雑感記録所

内容の制約を一切せず、その時書き留めたいことを記録していた。

12年半強振りに

2022-07-31 23:46:34 | 分類なし
長期間編集のないブログが順次編集停止されるらしいので、大変久し振りに新規記事を投稿してみる。
直前の記事の直後、ブログどころではない事態が起きた。それが落ち着く頃には、メインの発信手段はTwitterに移行していた。また、Facebookにも参入した。「ブログ」に戻ってくる理由は特になかったと言える。
今日も本当のところ、実は昨日30日に財布を落とし、クレカを停止しなければならなかった。ところがgooメールの利用料の引き落としが毎月1日であり、そこで引き落とし処理に失敗すると有無を言わさず退会、アドレス及び過去のメールは消えるというのだ。もう少しバッファを設けてくれても罰は当たらないのではないかと思うが、そういう規約なのだから致し方ない。そのことを31日の午後10時台になって知り泡を食っても、できることは限られている。
慌てて対処をしたが、上手くいくのかどうかはわからない。そんなこんなで久し振りにブログの方にアクセスしてみたら、冒頭のようなことを知ったというわけである。

餌としての妄想および野望

2008-11-30 03:25:18 | 分類なし
長くかかると巷でも言われている風邪がもう一息で完治しそうだ。まだ咳と痰は多いし、耳管の調子も悪い(ひどかったときは左耳で3, 4日に渡ってチェロC線(ヘ音譜で言えば2本目の下加線のド)開放絃の半音上のCisが延々と鳴り響いていてこれには参った)。でもすっかり普段通りの生活に戻れた。戻れた途端、というかこれをもって戻ったと判断している節もあるのだが、深夜まで作業して翌朝寝坊する、昼間の作業効率が悪い、結局深夜まで作業するという悪循環までもが待ってましたとばかり戻ってきて、このタイミングでミクシィ日記など書いている有様である。

 来春国語国文に進学して来る予定の人々には、合唱経験者がけっこういるらしい。しかも現在も同じ合唱サークルに入っているなどお互いに既知という人も少なくない。これは、東大国語国文合唱団結成フラグ、立ったかも。せっかく日本語と真っ向から格闘しようって人を集めてやるんだったら、音楽性のみならず、専門の知識を生かしてとことんまで日本語歌詞の表現に拘る合唱ができたらいいな。などと妄想はどんどん一人歩きを開始。

 浮かれている場合ではない。まず自分が来春以降【修士課程1年生として】国語研究室の一員でいられるように足元を固めなければ。まずは卒論、そして入試。卒論は、今日(というか、日付上昨日!!)であとちょうど40日。いや、もはや39日であると日付の認識を正確にしておくべきだ。ちなみに、専修課程一覧の並び順ではお隣・言語学専修課程のページに行くと、トップに卒論および修論提出締切時刻までの秒単位のカウントダウンがあって、実に肝を冷やす。でも、正確な把握こそ大事だよね。

 そういえば大学院試験の受験票および受験者心得が、今日(というか、日付上昨日)届いたのだった。ぞくぞく。

 しかし、未来に妄想をしておいて、それを餌に頑張るというのも悪くない。国語国文合唱団然り。また、既に大学院進学を決めたという報せもあちこちから入って来る。その中には、ミクシィを通じて知り合った他地域の人が東京にやって来るというケースや、予備校で机を並べたが違う大学に行った人がうちの大学院に進学するというケースもあり、そういった人たちと交流を深め旧交を温められるだろうことは、大変に励みになる大きな餌である。頑張ろうっと。

 もう一つ、これは妄想でありかつ野望とも言うべきことだが、研究室で院生から学部学生まで込みの勉強会的なものが持てたらなと思っている。ひょんなことから、東北大学国語学研究室で、院生・学部学生のみによる「読書会」なるものが行われていることを知った。それも、国語史・近代語・現代語・方言の4つが常時行われていると言う。うちの研究室では、院生の自主ゼミはたまにやっているものの、学部学生まで巻き込んだこうしたものは一切行われていない。しかし、うちの研究室の院生と学部学生との間の高すぎる壁、学部学生同士ですら疎な交流、就活など外的要因により学部学生が基礎の勉強に十分な時間を充てられない問題・加えて正直不人気の専修であって他に行けずに仕方なく進学してくる学部学生が増加の一途を辿っていることといった現状を考えたとき、このようなあり方の勉強会の存在が必要なのではないかといたく感じた。無事進学の暁には、どんどん提案して動いて行きたいと痛切に思っている。この期に及び、自分を含めて同期生の卒論の大半がグダグダであるのは、学習面で先輩面をする機会の不足にもその一因があるのではないか、とも思うのである。

