はりせんぼん

今は調査員のお仕事をしている、もと看護師。最近、お勉強不足、渇を入れてやってください。

つき

2009-12-31 14:12:16 | 日記
雪が降っているのが珍しくて
チョコチョコ表に出ている間に
だんだんお顔が痛くなってきました。
雪焼けです。
こんな曇天なのに紫外線は降っているのですね。
まいりました。

その雪も今は小康状態になりました。
急に空が明るくなって
まぶしいほどなのです。
太陽が無くとも。

鈍色の空を作っていたのは
雪片たち。
大に中に小にと舞いながら
光をさえぎりつづけていたのです。
その様を見つづけていると
私が立っている場所がわからなくなります。
鈍色の空の無数の点。
舞い落ちてくるのではなく、私が鈍色の空を渡っている。
そう、錯誤するのです。

写真をアップできないのはローデータの為。
帰宅して現像したらその幻想風景をお届けしましょう。
その代わり、今日は雑誌に載っていたグラスタワーの写真を載せます。
コート紙に蛍光灯が当って、出帆する船のようだったから。

にぎたつに舟を送る額田王のように
「つき」も出たでしょ、さあ、舟を漕ぎ出すときですよ。
と、背中を押されるような感じがしたから。

「つき」とは、その時が来た「月」でもあり、
「つき」とは、幸運の「付き」でもあり、
「つき」とは、此処にたどり着いた「着き」なのです。

※ 万葉集一巻
熟田津(にきたつ)に船(ふな)乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな
いよいよ,新年.
良き船出を!
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ゆき

2009-12-31 11:50:53 | 日記
太朗を眠らせ、次郎を眠らせ
この一年を眠らせる雪が降っています。

朝から振り出してもう20cm近く降雪しました。

眠りから覚めたら新しい年で
部分月食などを見ようと思っていたのに
そのような天気ではなさそうです。

一年が余りに早く過ぎて
夢か現かと思うこともある、この大晦日。
母の黒豆とつきたての餅が
正月を待ちきれない娘の喉を通っていきます。
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大荒れの天気

2009-12-30 10:49:08 | 日記
どうも大荒れの天気になりそうです。
強風が吹きすさんで
あちらこちらの電線を鳴らしています。

今から、もうちょっとしたら
私のに実家に帰る予定です。
久しぶり。
魚アレルギーの私以外は寒ブリや鯛などを食して
正月を祝うのでしょう。
私はもっぱら父母が育てた小松菜に、大根に、タマネギ?を
食して楽しむでしょう。

でも、いち番のご馳走は母が煮た黒豆。
教わっても、教わっても、ああはできません。
黒い真珠のようなその黒豆は
多分、昨夜水に浸され
今朝から火にかかっているはずです。

楽しみです。
おいていく父母を見る悲しみの分、
あうことの1回1回の楽しみが深くなってきます。
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団塊の世代の打ち上げ花火・その2

2009-12-29 13:27:53 | 自分の感受性くらい
団塊の世代っていうのは
いつだって頭一つ出るために競争しなければいけない.
そういう世代です.
だから,自分自身の生きる姿勢が問われるわけです.
流されることじゃ満ち足りない.
そんなことをしていては生きていけない洗礼を受けてきたのですから.
頭一つって何だろうって思います.
競争に勝つことかもしれないし,
私が私らしく自分を律することかもしれない.
そのいずれもが花火を打ち上げるというのか,
私って形の表現に依らざるを得ないわけです.
残りの人世,
お客様と一緒に,どんな表現が出来るか.
何を打ち上げられるか.
その可能性にまた,挑戦しようと思っています.
決して経済的安定に安穏とするのではなく,
生ききる,そういうことに賭けてみようと
真剣にね,思っているわけです.

兄弟と錯誤したもう一人の人も,
この地に根を生やし作家活動に邁進しています.
彼はパフォーマーなんだね.
何でも出来てしまう.
僕にはそういう器用さはないけれども,
人と人の関わりを大切に生きていけると思う.

