国立科学博物館で「ヒカリ展」が開催されます

太陽や月、赤外線からX線、はたまた目に見える光など、自然や人工を問わず多方面に存在する光の世界。



「ヒカリ展 光のふしぎ、未知の輝きに迫る!」@国立科学博物館 2014年10月28日(火)~ 2015年2月22日(日)

そうした広義の光に着目した展覧会です。10月28日より国立科学博物館で「ヒカリ展」が開催されます。

さて本展、テーマは「宇宙と光」と「地球と光」、また「人と光」の3つ。それぞれの光に関する様々な展示が行われます。

まずはじめの「宇宙と光」ではアラスカで撮影したオーロラの観測映像を3Dシアターで投影。さらにアルマ望遠鏡やすばる望遠鏡が捉えた天体の姿を紹介するほか、惑星観測衛星「ひさき」の実物大モデルも展示し、宇宙天気予報などの研究の成果を紹介します。


「光る花」 展示協力:農業・食品産業技術総合研究機構花き研究所

「地球と光」ではずばり「光る花」が目玉です。世界で初めて公開されます。


「十二単風舞台衣装」 制作:農業生物資源研究所、浜縮緬工業協同組合

ちなみにこの「光る花」とは海洋プランクトンの蛍光タンパク質を導入したトレニア、日本名「夏スミレ」のこと。また同じく珊瑚の蛍光タンパク質を組み込んだ蚕の「光る繭」によるクリスマスツリーもあわせて展示されるそうです。


「冥界の報告」 ガリレオ・ガリレイ著 1610年 初版 金沢工業大学ライブラリーセンター

ラストの「人と光」は人間の光の研究史。科学者たちの初版本です。ニュートンの「光学:反射、屈折、光の伝播と色について」のほか、ガリレオ・ガリレイの「星界の報告」など、金沢工業大学ライブラリーセンター所蔵の貴重な初版本が25点ほど展示されます。


「方解石」 糸井川フォッサマグナミュージアム

また国立科学博物館および、糸井川フォッサマグナミュージアム所蔵の蛍光鉱物が60点ほど公開されるのもポイント。蛍光鉱物の展示としては日本で最大のスケールとなるそうです。

さらに先に触れたオーロラの3Dシアターをはじめ、蛍光蚕の「光る繭」の生成過程や、海中における蛍光生物を撮影した4K映像なども登場。映像展示も見どころになるかもしれません。

最後に本展、このブログで取り上げたのには一つ理由があります。

それは10月7日に飛び込んで来た嬉しいニュース、名城大学の赤崎勇教授と名古屋大学の天野浩教授、それに米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二教授が、青色発光ダイオードの開発研究でノーベル物理学賞を受賞されたことです。

「ノーベル物理学賞に赤崎・天野・中村氏」(読売新聞)
「ノーベル賞、3人同時受賞の深い意義」(東洋経済ONLINE)
「新時代の光、産業創出 青色LEDが生活変える」(日本経済新聞)

今や照明やディスプレイなどで広く使われるようになった青色LED、私が言うのもおこがましい話ではありますが、各種報道にもあるように、その開発には多大なる労力があったそうです。

まだ公式には案内がありませんが、これほど「ヒカリ」に関してのタイムリーでなおかつ重要な話題はありません。きっと青色LEDに関する展示も追加されるのではないでしょうか。


