「ホイッスラー展」 横浜美術館

横浜美術館
「ホイッスラー展」
2014/12/6-2015/3/1



横浜美術館で開催中の「ホイッスラー展」を見て来ました。

アメリカに生まれ、ロシアで幼少期を過ごした後、フランスやイギリスで活動した画家、ジェームズ・マクニール・ホイッスラー(1834-1903)。西欧では唯美主義やジャポニスムの画家として評価されているそうですが、日本では必ずしも知名度の高い画家とは言えません。

ただホイッスラーの絵画に接する機会がなかったわけではありません。例えば昨年のオルセー展です。「灰色と黒のアレンジメント第1番」が出ていました。黒いドレスを纏って横向けに座る母の姿、壁のグレーの効果もあってか物静かな印象を受ける作品でした。

また一号館美術館での「ザ・ビューティフル」や世田谷美術館の「ジャポニスム展」にも出品がありました。版画や幻想的な「ノクターン」のシリーズです。いずれも昨年の開催でした。

では何故にあまり知られていないのでしょうか。端的にまとめて見ることがなかったからかもしれません。何と日本では27年ぶりの回顧展です。初期から晩年までの作品、全130点超にてホイッスラーの画業を総覧します。

さて今回の回顧展、観覧にあたって注意すべきポイントがあります。それは時系列での展開ではないということです。つまりテーマ別です。作品は「人物画」、「風景画」、「ジャポニスム」の括りの元に展示されています。

冒頭は人物画です。先の「灰色と黒のアレンジメント第1番」と同様、横向きの全身肖像画がありました。「トーマス・カーライルの肖像」、アレンジメントの第2番とも題された作品です。


「灰色と黒のアレンジメント No.2:トーマス・カーライルの肖像」 1872-73年 グラスゴー美術館
© CSG CIC Glasgow Museums Collection


モデルは当時の代表的な批評家のトーマス・カーライル。ホイッスラー邸にて第1番を見ては感銘し、モデルになることを快諾しました。椅子に深く腰掛け、少し斜めを向いてはやや気怠そうな表情をしています。重厚です。構図としては安定感もあります。


「ライム・リジスの小さなバラ」 1895年 ボストン美術館
Museum of Fine Arts, Boston, Warren Collection-William Wilkins Warren Fund, 96.950.
Photograph ©2014 MFA, Boston


「ライム・リジスの小さなバラ」はどうでしょうか。ライム・リジスの市長の娘を描いた一枚、口をやや引き締めてはこちらを向いています。大きな瞳は愛くるしいもの。実に甘美ですが、ラファエル前派の物語的な画風とはやや異なっています。モデルはあくまでも実直に捉えられていました。

なおホイッスラーは当初、クールベらのレアリスムに傾倒し、後にイギリスでラファエル前派の運動に関わったそうです。そしてスペインのベラスケスの影響も受けています。さらには古代ギリシャと日本の要素をあわせもった「グレコ=ジャパニーズ」と呼ばれる作品も描きました。

ようはかなり多彩な画家なのです。作品も年代によって思いがけないほど変化しています。唯美主義、ジャポニスムという言葉でも語られがちなホイッスラーですが、もう一歩踏み込み、一点一点の作風の違いなどに注目していくと、より興味深く見られるかもしれません。


「肌色と緑色の黄昏:バルパライソ」 1866年 テート美術館
© Tate, London 2014


風景画では「肌色と緑色の黄昏:バルパライソ」が秀逸です。南米チリへと旅した時に描いた作品、ともかく美しいのは透明感のある水面とやや紫がかった空の色彩です。夕暮れ時の船溜まり。波はなく、終始穏やかです。船は帆を広げて休んでいます。まるで影絵のようです。全てが黄昏に染まっています。

一方、風景画では版画も重要です。中でも「テムズ・セット」と「ヴェニス・セット」は目を引くのではないでしょうか。

「テムズ・セット」では線を際立たせた写実的な表現が極めて充実しています。停泊する船のマストの一本一本の線までが明瞭に浮き上がる。川を背にした建物の質感も一つ一つ異なります。屋根、外壁、庇、それらが巧みに描き分けられていました。

