Look To The Sky

フルーティスト大久保はるかのブログです

発刊されました

2013年02月25日 23時18分34秒 | アレクサンダーテクニーク
日本フルート協会会報No.236 【2013年2月25日号】が発刊されました。今号をもって私のアレクサンダーテクニーク受講記録の連載は最終回です。同文を下記に掲載します。

この1年間、受講内容を記事して提出という作業を行うことによって、自分にとってとてもよい復習をすることが出来ました。
これからも受講記録は当ブログにアップし続けたいと思います。が、今後は公文書的書き方(?!)からは卒業しときますのでどうぞよろしくです~

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《 フルート演奏における身体コンディション調整とアレクサンダーテクニーク 6 (最終回)》

大久保はるか (No.5357)

連載最終回である今回は、アレクサンダー・テクニーク・インターナショナル【ATI】認定教師かわかみひろひこ氏へ、インタビューを行いました。

―――――連載を終えて
大久保 約1年間の連載でした。私はアレクサンダーテクニークを学び始めて2年半から3年半、という期間での受講記録でした。率直に伺いますが、この一年間の私は、先生から見てどのような生徒だったのでしょうか?

かわかみ レッスンを上手く使える人で、ご自分で色々と発見をされる人だな、と思いましたね。教師を上手く使える、あるいは教師の手を上手く使える方、とも言えると思いますが。とても創造的にレッスンを使っていると思いました。

大久保 そうですか、お褒めのお言葉をありがとうございます。自分ではその辺りのことはよく分かりませんが、レッスンでは必ず何かをキャッチして帰りたい、という貪欲な気持ちで臨んでいます。


―――――アレクサンダーテクニークとの出会い
大久保 次に先生ご自身の事をお伺いします。「アレクサンダーテクニーク」との出会いはいつ、そして何故アレクサンダーテクニークを学ぼうと思われたのですか?

かわかみ 18、9歳の時でしたので、今から24、5年前です。当時古武道を始めていて、その関連で礼法と呼ばれる武士の礼儀作法の本について、図書館で調べていました。その時に借りたい本の隣にアレクサンダーテクニークの本(「アレクサンダー・テクニーク入門―能力を出しきるからだの使い方」サラ・バーカー著の旧版)があり、ついでに一緒に借りてきたことがきっかけです。読んでみたらおもしろかったので、習ってみたいなと思い、連絡先を見たらアメリカ合衆国となっていたので、その時はあきらめました。
その後、25歳の時に「アレクサンダーと私―〈アレクサンダー・テクニーク〉への道 」という本に出会いました。面白い本でしたが、よくわからないことも多く、やはり習いたいと思いましたが、日本ではレッスンを受けることが出来そうにないな、と思って再びあきらめました。
その頃、古武道に上達していないことに伸び悩んでいました。そんなある日、本屋で偶然手にした雑誌にアレクサンダーテクニークのワークショプの案内記事を見つけました。日付を見たら既に終了していたのですが、主催者へ電話をして次回の案内を頂き、初めて受講したのが26歳の時、1997年4月、先生はスイス人のイムレ・トールマン氏でした。
それは、古武道を行う上で何か役に立つであろう、とワラにもすがるような思いでした。

―――――意外なきっかけ
大久保 アレクサンダーテクニーク教師を目指すことになったきっかけは?

かわかみ 97、8年当時の東京には、アレクサンダーテクニーク教師になるためのトレーニングコースは、本格的な形としては存在していませんでした。それでは教師養成コースなるものを作ってしまおうではないか、という話が仲間内で盛り上がり、片桐ユズルさんの強力なサポートのもと私を含め数名で養成コースを立ち上げました。教師陣は、イムレ氏、時々来日されるベテラン教師ブルース・ファートマン氏、その頃から日本に住むことになったジェレミー・チャンス氏、そして日本人のアレクサンダーテクニークの教師としてすでに御活躍中の小野ひとみ氏、芳野香氏にお願いすることになり、99年4月にスタートしました(後にこの体制は2000年の9月の終わりに崩壊する)。
当初私はあくまでもオーガナイザーとしての参加に留まるつもりでいましたが、いざ養成コースが出来上がって、いち早くトレーニングをし始めた方々を見るにつけ、少し頼りないのでは?という思い(勘違い!?)と、羨ましい、という気持ちが芽生えてきましたので、私もトレーニー(訓練生)として参加してみることにしました。

―――――『内臓のボディ・マッピング』について
大久保 アレクサンダーテクニークでは、頭と脊椎の関係性や、筋肉について着目するところに特徴があると思いますが、かわかみ先生のレッスンでは『内臓のボディ・マッピング』というオリジナルのアプローチも取り入れていらっしゃいますね。実際、アレクサンダーテクニークと併用して学ぶ事で、その効果を感じている生徒さんも多いとお聞きしています。レッスンに取り入れるようになった経緯を教えてください。

かわかみ もともと私はおなかが弱く、内臓があまり丈夫ではありませんでした。「自分の内臓に微笑みかける」というワークを自分のためだけに行っていました。世界に、そして自分自身に微笑みかけるというアイディアは、元来アレクサンダーテクニークにはありました。それをヒントにしました。
ある日、「本番の1週間前になると緊張の余りおなかが詰まる(便秘になる)んです」というバイオリン奏者の生徒さんに紹介したところ、とても状態の改善に役立ったそうです。その後同じような悩みを持つ生徒さん達や、本番で“上がって”実力が発揮できない生徒さん達にご紹介し、次々と状況が改善されていく様子を見て、また脳科学などの分野でも内臓との深いつながりがとりだたされていることを知り、レッスンに取り入れるようになりました。

大久保 ちなみに私は、かわかみ先生から『内臓のボディ・マッピング』という言葉を初めてお聞きした瞬間、大きく開眼しました。それまでは、自分のからだは、骨と皮と筋肉、そして余計な脂肪(笑)だけで成り立っているように思ってしまっていたんだと思います。


―――――どうして音楽家でない人が音楽家へ指導できるのか?
大久保 私がアレクサンダーテクニークを学んでいるという話をすると、よく人に聞かれることがあります。「フルート奏者ではない方が、何故フルート演奏時の姿勢やブレスのことなどについてのアドバイスが出来るのでしょうか」という質問です。実際先生は、生徒の動き、「人間の動き」を見ている、ということなのでしょうか?

かわかみ 人間の動きの中に現れる、「全体のつながり」を見ています。つながりが上手くいっているのか、ちょっと邪魔をしているのか、を見ています。もし邪魔をしているようなところを発見した場合にはそれを指摘し、演奏活動における全身とのつながりよくなるためのアドバイスを与えます。

大久保 レッスンでは、手と言葉を使ってアドバイスを与えますが、その能力を高めていく訓練はどのように行うのですか?

かわかみ 教師のトレーニング中に訓練生が行うことは、第1に自分自身が活動するときに自分自身がやっているつもりのことと実際にやっていることの違いに出会い、自分自身がやりたいことをじゃまする癖(くせ)をやめていくことでした。これを教師養成コースにいる間だけではなく、日常も行うことによって、自分自身の活動とその活動の質を変えることに上達していきます。言ってみれば、”1人称の経験”のプロになるわけです。そして次に(実際には同時並行になりますが)、人が行う活動で、その方がやりたいことと実際に行なっていることとの違いを観察し、なにをやりたいのかを聞き出す方法も身につけ、存在そのもの(安心感やゆったりした気持ちを引き起こす、全身が解放され、勢いのある様)と手と言葉を使って適切にアドバイスする方法を学びます。言い換えると、レッスンルームが、なにか新しい発見が起こる”場”になるようにする方法を身に付けていくわけです。そのようにして、アレクサンダー・テクニークの教師トレーニング中に、1人称的な経験と2人称的な経験のプロになるわけです。その後、実際教える現場での経験を積みながら、生徒の癖や演奏などの具体的なアクティビティーに何が必要で何が必要でないかを判別し、手と言葉を使ってアドバイスする能力を更に高めてゆきます。


―――――教師選びは慎重に
大久保 最後に、これからアレクサンダーテクニークのレッスン受講を考えているフルーティストの方々へ、何かメーセージをお願いいたします。

かわかみ レッスンをどのように利用するか、また利用出来るか、という所が大事だと思います。教師選びは慎重に行った上、ひとたびレッスンすることを決めたら、「よくわからないな」と思ったとしても最低15レッスンは受けてみることをおすすめいたします。その上で、この度大久保さんの受講記録に書いてあったような良いことが自分には起きそうにないな、と思ったら、レッスンそのものを止める、もしくは先生を変えることを考えてみてもよいと思います。

大久保 なるほど。フルートのレッスンにもあてはめて考える事が出来る、貴重なご意見ですね。私はアレクサンダーテクニークの先生は、かわかみ先生が3人目の先生です。最初はインターネットで検索をかけ、なるべく近くで、仮に先生と馬が合わないようなことがあったらすぐに後腐れなく終了する事が出来そうな会場、という考えで選び、某カルチャーセンターの短期グループレッスンを受講したところから始まりました。講師は上原知子先生で、その後1年程グループレッスンと個人レッスンを受講しました。後に上原先生がご懐妊され産休に入られ、代わりにご紹介頂いたのが、石井ゆり子先生です。個人レッスンを1年程続けました。そのうちに、出来る事なら音楽家が数多く集まるグループレッスンに参加してみたい、という思いが強くなり、音楽スタジオで定期的に行われているかわかみ先生のグループレッスンを受講したのが2011年8月の事でした。今思うのは、過去お2人の先生、そしてかわかみ先生との出会いについて、その時々の自分の成長ぶりに対してはジャストなタイミングで巡り合ってきているように思います。


いかがでしたでしょうか。フルートのレッスン同様、学び始めて2、3年目というのは、全くのビギナーからはようやく脱却しつつも、その奥深さに難しさを覚え始める時期のような気がします。色々と悩み、迷い、探りながら、これからも身体と心にやさしいフルート奏法を追求してゆきたいと思います。今後のレッスン記録はブログにて随時アップしてゆく予定です。ご興味のある方はご覧下さい。今回の連載が少しでもみなさまのお役に立てるのであれば光栄です。

大久保はるかブログ Look To The Sky
http://blog.goo.ne.jp/haruka-okubo/


フルートとアレクサンダーテクニーク6 最終回

2013年01月14日 14時08分20秒 | アレクサンダーテクニーク
日本フルート協会会報に連載中のアレクサンダーテクニークレッスン受講記録ですが、丸1年にわたる連載が終盤、最終回の原稿提出を終えました。下記の記事は2月末に配布予定ですのでまだ未発表原稿です。

最近ぽつぽつですが、「アレクサンダー関係の記事、楽しみにしてます」と、お声がけいただいている当ブログファンの方々へ、こっそりといち早くお届けいたします~

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《 フルート演奏における身体コンディション調整とアレクサンダーテクニーク 6 (最終回)》

大久保はるか (No.5357)

連載最終回である今回は、アレクサンダー・テクニーク・インターナショナル【ATI】認定教師かわかみひろひこ氏へ、インタビューを行いました。

―――――連載を終えて
大久保 約1年間の連載でした。私はアレクサンダーテクニークを学び始めて2年半から3年半、という期間での受講記録でした。率直に伺いますが、この一年間の私は、先生から見てどのような生徒だったのでしょうか?

かわかみ レッスンを上手く使える人で、ご自分で色々と発見をされる人だな、と思いましたね。教師を上手く使える、あるいは教師の手を上手く使える方、とも言えると思いますが。とても創造的にレッスンを使っていると思いました。

大久保 そうですか、お褒めのお言葉をありがとうございます。自分ではその辺りのことはよく分かりませんが、レッスンでは必ず何かをキャッチして帰りたい、という貪欲な気持ちで臨んでいます。



―――――アレクサンダーテクニークとの出会い
大久保 次に先生ご自身の事をお伺いします。「アレクサンダーテクニーク」との出会いはいつ、そして何故アレクサンダーテクニークを学ぼうと思われたのですか?

かわかみ 18、9歳の時でしたので、今から24、5年前です。当時古武道を始めていて、その関連で礼法と呼ばれる武士の礼儀作法の本について、図書館で調べていました。その時に借りたい本の隣にアレクサンダーテクニークの本(「アレクサンダー・テクニーク入門―能力を出しきるからだの使い方」サラ・バーカー著の旧版)があり、ついでに一緒に借りてきたことがきっかけです。読んでみたらおもしろかったので、習ってみたいなと思い、連絡先を見たらアメリカ合衆国となっていたので、その時はあきらめました。
その後、25歳の時に「アレクサンダーと私―〈アレクサンダー・テクニーク〉への道 」という本に出会いました。面白い本でしたが、よくわからないことも多く、やはり習いたいと思いましたが、日本ではレッスンを受けることが出来そうにないな、と思って再びあきらめました。
その頃、古武道に上達していないことに伸び悩んでいました。そんなある日、本屋で偶然手にした雑誌にアレクサンダーテクニークのワークショプの案内記事を見つけました。日付を見たら既に終了していたのですが、主催者へ電話をして次回の案内を頂き、初めて受講したのが26歳の時、1997年4月、先生はスイス人のイムレ・トールマン氏でした。
それは、古武道を行う上で何か役に立つであろう、とワラにもすがるような思いでした。

―――――意外なきっかけ
大久保 アレクサンダーテクニーク教師を目指すことになったきっかけは?

かわかみ 97、8年当時の東京には、アレクサンダーテクニーク教師になるためのトレーニングコースは、本格的な形としては存在していませんでした。それでは教師養成コースなるものを作ってしまおうではないか、という話が仲間内で盛り上がり、片桐ユズルさんの強力なサポートのもと私を含め数名で養成コースを立ち上げました。教師陣は、イムレ氏、時々来日されるベテラン教師ブルース・ファートマン氏、その頃から日本に住むことになったジェレミー・チャンス氏、そして日本人のアレクサンダーテクニークの教師としてすでに御活躍中の小野ひとみ氏、芳野香氏にお願いすることになり、99年4月にスタートしました(後にこの体制は2000年の9月の終わりに崩壊する)。
当初私はあくまでもオーガナイザーとしての参加に留まるつもりでいましたが、いざ養成コースが出来上がって、いち早くトレーニングをし始めた方々を見るにつけ、少し頼りないのでは?という思い(勘違い!?)と、羨ましい、という気持ちが芽生えてきましたので、私もトレーニー(訓練生)として参加してみることにしました。

―――――『内臓のボディ・マッピング』について
大久保 アレクサンダーテクニークでは、頭と脊椎の関係性や、筋肉について着目するところに特徴があると思いますが、かわかみ先生のレッスンでは『内臓のボディ・マッピング』というオリジナルのアプローチも取り入れていらっしゃいますね。実際、アレクサンダーテクニークと併用して学ぶ事で、その効果を感じている生徒さんも多いとお聞きしています。レッスンに取り入れるようになった経緯を教えてください。

かわかみ もともと私はおなかが弱く、内臓があまり丈夫ではありませんでした。「自分の内臓に微笑みかける」というワークを自分のためだけに行っていました。世界に、そして自分自身に微笑みかけるというアイディアは、元来アレクサンダーテクニークにはありました。それをヒントにしました。
ある日、「本番の1週間前になると緊張の余りおなかが詰まる(便秘になる)んです」というバイオリン奏者の生徒さんに紹介したところ、とても状態の改善に役立ったそうです。その後同じような悩みを持つ生徒さん達や、本番で“上がって”実力が発揮できない生徒さん達にご紹介し、次々と状況が改善されていく様子を見て、また脳科学などの分野でも内臓との深いつながりがとりだたされていることを知り、レッスンに取り入れるようになりました。

大久保 ちなみに私は、かわかみ先生から『内臓のボディ・マッピング』という言葉を初めてお聞きした瞬間、大きく開眼しました。それまでは、自分のからだは、骨と皮と筋肉、そして余計な脂肪(笑)だけで成り立っているように思ってしまっていたんだと思います。

―――――どうして音楽家でない人が音楽家へ指導できるのか?
大久保 私がアレクサンダーテクニークを学んでいるという話をすると、よく人に聞かれることがあります。「フルート奏者ではない方が、何故フルート演奏時の姿勢やブレスのことなどについてのアドバイスが出来るのでしょうか」という質問です。実際先生は、生徒の動き、「人間の動き」を見ている、ということなのでしょうか?

かわかみ 人間の動きの中に現れる、「全体のつながり」を見ています。つながりが上手くいっているのか、ちょっと邪魔をしているのか、を見ています。もし邪魔をしているようなところを発見した場合にはそれを指摘し、演奏活動における全身とのつながりよくなるためのアドバイスを与えます。

大久保 レッスンでは、手と言葉を使ってアドバイスを与えますが、その能力を高めていく訓練はどのように行うのですか?