暖炉の薪がパッキと割れて,
コーヒーポットの湯が沸きました.
ココアをいただきました.
甘くてほろ苦い,けれども真っ直ぐな味.
春になったらまた訪ねましょう.
針葉樹の森の中.
掲載した人形が迎えてくれるはずですから.
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団塊の世代の打ち上げ花火・その1

2009-12-29 13:10:14 | 自分の感受性くらい
一昨日訪れた美術館のオーナーと長話をしました.
その方が,知り合いにあまりに似ていたので
「ご兄弟ですか?」と聞いたことが話のはじめでした.
似ているのは頭が薄くなったことだと
オーナーは笑っていました.
でも,たいへん深い親交を結ばれていると.

22年前にこの地にギャラリーをオープンしようと
40歳で早期退職.
経済的裏付けを捨てての転身でした.
そのときに,偶然であったのが似ている,もう一人の人.
彼も芸術家としてギャラリー経営をし,
この地に根付こうとしていました.

経済的裏付けのない中で
生活,とりわけ子育てをすることは薄氷を踏むがごとき冒険だった.
オーナーご夫妻はそう語りました.
今,下の子が独立し,
ようやく重積から解放されました.
そして,これから先,どう生きていくのか.
そのことに向き合う日々を送っているとのこと.
その日々が「生きた」という醍醐味にあふれるように
日々,出会いを大切にし
毎日が創造である,そんな時間を送っていきたいと述べられます.
けれども,決して一人ではない.
ここを訪れてくれる人と共に生きたい.
刺激をもらって,自分自身も刺激になり得るような,
そんな醍醐味を生きたい.
僕,団塊の世代ですから.

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御用納め

2009-12-28 22:44:17 | 日記
今日は御用納めでした。
専業主婦には御用納めなんて無くて、
毎日が毎日でした。
ポーンと区切られた時間。
不思議な体験。

黄昏が深くなったミュージアムで
ガラス戸に写った自分の足。
敷居をまたげば闇夜の中。
もう、私を映す鏡もなく、
月夜の明かりを頼りに
家路を急ぐばかり。
ぽーんと区切られた自動ドアの向こうに、
新しい歳が来るようで、
朝が明けるのが待ち遠しくなります。

日はまた昇り、
幾夜かを過ごした途端、
仕事始めが来るのです。
そして、研究の締め切りも。
先行研究を読むのが大変そうですが
冬休みの宿題つきとは
なんと洒落たお仕事でしょう。
あ~あ。
何でも深入りしたがる性分の付け。
自分で払うんですねえ。
仕方なくも。
せいぜい、楽しみましょう。
母が作った餅など焼きながら。
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言葉に震える

2009-12-28 22:19:51 | 不自由な言葉
昨日行った美術館で
子どもの心に触れる物語を見ました。
そういうことを表現したかったと
作者は述べていました。

多分、私はそれに触発されたのでしょう。
子どもの頃、思春期の頃、
勝ち気な思いを沈め込んだ礎石。
その礎石が泣き出した気分でした。
だから、「光彩」なんてはなしを書いたのだと、今日思います。

痛いということ。
それも心の奥深くにしまい込んだ痛みが
ふっつり姿を現して疼くのです。
そのくせ、胃痙攣のような痛みではなく
滲みのかかった痛み……焦点不鮮明な……に
ジワジワ浸食されている自分に気がつくのです。

固唾をのむような体験も
2度3度潜り抜ければ、
どうにか耐えられるような体験になります。
そうした鮮烈さを欠いた痛みが
体中にたまっているのでしょう。
それが妙にオバサン「臭く」ていけません。

だから、昨日のような絵や散文に出会うと、
心が震えるのです。
でもどうか、
喜びや、楽しさに震える心も思いだして下さい。
2度3度潜り抜けた体験が
不鮮明な記憶にならぬように
私の言葉を震わして下さい。
9月、1番最初に見かけたオリオン座も
今では西に120°傾きました。
知らぬ間に年だけ食ってしまわぬように、
震える心を保ち続けさせて下さい。

寒さに星々は瞬き揺れていましたが、
願い事を叶えてくれるはずの流星は見かけませんでした。
かなえるのは私。
そういう啓示なのでしょう。
柔らかな心でたくさんの今日に出会って行きたいと思います。

