はりせんぼん

今は調査員のお仕事をしている、もと看護師。最近、お勉強不足、渇を入れてやってください。

同意

2011-02-28 19:44:34 | 不自由な言葉
同意するという行為、
医療の現場では
当たり前に使います。

そして、商品の購入に当たっても
購入を同意するのであって、
同意、という言葉は
当たり前の言葉のはずですのに、
最近、どうにもしっくり来ないのです。

今、コーラを飲まされることは同意できても、
10年後のコーラの試飲の約束は同意できるか?
手術には同意できそうでも、
手術によっておこる慢性的な身体変化に同意できるか?

こうして、考えると、
その先の未来への約束とは何かと
ちょっと頭をかかえるのです。

考えすぎでしょうか?

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振り分ける

2011-02-28 19:35:20 | 日記
側溝のカバーは
高浸透性の舗装剤だったのですが、
いつしか削り取られて
今では網だけが
側溝を覆っています。

網のへこんだ場所に
いろいろのものが集まって
引き出しのように
振り分けられていきます。

秋にはモミジ、
春には桜、
梅雨には雨滴、
こんな場所でも四季折々の表情があります。

網目につまったものは秋の形見に違いありません。
網目の輝きは春の姿に違いありません。

いろいろ こき混ぜて
春は本領を発揮します。

花の色、緑のつやに 空の青
新入学のランドセルの色

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南天

2011-02-27 22:51:34 | 生きることと死ぬこと
わずかに二つだけ実が残った
南天の木
たくさんの小鳥達のお腹を満たし、
たくさんの人々の目を楽しませました。

秋に葉が落ちるのを見る時、
人々はともすれば、
郷愁にふけりますが、
春の南天の姿を見ても、
それほど、物悲しさを覚えないでしょう。

その先に輝きがあると思ったり、
その先に未来があると思うと、
あるものの終焉を深くは悲しまないものかもしれません。
ちょうど、若者がそうであるように。

それどころか、
南天の実が行き着く先を得て、
芽吹いたり、腹を満たしたりしたことを
潔しと賞賛するでしょうか。



涙をおびたかのような南天の実は
ピンのはるか向こうにあります。
二つ並んで、
春の光を受けていました。

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足を止める先の

2011-02-27 11:44:23 | 日記
朝の五時から目が覚めて
何をしてよいのかも解らずに
窓を開ければ、
なんとなく、夜が蒼いのでした。
朝の気をまとっている。
そういう感じの蒼さでした。

そのまま、野外に出て撮影をしてもよかったのですが、
どうにも、床が恋しくて
再び、眠りにつきました。

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目が覚めて
仕方なしに今度は起きました。
起きて朝ごはんを食べて
ちょっと町を撮りました。

特別何があったわけではないのですが、
今年初めての梅の花を見ました。



それだけで、よかったと思う朝でした。

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旅立ちの朝

2011-02-26 07:50:36 | 日記
白鳥たちが北に帰るという。
空高く舞い上がって
あたりを確かめている。

ご飯も少ししか食べなくなって
たくさん寝て
これでもかと寝て
一週間目ぐらいに
旅立っていく

風が来た

ある覚悟を持って
旅立っていく

…… という話を 昨日聞きました。
見ているだけで涙が出ると
かえっておいでと 涙が出ると
その人は誰もいない空を見上げて
もう涙ぐんでいました。

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今日は一回です。(オサボリ?)
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手まり歌

2011-02-25 21:01:34 | 日記
なんだかよくわからない資料の
よくわからないままに
頭に入れようとして
階段を一段落ちる
そこつ者の私。
 
落ちたなりに
転びもせずに
ぐらりと揺れた上体を
ぐらりと戻して
平然と歩くあたりの
あつかましさと
転ばなかったと
一人喜ぶ情けなさ。

今日も日が沈んでいきました。
すっかり日が長くなって
夕焼け空も
どことなく柔らかな色になりました。



残照であっても
青が柔らかくて
優しくて
そこつ者の私さえをも
包み込んでくれるのです。

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あ、タイトルの手まり歌ですか?
子どものころに聞いたのです。