上野不忍池冬景

2008-11-20 21:37:18 | 分類なし

 純白のアヒルが直射日光を眩く反射していて、カメラのホワイトバランスがそっちに合ってしまうために色がきれいに写っていないのですが、アヒルの奥にいる鳥、見えますかね。こいつら、池の東岸側と弁天島を結ぶ天龍橋のたもとで、いつも一緒にいるんです。
 暗緑色、というか「鴨の羽色」そのものの頭。白い首輪。茶褐色の胴体。僕はこの鳥をずっとマガモ♂だと思っていました(ご案内の通り、カルガモを除いたカモ類はオスの方が派手)。んで、マガモ♂とアヒル♀の番い???と訝っていたのですね。アヒルはマガモを家禽化したものだから、先祖に惚れてしまうということがあるのかしらと。
 ところがどっこい、調べてみるとアヒルってのは白いばかりじゃないんだそうです。ア○ラックのCMを筆頭に、アヒルと言えば真白いイメージが先走っていますが、奴らはシロアヒル、先祖のマガモとほとんど同じ体色の種類もあるんだそうで、こいつはそのアオクビアヒル♂(注:アヒルのメスもやっぱり地味なので、♂と言うまでもなくアオクビの時点でオス決定)だったのです。
 そうと知ってよーく観察すると、確かに鴨にしては羽が短い。これじゃ飛べませんな。さらに、かつていろいろなソースをばらばらに調べて僕の頭の中に出来上がっていたカモ類の体長のデータが、ソースのばらばらさを反映して見事に滅茶苦茶だったことも発覚。信頼の野鳥図鑑で修正したところ、オナガガモ♂より巨大なこの青首くんがマガモなわきゃねえ、という結論に達したのでした。
 というわけで、何のことは無い、こいつらは色違いのアヒルのカップルだったというお話。めでたしめでたし。


 伊勢物語の主人公が隅田川まで下って来て、後に残してきた都の人々の安否を問うたという「都鳥」は、このユリカモメであると言われています。実はミヤコドリという鳥は他にいるのですが、色や食性などが異なるため、時代のどこかでトコロテン式に名前が変わったと考えられています。「ユリカモメ」と聞くと、高校1年までは新交通システムを思い出していましたが、今は次の詩をまず思い出します。


 かもめ         詩 中勘助

 ゆりかもめ
 鴎の嘴(はし)はなぜ紅い
 あなかしこ
 ほそら姿がかはいとて
 都乙女が口つけた

 ゆりかもめ
 鴎の足はなぜ紅い
 あなかしこ
 都乙女に逢ひにいて
 つい紅皿につまづいた


この詩は多田武彦の合唱組曲「中勘助の詩から」に取り上げられ、非常に愛らしいメロディーがついています。
 ユリカモメの嘴と足は、詩にうたわれているように、個体差もあるものの概ね息を飲むほど鮮やかな赤色です。モノクロや茶色・褐色が多勢を占める冬鳥たちの中で、朱塗りの箸を思わせる美しい奴らの足には、ハッとされられます。


