はりせんぼん

今は調査員のお仕事をしている、もと看護師。最近、お勉強不足、渇を入れてやってください。

sine・cosine・tangent

2009-01-30 11:24:27 | 日記
 愚息君はしきりに、sine・cosine・tangent・π・log・ブツブツとやっています。周波数がウンタラコンタラの問題です。何問かは順調に終わったようですが、突然、「わからん!」。……というわけで、私のもとにその問題はやってきました。でも、やっぱり「わからん!」のでした。主人にも父にも解けず、けっきょく高校の先生に教えてもらうことになりました。曰く、「これ、公式があるんだよ。高校生には難しいかもね」。と言いつつ、しっかり似たような問題を宿題にされていました。(それが、高校生というものだよ、愚息君!)

 そのことを根に持ったのか、「周波数の計算もできないで何が理数科の出身だ」と、帰ってきてから私にあたるのです。「はいはい、確かにお受験はしましたよ。でもね、もうウン十年前の知識。使いもせずに覚えておられますか! 」。母は開き直ります。愚息君もそこで諦めがついたのでしょうか、仕方なく宿題に取りかかりました。ところが、携帯電話で掛け算割り算をしているのですね。これにはビックリしました。単純計算ならば電卓、携帯OKが物理の先生の方針とか。そういうご時世なんだ……。

 主人が帰ってきて、「今時の高校生は」と告げ口をすると、「いやはや驚いたよ、実習生」との返事。「?」
 「だってね、分数の計算できないんだよ。文科省は大学や専門学校も競争の時代だって要件さえ満たせばどんどん学校を建てさせて、結果がこれだもん。次世代に向けて今のレベルを維持するのは難しいなあ。危機感を持っちゃったよ」
 「そうしたら、sineもcosineもtangentもいらないの?」
 「いるよ、だって物理学がわかっていれば自分の力で物事を展開できるもの」
 「入学基準が問題なわけ?」
 「金儲けだと言わんばかりに、8年で採算とって次は別の教科を教える専門学校にすると言ってる経営者も知っているよ。だから、そうした経営者を相手にどうやったら資格としてのレベルを維持できるか、これから真剣に考えないと資格が食い物にされちゃうね。
 全入時代が果たしてよいものかどうかは別途議論してもらうとして、for the patientの理念のもとにある一定以上のレベルで技術提供できる、それを保証しないとね。今の医療体系はなし崩しになっちゃうね。
 一方でリハビリは誰にでもできるとして、高コストのリハ職を入れず、介護職でも現場でやるでしょ。厚労省はコストダウンをはかれると文科省の方針を容認しているんだろうね。介護職と同レベルの給与でまあ働いてくれと。分数が解けなくても国家試験に受かればいいとかね。
 で、国試の問題を作る人が非常に臨床的な難しい問題を提供するようになって、今せめぎ合っているんだけれどもね。学校を出ても国家試験の合格率が低ければ、そもそも学校自体に行こうとしなくなるからね。
 で、何の話だったっけ。ああ携帯ね。良いんじゃないの」
 「……危機感を持ったお講義、ありがとうございました」
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月の石

2009-01-29 10:14:12 | 表現することを
 1970年の万国博覧会に行ったのはまだ嘴が黄色い小学生の頃でした。父が勤める会社のブースにまずは連れて行かれ、それから月の石を見に行きました。長蛇の列に並んでの観覧は押すなへすなの怒濤のなか、瞬く間に過ぎていきました。暑い日でした。喉が渇いて掻きむしりたくなるほどでした。それなのに、会場は感嘆の声にあふれていたのです。

 ただし、それらは後付けの記憶かもしれません。父はある種の感激に浸っていて、何度もそれらの光景を私に語ったからです。私はといえば、モノレールのなかで見たサリー姿のインド人ばかりが印象的でした。ショッキングピンクを少し押さえたような、大柄の幾何学模様が描かれていたそのサリーは絹だったのでしょう。きらきらと光が当たる度に光っていました。女性の肌は濃く、そのウエストは引き締まっていました。きれいな人でした。
 父は私の事実を知らず、その後も月を見ては「月の海だ」とか、「アームストロング船長が云々」と言っていました。そして、アポロのチョコレートを嬉しそうに眺めていました。

