「つなぐ、神奈川県博―Collection to Connection」 神奈川県立歴史博物館

神奈川県立歴史博物館
「神奈川県博開館51周年記念 つなぐ、神奈川県博―Collection to Connection」
4/28~7/1



2016年6月より空調設備更新のため、長らく休館していた神奈川県立歴史博物館が、おおよそ2年に及ぶ更新工事を終え、再開館しました。

それを記念して開催されているのが、「つなぐ、神奈川県博―Collection to Connection」と題した展覧会で、「つなぐ」をテーマに、神奈川歴博のコレクションが約100点超ほど公開されていました。(一部に展示替えあり。)


開館当初からの所蔵資料 阿弥陀如来坐像

時代やジャンルにとらわれず、いわば横断的な視野でコレクションを紹介しているのも、大きな特徴と言えるかもしれません。冒頭の「ようこそ、51周年の神奈川歴博へ」に出展された文化財からして同様で、古墳時代の「家形埴輪」から、明治時代に津久井の芝居で用いられた「芝居衣装 内掛 鯉の滝登り」、さらには手書きの絵図としては貴重な「相州鎌倉之図」などが一堂に並んでいました。

また明治時代の横浜を銅版画で捉えた「横浜所会社諸商店之図」も興味深く、同じく横浜の誇る真葛焼の製造所を写した作品もありました。さらに意表を突くのが、4組のスキー板で、古いものでは昭和初期の木製もありました。何でも親子三代に渡って使用された板で、平成29年にコレクションとして受け入れられたそうです。まさか博物館でスキー板を見るとは思いませんでした。同館の幅広いコレクションの表れと言えるかもしれません。


開館時の県立博物館

最初のテーマは「ドームをつなぐ」で、神奈川歴博の建物を特徴付ける屋上のドームに関する資料を展示していました。言うまでもなく、神奈川歴博の旧館部分は、1904年に当時の横浜正金銀行本店として建てられました。その後、大正の関東大震災によるドームが焼失するものの、戦後も横浜正金銀行を受け継いだ東京銀行が、横浜支店として利用しました。そして1964年に神奈川県が買い取り、ドームの復元を行った上で、1967年に神奈川県立博物館として開館しました。現在は国の重要文化財の指定を受けています。

「横浜正金銀行本支店アルバム 竣工時の横浜正金銀行本店」からは、竣工時の銀行の姿を見ることが出来ました。また関東大震災での焼失の状況も写真で残されていて、開館時のパンフレット類を集めた「神奈川県立博物館開館記念アルバム」も重要な資料と言えるかもしれません。

また2004年には、当時の三菱東京銀行から12000点もの貨幣コレクションの寄贈を受けたそうです。その一部の小判なども展示されていました。

「ひとをつなぐ」で特に目立っていたのが、神奈川歴博の浮世絵コレクションの中核をなす丹波恒夫氏でした。横浜で貿易商を営んでいた同氏は、おおよそ70年に渡って浮世絵を収集し、約6000点にも及ぶ作品を残しました。とりわけ広重のコレクションで知られています。

その丹波氏のコレクションが一定数出ていました。うち目を引いたのは、横浜の異人を描いた「横浜渡来異商住家之図」で、5枚揃いであったものの、当初は4枚しかありませんでした。追加の1枚は、近年、博物館が入手したそうです。つまり丹波氏と博物館の双方の手を経て、全ての作品が揃ったわけでした。

「東海道分間絵図」も見どころの1つではないでしょうか。東海道を1万2千分の1に縮尺した街道絵図で、遠近道印が作成した分間図に、菱川師宣が風景を描いて完成させました。全部で5帖あり、長さは36メートルにも及び、そのうちの神奈川の部分が開いていました。

関東大震災の復興を期し、1935年に山下公園で開催された「復興記念横浜大博覧会絵葉書」も目を引きました。横浜の産業貿易を紹介した博覧会で、近代科学館や復興館、それに陸軍館などが作られました。延べ200万名を超える入場者を記録したそうです。大変な盛況だったに違いありません。


「相州だるま」も異彩を放っていました。だるまで有名な高崎から平塚へ伝わったもので、長いひげや眉毛を特徴としています。ほかにも開港後の横浜を描いた「ご開港横濱之全圖」や、現在の京浜急行電鉄の前身の1つでもある湘南電鐡の「沿線案内図」なども興味深いかもしれません。当然ながら、横浜、神奈川に因む資料が目白押しでした。


