青空世界

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開戦記念日のコタバル上陸作戦

2016年12月07日 | Weblog
明日は大東亜戦争の開戦記念日ですが、もうそろそろ真珠湾攻撃が開戦という嘘を見直しましょう。

「コタバル上陸作戦」の方が先なのですが、無視された報道や教育が、堂々とまかり通っています・・・・・・・


参考
http://ameblo.jp/rekishinavi/entry-11723527688.html
今日、12月8日は太平洋戦争の開戦記念日?


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AC%E3%83%BC%E4%BD%9C%E6%88%A6
マレー作戦


より引用

作戦開始時刻

大本営はマレー上陸とアメリカの属領であるハワイに対する真珠湾攻撃との関係に考慮を要した。陸軍はマレー上陸が長途の海上移動の危険を伴うことから奇襲を絶対条件とし、海軍も真珠湾での奇襲に期待をかけていた。しかし、一方が先行すれば他方の奇襲が成り立たなくなる。マレーとハワイとでは18時間の時差がある。双方を両立させるのがマレーの深夜、ハワイの早朝という作戦開始のタイミングであった。

1941年12月8日午前1時30分(日本時間)、佗美浩少将率いる第18師団佗美支隊がマレー半島北端のコタバルへ上陸作戦を開始した。アメリカ領ハワイの真珠湾攻撃に先立つこと1時間20分、いわゆる太平洋戦争はこの時間に開始された。
この上陸作戦自体は、駐米日本大使館の失態による遅延により結果的に開戦後の宣戦布告となってしまった対米宣戦布告予定時間より前に開始されており、開戦前に宣戦布告を行う予定であった対米開戦とは異なり、日本軍が宣戦布告無しで対英開戦することは予定通りであった。この時の日本軍の開戦日の暗号は「ヒノデハヤマガタ」である。

なお開戦直前の12月7日午後には、マレー作戦に参加する上陸部隊を乗せた輸送船団の上空護衛を行っていた日本軍の九七式戦闘機が、哨戒中のイギリス海軍のPBYカタリナを撃墜した。この撃墜によりイギリス軍基地に対する日本海軍艦艇の来襲の報告がなされなかったことから、その後の日本陸軍の上陸作戦を容易にした。なおこれは同戦争における最初の連合国軍の損失であった。
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