「アラスカで観測されたオーロラ画像」 写真提供:国立極地研究所

にわかに注目されることになった光の世界を知るための「ヒカリ展」。学究性と分かりやすさに両輪をおいた科博ならではの展示に期待しましょう。

「ヒカリ展 光のふしぎ、未知の輝きに迫る!」展は10月28日より国立科学博物館で開催されます。

「ヒカリ展 光のふしぎ、未知の輝きに迫る!」 国立科学博物館
会期:2014年10月28日(火)~ 2015年2月22日(日)
休館:月曜日(但し祝休日の場合は開館し翌火曜日が休館)年末年始:12月28日(日)~1月1日(木・祝)。12月22日(月)、1月5日(月)は開館。
時間:9:00~17:00
 *毎週金曜日は20時まで開館。入場は閉場の30分前まで。
 *特別開館延長 11月1日(土)、2(日)は20時まで開館。
 *1月2日(金)は17時まで開館。
料金:一般・大学生1600(1400)円、小・中・高校生600(500)円。
 *( )は前売、及び20名以上の団体料金。
 *金曜限定ペア得ナイト券2000円。(2名同時入場。会場での当日販売のみ。) 
住所:台東区上野公園7-20
交通::JR線上野駅公園口より徒歩5分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成線京成上野駅より徒歩10分。
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新日本フィル定期 「ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス」 メッツマッハー

新日本フィルハーモニー交響楽団 第531回定期演奏会(トリフォニー・シリーズ)

ツィンマーマン 管弦楽のスケッチ「静寂と反転」
ベートヴェン 「ミサ・ソレムニス」ニ長調

ソプラノ スザンネ・ベルンハルト
メゾ・ソプラノ マリー=クロード・シャピュイ
テノール マクシミリアン・シュミット
バス トーマス・タッツル
合唱 栗友会合唱団
管弦楽 新日本フィルハーモニー交響楽団
指揮 インゴ・メッツマッハー

2014/10/4 14:00~ すみだトリフォニーホール



インゴ・メッツマッハー指揮、新日本フィル定期のベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」を聞いて来ました。

2013年に同フィルの「Conductor in Residence」に就任したインゴ・メッツマッハー。新シーズン開幕となる定期演奏会です。

さて曲はツィンマーマンの「静寂と反転」にベートヴェンの「ミサ・ソレムニス」。入口で解説の冊子をいただいた際、中に以下のような文章を記した一枚の紙が差し込まれていました。

「本公演では、指揮者の強い希望により、1曲目と2曲目の間には、途中休憩がございません。1曲目と2曲目は続けて演奏いたします。予めご了承ください。」

「静寂と反転」はおおよそ10分程度、しかしながらメインのミサソレが80分強の演奏時間であることを考えると、休憩があってもおかしくはない。そこを「指揮者の強い希望」により通して演奏する。もちろん希望とは何らかの演奏効果を意図してのことなのでしょう。一体どのような演奏になるのかと期待しながらともかくは耳を傾けてみることにしました。

結論から言えば、確かに1曲目と2曲目には切れ目がなかった。しかもほぼアタッカ、「静寂と反転」から間髪入れずにミサソレへと移行したのです。

「静寂と反転」は作曲家の最晩年の音楽です。「反転」とあるように、音の断片的なモチーフが現れては消えてゆく。解説に「幻聴」とありましたが、確かに細やかに変化する音楽の表情はどこか虚ろで、「静寂」というよりも「沈黙」が支配するような音楽でもあります。

そのラスト、張り詰めた緊張感の中でのピアニッシモ、ホールに溶けていくかのように静まった瞬間、今度はベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」が始まりました。どうでしょうか。キリエの静かながらも豊潤な響き、まるで「静寂と反転」が彼岸か宇宙の音楽とすれば、ミサソレはまさに地上、人間のための音楽です。曲は次第に力強くなり、鎮魂のためというよりも、生命賛歌を思わせるように高らかに鳴り響きます。

解説によれば両者に通底するのは「D」の音。確かに全く異なる音楽でありながらも、その連続に違和感はありません。天から地へと降りた音楽が、聞く者を優しく包み込む。かつてないほどにミサソレの冒頭が美しく聴こえてきました。

メッツマッハーに率いられた新日フィル、好演と言えるのではないでしょうか。ドライブ感があるからか、グローリアやクレドでのリズムも見事。それでいて単に力押し過ぎることはなく、先にも触れたピアニッシモ方向にも繊細な意識が払われている。合唱は男声に特に美しさを感じました。