当館の発掘で出土し、東北地方とのつながりを示唆した縄文土器 (横浜市梶山遺跡)

博物館の研究活動についても着目していました。考古資料の出土品をはじめ、調査目録、担当者メモ、遺物整理票、さらに未整理資料の入った木箱のほか、発掘のためのスコップ、聞き取り用の音声レコーダーまでが並んでいて、普段、一般にはおおよそ表に出ない資料も少なくありませんでした。

ラストは「未来をつなぐ」として、まさに今年収蔵されたばかりの「如来坐像」などが展示されていました。ともかく切り口が多様で、学芸員によるコメントも大変に力が入っていて、見せるだけでなく、読ませる展覧会と言えるかもしれません。作品同士の思わぬ邂逅も興味深く、時に刺激的でもあり、チラシ表紙の「名品展を超えてゆけ 館蔵品と若手学芸員の挑戦」もあながち誇張とは思えませんでした。



基本的に空調の工事のため、最初の展示室の天井部が変わった以外は、特に変更は見られませんでした。エントランスがLED化されたものの、展示室内の照明、ケースともに、以前と同一だそうです。



一方で、常設展は、新たにテーマ別にカラーでゾーニングされました。神奈川歴博の魅力は充実した常設にもあります。お見逃しなきようにおすすめします。



ちょうど開館日に出向いたゆえか、館内もなかなか盛況でした。



7月1日まで開催されています。

「神奈川県博開館51周年記念 つなぐ、神奈川県博―Collection to Connection」 神奈川県立歴史博物館@kanagawa_museum
会期:4月28日(土)~7月1日(日)
休館:毎週月曜日。但し4月30日は開館。
時間:9:30~17:00 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般600(550)円、20歳未満・学生400(350)円、65歳以上200(150)円、高校生100円。中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:横浜市中区南仲通5-60
交通:みなとみらい線馬車道駅3・5番出口徒歩1分。横浜市営地下鉄関内駅9番出口より徒歩5分。JR線桜木町駅、関内駅より徒歩10分。
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「青山美術館通り」についていまトピに寄稿しました

「gooいまトピ」に、「青山美術館通り」について寄稿しました。



ウォーキングと美術館!青山美術館通りを歩こう!!
https://ima.goo.ne.jp/column/article/5871.html


青山美術館通りとは、2012年3月、六本木通りと骨董通りを結ぶ道路が開通した際に付けられた通称で、国立新美術館近辺より、根津美術館、そして山種美術館までが一本の道路でつながっています。



実は開通後にも、拙ブログで一度、ご紹介したことがありましたが、今回改めて、六本木ヒルズより青山美術館通りを経て、根津美術館から山種美術館へと歩いてみました。



結果的に歩いた時間は全50分。道なりで3.5キロほどありました。六本木、及び根津美術館付近こそ、やや人の往来が多いものの、それ以外はほぼスムーズに歩くことが出来ました。また全線に渡り歩道も整備されているので、手軽なウォーキングコースとしても有用かもしれません。



いまトピでも触れましたが、青山美術館通り界隈の美術館を、1日で全て歩いて回るのは現実的ではありません。

よってこの日は、岡本太郎記念館の「太陽の塔 1967―2018―岡本太郎が問いかけたもの」と、ちょうど初日だった山種美術館の「琳派 ―俵屋宗達から田中一光へ―」を鑑賞しました。感想は追ってブログにまとめる予定です。


六本木から青山、ないし広尾界隈へのお出かけの際に参考にして下されば嬉しいです。

[青山美術館通りと周辺にある主な美術館]