かわかみ 教師のトレーニング中に訓練生が行うことは、第1に自分自身が活動するときに自分自身がやっているつもりのことと実際にやっていることの違いに出会い、自分自身がやりたいことをじゃまする癖(くせ)をやめていくことでした。これを教師養成コースにいる間だけではなく、日常も行うことによって、自分自身の活動とその活動の質を変えることに上達していきます。言ってみれば、”1人称の経験”のプロになるわけです。そして次に(実際には同時並行になりますが)、人が行う活動で、その方がやりたいことと実際に行なっていることとの違いを観察し、なにをやりたいのかを聞き出す方法も身につけ、存在そのもの(安心感やゆったりした気持ちを引き起こす、全身が解放され、勢いのある様)と手と言葉を使って適切にアドバイスする方法を学びます。言い換えると、レッスンルームが、なにか新しい発見が起こる”場”になるようにする方法を身に付けていくわけです。そのようにして、アレクサンダー・テクニークの教師トレーニング中に、1人称的な経験と2人称的な経験のプロになるわけです。その後、実際教える現場での経験を積みながら、生徒の癖や演奏などの具体的なアクティビティーに何が必要で何が必要でないかを判別し、手と言葉を使ってアドバイスする能力を更に高めてゆきます。

    

―――――教師選びは慎重に
大久保 最後に、これからアレクサンダーテクニークのレッスン受講を考えているフルーティストの方々へ、何かメーセージをお願いいたします。

かわかみ レッスンをどのように利用するか、また利用出来るか、という所が大事だと思います。教師選びは慎重に行った上、ひとたびレッスンすることを決めたら、「よくわからないな」と思ったとしても最低15レッスンは受けてみることをおすすめいたします。その上で、この度大久保さんの受講記録に書いてあったような良いことが自分には起きそうにないな、と思ったら、レッスンそのものを止める、もしくは先生を変えることを考えてみてもよいと思います。

大久保 なるほど。フルートのレッスンにもあてはめて考える事が出来る、貴重なご意見ですね。私はアレクサンダーテクニークの先生は、かわかみ先生が3人目の先生です。最初はインターネットで検索をかけ、なるべく近くで、仮に先生と馬が合わないようなことがあったらすぐに後腐れなく終了する事が出来そうな会場、という考えで選び、某カルチャーセンターの短期グループレッスンを受講したところから始まりました。講師は上原知子先生で、その後1年程グループレッスンと個人レッスンを受講しました。後に上原先生がご懐妊され産休に入られ、代わりにご紹介頂いたのが、石井ゆり子先生です。個人レッスンを1年程続けました。そのうちに、出来る事なら音楽家が数多く集まるグループレッスンに参加してみたい、という思いが強くなり、音楽スタジオで定期的に行われているかわかみ先生のグループレッスンを受講したのが2011年8月の事でした。今思うのは、過去お2人の先生、そしてかわかみ先生との出会いについて、その時々の自分の成長ぶりに対してはジャストなタイミングで巡り合ってきているように思います。

いかがでしたでしょうか。フルートのレッスン同様、学び始めて2、3年目というのは、全くのビギナーからはようやく脱却しつつも、その奥深さに難しさを覚え始める時期のような気がします。色々と悩み、迷い、探りながら、これからも身体と心にやさしいフルート奏法を追求してゆきたいと思います。今後のレッスン記録はブログにて随時アップしてゆく予定です。ご興味のある方はご覧下さい。今回の連載が少しでもみなさまのお役に立てるのであれば光栄です。

大久保はるかブログ Look To The Sky
http://blog.goo.ne.jp/haruka-okubo/


フルートとアレクサンダーテクニーク5

2012年12月27日 19時24分34秒 | アレクサンダーテクニーク
日本フルート協会会報2012年12月25日号No.235 が発刊されました。以下、大好評!(・・・自分で言うなって・・ハハっ・・・)連載中わたくし大久保のレッスン受講記録です。

かわかみ先生の註釈1は、図表になっているのですが、当ブログでは再現できないので、少し読みにくいと思われます。詳しく内容を知りたい方は、直接「アレクサンダーテクニークの学校」までお問い合わせ下さい。

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《 フルート演奏における身体コンディション調整とアレクサンダーテクニーク 5 》

大久保はるか (No.5357)

【9月24日 グループレッスン】


この日の受講者は6名。6人全員がミュージシャン、という珍しく、また楽しい集まりとなった。楽器は、ピアノ2名、声楽、打楽器、トランペット、そして私フルート。

今日の自分のテーマは、『本番での緊張(註1)について』。

私「当たり前の話ですが、普段の個人練習とステージ本番では、状況が大きく違います。いつもは難なくこなせていて、さほど問題視していなかった箇所が、本番に限ってぶれてしまったり、よろけがちになります。そして、そうなりかけた時、心が動揺してしまい、その先のフレーズから全部崩れてしまう、その後嫌な気持ちをずるずると曲の最後まで引きずってしまう事があります。何か対処法はないものでしょうか?」

私「本番は緊張を伴うので、普段の練習時のようには上手く行かない、いつも通りの力は発揮できないものである。その事自体は納得しているつもりです。ただ、そうなりかけた時に動揺したくないと思うのです」

と、このように申し上げて、先日のリハーサル中、その先の演奏に支障が出る結果を導いてしまったフレーズを演奏。高音域、中音域、低音域、と、短前打音付きの短い同フレーズですばやく行き来しながらリピートするフレーズ。

「特に、緊張すると低音域が鳴りにくくなって、音質もぼやけることがあります。昨日のリハーサルでは、低音域のぼやけ方が余りにも酷かったので、そのことに動揺してしまいました。そうして、そこに気持ちが踏みとどまってしまい、その先に待っているフレーズからすべて崩れ落ちてゆくようにミスを重ねてしまったんです。」

先生「特に本番日当日についてですが、直前のざわざわした気持ちを少々落ち着かせるためには、以下の方法などいかがでしょうか。ステージ直前に、ご自分の手のひらを太ももの付け根のあたりに軽く置き、自分の両太ももの長さ、広がり、奥行きを思い出してみる。今度はお尻を横から触れ、斜めに傾くようにデザインされている骨盤全体、を思いやってみる。今やってみましょうか。」

言われた通りに行ってみると、太ももやお尻に触れた自分の手のひらのぬくもりを通して、少し気持ちを落ち着かせることが出来た。

実はこの日『昨日のミステイクについて、人前であれこれ語る自分』に対しても、私はとても緊張していた。私は緊張すると妙にフワフワと浮き足立ってしまう。大げさな言い方をすると、『緊張すると脚がなくなってしまう』のだ。

そのような時、「脚はここにあるよ」「骨盤はここにあるよ」と思いやってあげることによって、落ち着きを取り戻せる、ということなのか。

先生「それでは、もう一度演奏してみてください」

・・・・・あまり何も考えずに先と同じように演奏したつもりが、出てきた出音は何故かその音量が1.5倍位上がっていたので自分でびっくりしてしまった。音質も高、中、低音、と三者がきれいに整っていた。

私「上手く言えませんが、一度目と二度目では、演奏中の自分のイメージ、出音のイメージが大きく異なりました。一度目に演奏した時、出音のイメージとして、高音域→部屋の上の方に響く、中音域→部屋の真ん中ら辺りに響く、低音域→部屋の下の方向に向かって響く、と、三者別物として捉えているような所がありました。そして個々の出音に対して、自分の意識上でいちいち追いかけてしまう、「上」「真ん中」「下」と、いちいち忙しく音にくっついていってしまっているような感じでした。自分自身の落ち着きを取り戻してから行った二度目の演奏時では、『自分自身はいつでもどこでも低い所にどっしりと存在している』というような意識に変りました。フルートの音で言えば、いつ何時も低音域のところにゆったり、どっしりと存在している、といったイメージ。そうしておけば中音域、高音域については、低音域の広がりの延長線上、低音域の跳ね返りのみでラクに演奏出来るのかも、と思いました。」


【9月26日 個人レッスン】

私「アレクサンダーテクニークのレッスンを受講するようになったお陰で、長年苦しんでいた肩こりを解消することが出来ました。ただ、その代わりに、と言いますか、最近腰痛が出てきてしまいました。腰痛というのは、今まであまりない経験なので困っています」

先生「今、もありますか?」

私「はい。先ほどイスにすわった時に、腰が痛いな、と思いました」

先生「腰痛(註2)は、股関節からなんですよ」

私「えっ?!!」

その後、イスにすわって両膝を軽く開いたり閉じたりしながら、立ち上がったり、すわったりする、というワークを行う。このワークは、股関節周辺の筋肉を解放するワーク。過去にグループレッスンを受講した際、ナレーターを職業にしている方がいらっしゃり、その方へ「声が出やすくなるワーク」として勧めていたことで記憶している。

その時には『ナレーション、という特殊な声を出すことを専門とする人だけに効き目があるワーク』として自分の中でインプットされていた。これが、今の私のようなただの腰痛にも効くオールマイティなワークだったとは・・・・驚きである。とかく我々は、何かに付けて股関節を固めてしまう習慣がある、ということなのか。

その後、再度イスにすわり、自分の片方の手で膝に触れ、もう片方の手で太ももの付け根に触れる、そして太ももの骨や骨髄、筋肉の層、皮膚、のことを思ってみる、というワーク(註3)を行う。

最初、右脚に対して行い、右脚のみポカポカしてきて気持ちがよくなってきたので、その調子で左脚に対して行おうとしたら、右と同じような感覚がこない。これには焦った。

私「あれ?すみません。右のようには上手く行きません。何故でしょうか?膝から太ももの所までの骨の長さに対してのイメージが出来ません・・・・太ももの骨が短く、まるで膝から20cmぐらいの所までしか、存在していないかのような、変な感じです」

私「・・・・!わかりました!私、過去にフルート練習中に左脚の血管が切れ、膝に血液がたまり、1ヶ月ほどギブス生活を送ったことがあります。多分その時の左脚の動かしにくさから、変なイメージを持ってしまっていることに原因があるのかもしれません」

先生「そうでしたか。そういった事故後、ご自分のからだに対する身体地図(註4)が変わってしまうことは大いにありますよ」

そして、今度は先生が私の左脚、膝と太ももの付け根の辺りをハンズ・オン。

私「あれ?そうか!今度は左の大腿骨(だいたい骨)の長さをきちんと思い描くことが出来ます。変な言い方ですけど、意外と長いんですね、私の左脚って」

先生「怪我や事故などで、自分の身体地図が現実の身体とは異なるものに変わってしまうことがよくあります。その場合、再び地図を現地に合わせる必要があります。」

・・・・そして、気がつけばその日の腰痛は消えていた。


【10月10日 個人レッスン】

先生が私の顔をみるなり、「今日、もしかして疲れていますか?」

私「はい・・・・。つい先日、大阪と名古屋公演を終え、地元横浜に戻ってきたばかりでして。一昨日の名古屋遠征は、車で長距離移動しました。私は長時間車に乗るということに慣れていないので、そのせいで多少の疲れが出てしまっているのだと思います」

先生「疲れる、とおっしゃいましたが、乗り物に疲れるのですか、それとも同乗者など人に疲れるのですか?」

私「単純に乗り物に長時間乗った、ということに疲れているだけだと思います」

先生「車のシートは後ろに沈み込んでいるため、長時間すわることによって股関節の柔軟性が失われがちなんですよね」

私「(またしてもテーマは)股関節ですか!実はツアー中は忙しかったこともあり、アレクサンダー・テクニークの事はあまり考えていませんでした。今日レッスンに来て、ものすごく久しぶりに『股関節』という言葉を聞いたような気すらしています・・・・」

その後、立って肩幅程度に脚を開き、左右後ろにゆっくりと振り返る、というワークを行う。かわかみ先生のレッスンでは、レッスン冒頭で取り入れられることが多い。

先生「振り返った時、左右での違いや、その他何かご自分で気がつかれることはありますか?」

私「・・・・?このワークは、自分の中ではさほど問題なく感じるワークだと考えてきたのですが、今日に限っては、何か違います。なんでしょう?振り返る時にやたら腹筋が引っ張られてよじれてしまうような・・・・」

先生は私の背後から首と頭のあたりをハンズ・オン。ハンズ・オンされた瞬間から、自分の意識の方向性が変った。それまでは『よじれて、なにやら気持ち悪い腹筋』にのみ着目する自分だったが、ハンズ・オンされることによって『首と頭の関係性』へと注意の方向性転換を促されるような感じ。

そして、再度同じ動きをしてみると、不思議な事に腹筋のよじれは一切なく、振り返る距離も増して、より後ろに振り返ることが出来た。視野もより高い所に広がり、まるで自分の身長が高くなったかのような感覚を持った。

先生「更にもうひとつ。股関節の位置について。『股関節はどの辺りにありますか?』と質問されてご自分で指し示す皮膚の表面がありますね。実際は、皮膚の表面よりずっと奥に位置しています。ですので、『奥、奥』と思いながら指し示しつつ動いてみてください」

そのようにしてみると、自分の動きの可動範囲がさらに広がり、柔軟性も増したことが確認出来た。


【10月24日 個人レッスン】

先生「先日、ウィリアム・コナブル博士のレッスンを受けてきましたよ。すごく良かったです。大久保さんにも是非受講していただきたかったのですが、たしかお忙しかったのでしたよね?」

私「そうです。残念でしたが、丁度名古屋ツアー日程と重なっていて受講出来ませんでした」

先生「ビルさん(ウィリアム・コナブル博士の愛称)がおっしゃるには、『腕の始まりは鎖骨から、といわれているが、僕は最近思うんだ、腕の始まりは胸骨からなんじゃないか』って。」

私「??なんですって?」

『腕』とは、二の腕(上腕)と肘から先(前椀、手)のみを指すのではなく、『鎖骨』『肩甲骨』も腕の一部、と考えましょう、というような話は聞いたことがあるが、胸骨って・・・・?

私「あれ?すみません・・・胸骨って、喉仏のすぐ下からみぞおちまでの縦長の骨のこと、ですよね?で、喉仏のすぐ下のところ辺りに、鎖骨との接点(関節)があって、鎖骨はそこから動いている。」

先生「はい、そうです。それでですね、今度は『胸骨』について考えてみます。胸骨は呼吸と共に動いています。どのような動きかというと、全体が「前と上」に出たり「後ろと下」に戻ったり、というような動きです」

と、おっしゃり、先生オリジナルの資料集の中から該当する箇所を解剖図で確認。

・・・・はっとする気づきがあった。

私「呼吸に伴う胸骨の動きについて、ですが、今まではなんとなく、胸骨下方、みぞおちのちょっと上ぐらいの所では、呼吸に伴なって多少前に出たり、後ろに引っ込んだりしている、という感覚はありました。ですが胸骨上方は、いかなる時も全く微動だにしていないような感覚でいました。そのイメージが間違えている、ということなんですね!!」

胸骨と鎖骨は関節でつながっている。ということは、呼吸時の鎖骨は連動して多少前後上下に動いている。鎖骨は腕構造の一部である訳なので、『腕の始まりは胸骨から』と考えてみると、何か良いことがあるカモ?など、そういう発想法なのか。

私「なんだか、急に喉のあたりがラクになって、今しゃべっている声が出やすく、呼吸も楽になっています。この勢いでフルートを吹いてみます」

・・・・・冒頭の音から、余りに予想外の良い音が出てしまい(?!)驚いた。


※次号、連載第6回(最終回)は、アレクサンダーテクニーク教師かわかみひろひこ氏との対談です。インタビュー形式にてアレクサンダーテクニークにまつわるお話を色々とお聞きしようと思います。こんなことを聞いて欲しい、というようなリクエストがございましたら、私大久保はるか宛 lulu@haruka-okubo.com に、どうぞお気軽にご連絡下さいませ。

【かわかみひろひこ氏による註釈】
(註1)本番での緊張について
「本番では大きなの仕事をしなければならないから、アドレナリンやノルアドレナリン等が分泌される。そして、からだがいつもと異なる状況になる。そのときに“私緊張しちゃった”と慌てたら、すべてがうまくいかなくなる。そうではなくて、“ああ、私自身のからだが本番の用意してくれているんだ”と思えばうまくいくのだ」と私のアレクサンダー・テクニークの恩師の一人キャシー・マデン師(ワシントン州立大学演劇学部準教授)は常々語っていた。そして、このことは、最近彼女の教え子のひとりによってホームページ等で紹介されることが多い。
しかし、個人的には同意できない部分がある(ただし、アレクサンダー・テクニークのレッスンでは、----おそらくフルートのレッスンと同様に---言葉も重要だが、言葉以外の、手から与えられる情報や、教師の立ち居振る舞いや存在自体が与える情報はもっと重要なので、恩師キャシー・マデンさんの言っている内容には不十分な点はあるが、彼女のレッスンはたいへん優れていることを、彼女の名誉のために付け加えておく)。

なぜなら、一言に「本番で緊張する」と言っても、発言する人によって、その内容がまちまちだからだ。

人によっては、本番前と本番中に、あたかもエネルギーが上に向かって、下に降りてこない感じになることであったり、人によっては、浮足立って足が地面につかない感じだったり、人によっては、本番の1週間前から下痢になる。あるいは便秘になることだったり、その意味している内容は、本当に様々なのだ。

「本番で緊張して、うまくいかない」ことを悩んでいる方たちは、ご自分にとって、あまりにも当たり前のその状況を、まず具体的に言語化して把握することが大事であろうと思う。課題が明確になれば、解決できる可能性が高くなるのだから。

一般的には次のように言えるので、参考までに記す。
緊張しているのか、それともリラックスしているのかという状態や、感情の基本的な部分を情動という(この用語は、生理学・脳科学・心理学で用いられるが、学問の分野によって、若干定義が異なっている)。