 水鳥の足には水掻きが付いています。このため細いものを掴むのは苦手で、陸の鳥のように電線やロープのようなものに止まるのはあまり得意とは言えません。カモ類はこのように大概水に浮かんでふらふらしています(ここではキンクロハジロ♂♀、オナガガモ♂♀)が、カモメ類は杭や貸しボートなどの平らな面に止まっています。特に杭に止まっているカモメはなぜかみんな同じ方向を向いていることが多くて、一定間隔でおんなじようなカモメがずらっと並んでいる様は、微笑みを誘います。しかしながら、奴らは性格が悪いというのかそういう主義主張を持っているのか、空から降りてきて杭に止まろうとするときには、近くに空いている杭があってもほぼ必ず他のカモメを脅してどかして止まります。どかされたカモメは仕方なく隣のカモメをどかして止まります。実に非生産的な奴らであります。
 でも、たまにこの写真のようにロープに止まっていることもあります。このユリカモメ、飛び立とうとして羽ばたいているのではありません。よろけて、バランスを取ろうとして必死に羽を振り回しているのです(笑)。見ていると、静かに止まっている時間よりよろめいている時間の方が長いので、これは確かに他人をどかしてでも杭に止まりたいのだろうとは思います。
 物好きな(?)連中が複数羽で電線に止まっているようなこともあるのですが、風にあおられて、全員が必死にバランスを取りながら一斉に前後に揺れ続けているのもまた見ものです。

Praaaaaang

2008-11-08 01:05:41 | おんがく
 1964年に発表されたザ・ビートルズの楽曲、"A Hard Day's Night". 同名のビートルズ初主演映画(邦題「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」)の主題歌であり、そのサウンドトラックたる同名のアルバムの第1曲目であり、またその冒頭の謎のサウンドが、あまたの音楽家をこの40年以上に渡って悩ませ続けてきた曲である。

 曲は、「ぱっと聞き」Dmsus4-7のように聞こえる「ジャーン!」というコード一発のフェルマータ("the chord"と呼ばれ伝説化されている)で幕を開ける。調性は明らかでなく、the chordの余韻が残る中前触れもなくアウフタクトでスタートするヴォーカルを追って、"It's been a hard"の"hard"でGのコードが奏されてようやくト長調であることが示される。まともな、悪く言えば定型化された前奏から、予定調和的に本体に入る(たとえばハ長調の曲であれば、イントロ:G→F7→C7→G7を経てCからスタート、みたいな)ことが当然であったロックにとってこのオープニングが与えた衝撃は計り知れない。ビートルズが、みいはあな女の子の騒ぎ立てる甘いマスクの単なるアイドルではないということが、世界に知らしめられた瞬間であった(ちなみにビートルズは、同じアルバム収録の"Can't Buy Me Love"において、「前奏なしでしかもいきなりサビから入る」且つ「長調の曲なのにマイナー・コードで始まるサビ」という衝撃をダブルでかますという離れ業をやってのけているのだが、それはまた別のお話)。
 「ぱっと聞き」Dmsus4-7のように聞こえるこのthe chord、数知れぬプレイヤー、そして音響物理学者たちがこの独特のサウンドを再現しようと躍起になってきたが、ギター2本+ベースというビートルズの編成では、どうにも同じ音が表れて来ない。一時は重ね録りをしたのではという説が唱えられたこともあったが、オーヴァーダビングをしていないということは科学が明らかにしてしまった。一発で録ったことは間違いないらしい。謎は深まるばかりであった。

 そして先頃、カナダはノヴァスコシア州ハリファクスにあるダルハウジー大学教授ジェイソン=ブラウン氏が、フーリエ変換を駆使して新たな説を唱えた!

Brown, Jason I. "Mathematics, Physics and A Hard Day's Night"(PDF)

 そこで僕は取るものも取り敢えず、DTMのソフトでこの通りの音を出してみた(その音はこちら、と提示できないのが辛いが)。

 うん。音量の調節などを頑張ってやれば、相当それらしくなりそうな感じ。上の論文に引いてある、市販のバンドスコアに書いてあるものも同じ条件で鳴らしてみたが、それよりはるかに本物らしく感じた。


 うへえ、音楽ってやっぱり数学なんだなあ……。ぴゅたごらす!!フーリエGJ!
 こういう知見に触れると、どうにも音楽はやめられねえって思うし、科学ばんざい!って気にもなる。テンション上がりまくりんぐ


※ちなみにタイトルは、この論文を紹介している英文記事における「ジャーン」のcounterpartであります。プラーンって……。まあその、日本人からすると「ええええええええええ」って感じですが、実は「ぶつける」というような意味の俗語prangから来ているようです。