森美術館 http://www.mori.art.museum/jp/
 「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」4月25日(水)~ 9月17日(月)
サントリー美術館 https://www.suntory.co.jp/sma/
 「ガレも愛した-清朝皇帝のガラス」4月25日(水)~7月1日(日)
21_21DESIGN SIGHT http://www.2121designsight.jp
 「写真都市展 −ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち」2月23日(金)~6月10日(日)
国立新美術館 http://www.nact.jp
 「ルーヴル美術館展 肖像芸術」5月30日(水)~9月3日(月)
秋山庄太郎写真芸術館 http://akiyama-shotaro.com
 「秋山庄太郎 やさしい花写真教室」3月4日(日)~7月1日(日)
根津美術館 http://www.nezu-muse.or.jp
 「はじめての古美術鑑賞 漆の装飾と技法」5月24日(木)~7月8日(日)
岡本太郎記念館 http://www.taro-okamoto.or.jp
 「太陽の塔 1967―2018―岡本太郎が問いかけたもの」2月21日(水)~5月27日(日)
國學院大學博物館 http://museum.kokugakuin.ac.jp
 「狂言―山本東次郎家の面―」)5月26日(土)~7月8日(日)
実践女子学園 香雪記念資料館 http://www.jissen.ac.jp/kosetsu/
 「記録された日本美術史」5月12日(土)~6月16日(土)
山種美術館 http://www.yamatane-museum.jp
 「琳派 ―俵屋宗達から田中一光へ―」5月12日(土)~7月8日(日)
東京都写真美術館 https://topmuseum.jp
 「内藤正敏 異界出現」5月12日(土)~7月16日(月・祝)
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「ジョルジュ・ブラック展 絵画から立体への変容」 パナソニック汐留ミュージアム

パナソニック汐留ミュージアム
「ジョルジュ・ブラック展 絵画から立体への変容 ―メタモルフォーシス」 
4/28~6/24



パナソニック汐留ミュージアムで開催中の「ジョルジュ・ブラック展 絵画から立体への変容 ―メタモルフォーシス」へ行ってきました。

キュビズムの創始者として知られるジョルジュ・ブラックは、晩年の一時期、立体作品の制作に取り組んだことがありました。

それが「メタモルフォーシス」で、オウィディウスの「変身物語」に登場する神々をテーマとし、グワッシュやリトグラフの平面から、陶磁器、ジュエリー、彫刻、室内装飾などに変容させながら、多様に立体作品を生み出していきました。


「青い鳥、ピカソへのオマージュ」 1963年 サン=ディエ=デ=ヴォージュ市立ジョルジュ・ブラック‐メタモルフォーシス美術館

ブラックが「メタモルフォーシス」を手がけたのは、亡くなる2年前の1961年のことでした。グワッシュの「青い鳥、ピカソへのオマージュ」は、絶筆とも言われています。ほかにも「メディアの馬車」や「トリプトレモス」などが制作され、のちの立体作品の下絵と化しました。また一連のグワッシュから派生した版画も作られました。


「ペルセポネ」 1961〜63年 サン=ディエ=デ=ヴォージュ市立ジョルジュ・ブラック‐メタモルフォーシス美術館

その主要なモチーフは、まず陶磁器に変容して現れました。例えば皿や壺、ピッチャーに、「ペリアスとネレウス」や「ペルセポネ」など、「メタモルフォーシス」にも登場した図柄が写されました。確かにモチーフは平面と立体でよく似ていて、互いに見比べるのも楽しいかもしれません。



「メタモルフォーシス」のハイライトはジュエリーでした。1961年、ブラックは、クリエイターのエゲル・ド・ルレンフェルドに、ジュエリーの制作を依頼しました。一連のジュエリーは実に自在な造形を見せていて、ギリシャ神話の女神の頭部や鳥などのモチーフを、巧みに落とし込んでいました。


「ヘベⅡ」 1961〜63年 サン=ディエ=デ=ヴォージュ市立ジョルジュ・ブラック‐メタモルフォーシス美術館

これらの作品は時のフランス文化大臣、アンドレ・マルローによって「ブラック芸術の最高峰」との評価を受け、1963年にはパリ装飾美術館でジュエリー展も開催されました。ブラックは単に二次元を三次元へ転化させただけでなく、「視覚による幸福を触覚に補いたい」(解説より)としていました。なおこの展覧会の約3ヶ月後、ブラックは81歳にて亡くなりました。

それにしても色に華やかで、造形の精緻な指輪やブローチは、実に魅惑的ではないでしょうか。神話のモチーフゆえか、どこか幻想的な作風も見せていて、キュビズムの画家であるブラックが、まさかこのようなジュエリーを手がけていたとは知りませんでした。


「セファレ」 1961〜63年 サン=ディエ=デ=ヴォージュ市立ジョルジュ・ブラック‐メタモルフォーシス美術館

ブラックの立体への関心はさらに彫刻へと拡大しました。先の陶磁器やジュエリーに用いたモチーフを、今度はガラスやブロンズへと変容させました。一際、目を引いたのは、ガラス彫刻の「セファレ」で、透明感のある水色のガラスに、ジュエリーにも登場した鳥のモチーフを重ねていました。