実のところミサソレ、これまでなかなか馴染めない曲でしたが、今日ほど表情豊かに思えたことはなかったかもしれません。

メッツマッハーと新日フィル、これからもプログラミングを含めて期待出来るのではないかと思います。
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「菱田春草展」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館
「菱田春草展」 
9/23-11/3



東京国立近代美術館で開催中の「菱田春草展」のプレスプレビューに参加してきました。

ちょうど展覧会のはじまる2日前、9月21日に生誕140年を迎えた日本画家、菱田春草(1874~1911)。東京では42年ぶりとなる大回顧展です。「落葉」連作のほか「黒き猫」など主要作品をあわせ、全108点(展示替えを含む。)の絵画作品にて春草の画業を辿っています。

春草はかの天心をして制作に際し「研究室の実験のように取り組んだ。」と言わしめたほどの頭脳派。確かに春草作を見る際には『実験を読み解くような楽しさ』があるとも言えるのかもしれません。*『』内は東京国立近代美術館の鶴見香織氏による。

展示の構成は以下の通りです。作品を制作年順に追っています。

第1章 日本画家へ:「考え」を描く 1890-1897年
第2章 「朦朧体」へ:空気や光線を描く 1898-1902年
第3章 色彩研究へ:配色をくみたてる 1903-1908年
第4章 「落葉」、「黒き猫」へ:遠近を描く、描かない 1908-1911年


菱田春草「黒き猫」1910(明治43)年 紙本彩色 霊友会妙一コレクション

さて本展、いくつかの見どころがありますが、まず挙げたいのが新出、及び久しく公開されていなかった作品の展示があることです。展覧会初出品作は約15点、うち「富士山」(1905)はかつて図版にさえ掲載されたことのなかった一枚です。そして霊友会妙一コレクションの「黒き猫」も新出。かの有名な重文の「黒き猫」と見比べることも出来ます。(*後期期間のみ。)


右:菱田春草「夕の森」1906(明治39)年 絹本彩色
左:菱田春草「秋風」1906(明治39)年 霊友会妙一コレクション


また40~50年ぶりに出品された作品も少なからずあります。「風」(1906)と「夕の森」(1906)が展覧会に出たのは42年ぶりのことです。そして「風神雷神」(1910)と「松に月」(1906)は54年ぶり、さらに「鹿」(1909)は何と58年ぶりの出展でもあります。


左:菱田春草「早春」1911(明治44)年3月 絹本彩色
奥:菱田春草「梅に雀」1911(明治44)年3月 絹本彩色 東京国立近代美術館


そして1912年に行われた画家の追悼展以来、いわゆる絶筆が初めて2点並んでいるというのもポイント。一つは「早春」(1911)、春草が展覧会に出品にした最後の作品です。もう一つは「梅に雀」(1911)、こちらは展覧会に出品されなかったもの。画家が死を迎えたのは1911年の9月、この2作は同年3月の作品です。既に病に冒され、絵筆を自由にとることもままならない状態のもとで描かれました。


左:菱田春草「黒猫」1910(明治43)年 絹本彩色 播磨屋本店

ちなみに追悼展にはおおよそ200点近くの春草作が展示されたと伝えられているものの、具体的にどの作品が出たのかは今もよく分かっていないそうです。一方で今回の大回顧展です。先にも触れた「落葉」や「黒き猫」などの代表作はもちろん、こうした公開頻度の少ない作品を網羅しているのも重要なポイントと言えそうです。

春草研究史の節目にもなるかもしれません。本展に際して作品の調査も数多く行われました。


菱田春草「落葉(未完)」1909(明治42)年 絹本彩色

その一つが落款書体です。落款を比較することにより作品の制作時期を再検討する。また春草が自身の制作リストとして記していた「制作控張」を照合。それらにより「落葉」連作群の制作順序が確定しました。そのほかには一部作品の使用絵具の科学調査も行われています。