小さな美術館で
私に歓喜を与えてくれた小さな絵たち。
両の手ですくいきれぬほどの
たくさんの輝き。
この一年も暮れていきます。
暮れながら、
出会った数だけの幸せをいつの日にか形にしたいと
胸に手を置きます。
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腰掛けるところ

2009-12-28 22:07:16 | 表現することを
誓約書を書けと医師が言って、
Aさんの家族は戸惑いました。
抗がん剤の投与を行えば、
腫瘍も小さくなる可能性があるが、
命も極端に縮まるかもしれない。

Aさんがどのようにその事態を判断したか、
私は聞き及んでいません。
ただ、Aさんは我が母に小箱を渡したそうです。
「はりせんぼんちゃんに渡して」
正月明けには抗がん剤投与の是非を判断するAさんでしょう。
ある覚悟を持って、
その日を迎えようとしてる。
母からのメールに
そんなことを思いました。

それから、昨日行ったミュージアムを思い出しました。
正面入り口に並んだ椅子。
この正月休みを腰掛けにして
Aさんは大きく一呼吸するのでしょう。
寒気の中、
また今日も誰かに手渡すなにかを作っているかもしれないし、
手紙を認めているかもしれない。
大掃除に明け暮れているか、
仏間で嘆息するか。
そのいずれもが人生の腰掛けで、
安息の時間であることを祈らずにはいられません。

それにしても、
なんと怖い命の切符でしょう。
「治療上で起きる諸問題に対して異議を唱えません」
法的には無効との誓約書ですが、
命の時効を宣言しているようで
Aさんの悲嘆を想像してしまうのです。
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光彩

2009-12-27 20:21:27 | 自分の感受性くらい
人ってのはナ、
人間って書くだろ。
どこまで行っても人の間にしか生きられない、
不自由な生き物なのさ。
いつまで経っても神にゃあ成れない。

美術館に行こうとする私に娘が言いました。

あらいっそ、教祖様になればいいのに。
神が幻想ならば、人間(人の間)もまた幻想。
どの瀬に立って幻想を見ても勝手じゃないの?
でも、人は人の間にあるからこそ、
コミュニケーションするんでしょ。
分かり合えないことを前提にして。
つまるところ、
絵であれ、言葉であれ、人はそうした獲得物によって
人になるのよ。

娘はすぐさま口答えモードになりましたが、
私はさっさと車に移動。
話しはそこで終わりになりました。

誰かのために、誰かとわかりあうために、
私は今、表現を求めています。
けれども、決して迎合せずに
私が私であることを過ごしていけたらと思います。

なんてね、かっこよすぎます。
光彩とは、人の綺羅。際立って優れるさま。
光に満ち満ちた午後を過ごしながら、
本当は暗く沈みこんだものがあるからこそ、
満ち溢れる光もあることを思いました。
心の闇は心の闇として、
それがあるからこそ未だ、あくなき光を求める、
私の感性があることは認めましょう。
人の間にあるばかりではなく、
私の間にも生きるための表現が必要なことを。
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光彩

2009-12-27 20:09:46 | 自分の感受性くらい
イルミネーションを見て
子どもが小躍りして言いました。
「あ、海だよ、海、海が見える」
お母様が応えました。
「そうね、光の海ね」
「そうじゃなくって、イルカの海だよ」
お母様がまた応えます。
「ほんとね、光るイルカの海ね」
「光るんじゃなくて、海……」

あ、これが大人になるってことなんだと
私はボンヤリ思いました。
形容された(デコレーション)世界観。
大人の文脈はこうして教育されていくのでしょうか。

そこに迎合できないからこそ、
私は写真を撮っていた時期がありました。
オリジナルであることの強い自負があって、
そのくせ、表現者としての技法は未熟でした。
どれだけ創作しても
自分に満足できる、そういう体験が得られませんでした。
私は求めていたのです。
こういう私であっても受け入れてくれる誰かを。
誰かに甘えたくって、泣きべそをかいている女の子でした。

(つづく)
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