ラストは装飾パネルやモザイク、それにタピスリーなどの室内装飾でした。そもそもブラックは少年時代、家業を継いで装飾画家としての修行を積んでいて、かねてより室内パネルなどに惹かれては、職人と協同して作品を制作していました。それは「メタモルフォーシス」でも同様で、やはりギリシャ神話の神をモチーフにした、モザイクやタピスリーが作られました。

貴石とステンドグラスの双方の意味を持たせた、フランスで「ゲマイユ」と称される作品も鮮やかでした。会場の照明や映像による演出も効果的で、ジュエリーをはじめとした立体作品の魅力を見事に引き出していました。


「静物」 1911年 ストラスブール近現代美術館

言うまでもなく主役はジュエリーなどの装飾品で、冒頭に2点の油彩画こそ展示されているものの、ブラックの画業を俯瞰するような絵画展ではありません。



しかしそもそも日本で、「メタモルフォーシス」が公開されたこと自体が初めてでもあります。その意味では、ブラックの創作の一端を知る、重要な機会と言えるかもしれません。

フランス北東部の町、サン=ディエ=デ=ヴォージュにある、「ジョルジュ・ブラック‐メタモルフォーシス美術館」から多くの作品がやって来ました。同館は、ブラックの仕事を後世に伝えるため、ジュエリークリエイターのエゲル・ド・ルレンフェルドと、ブラックの専門家であるアルマン・イスラエルによって構想され、1994年に開館しました。



6月24日まで開催されています。

「ジョルジュ・ブラック展 絵画から立体への変容 ―メタモルフォーシス」 パナソニック汐留ミュージアム
会期:4月28日(土)~6月24日(日)
休館:毎週水曜日。但し5月2日は開館。
時間:10:00~18:00 *入場は17時半まで。
料金:一般1000円、大学生700円、中・高校生500円、小学生以下無料。
 *65歳以上900円、20名以上の団体は各100円引。
 *ホームページ割引あり
 *5月18日(金)は国際博物館の日のため入館無料。
住所:港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
交通:JR線新橋駅銀座口より徒歩5分、東京メトロ銀座線新橋駅2番出口より徒歩3分、都営浅草線新橋駅改札より徒歩3分、都営大江戸線汐留駅3・4番出口より徒歩1分
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定期講座「国宝 第3回 東山御物の美~銀閣寺と紅白芙蓉図を中心に」が開催されます

講演のご案内をいただきました。5月27日(日)、東京の一ツ橋センタービルにて、定期講座「国宝」の第3回、「東山御物の美~銀閣寺と紅白芙蓉図を中心に」が開催されます。


[定期講座「国宝 第3回 東山御物の美~銀閣寺と紅白芙蓉図を中心に」]
日時:5月27日(日) 13:30~15:30
会場:一ツ橋センタービル12階 千代田区一ツ橋2-4-6(小学館本社ビル裏)
講師:橋本麻里さん
参加費:2500円
教材:ニッポンの国宝100「第12号 銀閣寺/安倍文殊院 善財童子立像」、第29号「向源寺 十一面観音/紅白芙蓉図」付き

講座の概要は上記の通りです。永青文庫副館長で、日本美術に造詣の深い橋本麻里さんをお迎えし、「東山御物の美~銀閣寺と紅白芙容図を中心に」をテーマに講演いただきます。

[橋本麻里さんプロフィール]
日本美術を主な領域とするライター・エディター。公益財団法人永青文庫副館長。著書に『SHUNGART』『京都で日本美術をみる〔京都国立博物館〕』『変り兜 戦国のCOOL DESIGN』。編著に『日本美術全集 第20巻』。

会場は神保町駅近くの小学館本社ビル裏、一橋センタービルの12階です。参加費は一人当たり2500円で、事前申込制となります。定員は200名で、上限に達し次第、受付終了となります。

【神社仏閣めぐりの講座】 『各回200名限定!じっくりたっぷり学びが深まる 定期講座「国宝」 教材2冊付き!』(クラブツーリズム)

「週刊ニッポンの国宝100 銀閣寺/善財童子立像/小学館」

なお講演に際して、小学館の「ニッポンの国宝100」の第12号「銀閣寺/安倍文殊院 善財童子立像」と、第29号「向源寺 十一面観音/紅白芙蓉図」が無料で配布されます。



