。

 そうであっても、私たちは中央権力への懐疑を決して失っていないし、あらゆる社会の病弊は政府のみによって治癒できるという絵空事に屈してはいません。
進取の気性と冒険心に対する礼賛、勤勉さと責任感に対する強い思いは、私たちの気質の中に絶えず存在します。

 しかし私たちは、時代が変わる時には私たちも変わらねばならないこと、建国の理念に忠実であれば、新たな挑戦には新たな対応が必要だということ、そして個人の自由を守るには一体となった行動が求められていることを理解していました。
米国人だけで今日の世界の求めに応えることはできないのは、銃と民兵でファシズムや共産主義と対峙(たいじ)できなかったことと同じです。
一人の人間が、未来の子どもを育てるのに必要なすべての数学や科学の教師を訓練できないし、私たちの国に新しい雇用やビジネスをもたらす道路やネットワーク、研究所を作ることもできないのです。
今、これまで以上に、私たちは一つの国、国民として、これらのことを共になさねばなりません。

 今の世代のアメリカ人は危機の試練を受けてきましたが、その危機によって決意を強固にし、回復力を証明してきました。
10年にわたる戦争は終わりつつあり、経済の回復は始まりました。
米国の可能性は無限です。
私たちは、この国境のない世界が求めるあらゆる資質を持っているのだから。
若さ、気力、多様性、開放性、危機への無限の対応力、再発明の才能。米国人のみなさん、私たちは今この時のためにあり、私たちはこの時をつかみ取るでしょう。
私たちが共につかみ取るのであれば。

 私たちは、少数の成功者がさらに少なくなり、ほとんど成功できない多数の人がさらに増えていくという状態では、私たちの国はうまくいかないことを知っています。
私たちは米国の成功が、復興しつつある中産階級の双肩で支えられるべきだと信じています。
私たちは、あらゆる人が仕事において独立とプライドを見いだせる時、実直な働きに対する賃金が困難のふちから家庭を解放するとき、米国は繁栄すると信じています。
極貧に生まれた少女が、米国人であり、神のもとだけでなく私たちの前で自由かつ平等であるがゆえに、他の人と同じ成功のチャンスがあると知ったとき、私たちは私たちの精神に忠実だと言えるのです。

 古びた計画は私たちの時代の求めにかなっていないと、私たちは理解しています。
だから私たちは新たな考えや技術を身につけ、政府を作り替え、税法を改良し、学校を改革しなければなりません。
より一生懸命働き、学び、より高みへ到達するために必要な技量を市民に与えなければなりません。
しかし、手段が変わっても、私たちの目標は同じです。
それは、すべてのひたむきな米国人の努力と決断に報いる国家です。
それが、この瞬間に求められていることなのです。それが、私たちの信条に真の意味を与えるものです。

 私たちはいまも、あらゆる市民に基本的な安全と尊厳の権利があると信じています。
私たちは医療のコストと財政赤字を減らす困難な選択をしなければなりません。
だが、この国を造ってきた世代の面倒をみるか、未来を築く世代に投資するかのどちらかを選ばなければならないという考えを、私たちは拒否します。
なぜなら、晩年を貧しさの中で過ごし、障害がある子どもの親に行き場がなかった過去の教訓を覚えているからです。

 私たちは、この国では自由は幸運な人だけ、幸せなごく一握りの人だけのためのものだとは考えません。
どんなに責任を持って生きていても、私たちの誰もが、いつ失職や突然の病気に直面し、または大嵐で家が吹き飛ばされる目に遭うかも知れないのです。
メディケア(高齢者向け公的医療保険)やメディケイド(低所得者・障害者向け医療扶助)、そして社会保障制度を通してお互いに関与する仕組みは、私たちから活力を奪うものではなく、私たちを力づけるものなのです。
それらは、(制度にただ乗りする)受益者のための国にするのではなく、この国を偉大な国にするための選択を自由にできるようにするものです。

 私たちは今も、米国人としての責務は、私たち自身に対するだけでなく、後世に対するものでもあると信じています。
私たちは気候変動の脅威に対処します。
そうしなければ、私たちの子どもたちと未来の世代を裏切ることになると知っているからです。
科学の厳然とした判断を依然として否定する人がいますが、猛烈な山火事の衝撃、ひどい干ばつ、そして強烈な嵐を免れることは、誰にもできないのです。

 持続可能なエネルギー源への道は、長く、時に困難です。
だが、米国はこの変化に逆らえるはずがありません。
私たちは、変化を主導しなければなりません。
私たちは、新しい雇用と新しい産業を促進する技術を、ほかの国に譲り渡すことはできません。
私たちは、その約束されたものを求めねばなりません。
それこそが、経済の活力を維持し、私たちの国の宝――すなわち、私たちの森や河川、私たちの穀倉や雪に覆われた山々の頂き――を守る方法なのです。
それこそが、神から面倒をみるように命じられた、この惑星を守る方法です。
それこそが、私たちの先祖がかつて宣言した理念に、意味を与えるものなのです。

 私たちはいまも、不朽の安全保障と永続的な平和のために戦争を繰り返す必要はないと信じています。
戦いの炎の中で鍛えられた私たちの兵士たちは、その能力と勇敢さにおいて匹敵するものがありません。
亡くしたものの思い出を焼き付けられた市民は、自由のために支払った対価を嫌というほど知っています。
彼らが払った犠牲を知り、私たちは危害を加えようとする者を永遠に警戒し続けるでしょう。
だが私たちはまた、戦争だけでなく平和を勝ち取った者、しつこい敵を確かな友人に変えた者の継承者でもあるのです。
その教訓は、この時代にも受け継がれなければなりません。