さらに「賢首菩薩」や「黒き猫」などの4点に関しては高精細画像撮影も実施。先の科学調査に加え、絵具の粒までを肉眼レベルで見ることにより、春草のとった描法や顔料についても明らかになりました。

なお調査によると春草は例えば「菊慈童」において、地に金泥(画面の上部を除く。)を刷いた上、顔料自体にも金を混ぜて木の葉などを描いていたことが分かったそうです。おそらくは金泥から薄い光をもたらすことを意図してのことなのでしょう。


左:菱田春草・横山大観「秋草」1902(明治35)年 絹本彩色 霊友会妙一コレクション

非常に目を引きました。「秋草」(1902)です。こちらも回顧展初出品作のうちの一つ、大観と春草の合作による銀屏風です。右隻を春草が描いています。

この作品を前にして連想するのはやはり抱一の「夏秋草図屏風」です。銀の光に包まれた薄の曲線美。琳派との関連もよく指摘される春草ですが、それが如実に表れた作品の一つだと言えそうです。


左:菱田春草「柿に猫」1910(明治43)年 絹本彩色 
右:菱田春草「柿に烏」1910(明治43)年 絹本彩色


なお作品の調査に関しては会場で詳細に触れているわけでありませんが、それを補ってさらに余りあるほどに充実しているのが図録です。


「菱田春草展」公式図録表紙

掲載の論文では科学調査はもちろん、落款や印章についてもかなり踏み込んで提示しています。また装丁など、図録そのものも良く出来ています。現段階において一般に入手し得る春草研究本の決定版としても差し支えないかもしれません。


右:菱田春草「水鏡」1897(明治30)年10月 絹本彩色 東京藝術大学

展示替えの情報です。会期中、一部作品が入れ替わります。(前期のみ出品作23点、後期のみの出品作21点。)

「菱田春草展」出品リスト(PDF)
前期:9月23日~10月13日
後期:10月15日~11月3日

ただし「落葉」連作の4点の展示期間は変則的です。茨城県立美術館の「落葉」は通期で展示されます。

「落葉」連作 展示替情報
9月23日~10月5日:重文「落葉」(永青文庫)・「落葉(未完)」
10月7日~10月13日:重文「落葉」(永青文庫)・「落葉」(福井県立美術館)
10月15日~11月3日:「落葉(未完)」・「落葉」(福井県立美術館)」

チラシ表紙にも掲載された重要文化財の「黒き猫」(永青文庫)は後期期間中のみの展示です。ご注意下さい。


「猫に烏」1910-1911(明治43-44)年 紙本彩色 茨城県近代美術館

僅か36歳で病に倒れた春草。最初期の作品を一から追いかけていくと、作風は意外に変化、また時に実験的な試みを行っていることも見て取れます。質量ともに望み得る最良の回顧展。さすがに充足感はありました。


「菱田春草展」オリジナルぬいぐるみマスコット

11月3日までの開催です。まずはおすすめします。

「菱田春草展」 東京国立近代美術館@MOMAT60th
会期:9月23日(火・祝)~11月3日(月・祝)
休館:月曜日。但し10/13、11/3は開館。10/14は休館。
時間:10:00~17:00(毎週金曜日は20時まで)*入館は閉館30分前まで
料金:一般1400(1000)円、大学生900(600)円、高校生400(200)円、中学生以下無料。
 *( )内は前売券/20名以上の団体料金。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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「名画を切り、名器を継ぐ」 根津美術館

根津美術館
「新創開館5周年記念特別展 名画を切り、名器を継ぐ 美術にみる愛蔵のかたち」
9/20-11/3



根津美術館で開催中の「名画を切り、名器を継ぐ 美術にみる愛蔵のかたち」のプレスプレビューに参加してきました。

今、我々が美術館などで目にする日本の古美術品。軸画なり茶器なり絵巻なり、さもその生まれた形で見ているように思いがちですが、実は異なることが多いもの。補修され、また改装され、時には意図的に切断されるなど、制作時と姿を変えていることは少なくありません。