そしてこの情動は、直接コントロールできないが、以前より次の3つのものの影響を受けると言われている。
骨格筋(からだを動かしたり、呼吸するのに使われる筋肉)の状態
内臓の状態
体内環境(内部環境):神経伝達物質・ホルモン

したがって、活動中に互いに拮抗筋となる筋肉を緊張させることによって、からだを固めることは---アレクサンダー・テクニークで防ごうとする“押し下げ”の癖(くせ)は---、演奏中だけでなく、日常から避けたほうがよい。
また、内臓からは神経伝達物質やホルモンが分泌される。特に小腸からは脳とともに多くの種類と量の神経伝達物質を分泌し、また小腸は免疫にも大きく関わっている。
普段はないがしろにしがちだが、いつも働いている内臓たちにも注意を払うことが大事になる。
当然暴飲暴食や夜更かし等は、できるだけ避けたほうがよいことは当然なことながら、食事の内容や睡眠の質にも注意を払ったほうがよい。内臓の調子や体内環境に影響を与えることが明白だからだ。
本番で実力を発揮するためには、個人的には、私も開発にかかわった内臓のボディマッピングのワークはかなりお薦めである。

また、内蔵と脳との情報のやり取りは自律神経系を通じて行われるが、最近イリノイ大学の精神医学の教授スティーブン・ポージェフによって、多重迷走神経(ポリヴェーカル)理論が提唱され、身体教育や心理カウンセリングの分野で注目を集めている。
簡単に紹介すると、自律神経系について、従来は交感神経と副交感神経とに分けていたが、ポージェフは次の3つに分け、もっとも新しいシステムで対応できない時に、次のシステムで対応しようとし、それでも対応できないときには最も古いシステムで対応しようとするという学説を唱えている。
そして最も新しいシステムで対応するためには、命令や説得はまったく役に立たず、その個人が本当に安心できるように状況を整え、段階的に対応力を養うほかはないと説く。
ミリエン鞘を持つ腹側迷走神経系(従来は副交感神経系に分類) 社会的な関わり
※表情筋や発声に関与。
表情筋は、人とコミュニケーションを取ったり、表現することにも使われるほか、雑踏で聞きたいことを選んで聞くために働く中耳の筋肉も表情筋に含まれる もっとも新しい。 初めの反応-安全を感じているときの反応
交感神経 逃げるか戦うか 2番めの反応-極度の危機から比べると穏やでいるときの反応
ミリエン鞘を持たない背側迷走神経系(従来は副交感神経系に分類) 凍りつき(死んだふり) もっとも古い。 3番目の反応-生命が脅かされているとき、または生命が脅かされていると感じているときの反応。

そして、表現者にとっては、最も新しいシステムで対応するのが好ましいようだ。
本番前に「緊張する」場合、その意味することは各人によってそれぞれ異なるが、実際にそれが意味するところを把握するのに、多重迷走神経理論は参考になると思われるので、長くなったが紹介した。

アレクサンダー・テクニークがF.M.アレクサンダー(1869-1955)によって発見された時代には、多重迷走神経理論はなかったが、アレクサンダー・テクニークの原理の1つ、インヒビション(抑制)は、自分自身に時間的・空間的な余裕を与えること、自分自身の心身に安全な領域(セキュア・ベース---イギリスの医師ジョン・ボウルビィの造語。彼は心理的なセキュア・ベースを提唱した---)を提供することを意味し、新時代の知見を取り入れながら、じゅうぶんに現代人の助けになりうる。

ただし、練習と同じようにできることを目標にしないでほしい。本番では何が起こるか分からないし、それだからこそ、ライブの演奏には命が籠るのだ。
 参考文献 『内臓感覚(NHKブックス)』福土 審
      ポリヴェーカル理論について http://www.bodypsychotherapy.jp/articles_005.html
      『意識とはなにか―「私」を生成する脳 (ちくま新書) 』 茂木 健一郎

(註2)腰痛の原因
実際のやり取りでは、健康診断やガン検診を受けて、異常がなかったことを確認している。
そして、大久保さんの場合には、股関節周辺の拮抗筋同士を緊張させているのが、腰痛の原因だったようだ。
胃ガンなどの深刻な病気が原因で、腰痛になることもあるので、痛みを感じたら、医師の診断を受けて、深刻な病気がないことを確認する必要がある。
なお、整形外科等で、「椎間板が圧迫されているから、あなたは腰痛になって当然」と言われることもあるが、患者さんを納得させるための方便で、実際には痛みとの因果関係は分からないと友人の医師から聞いた。
からだの使い方が変わると、しつこい腰痛がとても改善することがあるので、腰痛の方は医師の診断を受けた上で、アレクサンダー・テクニークのレッスンを受けてみることをお薦めする。
ちなみに2008年のBritish Medical Journalには、アレクサンダー・テクニークの腰痛への高い効果に関するエビデンスが掲載された。

(註3)
アレクサンダー・テクニークのベテランの教師で、ボディマッピング創始者のウィリアム・コナブル博士考案の7層のボディマッピングの一部。

(註4)身体地図
大脳の体性感覚野と運動野に、それぞれからだの地図がある。

フルートとアレクサンダーテクニーク

2012年10月24日 22時02分39秒 | アレクサンダーテクニーク
今日は午前中アレクサンダーテクニークの個人レッスンを受講し、午後家に帰ったら日本フルート協会会報2012年10月25日号No.234が届いていた。

タイミング悪いナ。かわかみ先生にお渡しするのがかなり先になってしまう・・

とりあえず、以下内容全文です。

「文章がとても分りやすくて良いから、これでなにか商売すること、考えたら?」とか人に言われたりしてますが・・・だってさああ、私、タダの生徒役ですからねえ・・・この文をどこかに売って商売とかって、考えた事もないっス・・

《 フルート演奏における身体コンディション調整とアレクサンダーテクニーク 4 》

大久保はるか (No.5357)

【7月25日 個人レッスン】

この日、レッスン会場に向う足取りが非常に重かった。というのも、お恥ずかしい話だがここ1ヶ月間、楽器ケースすら開けていない日々が続いていたからです。私がアレクサンダー・テクニークを学ぶ意義は、自分のパフォーマンス向上のために他ならない訳であって、その肝心の楽器練習を1ヶ月もの間怠っていたとあっては、アレクサンダー・テクニークのレッスンに通う云々以前の問題なのでは?と猛省。

言い訳がましい手前の話なのですが、今年9月末に新CDをリリースする予定で、レコーディングそのものは6月に無事終了した所です。ですがその後ミックスダウンやマスタリングに立ち会ったり、CDを流通に乗せるための各種手続き、発売記念ライヴツアーの各会場とのやりとりなどに思いのほか手こずってしまっていました。

私「・・・すみません。楽器、全然吹いてないんです・・・」

先生「それではまず、テーブルワークから始めましょうか」

テーブルの上にヨガマットをしいて、(註1)私はその上に仰向けに横たわる。横たわった直後、軽いめまいと腕、足腰に嫌な重み、つっぱり感を感じたので、もしかしたら自分は相当疲れがたまっているかも、と、そこで初めて気付いた。

思えばこの一ヶ月というもの、とても忙しかった。「これをやらなきゃ」「あれをやらなきゃ」「これの期限はいついつで、あれの期限は、いつだっけ?」のオンパレード。毎日毎日そのような必要事項に気を取られすぎてしまう中で、基本的な自分の体調管理がままならなくなってきているのかもしれない、と感じた。

「今日は疲れたけど、もうちょっとだけ、がんばれるかな」と考え、つい必要以上にやり過ぎてしまうことも多い私なので、結果心身の疲れに対する感性を鈍感にさせていってしまっているのかも、とも思った。

先生は、私の頭、肩甲骨、腕、脚、など、各パーツごとに軽く持ち上げたり、動かしてゆく。

太ももを軽く内側と外側にそれぞれねじるような動きをされた時、(註2)どこか大きなインナーマッスルが丸ごとストレッチされたような感覚があった。直接ハンズ・オンされたのは太ももの辺りだが、同時にお腹、わき腹辺り一体の筋肉群までもが反応し、感覚としては、胴体をひっくりかえされたのか?とさえ思ってしまう程だった。

その後「寝返りをうつ」というワークを行った。(註3)特に疲れているときは自分のからだが重く感じる。仰向けから横向き、うつぶせなど、単に寝返りをうつことすら面倒に思ったり、力が出ないように感じるときがある。

「脚から寝返りをうつ」、「腕から寝返りをうつ」、の2種行ったのだが、普段通り何も考えないで行うのとアレクサンダー・テクニークの原理に従って行うのとでは、こんなにも身体の軽さ、しなやかさが変るものなのか、と、びっくりする。

「脚から、ということは、脚のみをがんばって動かそう」「腕から、ということであれば、腕のみをがんばって動かそう」と、つい考えてしまい、余計な所に力が入りすぎて固まり、わざわざ自分のからだを自分で重くしていってしまうのが私たち人間の習性。

そう陥りそうになった時は、一度自分に「ちょっと待った!」をかけ、「脚や腕のことも考えるけど、自分のからだ全体の大きさ、広さや奥行きのことも思い出して」と発想を変えることによって、不必要な緊張から解放させることが出来るであろう、ということを学んでゆく。

このアレクサンダー・テクニークの原理は、再三再度、手を替え品を替え、多角的アプローチによって長期に渡り学習されてゆく。学びに終わりはないのだ。


【8月15日 個人レッスン】

「今まで3年間、アレクサンダーテクニークのレッスンを受けてきましたが、メンタル面では今日が一番調子が悪い日のような気がします。」

先生「えっ、そうなんですか?」

私「・・・・・はい。相変わらずCDリリース関係の雑務で身辺がざわついています。特に昨日は殆ど一睡も出来ず、睡眠不足です。」

先生「それでは、こういうのをやってみましょう。まずイスにおすわり下さい。」

先生「今までで楽しかった事や良い思い出の場面を思い出してみてください。演奏で上手くいった時、などでも良いです。そしてそのようなことを思い出してみる際に、自分のからだに対する何か気づきや変化がありますか?」

・・・・・・・やってみる・・・・・が、しかし・・・・思い起こすという作業が上手く出来ない。色々な雑多なこと、次々に現れては消えゆく身の回りの雑念に惑わされている感じで、「過去の良い思い出を思い出す」という行為に上手くピントを合わせてゆけない。情けないが、とりあえず思いついたことを吐き出してみる。

「演奏で上手くいっている時を想像するにあたって思うのは、上手くいっているな、ということは、まさにその演奏中にはほとんど感じたことがありません、無になっている、といいますか。で、次の日になって改めてあの時は良い集中が出来た、良い演奏ができた、など回想する、というような感じなんですが・・・」

先生「それでは、その回想をしている日のことを思い出してみてください。・・・・・・なにかからだについての変化がありますか?」

私「・・・えっ・・・・からだですか・・・・ちょっと待ってください・・・・・ええっと・・・」

私「・・・・・・す、すみません・・・・先生にそう言われて一生懸命検索(?笑)をかけようとしている自分がいます」

先生「そうですか。一生懸命検索をかけようとしているのですね。なにか他には気づくことは?」

私「・・・・・んん?こうして一々思い出すのに時間がかかるのは、どういうことなのかと、思っています。あと、これはイメージですが、今まで自分の外側に向ってのみベクトルをむけて発進していたのを、今一生懸命に自分側にも向けようと、ベクトルの方向転換しようとしている自分がいます・・・」

先生「そうですか。方向転換をしようとしているのですね。今、からだについて気づくことありますか?」

私「ええっ・・・・なんだろう?・・・・・・・・あっ、ベクトルを自分側にもむけてみたら、少し呼吸が楽になったかもしれません」

先生「そうですか。ベクトルを自分側にもむけてみたら、少し呼吸が楽になったのですね。何か他には気がつくことはありますか?」

と、まあ、このように、執拗なまでに質問ぜめにさせられる私。自分の心と体の実況中継を行うワーク、といったところか。禅問答に近いような気もする。

不思議なのはこのようなやりとりを続けてゆくうちに、自分の気持ちに徐々にゆとりが生まれてきたこと。自分が発した言葉を先生がリピートするだけなのだが、そのリピートされた言葉は、何か新しく生まれ変わった言葉としてく新たに自分の中に吸収されてゆく。(註4)
その後ピッコロを吹いた時に気づきがあり、それを言葉にしてみた。

「ピッコロはフルートに比べ、より少ない息で音が出るのに、私の場合、気がつくと、フルートと同じようなタイミングにて同じ量の息つぎをしようとしてしまい、結果過呼吸気味になる時があります。それをやめようと思いました。」

言いながら、自分の言葉に第二の自分が諭されているような不思議な感覚を持った。


【8月20日 グループレッスン】

相変わらずCDリリース関係の雑務に振り回される多忙な日々を送っていた。その忙しさは、午前中に行ったばかりの事を、夕方には、2、3日前の出来事のように感じてしまう程。不眠や食欲不振など、いいかげんに日常生活にも差し障りが出始めている事は気になってはいたが、上手く回避方法を見つけられないでいた。

この日は一応の所、楽器と、前日から練習をし始めた新曲の譜面を持参してはみたものの、今日これから始まるレッスンで、一体自分はフルート演奏の何を見ていただきたいのか、本日のテーマ、課題のようなものが一切見つけることが出来ない自分を猛烈に恥じていた。気になることといえば、仮にもグループレッスンで、何名かのリスナーの前で練習不足の自分をさらけ出し、恥をかくのは辛い、ならばいっそのこと今日はフルート演奏をみてもらうのはやめようか、など、極めて消極的なアイデアばかり。

レッスン冒頭の自己紹介コーナーでは、とりあえず上記の心情を素直にお話してみた。

この日は私を含め受講者が5名。私とは初対面の方がお二人いらっしゃった。他の受講者の方々の自己紹介をお聞きする中で、人にはそれぞれご自分の歴史、アレクサンダーテクニークを受講することになった経緯が、多種多様にあるのだなあ、ということを感じた。同時に、私はパフォーマーとしての自分に強いこだわりを持っているのだ、という事を認識した。

アクティビティの時間(生徒さん一人一人が、歌やダンス、楽器演奏など、その日先生に見ていただきたい活動を行い、他の受講者は見学する)、先生が、

「大久保さん、どうされます?フルート吹きますか?」

のお言葉に、私が一瞬顔を曇らせたことを察したのか、

「その前に、こういうワークをやってみましょうか」

と、輪になってすわっている皆の真ん中に呼び出された。

もう一人の受講者の方とペアで行うワーク。一人がしゃがみこみ、片方の手を延ばす。もう一人はその手をひっぱるように相手を動かす。聞き分けがなく路上に座り込んだ大型ペットを無理矢理縄でひっぱって連れてゆこうとする時の動きに近い。



まずは、何も考えずに相手を引っ張ることに集中して、力任せにがんばろうとするが、相手は微動だにしない。

次に、先生は私の背後からハンズ・オンしながら、早口でたたみかけるようにお言葉。

「ご自分の頭の高さ、背中の広さ、胴体の奥行き、太ももの長さ、股関節から膝、足首、つま先、かかと・・・・」

早すぎるあまり、なにか魔法の呪文のようにさえ聞こえるお言葉。ただ、これらのお言葉を聞いた瞬間、自分自身の身体に対する注意力が増すことが確認できた。

・・・・・そして、軽く一歩踏み出す時のように動いてみたら、相手は簡単に引きずられた。

これは、見学されていた他の受講者の方々の目にも相当不思議現象のように映ったらしく、私への質問。

「一回目ダメだった時、二回目成功した時では何を違えたのですか?」

私「・・・・?・・・なんだろう?上手く言えませんが、一回目は、『相手を引っ張る』、という、自分が今から行わないといけない行為にしか、注意が向いていませんでした。意識したのは、相手の身体の大きさと、引っ張らなければいけない方向の2点のみで、言ってみれば『自分がない』状態のまま、行動したような感じです。二回目については、先生のお言葉とハンズ・オンによって、まず一度自分に立ち戻る、気持ちを落ち着かせる時間を与えてから、やるべきことをやった結果、ということでしょうか?」

そして、私は、何故だか無性にフルートを吹きたい気持ちになっていた。

レッスン冒頭の自己紹介では、「練習不足をみんなの前でさらけだすのは恥ずかしい」など、言ったが、よく考えてみたら、恥ずかしい云々を考えるその前に、まず考えなければならないことがあったことに気がついた。

自分がやりたいか、やりたくないか、トライしてみたいか、したくないか、という自分の気持ちを、まず一番最初に今の自分に問うてみる事。

・・・忘れていた。当誌面上に書くのもばかばかしい位当たり前な事を。

そして楽器を出し、ほぼ初見に近い状態で持ってきた新曲を演奏してみる。

その後、楽器を置いて、壁を使って行うウォール・ワーク(註5)を行い、再び演奏。

演奏中にもどんどんコンディションが上がっていくことが確認出来た。


【8月29日 個人レッスン】

相変わらずCDリリースに関する雑務ばかりに振り回され、1ヶ月後に控えているリリース記念ライヴツアーの準備さえままならぬ状況が続いていた。当記事原稿については、兼ねてからこの日のレッスン分を締め日とする予定でいた。結果的に今回は、ろくに楽器に触れていない日々についてばかりを綴った日記になってしまった。実に情けない限りである。