 私たちは軍事力と法の支配を通して国民を守り、私たちの価値観を守り抜きます。
他の国との紛争を平和的に解決する勇気を示します。
直面する危険に無知だからではなく、関与こそが、疑念と恐怖をより永続的に解くことができるからです。

 米国は、この地球上のあらゆる地域で、強力な同盟の錨(いかり)であり続けます。
そして、海外の危機に対処するため、私たちの能力を届かせるその同盟機構を刷新します。
なぜなら、最も強力な国家以上に、世界の平和に強い利害関係がある国はないからです。
アジアからアフリカまで、米州から中東に至るまで、私たちは民主主義を支援します。
なぜなら、私たちの利害と良心が、自由を切望する人々の代わりに行動するように私たちに命じるからです。
そして私たちは、貧しい人々にとっての、病人にとっての、周縁に追いやられた人々にとっての、偏見の被害者にとっての、希望の源泉であらねばなりません。
ただの慈善の気持ちからではなく、平和のためには、寛容と機会、尊厳と正義という、私たちの共通の信念が描く原則を常に前へ進めことが必要だからです。

 私たちは今日、「私たちは生まれながらにして平等」という最も明らかな真実が、今なお私たちをいざなう星である、と宣言します。
私たちの先祖を(19世紀に初の女性の権利に関する集会が開かれた)セネカフォールズや(公民権運動でキング牧師らによるデモ行進があった)セルマ、(同性愛者らの権利獲得運動のきっかけとなったバーの)ストーンウォールで導いたように。
「私たちが一人で歩むことはできない」といった伝道師の言葉を聞くために、「私たちの自由は地上の全ての魂の自由としっかりと結びついている」というキング(牧師)の宣言を聞くために、この広い(ナショナル)モールに足跡を残した全ての男性と女性、有名無名の人々を導いたように。

 先駆者が始めたことを実行することが、私たちの世代の務めです。
私たちの旅路は、私たちの妻たち、母たち、娘たちが努力に見合った収入を得ることができるようになるまで終わりません。
私たちの旅路は、私たちの同性愛の兄弟や姉妹が法の下で他の誰とも同じように扱われるようになるまで終わりません。
もし私たちが本当に生まれながらにして平等なら、私たちがお互いに捧げ合う愛は、同様に平等であるはずだからです。
私たちの旅路は、投票権を行使するために長時間待たされることを強いられる市民がいなくなるまで終わりません。
私たちの旅路は、米国を機会の地と見る、努力し希望に満ちた移民を歓迎するよりよい方法を見つけるまで、優秀な若い学生や技術者たちが私たちの国から追い出されるのではなく、私たちの労働力に加わるまで終わりません。
私たちの旅路は、デトロイトの通りからアパラチアの丘陵地帯、(小学校で銃乱射事件のあった)ニュータウンの静かな路地に至るまで、全ての子どもたちが、愛され、大切に育てられ、いつも危害から守られていると感じるようになるまで終わりません。

 こうした言葉、これらの権利、生命と自由の価値、幸福の追求を全ての米国人にとって現実のものにすることが、私たちの世代の務めです。
私たちの合衆国憲法に忠実であることは、世の中のあらゆることについて意見が一致することを必要とするものではありません。
自由を全く同じように定義したり、幸福へのまったく同じ道を追求したりすることを意味するものではないのです。
進歩は、政府の役割について数世紀も続いた議論を決着させるよう私たちに求めたりしませんが、私たちが今の時代に行動することを求めています。

 今、決断は私たち次第であり、もう遅延は許されません。
私たちは、絶対主義を原則と取り違えることはできないし、見せ物を政治に置き換えることはできないし、罵倒を筋の通った理論として扱うことはできない。
今日の勝利が不完全なあること、使われていないフィラデルフィアのホール(独立記念館)で私たちにいったん与えられた永遠の魂を前進させるのは、ここに4年間、40年間、400年間立ち続ける人々次第であることを認識しつつ、私たちは行動しなくてはなりません。

 米国民のみなさん。
今日のあなた方の前での宣誓は、この議事堂で働いた他の人々が朗唱したのと同様に、神と国に対する宣誓であり、政党や派閥に対するものではありません。
私たちは、任期中に誓約を誠実に実行しなくてはなりません。
しかし、今日私が話した言葉は、兵士たちが任務に就くときや移民が夢を実現して米市民となる時の宣誓とさほど違いはないのです。
私の宣誓は、上空ではためき、私たちの心を誇りで満たす国旗に対する誓約とさほど違いはありません。

 それは市民の言葉であり、私たちの最も大きな希望を代表するものです。
市民としてのみなさんと私は、この国の進路を決める力を持っています。
市民としてのみなさんと私は、投票だけではなく、最も古くからの価値を守って理想を追求するために声を上げることで、私たちの時代の議論を形づくる義務があります。

 さあ、私たち各自が、厳かな義務と、私たちが生まれながら持つ恒久の権利である荘厳な喜びに奉じましょう。
共通の努力と目的をもち、熱意と献身で、歴史の要求に応え、自由の大切な光を不確かな将来に注ぎこもうではありませんか。

 ありがとう。みなさんに神の祝福を、そして神が永遠にアメリカ合衆国を祝福しますように。



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