研究計画、現代文参考書

2008-10-21 23:45:57 | かんがえ
 実は大学院試験の出願締切が今週金曜必着なんだけども、まだ願書を出してゐません。明日中に本郷郵便局から出せば大丈夫の筈だが、研究計画書を書くと云ふ段階で随分と足踏みをしてゐるやうな気がしますね。まあ気の所為でも何でもなく、厳然たる事実なんですけども。
 これつて本當に情けない話で、だつてさうでせう、学部で「飽き足らずに」院にまで行つて勉強を続けやうつてからには、究めたい自分の課題つてのが確固としてあると云ふのが本来當然なんです。だからそれを書けと言はれて悩むと云ふのはちやんちやら可笑しい訳です。研究計画書には次のやうにあります。

現在考えている入学後の研究の主題及び内容:
 入学を許可された場合に取り組みたいと考えている事項について記入すること。
 (中略)

題目(関心をもって研究しようと考えている内容を適切に表すタイトルを記入すること。)

この欄には、研究目的、研究計画・研究方法、この研究の特色等を簡潔に記入すること。

 かう指示があつて、使つて良い欄がA4約一枚半。
 まあね、大きな課題に繋がる下位の小さなテーマを卒論に設定したので、その続きと云ふことで書いて書けないことはないのですがね。何か、かう云ふ事で良いのかなと云ふ気持ちが頭の片隅から抜けないのですね。この二年ほど矢鱈浮き沈みの激しい私ですが、ついきのふ、と云ふかけふの4限までは可成りアゲアゲの状態だつたんだから、きのふの内に研究計画書を書いて仕舞はなかつたことが悔やまれます。でもまあ、過ぎた事はしやうが無い。何しろ明日出さないとちよつと心許無いので、心を鬼にして、と云ふより心を無にして、やつつけて仕舞ひたいと思ひます。



 けふの帰り、ふと思ひ立つて熊谷駅のくまざは書店(店名まで律儀に旧假名にしてるとさすがにしつこいな)に立寄り、現代文の参考書を立読みしてみました。我々の頃以前から広い支持を受けてゐた出口氏の本です。私は、現在に至るまで現代文の参考書と云ふものに全くと云つて良い程触れて来ませんでしたので、実質初めて手に取つたのです。
 ざつと読んだだけですが、抱いた感想が二つあつて、一つは、これだけの「名著」が(しかも色んな著者のが)世に在り乍ら、どうして未だに現代文を苦手とする高校生・もしくは受験生がゐるのかなと云ふこと。書いてあることは実に當り前のことだらけで、異論を差し挟むやうな餘地の殆ど無いものです。しかも使い方の指示から解説まで非常に親切。どれだけ現代文を苦手とする生徒でも、黙つてこの(類の)本を読み指示通りに訓練をすれば、別に宣伝をする訳ぢゃありませんけども、厭でも或る程度の、即ち大学入試で出て来る程度の評論文くらいばつちり読めるやうになると思はれる、と云ふかなるとしか思へないのです。特に他が出来て現代文が出来ない子の場合深刻です。他が或る程度以上出来ると云ふことは、或る程度の論理力は持ち合わせてゐる筈で、にも拘らず現代文が出来ないと云ふのは、一体どう云ふことなんでせう。塾や予備校で現代文の授業を受けると云ふのも、結局講師が伝へる事は究極では一致して来るのであつて同じ事です。一定の論理力を持ち乍ら、活用する術を知らず、或は論理力を発揮する以前に、硬い文章を読み通す忍耐力に欠けると云ふことなんでせうか。元進学塾の国語教師と云ふ立場から言へば、矢張り国語、特に現代文つてのは、そこそこ出来る人からも苦手な人からも蔑ろにされてゐるのだな、と自嘲するしかないですが。
 感想の二つ目は、逆に、こんな當り前のことに、態々人から言はれないと自分で気付けないのかなと云ふこと。偉さうな事を言ふと思はれるかも知れませんが、しかし乍ら論理を把握する力と云ふのは、頭を使はないと理解出来ない文章を何とか理解しやうとして、色々と苦しんで失敗を重ね、偶に成功してゐる内に何だか身に付くもんだと思ふんですよね。現代文の参考書と云ふのはその論理力を要素に分解して、テクニツクとして箇条書きに纏めたものですが、だからこそ書いてあることは、「そりやさうだらう」と肯ふ他ないシンプルな事ばかりです。変な話、これはきつと苦手な子にも同様に映る事でせう。ここが落とし穴で、「んなこた分つてるんだよ。で、どうやつたらさうやつて上手い事読めるやうになるんだよ」とか思つて仕舞つたらアウト。名参考書(名授業)と雖も、そればかりは自力で文章を読んで会得するより無い。要素に還元されたテクニツクは、自分の頭で実際にそのやうに思考してみて漸く実感出来るのであつて、それを怠つてゐるにも拘らず、「参考書を幾ら読んでも(授業を幾ら聞いても)出来るようにならない」と嘆いてゐる子達の如何に多い事か。それは措くにしても、参考書を一読して別の問題を頭を使つて幾つか解いてみて、今一度参考書を見た時に、「こんなことにも自分で気付けなかつたのか、恥かしいな自分!」と思へるくらいでないと、理解したとは言へないでせう。矢張り、このレヴェルであつても自分で気付かなくちや駄目なんです。で、結局参考書なり予備校なりの授業の力を借りなきやならないと云ふのは、余程頭を使はないで良い文章にばかり囲まれて来たのだな、と思つて仕舞ふ訳で、それつてやつぱり憂慮すべき事だなと思ふ訳です(勿論、頭を使はなくて良い文章に囲まれて生きる事それ自体を否定するものではありませんよ。ただ、塾・予備校にまで通つて難しい大学に入らうつて奴がさう云ふことだと、どうしたつて限界があるよな、と言つてゐるんです)。