ずばり「切って、貼った。」の展覧会です。いわゆる改変に着目して古美術品を紹介します。


国宝「瀟湘八景図 漁村夕照」 牧谿筆 紙本墨画 南宋時代(13世紀) 根津美術館

まずは「名画」です。「瀟湘八景図 漁村夕照」、筆はかの牧谿です。八図あったうちの一つですが、これは元々一巻の巻物だった。それを分断したのは義満です。理由は単純明快、座敷に飾るためです。ようは巻物よりも掛物の方が人に見せる際に効果的であると考えたのでしょう。当時、日本の掛け軸画の殆どが仏画であった。いわゆる鑑賞絵画としての掛物の原初的作品だと考えられているそうです。


重要文化財「蘆山図」 玉潤筆 絹本墨画 南宋時代(13世紀) 岡山県立美術館

「蘆山図」です。時代は南宋、玉潤の筆による作品、かなり小さな掛物ですが、実はこれは3つに分断されたうちの1つに過ぎません。模本によるとこの作品は全体の3分の2を占めているものの、本来は左に滝の絵、つまり「瀑布図」(現存)が連なっていたとか。それを17世紀の茶人、佐久間将監真勝が茶室に飾るために3幅にしたと言われています。


「佐竹本三十六歌仙絵 斎宮女御」 詞:伝後京極良経筆 絵:伝藤原信実筆 紙本着色 鎌倉時代(13世紀) 個人蔵
 
人気の佐竹本がやってきました。うち写真は特に美しい「斎宮女御」です。当初は上下二巻の巻物でしたが、大正8年、益田鈍翁らによって分断、抽選により財界の数寄者に売却されたことでも知られています。またこの佐竹本、当然ながら女性の歌仙(36図のうち5図のみ。)の人気が高かったそうですが、肝心の世話人であった鈍翁は抽選時に女性を外してしまいます。

しかしながら真意はともかく、他の参加者の「配慮」(図録より)によって鈍翁に譲られることになりました。ちなみに佐竹本に限らず、三十六歌仙絵は言ってしまえば1幅でも鑑賞出来るため、切り離されること自体は珍しくなかったそうです。


重要文化財「石山切 伊勢集」 伝藤原公任筆 彩箋墨書 平安時代(12世紀) 梅澤記念館
 
「石山切」には驚きました。いわゆる「本願寺本三十六人家集」のうちの「伊勢集」と「貫之集下」、これを昭和4年に分割した断簡のことですが、分断のプロセスが興味深い。と言うのも薄い紙の「石山切」を表裏二枚に剥がしている。しかも一つ一つの断簡には何枚かで継がれた継紙という料紙装飾が為されているため、分断の際にはそれも一枚ずつ剥がしてはまた継ぎ直すという作業を行っています。

余程の技量のある表具師が携わったことでしょう。もはやこれ自体が一つの創作行為としても過言ではありません。

一方の「名器」です。こちら絵画以上に改変が目立ちます。しかも絵画のように持ち主の欲求(例えば売却云々)に沿うのではなく、言わば工芸の有り様に対して自らの心を寄せていくためにあえて行うことも少なくありません。


重要文化財「青磁輪花碗 銘馬蝗絆」 龍泉窯 青磁 南宋時代(13世紀) 東京国立博物館

代表的なのは「青磁輪花碗 銘 馬蝗絆」です。重文指定を受けた東博の所蔵品ですが、高台の周囲に鎹が打たれている。さて何故でしょうか。このエピソードも有名です。当時、義政の手元にあった花碗にひびが入ったため、明に代用品を求めたところ、このように鎹でひびを止める形で送り返されてきた。それを義政はそっくりイナゴに見立たわけです。以来、修理前よりもさらに優品と見なされた。銘にまで取り込んで楽しんでいます。