先生「(その後)いかがですか?」
私「あの・・・今日も寝不足です。CDリリースに関する問題が山積み過ぎてしまって、毎日大変です。今はもう、何が問題なのか、さえもが分らなくなってしまっています」

先生「強いストレスを感じた時に、それを上手く逃がす事が出来ると良いと思うのですが」
私「私の場合、特に対人関係において、例えば『この人とは難しいな』と感じた場合、お腹がギュッと縮むように痛くなるクセがあります。まあ、一応大人なんで、顔には出さないようにしていますが。それで、実際的問題解決の糸口が見えるまでの間、ずっとその腹痛が続くのです。」

私「そのお腹に感じるストレスのしこり、毒素のようなものについてですが、自分の感覚においては、身体の外側に逃がしてしまえるもの、出し切ってしまえるもの、とは、到底思えないのです。ずっとグルグルと体内中を駆け回っているイメージ、といいますか。」

先生「じゃあ、『逃がす』ではなく『混ぜる』とか。」
私「笑!!」

混ぜ混ぜして毒素を薄くする!?というイメージなら、沸きやすい。

思わず笑ってしまったが、こういったささいな自身の身体感覚に対するイメージに、我々は意外と日常的に左右されているのかもしれない、と思った。事によっては自分で自分の首を絞めてしめてしまう結果になる場合も多いのかもしれない。

先生「フルートは吹いていますか?」
私「あ、おととい位から、やっと練習をし始めました。いい加減に来月から始まるツアー曲の準備をしないといけない時期ですので。それで、ここ最近あまりにモヤモヤした気持ちで過ごしていたこともあり、気分がスカッとするような曲を選曲しよう、と思いまして、ノリの良いサンバの曲を選びました。すると、さらっている内に気分がどんどん浮上してきまして。私は音楽によって随分救われているな、と思いました。」

先生は大きく頷かれました。


【 かわかみひろひこ氏による註釈 】
(註1)ヨガマットをしいて
大久保はるかさんとの個人レッスンは、すべて横浜の貸しスタジオで行っているため。
根拠地の東京スタジオにて、テーブル・レッスンを行うときには、専用のテーブルを使う。

註2)太ももを軽く内側と外側にそれぞれねじるような動きをされた時
おもにウォルター・カリントンWalter Carrington(1915-2005)系のアレクサンダー・テクニークの教師たちが行う、テーブル・レッスンのワークの1つ。
このような動きを教師と行う際に、少し待って(インヒビション)、「首が自由に、頭が前に上に、背中が長く広く、両膝が股関節から離れて前にそしてお互いに離れて行ける」という4つのディレクションを自分自身に与えることによって、太ももを軽くねじる動きをしたときに、全身と脚のつながりと「からだ」の全体性とを回復することが期待できる。
ウォルター・カリントンは、教師トレーニング中に勃発した第二次大戦に、パイロットとして出征。空中戦で撃墜され、両股関節に人工関節を入れる。医師からは、「もはや歩けない」と言われたが、自らリハビリして歩くことができるようになる。戦後再開されたトレーニングに復帰。アレクサンダー・テクニークの創始者F.M.アレクサンダーの晩年まで、彼のアシスタントを務めた。温厚な人柄と、人生に対する建設的な態度で知られる。

(註3)「寝返りをうつ」というワークを行った
両腕はバンザイする。
全身のつながりを回復する目的で行った。
この手順は、化石人類アウストラロピテクスの発見者として知られる、医師、人類学者、解剖学者であったレイモンド・ダート(Raymond Dart(1893-1988)博士の考案した、アレクサンダー・テクニークの自習の手順ダート・プロシージャーのなかの1つである。
ダート・プロシージャーは、主にウォルター・カリントン系のアレクサンダー教師たちによって受け入れられた。
レイモンド・ダート博士は、アレクサンダー・テクニークの創始者F.M.アレクサンダー(1869-1955)の生徒で、支持者であった。人類学者としては、アウストラロピテクスが化石人類であるという学説が認められず、学会から総攻撃を喰らい、孤立。長く不遇であった。後にF.M.アレクサンダーは、ダート博士の求めに応じて、直弟子アイリーン・タスカーを南アフリカに派遣する。

(註4) 
生徒さんの言葉を、共感を抱きながら傾聴しつつ、反芻する、今日コーチング等でも広く用いられるこの方法は、アメリカの臨床心理学者カール・ロジャーズCarl Ransom Rogers(1902-1987)によって発見され、今日のカウンセリングやコーチングに大きな影響を与えたとされる。
けれども、そのやり方が広く流布される前に、同時代のアレクサンダー教師ウォルター・カリントンによって、行われていた(2002年にエリザベス・ウォーカー【Elisabeth Walker 1914-。今なおオックスフォードで教え続けているF.M.アレクサンダーの直弟子】に確認したところ、少なくともある人たちに対しては、F.M.アレクサンダーもそのようにワークしたとのことであった)。
アレクサンダー・テクニークのレッスンでは、あたかも肉体と精神が分離するようなフワフワした不安定な状態から(この状態では実力は発揮できないし、練習しても効果は出ない)、「今ここ」に戻ってくるために行う。それによって、生徒さんは、本来の智恵や可能性を回復しうる。

なお今回このワークを行った際には、現在トレーニング受講中の心理技法ソマティック・エクスペリエンスも参照した。

(註5)ウォール・ワーク
連載2回目(2012年6月25日号 No.232)の写真と文章を参照してください。

脚註の敬称は、省略させていただきました。

アレクサンダーテクニーク個人 64回目

2012年09月13日 09時24分25秒 | アレクサンダーテクニーク
日本フルート協会会報に連載中の 《フルート演奏における身体コンディション調整とアレクサンダーテクニーク 4》 の原稿提出を終えたばかりで、ちょいお疲れモードの私。

お疲れ理由の一番は、「ちゃんとした文章を書かねば!」というプレッシャーかな。

あたりまえ、だよね。「ナントカじゃーん!!」とか、「だよねーー!!」とか、間違っても絵文字とか、使えるわけでもナシ。実際のレッスンでは結構ラフな言葉で話しているんだけど、文章にすると、なーーーんか、さーー、どうしてもかしこまった書き方になる。

読み返したとき、「大久保さんてまるで聖人君主のよう」、とか思えて、自分で笑っちゃったりしてさ。

ま、と、いうことで、今回、グダグダに書いちゃお。

**

ここ数ヶ月、個人レッスンの冒頭では、先生に仕事のグチを聞いてもらうことに時間ばかりとらせてしまっている。申し訳ないな、と思いつつも、やっぱり、今日もグチを聞いてもらうところからスタート。

私も、まあ、次から次へと、文句タラタラ、出ること、出ること・・・・一方では「なんか、アレクの先生って、大変だよな。今の私みたいなつまんない話を、イチイチ他の生徒さんからも聞いたりするのだろうか・・・・」とか、思いつつも、、、、止まらない・・・・どんだけストレス抱えてるんだろう、私・・・結構本気で情けない。

で、そのストレスが、ここ数日具体的に形となって身体に出ちゃってるのは、右手親指のしびれ。多分、パソコンのマウスを長時間にぎりしめていた結果かな。

それを言ったら、「必殺しびれ取りワーク」(!?)に入った。

今まで行ったことのあるワークの中で数種類行う、というものだったのだが、、、、壁を使って行う「ウォールワーク」、イスを使う「チェアワーク」、(一見あやしげな)握手ワーク・・・・etc.......

ちょっとはしびれ方がマシになったので、その後、フルートを吹いてみたら、最初、なんか、イマイチ・・・・悪くはないけど、良くもない、なんだ?これ?

先生が一言。

「股関節の解放、と言いますが、股関節の場所は、手で触れることの出来る皮膚の表面、よりもずっと奥、にあります」

「なので、「奥」「奥」と思ってください」

ピンときた

そうだ、そうだよ

・・・・で、「奥」「奥」と思いながら、フルートを吹いたら、、、、

信じらんないぐらい音量が上がった。呼吸もラクに深く出来るようになった。音質も向上した。

いつも思うけど、ナンなんでしょ、これ??こんなことぐらいで、音量、音質が一瞬にして変るなんて・・・・


こちらも発刊

2012年08月29日 22時46分28秒 | アレクサンダーテクニーク
日本フルート協会会報No.233が発刊されました。小生、アレクサンダテクニーク受講記録を連載しています。下記に転載します。

かわかみ先生のキビシーイ検品チェック!!をクリアした原稿です。信憑性は高いと思われます。

自分で言うのもナンだけど、これ見ると、大久保さん、がんばってるなーえらいなーって感じ(笑)



《 フルート演奏における身体コンディション調整とアレクサンダーテクニーク 3 》

大久保はるか (No.5357)

【5月23日 個人レッスン】

先生「先日(5月20日)の本番はいかがでしたか?」

私「お陰さまで本番は無事終了しました。ステージ上で咳の発作は一切出ませんでしたのでホッとしているところです。ただ、その日の打ち上げが盛り上がり過ぎまして(笑)、結局翌日の朝まで飲み歩いて始発電車で朝帰りという、まるで学生みたいなことをやらかしてしまいました。その日の明方頃から喉が痛くなってきて、今は咳喘息の症状がぶり返しています。単に不摂生によるものだと思います(苦笑)。それでですね、実は明後日、別口の本番がありまして、焦っています。」

と申し上げて、予定曲の触りを演奏してみる。

先の本番終了後フルートを吹いていなかったこともあり、自分の調子を探るのに精一杯の演奏しか出来なかった。

先生は「一度楽器を置いて、『イスの背に両手を置く hands-on-the-back-of-the-chair』というワークをやってみましょうか」

とおっしゃり、イスを縦に2つ並べた。私は後方のイスに浅く座り、前方に置いたもうひとつのイスの背もたれを両手で軽くつまむような動きを先生の指導の下に行った。

イスの背もたれに手を置く際、まずは親指以外の4本の指をイスに触れさせ、その後親指を添えて、結果、イスの背もたれを前後からつまむような形になるこのワーク、やってみると、フルートを持つ時の筋肉の感覚に近いので面白い。そこで、長年運指のトレーニングをする際に気になって仕方なく、さりとて誰に相談することも出来なかったことを打ち明けてみた。

私「フルートを吹く際の左手ですが、親指と残り4本の指とでは、指を動かす際使われる筋肉の系統が大きく分かれるような気がしてならないんですが、その考えは正しいのでしょうか?」

先生「ああ、正解ですよ。」

私「やっぱりそうでしたか!それでは、そのチグハグに使われている筋肉を、無理やり一致させよう、というような考えの下で指のトレーニングに臨まなくて良い、ということですね?」

先生「はい。そうです。」

・・・・・長年の疑問から解放され、開眼した瞬間だった。難しい運指のトレーニングは、その出音を均等にすることが目的だが、何も自分の筋肉の感覚まで均等にしよう、などと思う必要は全くない筈なのだ。


イスの背に両手を置く




【6月4日 グループレッスン】

私がグループレッスンを受講している会場は、家から約2時間ほどかかる場所にある。会場に向う電車の中では、ここ最近の自分の暮らしぶりを振り返ったり、今日はどのようなことに視点をおいてフルートの演奏を見ていただこう、などぼんやり考えていることが多い。

思えば5月は、ゴールデンウィーク中に演奏の仕事があり、その後20日、25日と、合計3本の別口の本番があって忙しかった。このスケジュールがはっきりした時、この際5月は25日まで仕事に徹することにして、その後マイ休日を取って遊びに出かけ、そのあたりを自分にとっての遅いゴールデンウィークとしよう、と決めていた。

このマイ休日、気がつけばとんでもなく大型連休になり過ぎてしまい(苦笑)、結局先日の本番以来この日まで丸々10日間楽器に触らず遊び呆けた結果となった。

レッスン会場に着いたら、私とは全員初対面の合計7名の受講者の方々がいらっしゃった。私が演奏する番になったら、皆イスを移動させ、ステージ上のパフォーマーと観客席というような並びになり、こんなことになるのだったらせめて今日の朝にでも少しは音出しをしてくれば良かった、と後悔したが、時すでに遅し。

軽く音出しをした後、2週間後に控えているレコーディング合宿での収録予定曲の触りを吹いてみる・・・・が、例によって非常にまずいサウンド・・・まるで時期はずれの正月ボケのような音(苦笑)に自分でゾッとしてしまった。

よっぽど聴くに耐えられないサウンドだったのか、演奏途中で先生が「すみません、途中ですが、」と遮断。(註1)

先生「(演奏して)いかがですか?」
私「いやあ、調子悪いです。」
先生「・・・ですよね。一度楽器を離れてこのような動きをやってみましょう」

とおっしゃり、人と向かい合って立ち、お互いの腕を繋(つな)いで、徐々に膝を曲げて腰を落としてゆき、最後は完全にしゃがみこむ、そしてまたそこからゆっくりと立って行く、というワークをした。(註2)

「立っている状態から、膝を曲げて行きましょう」と言われると、つい、「腰だけでがんばって動いて行こう」、もしくは「腰からがんばって動かそう」とし過ぎてしまう時がある。このような時は傍からの見た目として、出っ尻で腰が引けてしまっている状態でカッコが悪い上、身体のバランスがとりにくい。このような動き方をすると、綱引きで負けたときのような感じで相手方向に引きずられてしまうこととなる。

バランスよく相手に支えられながら、相手を支えつつ、両膝を曲げて行くためには、具体的に引っ張っている、ひっぱられている腕の感覚よりむしろ、自分の背中、胴体全体の長さ、広さ、奥行きを同時に思い出してあげると良い、というようなお話であった。

最初の数回は、出っ尻で腰が引けてしまっている状態には全く気がつけず、すぐにバランスを崩し敗退してしまったのだが、「腰のみをどうこう」と考えず、「腰は胴体の一部で、背中の広さ、長さ、胴体の奥行きのことも考えて」と発想を変えてみたら上手く行き、きれいにバランスを崩さずしゃがむことが出来た。

上手く行ったテイク時には、何故か同時に呼吸が楽になり、肺活量が急に増えたような感覚、肺そのものが少し背中側に膨らんだかのような感覚もあった。

そして再びフルートを演奏。1度目に比べてかなり調子が上がった。

その後、今度は先日個人レッスンで行った、『イスの背に両手を置く hands-on-the-back-of-the-chair』というワークを行った後に三度演奏。

更に調子が上がり、他の生徒さん達から拍手を頂けたことは嬉しかったが、ここで甘んじて明日以降あまり練習をしなくなり、「アレクサンダーテクニークのレッスンさえ受けていれば楽器が上達する」という極論に走ってしまうのは明らかに違うな、ということも同時に確信。

「いかに練習するか」というのはパフォーマーの永遠の課題だと思うが、練習には「無駄な練習」と「効率の良い練習」というものがあり、より効率の良い練習が出来るための身体作りのためにアレクサンダーテクニークを学んでゆこうと思う。

ああ、明日から時期はずれの正月ボケを直そう・・・・


手を繋いだスクワット



【6月6日 個人レッスン】

この日はフルートとピッコロの持ち替え演奏を見ていただいた。私は普段フルート、ピッコロ、アルトフルート、バスフルートの4種の持ち替え演奏をしているのだが、ピッコロへ持ち替える時が一番緊張する。

そもそもリスナーとしても高音域を聴くのはあまり得意ではない。ソプラノ歌手のハイトーンや、バイオリンの高音域、ピアノの高音域の響きも苦手。高音楽器であるフルートを自分の専門として選んでしまったことを今まで何度後悔したことか知れない。

ただ、私が普段演奏を行っているジャズ・ポピュラー系のイベント会場では、フルート1本だけで一晩がんばるよりも、4種並べて使い分けるスタイルの方がお客様にはより楽しんで頂けるらしいということを知ってからここ数年、演奏曲を選びつつも効果的にピッコロ演奏を取り入れるようにしている。

まずはフルートを吹いて、そしてピッコロに持ち替えて演奏。

・・・やはりピッコロはアンブシュアが定まりにくいように感じる。特に高音域に上がっていくフレーズの際、音が出にくくなる。

先生が突然、「急に話が変ってしまいますが、歌を歌ってみたらいかがですか?」

私「へっ?歌ですか?・・・えっ・・イヤなんですけど(笑)・・・」

先生「まあ、そうおっしゃらずに、何でもいいですので。そして歌うときに、低い声から高い声に移る時のご自分の喉の動きに注目してみて下さい」

とおっしゃるので、仕方なくド・レ・ミ・ファ・ソ~と音階を歌ってみる。

高い声は出しにくい。のどに過剰なハリと負荷がかかる感じがしてしまう事が良くない気がして、力を抜いて出そうとするが上手く行かない。

先生「咽頭(いんとう)には甲状軟骨(こうじょうなんこつ)といわれる骨があります。高い声を出すときには、おじぎをするように下に傾きます。つまり動くのです。そしてその動きは、必ず周辺の筋肉の必要な緊張によって引き起こされます。」