 研究計画書をやつつける、筈が、つひ横道に逸れて随分と筆を走らせて仕舞ひました。しかもふと思ひ付きで旧假名遣ひで通したりして、一旦新假名で変換してから旧假名で送假名を入力し直すだけで可成りの時間を浪費してゐる筈です(苦笑。間違ひがあつたら指摘して下さいね)。ああばかばかばかばか。反省して、研究計画書をば書きます。さすれば、御免。

5番線、ドアが閉まります

2008-10-13 22:57:30 | 分類なし
 またこんなことばっかやってると白い目で見られるのは必至なんだけど……。

【前提知識】
・京浜急行2100形電車は、京浜急行の最優等列車である快特に使用される電車。品川・横浜間では、並行するJR東海道線(川崎のみ停車)よりも停車駅が一つ多い(京急蒲田、京急川崎に停車)にも関わらず到着が早いことがあるほどで、文字通り非常に「速い」電車というイメージがある。
・その2100形電車は、ドイツのシーメンス社製の部品を使った制御装置を積んでいる。この装置のよく知られた特徴として、発車時に発生する音が耳触りにならないようにと、わざわざ上行音階になるように細工をしてあるというものがある。「F-G-A-B-C-D-Es-F-G」というところ。耳触りにならないかどうかは、まあ聞く人次第であろう。およそ日本人の発想ではない。日本人なら、八方手を尽くして音が聞こえない方法を考えるだろう。ともかく、聞く人が聞けばすぐ京急2100形のあれだとわかる音であるということが重要。
・ウサイン=ボルト(ジャマイカ)は、2008年8月の北京五輪200M競走において、世界記録を2/100秒更新する圧倒的パフォーマンスで優勝した。

 では、どうぞ。0:40あたりで吹かないようにね。




心地よい不安/緒形拳の言葉

2008-10-11 23:21:24 | 分類なし
 18時頃には暗くなり、夜風に薄ら寒さを覚えるような時候となった。
 毎年この時期になると、「押し迫ってくる」感じにつつまれて、なぜか意味も無く焦燥感が湧く。別に何らかのタスクを抱えていようといまいと、何だか焦らなければならないような気分になる。この不安さが妙に心地よく、昔からこの季節が好きだった。青い青い中学生の頃、この絶妙な不安さが、今から思えば何だか「実存してる」って感じがして好きだったような気がする。ふだん考えてることなんかがさっと霧消してしまって、漠然とした不安感に浸る。柄にもなくちょっと気になる女の子と一緒に下校したりして、しかしもはや気になるのかどうかなんてことはどっかに飛んで行ってしまっているのだが、静まり返った暮色の公園を歩きながら取りとめのない話をしていると、ふと立った一陣の風にあおられて、感じるはずもない彼女の体温を感じたりして、それにいささか驚いてつい口を噤むと、ますます不安な気持ちばかりいや増して。数歩先を行く彼女が振り返って「どうしたの」と問うてくる。「何でもない」と一言言えば済むものを、そんな風に済ませるのはどうも誠実でない気がして、わたしは何も言えなくなる。そんなシーンが金木犀の香りと共によみがえる。
 空気がぬくもりをはらみ、夜風が冷たくない季節には、そこにいる人の体温がピンと来ない。わたしにとっては、寒い冬へと転がり落ちていくかのようなこの季節が、最も心のアンテナの感度が良くなる時節であるらしい。一挙一動の度毎に、決して戻ることのない時間に思いを馳せてしまう。生きていることは、あらゆる意味で繰り返しの利かないことなのだ。いよいよこの季節が好きになって行く。