 昨晩の三日月は地球の反射光を受けて、不可思議に輝いていました。イタチやコジュケイ、タヌキに熊鷹……。国有林に隣接した子どもの頃に住んだ家は、一等暗い環境にありました。新月であっても月全体の形がわかったのです。あの頃と一緒の月を見つけて、科学者にはなれなかった私は、少なからず親不孝だったなあと思いました。

 国民の多くが科学技術に大きな夢を見てきた時代が終わって、金融に夢が語られる時代も終焉を迎えるのでしょうか。そういう時代ですからこそ、万人の幸せを祈りながら物を作る科学者や技術者に価値を見いだそうとしているのかもしれません。

 月の石は人類が科学をもって何ができるかの象徴だったのでしょうが、人は人をして人をどう労れるか。そんな問題が21世紀の課題になるやもしれないと、いつまでも空を見上げていたのでした。
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見えない

2009-01-28 10:28:15 | 不自由な言葉
 その女性は土付き野菜を疎ましげに眺めて、「汚い」と言いました。土の存在が汚い。そんな感じなのです。だから、きれいに洗浄された野菜をスーパーで購入し、もらった土付き野菜はゴミ箱に捨てていると……。でも、自然は大好きでトレッキングをしに行きます。風光明媚な地への旅行も欠かしません云々……。
 価値観に関わる問題で、習慣化されて長いものとの印象でしたので、「ハー」と話を聞いて帰ってきました(口答えをせずに!)。

 でも、人は土に依存して生きていると考える私には許せない気持ちが残りました。それで、八百屋に行って愚痴ったわけです。と、「ああ、いるねえ、そういう人。野菜が土に埋まっていることすら見えないんじゃないかなあ。
 あるいは、鳥を見たら鳥インフルエンザになると感じちゃう人、いるでしょ。あんな感じかな。土付きはばい菌に見えちゃうんだよ、きっと。しょうがないよ」

 家に帰ってきて、「見ない」もあるかと思いました。目を閉じていたいこと…死や病気のように…だったのかもしれません。
 それから、PCソフトを違法複製する友人との会話も思い出しました。「作った人への報酬を払わなくちゃ」と言うと、「人は見えない誰かへの報酬で生きることはできないけれど、そこに見える誰かのためなら生きられる、そういう生き物よ」。
 見えないものは見ないものだったなあと、改めて思いました。それから、その見ないものが見えたとき、人は言葉を失うかもしれないと思いました。だから、そのすき間を埋めるかのように「汚い」、そんな言葉が漏れたのでしょうか。 
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記憶

2009-01-27 11:21:16 | 不自由な言葉
 義父は先の大戦でさんざんな目にあって、今でも国を疎ましく思っています。主人との結婚当初から代わらず、興が乗ると、戦争の話ばかり……。録画されたテレビも戦争物。戦争にまつわる情報を収集し続けているのです。

 それらの戦争話が変質してきたことに気がついたのは最近です。主人も医療関係者ですので、真っ先に悪しき病名を思い浮かべて心配します。ただ、内容を鑑みるに、「お義父さん、ずいぶん英雄になっちゃって……」、という感じ。

 それも、「そう確信している」、その確信の根拠は、義父自身の記憶そのもの、それ以外にはないといった感じなのです。だから、それが史実と違っても、否定する余地はありません。もっとも、史実が云々は置いて、黙って話を聞いていると、とても喜びます。確信を誰かに伝えなければならないという、使命感のようなものさえ感じるのです。

 そのことをご近所さんに相談すると、
 「そりゃねえ、うちには90歳を遙かに過ぎたおばあさんがいるけれどもね、本人が事実というのが事実なのさ。史実だって、それを表した人の事実であって、100人いたら100人の事実があっていいでないの。

 それでも、だあれも口答えしないと、本人は元気にならんのよ。記憶は誰かに話さなければ、もう鮮明に蘇りはしないもの。奥さん、過去に口答えしたでしょ。だからさ、負けん気で自分の記憶をたどって物語ってんじゃないの。お義父さん、きっと幸せだと思うわよ、よく聞いてあげてね」。

 そう考えれば私も義父も幸せになれそうです。素敵な考え方だなあと思いました。

 それにしても、……こんなところで口答えがばれるなんて……。
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枝を接ぐ

2009-01-26 13:17:24 | 生きることと死ぬこと
 地球温暖化の影響で当地の果樹業も様変わりしてきている、との新聞記事が目に入りました。実際、ここより標高の低い果樹園ではリンゴからブドウ、なしへの転作が盛んだとか。リンゴの木がおいしい実をつけるのに20年。その木を切っての転作なのですから、気候変動の影響の大きさを思わされます。