・・ということは高い声を出す時、喉がスジ張ってくるような緊張を感じることは、ある程度なら許しても良い、ということなのか・・・のどに緊張を感じることは必ずしもいつもNGというわけではないのか・・・

そして今度は、もう一度ド・レ・ミ・ファ・ソ~を歌いながら先生のアドヴァイスに従い、高音時に甲状軟骨がおじきをして傾く方向を自分の手のひらで指し示しながら歌った。

・・・すると、高音域がとても楽に歌えた。

先生「ピッコロの音は高いですよね。もしかしたら高い声を出す時の状態と似ている所があるのでは?」

の一言にハッとしつつ、ピッコロを持って、先ほどの歌と同じようにゆっくり音階を吹いた所、いつも出にくいと感じる高音域がとてもラクに出せた。

思えば私はピッコロやフルート高音域の練習をする際、「力を抜こう、抜こう」とし過ぎてしまう嫌いがある。必然的に生まれるある程度の筋肉のハリは、ハリとして認めてあげよう、許そう、という気持ちが大切なのかもしれない。



【6月6日 個人レッスン 終了後】

6月6日受講の『歌を歌うときの甲状軟骨の動き』について、その後数週間掘り下げて考えていた。

例えば、歌で「ド~ド」と、1オクターブ上へ跳躍がある音程を歌うとする。高い声を出す際、甲状軟骨の大きな動きを喉の動きとして容易に感じることが出来る。それではフルートで中音域C音から1オクターブ上のC音を出す際はどうであろう。歌を歌う時と全く同じような喉の動きは必要ない筈なのである。

下手をしたら喉の動きとしては『跳躍ナシの同じドの音を2回歌う』位の感覚でも十分高い音は鳴らせる筈なのである。

ところが私の場合、特に下から上へ大きな音の跳躍があるフレーズの際、気がつくと、『歌を歌う時と全く同じように甲状軟骨を動かそう!動くべきだ!』という風につい思ってしまい、結果余計な緊張を喉に与えてしまう嫌いがある、という大発見があった。

面白い。非常に面白い発見である。

過去に受講したフルートレッスンの中で、その時には先生から言われた事を全く理解出来なかったとしても、数日後、数週間後、数ヵ月後、はたまた数年後に、それまで経験した色々なこととつながって理解でき、突如として「わかった!」と思える瞬間がある。気づきの瞬間の面白さという点においては、音楽レッスンとアレクサンダーテクニークのレッスンは相通じるものがあり大変興味深い。

今回新しく芽生えた気づきの芽を大切に育ててゆこうと思う。


【 かわかみひろひこ氏による註釈 】
(註1)この日のグループは人数が多かったため、そしていろいろなワークの後の変化を大久保はるかさんに体験していただきたかったので、時間の制約上、演奏を中断していただいたのです。

(註2)手を繋いだスクワット。アレクサンダーテクニークの基本的な方向、つまり、「首が自由になるのを許してあげて、(どんなふうにかというと)頭が前に上に、(どんなふうにかというと)胴体の奥行きを思い出しつつ背中が長~く広~く、(どんなふうにかというと)両膝が股関節から前にお互いに離れて行く【太ももが長~い長~い】。すべてが同時にそして順番に」、このからだ全体の関係を大事にして、首や背中側(腰部や臀部を含む)、胸、腋の下が広がったまま、股関節も解放したまま行う。

 しゃがんでいくときに、あるいはしゃがんだ状態から立っていくときに、仮に膝や太ももに負担が増えるようであれば、失敗である(股関節周辺の筋肉を固めてしまっていることが原因であることが多い)。
そういった場合、しゃがんでいきながら、あるいは立って行きながら、胴体の奥行きを大事にしつつ、太ももを小さく開いたり閉じたりしてみると上手く行くこともある。

しゃがんでいくときに、あるいはしゃがんだ状態から立っていくときに、仮に肩や腕に負担に負担あるいは負荷の増加を感じるようであれば、失敗である。肘はやや曲げておき、肩甲骨や鎖骨を二の腕が向いている方向に突き出さないようにすると、からだの背中側だけではなく、からだの正面側も広がり、肩や腕の負担が軽減できることもある。

いずれにせよこの手順を適切に行うためには、アレクサンダーテクニークの教師の指導を直接受けていただくことをお薦めする。

発刊されました

2012年06月26日 10時45分10秒 | アレクサンダーテクニーク
日本フルート協会 会報 2012年6月25日号 No.232 が発刊され、昨日私の手元に届きました。

ワタクシ、ヘナチョコですがちょーがんばって原稿書いてます。かわかみ先生の註釈付きなので信憑性は高いと思われます~同文を下記に掲載いたします。



《 フルート演奏における身体コンディション調整とアレクサンダーテクニーク 2 》

大久保はるか (No.5357)

【4月11日 個人レッスン】

4月といえば新学期がスタート、新入生、新入社員、新生活、など『新』という言葉が多く交わされる節目の時期である。今回で2回目の投稿となるアレクサンダーテクニーク受講記録だが、大分以前より第2回目の記事は4月頭のレッスンから書くことにしようと決めていた。理由はただ単に新たな気持ちで生き生きとレッスンに臨めそうな気がしたから、という事だけだったのだが、人間いつどこで何が起きるか分からないものだ。3月中にかかった風邪と花粉症が治った後カラ咳だけが長く残ってしまい、レッスン日の前日行った病院で『せき喘息』と診断された。フルートを演奏するような事態ではなくなってしまったのだ。

駅からレッスン会場までは急坂を登る。薬の副作用によるものなのか動悸が激しく、通常より2倍ぐらい息苦しく感じた。やはり今は安静が必要ということなのであろう。

先生には「そういえば、フルート協会の次の記事はいつぐらいから書き始めるご予定ですか?」と聞かれ、

私「正直な話、執筆意欲が全く沸きません。あと、なんと言いますか、今の私ですと病気の話から書かざるを得ない訳でして、ああ、カッコ悪いなあ。出来る事ならそういう弱い所を公にさらしたくはない、と思うわけです・・・」

先生「アレクサンダーテクニークの教師になるためのトレーニングコースというものがあります。資格修得までは3年以上はかかります。(註1)それにはいくつも理由があるのですが、そのなかの1つに次のようなものがあります。すなわち、3年という年月の中では色々な事が起こります。心身共に健康な時ばかりではなく、体調が悪い時、体調こそ良くても仕事が上手くいかなかったり、身内に不幸があったりと」

「その辛い時期の過ごし方というのが実は重要でして、そういった経験を糧にして自分を一回り大きく成長させるための準備期間という意味もあると思うのです。そしてこれは何もアレクサンダーテクニークの教師を目指す人達に限ったことではなく、誰にでもあてはめて考える事が出来るように思うのですが」

「それに、今の大久保さんの状態に共感する読者の方々は絶対いらっしゃると思いますよ」とも。

これらの先生のお言葉には大変励まされました。何か吹っ切れないような所があり記事を書くペンが進まなかった自分ですが、今は今、として書いてゆこうと思います。

この日はセミスーパイン semi-supine(註2)と呼ばれるワークを行った。このワークは教師と一緒に行うときにはテーブルワーク(テーブルの上で行うとき)とかフロワーワーク(床の上で行うとき)と呼ばれる。例えば、テーブルの上にヨガマットを敷いて、生徒はその上に仰向けに横たわる。頭の下には薄い本を数冊置く。置く冊数は生徒に合わせ調整する。足は両膝が天井を向くぐらいの角度で曲げる。

このポーズ、実はイギリスのトレヴァー・ワイ氏のスタジオでレッスンを受けていた頃、トレヴァー先生に教えて頂いたリラックスのポーズ(トレヴァー・ワイフルート教本 第2巻【テクニック】改訂新版 P.30参照)と同ポーズで、その時には「フルートの練習で疲れた時に行うと良いですよ。俳優である友人から習ったんですよ」とのお話だけ頂いていた。留学中はほぼ毎日行っていたのだが、その頃はてっきりヨガのポーズか何かなのだと思い込んでいた。帰国してしばらく経った後、これがアレクサンダーテクニークで補助的に行う(註3)ワークだったということが分かった時には心底驚いたものだ。

このテーブルワーク、教師は手と言葉を使って、生徒にからだ全体が広がっていく方向を促しながら、生徒の頭を左右にゆっくりと転がしたり、腕を片腕づつ軽く上に持ち上げたり戻したしたりなど、パーツごとに動かしてゆく。言葉で説明するのは大変難しいのだが、超ソフト整体マッサージに近いイメージ、と言ったら分かりやすいだろうか。とはえ俗に言うマッサージの施術とは明らかに違う。

一番最初にこのワークを受けた約3年前、あまりにも不思議な動かされ方をするので戸惑ってしまい、「すみません、何をどうしている、ということなのでしょうか」と質問したことがある。その時には「ただ、あなたの頭はここにあって、首はこのような可動性があって、腕は肩甲骨のところからこの様につながっていて、ここでこういう風に曲がる、など、確認をして差し上げている。ただそれだけなんですよ」とのお話でした。

そしてこの日の私だが、やはり数分に1回以上は咳き込んでしまうという酷い状態だった。仰向けに横たわっていると、咳を一度する際全身の筋肉がキュッと縮こまってしまうことが背中側から容易に感じとれる。普段健康な時にはこのワーク終了後は余計な筋肉の緊張がほぐれ、自分が一回り大きくなったかのような良い感覚があるのだが、この日は自分の咳がせっかくの体の解放のための過程を一々ぶち壊しにかかっているような、全くもって残念な状態にあった。

仰向けに横たわった状態の私の足の裏を、先生が軽く触るか触らないかのところでハンズ・オン Hands On し、「今、呼吸と共にこの足の裏までの全身がわずかに動いていることが確認取れますか?」とおっしゃった際、ハッとするような気づきがあった。

咳をして苦しくなるのは喉や呼吸器官であり、当然苦しいところ、痛いところに意識が向ってゆくのが人間としての本能だと思う。それでは、と、その咳を押さえる薬を飲むと副作用で動悸が起き、その際には心臓に意識が向ってゆく。しばらくそのようなことが続くと、大げさな言い方だが自分という動物は、喉と呼吸器官、心臓の3つだけしか持ち合わせていないんじゃないか、というような末恐ろしい感覚に陥りそうになる時がある。つまり直接の痛みを感じていない、病を患っていないパーツ、腕や脚、その他の臓器などは、まるで意識からスッポリと抜け落ちて、その存在ごと忘れてしまいがちなのだ。

先生に足の裏をハンズ・オンされて「ああ、私には足というものがあり(笑)、呼吸とは、足の先までの全身運動だったのか」とあらためて気づかされた。


テーブルワーク


【4月25日 個人レッスン】

レッスン会場は、駅から急坂を5分程登った丘の上にある。会場に向う坂道の途中には大きな桜の木が数本あり、2週間前には満開だった桜が今日はすべて散っていた。そのかわり施設周辺の公園内にはチューリップやつつじなど色とりどりのたくさんの花が春の香りを運んでいた。

2週間前のレッスンでは自分の病気のことで頭がいっぱいで、満開だった桜を楽しむ余裕など一切なかったことを思い出した。実のところ桜が咲いていた事など殆ど気がつかなかった程だった。あの時はよっぽどうつむいて縮こまり、まるで這うように歩いていたらしい。

今日は「ああ、桜は散ったけれどチューリップが満開だな」など周辺の景色を楽しむゆとりがあったことで、2週間前に比べ自分の病状も落ち着いてきたということなのかもしれないな、と感じた。

レッスン冒頭で先生が「その後、お加減はいかがですか?」とおっしゃるので、幸い薬が効いていて症状は良くなってきていることを告げる。その中で最近気になるのは、薬のせいによるものか自分の筋肉に対する感覚が今一歩疎くなっている嫌いがあることをお話しする。

「例えば物を持ち上げるとき、この位の力具合で、このように体を使って、という感覚がわからなく、計れなくなっています。それと、ちょっとした動きをしただけで筋肉のスジを違えてしまうことが増えました。寝違えてしまった時と同じような状態が日常のちょっとした動作中に起こってしまう、という感じでしょうか。困っています」

そしてテーブルワークに入った。テーブルワークは2週間前のレッスンで行ったばかりなのだが、アレクサンダーテクニークのレッスンではその都度その都度、違う角度からのフレッシュな気づきをもたらされる。「また同じ事(ワーク)をやるのか」というような気持ちにさせられたことは過去一度もない。その日、その時の自分のコンディションというのは、後にも先にもその日その時限りのものだからなのかもしれない。

頭の下に置く本の冊数について、「これぐらいで良いですか?少し(枕として)高すぎる感じ?1冊抜きますか?」と質問されて、

「・・・・??・・すみません、正直わからない感じなんです。なんでしょうか?判断出来ないんです。というのは、ここ最近咳ばっかりしていたら何となく体の骨格のバランスそのものが根本から崩れてしまった感じがしていて、骨と骨がどこか大きくずれてしまっているのでは?と自分で疑ってしまうような・・・・中でも一番疑ってしまうのは骨盤です。最近腰が痛いので、もしかして骨盤がずれてきているのでは?などの考えばかりが先に立ってしまっています」と申し上げたら、「それでは、」と、先生は大腿骨(だいたいこつ、太ももの骨)をハンズ・オンなさった。

腰が痛くて、と申し上げているはずが、先生は腰ではなく太ももの骨をハンズ・オン。「何故ですか?」と質問する間もなく、「太ももの骨のことを思ってみましょう。骨の内部には骨髄と言われる組織があって、赤くてドロドロして血液を作っています。私の両手を使って、そういうものがあるのだなと思ってみます。」(註4)

私たちが普段食べ物でよく目にする動物の骨は、すべて死んだ動物の骨であるが故、「骨を想像してください」と言われると、つい死んで乾いてしまっている動物の骨をイメージしてしまいがち。実際のところ、生きている動物の骨の内部は、血液細胞を産生する造血組織があったり、血管が走行している。骨は、我々が想像するよりもはるかに潤っていてみずみずしいものなのだそうです。

そのような説明を受け『生きている動物の骨』を想像してみた時、太もも周辺にかかっていた余計な筋肉の緊張がスッと抜け落ちたような感覚があった。すると同時に腰の辺りの筋肉の張りがゆるんだのか、お尻を少し前の方にずらしたくなるような感覚があった。

その後ワークを終えゆっくりと起き上がった際、腰痛は全く消えていたので驚いた。

筋肉の名称で言うと、胴体の正面から脚に向かう大腰筋(だいようきん)、胴体の後ろから脚に向かう大臀筋(だいでんきん)という大きな2つの筋肉が適度にリリースされより柔軟に働くようになった結果、ということらしい。


【5月7日 グループレッスン】

レッスン日前日の夜、いつも一緒に演奏している音楽仲間のご家族の訃報を知らされ、その後色々な事、人の生死などについて深く考え込んでしまっていたら眠れなくなり、この日は殆ど一睡もしていない状態でレッスン会場に向う。

レッスン冒頭では、先生より「その後、最近いかがですか?」など、一人一人インタビューを受けるのだが、上記の理由で一睡もしていない旨はお伝えしなかった。いくら考えても結論の出ないような堂々巡りの考えを断ち切るには、メンタルケアを先に望むよりフィジカル面からのアプローチにトライしてみたい、という希望があったためです。

本当は楽器を演奏するような気分ではなかった。しかもこの日はグループレッスン。他の生徒さん達の前に立って演奏を強いられるので、より一層気が乗らなかったのだが、その気持ちは自分の中で一旦伏せておくことにして、とりあえず楽器を組立て軽く音だしをしてみる。

先生「(音を出してみて)どうですか?」

私「・・・・・・、まあ、そんなには悪い調子ではないような・・・・・、あ、そういえば思い出したことがあります。数日前の本番中、自分のブレスをする時の音がうるさいな、と思ったのですが、止める事が出来ませんでした」

先生「それは、F.M.アレクサンダー氏が、ご自身に対して一番最初に気がついた癖ですよ。(註5)そのアレクサンダーが考えた手順の1つをアレクサンダー・テクニークの原理にしたがって、やってみましょう。」

とおっしゃり、壁を使って行う 『ウォールワーク』(註6)を行った。

壁に向って立ち、両手のひらを軽く壁につける。まずは壁の上の方に向って手のひらで歩いてゆくような動きをする。その後今度は壁の下の方に向って同様の動きをする。動きに合わせだんだんと腰をかがめてゆき、最後はしゃがみこんだ姿勢になる。そこからまた徐々に上に向って手のひらで歩いてゆき、元の立った姿勢に戻る。この上下運動を繰り返す。

このワークを行う際、特に気をつけたいのは腰をかがめてゆく時なんだそうです。(註7)立っている姿勢から腰をかがめてゆくとき、今から進んでゆく地面の方向にばかり意識が向い過ぎるあまり、からだのすべてを下の方向に向って自分で押し潰してしまうような動きを伴ってしまいがちなんだそうです。

確かに言われてみれば、立っていて単に腕を上に上げてゆく動作時に比べ、下に体ごとかがんでゆくような動作をする時には、なんとなく呼吸が薄くなっていることが多い。肺を風船のようなものに例えた場合、腰をかがめ、ひざを徐々に曲げてしゃがみこんでゆく動作の時は、動きに合わせ風船そのものが徐々にしぼんでいってしまうようなイメージを伴ってしまっているのかもしれない。