 先日亡くなった、大好きな俳優の緒形拳が、親友の津川雅彦に語ったという話。

 文化というのは遊びをやっているのだから、やる人間くらいせめて本気でやれ。ちゃらちゃらしたことをやっているのだから、ちゃらちゃらするな。

 これを含むエピソードを総合すると、彼の生き様は「本気」という言葉に集約されるようだ。まあ、意を尽くし得ない言語を操る人間の悲哀で、複雑で微妙な内容について話しているうちにふと口を突いて出た言葉が何だかやけに適当なような気がして、その言葉ばかりを使っていて、気付くとその言葉が当てはめられる前の微妙な感覚を忘れてしまって元に戻らない、ということはよくあることで、もちろん人一人の人生を「本気」などという一言で言いつくせるわけはないのであるが、この言葉が、仲間や息子たちが納得して託した緒形拳を語る一語であるとも、逆に言えば言えるのである。どうも今日はいつも以上に理屈っぽくていけない。
 緒形拳の言葉である。ただのパラドクスをこねただけだと思う人もいるかもしれない。おそらく言う人が言う人なら、言葉遊びに過ぎないだろう。そして、生身の緒形拳がどういう人だったのか知る由もない以上本当に評価はできないが、わたしはこの言葉は信じるに足る言葉だと感じた。本気で遊ぶ。本気でちゃらちゃらする。本気で文化する。わたしはこの言葉を噛み締めたいと思う。
 ご冥福をお祈りする。

ついてないのも因果か

2008-10-05 21:50:07 | かつどうのきろく
 道路沿いの電線からお宅への引き込み線が路面に触れるほど垂れ下がっている。
 昼過ぎ、通りがかりの人から指摘され、見てみるとまさにその通り。ただ、電気が通っている太い線ではないのが確認できたため少し安心。急いでNTTに電話する。固定電話なら113、携帯からも0120-444-113で「電話の故障」対応に繋がる。
 道を通る人に謝りつつ注意を喚起しながら小一時間待ち、NTTの人到着。が、瞬時にNTTのラインでないことが判明。NTTの人は何もせずに帰る。よく見ておけばすぐにわかったのだが、テレビ熊谷(ケーブルテレビ)のケーブルだったのである。テレビを点けてみたところ何も映らない。何でこんな時に限っていつも点けっ放しのテレビを消しといたんだよ婆さん。改めてテレビ熊谷に電話。
 さらに小一時間待ち、下請けの工事の人到着。いくつかの障害(非公開)を乗り越え、雨の降りだす中ケーブルは無事に接続された。工事の人曰く、ネジがすべて千切れていて、とても普通に外れただけとは見えず、非常に強い力で引っ張られたものだろうとのこと。おそらく外れかけて垂れ気味だったところを、トラックか何かが引っ掛けたのではないかという。

 今日は午前家で卒論に使うデータをPCに入力し、午後から大学に行って作業をするつもりが、折悪しく家に婆さんしかいなかったためこの対応に追われ、午後が丸潰れ。致命的だ。せっかく時間があった昨日の午後に集中しきれなかったのが悔やまれる。もう時間的余裕は皆無だ。出来る時に出来るだけやって行かないと、このように降って湧いた「出来ない時」に掬われてしまう。
 「今日出来ることを明日に回すな」、「明日出来ることを今日やるな」。どちらも至言だと思うけれども、「明日出来る」と断言できることというのは、意外に少ない。明日乃至今後は無いものと思って、しかし摩訶不思議なことに締切だけは厳として存在するものと覚悟して、今日出来ることを粛々と進めて行くしかない。