 同時に、より温暖でも色づくリンゴの品種開発や、休眠期間が長く霜害に遭いにくい品種改良なども盛んです。

 ただし、旧来の20年待って収穫する農法では、採算が合わないことは明らかです。そこで、早くおいしいリンゴが採れる技術開発もされています。
 たとえば、土台となるリンゴの木に、透過性が低い台木を入れ、その上に栽培したい品種を接ぐという手法です。二重に台木が入っている状態と考えていただければよいと思います。透過性の低い台木とは、上からの栄養も下からの水もよく送れない台木です。こうして、根、枝共に飢えた状態にすると、早い時期からおいしいリンゴがなり、さらに木が矮性化するため、収穫しやすいというメリットがあります。

 このようなことを教えてくれたのは、久方ぶりに訪ねた近くのリンゴ屋でした。リンゴ屋は、ブドウの枝を取り分けて冷蔵保存する準備をしていました。接ぎ枝の方法は冷蔵庫に6月下旬まで保存。台木が勢いよく枝を伸ばし始めた頃に、接ぎ枝をつけるとのこと。水上げのよい台木に何種類かの接ぎ枝をして、いろいろな種類のブドウを収穫することもできるようです。その年にも収穫は見込めるそうですが、本格的な収穫は枝が張る翌年以降とか。(あれこれ……一時間……)

 ずっと先のことだなあと、ブドウの枝を眺めます。そして、年々リンゴ畑が縮小するのが惜しく思えました。その木も、あの木も、20年後を夢見て植えたものばかり。切るのは一瞬なのに。かのリンゴ屋もリンゴ畑は拡張せず、今はブドウに力を入れている様子。

 ぼんやり考えていたら、「写真、おやりになるんでしょ。今の風景を撮っておいてくださいよ」と主の一言。「風景は財産ですからなあ」。20年前、50年前、誰かがクワを入れたその時から形作られてきた畑の風景。景色が変わった瞬間でした。
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 写真はカーテンの模様を写し込んだゴムの樹。どこか春。ただし、余所のおうち。
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ゲートボール

2009-01-23 10:58:58 | 自分の感受性くらい
 生きることに焦点を当てた研究の難しさを、藤村正之は二つ指摘する。生は死と対比されるが、死の一般通念以上に切実なものとして生は自覚されにくい。もう一つは、生は誕生から死までのすべてが対象での日々断片的に偏在する現象で、生の素材を研究しようとすれば、その何かの研究になってしまう。生とはそのようなものとしてあると(〈生〉の社会学、東京大学出版会、2008年)。
 そこで藤村は、今まで研究対象としてきた「生命」「生活」「生涯」を統括し、「生きられている生」として、当事者視点のもとに理解を試みようとする。

 いくつもの研究が例示され、そのひとつに、ゲートボールの話が出てくる。藤村は2つの側面を描く。自己犠牲、蹴落とし、協調などに見られる「人生ゲーム」としての側面。読みと賭という戦略が生きる「頭脳ゲーム」的側面である。夢中になる資質があるとの判断だった。
 一方で、ゲートボールにまつわる短歌集を編んだ西富氏の分析は短歌を引用し、風景としての自然と歴史・運命・定めとしての世代的刻印、競争・上達の課題、熱中という童心回帰などを取り上げたところは憎かった。

 ・春雷を遠くに聞きつつ球を打つ心慄るわすものは今なし
 ・さりげなく今日も貰いぬ老女より愛かもしれぬ飴の幾粒
 ・弾丸の下を駆けしが青春かゲートボールを打ちつつ悔し
 ・慰めぬこともひとつのいたわりか、老いてエラーの殖えゆく人を
    ・・・・
 ゲートボール自体も面白い。けれどもゲートボールから広がる世界も面白い。それが、長い人生の経験を見事に織り交ぜているのが西富の魅力なのかもしれない。誰が、何を、どこで、どう見て、どう考えたのか。その世代全体の傾向のほかに、5W1Hのように、ここの人生に照準を合わせた視点が持てたらならば、どれほど人を慈しんでみられることだろう。
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雪が降る

2009-01-22 10:47:59 | 不自由な言葉
 日が暮れてから雪が降り始め、10㎝ぐらいつもりました。重たい雪です。あまりに重たいので、身の丈2メートルのサザンカが、グンニャリ曲がって50㎝ぐらいの丈になっていました。あわててヒシャクで?雪を落としました。ドサッという音が立ちました。