先生が背後から私の肋骨あたりをハンズ・オン Hands On し、「今から下の方向にかがんで行きますが、大久保さんの肋骨は、逆にななめ上の方向(写真参照:おかれた先生の手で説明すると、先生の指先から手首に向った方向)にふくらんでゆくことを許してください」

この一言と先生のハンズ・オンにより、『呼吸が入った』感じがした。

その後、今度は手のひらではなく指先のみで歩いてゆく、というバリエーション。人差し指と中指で歩いてゆく、次に中指と小指で歩いてゆく、など。

私「あ、この動き、もしかして楽器の指の練習に使えるかもしれません。トリルのプレ練習とか・・・(笑)。あ、でも、フルートの場合はずっと押さえていないといけない指があるので・・・」

先生「その場合は、指を歩かせず、壁に固定して行い、時々壁に置く手の位置をずらす(肩の高さ、頭の高さ、など)と良いのでは」

それでは、と、高音域D-Eのトリル、中音域D-E♭(D-Es)、中音域D-Eなどの指の動きに挑戦。

その後すぐにフルートを持って同じ運指を行ったら、信じられないぐらい軽やかに指が動いた。呼吸も楽。一生懸命に息を吸いいれようとしなくても勝手に息が入ってくる。

管楽器演奏では 『背中にも息を入れるように』 と言ったりすることがあるが、まさにこのことか、と実感した。


ウォール ワーク



【かわかみひろひこ氏による註釈】

(註1)
アレクサンダー・テクニークの資格認定は、下記の挙げる国際的な複数の協会が行っている。
STAT(The Society of the Teachers of the Alexander Technique)
AmSAT,GLAT、SVLAT、AUSTATなどのSTATの提携団体
ATI(Alexander Technique International)
ITM(Interactive Teaching Method)
PAAT(The Professional Association of Alexander Teachers)

(註2)
セミスーパイン(semi-supine)ポジション 半分あおむけになった格好のこと。膝を立てていることから、「半分」と呼ぶ。

(註3)
アレクサンダー・テクニークは、第1義的には、さまざまな精神的・肉体的活動中に、何かをしようとした時に現れる反応を変えていくワーク=癖(くせ)をやめていくワークである。したがって日常での実践には、特別な時間や場所を選ぶ必要がなく、いつでも行うことができる。
しかし、セミスーパインのように、癖によって縮んだ「からだ」を解放する手順もある。

(註4)
このワークは、ベテランのアレクサンダー教師でボディマッピングの創始者である、ウィリアム・コナブル博士の「7層のボディマッピング」と呼ばれる手順の一部である。

(註5)
アレクサンダー・テクニークの発見者、F.M.アレクサンダー氏(1869-1955)は舞台俳優であった。息継ぎのときに起こるうるさい呼吸音を「あえぎ声」と表現していた。その「あえぎ声」は彼自身が発声するときに頭を胴体の方に押し下げて、喉頭を圧迫したために起きたことであった。当初アレクサンダー氏はそれを解決することができず、結果的に舞台で声が出なくなった。その舞台で声を失った経験が、今日アレクサンダー・テクニークと呼ばれる、自分自身ぜんたいを解放して、能力を出しきることを可能にするワークを発見する契機となった。

(註6)
F.M.アレクサンダー氏の姪っ子で、直弟子でもあったマージョリー・バーロウ氏(1915‐2006)と同じく直弟子であった夫のウィルフレッド・バーロウ博士(医師)が発展させた複数の手順。今回ご紹介した手順の他にも、さまざまなものがある。彼らや彼らの弟子たちが、その手順を公開したために、バーロウ夫妻直系でない教師たちも学ぶことができるようになった。

(註7)
多くの方は他にも手を上に持ち上げてゆくときに、背中を押し下げながら行ってしまいがちになる(結果として腕はとても重くなる)。大久保さんは、その癖から自由であった。




フルートとアレクサンダーテクニーク 2

2012年05月16日 12時57分25秒 | アレクサンダーテクニーク
以下、日本フルート協会に提出した原稿の完全パイロット版です。


《 フルート演奏における身体コンディション調整とアレクサンダーテクニーク 2 》

大久保はるか (No.5357)

【4月11日 個人レッスン】

4月といえば新学期がスタート、新入生、新入社員、新生活、など『新』という言葉が多く交わされる節目の時期である。今回で2回目の投稿となるアレクサンダーテクニーク受講記録だが、大分以前より第2回目の記事は4月頭のレッスンから書くことにしようと決めていた。理由はただ単に新たな気持ちで生き生きとレッスンに臨めそうな気がしたから、という事だけだったのだが、人間いつどこで何が起きるか分からないものだ。3月中にかかった風邪と花粉症が治った後カラ咳だけが長く残ってしまい、レッスン日の前日行った病院で『せき喘息』と診断された。フルートを演奏するような事態ではなくなってしまったのだ。

駅からレッスン会場までは急坂を登る。薬の副作用によるものなのか動悸が激しく、通常より2倍ぐらい息苦しく感じた。やはり今は安静が必要ということなのであろう。

先生には「そういえば、フルート協会の次の記事はいつぐらいから書き始めるご予定ですか?」と聞かれ、

私「正直な話、執筆意欲が全く沸きません。あと、なんと言いますか、今の私ですと病気の話から書かざるを得ない訳でして、ああ、カッコ悪いなあ。出来る事ならそういう弱い所を公にさらしたくはない、と思うわけです・・・」

先生「アレクサンダーテクニークの教師になるためのトレーニングコースというものがあります。資格修得までは3年以上はかかります。(註1)それにはいくつも理由があるのですが、そのなかの1つに次のようなものがあります。すなわち、3年という年月の中では色々な事が起こります。心身共に健康な時ばかりではなく、体調が悪い時、体調こそ良くても仕事が上手くいかなかったり、身内に不幸があったりと」

「その辛い時期の過ごし方というのが実は重要でして、そういった経験を糧にして自分を一回り大きく成長させるための準備期間という意味もあると思うのです。そしてこれは何もアレクサンダーテクニークの教師を目指す人達に限ったことではなく、誰にでもあてはめて考える事が出来るように思うのですが」

「それに、今の大久保さんの状態に共感する読者の方々は絶対いらっしゃると思いますよ」とも。

これらの先生のお言葉には大変励まされました。何か吹っ切れないような所があり記事を書くペンが進まなかった自分ですが、今は今、として書いてゆこうと思います。

この日はセミスーパイン semi-supine(註2)と呼ばれるワークを行った。このワークは教師と一緒に行うときにはテーブルワーク(テーブルの上で行うとき)とかフロワーワーク(床の上で行うとき)と呼ばれる。例えば、テーブルの上にヨガマットを敷いて、生徒はその上に仰向けに横たわる。頭の下には薄い本を数冊置く。置く冊数は生徒に合わせ調整する。足は両膝が天井を向くぐらいの角度で曲げる。

このポーズ、実はイギリスのトレヴァー・ワイ氏のスタジオでレッスンを受けていた頃、トレヴァー先生に教えて頂いたリラックスのポーズ(トレヴァー・ワイ フルート教本 第2巻【テクニック】改訂新版 P.30参照)と同ポーズで、その時には「フルートの練習で疲れた時に行うと良いですよ。俳優である友人から習ったんですよ」とのお話だけ頂いていた。留学中はほぼ毎日行っていたのだが、その頃はてっきりヨガのポーズか何かなのだと思い込んでいた。帰国してしばらく経った後、これがアレクサンダーテクニークで補助的に行う(註3)ワークだったということが分かった時には心底驚いたものだ。

このテーブルワーク、教師は手と言葉を使って、生徒にからだ全体が広がっていく方向を促しながら、生徒の頭を左右にゆっくりと転がしたり、腕を片腕づつ軽く上に持ち上げたり戻したしたりなど、パーツごとに動かしてゆく。言葉で説明するのは大変難しいのだが、超ソフト整体マッサージに近いイメージ、と言ったら分かりやすいだろうか。とはえ俗に言うマッサージの施術とは明らかに違う。

一番最初にこのワークを受けた約3年前、あまりにも不思議な動かされ方をするので戸惑ってしまい、「すみません、何をどうしている、ということなのでしょうか」と質問したことがある。その時には「ただ、あなたの頭はここにあって、首はこのような可動性があって、腕は肩甲骨のところからこの様につながっていて、ここでこういう風に曲がる、など、確認をして差し上げている。ただそれだけなんですよ」とのお話でした。

そしてこの日の私だが、やはり数分に1回以上は咳き込んでしまうという酷い状態だった。仰向けに横たわっていると、咳を一度する際全身の筋肉がキュッと縮こまってしまうことが背中側から容易に感じとれる。普段健康な時にはこのワーク終了後は余計な筋肉の緊張がほぐれ、自分が一回り大きくなったかのような良い感覚があるのだが、この日は自分の咳がせっかくの体の解放のための過程を一々ぶち壊しにかかっているような、全くもって残念な状態にあった。

仰向けに横たわった状態の私の足の裏を、先生が軽く触るか触らないかのところでハンズ・オン Hands On し、「今、呼吸と共にこの足の裏までの全身がわずかに動いていることが確認取れますか?」とおっしゃった際、ハッとするような気づきがあった。

咳をして苦しくなるのは喉や呼吸器官であり、当然苦しいところ、痛いところに意識が向ってゆくのが人間としての本能だと思う。それでは、と、その咳を押さえる薬を飲むと副作用で動悸が起き、その際には心臓に意識が向ってゆく。しばらくそのようなことが続くと、大げさな言い方だが自分という動物は、喉と呼吸器官、心臓の3つだけしか持ち合わせていないんじゃないか、というような末恐ろしい感覚に陥りそうになる時がある。つまり直接の痛みを感じていない、病を患っていないパーツ、腕や脚、その他の臓器などは、まるで意識からスッポリと抜け落ちて、その存在ごと忘れてしまいがちなのだ。

先生に足の裏をハンズ・オンされて「ああ、私には足というものがあり(笑)、呼吸とは、足の先までの全身運動だったのか」とあらためて気づかされた。



【4月25日 個人レッスン】

レッスン会場は、駅から急坂を5分程登った丘の上にある。会場に向う坂道の途中には大きな桜の木が数本あり、2週間前には満開だった桜が今日はすべて散っていた。そのかわり施設周辺の公園内にはチューリップやつつじなど色とりどりのたくさんの花が春の香りを運んでいた。

2週間前のレッスンでは自分の病気のことで頭がいっぱいで、満開だった桜を楽しむ余裕など一切なかったことを思い出した。実のところ桜が咲いていた事など殆ど気がつかなかった程だった。あの時はよっぽどうつむいて縮こまり、まるで這うように歩いていたらしい。

今日は「ああ、桜は散ったけれどチューリップが満開だな」など周辺の景色を楽しむゆとりがあったことで、2週間前に比べ自分の病状も落ち着いてきたということなのかもしれないな、と感じた。

レッスン冒頭で先生が「その後、お加減はいかがですか?」とおっしゃるので、幸い薬が効いていて症状は良くなってきていることを告げる。その中で最近気になるのは、薬のせいによるものか自分の筋肉に対する感覚が今一歩疎くなっている嫌いがあることをお話しする。

「例えば物を持ち上げるとき、この位の力具合で、このように体を使って、という感覚がわからなく、計れなくなっています。それと、ちょっとした動きをしただけで筋肉のスジを違えてしまうことが増えました。寝違えてしまった時と同じような状態が日常のちょっとした動作中に起こってしまう、という感じでしょうか。困っています」

そしてテーブルワークに入った。テーブルワークは2週間前のレッスンで行ったばかりなのだが、アレクサンダーテクニークのレッスンではその都度その都度、違う角度からのフレッシュな気づきをもたらされる。「また同じ事(ワーク)をやるのか」というような気持ちにさせられたことは過去一度もない。その日、その時の自分のコンディションというのは、後にも先にもその日その時限りのものだからなのかもしれない。

頭の下に置く本の冊数について、「これぐらいで良いですか?少し(枕として)高すぎる感じ?1冊抜きますか?」と質問されて、

「・・・・??・・すみません、正直わからない感じなんです。なんでしょうか?判断出来ないんです。というのは、ここ最近咳ばっかりしていたら何となく体の骨格のバランスそのものが根本から崩れてしまった感じがしていて、骨と骨がどこか大きくずれてしまっているのでは?と自分で疑ってしまうような・・・・中でも一番疑ってしまうのは骨盤です。最近腰が痛いので、もしかして骨盤がずれてきているのでは?などの考えばかりが先に立ってしまっています」と申し上げたら、「それでは、」と、先生は大腿骨(だいたいこつ、太ももの骨)をハンズ・オンなさった。

腰が痛くて、と申し上げているはずが、先生は腰ではなく太ももの骨をハンズ・オン。「何故ですか?」と質問する間もなく、「太ももの骨のことを思ってみましょう。骨の内部には骨髄と言われる組織があって、赤くてドロドロして血液を作っています。私の両手を使って、そういうものがあるのだなと思ってみます。」(註4)

私たちが普段食べ物でよく目にする動物の骨は、すべて死んだ動物の骨であるが故、「骨を想像してください」と言われると、つい死んで乾いてしまっている動物の骨をイメージしてしまいがち。実際のところ、生きている動物の骨の内部は、血液細胞を産生する造血組織があったり、血管が走行している。骨は、我々が想像するよりもはるかに潤っていてみずみずしいものなのだそうです。

そのような説明を受け『生きている動物の骨』を想像してみた時、太もも周辺にかかっていた余計な筋肉の緊張がスッと抜け落ちたような感覚があった。すると同時に腰の辺りの筋肉の張りがゆるんだのか、お尻を少し前の方にずらしたくなるような感覚があった。

その後ワークを終えゆっくりと起き上がった際、腰痛は全く消えていたので驚いた。

筋肉の名称で言うと、胴体の正面から脚に向かう大腰筋(だいようきん)、胴体の後ろから脚に向かう大臀筋(だいでんきん)という大きな2つの筋肉が適度にリリースされより柔軟に働くようになった結果、ということらしい。


<テーブルワーク>


【5月7日 グループレッスン】

レッスン日前日の夜、いつも一緒に演奏している音楽仲間のご家族の訃報を知らされ、その後色々な事、人の生死などについて深く考え込んでしまっていたら眠れなくなり、この日は殆ど一睡もしていない状態でレッスン会場に向う。

レッスン冒頭では、先生より「その後、最近いかがですか?」など、一人一人インタビューを受けるのだが、上記の理由で一睡もしていない旨はお伝えしなかった。いくら考えても結論の出ないような堂々巡りの考えを断ち切るには、メンタルケアを先に望むよりフィジカル面からのアプローチにトライしてみたい、という希望があったためです。

本当は楽器を演奏するような気分ではなかった。しかもこの日はグループレッスン。他の生徒さん達の前に立って演奏を強いられるので、より一層気が乗らなかったのだが、その気持ちは自分の中で一旦伏せておくことにして、とりあえず楽器を組立て軽く音だしをしてみる。

先生「(音を出してみて)どうですか?」

私「・・・・・・、まあ、そんなには悪い調子ではないような・・・・・、あ、そういえば思い出したことがあります。数日前の本番中、自分のブレスをする時の音がうるさいな、と思ったのですが、止める事が出来ませんでした」

先生「それは、F.M.アレクサンダー氏が、ご自身に対して一番最初に気がついた癖ですよ。(註5)そのアレクサンダーが考えた手順の1つをアレクサンダー・テクニークの原理にしたがって、やってみましょう。」

とおっしゃり、壁を使って行う 『ウォールワーク』(註6)を行った。

壁に向って立ち、両手のひらを軽く壁につける。まずは壁の上の方に向って手のひらで歩いてゆくような動きをする。その後今度は壁の下の方に向って同様の動きをする。動きに合わせだんだんと腰をかがめてゆき、最後はしゃがみこんだ姿勢になる。そこからまた徐々に上に向って手のひらで歩いてゆき、元の立った姿勢に戻る。この上下運動を繰り返す。

このワークを行う際、特に気をつけたいのは腰をかがめてゆく時なんだそうです。(註7)立っている姿勢から腰をかがめてゆくとき、今から進んでゆく地面の方向にばかり意識が向い過ぎるあまり、からだのすべてを下の方向に向って自分で押し潰してしまうような動きを伴ってしまいがちなんだそうです。

確かに言われてみれば、立っていて単に腕を上に上げてゆく動作時に比べ、下に体ごとかがんでゆくような動作をする時には、なんとなく呼吸が薄くなっていることが多い。肺を風船のようなものに例えた場合、腰をかがめ、ひざを徐々に曲げてしゃがみこんでゆく動作の時は、動きに合わせ風船そのものが徐々にしぼんでいってしまうようなイメージを伴ってしまっているのかもしれない。

先生が背後から私の肋骨あたりをハンズ・オン Hands On し、「今から下の方向にかがんで行きますが、大久保さんの肋骨は、逆にななめ上の方向(写真参照:おかれた先生の手で説明すると、先生の指先から手首に向った方向)にふくらんでゆくことを許してください」