「大井戸茶碗 銘 須弥(別銘 十文字)」 高麗茶碗 朝鮮時代(16世紀) 三井記念美術館

上から見ると確かに十文字の切れ目が見えます。「大井戸茶碗 銘 須弥(別銘 十文字)」です。一度、4つに割られ、改めて継ぎ直された茶碗。実際のところどういう理由で割られたのかは定かではありませんが、おそらくは大き過ぎたために切り縮められたのではないかとのこと。あるいは他に欠けている箇所があるため、繕いをするために、継ぎをなしたとも考えられています。それにしても大胆な継ぎ目です。十文字の割れ目を意匠として受け止める。持ち主の遊び心すら感じられます。


「白磁壺」 白磁 朝鮮時代(17~18世紀) 大阪市立東洋陶磁美術館

ミルク色の色味が光ります。朝鮮の「白磁壺」です。高さ45センチで胴回りも40センチ以上、かなり大きな壺ですが、遠目ではどこが「切って、貼られた」のか分からない。改変の見当すらつかないかもしれません。

元々、この白磁は志賀直哉が旧蔵、その後東大寺に移され、同寺で保管されていました。

きっかけは比較的最近、1995年のことです。何と東大寺に入った窃盗犯がこの壺を叩き付けて逃げるという事件がおきる。壺はほぼ粉々、バラバラになって割れてしまいます。

そこを警察の鑑識が採取。小さな陶片はおろか、粉粒までも丹念に拾い集めました。それをさらに大阪市立東洋陶磁美術館が修復した。どうでしょうか。ご覧の通りの姿です。また元々あった口縁の繕いの跡までも復原されています。見事でした。

修復の際の高い技術という点に関しては、先の「石山切」にも通じる面もあるかもしれません。これまでの「継いで、愛でる。」の文脈とは異なりますが、また別の形での作品の伝承のあり方を知ることが出来ました。


重要文化財「白描絵入源氏物残簡 浮舟」 紙本墨書 鎌倉時代(13世紀) 大和文華館

それにしてもこの展覧会、大変な「お宝」揃いであるのもポイントです。もちろんそれは国宝4件、重文35件という数字が物語っているかもしれませんが、国内各地の美術館、そして貴重な個人のコレクションから集められた名品は、まさに眼福の言葉に尽きます。

私自身、佐竹本を3点(展示替えを含むと4点)同時に見たのは初めてです。また写真ではまるで分かりませんが、これほど美しい白描の物語絵(白描絵入源氏物語残簡)を見たのも初めてでした。

展示の都合上かもしれません。会期中に作品が相当数入れ替わります。十分にご注意下さい。

「名画を切り、名器を継ぐ」出品リスト(PDF)

根津美術館の来年度の展示スケジュールが発表されました。光琳の名作「紅白梅図屏風」が来春に同館で公開されます。

国宝「紅白梅図屏風」が根津美術館で公開されます(はろるど)

図録で多比羅氏が「カスタマイズ」という言葉を用いていました。自ら思い思いに手を加えては愛でようという心の方がある。そしてどのような事情であれ、切って、貼って、継いだ美術品を、ありのままの形で楽しんでしまうという気の持ち方もある。また意匠における機知とアイデア、さらにはそれを裏打ちする技術がある。もちろん全てとは言いません。しかしそこにこそ深みと面白さがあります。

古美術品の来歴をひも解きながら、携わった人々の物語を垣間見られるような展覧会でした。


「名器を切り、名器を継ぐ」会場風景

11月3日まで開催されています。自信をもっておすすめします。

「新創開館5周年記念特別展 名画を切り、名器を継ぐ 美術にみる愛蔵のかたち」 根津美術館@nezumuseum
会期:9月20日(土)~11月3日(月・祝)
休館:月曜日。但し10月13日(月・祝)は開館し、翌日休館。
時間:10:00~17:00。入場は16時半まで。
料金:一般1200円、学生(高校生以上)1000円、中学生以下無料。
住所:港区南青山6-5-1
交通:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線表参道駅A5出口より徒歩8分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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「輝ける金と銀ー琳派から加山又造まで」 山種美術館

