平和再拝

5/31=平和再拝。
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№037 イスラエル 岩のドーム 
岩のドームと言われるオマル・モスクは、預言者ムハンマドが天使ガブリエルを従えて昇天したといわれる岩の上に建てられております。なかには、岩がありムハンマドの足跡やガブリエルの手の跡といわれるものも残っております。
イスラム教の聖地はメッカ、メディアそして岩のドームと言われる場所です。画像は、岩のドームへサラート(礼拝)に向かう青年です。平和再拝
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平和再拝

5/30=平和再拝。
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№036 イスラエル 嘆きの壁 
嘆きの壁は、西の壁という記述もあります。壁の前がユダヤ教の礼拝の場所になっており。
画像は、嘆きの壁の前での、若者の祈りの姿です。イスラエルでは、兵役の義務を男性が3年、女性が1年半与えられます。休暇で帰路に就く青年です。
壁の石に夜になると夜露がたまり、間に生えているヒソプの草をつたって夜が明けるころ落ちていた、、、、涙のようで嘆きの壁と言われるようになったそうです。平和再拝

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未来永劫

5/29=未来永劫。
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№035 識名宮 琉球八社 沖縄県那覇市繁多川
世界文化遺産の首里城から南西に1㎞ほどに位置する識名宮は、同村の洞窟にある霊石に祈願して、琉球国王・尚元王の長子の病気回復したことで、宮と寺とを建立されたといわれております。社殿は霊石があった洞窟から移築され、毎年1月、5月、9月に琉球国王の行幸を迎えたということです。
琉球八社をご紹介しましたが、特徴として拝殿・本殿以外にも神聖な場所があることで、地元の人たちが一心に祈ってみえました。沖縄では、今も神々が身近に息づいているのだと思いました。未来永劫


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神恩感謝

5/27=神恩感謝。
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№034 金武宮 琉球八社 沖縄県金武町
金武宮は、沖縄県の中部、国頭郡金武町にあります。琉球八社のなかで、最も北端にあるお宮です。那覇バスターミナルから路線バスで向かうことができます。
普天満宮と同じく、鍾乳洞の中に御神体が祀られ、独特の雰囲気をかもし出しております。また、金武宮は社殿がなく、金武観音寺境内のなかにある鍾乳洞全体がお宮になります。
創始はさだかでなく、日秀上人が行脚の途中に洞窟を霊跡として、自身が彫った三尊を権現正体として崇め祀ったのが始まりとされております。
さらに特徴は、この洞窟は酒造会社の酒蔵にもなっていることだと思います。神恩感謝
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神恩感謝

5/26=神恩感謝。
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№033 末吉宮 琉球八社 沖縄県首里末吉町   
ゆいレールでは儀保駅から徒歩3分ほどで末吉公園に到着します。那覇市内の末吉宮は、首里城の北に位置する公園の小高い丘の上に鎮座しております。参拝して、拝殿からの眺めは首里城を含む市内が一望でき絶景でありました。
末吉宮の始まりは1456年頃、鶴翁和尚というお坊さんが熊野権現を勧請して創建されたと言われております。
近世の沖縄における熊野三山、いわゆる権現信仰として、末吉宮は熊野新宮(速玉)に、識名宮は熊野本宮に、普天満宮は熊野那智(飛龍)見立てて信仰されていたと言われております。神恩感謝

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平和再拝

5/25=平和再拝。
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№032 普天満宮 琉球八社 沖縄県宜野湾市
普天満宮には、宜野湾市にあり那覇バスターミナルから路線バスで向かうことができます。
創始時期は不明ですが、普天満権現が鍾乳洞に琉球古神道の神々を祀ったことから始まり、15世紀半ばの尚金福王から尚泰久王時代に熊野権現を合祀したと伝わっております。
お宮は、戦後に敷地が米軍に接収され、御神体は仮の宮に遷座、時を経て戻り昭和43年に本殿が造営されたという歴史をもっております。平和再拝
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神恩感謝

5/24=神恩感謝。
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№031 天久宮 琉球八社 沖縄県那覇市泊
ゆいレールの美栄橋駅から海岸沿いに歩き、泊高校横の道を過ぎると天久宮の赤い鳥居が見えてきます。
創建は15世紀中頃と伝えられております。天久村の洞窟で銘苅翁子というものが、気品高い女人と法師に出会い、これを首里王府に奏上しました。首里王府が社殿を造営すると「我は熊野権現なり、衆生の利益の為に顕現して、女人は国の守護弁財天である」とご神託があり、これが天久宮の創祀と言われております。八幡大神を祀る安里八幡宮以外の7社は、いずれも熊野権現を祀っています。神恩感謝


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平和再拝

5/23=平和再拝。
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№030 沖宮 琉球八社 沖縄県那覇市繁多川
ゆいレールで、那覇空港から約7分、奥武山公園駅に降り立つと、徒歩3分で公園内の沖宮に着きます。
その昔、那覇港の海中に赤々と輝くものがあったということです。「琉球国由来記」によると、国王が漁人に命じて探らせてみると、尋常ならざる古木が出てきました。これを熊野権現の霊木として、社殿を造営して祀ったとされています。周囲には拝所(うがんじゅ)も点在しており、一帯は神聖なる場所であります。
旧国宝の社殿は、大戦で焼失してしまいました。昭和36年に仮遷座され、昭和50年の遷座を経て現在に至っております。古いお宮を見ることができず残念です。平和再拝

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未来永劫

5/22=未来永劫。
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№029 安里八幡宮 琉球八社 沖縄県那覇市安里
琉球八社とは、沖縄本島に鎮座する八つの神社の総称であります。琉球王府から特別な扱いを受け、人々に愛されて続けてきたお宮であります。
今日から、毎日各社を紹介いたします。波上宮はご紹介したので、琉球王国の武運を占った八幡大神を祀るお宮の安里八幡宮から始めます。
沖縄舞踏「上り口説」に歌われ、明治末期までは美麗なお宮を誇っておりましたが、暴風雨水害での荒廃、沖縄戦により全焼してしまいまして、現在の社殿は平成八年に再建されたものです。
参拝したときは、隣接する保育園の園児の元気な声が青空に響いておりました。未来永劫

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未来永劫

=5/21=未来永劫。
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№028 波上宮 なんみん祭 沖縄県那覇市
例祭、なんみん祭では、奉納される奉楽も中国の影響を受けており、三線・二胡・鼓・太鼓に笛、銅鑼などが用いられます。
奉納されるものに、沖縄だけにしかないぶくぶく茶もあります。炒り米とさんぴん茶を用いて泡を立てる独特のお茶になります。
そして、最終日の21日は神幸祭の御神輿が街なかを行列して歩きます。
16日から宵宮祭、例祭、なんみん祭、神幸祭、耳に目に琉球王朝の風が舞うように繰り広げられ、ゆったりとした時間がお宮を包みました。未来永劫
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