この一言と先生のハンズ・オンにより、『呼吸が入った』感じがした。

その後、今度は手のひらではなく指先のみで歩いてゆく、というバリエーション。人差し指と中指で歩いてゆく、次に中指と小指で歩いてゆく、など。

私「あ、この動き、もしかして楽器の指の練習に使えるかもしれません。トリルのプレ練習とか・・・(笑)。あ、でも、フルートの場合はずっと押さえていないといけない指があるので・・・」

先生「その場合は、指を歩かせず、壁に固定して行い、時々壁に置く手の位置をずらす(肩の高さ、頭の高さ、など)と良いのでは」

それでは、と、高音域D-Eのトリル、中音域D-♯D(D-Dis)、中音域D-Eなどの指の動きに挑戦。

その後すぐにフルートを持って同じ運指を行ったら、信じられないぐらい軽やかに指が動いた。呼吸も楽。一生懸命に息を吸いいれようとしなくても勝手に息が入ってくる。

管楽器演奏では 『背中にも息を入れるように』 と言ったりすることがあるが、まさにこのことか、と実感した。


<ウォールワーク>

【かわかみひろひこ氏による註釈】
(註1)アレクサンダー・テクニークの資格認定は、下記の挙げる国際的な複数の協会が行っている。
STAT(The Society of the Teachers of the Alexander Technique)
AmSAT,GLAT、SVLAT、AUSTATなどのSTATの提携団体
ATI(Alexander Technique International)
ITM(Interactive Teaching Method)
PAAT(The Professional Association of Alexander Teachers)

(註2)セミスーパイン(semi-supine)ポジション 半分あおむけになった格好のこと。膝を立てていることから、「半分」と呼ぶ。

(註3)アレクサンダー・テクニークは、第1義的には、さまざまな精神的・肉体的活動中に、何かをしようとした時に現れる反応を変えていくワーク=癖(くせ)をやめていくワークである。したがって日常での実践には、特別な時間や場所を選ぶ必要がなく、いつでも行うことができる。
しかし、セミスーパインのように、癖によって縮んだ「からだ」を解放する手順もある。

(註4)このワークは、ベテランのアレクサンダー教師でボディマッピングの創始者である、ウィリアム・コナブル博士の「7層のボディマッピング」と呼ばれる手順の一部である。

(註5)アレクサンダー・テクニークの発見者、F.M.アレクサンダー氏(1869-1955)は舞台俳優であった。息継ぎのときに起こるうるさい呼吸音を「あえぎ声」と表現していた。その「あえぎ声」は彼自身が発声するときに頭を胴体の方に押し下げて、喉頭を圧迫したために起きたことであった。当初アレクサンダー氏はそれを解決することができず、結果的に舞台で声が出なくなった。その舞台で声を失った経験が、今日アレクサンダー・テクニークと呼ばれる、自分自身ぜんたいを解放して、能力を出しきることを可能にするワークを発見する契機となった。

(註6)F.M.アレクサンダー氏の姪っ子で、直弟子でもあったマージョリー・バーロウ氏(1915‐2006)と同じく直弟子であった夫のウィルフレッド・バーロウ博士(医師)が発展させた複数の手順。今回ご紹介した手順の他にも、さまざまなものがある。彼らや彼らの弟子たちが、その手順を公開したために、バーロウ夫妻直系でない教師たちも学ぶことができるようになった。

(註7)多くの方は他にも手を上に持ち上げてゆくときに、背中を押し下げながら行ってしまいがちになる(結果として腕はとても重くなる)。大久保さんは、その癖から自由であった。

フルートとアレクサンダーテクニーク 1

2012年03月14日 20時50分36秒 | アレクサンダーテクニーク
以下、アレクサンダーテクニークのかわかみ先生に原稿をチェックしていただき、なんと註釈まで付け加えて頂いた完全原稿です。どうでもいいけど註釈付きって、なんかカッコいいねっ(笑)うすぺらい原稿の内容が、なにやら急に格が上がったかのような・・・・もちろん錯覚ですけど~(笑)日本フルート協会会報(2012.4.20.配布)に掲載される予定のものです。


《 フルート演奏における身体コンディション調整とアレクサンダーテクニーク 1 》



大久保はるか(No.5357)

私はフルート演奏における身体コンディション調整のため、アレクサンダーテクニークというボディ・ワークを学び始め2年半を過ぎたところです(現在アレクサンダーテクニークをかわかみひろひこ氏に師事)。このワークから多大な恩恵を受け約2年半、最近では徐々に自身の演奏スタイルの中に取り入れることが出来るようになってきました。日本ではまだまだ一般的認知度が低いと思われるアレクサンダーテクニークですが、私の記事を通じて少しでもご興味、ご関心を持っていただけるフルーティストの方がいらっしゃれば光栄です。私のレッスン体験談を日記形式で書いてゆこうと思います。

【1月11日 個人レッスン】

年明けの初レッスン。まずは、今年からアレクサンダーテクニークのレッスン受講記録をフルート協会会報の記事にしたい、という旨をかわかみ先生にお伝えした。学術的に間違えたようなことは掲載出来ないので、下書きの時点で一度原稿チェックをお願いしたいと申し上げたところ、先生はご快諾下さりました。

アレクサンダーテクニークは、フェルデンクライスメソッド、ロルフィング、ピラティスなどと並ぶ、西洋の伝統あるボディ・ワーク。(註1)私たちは、生まれてから大人になる過程において、自身ではすでに十二分に分かって使いこなしている筈の『自分の体の使い方』というものを、あえて新しい視点で見つめ直し、より快適な使い方を探ってゆこう、というようなワークです。

具体的なアプローチの仕方は、チェアワーク(イスに座ったり立ったりする)、ウォールワーク(壁を使って行うワーク)、ランジ(フェンシングの突きに似た動きをする)などのプロシジャ(手順)と言われるワーク、テーブルワーク(テーブルや床の上に横たわる)、アクティビティ(楽器演奏やダンスなど、特定の動きをする)などなどあるが、かわかみ氏の個人レッスンの場合はその日やりたいワークを自分で選択することが多い。

先生「今日は何かテーマ(やりたいこと)はありますか?」
私「今日はバスフルートを演奏したいと思います」

その前日、家でバスフルートの練習をしていて、とても気になることがあった。中音域C♯音(Cis音)の音程、および音色が上手く作れない。D音から半音下がってなめらかにC♯音につなげる作業が、フルートのそれと比べて比較にならない位難しく感じるのだ。

まずは昨日の練習通りの吹き方で、中音域レ~ド♯をスラーでつなげて吹いてみる・・・・・

私「レの音というのは、指を押さえる箇所が多いので、それがある程度楽器を支えていることになっているのだと思います。ところがド♯の指使いは、右手小指以外は全部キーから離さないといけません。それで、ド♯に移行した時、楽器そのものの重量が、急激に下の方向へかかるような感じで、口元がぶれてしまい、ド♯用のアンブシュアが即座に作れないんです」(私のバスフルートは座奏用の補助棒は付いていないタイプ。この日も立奏する)

先生「つかぬことをお聞きしますが、そのバスフルート、もしもヤジロベエのようなものだと見立てた場合、左右でつり合いがとれる場所は、どの辺りなのですか?」

私「・・・・!?えっ?ちょっと待ってください、そんな風に考えたこと今までなかったもので・・・・」

左手で楽器を軽く持ち、右手を足部管から胴部管の方へゆっくりと移動させ、左右の重さのつり合いがとれる場所を探していった所、どうやらGキー、Gisキー周辺の下の所あたりに左右の重心があるような感じがあった。

先生「そうですか。その辺りに重心があるのですね。それではもう一度演奏してみてください」

すると、一度目に比べ楽器のコントロールがしやすくなったので驚いた。口元がぶれてしまう事が恐いド♯だが、その瞬間は多少のぶれがあったとしても、楽器本体にはヤジロベエの様にすぐにバランスを取り戻す場所が存在している、という現実、事実、を再認識した時、楽にして良い演奏ができる事があるのか。

【1月23日 グループレッスン】

かわかみ先生のグループレッスンシステムはとてもオープン。基本的に随時受講可能のワンレッスン制なのでその日集まった生徒さんたちがその日限りのクラスメイト。毎回初対面の人が数人いるこのグループレッスンはとても刺激的。

この日は私を含め受講者は7名いた。ピアニストが3名、バレエ・ダンサー、太極拳の先生、鍼灸師、と私。男性3名、女性4名。年齢差もある7人。グループレッスンが面白いと思うのは、職業や年齢がバラバラでほぼ初対面のグループが『からだの使い方を考える』という視点だけで深くつながること。そこにはとても不思議な輪が生まれる。

グループレッスンでは皆でやるワークの他、アクティビティを行うミニ個人レッスンの時間がある。各自その日やりたい活動を先生に見てもらい、他の生徒さん達は見学する。私はこの時間はフルートの演奏を見てもらうようにしている。

今回はフルート協会会報の記事にするため!と張り切って臨むべき筈のグループレッスンだったが、あろうことか数日前から風邪を引いてしまい、前日まで寝込み、結果病み上がりの最悪コンディションでの受講となってしまった。

「すみません、音が出るかどうかすらも分かりません」とお断りをしてからライヒャルトのエクササイズの触りを吹いてみる。

先生「吹いてみてどんな感じですか?」

私「まあ、昨日よりは少しはマシかと・・・でもあまり良くありません。コンディションが悪い時はまず低音が鳴らなくなります。あと、息が上がってしまい、ブレスが続かなくなります」

先生「(一度フルートを置いて)ランジをやってみましょうか」

ランジ lunge とは、英語でフェンシングなどの突き、を意味する。アレクサンダーテクニークではオーソドクスなワークのひとつ。フェンシングのような動きをして、自己のからだの使い方を見直してゆくワーク。フェンシングをする時のような構えをしつつ、右足をポン、と軽く前に出す。そのまま、右足から両足、左足へ、左足から両足、右足へ、ゆっくりと身体の重心移動をしてゆく。

このワークをするひとつの目的は『股関節周辺の筋肉の解放』にあるようです。股関節周辺は、脚を動かす大きな筋肉が集結している場所で、とても重要。中には背中の方、腰椎までつながっている筋肉(註2)もあるため、うっかりすると腰痛の原因を引き起こしてしまうこともありうる。(註3)

また股関節周辺の筋肉は、日常生活を送る上で知らず知らずのうちにギュッと固めてしまったり、またその事に気づきにくい箇所のようで、ランジというワーク(註4)はそこに柔軟性をもたらすためのひとつのアプローチといったところ。

先生の指導の下ランジの動きをやり、その後もう一度演奏してみる。すると大きく自分の演奏が変わった。

無理をせず mf の音量が出せるようになり、ブレスも楽。俄然楽器をコントロールしやすくなったから驚きである。ランジの動きを行い、再びフルートを演奏するまでにかかった時間はわずか1分程度。こんなにも短時間で病み上がりのリハビリと楽器のウォーミングアップが同時に出来てしまうことがあるのか・・・・・

      
ランジのワーク    アクティビティ

【1月25日 個人レッスン】

前日、一日中パソコンに向っていたら目の奥が痛くなる位に疲労していた。その旨を言ったら、この日は目に関するワークを行うことになった。

目を軽く閉じて、先生に手を引かれ部屋の中をゆっくり歩く。その間、自分の眼の器官をひとつずつイメージしてゆく、というもの。『網膜』『水晶体』『眼房 がんぼう』『硝子体 しょうしたい』『眼筋 がんきん』など、眼の中のどこに位置するか、どんな機能があるのか、など具体的な説明を受けてゆく。

ものの数分で、何故か涙目になる。その後閉じていたまぶたが一瞬痙攣したかのようになり焦ったが、すぐに元に戻る。眼の器官をイメージすることによって、各器官がなんらかの反応をしているようだ。

しばらくして歩くのをやめ、目を開けてみる。見る物が新鮮に感じる。先生が「良かったらフルート吹いてみますか」とおっしゃるので楽器を出す。

・・・・あまりにもすんなりと音が出る。まるでウォーミングアップ後のコンディションになっている自分にびっくりしてしまった。

「あのう、自分の目の玉に対するイメージですが、疲れている時は、『固くて冷たく、小さいビー玉』のようなイメージ、今のようにリフレッシュすると、『野球ボール位の大きさ、潤って柔軟性があるようなもの』のイメージに変わります。なんだか『顔の半分ぐらいが目』の自分がフルート吹いてる、みたいな・・・」

と申し上げたら、先生に笑われてしまいました。


【2月8日 個人レッスン】

先回レッスンからこの2週間の自分の暮らしぶりを振り返ってみるにつけ、アレクサンダーテクニークからは遠くかけ離れたところに意識が行ってしまっていたことに気がついた。

私事だが、今年9月に新アルバムをリリースする予定で、その製作、発売記念ツアー関係、その他のマネージメント業務でとても忙しかった。とはいえ具体的な作業としては、家の中でパソコン、携帯、電話、FAXなどをひたすらいじっているだけだったので、一日の運動量としてみたら逆に普段より少なくなっていたのかもしれない。

誰でも心当たりがあることだと思うが、『先方のお返事待ち』、『書類審査の結果待ち』、などの状況下においては、とても心が不安定になる。考えても仕方のないことだとは分かっている筈だが、つい、『もし吉と出たときのシュミレーション』『もし凶と出たときのシュミレーション』を頭の中であれこれと思いめぐらせてしまい、とても疲れてしまう。

このような状況においては、気持ちを落ち着かせて楽器の鍛錬に励む、という行為がとても難しく感じてしまうのだ。

先生「心が落ち着いている時は、からだも落ち着いている時ですよ」という一言にハッとした。

たしかにそうかもしれない。気持ち mind が不安定に思う時は、からだ body を丁寧にケアする気持ちも乱れる。注意力が散漫になり、結果、どこかにぶつけたり、転んだり、ひねったりしてしまうこともある。

『歩く』、というワークをした。部屋の中をまっすぐ数メートル歩く。その後真後ろに振り返ってまた数メートル。ターンをする際、私たちが無意識にやりがちなことがある。右から振り返る時は身体全体が進行方向の右側だけに!ついていこうとし過ぎてしまう、ということらしい。その結果、無駄に大きく回ってしまう、すばやく動く筈が逆に時間がかかってしまう、ような場合がある。

ターンをする、まさにその瞬間、一見あまり関係ないと思われるようなところ、実際動いてゆく方向とは反対側(右に動く場合、身体の左側)を『残しておく』ようなイメージを持つと良い、ということであった。

これをアレクサンダーテクニーク用語でオポジション opposition という。単語としての意味は、【向かい合うこと、~と向かい合った状態、位置。】アレクサンダーテクニークでは、『例えば右側に振り向くときに、意識がすべて身体の右側だけに行ってしまわないようにオポジション(身体の左側)を大切に』といった言い方になる。

オポジションを思いやる。ほんの少し心のゆとりが生まれる。たったそれだけのことで実際の自分の動きがとても楽になる。そして自分の動きが楽に感じてくると何故だか気持ちも浮上してきて、メンタル面も楽になってゆく。

【2月13日 グループレッスン】

この日の受講者は私を含め合計6名。ピアニスト2名、指揮者の卵の方、太極拳の先生、バレエ・ダンサーの方、私。自分とは初対面の方々が2名いらっしゃった。

先回からの顔なじみの方々が多く安心感があったせいか、レッスン冒頭の自己紹介のコーナーでは割と落ち着いて話が出来たような気がする。

各自己紹介の時間が終わると、イスにすわったり、立ったり、歩いたり、というワークをする。ひとりずつ順番に先生からチェックやアドバイスを受ける。チェック、アドバイス、といっても、例えばファッションモデルさんのようなカッコの良い姿勢、歩き方を学ぶ、という訳ではない。自分にとってより快適で身体への負担がよりかかりにくい姿勢、歩き方を先生と一緒に探る、というような内容。

アレクサンダーテクニークのレッスン冒頭は、こうした誰でも日常よく行う動作のワークから入ることが多い。実はレッスンを始めた2年半前当初、立ったり座ったり歩いたりする動作と、フルート演奏との関連性が全く見えずにいて苦しんだが、最近やっと自分の中でつながりが見え始めてきた。

楽器の練習というのは、やりにくい、難しい、出来ない部分を出来るようにしてゆく事だと思う。ところが、難しいと感じた時、身体もどこか身構えるように固くなってしまい、結果、いくら良い練習方法を選択し実践していたとしても、練習回数を経るごとに何故かより出来なくなっていくような、残念な方向に向ってしまう時がある。

これと同じような身体の硬直(緊張)は、実は私たち日常のなにげない動作の中で、無意識に、しかも頻繁に起こっているらしい。その不必要な緊張を解くためのアドバイスをしてくれるのがアレクサンダーテクニーク教師。

ハンズ・オン Hands On といわれるアレクサンダーテクニークの技法がある。教師が軽く生徒にボディ・タッチをし、身体に対する新しい気づきを促す。実際ハンズ・オンをされると、「あ、自分の頭蓋骨はここにあって、首はここから始まっていて、あごはここにあって、頚椎はこのような可動性があって・・・」など、瞬時に確認が取れたような感覚。自分の動きがより軽く感じる。肩こりや腰痛など無縁だった小学生時分の身体感覚が舞い戻ってきたかのようで心躍る。