山種美術館
「輝ける金と銀ー琳派から加山又造まで」 
9/23-11/16



山種美術館で開催中の「輝ける金と銀ー琳派から加山又造まで」を見て来ました。

日本美術、とりわけ絵画における金と銀。それこそチラシ表紙の酒井抱一の「秋草鶉図」を見るまでもなく、古代から近代まで実に様々な作品がある。各人思い思いの金と銀の名作を挙げるのもそう難しいことではありません。

そうした日本絵画の金銀の表現を追う展覧会です。古くは平安期の料紙装飾から江戸の琳派、又兵衛に浮世絵、そして時代を超えて近現代の日本画家までを辿る。全70点(展示替えを含む。)が展示されています。


酒井抱一「秋草鶉図」【重要美術品】19世紀(江戸時代) 紙本金地・彩色 山種美術館

さて会場内、細かに金や銀を散らした軸画から、眩いばかりの金屏風など、ともかく金や銀を用いた作品が並んでいますが、単にそれだけではないのもポイントと言えるかもしれません。

ずばり本展で重要なのは技法について細かく見ていることです。早速、例を挙げてみましょう。


速水御舟「名樹散椿」【重要文化財】1929(昭和4)年 紙本金地・彩色 山種美術館

同館でもお馴染みの速水御舟の「名樹散椿」、背景は一面の金地ですが、これは金砂子で画面を埋めるという蒔きつぶしの技法が用いられている。では金箔、あるいは金泥であったらどう見えるのか。そこで会場では「技法サンプル」なるものを展示し、それぞれ箔、泥、蒔きつぶしにおける金色の質感についての比較を試みています。

すると蒔きつぶしが金地の中で特にマットな質感であることが分かります。この「技法サンプル」こそが今回の主役の一つでもあるでしょう。サンプルは全部で13種類。いずれも東京芸大の並木秀俊氏が新たに制作したものです。

もう少し「技法サンプル」に当たってみます。光悦と宗達による「四季草花下絵和歌短冊帖」、草や鳥の描かれた短冊に光悦の流麗な書の踊る傑作ですが、実物は経年劣化のため、銀泥の絵の部分が黒く変色しています。それを「技法サンプル」で変色する前の状態を再現。白く光る銀の上に黒い墨がのるとどうなのか。目でもって確認することが出来るのです。

竹内栖鳳の「梅園」も面白い。ここで栖鳳は和紙に金属を漉き込んだ銀潜紙を使用していますが、「技法サンプル」では別の工程で出来た紙と金属を全く使用していない紙を提示する。銀潜紙でどのような視覚効果が生まれるのかが分かるように工夫されています。


奥村土牛「鵜」1966(昭和41)年 紙本金地・彩色 山種美術館

そもそも本展、全ての作品が時代別に並んでいるわけではありません。前半は箔、泥、雲霞、金地・銀地といった素材別での展示です。一口に金や銀と言えども、技法や一つで全く異なることが見て取れました。

金や銀の使い方は時代によって大きく変化します。一例が「神護寺経」と川端龍子の「草の実」です。前者は12世紀の紺紙金泥経、そして後者は言うまでもなく近代日本画家の龍子の大作ですが、こちらも金銀泥を用いている。当然ながら画題も大きさも全く異なります。会場では少し横目に見る形で比較可能です。ではこの二作、何の意味で参照されているのでしょうか。

答えは金に対しての意味です。と言うのもかつては「神護寺経」のように神聖なる対象物を描くものとして金を用いた。しかし龍子は端的に絵具として金を使っています。しかも描いているのは決して神聖視されない草、雑草です。ようは神聖、荘厳なものを描くための金を、身近なモチーフに置き換えて利用してしまう。ここに龍子の面白さがあります。


横山大観「喜撰山」1919(大正8)年 紙本・彩色 山種美術館

龍子自身も「草の実」のアイデアに紺紙金銀泥経があったと述べているそうです。ほかには大観が仏画を参照して裏箔を取り入れた「竹」も目を引く。近代日本画の巨匠たちが如何に古画の金銀表現に学んだのか。そうした面も見知ることが出来ました。

