「中村宏|図画事件 1953-2007」 東京都現代美術館

東京都現代美術館江東区三好4-1-1
「中村宏|図画事件 1953-2007」
1/20-4/1



社会的事象に幾分強い関心を寄せながらも、自らの内的な衝動を黙々と芸術に示してきた一人の男の軌跡を辿ります。「戦後美術史において高く評価されている」(パンフレットより。)という、中村宏(1932 - )の回顧展です。油彩や挿画、それにインスタレーションなど、計300点の作品にて構成されています。



作風の変遷がやや目まぐるしく、その特徴を一筋縄で捉えることは出来ませんが、まず初めに彼が手がけたのは、いわゆる「ルポタージュ絵画」といわれる作品群でした。これは、社会運動の渦巻く1950年代の時代の気配も反映した、いわば左派の匂いも漂わせるものですが、中でもスケールの大きい「砂川事件」(1955)は圧倒的かと思います。まるで巨人のように大きく描かれた警官が民衆をせき止め、カラスも舞う荒涼とした景色を、うねるようなタッチで力強くまとめあげていました。また、手足も絡み合ってひしめく民衆と、乱れぬ一個の厚い壁のような警官とが、左右に広がる鳥瞰的な構図で明快に対比されています。それに全体を覆う土色の泥臭い、殺伐とした雰囲気も巧みです。細部も丁寧に描かれていました。



結局、中村の表現の中で最も印象的なのは、セーラー服姿の女学生と列車のモチーフなのかもしれません。「円環列車・A - 望遠鏡列車」(1968)では、一つ目の妖怪のような女学生たちが、これまた左右へ広がる構図の汽車の中にて整然と座りながらも、一部スカートをまくり上げたり、床にへばりついていたりする姿が描かれています。また、網棚置かれた大きな赤いトランクからは髑髏も飛び出し、車窓に広がる海が、双眼鏡を覗き込んだ光景と重なり合っていました。ちなみにこれらのモチーフは油彩に限らず、彼の描いた挿画などにも多数登場しています。全くの個人的嗜好とも受け止められる、殆ど「画中の癖」とも言えるような中村作品の核心かもしれません。女学生を人形のオブジェに仕立て上げ、さらには列車をビニールパイプにてこれまた立体化してしまうのには、もはやそれらへの強い執着心を見る他ないようにも感じられました。「見る」と「見られる」の関係を云々するテーマよりも、モチーフの面白みが断然に優先しています。



外から列車の中を覗き込んだと思えば、今度は「車窓篇TYPE5(ドリル)」(1978)のような内側から外を見た光景が登場しました。ここでも中村まだセーラー服を手放すことはありません。(その姿は、飛行機を思わせる窓の上の部分に確認出来ます。)そしてこれ以降、80年代より現在までは、総じて実験的な作品が増えていきました。言わばシュルレアリスム絵画の残滓を平面より解放して、素材や色彩をまさしくインスタレーションとして空間へと拡げていくのです。ただ一見、とても思弁的な姿を装いながらも、それでもやはりまだ女学生が見え隠れしている部分には、何やら奇妙な親近感すら覚えました。その作風は見違えていながらも、関心の居所はあまり変わらない、痛快なほど表現に真っ正直な作家です。見ていて嫌みを全く感じません。



アニュアル展と共催の展覧会です。(共通券あり。)4月1日までの開催です。(3/4鑑賞)
コメント ( 7 ) | Trackback ( 5 )
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コメント
 
 
 
洗練の対極 (Sonnenfleck)
2007-03-16 23:51:18
ご無沙汰してます。はろるどさんが行かれるのはいつかしらなどと勝手に待っておりました(笑)

>その作風は見違えていながらも、関心の居所はあまり変わらない、痛快なほど表現に真っ正直

まったく同感です。まっすぐな具象表現、きっと古臭い生臭いと蔑まれたこともあったでしょうが、この強烈な信念(露悪的に言えばフェティシズムでしょうか)は今むしろ新鮮に映りますね。
個人的には、同時開催の「洗練された」MOTアニュアルとの著しいギャップを感じました。どちらがいいかなんて簡単には言えないんですけど…。
 
 
 
お腹いっぱい (あおひー)
2007-03-17 00:40:27
こんばんわ。
見終わった後にお腹いっぱいってくらいにボリュームのある内容でしたね。
セーラー服の女学生+機関車といったイメージは強烈でした。
ポストカードは今回よかったので全部買ってしまいました。ひとりの作家さんの展示でコンプするケースはそうそうないので、我ながら意外でした。

 
 
 
Unknown (はろるど)
2007-03-17 19:39:33
@Sonnenfleckさん

こんばんは。こちらこそご無沙汰しております。
コメントありがとうございます!

>まっすぐな具象表現、きっと古臭い生臭いと蔑まれたこともあったでしょうが、この強烈な信念(露悪的に言えばフェティシズムでしょうか)は今むしろ新鮮に映りますね。

そうですね。
ご本人は「見る」と「見られる」の関係などを色々追求しているようですが、
私には仰るような古臭い具象、
つまり殆ど執念のように描かれた分かり易いモチーフが印象に残りました。
フェティシズムについては、
もうあれほどまで追い続けているのならあっぱれと言うしかありません!

>「洗練された」MOTアニュアルとの著しいギャップ

あえて「簡単に」言わせていただければ、
私は中村の方に嘘のない表現への力強さを感じます。
またいかにも現代アート的な近作より、今後どこへ向うのかも気になりました。
いつしかまた絵画に戻るのではないかという期待もありますが…。


@あおひーさん

こんばんは。コメントありがとうございます。

>セーラー服の女学生+機関車といったイメージは強烈でした

少し前の千葉市美のコレクション展にて、
一枚だけ「セーラー服+機関車」の作品を拝見したことがあるのですが、
その時より強く印象に残っています。本当に強烈です。

>ポストカードは今回よかったので全部買ってしまいました。

そうでしたか!
もっとたくさんポストカードが出ていても良かったですよね。
久々に表現に全力投球な画家の回顧展を見たような気がします。
満足です。
 
 
 
素直 (Tak)
2007-03-17 23:31:29
こんばんは。

中村さんって女性がお好きなんです。きっと。
だからこのお年になられてもこれだけの
バイタリティー溢れる作品を描けるのかと。

正直な作家さんですよね。
私もかくありたいと、願うばかりで(以下自粛)

詳しいことは今度お会いした時にお話しますね。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2007-03-17 23:50:40
TAkさんこんばんは。
コメントありがとうございます。

>だからこのお年になられてもこれだけの
バイタリティー溢れる作品を描けるのかと。

ピカソさながらとでも言ったところでしょうか。
まさに芸術家の王道ですね。

>願うばかりで(以下自粛)詳しいことは今度お会いした時にお話し

以下自粛の項を含め、
またお話を聞かせて下さい!
 
 
 
事件です! (テツ)
2007-04-07 10:11:10
ほんとに「図画事件」と呼んでいいインパクトのある
展覧会でしたね。

はろるどさんもおっしゃるとおり、セーラー服、蒸気機関車など
モチーフへの愛が、強い魅力を引き出していました。

オブジェにまでなってしまった機関車・車窓へのこだわり!

ほんとに楽しめました。
 
 
 
Unknown (はろるど)
2007-04-08 00:20:50
テツさんこんばんは。
TBをありがとうございます!

>モチーフへの愛が、強い魅力

あそこまで追っかけられるともう嫌みはありませんよね。
次にどんな表現の形態で、あのモチーフが出てくるのかも楽しみです!
 
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