一方で「ヴェニス・セット」はもはや水墨画の世界と言えないでしょうか。幽玄的で美しい。水面を大きくとっては空を見上げ、ヴェニスの街の姿を何とも儚げに表しています。甲乙付け難いものではありますが、先の「テムズ・セット」と同じ画家とは思えません。

実のところ今回の出品の半数以上は版画です。ただしこの版画がいずれも魅惑的。見飛ばせません。しかも絵画同様、版画でもホイッスラーは芸達者です。彼のやりたいことは全て版画で為したのではないかと思うほどにバリエーションが豊か。銅版やリトグラフなど異なった技法を駆使しています。

最後のテーマはジャポニスムです。いわゆるシノワズリー、東洋趣味的な作品も並びます。またここでは参考出品として、清長や広重などの浮世絵も引用されていました。


「ノクターン:青と金色ーオールド・バターシー・ブリッジ」 1872-75年 テート美術館
©Tate, London 2014


浮世絵の影響下にある作品を挙げましょう。「ノクターン:青と金色」です。テムズにかかる橋の欄干を大きくクローズアップして描いた一枚、橋の下では小舟がシルエット状になって浮かんでいます。どっぷり日も暮れた夜の景色、彼方で金色に煌めくのは花火です。建物の窓からは明かりも漏れていました。そしてこれが構図しかり、広重の「名所江戸百景 京橋竹がし」と良く似ているのです。


「紫とバラ色:6つのマークのランゲ・ライゼン」 1864年 フィラデルフィア美術館
©Philadelphia Museum of Art


「紫とバラ色:6つのマークのランゲ・ライゼン」も面白いのではないでしょうか。中国服に身を纏ったのは愛人のジョーです。はじめは腰掛けながら染付を愛でているのかと思いきや、良く見ると右手に絵筆を持っています。つまり絵付けをしているのです。しかも磁器はホイッスラー自身のコレクション。いかにも東洋趣味、画家の関心の在りかが伺えます。


「白のシンフォニー No.2:小さなホワイト・ガール」 1864年 テート美術館
©Tate, London 2014


またこのジョーは「白のシンフォニーNo.2:小さなホワイト・ガール」でもモデルをつとめています。暖炉の前に立っては寂しげな表情を見せる姿、何でも別れる少し前の出来事だそうです。暖炉の上にはやはり染付が置かれ、ジョーの手には団扇が添えられてもいます。

ちなみにジョーはホイッスラー不在の際にクールベと関係をもったとされ、それに対するホイッスラーの疑念から、後に仲違いする原因になったとも言われています。真相は如何なるものなのでしょうか。

実際にもホイッスラーは「ダンディ」とも讃えられ、相当にもてたそうです。ただし友人と口論したり、画商と喧嘩するなど、時にわがままで激情的な性格を見せたとも言われています。そうしたエピソードの一つの表れが「ピーコック・ルーム」です。


「灰色のアレンジメント:自画像」 1872年 デトロイト美術館
© Detroit Institute of Arts, USA / Gift of Henry Glover Stevens / The Bridgeman Art Library


ホイッスラーのパトロンのレイランドのためにデザインされたダイニング、彼の手による唯一の室内装飾ですが、何とホイッスラーはレイランドの留守中にデザイナーの仕事を奪い、青海波や孔雀のモチーフを取り込んだ室内に仕上げてしまいます。しかも先に無断で内覧会まで開催してしまったのだそうです。おそらくパトロンは大いに驚いたことでしょう。*会場では現在、アメリカに移されたピーコック・ルームを映像で紹介しています。

ホイッスラーを酷評した批評家ラスキンと裁判沙汰になったエピソードもあります。結局、画家は裁判に勝訴したそうですが、裁判費用がかさんで破産。著書には「敵を作る優美な方法」という作品もあるそうです。クールであるのにある意味で喧嘩っ早い。一筋縄ではいきません。


「バルコニーの傍で」 1896年 シカゴ美術館
Photography © The Art Institute of Chicago


しかしながら54歳の時に結婚した妻、ベアトリクスはこよなく愛していたそうです。(17歳年下でした。)残念ながら癌で先に亡くしてしまいますが、病に冒されてゆく妻を描いたリトグラフの「バルコニーの傍で」なども残されています。ベットに横たわっては窓の外を細目で眺める妻、眼下に広がるのはテムズです。頭部に差し込むカーテンの暗い影が彼女の運命を暗示します。ちなみにこの作品はホイッスラー自身が受けられず、試し刷りのみが作成されたに過ぎません、ゆえに現在4点しか確認していないそうです。