9月27日

2008-09-29 23:25:59 | かつどうのきろく
9月27日(土)
 夜、富士見中男子剣道部の面々数名と飲みに行く。やはりあのメンツだと、というか体育会系の例のあの人がいる時が、酒量が一番多くなる。いわゆる若者の飲み方で、味わうとかではなくてとりあえずごくごく飲むということになる。……そういえば7月、つかだ氏が英国からお帰りになった際の歓迎会で普通に飲んでいたら、駒場同クラの某女性から「飲めなかったはずでは」と訊かれた。そういえばかつてはそういう設定にしてあったことを我ながら失念していた。異常な下戸でほんのちょっとでも酒を飲んだら大変なことになる、而して絶対に一滴も飲ましてくれるなと触れ回っていたあれはつまり「成人前に酒を飲んだことがない」という勲章(?)を手に入れるための方便であって、何しろ飲んだことがないのだから酒に強いか否かだって知らなかったんであって、家系からしたら飲めないということはないだろうと思ってはいた。いくつかの人間関係をこじらせながらももぎ取ったこの勲章は一生ものである。すっかり話がそれた。
 19過ぎから日付が変わってしばらくまで、昔話を肴に散々飲んだ後、非常に久しぶりにカラオケボックスに足を運ぶ。今年のお正月、熊高音楽部OB新年会の三次会で、キリンジ縛りになる寸前だった時以来だと思う。そこまで久しぶりかなあ。わたしは集まりというと歌を歌っているような気がしていたのだが、意外とそうでもないんだなあ。友達の集まりや鉤括弧付き「デート」のコース一つ取ったって、以前ならカラオケに行くくらいしかなかったものが、ただひたすらトークするとか、散策するとか、美術館に行くとか、用水路を見に行くとか、いろんな選択肢ができてきたから、自然とカラオケに行く頻度も下がっているのだな。まあ祇園会の集まりで、カラオケ「ボックス」ではなく、スナックのカラオケで満座の前で歌う機会はちょいちょいあるが。そうか、これが「カラオケ」自体をそこまで久々に思わない理由か。すっかり話がそれた。
 その久々のカラオケは、何だか女性ヴォーカルの曲を女声の高さの裏声でばかり歌っていた気がする。アルコールで荒れた喉にはきつい。よせばいいのに魔理沙まで歌ってみた(うpしませんよ笑)。そして、Perfumeの「チョコレイト・ディスコ」を歌いかつ踊ってみたのだが、ひどかった。あれは、ひどかった。

カサモ川に関する重大新事実

2008-09-27 03:05:46 | 分類なし
 熊高OB諸君!!
 ……あ、いや、決して熊高関係者以外お断りというわけじゃないので皆さん読んで頂きたいのですが、ただやや内輪ネタで、かつちょっと興奮するほどの重要な問題なので、最初に呼びかけだけはさせてもらいたいのです。では改めて。

 熊高OB諸君!!
 わたしはかつて、生徒会誌『われら』45号(2002年度)「熊高用語の基礎知識」の「カサモ川」の項目に以下のように書いた。

 カサモ(引用者注:注1)の脇を流れる準用河川新星川の、熊高付近での名。台風の時などに、しばしば氾濫する。落ちた人もいたとか。調べてみるとこの川は行田市で一部が忍川に(これも最終的には元荒川(後出)に合流)に、残りは一旦かの有名な見沼代用水と合流、菖蒲町で分かれて、蓮田市と白岡町の境で元荒川(とてもきれいな水じゃないと住めない魚ムサシトミヨ(特別天然記念物)が世界で唯一生息する川)に注いでいる。つまり中川水系。編集部では更に自転車を駆使した実走による源流調査を行ったが、残念ながら成果を得ることはなかった。分かったのは、流れている水の殆どが生活廃水であるということである。
 (「熊高用語の基礎知識α(2003年度版)」『われら』45号、p. 42)