「週刊 ニッポンの国宝100」
http://www.shogakukan.co.jp/pr/kokuhou100/
国宝応援団twitter:https://twitter.com/kokuhou_project
国宝応援プロジェクトFBページ:https://www.facebook.com/kokuhouproject/

定期講座「国宝」は、これまでにも「奈良の世界遺産 法隆寺・東大寺」(3月21日)、「京都 王朝文化の輝き~平等院と三十三間堂」(4月21日)と、2回開催されて来ました。今後も全6回を予定し、「ニッポンの国宝100」に準拠しながら、毎月、様々な国宝を取り上げて講座が行われます。

「週刊ニッポンの国宝100 向源寺十一面観音/紅白芙蓉図/小学館

橋本麻里さんをお迎えしての「定期講座 国宝 第3回 東山御物の美~銀閣寺と紅白芙蓉図を中心に」。「ニッポンの国宝100」が2冊付いての講座です。銀閣寺や東山御物に関する詳しいお話が聞ける、絶好の機会ではないでしょうか。

講座の申し込みなどは下記リンク先をご参照下さい。

【神社仏閣めぐりの講座】 『各回200名限定!じっくりたっぷり学びが深まる 定期講座「国宝」 教材2冊付き!』(クラブツーリズム)

「週刊ニッポンの国宝100」@kokuhou_project) 小学館
内容:国宝の至高の世界を旅する、全50巻。国宝とは「世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるもの」(文化財保護法)国宝を知ることは、日本美術を知ること。そして、まさに日本のこころを知る旅だともいえます。「週刊 ニッポンの国宝100」では、現在指定されている1108件の中からとくに意義深い100点を選び、毎号2点にスポットを当てその魅力を徹底的に分析します。
価格:創刊記念特別価格500円。2巻以降680円(ともに税込)。電子版は別価格。
仕様:A4変形型・オールカラー42ページ。
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「ガレも愛した-清朝皇帝のガラス」 サントリー美術館

サントリー美術館
「ガレも愛した-清朝皇帝のガラス」
4/25~7/1



サントリー美術館で開催中の「ガレも愛した-清朝皇帝のガラス」を見てきました。

清王朝の時代、中国ではガラス工芸が飛躍的に発展し、多くのガラス器が製作されては、のちにガレなどの西洋の芸術家にも影響を与えました。

その特徴として、「透明と不透明の狭間で、重厚で卓越した彫琢が際立つ」(解説より)とされています。それでは一体、どのようなガラスの作品が作られたのでしょうか。

一部の展示室の撮影が出来ました。


「紅色宝相華唐草文鉢」 中国・清時代 乾隆年間(1736〜95年) サントリー美術館

まず透明感があるのが、「紅色宝相華唐草文鉢」で、紅色に染まったガラスの側面に唐草文を浮き彫りし、胴の下部には蓮華文を象っていました。ともかく色味が美しく、光沢感もあり、まるで器自体が赤い光を放っているかのようでした。デコラティブな側面の彫刻も魅力と言えるかもしれません。


「黄色鳳凰文瓶」 中国・清時代 乾隆年間(1736〜95年) サントリー美術館

一方で、不透明であるのが、「黄色鳳凰文瓶」でした。濃い黄色を帯びた、首の長い一対の瓶で、表面には皇后を象徴するという鳳凰が尾を垂れる様子を表していました。浮き上がる彫刻は、玉細工の技法を応用していて、描線が切り立ち、ラインも明確に際立っていました。実に鮮やかではないでしょうか。


「乳白地多色貼獅子浮文扁壺」 中国・清時代 乾隆年間(1736〜95年) 東京国立博物館

さらに彫刻が際立つのが、「乳白地多色貼獅子浮文扁壺」で、乳白色ガラスと色の違うガラスを溶着させ、側面に赤や緑色の獅子のモチーフを彫っていました。おそらくは子宝祈願の意味が込められていて、背面には「大清乾隆年製」の銘が刻まれています。この乾隆帝の時代こそ、清朝ガラスが最も栄華を極めた時代でもありました。

そもそも清朝ガラスは、時の皇帝によって生み出されたものでした。1696年、康熙帝は紫禁城内に玻璃廠、すなわちガラス工房を築きました。ガラスの製造の技術はヨーロッパの宣教師が担当し、中国各地より職人が集められました。続く雍正帝の時代には、6箇所に窯が拡大し、多くのガラス器が作られました。