そして、その軽くなった自分のまま楽器を演奏してみると、それはそれは開放的な音が出ることがありうるのだ。


チェア・ワーク


【 かわかみひろひこ氏による註釈 】

(註1)アレクサンダーテクニークは、F.M.アレクサンダー(1869-1955)によって発見され、彼や彼の後継者によって発展したワーク。「自分自身」=「からだ+こころ+霊性」の使い方=刺激に対する反応の仕方や、動き方を変えることによって、「からだ」の快適さや運動能力や表現力の向上に役立つと言われている。ソマティック・エデュケーション(身体教育)のひとつ。日本語ではボディワークと呼ばれることもある。フェルデンクライス・メソッドやロルフィングの成立に大きな影響を与えたことでも知られている。

(註2)体の正面に、腰椎から骨盤を通り越して太ももの骨につながる大腰筋と、背中側のお尻から太ももの骨につながる大臀筋など。

(註3)うっかりすると、腰部を膝の曲がる方向に押し下げ、活動中やただじっとしている時に腰に負担をかけて、腰痛を引き起こすこともありうる。

アレクサンダーテクニークには、腰痛などの背中側の痛みに対するエビデンス(科学的証拠)がある。British Medical Journal ( Published 11 December 2008 ) に掲載された。

http://www.bmj.com/content/337/bmj.a2656.full?gca=bmj%25253B337%25252Fdec11_2%25252Fa2656&

(註4)正面を決めてから、一方の足を正面に対して45度傾ける。その足の土踏まずの前あたりに、他方の足を置く(「他方の足」が前に置かれる)。胸・お腹・お臍を正面に向ける(股関節をそのように曲げる)。

 そして少し待って(インヒビション)、ご自分自身に方向(ダイレクション)を与えてから、前におかれた足を一歩前方に踏み出す。この時前の脚の膝は曲がり、後ろの脚の膝を伸び、後ろに置かれた足の裏は着地したまま。

 そして、次にインヒビション→ダイレクションを与えてから、前方の脚の膝を伸ばす。

 そして、次にインヒビション→ダイレクションを与えて、後方の脚の股関節が解放されてから、股関節と膝関節と足関節を曲げる。このときにはとくに腰部を後ろの膝が曲がる方に押し下げないように注意する。

 そして、次にインヒビション→ダイレクションを与えてから、後方の脚の膝を伸ばす。

 そして、次にインヒビション→ダイレクションを与えてから、前方の脚の膝を曲げる。このとき腰部やお腹のあたりを前に突き出さない。そして前方の脚の太ももは長いまま。

 このプロセスを繰り返した後、最後にインヒビション→ダイレクションを与えて、後方の脚の股関節が解放されてから、股関節と膝関節と足関節を曲げ、そしてインヒビション→ダイレクションを与えて、前方の脚の膝から下を後ろの足の方に寄せ、そしてインヒビション→ダイレクションを与えて立ちあがり、足の位置を楽な位置に戻す。

インヒビション:何かをしようとする瞬間に、自分自身に少し時間を与えて、余裕を取り戻すこと。

ダイレクション:首が自由になることを許します。それがどんなふうかと言うと頭が前に上に、それがどんなふうかというと背中が長く広く、それがどんなふうかと言うと、両方の膝が前にそして互いに離れていく。すべては同時にそして順番に。実際に使うときには、その方向を瞬時に全身に与える。




完全パイロット版 1

2012年02月18日 10時18分09秒 | アレクサンダーテクニーク
以下、日本フルート協会会報提出用原稿の完全パイロット版です。記事は1~6までの向こう1年間の連載にする予定。

私の大学時代のフルート科教授でフルート協会常任理事のS先生にお見せした所、

「よく書けていると思いました」

「生徒の立場で書く、という新しい発想で良いと思います」

「この先どうなってゆくのだろう、早く続きを読みたい、というような気持ちにさせられます」

「よい先生につきましたね」

などなど、数々の絶賛のお言葉を頂きました。

自信を持って提出しようと思います。

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《 フルート演奏における身体コンディション調整とアレクサンダーテクニーク 1 》

大久保はるか(No.5357)

私はフルート演奏における身体コンディション調整のため、アレクサンダーテクニークというボディ・ワークを学び始め2年半を過ぎたところです(現在アレクサンダーテクニークをかわかみひろひこ氏に師事)。このワークから多大な恩恵を受け約2年半、最近では徐々に自身の演奏スタイルの中に取り入れることが出来るようになってきました。日本ではまだまだ一般的認知度が低いと思われるアレクサンダーテクニークですが、私の記事を通じて少しでもご興味、ご関心を持っていただけるフルーティストの方がいらっしゃれば光栄です。私のレッスン体験談を日記形式で書いてゆこうと思います。

【1月11日 個人レッスン】

年明けの初レッスン。まずは、今年からアレクサンダーテクニークのレッスン受講記録をフルート協会会報の記事にしたい、という旨をかわかみ先生にお伝えした。学術的に間違えたようなことは掲載出来ないので、下書きの時点で一度原稿チェックをお願いしたいと申し上げたところ、先生はご快諾下さりました。

アレクサンダーテクニークは、フェルデンクライスメソッド、ロルフィング、ピラティスなどと並ぶ、西洋の伝統あるボディ・ワークのひとつ。私たちは、生まれてから大人になる過程において、自身ではすでに十二分に分かって使いこなしている筈の『自分の体の使い方』というものを、あえて新しい視点で見つめ直し、より快適な使い方を探ってゆこう、というようなワークです。

具体的なアプローチの仕方は、テーブルワーク(テーブルや床の上に横たわる)、チェアワーク(イスに座ったり立ったりする)、アクティビティ(楽器演奏やダンスなど、特定の動きをする)などなどあるが、個人レッスンの場合はその日やりたいワークを自分で選択することが多い。

先生「今日は何かテーマ(やりたいこと)はありますか?」
私「今日はバスフルートを演奏したいと思います」

その前日、家でバスフルートの練習をしていて、とても気になることがあった。中音域C♯音(Cis音)の音程、および音色が上手く作れない。D音から半音下がってなめらかにC♯音につなげる作業が、フルートのそれと比べて比較にならない位難しく感じるのだ。

まずは昨日の練習通りの吹き方で、中音域レ~ド♯をスラーでつなげて吹いてみる・・・・・

私「レの音というのは、指を押さえる箇所が多いので、それがある程度楽器を支えていることになっているのだと思います。ところがド♯の指使いは、右手小指以外は全部キーから離さないといけません。それで、ド♯に移行した時、楽器そのものの重量が、急激に下の方向へかかるような感じで、口元がぶれてしまい、ド♯用のアンブシュアが即座に作れないんです」(私のバスフルートは座奏用の補助棒は付いていないタイプ。この日も立奏する)

先生「つかぬことをお聞きしますが、そのバスフルート、もしもヤジロベエのようなものだと見立てた場合、左右でつり合いがとれる場所は、どの辺りなのですか?」

私「・・・・!?えっ?ちょっと待ってください、そんな風に考えたこと今までなかったもので・・・・」

左手で楽器を軽く持ち、右手を足部管から胴部管の方へゆっくりと移動させ、左右の重さのつり合いがとれる場所を探していった所、どうやらGキー、Gisキー周辺の下の所あたりに左右の重心があるような感じがあった。

先生「そうですか。その辺りに重心があるのですね。それではもう一度演奏してみてください」

すると、一度目に比べ楽器のコントロールがしやすくなったので驚いた。口元がぶれてしまう事が恐いド♯だが、その瞬間は多少のぶれがあったとしても、楽器本体にはヤジロベエの様にすぐにバランスを取り戻す場所が存在している、という現実、事実、を再認識した時、楽にして良い演奏ができる事があるのか。

【1月23日 グループレッスン】

かわかみ先生のグループレッスンシステムはとてもオープン。基本的に随時受講可能のワンレッスン制なのでその日集まった生徒さんたちがその日限りのクラスメイト。毎回初対面の人が数人いるこのグループレッスンはとても刺激的。

この日は私を含め受講者は7名いた。ピアニストが3名、バレリーナ、太極拳の先生、鍼灸師、と私。男性3名、女性4名。年齢差もある7人。グループレッスンが面白いと思うのは、職業や年齢がバラバラでほぼ初対面のグループが『からだの使い方を考える』という視点だけで深くつながること。そこにはとても不思議な輪が生まれる。

グループレッスンでは皆でやるワークの他、アクティビティというミニ個人レッスンの時間がある。各自その日やりたい動作を先生に見てもらい、他の生徒さん達は見学する。私はこの時間はフルートの演奏を見てもらうようにしている。

今回はフルート協会会報の記事にするため!と張り切って臨むべき筈のグループレッスンだったが、あろうことか数日前から風邪を引いてしまい、前日まで寝込み、結果病み上がりの最悪コンディションでの受講となってしまった。

「すみません、音が出るかどうかすらも分かりません」とお断りをしてからライヒャルトのエチュードの触りを吹いてみる。

先生「吹いてみてどんな感じですか?」

私「まあ、昨日よりは少しはマシかと・・・でもあまり良くありません。コンディションが悪い時はまず低音が鳴らなくなります。あと、息が上がってしまい、ブレスが続かなくなります」

先生「(一度フルートを置いて)ランジをやってみましょうか」

ランジ lunge とは、英語でフェンシングなどの突き、を意味する。アレクサンダーテクニークではオーソドクスなワークのひとつ。フェンシングのような動きをして、自己のからだの使い方を見直してゆくワーク。フェンシングをする時のような構えをしつつ、右足をポン、と軽く前に出す。そのまま、右足から両足、左足へ、左足から両足、右足へ、ゆっくりと身体の重心移動をしてゆく。

このワークをするひとつの目的は『股関節周辺の筋肉の開放』にあるようです。股関節周辺は、身体を支えるための筋肉が集結している場所で、とても重要。中には背中の方、腰椎までつながっている筋肉もあるため、うっかりすると腰痛の原因を引き起こしてしまうこともありうる。

また股関節周辺の筋肉は、日常生活を送る上で知らず知らずのうちにギュッと固めてしまったり、またその事に気づきにくい箇所のようで、ランジというワークはそこに柔軟性をもたらすためのひとつのアプローチといったところ。

先生の指導の下ランジの動きをやり、その後もう一度演奏してみる。すると大きく自分の演奏が変わった。

無理をせず mf の音量が出せるようになり、ブレスも楽。俄然楽器をコントロールしやすくなったから驚きである。ランジの動きを行い、再びフルートを演奏するまでにかかった時間はわずか1分程度。こんなにも短時間で病み上がりのリハビリと楽器のウォーミングアップが同時に出来てしまうことがあるのか・・・・・


【アクティビティ】


【ランジのワーク】

【1月25日 個人レッスン】

前日、一日中パソコンに向っていたら目の奥が痛くなる位に疲労していた。その旨を言ったら、この日は目に関するワークを行うことになった。

目を軽く閉じて、先生に手を引かれ部屋の中をゆっくり歩く。その間、自分の眼の器官をひとつずつイメージしてゆく、というもの。『網膜』『水晶体』『眼房 がんぼう』『硝子体 しょうしたい』『眼筋 がんきん』など、眼の中のどこに位置するか、どんな機能があるのか、など具体的な説明を受けてゆく。

ものの数分で、何故か涙目になる。その後閉じていたまぶたが一瞬痙攣したかのようになり焦ったが、すぐに元に戻る。眼の器官をイメージすることによって、各器官がなんらかの反応をしているようだ。

しばらくして歩くのをやめ、目を開けてみる。見る物が新鮮に感じる。先生が「良かったらフルート吹いてみますか」とおっしゃるので楽器を出す。

・・・・あまりにもすんなりと音が出る。まるでウォーミングアップ後のコンディションになっている自分にびっくりしてしまった。

「あのう、自分の目の玉に対するイメージですが、疲れている時は、『固くて冷たく、小さいビー玉』のようなイメージ、今のようにリフレッシュすると、『野球ボール位の大きさ、潤って柔軟性があるようなもの』のイメージに変わります。なんだか『顔の半分ぐらいが目』の自分がフルート吹いてる、みたいな・・・」

と申し上げたら、先生に笑われてしまいました。


【2月8日 個人レッスン】

先回レッスンからこの2週間の自分の暮らしぶりを振り返ってみるにつけ、アレクサンダーテクニークからは遠くかけ離れたところに意識が行ってしまっていたことに気がついた。

私事だが、今年9月に新アルバムをリリースする予定で、その製作、発売記念ツアー関係、その他のマネージメント業務でとても忙しかった。とはいえ具体的な作業としては、家の中でパソコン、携帯、電話、FAXなどをひたすらいじっているだけだったので、一日の運動量としてみたら逆に普段より少なくなっていたのかもしれない。

誰でも心当たりがあることだと思うが、『先方のお返事待ち』、『書類審査の結果待ち』、などの状況下においては、とても心が不安定になる。考えても仕方のないことだとは分かっている筈だが、つい、『もし吉と出たときのシュミレーション』『もし凶と出たときのシュミレーション』を頭の中であれこれと思いめぐらせてしまい、とても疲れてしまう。

このような状況においては、気持ちを落ち着かせて楽器の鍛錬に励む、という行為がとても難しく感じてしまうのだ。

先生「心が落ち着いている時は、からだも落ち着いている時ですよ」という一言にハッとした。

たしかにそうかもしれない。気持ち mind が不安定に思う時は、からだ body を丁寧にケアする気持ちも乱れる。注意力が散漫になり、結果、どこかにぶつけたり、転んだり、ひねったりしてしまうこともある。

『歩く』、というワークをした。部屋の中をまっすぐ数メートル歩く。その後真後ろに振り返ってまた数メートル。ターンをする際、私たちが無意識にやりがちなことがある。右から振り返る時は身体全体が進行方向の右側だけに!ついていこうとし過ぎてしまう、ということらしい。その結果、無駄に大きく回ってしまう、すばやく動く筈が逆に時間がかかってしまう、ような場合がある。

ターンをする、まさにその瞬間、一見あまり関係ないと思われるようなところ、実際動いてゆく方向とは反対側(右に動く場合、身体の左側)を『残しておく』ようなイメージを持つと良い、ということであった。

これをアレクサンダーテクニーク用語でオポジション opposition という。単語としての意味は、【向かい合うこと、~と向かい合った状態、位置。】アレクサンダーテクニークでは、『例えば右側に振り向くときに、意識がすべて身体の右側だけに行ってしまわないようにオポジション(身体の左側)を大切に』といった言い方になる。

オポジションを思いやる。ほんの少し心のゆとりが生まれる。たったそれだけのことで実際の自分の動きがとても楽になる。そして自分の動きが楽に感じてくると何故だか気持ちも浮上してきて、メンタル面も楽になってゆく。

【2月13日 グループレッスン】

この日の受講者は私を含め合計6名。ピアニスト2名、指揮者の卵の方、太極拳の先生、バレリーナの方、私。自分とは初対面の方々が2名いらっしゃった。

先回からの顔なじみの方々が多く安心感があったせいか、レッスン冒頭の自己紹介のコーナーでは割と落ち着いて話が出来たような気がする。

各自己紹介の時間が終わると、イスにすわったり、立ったり、歩いたり、というワークをする。ひとりずつ順番に先生からチェックやアドバイスを受ける。チェック、アドバイス、といっても、例えばファッションモデルさんのようなカッコの良い姿勢、歩き方を学ぶ、という訳ではない。自分にとってより快適で身体への負担がよりかかりにくい姿勢、歩き方を先生と一緒に探る、というような内容。

アレクサンダーテクニークのレッスン冒頭は、こうした誰でも日常よく行う動作のワークから入ることが多い。実はレッスンを始めた2年半前当初、立ったり座ったり歩いたりする動作と、フルート演奏との関連性が全く見えずにいて苦しんだが、最近やっと自分の中でつながりが見え始めてきた。

楽器の練習というのは、やりにくい、難しい、出来ない部分を出来るようにしてゆく事だと思う。ところが、難しいと感じた時、身体もどこか身構えるように固くなってしまい、結果、いくら良い練習方法を選択し実践していたとしても、練習回数を経るごとに何故かより出来なくなっていくような、残念な方向に向ってしまう時がある。

これと同じような身体の硬直(緊張)は、実は私たち日常のなにげない動作の中で、無意識に、しかも頻繁に起こっているらしい。その不必要な緊張を解くためのアドバイスをしてくれるのがアレクサンダーテクニーク教師。

ハンズ・オン Hands On といわれるアレクサンダーテクニークの技法がある。教師が軽く生徒にボディ・タッチをし、身体に対する新しい気づきを促す。実際ハンズ・オンをされると、「あ、自分の頭蓋骨はここにあって、首はここから始まっていて、あごはここにあって、頚椎はこのような可動性があって・・・」など、瞬時に確認が取れたような感覚。自分の動きがより軽く感じる。肩こりや腰痛など無縁だった小学生時分の身体感覚が舞い戻ってきたかのようで心躍る。

そして、その軽くなった自分のまま楽器を演奏してみると、それはそれは開放された音が出ることがありうるのだ。


【チェア・ワーク】