 この項、わたしが携わった『われら』45号で改訂するまでは、「カサモの脇を流れる一級(?)河川。」という書き出しで始まっていた。また、「落ちた人もいたとか。」で終わる短い項目であった。幅員高々1メートル程度の小水路に興味を示す人間などまれであり、このくらいが常人には当り前の情報量であろう。しかしわたしが噛んだ以上、そのままでは済まされなかった、というわけだ。

 さて、それから5年半の歳月が経って、この項目に再訂正をする必要がある可能性が浮上した。「カサモ川」という名称に関わる問題であり、特に熊高関係者には注視して頂きたい。

 河川図に例の水路が「準用河川新星川」として描かれ始めるのは、熊高の南端に接する東西の道路(デリカ(注2)なんかがある道)を東に進んで、熊高の敷地を外れ、妻沼県道とぶつかる手前あたりからなのである。と文字で書いてもわかりづらいので、何たる情熱、わたくし地図まで作ってしまった。これは、例の水路が大里用水の幹線水路から分かれ、準用河川新星川・一級河川星川(注3)と身分を変えながら、元荒川に合流するまでをトレースしたものである。スケールの意外な大きさにまずはじっくり浸ってほしい。と言ってもいま問題になるのは熊高周辺の狭い範囲であるので、堪能したらぜひ「大きな地図で見る」をパチッとクリックして、左上のレストランマークの辺りをグッとズームして、ご覧頂きたい。以下、別ウィンドウに拡大地図が開いているものとして進める。

<iframe width="425" height="350" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://maps.google.co.jp/maps/ms?ie=UTF8&msid=108035709825383390650.000457b798611a0bef97a&hl=ja&msa=0&ll=36.097988,139.49983&spn=0.142371,0.307475&output=embed&s=AARTsJrKWZ-sj2ZE8P-2guty7WIxd0Pj8g">大きな地図で見る


 地図まで作って何が言いたいかお分かりであろうか。わたしがかつて、「準用河川新星川の、熊高付近での名」と書いたそのこと自体がおそらく成り立たないのだ。だって、準用河川新星川が始まるのは熊高の敷地の東端より100メートルばかり下流なんだもの。そう、あの水路のカサモ沿い・熊高沿いの辺りは、河川でなく用排水路として扱われているわけである。そして、確たる名称が無い。一応山王用水路の末流の一つということになっているが、山王地区から遠く離れ、様々な水路の末流を集めたこの区間のこの流れだけを指す言い方はおそらく無い。ここがすこぶる重要である。
 名前が無い以上、「カサモ川」で良いんじゃね?
 というわけである。少なくとも、赤い線でなぞった部分の、熊農の西の方を南に流れる辺りから下流は、独自の名称を与える根拠がありそうである。

 まあともかく、カサモ川がどこから来てどこへ行くのか、今一度じっくりご覧になって下さい。熊高に関係ない人でも、この川の近所に住んでるマイミクさんを何人か知っていますが、その川の来し方行く末を、また同じ川が熊高生にはこのように呼ばれているということを知ってみるのもまた、おもしろいんじゃないでしょうか。

 なお、先の『われら』の記事の誤謬というか舌足らずな部分はまだある。「カサモ川」が星川になってからのことであるが、「一部が忍川に合流」というのは、正しくは「一旦合流した酒巻導水路が再び分かれてそちらが忍川に合流」である。また、「見沼代用水に合流」とあるのも、そもそも見沼代用水が星川の水路を借用して作られたもので、今ではこの区間は「星川」と「見沼代用水」の二重戸籍区間となっている。

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注1:カサモ……「熊高用語の基礎知識」によれば、「創業昭和6年。(中略)熊高生がよく利用するスナック菓子・カップラーメン等の総合レストラン」。
注2:デリカ……同じく、「テニスコートの前にある弁当・総菜専門店、デリカ・パーティのこと」。
注3:星川……これがまた、熊谷市街地民にはややこしいのだが、熊谷市街の星川とはまったく別の川なんである。以前も紹介したとおり、市街地の方の星川は公式には「荒川左岸幹線用水路」であり、河川としての管理を受けていない。こっちの「星川」は、シダックスより大宮寄りで17号の下を潜って北側に出たところで「忍(おし)川」と名前を変え、ここから一級河川になる。