しかしこの時代のガラスには問題がありました。というのも、クリズリングとされるガラスの病気で劣化し、最後は崩壊してしまうからです。よって現在、康熙、雍正帝のガラス器は多く残っていません。「藍色大盤」に目が留まりました。確かにかなり病気が進行しているようで、元にあった藍色の部分は僅かに過ぎず、殆どが石のようにグレーに変化していました。


「ガレも愛した-清朝皇帝のガラス」会場風景

1740年、2人のフランス人宣教師が中国にやって来ると、乾隆帝はガラス製造の任務に当たらせました。彼らは約20年間も北京に滞在し、多様な技術をもたらした上、中国の職人らも競うかのようにガラス器を作りました。マーブル・グラスやエナメル彩なども発展しました。


「雪片地紅被騎馬人物文瓶」 中国・清時代 乾隆年間(1736〜95年) サントリー美術館

「雪片地紅被騎馬人物文瓶」も精緻な意匠を特徴としていて、細かい気泡のある雪片グラスの素地に、銅赤グラスを被せ、戦う2人の武人を彫り出しました。上部には山水の光景も広がり、下の武人から空間に奥行きを伴って表現されているかのようでした。


「青緑色長頸瓶」 中国・清時代 乾隆年間(1736〜95年) 東京国立博物館

シンプルな「青緑色長頸瓶」も美しいのではないでしょうか。不透明なエメラルドグリーンが素地で、やや乳白色を帯びているようにも思えました。瓶はかなり肉厚で、重厚感もあり、玉のような感触を見せていました。一般的にガラスといえば、繊細な工芸のイメージがあるかもしれませんが、清朝ガラスは造形として力強さがあるのも、特徴の1つと言えるかもしれません。

後半がガレでした。日本や中国のみならず、イスラムなどの美術の様式に関心のあったガレは、清朝ガラスにも興味を覚え、現在のヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で研究したほか、1885年にはベルリンの工芸美術館で300点もの調査を行いました。

ガレ作品と清朝ガラスを比較する展示も興味深いのではないでしょうか。例えばガレのお馴染みの「花器 蜻蛉」の蜻蛉が落ちる姿は、清の「蝶吉祥文鼻煙壺」と共通すると指摘しています。また「花器 蓮」における蓮の彫り方は、清朝ガラスの研究を踏まえているとも言われているそうです。

また清朝ガラスのほかにも、プロローグとして、戦国時代から前漢、後漢時代へと至る、古代中国のガラス類も紹介されていました。中国におけるガラスの起源は極めて古く、おおよそ紀元前5世紀から紀元前3世紀頃にはじまったとされています。同心円状の模様が広がる小さなトンボ珠のほか、精緻な細工のなされた「玉琉璃象嵌帯鉤」などに惹かれました。

ラストは「清朝ガラスの小宇宙」と題し、嗅ぎタバコを入れる鼻煙壺が並んでいました。いずれも手のひらに収まるほどに小さく、色も様々で、壺の表面には花鳥などの細かな装飾が施されていました。


「鼻煙壺」各種 中国・清時代

アメリカからヨーロッパを経て中国へ伝来したたばこは、清朝内でも流行し、宮廷内のガラス工房で数多くの鼻煙壺が作られました。実用品でありながら、コレクションとしての対象でもあり、贅を凝らしたものも少なくありません。その可憐な造形美にも魅せられました。


「ガレも愛した-清朝皇帝のガラス」会場風景

定評のあるサントリー美術館の立体展示です。いつもながらに照明も効果的で、ガラス器もより一層映えているように見えました。


7月1日まで開催されています。おすすめします。

「ガレも愛した-清朝皇帝のガラス」 サントリー美術館@sun_SMA
会期:4月25日(水)~7月1日(日)
休館:火曜日。
 *5月1日、6月26日は18時まで開館。
時間:10:00~18:00
 *金・土および4月29日(日・祝)、5月2日(水)、3日(木・祝)は20時まで開館。
 *5月26日(土)は六本木アートナイトのため24時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1300円、大学・高校生1000円、中学生以下無料。
 *アクセスクーポン、及び携帯割(携帯/スマホサイトの割引券提示)あり。
場所:港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガレリア3階
交通:都営地下鉄大江戸線六本木駅出口8より直結。東京メトロ日比谷線六本木駅より地下通路にて直結。東京メトロ千代田線乃木坂駅出口3より徒歩3分。
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