さらに進んで戦後、現代の日本画家を追ってみましょう。


山本丘人「真昼の火山」1959(昭和34)年 紙本・彩色 山種美術館

山本岳人の「真昼の火山」です。噴煙をあげ、残雪をかぶる山の雄大な姿が描かれていますが、目を凝らすと噴煙は金箔、雪に銀箔、さらに田畑の枯木には金泥が使われていることが分かります。しかも荒々しい山肌を効果的に表すためでしょう。いくつかの箇所において箔が削り取られている様子も見て取れました。


加山又造「華扇屏風(部分)」1966(昭和41)年 絹本・彩色 山種美術館

宗達の扇面貼交屏風にインスピレーションを得たという加山又造の「華扇屏風」も興味深いもの。一面の銀が目に飛び込んできますが、扇の部分、よく見るとワイン色であったり濃い緑色をしています。これは酸化によって変色する銀の性質を利用したものだとか。現代においては銀の色自体をも画家は自在に操って描いているわけです。

牧進の「春はやて」も目を引きます。銀地の中で牡丹が揺れ、蝶が舞っている。背景の銀はマットな質感ですが、これは砂子を蒔きつぶし、さらにプラチナ泥を塗ったからこそ。明らかに御舟の「名樹散椿」を意識しています。


田渕俊夫「輪中の村」1979(昭和54)年 紙本・彩色 山種美術館

ラストの2点、田渕俊夫の金銀2点、「輪中の村」と「好日」も美しい。そして「輪中の村」、空に注目です。白く低い雲がたれ込めていますが、ところどころで丸みを帯びては曲線を描いている。何とこれがアルミ箔です。しかも貼り付けた際に殆ど偶然に歪んだ形をそのまま雲に見立てているのです。これは驚きました。

なお現存作家に関しては作品の金や銀の表現効果についてインタビューを行ったそうです。図録にも記載がありました。

一部作品において会期中展示替えがあります。

「輝ける金と銀ー琳派から加山又造まで」出品リスト(PDF)
前期:9月23日(火・祝)~10月19日(日)
後期:10月21日(火)~11月16日(日)

展示前半の江戸絵画や浮世絵、それに近代日本画で入れ替えがあります。(後半の戦後の日本画では入れ替えがありません。)


鈴木其一「芒野図屏風」19世紀(江戸時代) 紙本銀地・墨画 千葉市美術館 *11/5~11/16展示

日本絵画の金と銀の技法から、その背後の表現の意味までを探ろうとした好企画です。注目の「技法サンプル」をはじめ、箔そのものや筆に刷毛、さらには膠などの実物の展示も興味深いのではないでしょうか。金箔、金泥、金砂子、プラチナ泥に雲母。言葉では何となく分かっているようでも、ここまで作品を参照しながら丁寧に見せる展覧会は滅多にありません。

11月16日まで開催されています。(前期は10月19日まで開催。)おすすめします。

「輝ける金と銀ー琳派から加山又造まで」 山種美術館@yamatanemuseum
会期:9月23日(火・祝)~11月16日(日) 前期:9/23~10/19 後期:10/21~11/16
休館:月曜日(但し10/13、11/3は開館、10/14、11/4は休館。)
時間:10:00~17:00 *入館は16時半まで。
料金:一般1200(1000)円、大・高生900(800)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *リピーター割引:本展使用済入場券(有料)の提示すると団体割引料金で入館可。(1名1枚につき1回限り有効)
 *きもの割引:着物で来館すると団体割引料金を適用。
住所:渋谷区広尾3-12-36
交通:JR恵比寿駅西口・東京メトロ日比谷線恵比寿駅2番出口より徒歩約10分。恵比寿駅前より都バス学06番「日赤医療センター前」行きに乗車、「広尾高校前」下車。
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