今日の悲しみや失敗を
手まりについて数えるうちに
日が沈む。
日が沈む前に
数え終わって家にお帰り、と


怪談(階段)めいて、聞こえませんか? この話?
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視線

2011-02-25 20:59:54 | 日記
室内で知り合いに頼まれた写真を撮っている時でした。
誰かが、じっと、私を見ている。
強い視線を感じたのです。

私をのぞきこめる窓の先は
人一人がやっと通れるほどしか、
隣家との間がありません。
ここに人が立っていれば、
それとすぐにわかるでしょう。
でも、人はいません。

気のせいかとまた写真を撮っていると、
やっぱり、視線を感じます。
窓の外を見ますが、人はいません。

そのうち、部屋中をぐるぐる見回し、
監視カメラがないかどうかを見ました。
ありません。

気を取り直してまた、写真を撮りますが、
まったく落ち着きません。
誰かが見ている……。

ええ、見ていたのです。
家政婦ではなくて、
「猫」
隣家との境の塀に塀に同化したような色の猫がいて、
ジーっと見ていたのです。

猫の視線でも人をいる眼力を持っているのですね。
いやはや……。

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ちなみに、
写真を撮り終えたとき、主の曰く、
「あの子ね、チャピ。お隣の豚猫よ」
……

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頭痛の種

2011-02-24 21:28:09 | 共生ということ
頭が痛くなるほどの資料を
……と、今から、取らぬ狸の皮算用。
でも、儲け話ではないので、
皮算用しても浮かばれません。

頭を上げてみれば、
あたり一面、木の芽時。

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あ~、少なくとも、
私が頭痛の種にならないように
精進しようと
ほんの束の間思いました。

でも、人と人のかかわりは総体ですから、
誰かが石を投げ込めば
それで終わりというわけではありません。
投げ込み続けた結果、
池の水位が下がることもありましょうし
石に埋もれた池が池でなくなることもありましょう。
 (なんという喩えなのでしょう?)

そうだ、狸の皮なんか数えていないで、
狸になればよい!?
おばさんは手ごわい? 優しい?  お人よし? → 気をつけよ~っと?!
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蝋梅の緑

2011-02-24 21:27:33 | 日記
母からもらった蝋梅が
一ヶ月の月日を
台所で過ごそうとしています。
さすがに花も落ち、
芳香も途絶え、
ただの枯れ枝になりつつあったのです。

いよいよ、捨てる時が来たかと
ため息交じりに枝を見れば、
真緑の新芽が吹いているではありませんか。
あちらからも、こちらからも……。

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こうなると欲なものです。
根っこが出ないかと、
水替えをするのです。



散策途中の寺の
湧水を引き込んだ心の字の池は
こんな春先なのに、
緑の藻で上の写真のようでしたが、
この緑以上にビビットな
新芽が展開するのが今は楽しみです。
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お控えください?

2011-02-23 22:54:33 | 不自由な言葉
人とお話をする仕事をするようになって、
言葉の壁のようなものを
感じるようになりました。

控えるという言葉がありますが、
若い人に、「お控えください」というと、
「だめ」と受け止めてしまうようなのです。
もちろん、控えるには
「見合わせる」と、「節する」の二つの意味がありますので、
その判断はあながち、間違いではありません。

ところが話を聞いていますと、
保健師さんが
「これも、あれも、それも、食べるのを控えるように」
といったので、
すきだったものも食べられません。
と……。
そりゃあ、違うでしょうと大声では言えませんので、
 (保健師さんにいきなり喧嘩を売るわけには行きません)
厚生労働省のサイトなどをひそかに教えたりするのです。

何でこんなに硬いのかと、
ちょっとズルして食べるぐらいで丁度よいと思うのですが、
気の毒です。
そして、言葉に温度差があることに自覚的でいられない、
若い世代も、そこそこの世代も、
これまた厄介です。

もっとも、皆様にお話(保健指導?)したならば、
その後、その話を聞いた人たちが
その内容をどう暮らしに生かしているのか、
確認する作業が不足しているとも捉えられます。

言葉の不自由さ、伝わらなさを、今、再認識しつつあります。

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