「青と銀色のノクターン」 1872-78年 イェール英国芸術センター
Yale Center for British Art, Paul Mellon Fund


ホイッスラーは最終的には絵画に調和、そして平穏を求めていたのではないでしょうか。胸を打つのは夢幻的な「青と銀色のノクターン」などの風景画です。夕闇のテムズ、風景は溶けてしまいそうに朧げです。もはや形象は明瞭ではない。水墨、いやターナーの晩年の作品を連想しました。全ては微睡むかのように静まり返っています。明かりは僅かです。闇は全ての光を包み込んでいました。

「音楽が音の詩であるように、絵画は視覚の詩である。」 ホイッスラー

また「ノクターン」シリーズしかり、先の「バルパライソ」や版画の「テムズ・セット」など、ホイッスラーは水を見つめ続けた画家でもあります。繊細でかつ趣き深い水面の表現、ぐっと惹き付けられるものがありました。

1月号のミュージアムカフェマガジンがホイッスラー特集です。誌上では辛酸なめ子さんが漫画でホイッスラーのダンディズムを面白く描いています。是非ともご覧下さい。(館内ではカフェ小倉山のチラシコーナーに置かれています。)


ミュージアムカフェマガジン1月号「ホイッスラー特集」

画面の小さな版画のコーナーに若干の列がありましたが、館内にはおおむね余裕がありました。じっくり作品と向き合えます。


ホイッスラー展割引券(デザインが画家の髭でした。)

お馴染みEテレの「日曜美術館」でホイッスラーのアンコール放送があります。

「色と形が奏でるハーモニー 革新の画家・ホイッスラー」 日曜美術館
2015年1月11日9時~ 再放送:1月18日20時~
出演:千住明(作曲家)



ホイッスラー展に続くコレクション展(第2期)が見応え満点でした。また別のエントリでまとめます。

3月1日まで開催されています。

「ホイッスラー展」 横浜美術館@yokobi_tweet
会期:2014年12月6日(土)~2015年3月1日(日)
休館:木曜日。但し12/25は開館。年末年始(12/29~1/2)。
時間:10:00~18:00
 *入館は17時半まで。
 *12/22~24は20時まで開館。(入館は19時半まで。)
料金:一般1500(1400)円、大学・高校生1100(1000)円、中学生600(500)円。小学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体。要事前予約。
 *毎週土曜日は高校生以下無料。
 *当日に限り、横浜美術館コレクション展も観覧可。
住所:横浜市西区みなとみらい3-4-1
交通:みなとみらい線みなとみらい駅5番出口から徒歩5分。JR線、横浜市営地下鉄線桜木町駅より徒歩約10分。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
« 映画「ナショ... 「第9回 shise... »
 
コメント
 
 
 
ホイッスラー (dezire)
2015-03-06 20:41:56
こんにちは。
私も横浜美術館で、ホイッスラーの作品展をみてきましたので、ご丁寧なご説明、ご感想を興味深く読ませていただきました。
昨年のオルセー美術館展で「灰色と黒のアレンジメント・画家の母の肖像」の黒のシンフォニー、今回白い服の女性たちの白のシンフォニーを味わえてよかったと思いました。ホイッスラーの作品には色彩のグラデュエーションに音楽の響きを感じ、快い安らぎを覚えました。

私は横浜美術館のホイッスラー展で観た作品に、昨年のオルセー美術館展で「灰色と黒のアレンジメント・画家の母の肖像」も含めてホイッスラーの絵画の特徴や魅力を整理してみました。読んでいただけると嬉しいです。ご意見やご感想など何でも結構ですのでコメントいただけると感謝致します。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2015-03-26 20:45:48
(dezire)さま

こんばんは。コメントありがとうございます。
ホイッスラー展、興味深い内容でしたね。
私も音楽が好きなだけに、どこか音楽的な響きに惹かれるものを感じました。

オルセーのアレンジメントも素晴らしかったですね。
いつか並べて見る機会があればと思います。
 
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。