 細川宏の詩を思い出しました。「しなう心」というタイトルです。

  苦痛のはげしい時こそ
  しなやかな心を失うまい
  やわらかにしなう心である
  ふりつむ雪の重さを静かに受けとり
  軟らかく身を撓めつつ
  春を待つ細い竹のしなやかさを思い浮かべて
  じっと苦しみに耐えてみよう

 この詩を教えてくれたのは、頑固な狸でした。狸は、あまりにゴーイングマイウエイでしたので、しばしば周囲ともめていました。その狸が、「僕はこの歌が好きだ」と何かの折に歌ってくれたのです。「あんたね、硬直した生き方をしているでしょ!」。私は狸に怒りながら、どうしても涙があふれてくるのです。
 「君にあげるよ」。狸は小さなメモ紙に詩を書きました。後で、細川の「病者・花」という詩集を手にしたとき、狸が書いた文言のひとつとして間違っていないことに驚きました。狸をほめると、「学生の時からずっと好きだった。こういうのを憧憬って言うんだろうね」との返事……。
 そういう心もあると、悟った昔を思い出したことでした。
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春の予兆

2009-01-21 11:40:57 | 雑記
 雑草が芽吹きだして、コンポストの近くではオオイヌノフグリがつぼみをつけていました。気がつかない間に春が忍び寄っています。春が来たのはタライの水も一緒でした。毎日のように凍り付いているのに、ケイ藻のたぐいが成長しているのでしょう、底が緑色になってきました。そして、日差しのある午後などには水底から小さな泡が浮かび上がってきます。光合成の結果の酸素を含んだ気泡なのでしょうか。
 カモの池では気の早いカモたちが恋の季節を迎えました。胸を突き出して求愛するもの、頭を上下してするもの。カモの種類によって色々です。知らないところで春が来る。浮き足立つ気持ちが抑えられなくなる、大寒の翌日です。
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救急車

2009-01-20 20:49:42 | 不自由な言葉
 昼過ぎ、ご近所に救急車がきて、AEDやらボードを運び込んでいました。「心臓マッサージだなあ」とぼんやり眺めていたら、通りがかりのおばあさんに、「どなたがお住まいなのですか?」と聞かれました。「おじいさんとおばあさん。でも、よくは知りません。ウグイスは住んでいますけれども」。私は訳のわからない返事をしていました。
 おばあさんはめげずに続けます。「最後に会ったのはいつですの?」「もう数年前になります」。おばあさんはとても落胆した表情で、「そうですの」と言いました。
 そういう事って、100マートル先のお宅でもあるんですね。お元気なときは雪かきでお会いしたりいろいろなのに、お元気がなくなった途端、何も知らなくなってしまう。知っているのは、毎年ウグイスが鳴くことだけ。というのに、勝手にウグイスのお宿などと名付けて楽しんでいました。それを、罪深く感じた瞬間でした。
 通りがかりのおばあさんがどんな素性かは知りません。でも、きっと、私の言葉を聞いて、老い先のことを寂しく思われたでしょう。私にもしものことがあっても、あのお家は桃のなるお家とか言われちゃう。私のことはどう言われちゃうんだろうかとか……。申し訳ないことをしてしまいました。
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ナルシス

2009-01-19 14:24:37 | 日記
 ギリシャ神話のナルシスは悪い奴というよりも、哀れな美青年。
 その美貌故にこだまのエコーがナルシスに恋をするのですが、悲しいかなエコーは他人の声をまねる以外に自らを語るすべを持ちませんでした。
 その有り様を退屈だと嘲笑したナルシスにエコーは絶望し、自らの命を絶ってしまいます。
 なんと傲慢な男かと怒った神は、ナルシスに呪縛を与えます。水鏡に映った自分自身の姿に惚れ込ませたのです。ナルシスは呪縛の通り、自分の姿に惚れ込み水鏡の自分を見続け、ご飯も喉に通らず、とうとう死んでしまいました。

 この白鳥が見ているのはナルシスではないでしょう。
 いつでも世界は揺らいでいて、正しく私を見ることもできなければ、私自身も揺らいでいて、瞬時に私も変わってしまうから。
 それでも、人は時々鏡をのぞき込んで、私という実存を確かめに行くのです。

 日差しが少しだけ強くなった白鳥の湖で、束の間私はそうした幻想にとらわれていたのでした。
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